- 5.昼下がりの課外授業-

 

 

リヒャルトを先頭に、3人は街中を歩いていた。
「へー、けっこう普通なんだな」
アレクは感心したように言った。アイオンたちの住んでいる街と変わらない。
そこらに宇宙人がうじゃうじゃしているかと思ったが、地球なのだからこれで当たり前なのかもしれない。
「見ろよ!あんなところにゲームセンターが…」
「「観光に来ているのではない」」
リヒャルトとアイスに同時に睨まれて、アレクはなす術もなく引き攣った笑顔を浮かべた。
この二人を敵に回すとどれだけ恐ろしいか十分に知っているつもりだった。
とりあえず仕事なので、人ごみに紛れ込めるようにと、アレクはジーンズとTシャツというカジュアルな格好をしている。
アイスは黒のYシャツにスラックスと相変わらず黒尽くめだが、あのメスが縫いこんであるコートに比べればだいぶマシだった。
一方、リヒャルトはというと…
黄色いTシャツを着ていた。
中央にはデフォルメ化した向日葵が、「Smile」の文字とともに抜群の笑顔を見せている。
その上に見える青白く気難しそうな表情とは違いすぎて、ギャップに思わず笑いそうになってしまう。
きっとこれも部下からの贈り物なのだろう。
ならば、無理にでも笑いを堪えなければ…反撃の恐ろしさは体験済みだ。
そう思って視線を下にずらすと、白い太股が見えて、アレクは目を見張った。
リヒャルトが賑やかなTシャツに合わせていたのは、青い短パンだった。
露出を抑えるためか、長いソックスを合わせているが、それでも相当刺激的な姿といえた。
おいおい、おまえ一体いくつだよ??
朝食の時に小耳に挟んだ彼の歳は40手前という事だった。
一応、実年齢よりは若く見えるほうだと思うが、これは反則だ。
…まったく似合っていない癖に妙なフェロモンを撒き散らしているあたりが。

「一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「組織内でも街中でも、変な視線を感じた事ないのか?」
するとリヒャルトは、いぶかしむ様な視線を投げ
「街中で殺気をぶつけてくるような未熟な相手に、私が気づかぬとでも?」
そう言って長いソックスをちらりと視線で指した。
巧妙に隠してあるが、きっと自らの足に鞭を巻きつけているのだろう。
「い、いや、そういうわけじゃ…まぁどうでもいいさ」
正直、噴出すのを堪えるのに精一杯だった。
それよりも、目的のブツを狙っているアイスの様子が心配だ。
アレクは、ふらふらと歩き回るパートナーのほうに接近していった。



あのあと、「先に失礼する」とリヒャルトが出ていったので、アイスは兎兎の毛話を興味深そうに聞き、アレクは潤一と苦労話に花を咲かせ、コッぺリウスは部屋の隅で骨格模型と遊んでいた。
SSGってあんがい気楽なところなんだなとアレクが考えていると、出て行ったはずのリヒャルトが戻って
きた。
今日はとある人物の健康診断をする日なのだが、彼を連れてくるはずだったRQが行方をくらましていると言う。
「今度こそ忘れるなと毎回のように電話を入れているのだが、当日になるとコロッと忘れている。
だから今回は迎えをよこしたのだが…やはり人選を間違ったか…」
リヒャルトは苦々しい表情で言った。
元気出してね、と兎兎に優しく肩を叩かれて、子供のように頷いている。
「こうなったら私が行くしかあるまい。ドクター、予定より少し遅れるが構わないか」
「いいよ。私はコッペリアと遊んでいるから」
愛しい模型から金色の胸毛を引きはがせて、コッぺリウスはご機嫌の様子だ。
「私は街に出る。おまえ達はどうする?」
アレクはアイスを見た。
今でも十分に危ないのに、街に出てしまったら騒ぎを起さないか心配だ。
宇宙人のDNAが手に入るまではSSGで大人しく潜伏していようかと考えていると。
「例のブツが街中にあるというお告げが!」
兎兎が雷に打たれたようにパッとアイスのほうを見た。
「チャンスだよチョコミントさん!」
「了解した」
アイスはすくっと立ち上がると、リヒャルトのあとを追った。
恐ろしいことに、あのあだ名で呼ばれるのにも慣れてきたのだろう。
「じゃあ俺も…」
乗り気でないアレクが、やれやれというふうについていく。
「私も一緒に行く!」
兎兎はケーケケケと奇声をあげて壁によじ登ろうとして、兄思いの弟に止められていた。
「駄目です兄上。お昼寝の時間でしょう」
「えー、私もチョコミントさんたちと行きたいよ!」
ぶーぶー言っているが、グレイ型のぬいぐるみを抱きかかえてそんなことを言われてもちっとも説得力がなかった。
「駄目です。あなたは寝不足になると機嫌が悪くなるんだから」
とばっちりを食らうのは誰だと思っているんです、と潤一は苦労しているような口ぶりで兎兎をたしなめた。
「それに、私の可愛い兄上を街の住民に晒すなんて耐えられない…!」
これが本心だったらしい。
兎兎の叫び声一つでレーザー兵器を引っさげて飛び込んでくるくらいなのだから、よほどのブラコンなのだろう。
「ジュージュ、大げさだよ…」
「そんなことはありません。私だけの兄上でいてください」
らぶらぶモードに入ってしまった兄弟。
その横では、骨格愛好家が「コッペリアの棺~♪」とずれた音程で歌っている。
はっきり言って邪魔だ…
潤一はレーザーに手を伸ばしかけたが、そんな教育によろしくないもの、兎兎には見せられない。
「ドクター、こんなところでサボってないで仕事をしてください」
「なんだい、何をしようと私の勝手じゃないか」
反撃しようとしたコッぺリウスに、スノーマンの冷たい視線が突き刺さる。
ブリザード並みの迫力である。さすがのドクターも怯んだ。
潤一は今度は笑顔を作って、悪魔のように囁いた。
「今度リモコンで動く骨格模型を作ってあげますから」
「えっ、本当かい!?」
骨格マニアなだけあってコロリと参ってしまう。
コッぺリウスはるんるんとスキップしながら兎兎ちゃまの部屋から出て行った。



「アイス食おうぜアイス!」
アイスクリームスタンドを指すアレク。
「うるさい。邪魔をするなら帰れ」
いつものアイスなら殴って黙らせているところなのだが、今はそれどころではない。
誰が宇宙人か見極めようと、カッと目を見開いている。
「この辺にいるはずなのだが…」
リヒャルトはレーダーのようなものを取り出して、あたりを見回している。
探しているのはRQなのか、それとも健康診断に来る予定の人物なのか。
せっかく街に出てきているのに仕事とは…
リヒャルトもアイスと同じで極度のワーカホリックなのだろう。
こんなときにRQがいてくれたら楽しいだろうな、とアレクは考える。
「チョコミントアイス」
アレクがそう言ったとたん、反射神経でアイスがパッと振り向いた。
「…を一つ、トリプルでください」
首めがけて飛んでくる手刀をひょいとかわしながら、アイスクリームスタンドの売り子に注文する。
格別に好きというわけでもないが、先ほど兎兎が食べているのを見て、気になってしまったのだ。
「貴様、何をやっている!」
仕事中に買い食いとは不謹慎だと怒り狂うアイスの目の前で、アレクは懐中時計を振ってみせた。
兎兎から借りたままだったが、アイスを説き伏せるのに役に立つアイテムだ。
「食いたくならねえか?チョコレートチップスがたっぷり乗った、チョコミントア・イ・ス。
ほ~ら、食いたいだろ?アイス?」
「…くっ」
アイスは悔しそうに歯軋りした。催眠術にかかりやすい体質らしい。
売り子からコーンを受けとって、アレクはこれ見よがしに一口かじる。
「んー、美味いなあ。お前も食うか?」
「遠慮する」
アイスは警戒するように後退った。
それでも催眠術が効いてきたのか、気になるようにこちらをちらちらと見ている。
「遠慮すんなよ。一口やるから」
「いらないと言っている!」
「お前だってチョコミント食いたいだろ?」
共食い…というよりは、チョコミントアイスを食べるチョコミントさんが見たいだけなのだが。
アイスは吐きそうな顔をしながらも、催眠術の威力には逆らえないらしく、必死に戦っている。
いつもこき使われているだけあって、戸惑うアイスを見るのはちょっとした快感だった。
「モタモタしてると溶けちまうぞ。早くしろ」
アレクにそう言われて、アイスは人生最大の難問にぶち当たったようにうんうんと唸っていたが。
「ひ、一口だけだ…」
とうとう折れた。
アレクは笑い出しそうになるのを堪えながら、アイスクリームコーンをずいと差し出す。
「自分で持つ」というのを無視して、アイスの口元に持っていった。
アイスはものすごく嫌そうな顔をしたが
「それ以上調子に乗ると殺す」
と負け惜しみを言ってから、人が見ていないのを確認して、ガブッとアイスクリームにかぶりついた。
アイスはこう見えて、敵に挑むように豪快にものを食べるタイプである。
「……」
ところが、今回は相手が悪かった。
一口といっても、アイスクリームが大きすぎてどうにもならない。
スプーンか何かあれば問題ないのだが、あいにくコーンで注文してしまった。
ここで諦めればいいだけの話だが、一度言い出してしまったことなのでプライドが許さないのだろう。
目の前の敵を睨みながら、頬にアイスクリームをつけて必死になっているのがいじらしい。
アイスクリームと苦戦するパートナーを見ているうちに、アレクの手がプルプル震えだした。
「アイス、お前って…く、口小さいんだな…」
「うるさいッ!!」
アイスは八つ当たりするように、アレクの足を思いきり踏みつけた。
「いてっ」
「なぜカップでなくてコーンなんだ!貴様ワザとやっているのか!」
「そんなに怒るなよ。頬にクリームが…」
「触るなこの変態が!!」
アイスは服の裾で頬をゴシゴシと乱暴に擦った。
毛を逆立てて威嚇する猫のようだ。
怒りのあまり催眠術が解けてしまったらしい。
アレクは、アイスクリームを顔にぶつけられる前に退くことにした。
「そういえば、リヒャルトは?」
いつの間にか姿が見えない。
その一言にアイスもハッとした。
人ごみをスキャンするようにあたりに鋭く視線を走らせていると、とある場所で目がとまった。
「あれは…」
「見つかったか?」
アイスが固まってしまったので、アレクも同じ方向を見たのだが。
「…マジかよ」
探し出したのは、思わぬ人物だった。
彼もこちらに気づいたのか、驚いたような顔をしながら近づいてくる。
「アレクにアイス!遊びに来てたんなら声かけてくれればいいのに」
「真祐(まひろ)じゃねえか!久しぶりだなあ」
21世紀で暮らしている親友の同居人だ。
簡単にいえば恋人なのだが本人は認めていない。
「二人とも何してんだ?お忍びでデート?」
「へへ、そう見えるかっ?」「違う!!」
真祐の問いに、二人同時に答えた。
「お前こそ、なんでこんなところに?」
「真祐、まさかお前は宇宙人なのか?」
とんでもない方向に物事を考え出すアイスに、アレクは突っ込みを入れた。
「いや、そうだったらアイオンが放っとかねえだろ」
「…それもそうだな」
そうだとしたら、とっくの昔に解剖されてしまっているだろう。
宇宙人というキーワードに少し引きながらも、真祐は答えた。
「友達と遊びに来たんだけど、なんか変なのに連れて行かれちゃって」
「誘拐か?」
アイスの表情が険しくなる。真祐は違う違うと手を振った。
「外人で背が高くて、髪がピンク色で、わけのわからない格好してて…智恵の知り合いみたいだけど、
ちょっと危なそうなやつだったな」
長身でピンク髪でおかしな格好をした危なそうなヤツといえば、一人しか思いつかない。
「「そいつはどこに行った!?」」
二人の声がまたハモった。
パートナー同士なだけあって息が合うんだなあ、と真祐は感心しながら、とある方向を指差した。
「あのゲームセンターに入っていったぞ」
俺も追ってきたんだけど…と真祐が言い終える前に、二人は駆け出していた。
きっとリヒャルトもそこにいるのだろう。


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「いいかげんあきらめろよ」
「いや、まだまだっーーー!!」
オレは、UFOキャッチャーの前を陣取るピンク色の大男に手を焼いていた。
・・・
オレは渡辺智恵。
実は宇宙人。正しくは宇宙人1/2。父さんがスキュラ族(宇宙人)で母さんが地球人だ。
話せば長くなるけど、ついこの前自分が宇宙人であることを知った。
そして、オレの親友だと思っていた春人っていう奴がオレを守るために、秘密組織SSGから派遣された
隊員だと知った。
春人は、とにかくすごく頭がよくて(春人に言わせるとオレが馬鹿すぎるということだが)かっこよくて、強くて、見とれるほどの美人だが口だけが悪い。
今回は二人で旅行に行くと行って、その実SSG本部に健康診断を受けに行く。
高校は夏休みだし、ちょうどいい。
地球環境に適応しているとはいえ、いつ異常が起こらないとも限らないという理由らしい。
オレは、生まれてこのかた地球以外の星に行った事もないのになぁ。
それどころか実は外国に行くのも初めてだ。
それなのに…。

春人は空港についた途端、急に用事が入ったといいSSGに連絡を入れた。
「わりぃけど一足先にホテルに行っててくれないか」
「え?オレ一人じゃ行けないよ!だってここは…アメリカじゃないかっ!!」
「ガタガタ言うんじゃねぇよ!ほらっ!」
春人は黒塗りの車を呼ぶと、涙目のオレをほおり込み、運転手に行き先を告げた。
「う、うわーー!春人っーーー!!」
もしかしたら拉致られるかもしれないだろ。こんな異国で。
オレのこと守るって言ってたのによぉ!!
窓ガラスに張り付いて喚くオレを遥か向こうで春人が笑っている。
そして、その背後から黒塗りの車が2台こちらに向かって走ってきた。
「安心してください。私はSSGの関係者です」
運転手が穏やかな声で話す。
「渡辺智恵さんですね。ようこそアメリカへ」

彼は、オレをホテルに案内する人だったと見えて、それ以降はいなくなってしまった。
「ふん、いいや。オレはアメリカについたら約束があるんだ」
健康診断でも春人との観光でもなく、オレがここにきた目的。
近所の友達にアメリカを案内してもらう事。
蓮実真祐という。
夏休み前に遊んだ時に、実家がこちらのほうにあると聞いた。
「あっち行くんだ?それじゃオレが案内してやるよ…ちょうど帰るようがあってさ」
その時の真祐の顔が複雑だったのはなぜだろう?
近所でも感じがよくて有名な彼の同居人を置いていかなければならない事に、気がとがめているのかも
しれない。ほんとに真祐とその同居人(アイオンさんとかいった)は夫婦のように仲が睦まじいのだ。
アイオンさんは男のオレから見ても、綺麗で穏やかな人だったが、それを真祐に話したら大慌てで否定
された。
「いくつ命があっても足りないぞ!それこそ勘違いされたら…」
まったく、見かけによらず真祐はやきもち焼きらしい。そこらへんがまた微笑ましい。

ともかく、その真祐と会うために携帯に手をかける。
春人に一人でどっか行くなって言われてたけど、SSGの迎えの人が来るのは3時間も先だし、友達と遊ぶくらいいいじゃないか。春人も勝手にどっか行っちゃったし・・。


それが・・・・この状況だ。
真祐と歩いていたオレは、突然SSG隊員のRQに声をかけられ「春人が待ってる」と言われてついてきた…ものの。
「こんちくしょー!なんだ、こいつはっ!!」
ぬいぐるみを目の前に怒鳴り散らしている2mの男に客の目が集中している。
しかも、服装はどういうわけか日本の浴衣姿だ。いつものビーチサンダルが草履に変わっているが、
おかしな格好という意味ではそう変わらない。ピンクの髪があいかわらずミスマッチだ。
「春人は?」
「悪いがそれどころじゃねぇ!!」
もういくら使ったんだろう…。
「このオレに挑戦するとはいい度胸だな!おまえのツメの甘さには誤魔化されんぞ!」
何を言っても無駄らしい。
「男には一命をかけるときがある。今がまさにそのときだ!」
オレは、前に一度ある事情からRQにガードをしてもらった事があるが、なんていうか…変な事の連続で
よくわからなかった。今回も事情が飲み込めない。なぜ、こいつは命がけでUFOキャッチャーをしているんだ?
「身体の重心をずらしてだな…こうして、おっ!ひっかかったぞ!見ろ智恵坊!」
「そこからが難しいんだよ」
あ、落ちた。
「なにっ!!フェイントという奴か!なかなか手ごわいぜ…」
汗を拭うRQ。
「ねぇ、春人は?」
「あっ!」
RQの声とともにレバーが…
バキッ!
音をたてて折れた。
「気をつけろ!自爆攻撃がくるぞ!!」
オレを抱え上げるRQ。
「ちょ、ちょっと待てよ!!」
慌てふためくオレの下から声がした。

「お客様…レバー分弁償していただきます…」
「あちゃー…」
思わず頭を抱えた。ゲームセンターの店員だ。
RQは不思議そうな顔をしている。
「こいつが脆いだけだろ」
「機械が脆いとかお客様が怪力だとかいう問題ではありません。弁償していただきます!」
「ふーん」
RQは、納得したようにオレを降ろすと背後に手を伸ばした。
「リヒャルト、金だ!金がたりねぇ!」

「・・・・」
そこには、いつの間にか…なまはげも裸足で逃げ出しそうな表情をしたリヒャルト長官が佇んでいた。
これまた恐ろしく可愛い格好で・・。
彼は怒りのあまり声も出ないらしい。
リヒャルト長官はオレの存在もそっちのけで、つかつかとやってきて
「キサマ…キサマは何様のつもりだ?!」
「恋人のつもりだが…、それじゃ足りないのか?」
あいかわらずふざけた物言いのこのピンク男に、とうとうリヒャルトはキレた!

「キサマはどこのジゴロか?ヒモ男かと聞いているっ!!!」

ピンクの頭がありえない方向に飛んだ。
いや、一応首と胴はつながっていたが。
背後からリヒャルトの拳が、RQの頭部をぶっ飛ばしたのだった。
ガシャーン!!!
盛大な音をたてて、UFOキャッチャーに頭を突っ込むRQ。
肉眼では捉える事が難しいくらい鋭い突きだった…などと賞賛している場合ではない。
「ひゃーーーー!!」
悲鳴をあげたのはRQではなく、店員のほうだった。
「本体ごと弁償してくださいよっ!!」



「何事だ!」
今の音を聞きつけて、テロリストの攻撃かとアイスが飛び込んできた。
そのあとを真祐が、そして溶けそうなチョコミントアイスを舐めながらアレクが追う。
ゲームセンターはそれなりに混んでいたが、誰もUFOキャッチャーの周りには近寄ろうとしない。
遠くから眺める野次馬を押しのけながら進んで中央までやってくると、そこには恐ろしい形相のリヒャルトと、UFOキャッチャーに頭から突っ込んでいるRQ、蒼白になっている店員、そして彼らをおろおろと見ている高校生くらいの男子がいた。
「智恵!」と叫んで真祐が駆け寄る。
「何があったんだ?こいつ、お前がぶっ飛ばしたのか?」
「いや、俺じゃないけど…」
「すごい技だなあ。俺も見習いたい」
RQに誰かさんを重ねているのだろう。
これくらいすればあいつも懲りるのでは…と真祐はズレたことを言っている。
「あそこの向日葵シャツを着た人がやったんだ」
智恵はこっそりとリヒャルトのほうを指す。
可愛らしい向日葵のシャツに短パン、極めつけに長いソックス。
そんな姿で仁王立ちになっているリヒャルトは、いろんな意味で迫力があった。
「…あの人、ここのマスコットキャラなのか?」
あそこまでいくと服のセンスがどうこうなどという問題ではない。
真祐の頭の中で変人レーダーが警戒音を発した。
非常識な日常の中で彼が身を守るためにつけた癖だった。
「たぶんあれが普段着なんだよ」
そう言いながらも、智恵はSSGの将来について一抹の不安を覚えた。
普段制服を着ているときはビシッと決まっているのに、これはあんまりだ。
部下思いの長官のことだ。もらったものはなんでも喜んで着ているのだろう。



その頃、アレクはリヒャルトに声をかけようか迷っていた。
「あれ…RQだよな」
浴衣姿だが、あの長身にトレードマークのピンクの髪なのだから身間違えようがない。
今度は何をしでかしたのか知らないが、あれだけこっ酷くやられると、いつもパートナーに虐げられている身としては同情してしまう。
「リヒャルトはあいつを探しに来たんだな」
「宇宙人ではないのか。時間の無駄だ」
アイスがチッと舌打ちをした。
猫耳で騙されたことを怒っているのか、RQがどうなろうと知ったことではないという態度である。
アレクは少し心配したものの、あのRQがそう簡単に死ぬわけもないと考えた。
ゲームセンターに入れたのが嬉しくて、珍しそうにあちこち見ているうちに
「せっかくだから遊んでいこうぜ、なっ」
と、さっそくシューティング・ゲームに手を出している。
「貴様もああなりたいのか」
アイスが警告がわりに拳を鳴らした。
先ほどチョコミントアイスで馬鹿にされた恨みがふつふつと蘇る。
RQ同様、その辺のゲームスクリーンに頭をぶち込んでやろうかと考えていると。
「いいだろう。今だけ自由行動を許す」
驚いたことに、仕事人間のリヒャルトにさえぎられた。
「智恵、お前たちも遊んでいろ。すぐに済む」
そう命令を下すと、「弁償してくださいよ~!」と泣きついてくる店員を一睨みで黙らせてから
「お前の給料から引いておく」
と意識があるか分からないRQに向って言いながら、さっとチェックを書いた。
「これで十分だろう。用がないのなら失せろ」
「は、はい!ただいま!」
店員は両手でチェックを受けとると、脱兎のごとく奥に引っ込んだ。



リヒャルトは激しくイラついていた。
智恵を探しにきたのに、何が悲しくてこの馬鹿の後始末をしなければならないのか。
レバーはRQが壊したが、自分の不注意でUFOキャッチャーをまるまる一台駄目にしてしまった。
ここで息の根を止めてやってもいいが、これ以上注目を浴びてはまずい。
さっさと片付けて、SSGに戻らなくては…
リヒャルトがそんなことを考えていると、今まで黙っていたRQが突然ガバッとUFOキャッチャーから頭を引き抜いた。
「ふっふっふ…とうとう手に入れたぞ!!」
頭からだらだらと血を流しながら、戦利品であるらしい動物のぬいぐるみを掲げてみせた。
コロコロした丸い黒猫で、可愛い体系には似合わず、ヤクザのような目つきをしている。
愛しそうに猫の頭を撫でながら、RQは語りかけた。
「この俺を手こずらせるとは大したヤツだ。俺が本気になれば手に入らないものなんてないが、最後まで抵抗するところは誰かさんを思い出すぜ…」
その熱っぽい口調に、リヒャルトはゾッとして鞭に手をやった。
今にも目の前のいかれたピンク髪の男をくびり殺しそうな目をしていた。
「さあ遠慮せずに受けとれリヒャルト!俺の愛の証を!」
「いらん!!」
RQがリヒャルトに向ってぬいぐるみを投げた瞬間、鞭がうねった。
猫がバチッと音を立て半分に裂ける。
裂け目からこぼれるコットンに混じって、金属の部品が落ちてきた。
それは床に当たったとたん、閃光を放った。

「ケケケー!!」
光の中から小さな生き物が飛び出してきた。
それは直径20センチくらいの金色の毛玉のような・・・。

「あ、あれ?」
リヒャルトたちがいるUFOキャッチャーのほうを見つめて、アレクは我が目を疑った。
あれは、さっきコッペリアとかいう骨格模型の胸についていた金色のカツラではないか?
そいつがぴょんぴょん跳ね回っている。
ひょっとしたら、占い師兎兎もついて来たのかもしれない。
その証拠にRQがそいつにむかって手を振っていた。
「よぉ!兎兎!」

そいつは、RQに向かって「ケーー!」と叫びながら光線らしきものを瞳から放った。
「おっと!」
RQが避けると、光線はその様子をこっそり伺っていた店員に当たった。
「う、うわーー!!」
その店員の胸元がむくむくと盛り上がっていく。

「客達を非難させろ!」
リヒャルトが叫んだ。
皆、大慌てで逃げていく。

そんな中、店員のTシャツの首元から金色の毛がもくもくと生えてきた。
「オレ、胸毛の脱毛したばっかりだったのに!!!」
店内に響き渡る悲痛な叫び声。
「ほら、やっぱり兎兎じゃねぇか、胸毛好きでは組織の中でも右に出るものはいないからな!」
RQはゲラゲラ笑っている。ついでに
「オレに胸毛が生えていたら、どんなに素敵だっただろうって溜息つかれたもんなぁ~。
あくまで狙いは胸毛だけどな!」
どこぞのメカニックマンが聞いたら血の涙を流して悲しみそうなセリフをサラリと言ってのける。
「馬鹿を言っていないで、奴を止めろ!」
RQを怒鳴りながら、リヒャルトは知識の中からそいつの正体を探っていた。
・・あれは、たしか広範囲に毛を生やし続ける事によって自分の住処を確保する侵略タイプの宇宙人だ。
「いや、止めるのではなく、そのエイリアンを始末しろ!」
命令を切り替えて、リヒャルトは鞭を握りしめた。

宇宙人の襲撃に、シューティング・ゲームどころではなくなった。
アレクは、2人にここから動かないように言いつけてから、アイスたちの援助に向った。
真祐は本物の宇宙人を目の前にして唖然としている。
「なあ智恵…宇宙人って本当にいるんだな」
「い、いるところにはいるんじゃないかな?」
まさか自分がそうだとも言えず、智恵はなんともいえない笑いを浮かべた。
「俺、今までアイオンのこと馬鹿にしてた。なんかあいつに申し訳なくなってきた」
「あははは…」
彼の同居人が宇宙人好きだとは知らなかった。
あんな穏やかな人がそんなマニアックなことに手を染めていたとは…
真祐は案外このギャップが好きなのかもしれない。
「あいつら大丈夫だよな?」
宇宙人と対立している4人を見て、真祐が心配そうに言った。
アイスとアレクがそう簡単にやられないことは知っている。
あの鞭の人も、浴衣のピンク髪も、そうとう戦闘力が高いのだろう。
しかし相手は宇宙人なのだ。なんでもありである。
ここにアイオンがいてくれたら…と真祐は思う。
いい食材を見つけたと言って、喜んで捕獲してくれるのに。
「春人、どこ行ったんだろう…」
智恵もだんだん心細くなってきたようだ。
RQにつれてこられて、目の前で血みどろのスタントを見せられて、しまいには宇宙人の襲撃だ。
何も出来ずに見ているのも辛い。
「よし、みんなを応援しよう!」
智恵は拳を握りしめながら言った。
「いや、チアリーダーじゃないんだから…」
と真祐は引いたが、スイッチが入ってしまった智恵に彼の声は届かなかった。
「悪党をやっつけるには庶民の声援が必要なんだよ、真祐っ!」
「そういう問題じゃないと思うんだけど…」
なんだかんだ言いながらも、真祐は他人に乗せられてしまうタイプである。
今だけは智恵の思いつきに付き合ってもいいんじゃないかと思えてきた。

二人はさっそく戦闘の端っこで声を上げ始めた。
「「フレーフレー脱毛隊!!」」
「これ以上、もじゃもじゃいわせんじゃねーぞ!!」

アレクは背筋に冷たいものを感じて自らの頭髪に手をやり、アイスはふと兎兎から聞いた毛話を思い
出した。
「リヒャルト、あいつの弱点は?」
確かめるように訊く。
「それが…未だに解明されてはいない」
「そうか」
アイスは頷くと
「ならば、こちらのやり方で殺す」
数本メスを投げつけた。
「ケケケーーー!!」
金色のカツラは奇声をあげながら天井に飛び上がった。
このカツラ、行動まで兎兎に似ている。
「ちっ!」
「やみくもに狙っても捉えられんぞ!」
リヒャルトの声にアイスは赤い瞳を光らせた。
そのそばでは、RQが「胸毛の素晴らしさ」をオペラ調に謡い始めた。
「おお~~~おお~~♪素晴らしきその草原、遥かな草原。魅惑の丘よ~~♪」
なかなかセクシーボイスだが、歌っている内容が内容だ…誰も褒め称えない。
ところが、カツラ星人がうっとりとした眼差しで動きを止めた。
「情熱を胸に秘め、愛を語り~なお、豊かに生い茂る草よ~~♪」

「いまだ!」
リヒャルトが鞭を唸らせる。
カツラを捕獲した。
さっとメスを構えるアイス。

「「よしゃ!剃りあげろーーーーーーー!!!!」」
声も高らかに応援団は叫ぶ。

毛フェチ兎兎の「毛にとって剃りあげられる以上のダメージはない」という言葉が、アイスの脳裏を駆けた。
アイスの数本のメスが回転をし、エイリアンの体毛を皮一枚のところで丁寧に剃りあげていく。
「きゃーーー!!」
カツラは悲鳴をあげて、しぼんでいく。
そして、ある人物の服の中に落ちた。
「え?」
アレクは、呆然と立ち止まった。

背中に走る、スポンジのようなモサッとした感触。
何が起こったのか頭がついていけなくて、アレクは立ち尽くしてしまった。
もじゃもじゃした動きは小動物か何かのようだ。
前のほうに移動している。狙いは…胸か?!
アレクは、あの店員に起こった惨事を思い出して青くなった。
「い、嫌だ!!助けてアイス――ッ!!!」
ここまで来ればプライドもへったくれもない。恐怖に泣き叫んだ。
アレクがアイスに発する、最初で最後と思われるであろうレスキューコール。
それを聞いてたアイスは、映画のクライマックスでヒロインに呼ばれたヒーローのような顔つきになった。
いつも半殺しにしていても、やはりパートナーを慈しむ心があるのかと思いきや。
「ちょうどいい、ここで貴様の息の根を止めてやる」
アイスは遠慮なくアレクに向ってメスを投げた。
「ちょ…ターゲットは俺じゃねえっ!」
この薄情もの!と叫びながら逃げ惑うアレク。
その間もカツラ星人がもさもさと前方へ移動している。
「死なない程度に捕獲する」
そう言ってリヒャルトが鞭で動きを封じる。
手足に巻きついた鞭にバランスを崩したアレクは、顔を床に打ちつけた。
カツラ星人の動きが止まったのはありがたいが、あの物騒コンビは自分のことを人間として扱ってくれているのだろうか。
「俺、もう帰りたい…」
顔を床に擦りつけながら、アレクはそっと涙ぐんだ。
アイスは、うじうじと床に這いつくばっているアレクのほうへ近づいてくると、そっと肩に手をおいた。
「よくやったアレク」
「ア、アイス…」
労いの言葉をかけてもらったのは初めてではないか。
アレクは別の意味で涙が出そうだったが。
「うわっ?!」
アイスはメスを持ったまま、アレクのシャツにずぼっと手を差し込んだ。
じょりじょりと毛を剃る音が耳に痛い。
ここで暴れたら生身を切られそうだったので、アレクは神妙な顔でじっと堪えていた。
「ふん…くだらない生物だ。こんなもののDNAでケヴィンが喜ぶとは思えない」
アイスは更に縮んだ毛玉をつかみ出し、リヒャルトのほうに投げる。
リヒャルトの鞭がすかさずカツラ星人を真っ二つに切った。
空中に毛が寂しげにパラパラと舞う。
哀愁漂う光景を前に、RQはしずしずと団扇を振り回してレクイエムを歌いだした。
「おお~、永遠に忘れぬぞ豊かな草原~~♪安らかに眠れよ我が胸に~~♪」
……いや、そんなところで眠られても困るから。
一同がげんなりとした顔つきになった。
喜ぶのは兎兎くらいだろう。



外に出ると、黒い大型車が数台止まっていた。
「・・・」
リヒャルトが目で合図すると、大型車からスポットライトのようなものが出現した。
「目を閉じていろ」
智恵と真祐、アイスとアレクにだけ聞こえるようにいうと、自らもサングラスをかけた。
RQだけは浴衣姿のまま、団扇で風流に顔を隠した。

ピカッ!

何か強烈な光が辺り一帯を照らしたかと思うと、まわりにいた人々はしばらく放心したように立ちすくんでいる。
「わっー!初めて見た!これが記憶ピカッと消しってやつだろ??」
智恵が興奮して叫んでいる。
「映画の中だけかと思ってた」
真祐も驚きを隠しきれない様子だ。
そばで、リヒャルトが「シッ・・」と唇に指をおいて、静かに制止した。

すると、向こうから歩いてくる人影がある。
赤い髪が印象的なその人物は…。
「春人!」
智恵が手を振る。
智恵のガードを任されているSSG隊員の春人だった。

「おまえなぁ・・」
智恵の前まで来た途端、呆れた様子で額に手を当てる春人。
「オレがホテルで待ってろっていったの、聞いてなかったのかよ!おつむの上に耳まで悪いのか?
おまえはっ!」
「そ、そんな酷いっ!!春人が勝手にどっか行っちゃうから悪いんだろ?」
このままでは、二人はまたまた喧嘩しそうだった。

その様子をじっと見ていたアイスは…。

「これ以上時間を無駄にするな」
と、二人の間に割って入った。
あの喧嘩っ早いチョコミントさんが自ら喧嘩の仲裁役を買ってでるとは。
大人になったじゃねえか…とアレクが感激していると。
「どちらが宇宙人か名乗り出ろ。大人しく吐けば害は加えない」
アイスはこともあろうに、メスをかざして脅迫した。
まだ宇宙人のDNAサンプルを狙っているらしい。
「おいアイス、もう“あれ”の毛でいいんじゃねえの?」
アレクが床に散ったカツラ星人の毛を指さすと、アイスは露骨に嫌そうな顔をした。
「ふざけるな。あんなものが何の役に立つ」
「宇宙人は宇宙人だろ。どうせアイオンに行き着くんだし…」
「……なんだと?」
天敵の名前が出て、アイスの目がギラリと光る。
身の危険を感じたアレクはとっさに口をつぐんだ。
「あんた、智恵に何するつもりだよ」
先ほどまで散々智恵を罵っていた春人が、かばうようにサッと前に出た。
「お前には関係ない。そいつを寄越せ」
「はっ、誰だか知らないが、俺の智恵に手を出すとはいい度胸してるな」
誘拐犯のようなことを言うアイスに、やれるもんならやってみろと挑発する春人。
二人の間に火花が散った。
「おい春人、お前のものになった覚えなんて…」
智恵が遠慮がちに呟くと、恐ろしい視線を向けられた。
「あんなわけの分からないヤツに実験体として切り刻まれてもいいのか?いくら智恵でもそこまで馬鹿
じゃないだろ?それとも、またどっかで頭打って脳細胞を減らしたのか?」
「……」
話して解決するような問題ではないらしい。
今日で何度目になるか分からない馬鹿呼ばわりにムッとしながらも、智恵は大人しく引き下がった。
「何をしている!鬱憤を晴らしたいのならトレーニングにしろ!」
街中でこれ以上暴れてもらっては困る。
リヒャルトが警告したが、戦闘態勢に入ってしまった二人の耳には届かなかった。
ここはやはり自分が力ずくで止めるべきなのか…と彼が迷っていると。
「ずいぶんと困ってるようだなあ、リヒャルト?」
微笑を浮かべながら、RQがぬっと隣から顔をだした。
「お前は相変わらず頭が固いな。そんなんじゃあ、いつまで経ってもいい仲裁役にはなれねえぜ」
「…何が言いたいんだ」
「仲直りの秘訣はユーモアだ。あの血の気の多い二人なら、そうだな…」
RQはすうっと息を吸い込んで、叫んだ。
「おい!そこの綿菓子ボウズにチョコミント野郎!!」
春人とアイスが恐ろしい勢いで振り向く。
二人とも目が殺意でメラメラ燃えていた。
「甘ったるい菓子同士で喧嘩するのもいいが、街中だって忘れてねえか?ここは一つ、仲良くSSGに
戻ってから殺し合うなり大食い競争するなり……」
RQがそう言い終える前に、メスがピンクの髪をかすった。
「ちっ、0.1秒遅かったか…」
「次は俺が右側を攻める」
共通のターゲットを見つけた二人は、互いに合図を送った。
「ん?なんか予想してたリアクションと違わねえか…?」
ユーモアのつもりが墓穴を掘ってしまった、とRQが気づいたときには遅かった。
「春人、今だっ!」
「任せろアイス!」
なぜ互いに名前を知っているのか疑問ではあるが、今は互いにいがみ合うよりも、力を合わせて目の前の敵を倒す気になったらしい。
周りが唖然と見守る中、春人とアイスの華麗な連携プレーによってRQは床に沈んだ。
「なるほど。自らを犠牲にするとは…大した男だ」
リヒャルトだけが一人真面目に感心していた。


「あんた、訳ありみたいだな。話を聞いてやるよ」
春人は穏やかな口調でアイスに語りかけた。
「言い直そう。私は宇宙人のDNAサンプルを必要としている」
明らかにユーモアを外してしまったRQのおかげで、二人の間に不思議な友情が芽生えたようである。
「こいつはハーフで馬鹿で頭のネジが何本か抜けてるけど、そんなのでもいいのか?」
後で智恵が「馬鹿馬鹿いうな!」と暴れていたが、真祐になだめられていた。
「構わない…と、思う」
アイスは智恵をちらりと見て、答える。
たしかに馬鹿そうな顔をしているが、少なくとも先ほどのカツラよりはマシだろう。
「じゃあこれをやるよ」
春人は半分に折ったハンカチを差し出した。
開いてみると、智恵のものらしい髪の毛が数本入っている。
「礼を言う」
申しの分ないサンプルだ。アイスはありがたく受けとることにした。
「よかったな、アイス。これで帰れるだろ?」
アレクが側に来てそう言うと
「ああ…」
アイスは少しだけ名残惜しそうな顔をした。
いつかは帰らなくてはならないが、SSGという組織をもっと観察したかった。
「明日あたりには迎えが来るんじゃねえか?」
「そうだな」
これで一件落着…のように見えたが。


「ちょっと待て!なんでお前がそんなもん持ってるんだ?!」
髪なんか渡した覚えはないぞ!と智恵は春人に詰め寄った。
まさか彼までがSSGの誰かに毒されてしまったのか。
「毛への執着は怖いぞ…お前も気をつけたほうがいい」
同居人のことを思い出して、真祐が暗い表情で忠告した。
毛フェチは伝染するのかもしれないと真剣に考えていた。
「なあ春人、お前実は毛フェチだったのか?カツラとか胸毛とかよく分かんないけど、お前が好きだって
いうんなら努力してみる。だって俺たち友達だろ!?友達は隠し事なんてしないっ!!」
何を思ったのか、いきなり友情スピーチをはじめた智恵。
頭のネジが抜けているとは知っていたが、こんなに熱い人だったのか…と隣では真祐が呆れていた。
春人はというと、毛フェチ容疑を否定するかと思いきや、馬鹿な子ほど可愛いのか、穏やかな目で智恵を眺めている。
「智恵、お前ってほんとうに…」
「え?ほんとうに、なに??」
「…いいや、なんでも」
その先は言わないでおこう。