-3.SSG-

 

 

もっと男臭い場所を想像していたが、このトレーニング場は綺麗に掃除されていて空調もちょうどよかった。未来のトレーニング場と比較しても相違ないほどの設備が整っている。


早朝、けたたましくベルが鳴り響き、SSG隊員の一日は始まる。
人を殴り殺せそうな分厚いマニュアル本をとりあえず詰め込めるだけ頭に詰め込んで(もちろん、最重要!とマーカーが引かれている部分だけだが)、アレクは名残惜しそうに自分の頭髪に手を置いた。
アイスは予想通り数分のうちに全て頭脳にインプットしたらしい。

黒一色の訓練着に着替えた隊員たちは、7時にトレーニング場に集まった。
寝坊なのか、うっかり遅れかけた隊員を見て、リヒャルトの声が飛ぶ。
「弛んでいるぞ!気を引き締めろ」
「…はい」
そいつは眠そうに目をこすった後、寝癖のついた紫色の頭髪を撫でつけた。
RQといい、こいつといい…SSGの規定の中には頭髪の色は定められていないらしい。
隣に立つアイスは、別段緊張しているふうでも、他人に興味もなさそうな顔でまわりを見回している。

きちんと並んだ一堂の前で、リヒャルトは二人の紹介をした。
「左がアレク、右がアイス。二人とも今日から訓練生としてここに入った。おまえたちも知ってのとおり、
訓練生だろうと正規の隊員だろうと、ここでは一切手加減なしだ。そのつもりで二人に当たれ。
いいな!」
「はっ!」
隊員たちは一斉に姿勢を正した。

アレクの前に立ったのは、先ほど遅刻しかけた紫髪の日本人だった。
「ん、ん、よろしくお願いします・・」
そいつは、少しばかりぼぉ~とした雰囲気のまま、雛人形のような古風顔でニヤリと笑った。
中背で少しばかり華奢に見える。髪が紫でなければ、さながら牛若丸と言ったところか。
見た目はまったく強靭な雰囲気を覚えない。
だが、痩せて見えるからといって弱いとは限らない。アイスがいい例だ。

アレクのその認識が、身を守る結果に繋がった。

「っ~~」
アイスの切り裂くような攻撃には慣れている。
しかし、今回のようなのは始めてだった。
身体の筋にそって一点に絞った打撃を打ち込んでくる。
スピードも速い。いくつかは避けきれたが、何箇所がくらってしまった。
瞬間的な痛みよりも後々まで神経を痺れさせる、実に嫌な感じの攻撃だ。

そいつは、あいかわらず眠そうな瞳で低い構えを崩さない。
どう見ても165cmくらいのそいつに比べて20㎝ほど背が高いこちらは余計に攻撃しにくい。
だが、こんなところで打ち込まれ続けることは、アレクのプライドが許さなかった…というより、このまま
やられれば、間違いなくアイスに見捨てられ解剖の対象になるだろう。
「くそっ!このメタル雛人形!」
いつもの勘からか、あえて攻撃を恐れず相手の懐に飛び込んでみた。
一瞬怯んだ隙に、頭突きを食らわせる。
「ぐっ~」
咄嗟にした行動だったので、押さえがきかず必要以上に相手を突き上げてしまった。
真正面を見ると、そいつは口元を押さえている。
「わりぃ、大丈夫か?」
「うんうん。大丈夫…大丈夫…」
そういうものの、瞬く間に瞳からボロボロと涙をこぼし始めたので、思わずアレクは「おい、本当に…」と
言いかけたが、すぐにリヒャルトの声が飛んだ。
「彩、交代だ」
「…はい」
彩と呼ばれた男は、よたよたと歩いていく。
振り返り様、アレクに向かってぽつりと言った。
「気にするな新人君。口内炎に当たっただけだ…君もビタミンB不足に気をつけるといい」
「は、はぁ…」
ヒラヒラ手を振りながら去っていく彩。

SSGって変な奴の集まりなのか?

そんな事を考えながら、アイスの様子を伺おうとしていたアレクだが、次に前に立った相手の言葉に背筋を凍らされた。

「これは、これは、実にいい骨格をしている!私はここで医者をしているコッペリウス。
私に負けたら、即解剖だ。楽しみにしててくれたまえ!骨の髄まで無駄にはしないよ。」
コッペリウスは、口元を刃物のように鋭く上げ、ニヤリと微笑んだ。


一方、アイスの前に立った男は、攻撃する前にジロジロと相手を見回した。
「あの方の御血筋という噂は本当か?」
「知らないな」
たしか昨日もそんな事を言われた気がするが、このような所で答える筋合いはない。
アイスは、その金髪の小柄な男を攻撃した。
軽い体捌きでかわした彼は、また聞いてきた。
「まさか、あの方のそばで寝たことがあるとか、病気の時は優しくしてもらえるとか、口移しで薬を飲ませてもらったとか、そういう思いをした事があるんじゃないだろうな!」
いきなり、鋭い手刀が肝臓に向かって飛んできた。
アイスは身を翻す。
「いくらあの方の御血筋でもしていい事と、しちゃいけない事があるんだ!」
はたして“あの方”という人物が誰なのかは知らないが、妙に腹立たしさを感じて、アイスはこのうるさい
金髪の男を消す事にした。
今はウォーミングアップのためのトレーニングと聞かされたのでメスは持っていない。
しかし、素手でも問題なく相手をくびり殺せる。
相手の攻撃をかい潜り、相手の首筋の頚動脈を締め上げようとした時だった。
「よし、凍牙。交代だ」
「しかし、長官!」
「今のおまえでは、そいつにはかなわない。交代だ」
凍牙と呼ばれた男は恨めしいような面持ちで、アイスを睨みながら言った。
「僕は、リヒャルト長官の親衛隊長凍牙だ。覚えておけ。我が親衛隊を差し置いて、長官を独り占めする事は許さん。他のメンバーは、おまえが長官の御血筋だからと下心たっぷりの目で見ているが、僕はあくまで長官一筋だ。たとえ、おまえが猫耳をつけようが、長官と同じメーカーのブリーフを履こうが、特別な目では見ないからな!」

凍牙はまだなにか言いたそうだったが、リヒャルトに「いい加減にしろ!」と叱咤され、しぶしぶ引き下が
った。
それは幸運だったのかもしれない。
アイスはあと一歩のところで殺す気になっていた。初対面でここまで罵られたのは初めてだった。
未来ではラボのメンバー大半がアイスを恐れて近づこうとすらしないが、SSGには無鉄砲で活きのいい
解剖サンプル…いや、隊員がいる。退屈せずにすみそうだ。
アイスは無表情な顔まま恐ろしいことを考えていた。
それを感じとったのか、リヒャルトは釘をうっておいた。
「分かっているだろうが、これは互いの戦闘能力を高めるためのトレーニングだ。殺しは一切許さない」
命令されるのが気に食わなかったのか、アイスがジロリと睨む。
「……ではリヒャルト、一つ訊くが」
あの鬼長官を呼び捨てにするとはどういう命知らずなのだ。
隊員たちが息をのみながら見守る中、アイスは口を開いた。
「お前は部下が病気になったら添い寝して口移しするのか」
「なんだと…?」
今まで十分に危ない雰囲気だったが、その一言で周りの空気がピシッと凍った。
「それがこの時代の習慣なのか」
アイスに悪気はなく、単純に興味を持っているらしい。
リヒャルトが固まっていると、「私の時代ではそんなことを頼まれたら斬り殺しているが、ここの習慣ならば殴るだけに留めておこう」などと言った。
周りから歓声らしきものが上がったが、リヒャルトはそれどころではなかった。
「そんなことをすれば相手がつけあがる。教育は常に厳しくあるべきだ!」
長官にそんなことを言われると勘違いしてしまいそうになる。
今度は観衆から盛大なため息がもれた。
「では猫耳がSSG隊員の証というのも嘘なんだな」
アイスが確認するように問う。
「当たり前だ!」
そんな嘘をついたのはどこの誰だ?!とリヒャルトが機嫌メーターが思いきり傾く。
いや今凍牙が堂々と言っただろう…とは、誰も恐ろしくて突っ込めなかった。
ここになってようやく騙されたのだと気づき、アイスはゆっくりと目を細めた。
「あのRQという男、今度会ったら殺す」
今、彼の中で新しいミッションができあがってしまったらしい。
「……あれは好きにしてくれて構わない」
今度はさすがにリヒャルトも止めようとはしなかった。
「次!」
リヒャルトがそう呼びかけるが、殺気だったアイスを相手にしたくないのか、誰も前に出ようとしなかった。
仕方がないので、自分が相手になろうかとリヒャルトが考えていると…
隣のトレーニング場から、派手にぶつかる音が聞こえてきた。
その先には、嬉しそうに指の関節を鳴らしているコッぺリウスと、数メートル先まで吹っ飛ばされている
アレクがいた。


「どうだい、どうだい。今のは肋骨にビビッと来ただろう?」
不意に蹴りを食らってしまい、背中からもろに壁にぶつかってしまった。
痛そうにするのもシャクなのでアレクは身軽に飛び起きた。
「っざけんな。こんなのは慣れてんだよ」
今のはたしかに肋骨に響いたが、いつもアイスに何本も折られているのでこれくらいなんともない。
「いい蹴りだな。テコンドーか?」
「察しがいいね、君。手は解剖に使うので傷つけたくないんだよ」
「上等じゃねえかっ!」
アレクは立ち上がるのと同時に、バネをつけて一気に跳び出した。
リーチはこちらのほうが長い。
あの脚力は恐ろしいものがある。
しかし、素早く攻撃して反撃される前に飛びのけばいいのだ。
そう考えたのだが、戦法を見破られていたのか、コッぺリウスはギリギリのところでアレクの蹴りをかわ
した。
「いい作戦だが、残念ながら私は反撃派なのでね!」
顔をめがけて回転蹴りがとんでくる。
アレクが後に退こうとした時点で、すでに踵が顔まで迫っていた。
受け止めるしかない。とっさに腕を盾にした。
踵があたった瞬間、骨がミシッと音を立て激痛が走った。
「いい選択だ。まともに受けていたら顎が砕けていただろうね!」
マジかよ……
アレクは相手の戦闘力の高さに驚いた。
こんなのが医者をしているのだから、SSGは格闘集団なのだろう。
「そんなことになったら私が気のいくまで解剖…いや、治療してやるから安心してくれたまえ!」
コッぺリウスはニヤニヤ笑いながら恐ろしいことを言いはじめた。
その解剖熱心な医者に某パートナーの面影を見てしまい、アレクは身の危険を感じた。
あたりを見回すと、みんなトレーニングを止めて見学している。
ふいに、恐ろしい顔でこちらを睨んでいるアイスと目があってしまった。
「情けないぞアレク」
「お前こそ、勘違いヤロウにセクハラされてんじゃねえよ」
「?セクハラとはなんだ」
「……なんでもない」
今は説明しないほうがいいだろう。
これだから世間知らずは困るんだよなとアレクがため息をついていると、アイスは静かに、しかし力強く
言った。
「負けたら承知しない。拷問つきで殺す」
その一言にアレクが青くなった。
あんなわけの分からない骨フェチの医者に解剖されるのも嫌だが、拷問手品師というあだ名がついて
いるアイスの餌食になるのはもっと嫌だった。
なにがなんでも負けるわけにはいかない。
アレクが闘志をふるい立たせていると、コッぺリウスが突然アイスのほうを向いて、こんなことを言い出
した。
「そこの君、せっかくだから一緒に解剖しないか?」
それにはアイスも興味をもったらしく
「麻酔なしでどうだ」
などと返している。
「ああ、それはいいアイディアだ。私はね、実験体の骨の軋む音の次に、彼らの叫び声が好きなんだ」
「よく切れるメスをスリーサイズ持参している」
「用意がいいなあ君。気に入ったよ!」
この二人、気が合ってしまったらしい。
作戦会議でも開いてしまいそうな雰囲気を打ち破ろうと、アレクは思いきり叫んだ。
「俺はまだ負けてねえ!!」
こいつら人をなんだと思ってんだ。
とくにアイス。俺は仮にもお前のパートナーじゃねえか。
考えれば考えるほど腹が立ってきた。
銃がないのは残念だが、こんなヤツは素手で十分だ。
アレクはボクシングをするように両手を構えた。
「そこの医者…怪我してもしらねえぞ」
「自分で治療できるから心配無用だ」
コッぺリウスはテコンドー特有の軽やかなステップを踏む。
やみくもに攻め込んでもカウンターを食らうだけだ。
ここは向こうがしかけてくるのを待つ。
相手の反応を見ながら少しずつ距離を縮めていった。
一歩踏み出して、素早く退きさがる。
そうしているうちに、コッぺリウスのほうから攻撃をしかけてきた。
脇腹を狙われたが、これは難なくかわすことができた。
これで終わりかと思いきや、反対側から同じような蹴りが入る。
かわそうと身をよじると、今度は首を目がけて回し蹴りが炸裂する。
次から次へと繰り出されるテコンドーの技に、アレクは遅れをとりながら避けるので精一杯だった。
最後に、腹部に気を失いそうなほどに強烈な蹴りが入る。
アレクは懸命に歯を食いしばりながら、両手でコッぺリウスの足をつかんだ。
相手がバランスを崩したところで、関節技をかけて捕獲する。
「手を砕いちまったら解剖できねえよな?」
アレクが右腕を捻りあげながら訊くと
「…ふっ、お見事だ」
コッぺリウスはいとも簡単に降参した。
「君の打たれ強さには驚いたよ。その素晴らしい骨格を放っておくのは非常に残念だが、また触れる機会はあるだろう」
そこでアイスのほうをちらりと見て、楽しそうに笑った。
「生物学の発展のためにも、一日も早くその体を私たちに献上してくれたまえ!」
「気色悪いこと言うんじゃねえよ!」
力加減をして頭をパコーンと殴ってやった。医者のくせにいい音がした。
これで決まった。SSGには変態しかいないのだ。