- 4.毛とロマンスとタロットと…。-
命がけのウォーミングアップの後。
それはそれは美味しい朝食が待っていた。
朝からこんなに美味いものを食べたら、やる気がなくなるのではないかと危ぶむくらいだ。
焼きたてのパン、5種類の中から選べるコース料理。
隊員たちはメタボになるんじゃないか。
しかし、よく見ると献立は野菜中心で、カロリー計算もきちんとされているらしい。
「ずいぶんと豪華だな」
「私は、もっと節制するようにと意見したのだが」
アレクの横で、胚芽パンをトレイに乗せたリヒャルトは溜息をついた。
「なぜだか、あの機械部のメカニックマンには…逆らえない」
「おまえに逆らえないと言わせる奴がSSG内にいるとは、面白い」
アイスは辺りを見回した。
その視線は“生きのいいサンプル”を探す目だった。
それに気づいてか、リヒャルトは言った。
「彼は…戦闘員ではない。メカニックマンだ」
どいつだ?
アレクも周りを見回す。
戦闘員でもなく、リヒャルトを従わせ「朝食から妥協しないメニュー」を隊員たちに提供した奴は。
アレクの脳裏に勝手な想像が広がる。
メカニックマン+美食家=めがねをかけて一日中菓子とか炭酸飲料ばかり飲んでいるオタク小僧…。
だが、そんな奴に従わされるリヒャルトであってたまるもんか!
なぜか自分のパートナーと同じように、めったな奴には負けてほしくない存在となっていた。
一方、リヒャルトはアイスに自分の好きな豆のスープを勧めていた。
アイスも黙って、リヒャルトのトレイにオレンジジュースを乗せてやっている。
「・・・」
「・・・」
お互い無口ながら、不思議なコミュニケーションが取れているらしい。
二人は、好物をそれぞれのトレイに乗せて一緒に席に座った。
「おやおや、新しい顔ですね」
数種類のドリンクを目の前にして悩んでいるアレクに、ワインを片手にした長身の金髪男が話しかけて
きた。
「お?」
「ああ、私もここはそう長いほうじゃないですよ。私は機械部に所属しているのですが、貴方は?」
「オレは、まだ訓練生扱いだ。昨日ここにきたばっかりだからな」
機械部…例の曲者がいる部署だ。
この男は、身体は大きいが別段メタボちっくなわけでもないし、口調も柔らかくどちらかというと貴族風である。そして、どこかで見たことがあるような気がした。
「申し遅れました。私は、潤一。一応、日本人なのですが母方がフランス系なので、よくそちらの方と間違えられます」
まじまじと相手を見、やはり日本人というかアジア系にはまったく見えない。
アイスブルーの瞳、透き通るほど白い肌、鈍い光を放つ金色の髪。
それに、朝から赤ワイン…どう考えてもフランス人だ。
「ところで、潤一さん」
どうしても機械部の怪物の正体が知りたい。こそりと聞いた。
「なんでしょうか?」
「機械部の上司って奴はとんでもないんだろ。リヒャルトに意見したとか」
「え?そんなことした覚えは」
「機械部部長は私なので…ああ、ひょっとしてこの朝食の件ですか。たしかに意見しましたよ」
「え?!」
モンスターは目の前にいたのだった。
そのスノーマンのような色白の男は語り始めた。
「私がここに来た翌朝に、明らかに手を抜いた食事が出たので一喝したのです。自分の仕事に誇りを持っていれば、このような無様なものは出せないだろう!と。そして長官にも進言しました。
『ここの組織は基本がなっていない。戦士たるものつねに礼の心を持ち戦に励むべきなのに、なぜここのメニューはこのように怠惰なのか、同志を馬鹿にするような料理人のいる組織など、すぐさまに崩壊するだろう』とね」
「・・・本当にそれをあのリヒャルトに言ったのか」
「ええ、本当のことですから」
別段、遠慮する様子もなくしれっと言い放つ潤一にアレクの認識は定まった。
非戦闘員も、最強だ。
朝食が終わり、訓練生二人にはしばしの自由時間が与えられた。
アイスが黙り込んでいる。
といっても、いつもそうなのだが。
宇宙人の手がかりはまだつかめないらしい。
二人で、長い長い廊下を歩く。
ここをまっすぐ行くと、射撃場があるという。
まさか、アイスがそこにいくとは思えないが、とりあえず付いていってみることにした。
このおかしな連中が満載の組織の中で余計な問題を発生させたくない。
その思いがアレクを動かしていた。
「おい」
「え?」
ぼぉーと歩いていると、いつの間にかアイスの血のような赤い瞳がこちらを見ている。
「なんだよ」
「キサマ」
いきなりキサマときたもんだ。
歩いているうちに心境の変化があり、突然何かを切り裂きたくなったのかもしれない。
まさかな…。
そう思っていると、突然目にも止まらぬ速さで、刃物が飛んできた。
「うわっ!!」
いつもの勘でよけたものの
「なにすんだ!」
「チッ!」
さらにこちらに向かって刃物を構えるアイス。
否…。
背後に誰かいる。
黒い影が…。
そいつはいきなり奇声を上げてジャンプした。
「うほーーー!!」
「げっ!」
壁をシャカシャカと光速で走ってくる。
まるで妖怪だ。
よく見ると、そいつはシルクハットと黒いマントを着て、ステッキを持っていた。
どこかのチョコレート工場の主のような姿のそいつは、アイスのメスをステッキで叩き落とすと、シルクハットをビュッと飛ばしてきた。
目にも留まらぬ速さで壁に突き刺さる帽子。
刃物が仕込んであったらしい。それはブーメランのように目にも留まらぬ速さで奴の頭に戻っている。
アレクが腕を見ると、服の一部が破けていた。
身の危険を感じた。
それに、あいつは一体、いつからそばにいたのか…。
まったく気配がしなかった。
「仕込んでいるものを出したらどうだ」
「キミもネ」
アイスの言葉に妖怪が口を聞いた。
なりは小さいが声をきくに、成人した男性らしい。
そいつはステッキから細身の剣を出した。
アイスも懐にかくしているスリーサイズを取り出す。
最初に動いたのはアイスだった。
的確に刃物を獲物に向かって投げつける。
妖怪は、「ウヒーー!」と身体を回転させ刃物をかわし、アイスの前に立った。
そして…。
「じゃーん!!」
そいつが剣をアイスに向けた途端。
剣の先についているものは…。
「なんの真似だ」
アイスが低い声を出す。
剣先に突き刺さっているものは、チョコミントアイスだった。
「ふふふ…わたしには見えるんだよ、キミの将来が」
「将来だと?」
この人間(だと思われる生物)にこの世で一番嫌いな食べものを突きつけられて、アイスは一瞬理性を
失いかけた。
本気でしとめようと思いメスを数本手にかけたが、「やめとけ」とアレクに止められる。
そのアレクだが、チョコミントを気難しい顔でじっと見ていたかと思えば、堪えきれなくなったのか急に笑い出した。
「うわははは、チョコミントだってよ!!わ、笑い死ぬっ!」
どうせ死ぬのなら…とアイスはすかさず腹にエルボーを打ちこんでやった。
苦しげに体を半分に折った隙に背中にもう一発お見舞いすると、今度こそアレクが床に沈んだ。
「これで邪魔ものはいなくなった」
アイスはそう満足げに言うと、黒マントに向ってメスを構えた。
「貴様が宇宙人か」
「他の星の人からみれば見ればキミだって宇宙人でしょ」
「……たしかに」
そう言われてみればそうだ。
アイスは、相手が質問に答えていないことには気がつかなかった。
「はじめまして、アイスにアレク。私は兎兎といいます」
シルクハットを取ってみると、現れたのは小柄の可愛らしい人物だった。
きりそろえられた黒髪に、柔らかい茶色の目。
「お近づきの印に占ってあげようと思ったんだけど、キミたちは不思議な運命にあるようだねえ」
格好は奇天烈だが、おっとりした雰囲気は先ほどの彩と似ている。
しかし、なぜ自分達の名前を知っているのか。
先ほどの動きといい、タダモノではない。
「わたしの所へおいでなさい。探しものが見つかるかもしれないよ」
戦闘状態に入ったアイスをものともせず、兎兎はついてこいといわんばかりに先に立って歩き出した。
「行ってみようぜ」
ダウンしていたアレクがむくっと起き上がった。
「しかし…」
「チョコミントってあだ名は俺たちだけの秘密だぜ。ちょっと気にならねえ?」
「そんなものをあだ名と認識した覚えはない!」
「チョコミントがどうした?」
もう一発お見舞いしてやろうかと手をあげると、丁度いいタイミングでリヒャルトが現れた。
「好物なら用意させるが」
「いらん!」
アイスが不機嫌そうにそっぽを向く。
「悪い。こいつチョコミントって聞くと気が立つんだ」
それを聞いたリヒャルトは真面目な顔で頷き、こんなアドバイスをくれた。
「今晩のデザートにチョコミントムースが出るから気をつけろ」
「分かった。アイスが暴れだしたら俺が命がけで押さえるぜ」
SSGの長官たるもの、今晩のメニューまで把握しなければならないのだ。
二人の先を歩く兎兎に、リヒャルトは声をかけた。
「この前は世話になった」
「またいつでもおいで」
兎兎はいつの間に剣から抜きとったのか、チョコミントアイスをぺろぺろ舐めている。
「今から占うところなんだけれど、一緒にどう?」
「私はいい」
「いいからいいから。そこのチョコミントさんが何か探しているみたいだし、キミが協力できるかも」
兎兎に可愛らしくウィンクされ、爆発寸前だったアイスはとうとうキレてしまった。
「貴様ぁ!!メッタ斬りにしてやる!」
刃物を振り回すパートナーに、アレクは必死の思いでしがみつく。
「落ち着けアイス!!あいつに悪気はねえんだ!たぶん!」
「落ち着いていられるか!邪魔をするなら貴様から殺すっ!」
「リヒャルト、なんとかしろー!!」
助けを求められて、リヒャルトはアイスと兎兎を交互に見比べたが
「チョコミントで凶暴化するとは、おもしろい」
などとズレたことに感心している。
「いや、おもしろくねえだろ普通…」
アレクが自分は一生孤独なのだと悟った瞬間だった。
兎兎は最後の一口を食べてしまうと、唇をぺろんと舐めながら
「しょうがない子だねえ。ちょっとの間大人しくしてもらおうか」
と、アンティークの懐中時計をとりだした。
「アナタはだんだん眠くな~る、瞼がだんだん重くな~る、けーけけけけ」
アイスの目の前で振り子のように左右に動かしてみせる。
そんなもんが効くのか?とアレクが半信半疑に見ている中、アイスのカッと見開かれた目がしだいに殺気を失い、しまいにはトロンとまどろんできた。
「うわー、すっげえ…」
まるでマタタビを前にした猫だ。
驚くべく効果にアレクは感嘆の声をもらす。
あと少しというところで、兎兎は可愛らしい外見からは想像できないような、ギラギラした邪悪な笑いを
浮かべた。
「アナタはわたしについて来~る。ついでに毛が好きにな~る、毛の虜にな~る、ケーッケケケケ、毛ええええ!」
これでは宇宙人どころか正真正銘の妖怪である。
これにはアイスも驚いて数メートルほど後に飛びのいた。
「おいっ、最後の毛は余計だ!」
自称毛フェチの知り合いに毒された親友を思い出して、アレクは叫んだ。
アイスまでそんなことになったらもう生きていく自信がない。
「じゃあ、もじゃもじゃ言わないでついておいで」
いつの間にか先ほどのふにゃふにゃした兎兎に戻っている。
「キミはわたしについて来~る、けーけけけけ」
それにつられてフラフラと歩き出すアイスの後を、アレクは追った。
ここに来てからロクなことがない。やっぱり未来に帰ったほうがよくないか?
そう思いながら、アレクは長官であるリヒャルトに問い詰めた。
「リヒャルト、SSGっていったいどんな組織なんだよ?!」
アレクの切羽詰ったような剣幕に、リヒャルトは不思議そうに首をかしげながら
「宇宙人保護を目的とする一般的な国際的秘密機関だが」
と答えた。なぜアレクが取り乱しているのか分かっていないらしい。
……これのどこが一般的なんだよ!
隊員全員が宇宙人に見えてきて、アレクは降参した。
「そうだよな…変なのはきっと俺のほうなんだよな…」
そうブツブツ呟きながら、兎兎たちのあとをついていった。
「さあどうぞ。わたしの新作だよ」
占い師の部屋に入ると、兎兎にクッキーの乗った皿をすすめられた。
緑色の生地にチョコレートチップが乗っている。
どう見てもチョコミント・クッキーである。からかわれているとしか思えない。
アレクはギョッとしたが、幸いなことにアイスはまだ催眠術にかかっているのか、眠たそうにソファにも
たれかかっている。
「キミたちが着いた日から変な胸騒ぎがしてね。チョコミントと毛に注目しろとお告げが出たんだ」
「…これに毛は入ってねえよな?」
毛と聞いて、アレクはクッキーを口に入れようとした姿勢のまま止まった。
兎兎がくすくす笑っている横で、リヒャルトが平然とした顔で問題のクッキーを食べている。
アイスがそれを見て自らも手を伸ばしたので、アレクはすかさず注意した。
「それチョコミントだからやめたほうが…」
「うるさい」
アイスは反射神経に任せてアレクの頭をぽかりと殴ってから、一口食べた。
サクッとクッキーを噛み砕くいい音がする。
「…どうだ?」
アレクが恐る恐る訊くと、アイスはもぐもぐと口を動かしながら
「小麦粉、ベーキングパウダー、低脂肪バター、ダークチョコレート、ミント・エッセンス、砂糖、ダチョウの卵、ヨーグルト、ココナッツ、隠し味に絶滅したマンモスの毛を粉状にしたもの…」
と、ロボットのように材料を挙げはじめた。
「てめえっ、やっぱり毛が入ってんじゃねえかよ!」
アレクは食べかけたクッキーを皿に投げ戻した。
「すごい人が入隊してきたね」
兎兎が目を丸くしている。
「まさかダチョウとマンモスが見破られるとは…」
「私が認めた男だからな」
リヒャルトはリヒャルトでなぜか嬉しそうに自慢している。
アレクが今のうちにここから逃げ出そうかと考えていると
「お前も食え」
「むぐっ」
アイスにクッキーを口につっこまれた。
ろくに噛みもせずに飲み込んでしまい、味がよく分からなかったが。
兎兎に期待を込めた目で見つめられ、アレクはなんとか言葉をしぼり出した。
「美味かった…ような…?」
「それはよかった。まだ試作なのだけれど、そのうち完成品を持っていくね」
そんな殺人的なもん二度と作るな!
…とはアレクもさすがに言えなかった。
クッキーが好評(?)で満足したのか、兎兎は「さて占いをはじめますか」と真面目くさった顔で言って
タロットカードを一束とりだす。
それをシャッフルして二等分してから、半分をアレクのほうに差し出した。
「じゃあまずは不幸そうなキミから」
「不幸っていうなよ。俺は悪運だけは強いんだからな」
「さあ、これを好きなように重ねて」
思いきり無視された。
俺ってやっぱり不幸なのかなあ…と思いつつ、アレクは適当にカードを重ねていく。
「こっちの半分はキミに」
兎兎はそう言って残りのカードをアイスに渡す。
アイスはそれをぼんやりと見ながら、寝起きみたいな声を出した。
「…私は何をしている?こいつは誰だ?」
催眠術から醒めつつあるらしく、兎兎を見て何か思い出しかけている。
「こいつ、メチャクチャ怪しいけど悪いヤツじゃあ…」
アレクは慌てて説明しようとしたが、お前は黙っていろと赤い目に睨まれてしまった。
ところが。
「SSG公認の占い師の兎兎だ。よく当たる」
「そうか」
リヒャルトがそう説明すると、アイスはあっさりと納得してしまった。
今朝の豆のスープといいオレンジジュースといい、この二人の間にはやはり言葉で表せない何かがあるのだろう。
助かったような、羨ましいような…複雑な思いがするアレクであった。
アイスが言われたとおりにカードを重ねると、二人のぶんを兎兎が一つにまとめ、机の上に並べていった。
「ふむふむ、なるほどー」
兎兎はカードをめりながら一人で頷いている。
「満たされない破壊衝動と、過保護で母性的な愛と出ている。キミたちは正反対なんだねえ」
「俺はお母さんじゃねえ!」
アレクは机を叩いた。怖いくらいに当たっている。
「この二人、ニックネームは“チョコミントさんとお母さん”で決まりだね」
兎兎がそう言うと、リヒャルトは顔色を変えずにコメントした。
「名前はさほど重要ではない。変えたいときに変えればいい」
RQなんてふざけたのもいるからな…と付け加えた。
「チョコミントさんは何か探しているみたいだよ。長くて細い、遺伝子のようなもの…」
その言葉に、アイスはガバッと顔をあげた。
「なぜ分かった?!」
「だって、そうカードに出ているから」
一枚のカードをひらひらさせながら、兎兎は続けた。
「キミはあるものを求めて未来からはるばるきたんだね。そう、“アレ”を求めて…!」
兎兎はケーッケケケと肩を震わせている。興奮の色が見え隠れした。
「あれの入手は難しいよ。命がけの戦いになるかもしれない。なんたって、それだけ価値のあるものだからね!」
茶色の眼が怪しく光る。アレクは思わず身構えた。
「アイス、もしかしてこいつが…」
「その可能性が高い」
先ほどの人間離れした身のこなしといい、この摩訶不思議なクッキーといい、目の前の生物が宇宙人でなければなんだというのだろう。
アイスはいったんターゲットを発見したら誰にも止められない。
しかし、ここで暴れさせるわけにはいかない。
「これ、ちょっと借りていいか?」
「ん、いいよー」
アレクは兎兎の懐中時計を拝借することにした。
「お前は眠れー、とっとと眠りやがれー」
「……」
必死になって懐中時計を揺らすアレクを、アイスは猫じゃらしに攻撃する前の猫のような目で睨んでいる。
兎兎は笑いながら、今度はリヒャルトにカードを差しだした。
「キミもどうぞ」
「いや、私は…」
「心配ごとがあるんでしょ。話すだけでも楽になると思うけれど」
小動物にようなくりくりした目に見つめられると、リヒャルトもさすがに断れないらしく
「……セキュリティが」
と小声で言った。
「うん」
「自室のセキュリティが気になるのだが…」
「うんうん」
先をうながす兎兎に、リヒャルトは何もかもぶちまけてしまった。
「厳重なセキュリティシステムを搭載して24時間ごとにパスワードを変えているにも関わらず、毎晩のように破られている。それを繰り返してかれこれ数ヶ月、もうアイディアも尽きてしまった。あの馬鹿のおかげで、つまらないことに時間をかけてしまう。こんなことをしている場合ではないのに…」
「うーん、きっと先読みされているんだね」
兎兎は難しい顔をして頷きながら、本棚まで歩いていくと、SSGのマニュアルと匹敵するほどに分厚い本を持ってきた。
「この“サルでも分かる長官攻略マニュアル”を読んでみるといい。少しはヒントが得られると思うよ」
目次を開いてみると、『24時間密着偵察!あの人の日常生活を暴露!』やら『集まれ勇者ども!101の
トラップをかいくぐる方法!』などと意味の分からないものが書いてある。
「これは何かのゲームか?そんなことをやっている暇があるなら鍛錬に勤しむべきではないのか」
いたって真面目に訊いてくるリヒャルトに、兎兎は困ったような顔で笑いながら
「そんなものかな」
と話を濁して、本をもとの場所に戻した。
あれを読んでしまったら、リヒャルトの悩みが無限大に増えそうだった。
ところで、アレクは先ほどから懐中時計催眠術を施そうとしているが、アイスは刺すような視線のまま
時計を睨みつけているままだ。だが、そのうち条件反射で上体を揺らし始めた。
それを見ていたリヒャルトも同じように、ユラユラと揺れ始める。
まるで2匹の黒猫だ。
2匹はしばらく揺れながら時計を見ていたが、そのうち1匹が「はっ!」とターゲットに気づいた。
その様子を面白そうに眺めている兎兎…。
「さっそくだが、DNAをもらうぞ!エイリアン」
「アイス!」
アレクが止めたが一瞬遅かった。
アイスがいきなり兎兎に向かってメスを投げつけたのだ。
これには、兎兎も対応できず、あわててグレイ型のぬいぐるみを盾にし、悲鳴をあげた。
「う、うわーー!!!ピロピロッペー!!!」
兎兎が救援を求めるかのように手を振ると、突然後ろの扉が開いて。
「兄上っ!!」
金髪のデカイ男がレーザー兵器を持って現れた。
「私の兄に手を出そうとする輩は誰だ!!」
照準をそこらへんに定めるデカブツ。
だが。
「おや、貴方は?」
「たしか、潤一っていったっけな」
そこに立っていたのは、朝食の時に会った機械部のスノーマン潤一だった。
「こいつは、おまえの兄弟なのか?」
どうみても似ていないが。
「いかにも。その方は私の愛する兄上です!」
「?!」
空気が凍りつきそうなセリフに、反応したのはアレクだけだったようだ。なにしろ、アイスはターゲットを
狙っているし、リヒャルトは本を手に何やら悩んでいる様子だ。
「放せ、私はこいつのDNAを採取しなければならない」
そう言いながら暴れるアイスをどうにか抑えながら、アレクは潤一に尋ねた。
「おまえさんの両親のどちらか、もしくは兎兎の親が地球人でない可能性はないか?」
「は?」
潤一は不思議そうな顔をしている。
「いくらなんでも、私たちが地球人に見えないなんて事ないでしょう。兄上はこんなに可愛いのだし」
「まぁ…そりゃそうだが」
潤一は地球人に見えるが、兄の兎兎は…。
とは、この兄激LOVEの潤一の前では、さすがに言えなかった。
だが、狙いは勘違いだったらしい。
「ジュージュ…ごめん驚いただけなんだよ。このチョコミントさんは大変な毛フェチでね、私のコレクションに興味があるらしく、理性を失いかけているんだ」
弟潤一をいつもの呼び名で諌めると、兎兎はやっと落ち着いた様子で、自分の机の下を探った。
目の前では、アレクに押さえつけられているアイスが「その名で呼ぶな!」とか「サンプルにしてやる」とか怒鳴っているが、兎兎は「どんな強固な理性を持つ人物でも、これを目の前にすればイチコロさ!」
と、宝箱を取り出した。
「さぁさ、大好物だよ」
箱の中を覗き込むと、プラスチックケースが並べられている。
「なんだこれは?」
「毛だ」
アイスの質問にリヒャルトが答えた。
「隊員たちにもしもの事があったら困るので、ここにDNAサンプルとして全員の毛を保存している」
なぜ、占い師がそんなものを…と聞く前に、兎兎が叫び始めた。
「私は、こういうところでも組織に貢献しているのだよ!占いだけではなくてね!見たまえ、これなど昨日生えて、今日採取したばかりのイワンの胸毛だよ。なんとイキイキとした輝きに満ちているんだろう。
毛はすごいんだよ。たとえば、今日イワンの身に何かあっても、毛だけは残るんだよっ!!」
「そういうわけで、ここから破損した部位を補う細胞を生み出すことも可能というわけだ」
冷静に説明するリヒャルトと、毛を目の前にして泡を吹き出さんばかりに興奮しまくっている兎兎。
「おまえの兄きって…とんでもない毛フェチだろう」
アレクは潤一の肩を突いた。
人間より毛が大事だと言わんばかりの発言ではないか。
かなり上級レベルの毛フェチに違いない。
「…兄上が毛フェチなのは、なぜなんでしょう。私には、毛の素晴らしさなどわかりません。それなのに兄は私に胸毛を求めるのです…私には生えていませんが」
遠い目で、自らの辛い回想録に入ってしまった潤一。
今まで胸毛関係のもじゃもじゃした要求をされてきたのだろう。
つるりとした自らの胸を悲しそうな顔で見つめる哀れな潤一を慰めながら、アレクはコレクションに手を
伸ばしたが
「ちょ、ちょっと!ちゃんとピンセットで扱ってよ!それは特に貴重なんだからっ!」
と兎兎に叱られてしまった。
さらには
「キサマはDNAの扱い方も知らないのか」
とアイスにも叱られる始末。
「ところで、おまえは毛フェチだったのか?人は見かけによらないからな」
変に納得しているリヒャルトのそばで、アイスは興味深げにコレクションを調べている。
「オペ用の手袋だね。準備がいい」
「当たり前だ。仮にも他人のDNAがついては元も子もないからな」
膨大な毛DNAコレクションを目の前にしたアイスは兎兎の事などどうでもよくなってしまったらしい。
真剣に毛を見つめるパートナーの姿を目にして、アレクは嫌な予感が背筋を駆け上るのを感じた。
先ほどの催眠術がきいているのかもしれないし、マンモスの毛入りクッキーに毒されたのかもしれない。まさか、同じくこいつも毛に目覚めるんじゃないだろうな。
なにしろ前例がある。毛フェチと化した親友は今頃なにをしているのだろうか。
そんな中、兎兎は静かに語り始めた。
「たしかにキミは、毛フェチの素質があるよ。それだけ毛に集中できるのだもの。
でも、この中にはキミの探し物はないかもしれないねぇ」
「どういう事だ」
アイスがコレクションを手に詰問した。
「悪いけど試させてもらったんだ。キミの・・その毛に対する情熱をもってすれば、“特殊なDNA”すなわち“特別な毛”を手に入れることができるかもしれない。私の占いによれば、ブツは自らキミの手の中に転がり込んでくる…と出ているけれど、それは私もぜひともほしい一品なんだよ。もし手に入ったならぜひとも1本くれないかしら。悪いようにはしないからさ」
「…」
言っている意味が理解できないが、どうやらここに目的のものは存在しないらしい。
アイスがもう一言言おうとした時、廊下から悲鳴が聞こえた。
突然、扉が開き、入ってきたのは・・・
骸骨!
いや、人が後ろにいる。
「なんてことしてくれたんだいっ!!」
先ほど、恐るべき戦闘力を見せ付けていた医者だ。
名を、コッペリウスと言った。
「兎兎!あれほど私のコッペリアにいたずらをしないようにと言ったのに、キミときたらっ!!」
医者は、抱きかかえている骨格標本をズイッと前に出した。
それは黒く長い髪のカツラをかぶっているが、もう一ヶ所余分なところに毛がある。
「コッペリアは黒髪なのに、どうして金色の胸毛なんかつけるんだよっ~~!!」
コッペリアと呼ばれる標本の肋骨の上部に金色に光るカツラがくっつけてあった。
「だって~~!魅力ある胸毛とくれば、やっぱり色は金でしょ?」
兎兎が悪びれる様子もなく呟く。
「髪と色が違うのは、萌えが足りないよ!ミイラだって髪と体毛の色は同じなのに!」
「『え、まさかっ!』って、そういう驚きが毛萌えには必要だと思うんだよ」
「いや、これはいくら親友のキミでも譲れないよ…」
毛フェチ、骨フェチの二人の話を絶望的な表情で聞いている潤一と、早くこの部屋から出たいアレク。
一人考え込むアイスと、アイスを毛フェチだと認識し行動を見守るリヒャルト。
そうこうしているうちに貴重な自由時間は過ぎ去っていった。