-6.MY LOVE-

 

 

SSGに戻ると、入り口のところでコッペリウスが「ヒヒヒ…」と怪しい笑みを浮かべながら、智恵を導いた。
「もし、そいつにおかしな事をしてみろ!おまえの自慢の骨野郎をバラバラにしてやる!」
と、春人。
「まさか~単なる健康診断だけだよ・・・フーフッー」
言いながら、智恵の頭を触り頭蓋骨の具合などを興奮した様子で調べているドクター。
「ちゅ・・注射とか痛いものはないですよね」
智恵が怯えながら聞くと
「え、注射?ああ、あんなに痛いものはないよ。もし異常が見つかったら、解剖…じゃなくて手術とかは
あるかもしれないけどね…。なんでも身体を開けばどうにかなるのさ…イヒヒ」
「え?え?」
あきらかに混乱していると見える智恵を連れてコッペリウスは行ってしまった。


「智恵、大丈夫かな?」
心配そうな真祐。ついついこんなところまで付いてきてしまったが、さっそく友人がおかしな医者にバラバラにされそうで恐ろしい。
「リヒャルト、変態医者をいつまでのさばらせておくつもりだ?」
「ああ、見えても、Dr.コッペリウスはその道では世界的な権威だ。私は彼を信頼している」
春人の問いにリヒャルトは答えた。
そばで聞いていたアレクも頷く。
…人格はともかく、戦闘能力は一流だ。こういう組織にはああいう人物が必要なのだろう。
しかし
「あいつとは通じるものがある」
アイスの発言にげんなりとなった。
人間を見ると捌きたくなる人種としては共通するらしい。

「お、そろそろ夕食だな」
RQが団扇を持って呟いた。




夕食後。
夜間のトレーニングに行く二人の上から、突然ピンク色のもさもさが降りてきた。
「何してるんだ?」
アレクが叫ぶ。
天井にぶら下がるRQはニヤリと笑って
「これはこれは失礼を致しました。そこの猫耳天使に今晩のお相手を申し込んで…」
すべてを言い終わる前に、猫耳天使に叩き落とされた。
「その呼び名はやめろ。ただし、相手はしてやる!」
「おいおい!!アイス、自分が何を言ってるのかわかってるのかよ?」
アレクがその身体を庇うように前に出る。
こんなピンク色のセクシーダイナマイトに迫られたら…。

すると、RQは青い瞳を細めながらアイスの耳元に囁いた。
「手加減はなしだぜ・・・」
「望むところだ。リヒャルトには殺しを禁じられたが、キサマを殺すことに関しては許可を得ている」
「へぇ…」
口元に浮かべたニヤリとした笑み。
「やめろよ!二人とも」
アレクが両者の間に入った。
アイスがこんな奴に負けるわけはない。
だが、違うもやもやとした感情がアレクの中に生まれつつあった。
「おいおい、妬くなよ」
そんなアレクを見つめながらRQは言った。
「オレはおまえみたいな変態とは違うんだ。勘違いするな!」
「違う?同じじゃねぇか。戦いも恋も…死ぬまでヤリ合いたいとこがな!」
「な!」
これには、さすがに顔色を変える。
「邪魔をするな」
最後にはアイスに止められ。
RQはピンク色の髪を靡かせながら、さらりと去っていった。

アイスが身ぐるみ剥がされるような事態になったら、迷わず自分が飛び込んで止める!
これだからお母さんとか言われるけど…少なくとも変態だと思われるよりはましだ。
おまえの貞操はオレが守るからな!
アレクは、拳を握り締めた。


「今夜はあいつとヤリたい」
珍しいRQの発言に、トレーニング場がざわめく。
指先は赤い目の訓練生を指していた。
「いいだろう。許可する」
リヒャルトがものすごく嫌そうな顔で頷いた。

「…言っておくが、あいつの攻撃はムカつくぜ」
近くにいた春人がアイスにアドバイスする。
「問題ない」

そんな様子をアレクと、どういうわけかここまで来てしまった真祐が見守る。
「あのピンク色の奴、殺されるんじゃないのか?」
「いいや、あいつがどうなるよりもアイスの純潔がかかって…」
「?」
アレクの口から変な言葉が飛び出したので、真祐はおかしな顔をした。
「いいや、いろんな意味でこの一戦は見たくない…」

二人は対峙した。
いきなり、RQが突撃する。
「オレンジジュースみたいな匂いがするな…」
気がつくと、首筋にRQが顔を近づけている。
「!」
アイスが柄にもなく、慌てて身体を避けたのを見て
「へぇ、首筋が弱点か…」
ユラリとRQが動いた。

「気持ち悪い動きだな」
自らも武術をやっている真祐が呟く。
「あんな動きは見たことがないぞ。すごくやりにくい・・」
アレクも言った。
アイスの腕は確かだが、あの動きは見たことがないだろう。
リーチが取りにくい。

RQは大柄のくせにヌメヌメと動いた。
相手と間を空けずに、勢いで拳を打ち込めばヌルリと手で受け流す。
かといって弾く事はない。密着してダンスをしているように動いている。
「合気道とは違うのかな?」
「近いな。オリジナルが入っているが…」
真祐の意見にリヒャルトが言った。

そうこうしているうちに、RQが歩を進めた。
「首筋ねぇ…白いな。もったいない…」
そういうと突然、指先をアイスの白い首筋に突き立てた。
「ぐっ!!」

「あいつっ!!」
アレクが叫ぶ。

息が止まる。
耐え難い痺れが中枢神経を駆け巡った。
重いと感じた途端、アイスは膝をついた。
「ゲホゲホ…」
見かけと身長から考えると、目の前の相手の体重は100キロ近くだろう。
その重みを指先一点に集中した攻撃。
「まだ大丈夫か…やっぱり猫耳天使だけある」
そう言うRQを見て、なぜか嬉しそうにリヒャルトが呟いた。
「あいつ、いつもと攻撃方法を変えているな・・面白い」
そういえば、破損した車の状態といいRQのいつもの態度といい、もっとスピードと力をいかした大胆な
攻撃をすると思っていた。そういう意味ではリヒャルトのいうことは正しいのだろう。
アレクがリヒャルトに何か言おうと横を向くと、なぜかリヒャルトは自らの首筋に指を当てていた。
「・・」
次にリヒャルトの口から出た言葉は聞き違いだと思いたい。
まさか、「・・・くらってみたい」などと言う馬鹿はいないだろう、とアレクは思ったが聞き間違いでなかったら、やはりリヒャルトも変な奴なのだった。しかし、それ以上に、こころなしかうっとりして見えたのは間違いだと思いたい。
この二人は一体どういう関係なんだ?


その間も、密着したダンスは続けられた。
RQはさっきから攻撃らしい攻撃をしかけてこない。
破壊力が強ければ強いほど、上手に受け流す。
いらただしそうにメスを振り回しているアイスを見て、楽しんでいるようだった。
「このままだと体力が持たないぞ」
「っ!」
首元に息を吹きかけらえて、アイスは息を呑んで飛びのいた。
鳥肌が立つ。弱点を執拗に攻めてくる相手に恐怖にも近い敵意を隠せない。
……殺す。こいつは殺す!
精神安定剤の効果が薄れかけていた。
冷静さを保てなくなった時点で勝ち目はない。
アイスは持っていたメスを床に投げ捨てた。
全部で8本。今日は少ないほうである。
「アイス、お前なにやってんだ!」
武器を捨ててどうする、とアレクは慌てた。
メスを投げたところで当たるとも思えないが、素手だと余計に分が悪いのではないか。
アイスはアレクのほうを見ようともしなかった。
「気に入らないやつは素手で殴る」
殺略のスイッチが入ってしまったのだろう。
視線は目標にロックオンされている。
まずい、これ以上アイスを怒らせると…
アレクが心配している中、それは起こった。
「猫耳天使ちゃんが俺だけを見てくれるなんて光栄だな」
RQがニヤニヤと笑う。
その瞬間、アイスの中でブチッと何かが切れた。
「その名で呼ぶなと言っているっ!」
地面を蹴って、一直線にRQに向って走る。
まるで獲物に飛びかかる豹のようだった。
真っ直ぐにとんでくる攻撃をサラリとかわして、RQは背後を取ろうとしたが。
「いてて…」
そうはさせるかと、アイスがピンクの髪を引っ張った。
それを見ていたアレクが一言。
「あれ、カツラじゃなかったんだな」
「…はあ?」
息をするのも忘れて二人の決闘に見入っていた真祐は、呆れたような声を出した。
今日の話題はやけにもじゃもじゃしている。
アイオンを一人置いてきてしまった呪いなのだろうか。
これ以上は身が持たない。次の便で日本に帰ろうと決めた。



ターゲットを捕らえたアイスは、反撃される前にRQのむなぐらを掴んだ。
身を後に倒し、その勢いで相手を投げ飛ばす。
しかし、ヤツのことだから猫のように転がって受け身を取るだろう。
そう悟ったアイスは、手を離さずにRQについていくように自らも回転した。
「お?」
何が起こるのかと興味をしめしたRQは反撃が遅れた。
次の瞬間には仰向けになっていた。
アイスがその上に馬乗りになるような格好で、両手でがっちりと首を絞める。
地面に押し付けられ、動きを封じこまれた。
「なるほど」
RQがピューと口笛をふく。
手際よい方法なのだが、見ているほうは気が気ではなかった。
…あのポジションは恐ろしいが羨ましくもある。
アレクは止めるべきか悩んだ。
隣では真祐が「あの技、見たことある!」とはしゃいでいる。
「今度アイオンに試してみようかなあ…アレクはどう思う?」
「え…死なない程度になら嬉し…いや、効果的なんじゃねえ?」
自分のどうしようもない返事に複雑な気分になる。
終いにはリヒャルトが「やってみたい…」などと呟いているのを耳にしてしまい、もうこの二人の関係について突っ込むのはよそうと考えた。


アイスはRQの顔面を殴ろうとしたが。
「……」
バッテリーが切れたように拳が宙で止まった。
「どうした?殴らないのか」
RQが訊くと、アイスは悔しそうな顔をして質問を返した。
「貴様、なぜ抵抗しない?」
この状況から逃れようと思えばできたはずだ。
それなのにわざわざ殴られるのを待っているように大人しくしている。
遊ばれているようで不愉快だった。
「なかなかいい眺めだ。俺はむしろあんたに殴られたい!」
「なんだと…っ!」
アイスはカッとなって、拳を振り下ろそうとする。
「駄目だアイス!」
すんでのところでアレクが止めに入った。
「昨日のあれ見ただろ?これ以上楽しませてどうすんだよ!」
そう言って、アレクはリヒャルトのほうに視線を向けた。
そういえばヤツは昨日、鞭打ちが好きだと言っていた。
殴れといわれて殴ってしまえばRQの思うつぼである。
「ほら、深呼吸しろ。息を深く吸って。すーはー」
「…貴様も私を馬鹿にしているのか?」
「いいから言う通りにしやがれ!すーはーすーはー!」
お母さんがあまりにも真剣なので、アイスはしかたなくつきあった。
それをRQはおもしろいものを見るような目で眺めている。
「……もういい」
数回深呼吸して冷静になったアイスは、アレクの腕を振りほどいた。
今まで出会ってきた中でも一番の強敵…いや、過去に対峙した某マント男に匹敵するほど相手だった。



一方、その頃。
真祐の肩を叩くものがいる。
振り返って見ると、どこぞの毛フェチに似た人物が「うひーうひー!」と微笑んでいた。
「何か?」
「私は兎兎っていうんだけど、今暇なんだよ。指相撲でもしない??ジュージュも一眠り中だしね」
「いいけど?」
こんな本格的な戦いを目の前にして、指相撲とはよっぽど緊張感にかける人物なのだろう。
そう思っていたが。

組んだ途端に「ケケー!」と奇声を発して兎兎が物凄い怪力で指を捻じ込んできた。
ミシミシと骨が嫌な音を発する。
「っーー!」
「おい、占い師!それは一般人だ」
春人がトレーニングの相手を投げ飛ばしながら叫んだ。
「え?そんなことはないよ!この真祐君は関係者さ!」
いつの間に名前を知ったのかはしらないが、勝手にあやしげな組織の関係者にされている。
「ぐぐぐ・・」
「1・2・3・・ケケケ――!」
指を押しつぶしながら勝利のカウントを兎兎が始める。
「オレはひさしぶりに実家に帰ってきて、今度こそはまともなバカンスを楽しむつもりだった。
日常の非日常とはさようなら!そういう希望をもってアメリカに戻ってきたのにっ!!」
真祐は叫んだ。
「私の占いでは、きみの日常はますます非日常化すると出ているんだよ。そろそろ、ここらへんで覚悟を決めようじゃないか!ようこそ!SSGへ」
「オレはごく普通の高校生だっーー!!」
兎兎の言葉に絶叫しながら、真祐はその小さな相手を片腕でぶっ飛ばした。
兎兎はそのままふわりと飛んでいって着地したかと思うと、運悪くバランスを崩し、近くにおいてあるモップに頭をぶつけてしまった。
ゴン!といい音がした。
「い、いたいよぉ!」
頭を押さえて泣きだした兎兎。
「ごめ…」
真祐がそう言おうとすると、トレーニング場に金髪のデカイ男が流れ込んできた。
トレーニングをしている隊員を何人も突き飛ばしながら、入ってきた男は兎兎を抱きかかえ
「だから、こういう乱暴なことはやめるように言ったのに!」
と叱って、そのまま連れて行ってしまった。
突き飛ばされた隊員たちの屍のようになった身体を越えながら・・。

「こんなところにもいたんだ…あやしい兄弟」
真祐はげんなりしていた。
早くこの組織から出ないともっと変な奴に出会いそうで、もう帰りたかった…。



トレーニングの後。
一汗かいたのでシャワーを浴びてから未来に帰る準備をしたが、一向に迎えが来ない。
アイスはイライラと部屋の中を歩き回っている。
目的のものを手にいれたのだから、これ以上長居する必要がないと考えているのだろう。
アレクはというと、変な奴ばかりのこのSSGが気に入ってしまい、暇があればまた遊びに来ようかと企んでいた。
「アイス、首大丈夫か?」
「お前には関係ない」
アイスは首元を庇うようなしぐさをした。
「痕が残ったらどうするんだよ。いいから見せてみろ」
「結構だ」
見られるのも嫌なのか、アイスはそそくさと部屋の隅に移動した。
弱点をつかれて警戒しているらしい。
拾われた野良猫みたいな反応だな…と、アレクは笑ってしまった。
「まーったく、チョコミントさんは人に懐かねえな」
冗談のつもりだったが、気に触ったらしく
「出ていけ!」
アイスは野球選手並みのスローで枕を投げてきた。
これくらい痛くも痒くもない。
せっかくだから枕投げでもするか、とアレクが考えていると。
ドスンドスンとドアが震動した。ノックしているつもりらしい。
開けてみると、RQとリヒャルトだった。
「Yooo!お二人さんっ!」
「夜分に失礼する」



SSG内にはバーまで存在するらしい。
眠れないのなら一杯どうだ、と誘われるままについていった。
二人はマスターと知り合いらしく、カウンター席に座って「いつもの」と注文する。
隣では、アイスが気難しい顔でメニューを見ていた。
「お前、酒飲めんのか?」
オレンジジュースにしたほうが無難じゃないかと、アレクはさりげなく勧めた。
というのも、下戸なので一人だけ飲めないとなると格好悪いのである。
そんな思惑は知らず、アイスは素直にジュースを頼もうとしたが。
「私のオススメはこれだ」
親切心から、リヒャルトが隣から口を出してきた。
「では同じものを」
今朝の一シーンが繰り返される。
“チョコミントさんを正しい道に導こう作戦”はことごとく失敗した。
「俺のオススメはこれだぜ!」
RQもちゃっかりアドバイスに参加している。
「いや、俺は……」
「ガタイがいいくせに、飲めねえなんて言わないよなあ?」
男の恥だぜ~?とRQが酔っ払いのように絡んでくる。
アレクは冷や汗をかきながら、しどろもどろに答える。
「の、飲めねえっていうわけじゃ…」
「じゃあこれに決まりだ!」
いつの間にかRQに注文されてしまった。

目の前に置かれたピンク色の可愛らしいカクテル。
クリーム&いちごの組み合わせは、どう考えても女性向け。
「オレはこれ以外めったに頼まねぇ」
格好いい言葉に対して非現実的な現実が、そこにはあった。
「男同士でこれはないだろ!」
そうは言っても、やはりカクテル。
数口飲んだだけで、視界が揺れ始めた。
こんな可愛らしいものに酔わされてたまるか!
アイスは何を飲んでいるのだろう。
横を見てみると・・。

リヒャルトとお揃いの血のように真っ赤なカクテルを飲んでいた。
「どうだ?」
リヒャルトが聞く。
「アルコール度50%」
アイスが答えた。

「ご、50%!!そんなもの飲んじゃいけません!」
お母さんが必死に止めようとしているのに、アイスはそれをゴクゴクと飲み干した。
「さすが私が認めた男だけある」
アイスの飲みっぷりにリヒャルトが満足そうに頷いた。
こちらは頬がほんのり赤らんでいて、少しばかり酔いが回っているようだ。

「あれの名前教えてやろうか?」
RQがふにゃふにゃとアレクに絡んできた。
「なんだよ~」
こちらも呂律が危うい。
「ブラッディ・リヒャルトってんだ」
-血まみれのリヒャルト…-
似合いすぎる。
「まじかよ?」
「ただの薬膳酒だ。痛みが消える」
ムッとした顔でリヒャルトが訂正した。

さらに、嬉しそうにRQは言った。
「ついでに、さっきオレが猫耳天使にくらわせた技の名を教えてやろうか?」
アイスがキッとした顔でRQを睨みつける。
「“実はおまえの事好きなんだ”攻撃っていうんだ」
ピシッ!
アイスが懐からメスを取り出す前に、リヒャルトのグラスが危うい音をたてた。
「おいおい、グラス割れそうだぜ」
アレクが制止していなかったら、この場には真っ赤な液体が飛び散っていたところだろう。
リヒャルトは酒と同じくらい真っ赤な顔をして、何かを考えている様子だった。
ふと、アレクの脳裏に「くらってみたい…」という声が蘇る。
無理もない…。


そんな中、
「はーい、皆さんこっちむいてね!」
マスターが人のよい笑みを浮かべながら、パンパンと手を叩いた。

バーの中央にあるステージにスポットライトが当たった。
その中にいるのはギターを持った機械部のメカニックマン・潤一。
後ろのほうに、こっそりオカリナを持つ兎兎の姿も見える。
横から丁寧にお辞儀をしながらコッペリウスが現れた。
手にはマラカス。こだわりのマラカスは柄の部分が骨になっている。

「しばし、楽しい一時をお過ごしください!」
マスター自らキーボードの鍵盤に手を置いた。

「いくぜ!野郎共!!」
潤一のシャウトとともに、いきなり物凄い勢いで合奏が始まった。
パンクなのかラテンなのか、イージーリスニングなのかよくわからない音楽が流れ始める。
狂ったようにオカリナを吹き鳴らす兎兎の横では、コッペリウスが激しく頭を振りながらマラカスを振りまくる。
テケテケテケテケ・・・潤一のギターがリズミカルにリードを刻んだ。
キーボードのマスターだけが物静かにゆったりとクラシックを弾いている。
ちぐはぐな演奏だが、どういうわけかノリがいい。

気がつくと何人かが席からたってリズムに身体を揺らしていた。
アレクもRQもなぜか肩を組んでステップを踏んでいる。

「長官!長官!」
やってきた金髪に、アイスは冷たい視線を向けた。
あれはたしか朝のトレーニングで、侮辱的な言葉を投げかけてきた凍牙とかいう少年だ。
凍牙はアイスを一睨みすると、リヒャルトに向きかえりにっこりと微笑みながら
「ぜひとも長官の声がお聞きしたいです!」
とマイクを差し出す。
「・・・」
少しばかり黙り込んだリヒャルトだが
「いいだろう」
とマイクを手にした。
「え?歌??」
まさかな…。
あのリヒャルトが人前で歌をうたう人物には見えない。
それどころか…
「一緒に歌わないか」
とステージのリヒャルトがアイスを指名した。
「デュエットだ…やはりご兄弟という噂は本当だったんだ!」
嬉しそうな声の方向を見ると、全員が例のリヒャルト人形を抱きしめて座っているテーブルからだった。
あれがリヒャルト親衛隊なのだろう。

「嘘だろ…」
アイスが人前で歌を歌うことも信じられないがデュエットとなると、さらに信じたくない。
その間にも、リヒャルトが楽譜を見せながらアイスに説明している。
「音符の通りに腹から声を出せばいい。慣れてくればなかなか面白いものだ」
「了解した」
歌ってそういうものなのか?
突っ込んでやりたいところだが、まわりの歓声に押しつぶされそうで何もいえない。
おもに親衛隊の連中が二人に声援を送っているようだ。
「今日は、潤一作「MY LOVE」です!」
マスターが高らかに叫んだ。
ピューピュー!!
タイトルからして危ない予感だが、なぜかリヒャルトはあまり考えているふうでもない。
「あの目が好きなんだ」
RQがこっそりと呟いた。
そういえば、リヒャルトの目尻が赤く潤んでいる。
「今日は楽しかったんだろ、あんなに酔うなんて珍しいからな」

演奏が始まった。
先ほどとは違ってスローで静かな音楽だ。

「時折憎らしくなる、その態度…」
「どうしてこちらだけを見てくれない」
「憎らしくて憎らしくて、でも嫌いじゃない」
「嫌いじゃないだけだから、恋じゃない」
「恋じゃないから、好きでもない…そのはず」
「でも迷ってる。あの時から」
「ここにいる理由も在る理由も教えてくれないくせに、そばにいる」
「いつかその手で私を壊すんだろう」
「優しい手で破壊するんだろう」
なにげに…重い歌詞だった。
それ以上に、リヒャルトの音程が・・
いやむしろ「個性的」だと言わなければ、親衛隊に殺されそうだった。
まさか、音痴?とか言えない雰囲気である。
アレクの酔いも醒めそうだった。
「まぁ飲めよ!」
RQがまた例の甘ったるい酒を勧めてくる。
迷わず一気飲みした。
「いいねぇ!」
中途半端に飲みたくない、この現状。

「あいつに惚れてる」
RQの言葉に酒を流し込む。
「正気を失うくらいに」
その視線がアイスを見ていない事にほっとする。
たしかに、今のリヒャルトは危うい雰囲気だった。歌がどうのいう問題ではなく、妙に艶っぽい。
口を開くごとに赤い舌先がちらりと見える。
酔いが回っているせいなのか、普段鋭い瞳も媚びているように見えるのが不思議だ。
一方、アイスはパクパクと義務的に口を動かしている。
ほんのり酔ったリヒャルトがいつもは見せないような顔で歌っているのに(あれでも彼なりに歌っているのだと思いたい)、こちらは無表情だった。
言われたとおりに音符の通りに腹から声を出しているのだろう。
しかし感情がこもっていない。楽しんでいるようにも見えない。
……なんでこんなロボットみたいなヤツに惚れちまったんだろう。
頭がグラグラする中、アレクは一生懸命考えようとしたが、何も浮かばなかった。


歌は終わり、二人はステージから降りてきた。
「んじゃ、オレたちの番か!」
RQがアレクの腕をぐいっとひっぱった。
「あ~~??」
視界が完全にぼやけている。
今まで何が起こったのかさえ、過去の遺物のようだった。
勝手にマイクを握らされ、伴奏が始まった。


「“MY LOVE”へのアンサーソング、“デンジャラスな君に恋をする”。作曲:兎兎ちゃま、作詞:コッぺリウスでお送りします!」
マスターが大声で発表すると、周りがドッと吹きだした。
「あの二人かよ!」
どちらも信用ならないとアレクは思った。
骨と毛で埋め尽くされてしまうのではないか。
しかしこれほど酔っていると、渡された歌詞のままに歌ってしまいそうな自分がいた。
隣でマイクを握るRQが笑いながら言った。
「思いさえ伝わればどんな歌詞でも構わないさ!」
彼がリヒャルトほど音痴…いや、個性的な歌声の持ち主でないことは、ゲームセンターで判明している。
考えるのが面倒くさくなってしまったアレクは、酔いに任せることにした。
「よし、じゃあ歌うかー!」
それに応えるように、潤一のギターが軽やかなメロディーを奏でた。
先ほどの重い歌とは違い、ポップなカントリー風である。



「デンジャラスな君~、今日こそオレに向って微笑んで~」
「デンジャラスな君~、今日こそオレのハートをぶち抜いて~」
ん?なんか変なことを口走ってないか?
リズムに乗って歌うのが快感で、歌詞を追った。
程よく酔っているリヒャルトはとろんとした目で、そしてアイスは軽蔑するように二人を見ている。
「「君になら全て捧げてもいいさ~、この骨も毛も、おおこの魂さえも~」」
毛、というところでギターの音程が大幅に外れた。
兎兎は狂ったようにオカリナを演奏しながら全身で喜びを表している。
マラカスをしゃかしゃかいわせながら、骨!骨!とエールを送っているのはもちろんコッぺリウスである。
やっぱり止めようかとアレクが考えていると、音楽に合わせてRQがステップを踏みだした。
「悪魔だって構わない。オレはとっくの昔に落ちている」
「死神だって構わない。俺は死ぬつもりでここにいる」
RQがステージの上で体をくねらせながら、ムーンウォークをはじめた。
おお!もっとやれ!!と歓声が起きる。
アレクも見よう見まねで滑ってみる。
これがなかなか楽しい。クセになりそうだ。
その時点で、RQは歌詞を破り捨てた。
今からアドリブに入るらしい。
お土産に持ってかえろう、とアレクは紙を折りたたんでポケットに入れた。
「君の鞭打ちも愛があれば快感に変わる~。朝までノンストップだぜベイビー!」
その一言でリヒャルトに注意が集まった。
これが素面だったら瞬殺しているのだろうが、適度にアルコールが回ってしまったらしく、何を言われたのか頭の中でリピートしているようだった。
アイスが珍しく気をきかせて、リヒャルトの注意をそらそうと「貴様も何か言え!」とアレクに鋭い視線を向けた。
「え?えーと…な、殴られるのも切られるのも、実は嬉しかったりするんだ~」
それを聞いて、アイスが一瞬だけ意外そうな顔をした……すぐに仏頂面に戻ったが。
リヒャルトもようやく歌詞の意味を理解したのか、RQをキッと睨みつけた。
顔が赤いのは酔いのせいだけではないだろう。
「「君のそんな不器用な愛情表現がたまらないっ!!」」
RQとアレクは手に手を取り合って、切実に訴えた。
「だけどオレはマゾじゃない~」
「自殺願望だってない~」
観客から「嘘だ嘘だー!」という声が聞こえる。
二人はめげずに大声で叫ぶ。
「「ただ君が好きなだけ!!」」
愛しい人たちに向って腕を広げた。
無視しようとしているのか、リヒャルトがものすごいピッチでグラスを空にしていった。
それに習って、アイスもアルコール度50%の酒をぐいぐい飲んでいる。
「照れてる顔も可愛いぜマイハニ~」
「感情を表に出してくれよマイダーリン~」
すっかり出来上がってしまった二人は、思春期の乙女のようにため息をつきながら、音楽にのって勝手に歌詞を作り上げていく。
音程もしっかりしているし、感情もうまく出ている。
メチャクチャな歌詞だが、先ほどのデュエットに比べればまだまだ聞けるほうだった。
「怪獣スリッパも似会うぜマイハニ~」
「でも猫耳は妬けちゃうぜマイダーリン~」
突然、空のグラスが2つ飛んできた。
見事に額に命中し、ガラスの破片が突き刺さる。
打ち所が悪かったのか、それとも酒に弱いだけなのか、二人はパッタリとその場に倒れた。
「あーあ、今日も怪我人が出てしまったよ」
未練たらしくマラカスを振り回しながら、コッぺリウスが前に出た。
後では潤一と兎兎が悲しげなメロディーで「蛍の光」を奏でている。
アレクは隣で血を流している戦友に手を差し出した。
「今までありがとうRQ。俺はここまでだ…」
「何を言うか友よ。地獄まででも一緒に行ってやる…」
二人は感動の別れを演出しながら、ストレッチャーで運ばれていった。
グラスがどこから飛んできたのかは、言うまでもないだろう…


次の日。
智恵が元気よくSSGの廊下を走ってきた。
「智恵!!」
「春人!!」
朝から医務室の前で待ち構えていた春人ときつく抱き合って、無事を確かめ合う。
健康診断という名の人体実験から抜け出してきた相棒の生還を喜び合っているようだ。

「無事か?」
「うんうん昨日より元気くらいだよ!」
「身体に変なもの埋め込まれたり、抜き取られたりしてないだろうな!」
「血は採られたけど、そのくらいかな?」

「熱いね、お二人さん。冷凍保存でもされたいのかい??」
のっそりとコッペリウスが姿を現した。
二人は、自分達の状態を見て、あわてて身体を離した。

通りすがりの彩が「フフ・・羨ましいのかもしれないね…」などと呟きながら去って行ったので、二人はますますあわててまわりを見回した。

「ともかく異常はなかったんだな?」
「ああ、まったくの健康体だよ。残念!故障してたら、どこか削り取って何かを埋め込んでいたのに」
「黙れ」
イヒヒ・・・と薄ら笑いを浮かべるドクターに背を向けて、春人は智恵の手を引っ張った。
行く手には、真祐の姿があった。
「待っててくれたんだ!」
「どうにも、人体実験されそうな雰囲気だったから心配でさ」
「オレは、大丈夫だよ!」

「じゃあ、帰ろうな!」
春人が言う。
「やだよ!オレ来たばっかじゃん!アメリカをもっと知りたいのに!なぁ真祐?!」
「「いや、もう帰ったほうがいい気がする!!」」
春人と真祐が同時に発言したので、智恵は黙り込んだ。
「「ともかくここにいるのは危険だ!」」
とっさに二人は智恵を抱えて、SSGから連れ出そうと走り出した。

「なになになにぃ~~~~???」
「黙っていろ!」
「ここにいないほうが身のためだと思う…」

「バイバイ、またね」
コッペリウスがのんびり手を振っている中、二人は猛烈な勢いで智恵を抱え、消え去った。



二人とも日帰りするつもりでやってきたが、通信機が故障してしまい、思った以上に長居してしまった。
「“現地時間8時にSSGの外にて待つ”か…」
アイスがいつの間にか治した通信機にそうメッセージが入っていた。
それを確認したのか昨晩。
あのあとバーで思いきり暴れて、気がついたら包帯を巻かれて横たわっていた。
ピンクの酒を勧められたところまでしか覚えていない。
何があったのかアイスに訊いたら、睨み殺されそうになった。
今度RQに訊くとしよう。
こっそりメールアドレスを交換していたので、いつでも連絡が取れるのだ。
「頭いてぇ…お前、二日酔い大丈夫か?」
「……」
アイスは無言でメスを磨いている。
昨日あれだけ酒をガブ飲みしたのにケロリとしている。
「帰りたくねえな。慣れてくるとSSGってすげー楽しいとこだし、いいヤツばっかりだし」
「気に食わないのもいるが、リヒャルトとコッぺリウスは話が合う。それに、あの春人というのも第一印象
ほどに悪い奴ではないらしい」
そう言いながら、アイスはキュッキュとメスを磨き続ける。
RQをしとめられなかったのが悔しいのだろう。
「まあ、確かに変なもヤツいるけどな」
アレクは苦笑いするしかなかった。
兎兎、コッぺリウス、潤一…とメンバーの顔が浮かんでは消える。
RQは“変なヤツ”では言い表せない何かを持っていた。
なにしろ大切な戦友なのだ。好きな相手だから殴られたいという心理をよく理解してくれた。
そしてリヒャルト…
初対面で殺されかけたものの、彼は部下思いのいいリーダーだった。
あの服のセンスは謎だが、これからもRQとはうまくやっていくだろう。
「時間だ」
アイスがスクッと立ち上がる。
「なんだかんだで、短かったよなあ…」
アレクは名残惜しそうに部屋を見した。
「また来れたらいいな!」
仕事人間のアイスは、批難するような目でアレクを見たが。
「……」
否定はしなかった。