-8.後日談 ~未来にて~-
宇宙人の遺伝子サンプルを採取してくると言ったきり行方不明になっていたエクセルさんが、今朝帰ってきた。
サンプルだといって渡されたものは一見すると人間の髪の毛だけど、僕は彼の仕事ぶりを知っているので、ありがたく受けとることにした。
連れ戻しに行ったアレクはどういうことか、「もうちょっと向こうにいたかったなあ…」と寂しそうな顔をして
いる。
これは正式な仕事依頼ではないので記録は全てオフレコだ。
SSGに関しての情報もレポートも一切なし。
帰るのが遅くなったのは事故を起して足止めを食らったと聞いている。
だけどエクセルさんはあれでも運転が得意なので、そうたやすく事故を起すとも思えない。
一体何にぶつかったんだろう…
気になったので、彼がダイニング・エリアに出てくる頃合を見計らって訊いてみた。
「ねえエクセルさん、個人的な質問をしてもいいかい?」
「なんだケヴィン」
「向こうで座って話そう。あ、そうだ、今夜のディナーは何?」
トレイを見ると、豆のスープとオレンジジュースが乗っていた。
晩ご飯にそんな軽いもので足りるんだろうか。
適当な席に落ち着いて、僕が話を切り出そうとしたら。
「飲むか?」
エクセルさんは真っ赤な液体の入った瓶を差し出した。
「血…じゃないよね」
「ブラッディ・リヒャルト」
「は?」
「餞別にもらった薬膳酒だ」
「じゃあいただこうかな…」
一口飲んでむせた。
ものすごく強いお酒だった。
エクセルさんはゴクゴク水のように飲んでいる。
そういえばこの人、ザルなんだった。
「ソマを飲んだが役に立たない」
僕が何も訊かないうちから、エクセルさんは口を開いた。
「リヒャルトとはまだ話したいことがたくさんあった。手合わせもしておくべきだった」
話しているうちに、メスと、もふっとした毛玉のようなものを取り出した。
本人が気づいているのか謎だけど、彼は落ち着かなくなると一心不乱にメスを磨きたくなるらしい。
メスですら切れない繊維。いったい何が織り込まれているのか。
拭いているうちに刃先が鋭く研ぎ澄まされていく。
ただの毛のように見えるけど、とんでもない化学物質で出来ているのかもしれない。
メスを磨くキュッキュッキュという音に混じって、ケッケッケと毛玉から不気味な笑い声が聞こえる。
あんなマニアックなもの、どこで手にいれたのだろう。
僕がその毛玉に気を取られている間にも、エクセルさんボソボソと語り続けた。
「技のコンビネーションも、部屋のセキュリティのことも…やり残したことが多すぎて仕事に集中できない。アレクを半殺しにしてもおさまらない。これはどういうことなんだ…!」
彼がこれほど感傷に浸っているのを見るのは初めてだ。
アレクが帰りたくなさそうにしていたけど、まさかエクセルさんまで同じことを言うとは思わなかった。
ひょっとするとひょっとして、彼は運命の人と出会ってしまったんだろうか?
「そのリヒャルトさんって…アレクに換えてもいいくらいの人?」
できれば否定してほしいと思っていたのに、エクセルさんはキッパリと言ってのけた。
「当たり前だ。あいつ以上にできるヤツなどいない」
「うわあ…」
知り合ってからまだ数日も経たないというのに、最高の褒め言葉がでた。
これじゃあアレクがかわいそうだ。
そのリヒャルトさんというのはどんな人なんだろう。
「その感情は恋に近いのかな?」
「そんな陳腐なものではない!」
エクセルさんはテーブルを叩いた。
酔ってはいないみたいだけど、ずいぶんと感情的になっている。
「しかし、いつあの変態に不法侵入されないか心配ではある。あのピンク髪はやはり私が殺しておくべき
だった!」
あまりに強く握りすぎたので、エクセルさんの手の中のグラスが割れた。
流れだす液体は血なのかアルコールなのか。
「へえ、宇宙人だけじゃなくて変態までいるんだ」
素晴らしいところじゃないか、SSG。
僕も行きたくなってきた。
「あいつ、そんなこと言ったのか!?」
アレクがNOOO!と頭を抱えて絶叫した。
彼は前からジェスチャーが大きかったけど、以前にも増してリアクションが大げさになっている。
「そりゃあ、リヒャルトと組んだら仕事がはかどるだろうな!」
腹ただしそうに言うけど、お母さんは内心ソワソワしているんだろう。
「しっかりしろ俺。RQも言ってたじゃねえか、酷い仕打ちに耐え切ってこそ真の愛が生まれるって!」
意味の分からない独り言も増えている。
思うに、過去で接触した人物から影響を受けたに違いない。
解釈の仕方によっては危ないセリフに、僕はコメントしないことにした。
「戻ってきたくないほどに楽しかったんだね」
「ああ、向こうには俺の心境をサイッコーに分かってくれる理解者がいてな、最初はタダの変態だと思ってたんだが…まあ、変態ってことに間違いはないんだろうけど、最後まで一緒に戦った戦友なんだ!」
向こうではサバイバルな毎日だったのだろうか。
それは大変だったねと相槌をうつと、アレクはペラペラとしゃべりだした。
「リヒャルトに鞭で絞め殺されかけれて、ジャパニーズ・ドールと骨マニアのドクターと対戦して、毛フェチ妖怪にアイスが洗脳されそうになって、カツラ・エイリアンに胸毛移植されそうになって、それで、そ、剃られて……」
思い出したくないエピソードなのか、アレクはそこで「うっ」と声を詰まらせた。
精神安定剤が必要かな?と僕がポケットに忍ばせていた注射器に触れていると、彼はいそいそとお守りのようなものを取り出した。
小ぶりな瓶で、表面にはデカデカと“脱毛クリーム”と書いてある。
「ありがとう潤一。何を思ってこれを渡してくれたのか、よく分かったぜ…」
SSGから帰ってきて、現実逃避もするようになったらしい。
「でもなケヴィン、悪い思い出ばかりじゃねえぞ」
落ち着いたのか、アレクは脱毛クリームをそっとしまった。
しばらくはこれを持ち歩くつもりらしい。
「昨日の夜バーで騒いだんだけど、アイスとリヒャルトとすっげえ暗い歌デュエットしたんだよ。
リヒャルトはオンチだしアイスは無表情だし、マジで夢に見るかと思ったぜ。
バックの演奏は大したもんだったけどな」
「エクセルさんが歌か…信じられないな」
そのリヒャルトという人はよほどの誘い上手なのだろう。
「酔っ払って何も覚えてねえけど、そのあと俺もRQとデュエットをやったらしいんだよな。で、気がついたら頭に包帯巻かれてて」
どこでこんな傷作ったんだろう…とアレクは不思議がっていた。
「そういえば、隊員がそれを録画してたから、今度DVDを送ってくれるって言ってたぜ」
「それはいいね。僕にもダビングしてくれないか?」
「おう!だけどアイスに内緒にしてくれよ」
「もちろん」
エクセルさんのホームビデオコレクションに加えるとしよう。
でもその前に、例のものをアイオンさんに送らないと。