-1.Crash-
「エクセルさん、宇宙人の存在をどう思う?」
名前を呼ばれてアイスは機械的に足を止めた。
顔をあげると、廊下の反対側から同僚のケヴィンがのんびりと歩いてくるところだった。
いきなり宇宙人について意見を求められたアイスは、なんのためらいもなく
「侵略を企んでいるようなら潰す」
とキッパリ答える。
「でも、中には友好的なのもいるんじゃないかな」
「疑わしいな」
殺伐とした仕事についているので、友好的という言葉が気に入らないらしい。
ケヴィンは幼なじみの無表情な顔を見つめながら、次の質問を投げかけた。
「じゃあさ、もし本物に会う機会があったら君はどうする?」
「捕らえて解剖する」
「…そう言うと思ったよ」
訊くまでもないことだった。
肌身離さずメスを持ち歩いているアイスである。
チャンスさえあれば、宇宙人であろうとなんであろうと喜んで切り裂くだろう。
「うーん、どうしようかな…話すくらいならいいかな…」
ケヴィンが一人で悩んでいると、ロボットのようにその場につっ立っていたアイスが突然、前進するように片足を前に出した。
「用がないのなら行くが」
言いたいことがあるなら早く言え、という意味らしい。
いつものように気まぐれに姿を消してしまわないのは、相手が幼なじみだからだろう。
話してくれとせがまれるのならまだしも、そう冷たく言われてしまっては、よけいに話したくなる。
凶器以外に興味を示さないアイスに、なんとか新しい趣味を見つけてもらいたかった。
「よし、ここだけの秘密だ!」
ケヴィンはそう心を決めると
「データバンクを整理していたら、面白いものを見つけてしまったんだよ」
懐から一枚のデータ・ディスクを取り出した。
「SSGという組織の位置が示されている」
「SSG」
「スペース・セイフティ・ガード。興味をそそられるだろう」
「別に」
「まあまあ、そんなつれないことを言わないでくれ。宇宙人保護を目的とする国際的秘密機関とくれば
そこらじゅうにサンプルがいるんだろうね」
「…ほしいのか?」
「そういうわけじゃない。たしかにこの前『ET』を見て一匹ほしいとは思ったけどさ、やっぱり捕獲するのはまずいと思うんだ…」
ケヴィンの声が小さくなっていく。
この風変わりな幼なじみが何を言いたいのか、アイスには理解できないことが多いが、今回はなんとなく分かるような気がした。
どうやら、彼は本物のエイリアンが見てみたいらしい。
そのSSGという組織に乗り込んで宇宙人を一匹や二匹捕獲してくるくらい問題ないだろう。
…と、少なくともこのときのアイスにはそう思えた。
つい最近ケヴィンから忍者刀をもらったばかりだ。それへのお返しとしては申し分ない。
そう判断を下したアイスは、コートをひるがえして歩き出した。
「5分以内に転送の準備をしろ。今からSSGへ向う」
「エクセルさん、僕はそんなつもりで言ったんじゃ…」
「10秒経過!」
廊下の向こうから厳しい声が響いてくる。
それを聞いて、ケヴィンは困ったような笑顔を浮かべた。
「個人的には宇宙人なんてどうでもいいんだけど、お土産にDNAサンプルを持っていったらアイオンさんが喜ぶと思うんだよね」
などとアイスが聞いたら憤怒しそうなことを呟く。
「さて、あと4分30秒しかない!」
ケヴィンは早足で過去情報管理部へと戻ると、さっそくタイムスリップの準備をはじめた。
「エクセルさん、何か必要なものは?」
「車が一台あればいい」
メスは常にリストバンド状の入れ物にしまってある。
コートの中にも縫いこまれているのを含めば、ざっと20本はあるだろう。
銃は……あってもなくても大して変わらないので、ケヴィンもしつこくは訊かなかった。
通常のミッションはパートナー同伴だが、これは個人的な探求…つまりお忍びで過去へと飛ぶわけ
だから、アレクには知らせていない。
アレクというのはアイスの現在のパートナーで、「お母さん」というあだ名がつくほどに過保護な人物で
ある。
本人に言わせれば腐れ縁の仲なのだが、はたから見ると片思いしているのは明らかで、アイスにこき扱われている姿は哀愁を誘うものがあった。
「DNAサンプルだけで十分だから、くれぐれも宇宙人には害を加えないでくれよ」
「了解した」
黒い手袋をキュッとはめると、アイスは車に乗り込んだ。
実用性や装備よりもスピードを重視した機体は、重量を最小限にまで絞ってある。
ハンドルもアクセルも軽く、申し訳程度にブレーキがついているものの、それに足が乗ることはない。
人間だけでなく乗り物ごと転送できるようになったのはつい最近のことだ。
テクノロジーの進歩は素晴らしい…とケヴィンはあらためて感心しながら、コンピューターにSSGへの
位置を打ち込んだ。
「車のナビゲーション・プログラムはこちらの位置に入れてあるよ。戻り方は分かるかい?」
「問題ない(ノー・プロブレム)」
アイスは感情のこもらない声で言いながら、サングラスをかける。
どこぞの映画に出てくる暗殺用ロボットのようだった。
アルビノ特有の赤い目は紫外線に弱い。
人類の大半が室内で活動しているこの時代ならともかく、過去に戻るときはサングラスは必需品だ。
ケヴィンがキーを打ったのと、部屋のドアが開かれたのは同時だった。
「よおケヴィン!この前の映画だけど…」
アイスが車と共に転送されたのを確認してから、ケヴィンはぶしつけな侵入者と向き合った。
「やあアレク。君は相変わらずノックしないね」
アレクが来るのがあと少し早ければ、違法的に過去に飛ぶパートナーを見つけて阻止…いや、彼の場合自分も行きたいと言い出すのだろうが、この計画は台無しになっていただろう。
「…なにか黒いものが見えなかったか?」
今は何もない空間を指しながら不思議そうな顔をするアレクに、ケヴィンはにこやかに答えた。
「気のせいだよ」
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今日は、夜遅くまでそこらへんを走っていた。
ランニングはいい。
42.195キロほど走って一息つく。
ひさしぶりに綺麗な星空が光っている。
「今夜は夜這いに相応しい」
一人心地呟いて、RQは意味もなくうっとりと瞳を閉じた。
パーン!!!
突然、星が飛び散るような破壊音が耳元に飛び込んできた。
ダラリ…。
そして、気がつくと血まみれになっていた。
何かが空から降ってきたのだ。
星空の中から飛び出してきた何かの下敷きになっているのを確認し、ついでにそれがUFOでもない事を確かめると、RQは片腕で自分の上に乗っている車体を持ち上げた。
「オレを轢くなんて、どこのクレイジー野郎だ?!」
そのまま、車を横投げにする。
ガシャーン!
ガラス片があたりに飛び散った。
「やべぇ!人間乗ってたんだよな?」
当たり前といえば当たり前の事実を把握して、自動車に近づくRQ。
SSG隊員が一般人を無意味に傷つけた場合…手続きがいろいろとめんどくさい。
彼らSSGが通常相手にしているのは、宇宙生命体なのだから…。
「すまねぇが無傷でいてくれないか?」
誰がどう考えても無理な願いを口にしながら、RQが車体を覗き込むと、サングラスをした白く端正な顔の男がこちらを向いた。
「ウホッ!いい男!」
だが、次の瞬間。
バターン!と容赦なくドアが蹴破られ、RQは鼻血を吹きながら数メートル飛ばされた。
「目標に少しばかり外れたか」
アイスはサングラスを外すと、その赤い瞳でまわりを確認する。
今は夜だ。日よけは必要ないだろう。
「いや、もろ好みに的中だ!自分の価値を信じろ!」
そばで叫んでいるピンク髪の長髪男も気にしない様子で、アイスは破壊された車を確かめる。
そして、苦々しい表情を浮かべた。
簡易的な修理では直りそうにない。
「車も壊れた事だし、今夜はオレと過ごさないか?…あんたオレを狙ってんだろ?」
鮮やかなブルーの瞳が、冷たい赤い瞳を射る。
アイスはその男を観察した。
2mを超える鍛え上げた長身、乱暴に結んだピンク色の長い髪、タンクトップにスパッツ、ビーチサンダル
という妙な姿。戦闘能力は高そうだが、さきほどからおかしな事ばかりほざいているところをみると、知的能力は低いだろう。
全身血だるまになっているところを見ると、どうにも車の下敷きにしていたようだ。
「私の目的は他にある。キサマに用はない」
「オレは、あんたに用がある。こんなに熱くアプローチされたのは久しぶりだからな」
RQはスルリと立ち上がり、アイスの肩を抱こうとする。
「触れるな!」
その反応を見て、RQの顔に意外なほどの笑みが浮かぶ。
「ますます気に入ったぜ」
「・・・」
ねちっこい…。
アイスは反射的に身体を反らした。
そして、忍ばせてあるメスに手をかける。
「おおっと、それを投げる前にオレの名前を聞かなくてもいいのか?」
「無用だ」
「じゃあ、勝手に名乗らせてもらうぞ。俺はRQ。SSG隊員のRQだ」
「SSG…だと」
アイスの顔色が変わる…と言っても、やはり白いままだが。
「だから、目標には外れてねぇって言っただろ?あんたは何もない星空から天使みたいに降ってきた。
そして、このオレに全身でぶつかってきた。さらには…」
と言い、RQはツッーと指先でアイスを身体の線をなぞるように捉えた。
「その細い腰が砕け散る事もなく、無傷でいる。そんな真似のできる奴はざらにはいない」
「…」
「オレに興味があるなら…着いて来い。どうせ、車動かないだろ」