-2.Night Raid-
車の残骸を目にしたとき、アレクは自分の目を疑った。
何にぶつかったのかは知らないが、車体が無残にひしゃげ、巨人に掴まれて投げ飛ばされたかような格好で横倒しになっていた。
あたりには粉々になったガラスが飛び散っているが、幸い中には誰もいない。
ブレーキとは無縁なアイスがこんな無茶をするのは頷けるが、いつもならケヴィンに連絡くらいはとる。
SSGという怪しげな組織に宇宙人を捕獲しにいった、と聞いていたが。
―――“エイリアン”みたいなのだったらどうするんだよ。
あんな映画に出てくるようなバケモノが相手では、いくらアイスでも敵わないだろう。
連絡が取れないように車を破壊してから連れ去っていったに違いない。
アレクはつい最近見たホラーSF映画を思い出して、内臓を食われてなければいいんだが…と最悪の事態を予想した。
懐には銃とナイフがある。
行方不明になったと聞いて気が動転して最低の装備しかしてこなかったが、忍び込んでアイスを救出するだけなら、これで十分だろう。
「あれがSSGか…」
見渡すかぎり建物が一つしかないのだから間違いようがない。
夜だからか、入り口付近まで近づいてみたがあまり人気がなかった。
アレクは銃を構えながら壁沿いに移動していく。
アイスがどこに閉じ込められているのか分からない以上、一部屋一部屋調べていくしかない。
ふいに遠くから足音がして、アレクはサッと物陰に身を隠した。
制服を着たSSG隊員らしき人物が歩いてくるところだった。
見たところ普通の人間である。彼ならアイスの居場所を知っているかもしれない。
アレクは素早く飛び出すと、相手の首に銃を突きつけた。
「アイスをどこにやった!」
「は…?」
「てめえらが拉致したんだろ。とぼけるんじゃねえ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…げほっ」
少しばかり力を入れすぎたのか、気の弱そうな隊員は苦しそうに咳き込みだした。
「あ、わりぃ。大丈夫か?」
弱いものいじめをしているような気分になり、アレクは思わず謝ってしまう。
「そんなものを撃ったら警報が鳴りますよ。誰を探しているんですか?」
銃で脅されたにも関わらず、ずいぶんと人のいい隊員だ。
建物に踏み込んだとたんエイリアンが襲ってくると勘違いしていたアレクは、バツの悪そうな顔で銃を
しまった。
「目つきが悪くて無愛想で、いつも凶器を振り回している黒髪の男だ。あいつは絶対に見間違えようが
ねえ」
「黒髪の…?ああ、なるほど、あの方ですか」
隊員はふむふむと話を聞いていたが、パチンと指を鳴らすと
「分かりました。あなたは親衛隊への入隊希望者ですね」
と意味の分からないことを言った。
「…え?」
「彼に憧れてやって来る人は多いですからねえ」
なんの話をしているのだろう。
アレクが顔をしかめていると、すっかり元気になった隊員は
「いやーあなたはラッキーですよ。今親衛隊に入ると、もれなく“これ”がついてくるのです!」
と、小さな人形をとりだした。
軍服のようなものを着ていて、確かに黒髪で目つきが悪い。
こうして見てみるとアイスに似ているような気もするが…
アレクが人形を手にとっているのを見て、隊員は満足そうに微笑むと
「それは一足先にあげますね。正式な登録は明日、受け付けにてどうぞ!」
と、フレンドリーに手をぶんぶん振りながら行ってしまった。
「いや、そうじゃなくて…」
アイスの居場所を訊こうと思ったのに、いつの間にか人形を手渡されていたアレクは、慌てて後を追ったが。
「なんだこの建物は…迷路か?」
数歩も行かないうちに隊員を見失ってしまった。
見知らぬ場所に一人取り残され、アレクは不安そうに人形を握り締める。
極度の方向音痴なので、アイスには「迷子になったらその場でじっとしていろ」と言われ続けてきたのだ。
そのアイスが行方不明になっている。
今ごろ寂しくて泣いているのかもしれない。
「一刻も早く探し出してやらねえと!」
母性本能
使命感に燃えたアレクは、頼りにならない勘をもとに、あてもなく歩き出した。
そうこうしているうちに、セキュリティが厳しそうな部屋の前にたどり着いた。
厳重にロックされたドアを見て、アレクはごくりと唾を飲む。
アイスを監禁するにはかなりのガードが必要なはずだ。この中にいる可能性が高い。
ドアが開かないので、通風用のパイプから侵入することにした。
銃をサイレンサーモードに切り替え、天井にいくつか穴を開ける。
落ちてきたタイルを横にどかし、弾みをつけて飛びあがる。
パイプはかなり狭いが動けないほどでもない。
数メートル進んだところで、アレクは下を見てニヤリとした。
「ビンゴ!」
予想通り、問題の部屋に通じていたのだ。
アレクはもう一度銃でパイプに穴を空け、音を立てないように降り立った。
暗いので部屋の構造は分からないが、人のいる気配がする。
アレクは息を潜めながら暗闇の中を進んでいった。
アイスが一人とは限らない。
できるだけ穏便に済ませたいが、敵が抵抗するようであれば殺すしかない。
仮に自分が見逃してもアイスが放っておかないだろう。
「…?」
ふと足元にレーザーのような赤い光が見えて、アレクは動きを止めた。
これに一ミリたりとも触れれば警報が鳴るのだろう。
ミッション・インポッシブルでこんなシーンがなかったかと、アレクは映画のことを考えながらも、目を凝らして一つ一つ、レーザーを慎重にくぐりぬけていく。
「…?」
あと少しのところで、カチッと足の下から音がした。
何かを踏んづけてしまったらしい。
―――トラップか!
危険を感じて、反射的に身を低くした瞬間、頭上でゴオォッと爆風が起きた。
何事かと見上げると、火炎放射器のようなものから青白い炎が吹き出されていた。
「うわ、危ねえ…」
変な匂いがすると思って頭に手をやると、髪が数本こげている。
トム・クルーズでも顔面にあんなものを食らったら一溜まりもないだろう。
アレクは冗談のようなことを考えながら、バクバクいっている心臓を落ち着かせた。
ところが、これはまだまだ序の口だった。
かわしたのだからもう大丈夫だろうと立ち上がると、前方から槍が数本飛んできた。
今こそアイスにダーツの的にされてきた成果を発するときだ。
アレクは体をひねって素早くよけ、壁に突き刺さった槍のうちから一本引き抜いて、ぐるぐる回して盾に
した。
「へっ、まだまだ甘いな」
どんなもんだと胸を張っていたら、今度は天井から小型カメラのようなものが降りてきた。
目線の高さで止まり、アレクの顔をスキャンする。
『侵入者発見』
「あ…?」
アレクが反応する前に、それはあたり一面に向ってレーザーを放った。
すんでのところで耳をかすめ、ジュッと音を立てて後ろにある壁が溶ける。
『侵入者発見、侵入者発見』
アレクは慌てて床に伏せて、銃を構えたまま横に転がった。
これはまるで、アイスがムチャクチャにレーザーガンを撃っているようだ。
あれに慣れていてよかった…とアレクは神妙な気分で射撃オンチなパートナーに感謝しながらも、下から狙いを定めてカメラを撃った。
ジジ……と機械音がして、レーザーの雨が止まる。
トラップもさすがにこれで終わりだろう。
アレクは警戒しながらゆっくりとあたりを見渡す。
さきほどまでは気がつかなかったが、自分の周りに霧のようなものが立ち込めていた。
「しまった!」
ガスだ。気づくのが遅かった。
すでにかなりの量を肺に取り入れてしまっている。
毒ガスだとしたら俺もこれで終わりか…とアレクは思わず観念したが。
ツーンと何かが鼻に来て、生理的な涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「…催涙ガスかよ」
それほど害はないが、涙で前が見えない。
アレクは迷子になった子供のようにふらふらと部屋の奥へと進んだ。
最悪だ。なんで俺はこんなところに迷い込んだんだ…
ヤケクソになって歩いていくと、突然鋭い声が飛んでんできた。
「何者だ!?」
ビシィッと隣で宙を切る音がしたかと思うと、服の裾が切れて床に落ちた。
「お、俺は怪しいもんじゃねえ…」
アレクは降参するように両手をあげた。
「迷いこんじまったんだ」
まずいことを言うと殺される。下手に刺激しないほうがいいだろう。
必死に目を凝らすと、暗闇の中に立つ人物がぼんやりと見えてきた。
そう、ここは穏便に、刺激しないように交渉…
するつもりだったのだが。
ライトがついて、部屋が明るくなった瞬間。
「ぶっ!」
視界に飛び込んできたものにアレクは思わず吹きだしてしまった。
そこにいたのは、鞭を持った目つきの悪い黒髪の男だった。
前髪で顔の半分が隠れていて、目は鋭い光を放っている。
これだけでも十分に怖いのだが、着ているものがさらに恐ろしかった。
オレンジ色の可愛らしいパジャマに、怪獣の足をモチーフにしたスリッパ。
いまどき子供でもこんなもの着ないだろうというシロモノ。
ミスマッチにもほどがある。
アレクは酸欠になるかと思うほどに笑った。
「な、なんだそれ…ひ~、腹いてぇ…!」
苦しそうに笑い続けるアレクに、その人物はカッと眉を吊り上げ
「これは部下からのプレゼントだ。侮辱は許さない!」
目にも留まらぬスピードで鞭を唸らせた。
「うぐ…っ」
それは空中で見事なカーブを描いて、アレクの首に巻きついた。
その拍子にポケットから先ほどの隊員にもらった人形が落ちる。
よく見れば、その人形は目の前の人物とそっくりだった。
彼はそれをじっと見ていたが、おもむろに顔をあげると
「…貴様、ストーカーか?」
と険しい声で訊いてきた。
こんな時間に忍び込んだのでは、誤解されるのも無理はない。
「違う!それは通りすがりにもらったんだ」
「では何が目的だ。夜這いだった場合、命の保証は…」
可愛いパジャマに怪獣スリッパでも、これは迫力がある。
アレクは首から鞭を外そうともがきながら叫んだ。
「違うっつってんだろ!俺は人を探しに来たんだ。アイスっていう黒髪赤目のやつで…」
「知らないな」
「いいからこれをほどけ!」
ギリギリと鞭で首を締め付けて、息ができなくなっていた。
さきほどの催涙ガスのせいもあって、アレクは大粒の涙をこぼしながら頼んだ。
「俺のパートナーがここの連中に拉致されたんだ」
黒髪の人物は冷静な表情を崩さずにアレクの話を聞いていたが、ふう…と小さく息を吐くと
「…話を聞いてやろう」
泣きながら訴えてくる侵入者に毒気を抜かれたのか、ふいに鞭をゆるめた。
前を歩く男が急に立ち止まったので、アイスはその背中に激突しそうになり
「止まるな!」
と怒鳴ったものの、反応がない。
「こいつは…」
ただならない様子のRQ。
いきなり、アイスのほうを向きかえると、何やら「Woooooo!」と叫びだし
「ハニーが浮気してるんだ!」
「何だ?それは」
唐突に猛ダッシュを始めたRQのスピードにぴったりとついていくアイス。
そういえば、この建物に入った時にどこかで爆発音のようなものが聞こえたのだが、特別気に止めなかった。それ以上に…、SSGの隊員たちがなぜかこちらを興味深そうに見つめてくる視線が気になった。
しかし、まがいなりともSSG隊員の証を身につけているので、たぶん気のせいなのだろう。
このRQというピンク髪のふざけた男に、建物の入り口で
「この場所に無事に侵入するためには、『これ』が必要だ」
と手渡された猫の耳のようなものがついたプロテクターを手渡されて頭につけている。
RQ曰く、SSGの隊員の証となるものらしい。
先ほど通路で「その猫耳可愛いですね。長官コスですか?」
などと意味不明の言葉を投げかけてくる輩がいた。邪魔なので捻り倒そうとしたら、RQが片目をつぶって頷くように合図してきたので「そうだ」と答えた。
その後も「もしかして、あの方の御血筋では?」などと、別の隊員に尋ねられたので、黙っていると、RQが「そういうことだ。な!」と、またも了解を求めた。
しかたなく、頷くとそいつが突然手を握ろうとしてきたので、殴り倒すと笑みを浮かべたまま気絶していた。
宇宙人とやらと関わりをもっている組織なので、非常識な輩が多いらしい。
勝手にそう考えた猫耳アイスは、できるだけ周りを気にしないようにRQの後を付いていった。
RQが足を止めたのは、厳重にロックされた扉の前。
「ここに宇宙人がいるのか」
アイスがツカツカと進もうとすると
「待て、それ以上進んだらレーザーと銃弾の嵐だ」
と、RQに止められた。
怪訝な表情のアイスを押しのけて、RQはセキュリティシステムにキーワードを打ち込んでいく。
「う~ん、前があれだったから…今度はたぶん」
一人でブツブツ言いながら打ち込んだキーワードは…。
「アイツノコトナンカ キライダ!ダイッキライ!」
ピピピ…
セキュリティがいくつかのシステムを稼動させている。
「こいつはツンデレなんだ」
扉を指差すRQ。
「今触れない方がいい。高圧電流が流れている」
まったく表情を変えないアイスの言葉に、RQは肩をすくませて
「まぁ、あんたも同類といったところか」
と言った。
やがて、ギギギ・・・・と重い音がして、扉が次々に開いていく。
そして、二人の目に飛び込んできた光景は…。
鞭で締め殺される寸前の金髪長身の男と、背後でその鞭を操っている黒髪の男。
「「どうしてキサマがここに?」」
「「そいつは誰だ?!」」
4人で同時に叫んだものだから、誰もが返事に詰まった。
沈黙を破ったのは、アレクだった。
「ぶひーーー!!」
今にも鞭で絞め殺されそうなのに、涙でべちょべちょの顔のまま、彼はアイスのほうを指差し、声をあげて笑い始めた。
「な、なんだ、それ?!可愛いなぁ!」
「なんだとっ!」
アイスが一瞬で殺気立つ。
しかし、アレクは先ほどの催涙ガスで目が霞んでいるのか、勝手に言葉を続けた。
「それにしても、他の男が言うならそういう格好するのか。俺が頼んでも付けてくれなかったのに!!」
「何を言っている!!」
アイスは猛烈に怒っていた。
何しろ、絶対にここにいるはずのない自分のパートナーがなぜかいて、敵(?)に捕獲されているのだ。
さらには、気でも違ったように泣きながら高笑いをしているのである。
アイスでなくとも、一発くらいは食らわせたいところだろう。
もっともアイスの場合は一発どころか一撃で、アレクを仕留める気でいた。
すかさず、頚動脈に向けてメスを投げつける。
ところが、簡単に貫通すると思われたアレクの首に巻きつく鞭に弾かれ、メスは床に突き刺さった。
「なるほど、いい武器だ。いや、いい腕だというべきだろうな」
その言葉に、アイスは顔をあげて、パートナーを違う意味で殺害しかけている男の姿を見た。
顔の片方を覆う黒髪のせいで瞳は一つしか見えないが、その鋭い眼光からして、この人物がただものでない事はわかる。
男はさらに続けた。
「それは誰かにもらったものか?」
指が猫耳プロテクターを指していると気づくと、アイスは「そうだ」と答えた。
誰かにもらったことには違いない…。
「とても似合っている…」
怪獣スリッパの男は、あくまで大真面目な顔でコメントした。
「いや、リヒャルト。あんたにも十分似合うと思うけどな~」
RQがニヤけた顔で言う。
「黙れ!」
そう言うと鞭はアレクの首から解け、RQの腕に巻きついた。
「おいおい、浮気相手縛っとかなくていいのかよ」
「!こいつの事は知らん!」
「この鞭…オレだけを縛るこの鞭を他の男に絡めるなんて、酷いじゃないか!」
「このっ…変態がっ!!!失せろ!」
鞭が、今度は束縛ではなく攻撃の形を取った。
それは、RQのタンクトップを切り裂き鈍い音をたてて、肉体に当たる。
「今日は、鋭さが足りねぇ!さっきので他人の油がついたせいだろ」
「キサマこそ、それは誰だ!隊員候補を連れてくるのは17時が締め切りだろう!こんな時間までどこで何をやっていた!」
この鞭の男(リヒャルトと呼ばれていた)、アイスに似ているところがある。
機嫌の悪いときはなにを言ってもシャクに触るものだと、アレクは経験上よく知っていた。
バカ正直に「宇宙人を捕獲しに来たのだ」などと言ったら確実に怒りを買ってしまう。
それではなんと説明すればいいのか。
アレクは、あれほどの攻撃を食らっても平然としているRQというピンク髪の男のほうを見た。
アイスに猫耳を付けさせるくらいだからそうとうの変た…いや、変わり者なのだろうが
あの物騒なパートナーを説得できるのだから、なにか上手いことを言ってくれるかもしれない。
期待を込めた視線を送ると、RQは「任せろ」と言わんばかりに笑った。
「そこの猫耳天使が星空から舞い降りてきたから、相手をしていたのさ!!」
アレクはまた吹きだしそうになった。
ふざけているのかは知らないが、この破壊狂に向って天使はないだろう。
それをアイスは非常に迷惑そうな顔で見ている。
ぎこちなく猫耳に手をやったりと、RQの言うことを本当に丸のみにしていいのか迷っているようだった。
「たしかに非常識な時間帯だが、時差があるんだから仕方がない。リヒャルト、お前も飛行機で経験したことがあるはずだ。分かってやれ」
「そういうことなら仕方がない」
RQがいつ鞭でくびり殺されてもおかしくないと思っていたら、リヒャルトはいとも簡単に納得してしまった。
気難しそうに見えて、実はとても単純な人なのかもしれない。
人は見かけによらないなあ…とアレクが変なところで感心していると、リヒャルトがこちらに鋭い視線を向けてきた。
「次はおまえの番だ。手短に説明しろ」
「って、アイスはそれで終わりかよ?!」
RQの突っ込みどころ満載の説明に疑問を持たなかったのだろうか。
こんなのでいいのかSSG?!とアレクが呆れていると
「それは俺も知りたい」
RQが低めの声で言った。
「無傷でスウィート・ハニーの部屋に忍び込めたことは褒めてやるが、こいつに夜這いをかけられるのは俺だけだ!場合によっては容赦しないぜ!!」
宣戦布告をするようにアレクをビシッと指差したが
「話しがややこしくなるからキサマは黙っていろ」
スウィート・ハニーであるらしいリヒャルトに鞭を振るわれていた。
「…なるほど、奇襲をしかけて捕まったというわけか。情けないにもほどがある」
RQの言葉をどう取ったのかは知らないが、アイスが冷たい目で睨んでくる。
猫耳ににやけている場合ではない。
「俺はお前を探しに来たんだよ!ケヴィンが連絡が取れねえっていうから、飛んできたのに…」
さきほどの光景を思い出して、アレクはいまさらのようにショックを受けていた。
「こんな変態と一緒にいて…おまけにそんな可愛いもんつけられやがって!」
アイスがムッとして何か言い返す前に
「おい、誰を変態呼ばわりしてるんだ。そういうお前だってそうとうヤバイ…」
とRQが突っ込みを入れようとしたが。
「話の腰を折るなこの変態が!!」
言い終える前にリヒャルトの鞭が飛んだ。
このRQという男、口を開くたびに攻撃される運命にあるらしい。
どこから見ても変態だが、この根性と打たれ強さだけは尊敬に値するとアレクは思った。
「俺たちは未来政府のものだ」
アレクはリヒャルトにIDカードを見せてから
「事故でこの時代に飛ばされてきた。すぐに帰る」
そう言って、ポケットにある通信機に手を伸ばした。
出てきたのは10センチ四方のコンパクト型のコンピューターだったが…
「あれ?」
開いた瞬間、真っ二つに折れてしまった。
トラップをよけている間に、運悪く当たってしまったらしい。
だがまだ帰れないと決まったわけじゃない。
「アイス、お前がケヴィンに連絡を取れ」
そう言われたアイスは、少しだけ気まずそうに目を逸らしながらボソリと呟いた。
「……車においてきた」
「マジかよ!?」
あれを直すのにどれくらいかかるのだろう。
だいたい、何にぶつかったらああなるのか。
…星空から舞い降りてきた天使。
アレクはRQを見てなんとなく想像がついた。
「あんたらと敵対するつもりはねえが、通信機が故障しちまったんで、今すぐ帰るというわけにも…」
「その通りだ。私はまだ宇宙人を…」
横から口を挟むアイスを、アレクは素早く制した。
「そうそう!俺のパートナーって極度の宇宙人好きなんだよな!!」
アイスの肩をつかんで作り笑いを浮かべてみせる。
宇宙人を捕獲したいなどと言っては敵と見なされるだろう。
だが、この状況では他に行くところがないのも事実で…
こうなったらデタラメで通すしかない、とアレクは決めた。
「通信機を直せたら一番いいんだが、長い間連絡が途絶えれば俺たちの仲間が探しに来る。迎えが来るまでここに置いてくれねえか?こいつ無表情だけど、SSGに来れてすっげー興奮してんだ!」
な、アイス?と訊くと、パートナーはムスッとした顔のまま、脅迫じみたことを言い出した。
「確かにこの組織に興味がある。命が惜しければ今すぐ宇宙人のもとに案内…」
明らかに人に物事を頼む態度ではない。アレクは大慌てで付け加えた。
「もちろんタダでとは言わねえ。恩は働いて返すぜ!」
「……」
いきなり現れたこの素性の知れない二人を、リヒャルトは用心深く観察した。
本物かどうかは分からないが、IDカードは特殊な素材で作られているようだ。
とりあえず信用してもいいのではないかと思えた。
「RQ、おまえはどう思う?」
「そこの猫耳天使ちゃんは俺に車ごと体当たりしても無傷で、どこの犬の骨か知らない浮気相手はお前の死のセキュリティをかいくぐった。二人ともタダモノじゃないことは確かだ!」
「意味の分からない名前をつけるな!それに犬ではなくて馬の骨だ!」
RQに意見を求めたのが間違いだった。
この男と話していると頭痛がする。
リヒャルトはこめかみを押さえながら言った。
「一時的にSSGに採用しよう。ただし、厳しい仕事なので覚悟するように」
「問題ない」
「それは慣れてるぜ」
二人が一緒に答えるのを見て、リヒャルトは思った。
たしかにRQの言うとおりタダモノではない。
SSGの隊員としては申し分ないだろう。
リヒャルトは手を差しだした。
「自己紹介が遅れた」
「私は、SSG長官のリヒャルトという。ここでは、ファーストネームのみで呼び合うのが通例だ。
実際、何も持たない者も多い。よって身の上の事は、話したくなければ黙っていていい。
しかし、ここにいる間も、その後も組織を裏切るような行為をした場合は、死んでもらう。
また滞在中、規律を乱すような行動をした場合は、厳罰が待っていると思え。
厳罰については、こいつがよく知っているはずだ」
リヒャルトは、隣に立つRQを見上げた。
「ああ、懲罰房とメシ抜きと…鞭打ち…特にイイのは鞭打ちだ!」
「黙れ」
RQの発言に溜息をつくと、リヒャルトはどこから取り出したのか、分厚いマニュアルをアレクに手渡した。
「ここの規則が書いてある。一晩で頭に詰め込め。明日、忘れたなどと言ったら即丸刈りだ。わかったな」
ぎょっとした顔でマニュアルを受け取るアレクだが、即座にRQを見た。
こいつは果たして大丈夫だったのだろうか…。
「ハハハ!実は、オレもヅラなんだ」とRQ。
“オレも”ということは、SSGには丸刈りにされた被害者…いや、隊員がたくさんいるのだろうか。
あのピンクの長髪がヅラだったらなんとなく納得できそうな気がする。
アレクは思わず自分の頭に手をやった。
「冗談じゃねえぞ!」
リヒャルトから渡されたマニュアルがずっしりと重い。
あれだけの量、アイスは暗記できるからいいとして、どうすればいいのだろう。
普段髪に執着しないのだが、RQのようなヅラだけは避けたい。
しかしよりによってピンクとは……もっと普通のものはなかったのだろうか。
アレクがまじまじと見ていると、RQはフンと鼻をならした。
「…んなわけねぇだろ。自慢の髪だけは何があっても死守するからな」
「では、今から事務総官に部屋を用意させる。そこで朝まで待機しろ。朝の7時からトレーニングが始まる。遅れるな」
「ちょっと待て!」
RQがリヒャルトの前に進み出た。
「こいつは、RQ。見た通りの変態だ…以上」
「猫耳天使のスリーサイズの発表がまだじゃねぇか!そこの金髪の『親知らず』が抜けてんのかもしらねぇし!なにしろオレの自慢できる視力の話はどうなる?」
おかしな言いがかりをつけながら、踏みとどまろうとするRQに、リヒャルトは了解の溜息をついた。
「Yoo!オレの名前はRQ!それ以外は秘密だぜ!さぁ、おまえらの自己紹介の番だ!」
RQの短すぎる自己紹介に、名前だけかよ…とアレクは呆気にとられていたが。
アイスはとくに気にならないのか、遠慮なくしゃべりだした。
「私はアイスだ。未来政府の調査員で宇宙人を求めてやってきた。武器は刃物がメインだが、気に食わないやつは素手で殴る。趣味は解剖。サンプルは生きたままが好ましい。特技は…」
「おい、見合いしてんじゃねえんだからそれくらいでいいだろ」
放っておくと特技はチョコミントケーキとか言い出しそうなので、アレクはここらへんで止めておいた。
ところが、アイスは胡散臭そうにアレクを見たあと
「では最後にスリーサイズを」
などと言い出した。
本気でRQのリクエストに応えるとは思わなかった。
アレクが青くなっている横で、アイスはバサッとコートを脱ぎ捨てる。
「やめろアイス!嫁に行けなくなるっ!!」
お母さんは許しません!といったような剣幕でアレクが叫ぶ。
それを完全に無視して、アイスは手品師のごとくメスをとりだした。
「普段持ち歩いているメスには3種類の大きさがある。これは生きたまま捕獲するためのもので拷問にも向いている。こちらの長いのは心臓を一突きするためのものだが、私は眼孔から脳に直接叩き込んでいる。そして最後に、首や四肢を切り落とすときに使うものだ。オプションとして野菜の微塵切りなどもできる」
淡々と“スリーサイズ”の説明をするアイスに、アレクは倒れそうになり、RQはニヤリと怪しげな微笑みを浮かべた。
リヒャルトだけが感心したように話を聞いている。
「非常に興味深い…実践で見てみたいものだ」
「相手を殺してもいいのならいつでも」
似たもの同士の物騒な二人だが、互いの能力を認め合ったようだった。
「相手がいねえと結局は俺がターゲットになるんだよな…」
アレクが皮肉じみたことを言う。
毎日のように練習台にされているので生傷が絶えないのだ。
それを聞いて、RQがフッと笑った。
「それだけあんたが特別だってことさ。どうでもいい人間相手にムキになったりはしないだろ」
「そりゃあそうだが…」
アレクはリヒャルトを見た。彼の鞭もそうとうのものだ。
いつもあんな攻撃を受けているのだとしたら、RQが生きているのが不思議に思えてくる。
「お前、マゾ?」
「さあな。だがこれだけは言っておくぜ。男は惚れた相手の前では何にもなれる。あれだけのベッピンさんならなおさらのことだ。見たところあんたも同じようなもんだろう。違うか?」
「……まあな」
見た目や行動はともかく、通じ合うものがあるのかもしれない。
アレクは妙な親近感を覚えた。
「俺はアレクだ。こいつの仕事のパートナーで、特技は射撃。好きなものはトレーニングと映画」
リヒャルトが確認したように頷き、RQは「よろしくぅ!」などと言って握手を求めた。
「アイスに手を出したら撃つぞ」
アレクが手を握り返しながら囁くと、RQは意味ありげに笑うだけで何も答えなかった。
そのかわり、リヒャルトが真面目な顔をして
「安心しろ。その前に私がくびり殺している」
と言って鞭をうならせた。
この二人、案外いいコンビなのではないかと思えた。
「今晩は休め。仕事は明日からだ」
ひととおり自己紹介が終わると、リヒャルトが二人を部屋へと案内すると言った。
あの可愛らしい怪獣スリッパをペタペタいわせながら、威風堂々と廊下を歩くSSG長官。
そのあとをアイスは平然とした顔で、そしてアレクは必死に笑いを堪えながらついていった。