第九章 リヒャルトの行きたい場所
アイオンのいう137億年前とまではいかないが、ここで舞台は二千年ほど先へと進む。
未来政府のメディカル・エリアの一室で、アレクがベッドで寝ていた。
アイスが大変なことになっているとRQから連絡を受けて過去に飛んでみたら、それはアイオンで、とくに問題もなさそうだったので未来に戻ってきた。
しかし仕事に遅刻してしまい(パートナーは秒単位で数えるのである)、言い訳を考えているうちに過去に戻ったのがバレてしまい・・・
目も当てられないような惨状を得て、今はここにいる。
アイスが目の敵にしているアイオンの名前を出したのがまずかったらしい。
クローンなので遺伝子は同じはずなのだが、性格は正反対だ。
そのくせ創作料理が好きなところや荒運転なところが似ている。
「いい加減、仲直りしてくんねえかな・・・」
仕事はパートナー制なので単独行動はできない。
アレクを半殺しの目にあわせたあと、アイスはケヴィンを連れて行った。
このままでは捨てられるかもしれない。
アレクは危機感を覚えながら、RQへのメールを打った。
『あのあと大丈夫だったか?今どこにいる?』
変わった人物ではあるが、アレクのよき理解者である。
最初はメールのやりとりをしていたが、こまめに返事をくれるので、気づいたら交換日記のようなやりとりに発展していた。
『見たことのない部屋だ。リヒャルトの行きたい場所らしいが、オレにはよく分からねえ』
ずいぶんと早い返事だった。
『お前、タイプ上達したな』
『新しいキーボードが苦手なんだ。携帯ならいける』
そうはいうが、最初は読めたものじゃなかった。
今まで数え切れないほどのキーボードを壊してきたらしい。
「機材を無駄にするな!」と怒るリヒャルトの顔が浮かんでくる。
『レーザーを持った黒い服のやつらに攻撃されてる。ちょっと料理してくるぜ』
レーザーに黒服。こっちの時代でも同じようなやつらがいるが、まさかな・・・
アレクは一瞬嫌な予感がしたが、すぐにその考えを打ち消した。
『気をつけろよ。落ち着いたらまた連絡をくれ』
『OK!その間、これでも見て笑ってくれ』
メールで写真が数枚送られてきた。
「ぶっ!」
ファイルを開いて、アレクは盛大に吹き出した。
笑うたびに折られた肋骨が痛む。それでも抑え切れなかった。
リヒャルトがおかしな角度でカメラを構えている写真で、その向こうでは今にも泣き出しそうな真祐と笑顔全開のアイオンが地球を背景にポーズをとっていた。
一枚目だけでこれなのだ。全部見たら笑い死ぬかもしれない。
あとでアイスと一緒に見よう。アレクはそう決めて、コンピューターを閉じた。
同じころ。
ケヴィンが21世紀の映画を見ながら一息ついていると、アイスからの呼び出しが入った。
『データバンクが黒服に狙われた。その他にも侵入者が2名いるらしい』
「さっき帰ってきたばかりだよ、エクセルさん・・・アレクはまだ回復してないんだっけ?」
『折るのは腕一本にするべきだった』
「今更そんなこと言ってもね。君はもう少し感情をコントロールしたほうがいいよ」
ケヴィンはアイスにとって幼馴染のような存在で、戦闘能力はそれなりにあるのだが、肉体労働が嫌いで過去の文化を研究することに没頭している。
今は大怪我をしたパートナーの変わりにチームを組んでいるのだ。
アイスを手伝おうという命知らずな人間はいないので、最終的にケヴィンに白羽の矢が立ったというわけだ。幼馴染というのも辛いものである。
ケヴィンがのろのろと着替えていると、アイスが入ってきた。
「ミッションは黒服および侵入者を一人残らず抹殺することだ」
「エクセルさん、僕が非戦闘員だってこと忘れてるだろう」
「目的はサーチ・アンド・デストロイ!」
「はいはい」
いっそのこと、アレクのクローンを10体ほど作ったほうがいいんじゃないか?
ケヴィンはそう思いながらアイスのあとについていった。
幸いなことに運転しなくても行ける距離だったので、アイスの恐怖のドライブをまぬがれた。
しかし、アイスが人間離れしたスピードで走るので、ついていくだけで大変だ。
――たしかにこれじゃあ毎日がサバイバルだ。アレク、君がいまだに生きていることが奇跡に思えてくるよ。
データバンクについたときは息も切れ切れだった。
アイスがカードキーを差し込んで慎重にドアを開く。
いつ戦場になってもおかしくない。
ケヴィンは息を整えて、中を覗き込んだ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふと瞳を開けると暗闇が広がっていた。
私は、あの一瞬、何を考えたのか。
ともかく、レーザーの攻撃を避けて、敵と思われる相手を鞭で投げたおしていく。
「アイス・・・」
思っている相手の名が口から漏れた。
おまえは、今、何をしている。
仕事は充実しているか?
きちんとものを食べているのか?
夜は寂しさを感じることなく、ちゃんと眠れているのか?
できることなら、私の新しい家族、子猫のアポロを紹介したいところだが。
・・・
私たちはまだ、交換日記すらしていないのだ。
心に吹く隙間風を払うように、リヒャルトは、敵に向かって攻撃を仕掛けた。
その隣で、敵の黒服たちが大挙して押し寄せた。
立て続けに悲鳴、潰れるような音。
「なんだ?ここは?上等じゃねぇか!」
暴れまくっているピンクの髪。
「リヒャルト、いくら仕事熱心なあんたでも、仕事の真っ最中を願うことはないだろ!」
「私はっ!!」
たしか、あの秘宝は一人を願う場所に送るものではなかったのか?
なぜこいつがいる?
「リヒャルトが消えそうになったんで、追いかけてきてやったんだぜ!赤い糸手繰ってな!」
「チッ!」
相変わらずおかしな発言ばかりのRQだが、この状況ではまともな反論もできない。
「左は任せた。私は脱出口を作る」
「OK!」
リヒャルトの鞭が水平に走ると、何人かがバタバタと倒れる。
それを背から狙うメンバーをRQが目にも留まらぬ速さで打ち倒していった。
「こっちだ!」
リヒャルトが進んでいく方向に出入口と思われるドアが見えた。
「リヒャルト、避けろ!」
RQの咄嗟の叫びに、リヒャルトは身を翻す。
二人の間を抜けて、鋭い刃物が一直線に飛んでいき、二人を追う黒服を貫いた。
続けて、黒い影がスルリと暗闇から浮かび上がる。
「おまえは!」
リヒャルトの声に、影が反応した。
「リヒャルト?」
声はたしかにアイスのものだった。
あの鋭い攻撃。忘れもしない。リヒャルトが唯一心を許した友のものだ。
「侵入者とはおまえのことだったのか、なぜここにいる」
抑揚のない話し方でアイスは近づいてきた。
「私たちは任務で、ある秘宝を追っていた。それを破壊しようとしたところ、ここに飛ばされてしまった。あいつも一緒に」
アイスがふと通路の奥を見つめると、
「Fooooooo!猫耳天使じゃねぇか!より一層セクシーになりやがって!その腰つき一度見たらわすれねぇぜ!!」
と飛び掛ってくる男を無残に蹴り倒した。
「この黒服はおまえたちの敵だな」
リヒャルトは確信めいた口調で言った。
日頃、戦闘の日々を過ごしているので、危険な匂いは察知できるようになっている。
「すべて破壊することが私の任務だ」
「了解した」
そうして、二人が共闘した時の凄まじさといったら…ケヴィンは「出る幕ないや~」と静観を決め、打ち倒されたRQの看護をしていた。
「・・・・」
目覚めると、隣に見知った顔が寝ていた。
「?!」
「よぉ、アレクじゃねぇか」
その姿はボロボロで、生きているのがやっとといった感じだったが、意外にも声は元気だ。
「どうしておまえがここにいるんだ。RQ!」
メディカル・エリアの一室だ。しかも、RQがいる時代とは異なる。
それが、なぜか・・・RQは全身包帯だらけの姿でアレクの横に寝かされていた。
「おまえの猫耳天使にじゃれられたのさ。おまえもよくあるだろ?気にするな!」
何があったのか、まったく検討がつかないが、RQがここにいるということは・・・
「邪魔をする」
リヒャルトが現れた。
そうして、アイスも。
「なんだよ。遊びに来るなら前もって言ってくれればいいのに!」
それなら重症を負わないよう、もう少し気をつけていた。
せっかく来てくれたのに、二人して病室に寝かされているなんてつまらないではないか。
「何もかもお前のしわざだな」
アイスはそう決めつけ、すでに重症を負っているアレクにメスを向けた。
つい先ほど怒らせたばかりである。このままでは皮を剥がされそうな勢いだ。
見かねたリヒャルトが止めに入った。
「違うんだアイス。無意識とはいえ、私がお前に会いたいと願ったから・・・」
「そうそう、こいつが猫耳天使と交換日記したがったんだよな!お前じゃなかったら嫉妬してたぜ」
「キサマは余計なことを言うな!」
アイスを止めておきながら、リヒャルトはアレクと同じくらい重症のRQには何の問題もなく危害を加えていた。
交換日記と聞いて、アレクはRQが送ってきた写真を思い出す。
カメラを構えるリヒャルトがあまりにもおかしくて笑ったら、傷口が開いたらしく、とうとう血を吐いた。
「こら!ここをどこだと思ってんだい!」
通りかかった医者が4人を怒鳴りつける。
「とくにエクセル。あんたはしばらく立ち入り禁止だって言ったはずだよ」
アイスは無愛想にして物騒なのでラボの大部分に恐れられているのだが、彼女から見ればただの不器用で乱暴な子供である。
「アレクは私のパートナーだ」
アイスが腕組みをして偉そうに言うと、医者は睨みかえした。
「それがなんだっていうのさ。この前の差し入れを忘れたのかい?生きたサソリをカゴいっぱいに持ってきて、アレクを毒殺しに来たか思ったよ」
アイスは黙ってしまった。
サソリは栄養があると聞いたので、新鮮なものを食べてもらおうと、道具一式そろえてその場でから揚げにしようとしたのだ。
もちろん毒のことは考えていなかった。
自分に免疫があるのでパートナーも同じだと思ったらしい。
途中で揚げるのが面倒くさくなり、生きたまま食べさせようとしたらアレクが暴れだし、サソリが逃げて大騒ぎになった。
もちろんアイスがメスで一匹残らず串刺しにしたのだが、その一件で周りから余計に避けられるようになったのは言うまでもないだろう。
「ほら、行った行った!見舞いに来るんなら、もうちょっとマシなもの作ってきな」
医者はアイスとリヒャルトを病室から追い払った。
「あの猫耳天使を言いくるめるとは大した女だ」
RQが感心したように言う。
「ケリーっていうんだ。医者っていうより、肝ったま母さんって感じだよ」
アレクは苦笑しながら答えた。
「その傷アイスにやられたって聞いたけど、大丈夫なのか?あいつも手加減すりゃあいいのに」
「はっ、こんなの痛くも痒くもねえ。鞭打ちに慣れてるからな」
「それもそうだな」
乱暴者を相手にするのはなかなか大変なのである。
傷だらけになりながらも、どちらもなぜか嬉しそうだった。
「それよりRQ、なんでここにいるのか説明してくれよ。じゃねえと、あとでアイスにくびり殺されちまう」
「じゃあ順を追って話すぜ。写真は届いたか?」
「ああ、リヒャルトが写真撮ってるやつしか見てねえけど」
アレクはコンピューターを開き、写真をスライドショーにした。
「北極から始めよう。オレとリヒャルトは、ハネムーンの途中だった・・・」
RQが静かに語りだした。
スクリーンではリヒャルトが神妙な顔つきで通信機に向かっている。
その後で調査員らしき人物が数人、怖いものを見るような眼差しを向けていた。
「これって、どう見てもハネムーンじゃなくて仕事だよな」
アレクがぽつりとつぶやく。
「オレは、北極アドベンチャーに行こうと誘われたときから胸をときめかせていた・・・何かが起きる予感がしてたんだ!」
RQの予想が当たったのかは知らないが、事件は立て続けに起こった。
次の写真では、氷づけになったアイオンの横で、前髪が伸び放題になった根暗そうな少年がピースサインをしている。
「こいつがミラーな。あっちに写っている真面目そうなやつが兄のジャンで、知るぞ人こそ知るトレジャーハンターなんだ」
「ああ、覚えてる」
温泉に浸かっていた二人だ。
あのときは溺れかけてそれどころじゃなかったが、映画でしか見たことのない職業が実際に存在するのを知って、アレクは嬉しくなった。
「アイスマンを解凍したあとに撮ったのがこれだ」
偉そうに腕組みをしているアイオンと、生気の抜けた顔つきのリヒャルト。
アイスに忘れられていると思いこんで、そうとうショックを受けたらしい。
「この直後だったな、お前が空から落ちてきたのは」
「・・・その先は言わないでくれ」
RQがナレーションをはじめそうな勢いだったので、アレクはストップをかけた。
あまり思い出したくない記憶だった。
その頃、アイスとリヒャルトはキッチンにいた。
「選べ」
アイスがエプロンをずらっと並べた。
猫模様が多い気がするが、偶然だろう。
リヒャルトは手前のものを選んだ。
ピンクの生地に黒猫が二匹縫いこまれている。
それなら私も・・・とアイスは色違いのものを身につけた。
その場にいるだけで殺気を発している二人にはあまりにも可愛らしすぎるデザインであったが、どちらも外見は気にしていないようだった。
服としての役割を果たせばいい。
それがリヒャルトの服装に対する一般的なモットーであり、アイスも似たようなものだった。
「エプロンを集めているのか?」
リヒャルトは、旅の途中でアイオンがそれについて熱く語っていたのを思い出した。
アイスは猫さんエプロンを着たまま、首を横にふった。
「すべてリネットが作ったものだ。無駄にしたくはない」
「そうか」
話し方からして、そのリネットという人物は妹のようものなのだろう。
リヒャルトは自分にも同じような存在がいたことを思い出し、しみじみとエプロンに触れた。
「これから見舞いの品を作る。何かいいアイディアはあるか」
アイスはリヒャルトに意見を求めた。
先ほど医者にこっぴどく叱られたのが効いたのだろう。
今度はサソリの揚げ物とは言わなかった。
「あの二人は筋肉組織にダメージを受けていると思われる。再生のためには動物性たんぱく質が必要だろう」
私は普段そういったものは敬遠しているが・・・と付け加えながら、リヒャルトは考えて
「豚はいるか?」
と聞いた。
「20分あれば用意できる」
とアイス。
ラボの人たちからすれば、ここに豚なんかいたっけ?といったところだが、アイスが20分で用意するといっているのだ。間違いはないだろう。
「では、豚の調達を頼む。私は下準備に入る」
二人はまるで戦闘時のように、さっと二手に分かれた。
そうして、リヒャルトがスパイスの配合を終えた頃、肩に数百キロはありそうな豚を抱え、アイスが戻ってきた。
「とどめは刺した。後は好きに使え」
首の周囲に切り傷ができている。その豚をテーブルの上にドサリと降ろした。
「もう血抜きをしたのか、さすがだな」
感心したように頷くなりリヒャルトは、豚の大腿部から下を大きく切り落とした。
見事な切れ味の包丁だ。お互い可愛らしい猫のエプロンが返り血で汚れていたが、そんなことを気にする二人ではない。
「すばらしい」
リヒャルトが瞳を輝かせていると、アイスは少し満足そうに
「実験体を捌く時にも使用可能だ」
ともう片方を切り落としてみせた。
「この料理は本来1週間ほどかかるのだが、この設備ならば1時間ほどで出来上がるだろう」
巨大な肉塊を二つ、塩をよく振って燻製用の釜に入れる。
「一体あれは何人前なんだ?」
と呟くものがいる中で、
「あの二人には完食してもらわねば」
「ああ」
とか言っている料理人の二人。
こんな巨大な肉塊、完食するのは拷問に等しいが、二人とも何も考えていない様子だ。
燻製用の釜から取り出した豚の足はハムのような香りがする。
「これを圧力鍋で煮込んで終わりだ」
アイスは軽々と二つの足を鍋に放り込む。リヒャルトがスパイスを振りかけて蓋をした。
「これで任務は完了したか?」
「ああ、よくやってくれた」
よくやったというにしてはあまりにもシンプルな男の料理だったが、お互いに満足感を味わっていた。
キッチンでそんなことが起こっているとは知らず、アレクとRQはのほほんとスライドショーを見ていた。
みんなしてマンモス鍋をつついている写真だ。
平和でいいじゃないか、とアレクは一瞬思ったが、よく見てみると何かがおかしい。
アイオンがマンモスの肉を真祐の口に押しつけている横で、リヒャルトが憤慨したような顔をしている。
手前ではRQの頭にフォークが突き刺さっていて、またもやピースサインをしたミラーが見切れていた。
「これはジャンに撮ってもらったんだ」
RQはうっとりしたように言った。
「帰ったらフレームに入れて飾る。リヒャルトがはじめて“あ~ん”して食わせてくれたんだぜ」
「そりゃあ・・・よかったな」
頭にフォークが深々と刺さって痛そうだが、RQの中ではリヒャルトとの思い出という思い出が美化されているらしい。
人事とは思えず、アレクは乾いた笑いをもらした。
そのままRQが惚気話を始めそうだったので、そそくさと次の写真に移る。
今度はジャパニーズ屋敷だった。
「おお、NINJA!!」
アレクは興奮気味に言った。
映画で見て、いつか行ってみたいと思っていたのだ。
「最初から落ちちまったが、ヘビの丸焼きはうまかったし、茶道ってのも悪くなかった。正座という拷問も体験した。ZENの世界は奥が深い!」
「くそー、羨ましい。アイスに殺されてもいいから、俺も行きたいぜ」
「慧に頼めば何とかしてくれるだろ。今度二人でハラキリってやつをやってみるか?」
「おっ、それいいな!ハラキリっていったらブシドウの定番だもんな」
「カ~ミカ~ゼ~魂ぃ~♪」
「よし、全治したらハラキリでカミカゼだ!」
間違った方向に向かう二人だったが、アイスとリヒャルトがこの場にいれば、この場で「悪即斬」と腹を切られただろう。
「次はみんなお待ちかねのヌーディストビーチ!」
はりきっているRQを横に、アレクは反射的にその写真を飛ばした。
見ないほうがいいものが一瞬見えた気がしたが、見なかったことにする。
「なんだ、見たくないのか?」
「特には」
それよりも目の前の写真が気になった。
仏頂面をしたリヒャルトが海中で体育座りをしている。
フレームの端っこにRQのものであろうピンクの髪が映っていた。
一体どうなったらこんな構造になるのか。
RQがふっと暗い表情になった。
「こいつ、実は泳げないんだ」
「・・・アイスも水が駄目なんだよな」
RQとアレクは無言のまま互いの手を握り合う。
二人の間に新たな友情が芽生えた瞬間だった。
次の1枚では、真祐がネッシーのような生物に捕らえられ、アイオンが海の上に立って両手を開いている。
「命に代えても受け止めてやる!とか叫んでたんだぜ、きっと。こいつも同類だからな」
「そうだなあ、あいつの言いそうなことだ」
誰もアイオンが水面を歩いていることに対しては突っ込まなかった。
続いて、パラソルの下で焼きそばを食べる兄弟。
どこかで見たことのある二人だった。
「ボストンにも行ったぞ」
今度は、スワンボートの上でアクロバティックなポーズをとるRQと、入れ歯のようなものを取り付けているミラーが写っていた。
他の乗客が明らかに引いているが、当の二人はこれ以上にないくらいに楽しそうだ。
「お前、このあとリヒャルトに半殺しにされただろ」
「なんで分かる?」
「あいつの顔を見れば、なんとなく」
リヒャルトは無表情でRQのとなりに座っている。
こういう顔が一番怖いことをアレクは経験から知っていた。
スワンボートのあとは、おいしそうな料理。
酔っ払ったようにはしゃぐアイオンとミラー。
楽しそうな写真が続いたあと。
「おっと!これはオフリミットだぜ!」
一瞬暗めの写真がスクリーンに映って、RQが素早く飛ばした。
「いくらお前でも、あいつの寝顔は見せられねえ」
その気持ちはよく分かる。アレクは無言で頷いた。
先ほど見た宇宙飛行の写真に再び笑い、ヨガのポーズをとって宙に浮かんでいるリヒャルトが写ったころには、アレクは笑いすぎて窒息しかけていた。
無重力でも浮かない姿。アイスクリームを食べようと苦戦している姿。
これをネタに恐喝できるんじゃないかというものばかりだ。
リヒャルトに見せたら最後、もうRQとは一生会えないだろう。
「ヘビと同じくらいにワイルドな味だった」
RQが洞窟でアイオンと蟹の黒焼きを食べていた。
重そうな火炎放射器を持ったジャンが壁にへばりついた蟹を焼いている。
なんのパーティかは知らないが、ずいぶんと大雑把なバーベキューだ。
端っこでピースサインをして見切れているのは言うまでもなくミラーだった。
「俺たちはこれを集めてたんだ」
五つ揃った紋章が浮かんでいる。
写真はそこで途切れた。
「なぜ俺たちがここにいるか、これでだいたい分かっただろう」
「・・・・・・」
アレクは頭を悩ませた。
ハネムーンから始まり、月までの旅で終わる。
それが二人が未来にいることとどう結びつくのか。
アイスになら理解できるかもしれないが、さっぱり分からない。
これ以上質問するよりも、あとでアイスに説明してもらうほうがいいだろう。
アレクがそんなことを考えていると、いきなり病室のドアがバーンッと蹴り破られた。
「奇襲か?!」
思わず身構えてしまった二人だが・・・
入ってきたのは、両手に皿を持ったアイスとリヒャルトだった。
恐ろしく巨大な肉塊が乗っている。見かけだけ言えば、切り落とし用のハムのよう。
「な、なんだそれ?」
「食え」
アイスがドサリと皿をテーブルに乗せた。
「食えって…言われたってこれ何人前だよ?」
しぶしぶナイフを手にしたアレクだったが、その渋々した様子が気に食わなかったのか、エクセルさんは自慢の料理を掴み、自らのパートナーに向かって振り下ろした。
「かぶりつけ!」
アレクは顔面を豚の大腿部で強打されながら呻いている。
「これが有名なアイスバインってやつぅ~」
一方のRQは豪快にかぶりついていた。
「アイスのことばかり考えていたら、つい・・・」
リヒャルトが顔を赤らめる。
「正確に言えば、これはアイスバインではないが、筋肉の疲労にはきくと思って作ってみた」
「でかすぎる感もあるけど、美味いじゃないか」
RQがそれにかぶりつく姿はまるで原始人のようであったが、リヒャルトはうんうんと納得したように頷いている。
アレクは半ば強制的にかぶりつかされて涙まで流していたが、味に関して文句はなかったようだ。
「完食しろ。リヒャルトが作ったものだ。二人とも残したら殺す」
アイスの思いやりのある言葉にほだされて、リヒャルトは感動のあまり、目頭を押さえていた。
「・・・というわけだ」
リヒャルトの順を追った説明で、アレクも二人がなぜここにいるのか理解できた。
RQの説明とはだいぶ違っていたが。
「じゃあ、しばらくここで遊んでくか?っていってもゲームと映画くらいしかないけど」
・・・そうして、自分は重症患者である。なかなか二人とは会えないので、思いっきり楽しみたいが、このままでは不可能に思えた。
「私はぜひともアイスの任務に同行したい」
リヒャルトが言う。
「せっかく猫耳天使と再会できたんだぜ~皆でヌ~ディストビーチ第2号といこうじゃないか。プールでもいいから裸で付き合おう!」
即座にRQはリヒャルトとアイスに潰された。
まさか、二人とも水が苦手・・・なんて知ったことではない。
「おまえがいれば、助かる。こいつはしばらく使えない」
アイスが冷たい視線でアレクを見た。
「そうなったのは誰のせいだ!」
叫びつつも、心の中では「見捨てないでくれ!」と泣きたい気持ちでいっぱいのアレクだった。
そんな時、アイスの無線に連絡が。
「了解した」
と短く返事をして、アイスはリヒャルトを見る。
「準備はできている」
今まで、キッチンで料理をしていた人とは思えない変わり身の早さで、二人はエプロンを脱ぎ捨て去っていった。
「おいおい、仕事熱心だなぁ~猫耳天使は」
「リヒャルトだって変わらないだろ」
「違いねぇ」
重症患者二人は、このまま二人が戻ってくるのを待つことにした。
何時間かして・・・
二人が再び戻ってきた。
服は返り血で汚れてしまったらしく、着替えている。
リヒャルトはりんごのアップリケ付きシャツを着ていて、アイスのはトマト柄だった。
「なんだ、なんだよ。可愛いなぁ!」
そう言ったアレクの鳩尾に鋭い突きを加えてから、なんとも信じがたいことをアイスが提案した。
「リヒャルト、おまえは歌が趣味だったな。ここでも歌える。歌っていくか」
「ごほっ・・・歌?カラオケルームなんて聞いてないぞ」
呻きながら、アレクが聞いた。
「最近できたとケヴィンが言っていた」
「ありがたい。それならば一緒に歌おう」
これまた信じられないことに、リヒャルトは嬉しそうに微笑んでデュエットを誘いかける。
「リヒャルトの歌って前に聞いたけど、なんていうか個性的だよな」
ポツリとアレクが言うと、RQは
「個性的なんじゃなくて、破壊的なんだ」
と珍しく冷静に答えた。
そんなわけで、アレクは松葉杖をついたままで、RQはなぜか包帯も取れ、ほぼ無傷の状態で、カラオケルームへ。
「あのエクセルさんが歌うらしい」
と聞いて、命知らずの連中が集まってきた。
こんなことなど、ここでは初めてだ。
どういう風の吹き回しなのか、さっぱり誰にもわからない。
ただ、アイスの隣で同じくくらいの殺気を放つ人物がいやに嬉しそうな顔で、マイクを握った時に「この人物の影響か?!」と何人かが推測した。
ともかく、音楽が始まると皆静まり返った。
選曲はロック。
まさか、ロックを歌うエクセルさんを見るはめになるとは・・・。
皆の注目をよそに、アイスはごくごく普通に歌いだした。
リズム感があるといえばあるのかもしれないが、スピーカーから流れてくる歌声を口パクで歌っているアンドロイドの如く。
音痴ではない。
ただ、あまりにも情感にかけた雰囲気ではあった。
次に歌い始めたリヒャルトは、普段の冷静な面持ちもどこへやら、ノリノリで歌いだした。身振り手振りが激しい。
だが、不思議なことにまったくリズムと合っていなかった。
そうして・・・
まず、照明がいくつか割れてガラス片が飛び散った。
アンプが破壊音を発しながら、煙を吐く。
何人かが三半規管に衝撃を食らい気絶した。
「う・・・っ!」
びりびりと伝わる衝撃派に、アレクは反射的に耳をふさいだ。
破壊音の発信源であるリヒャルトの隣で、無表情に歌詞を追っているアイスの耳が心配になった。
ここまでくると、もはや人間の発する声とは思えない。
前から個性的な歌声だと思っていたが、会わないうちにますますレベルアップしている。
他の惑星の動きとしか思えないダンスを披露するリヒャルトとは違い、アイスは石像のようにぬぼーっと突っ立っているだけである。
今の二人を足して割ったらちょうどいいのかもしれない、とアレクは恐ろしいことを考えた。
「アイス、リヒャルトからマイクを奪い取れ!」
このままでは被害者が出る一方である。
アレクの叫びがパートナーに聞こえているのか定かではない。
熱く踊っているリヒャルトを見て、人は見かけによらないとアレクはしみじみ思う。
部屋にカラオケマシンを設置して、一人でこっそり練習しているのだろうか?
「だから言ったろ、破壊的だって。あれでも当人は喜んでるんだ。まったく・・いつ見ても可愛いぜ、オレのハニーは!」
まるっきり合わないリズムに対してさえ、RQはうまく反応し(慣れもあるのだろう)手拍子をおくっている。
壁にヒビが入り、客席のスプリンクラーが作動したところで、歌は終わった。
一曲歌っただけなのに、カラオケルームはハリケーンが通った後のような惨事である。
しかし何よりも恐ろしいのは、リヒャルトがまだ歌っているうちに曲が終わってしまったことだ。
一体どこで間違えたのか・・・というよりは、最初から外れていたとしか思えないズレっぷりだった。
アイスが何食わぬ顔でマイクを置こうとすると、リヒャルトは歌が終わったことに気づいて
「ではもう一曲・・・」
と次の歌を選ぼうとする。
それを見て、アレクがすかさず叫んだ。
「次はお前が歌え、RQ!」
命がけでもデストロイヤー・リヒャルトを止めねばなるまい。
それが自分の宿命のように思えた。
その切実な気持ちが伝わったのか、RQはウィンクをしてよこした。
「よしきた!マイクをこっちによこせ」
リヒャルトが不満そうにRQにマイクを渡した。
それを見てアイスもアレクの顔面めがけてマイクを投げつける。
「いや、俺は・・・」
「リズムに身をゆだねようぜ!」
マイクを受け止めながらも必死に首を振るアレクを、RQはステージに引きずっていった。
アップテンポなイントロが流れる。
21世紀で有名な女子バンドの歌だが、アレクに知る由もなかった。
戸惑うアレクをよそに、RQはマイクを掴み、熱く歌いはじめた。
男性ボーカルもいけるではないかと思わせるほどの歌唱力だ。
振り付けもみごとに決まっているが、歌詞は恋する乙女の揺れる心を綴ったものである。
しかし、RQが全身全霊を込めて歌うものだから、アレクは不意にもほろりと来てしまった。
二人はがっちりと腕を組んで、バランスのいいハーモニーを奏でた。
気絶していた観客たちがむくり起き上がり、不思議なものを見るように凝視している。
曲のチョイスはともかく、先ほどの殺人的なデュエットと比べると天国のようであった。
「ブラボー!!」
二人が歌い終わるころにはあちこちから拍手が起こった。
感心したように見ていたリヒャルトは慌てて目をそらし、アイスはつまらなそうにメスを磨いていた。
未来政府のメディカル・エリアの一室で、アレクがベッドで寝ていた。
アイスが大変なことになっているとRQから連絡を受けて過去に飛んでみたら、それはアイオンで、とくに問題もなさそうだったので未来に戻ってきた。
しかし仕事に遅刻してしまい(パートナーは秒単位で数えるのである)、言い訳を考えているうちに過去に戻ったのがバレてしまい・・・
目も当てられないような惨状を得て、今はここにいる。
アイスが目の敵にしているアイオンの名前を出したのがまずかったらしい。
クローンなので遺伝子は同じはずなのだが、性格は正反対だ。
そのくせ創作料理が好きなところや荒運転なところが似ている。
「いい加減、仲直りしてくんねえかな・・・」
仕事はパートナー制なので単独行動はできない。
アレクを半殺しの目にあわせたあと、アイスはケヴィンを連れて行った。
このままでは捨てられるかもしれない。
アレクは危機感を覚えながら、RQへのメールを打った。
『あのあと大丈夫だったか?今どこにいる?』
変わった人物ではあるが、アレクのよき理解者である。
最初はメールのやりとりをしていたが、こまめに返事をくれるので、気づいたら交換日記のようなやりとりに発展していた。
『見たことのない部屋だ。リヒャルトの行きたい場所らしいが、オレにはよく分からねえ』
ずいぶんと早い返事だった。
『お前、タイプ上達したな』
『新しいキーボードが苦手なんだ。携帯ならいける』
そうはいうが、最初は読めたものじゃなかった。
今まで数え切れないほどのキーボードを壊してきたらしい。
「機材を無駄にするな!」と怒るリヒャルトの顔が浮かんでくる。
『レーザーを持った黒い服のやつらに攻撃されてる。ちょっと料理してくるぜ』
レーザーに黒服。こっちの時代でも同じようなやつらがいるが、まさかな・・・
アレクは一瞬嫌な予感がしたが、すぐにその考えを打ち消した。
『気をつけろよ。落ち着いたらまた連絡をくれ』
『OK!その間、これでも見て笑ってくれ』
メールで写真が数枚送られてきた。
「ぶっ!」
ファイルを開いて、アレクは盛大に吹き出した。
笑うたびに折られた肋骨が痛む。それでも抑え切れなかった。
リヒャルトがおかしな角度でカメラを構えている写真で、その向こうでは今にも泣き出しそうな真祐と笑顔全開のアイオンが地球を背景にポーズをとっていた。
一枚目だけでこれなのだ。全部見たら笑い死ぬかもしれない。
あとでアイスと一緒に見よう。アレクはそう決めて、コンピューターを閉じた。
同じころ。
ケヴィンが21世紀の映画を見ながら一息ついていると、アイスからの呼び出しが入った。
『データバンクが黒服に狙われた。その他にも侵入者が2名いるらしい』
「さっき帰ってきたばかりだよ、エクセルさん・・・アレクはまだ回復してないんだっけ?」
『折るのは腕一本にするべきだった』
「今更そんなこと言ってもね。君はもう少し感情をコントロールしたほうがいいよ」
ケヴィンはアイスにとって幼馴染のような存在で、戦闘能力はそれなりにあるのだが、肉体労働が嫌いで過去の文化を研究することに没頭している。
今は大怪我をしたパートナーの変わりにチームを組んでいるのだ。
アイスを手伝おうという命知らずな人間はいないので、最終的にケヴィンに白羽の矢が立ったというわけだ。幼馴染というのも辛いものである。
ケヴィンがのろのろと着替えていると、アイスが入ってきた。
「ミッションは黒服および侵入者を一人残らず抹殺することだ」
「エクセルさん、僕が非戦闘員だってこと忘れてるだろう」
「目的はサーチ・アンド・デストロイ!」
「はいはい」
いっそのこと、アレクのクローンを10体ほど作ったほうがいいんじゃないか?
ケヴィンはそう思いながらアイスのあとについていった。
幸いなことに運転しなくても行ける距離だったので、アイスの恐怖のドライブをまぬがれた。
しかし、アイスが人間離れしたスピードで走るので、ついていくだけで大変だ。
――たしかにこれじゃあ毎日がサバイバルだ。アレク、君がいまだに生きていることが奇跡に思えてくるよ。
データバンクについたときは息も切れ切れだった。
アイスがカードキーを差し込んで慎重にドアを開く。
いつ戦場になってもおかしくない。
ケヴィンは息を整えて、中を覗き込んだ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふと瞳を開けると暗闇が広がっていた。
私は、あの一瞬、何を考えたのか。
ともかく、レーザーの攻撃を避けて、敵と思われる相手を鞭で投げたおしていく。
「アイス・・・」
思っている相手の名が口から漏れた。
おまえは、今、何をしている。
仕事は充実しているか?
きちんとものを食べているのか?
夜は寂しさを感じることなく、ちゃんと眠れているのか?
できることなら、私の新しい家族、子猫のアポロを紹介したいところだが。
・・・
私たちはまだ、交換日記すらしていないのだ。
心に吹く隙間風を払うように、リヒャルトは、敵に向かって攻撃を仕掛けた。
その隣で、敵の黒服たちが大挙して押し寄せた。
立て続けに悲鳴、潰れるような音。
「なんだ?ここは?上等じゃねぇか!」
暴れまくっているピンクの髪。
「リヒャルト、いくら仕事熱心なあんたでも、仕事の真っ最中を願うことはないだろ!」
「私はっ!!」
たしか、あの秘宝は一人を願う場所に送るものではなかったのか?
なぜこいつがいる?
「リヒャルトが消えそうになったんで、追いかけてきてやったんだぜ!赤い糸手繰ってな!」
「チッ!」
相変わらずおかしな発言ばかりのRQだが、この状況ではまともな反論もできない。
「左は任せた。私は脱出口を作る」
「OK!」
リヒャルトの鞭が水平に走ると、何人かがバタバタと倒れる。
それを背から狙うメンバーをRQが目にも留まらぬ速さで打ち倒していった。
「こっちだ!」
リヒャルトが進んでいく方向に出入口と思われるドアが見えた。
「リヒャルト、避けろ!」
RQの咄嗟の叫びに、リヒャルトは身を翻す。
二人の間を抜けて、鋭い刃物が一直線に飛んでいき、二人を追う黒服を貫いた。
続けて、黒い影がスルリと暗闇から浮かび上がる。
「おまえは!」
リヒャルトの声に、影が反応した。
「リヒャルト?」
声はたしかにアイスのものだった。
あの鋭い攻撃。忘れもしない。リヒャルトが唯一心を許した友のものだ。
「侵入者とはおまえのことだったのか、なぜここにいる」
抑揚のない話し方でアイスは近づいてきた。
「私たちは任務で、ある秘宝を追っていた。それを破壊しようとしたところ、ここに飛ばされてしまった。あいつも一緒に」
アイスがふと通路の奥を見つめると、
「Fooooooo!猫耳天使じゃねぇか!より一層セクシーになりやがって!その腰つき一度見たらわすれねぇぜ!!」
と飛び掛ってくる男を無残に蹴り倒した。
「この黒服はおまえたちの敵だな」
リヒャルトは確信めいた口調で言った。
日頃、戦闘の日々を過ごしているので、危険な匂いは察知できるようになっている。
「すべて破壊することが私の任務だ」
「了解した」
そうして、二人が共闘した時の凄まじさといったら…ケヴィンは「出る幕ないや~」と静観を決め、打ち倒されたRQの看護をしていた。
「・・・・」
目覚めると、隣に見知った顔が寝ていた。
「?!」
「よぉ、アレクじゃねぇか」
その姿はボロボロで、生きているのがやっとといった感じだったが、意外にも声は元気だ。
「どうしておまえがここにいるんだ。RQ!」
メディカル・エリアの一室だ。しかも、RQがいる時代とは異なる。
それが、なぜか・・・RQは全身包帯だらけの姿でアレクの横に寝かされていた。
「おまえの猫耳天使にじゃれられたのさ。おまえもよくあるだろ?気にするな!」
何があったのか、まったく検討がつかないが、RQがここにいるということは・・・
「邪魔をする」
リヒャルトが現れた。
そうして、アイスも。
「なんだよ。遊びに来るなら前もって言ってくれればいいのに!」
それなら重症を負わないよう、もう少し気をつけていた。
せっかく来てくれたのに、二人して病室に寝かされているなんてつまらないではないか。
「何もかもお前のしわざだな」
アイスはそう決めつけ、すでに重症を負っているアレクにメスを向けた。
つい先ほど怒らせたばかりである。このままでは皮を剥がされそうな勢いだ。
見かねたリヒャルトが止めに入った。
「違うんだアイス。無意識とはいえ、私がお前に会いたいと願ったから・・・」
「そうそう、こいつが猫耳天使と交換日記したがったんだよな!お前じゃなかったら嫉妬してたぜ」
「キサマは余計なことを言うな!」
アイスを止めておきながら、リヒャルトはアレクと同じくらい重症のRQには何の問題もなく危害を加えていた。
交換日記と聞いて、アレクはRQが送ってきた写真を思い出す。
カメラを構えるリヒャルトがあまりにもおかしくて笑ったら、傷口が開いたらしく、とうとう血を吐いた。
「こら!ここをどこだと思ってんだい!」
通りかかった医者が4人を怒鳴りつける。
「とくにエクセル。あんたはしばらく立ち入り禁止だって言ったはずだよ」
アイスは無愛想にして物騒なのでラボの大部分に恐れられているのだが、彼女から見ればただの不器用で乱暴な子供である。
「アレクは私のパートナーだ」
アイスが腕組みをして偉そうに言うと、医者は睨みかえした。
「それがなんだっていうのさ。この前の差し入れを忘れたのかい?生きたサソリをカゴいっぱいに持ってきて、アレクを毒殺しに来たか思ったよ」
アイスは黙ってしまった。
サソリは栄養があると聞いたので、新鮮なものを食べてもらおうと、道具一式そろえてその場でから揚げにしようとしたのだ。
もちろん毒のことは考えていなかった。
自分に免疫があるのでパートナーも同じだと思ったらしい。
途中で揚げるのが面倒くさくなり、生きたまま食べさせようとしたらアレクが暴れだし、サソリが逃げて大騒ぎになった。
もちろんアイスがメスで一匹残らず串刺しにしたのだが、その一件で周りから余計に避けられるようになったのは言うまでもないだろう。
「ほら、行った行った!見舞いに来るんなら、もうちょっとマシなもの作ってきな」
医者はアイスとリヒャルトを病室から追い払った。
「あの猫耳天使を言いくるめるとは大した女だ」
RQが感心したように言う。
「ケリーっていうんだ。医者っていうより、肝ったま母さんって感じだよ」
アレクは苦笑しながら答えた。
「その傷アイスにやられたって聞いたけど、大丈夫なのか?あいつも手加減すりゃあいいのに」
「はっ、こんなの痛くも痒くもねえ。鞭打ちに慣れてるからな」
「それもそうだな」
乱暴者を相手にするのはなかなか大変なのである。
傷だらけになりながらも、どちらもなぜか嬉しそうだった。
「それよりRQ、なんでここにいるのか説明してくれよ。じゃねえと、あとでアイスにくびり殺されちまう」
「じゃあ順を追って話すぜ。写真は届いたか?」
「ああ、リヒャルトが写真撮ってるやつしか見てねえけど」
アレクはコンピューターを開き、写真をスライドショーにした。
「北極から始めよう。オレとリヒャルトは、ハネムーンの途中だった・・・」
RQが静かに語りだした。
スクリーンではリヒャルトが神妙な顔つきで通信機に向かっている。
その後で調査員らしき人物が数人、怖いものを見るような眼差しを向けていた。
「これって、どう見てもハネムーンじゃなくて仕事だよな」
アレクがぽつりとつぶやく。
「オレは、北極アドベンチャーに行こうと誘われたときから胸をときめかせていた・・・何かが起きる予感がしてたんだ!」
RQの予想が当たったのかは知らないが、事件は立て続けに起こった。
次の写真では、氷づけになったアイオンの横で、前髪が伸び放題になった根暗そうな少年がピースサインをしている。
「こいつがミラーな。あっちに写っている真面目そうなやつが兄のジャンで、知るぞ人こそ知るトレジャーハンターなんだ」
「ああ、覚えてる」
温泉に浸かっていた二人だ。
あのときは溺れかけてそれどころじゃなかったが、映画でしか見たことのない職業が実際に存在するのを知って、アレクは嬉しくなった。
「アイスマンを解凍したあとに撮ったのがこれだ」
偉そうに腕組みをしているアイオンと、生気の抜けた顔つきのリヒャルト。
アイスに忘れられていると思いこんで、そうとうショックを受けたらしい。
「この直後だったな、お前が空から落ちてきたのは」
「・・・その先は言わないでくれ」
RQがナレーションをはじめそうな勢いだったので、アレクはストップをかけた。
あまり思い出したくない記憶だった。
その頃、アイスとリヒャルトはキッチンにいた。
「選べ」
アイスがエプロンをずらっと並べた。
猫模様が多い気がするが、偶然だろう。
リヒャルトは手前のものを選んだ。
ピンクの生地に黒猫が二匹縫いこまれている。
それなら私も・・・とアイスは色違いのものを身につけた。
その場にいるだけで殺気を発している二人にはあまりにも可愛らしすぎるデザインであったが、どちらも外見は気にしていないようだった。
服としての役割を果たせばいい。
それがリヒャルトの服装に対する一般的なモットーであり、アイスも似たようなものだった。
「エプロンを集めているのか?」
リヒャルトは、旅の途中でアイオンがそれについて熱く語っていたのを思い出した。
アイスは猫さんエプロンを着たまま、首を横にふった。
「すべてリネットが作ったものだ。無駄にしたくはない」
「そうか」
話し方からして、そのリネットという人物は妹のようものなのだろう。
リヒャルトは自分にも同じような存在がいたことを思い出し、しみじみとエプロンに触れた。
「これから見舞いの品を作る。何かいいアイディアはあるか」
アイスはリヒャルトに意見を求めた。
先ほど医者にこっぴどく叱られたのが効いたのだろう。
今度はサソリの揚げ物とは言わなかった。
「あの二人は筋肉組織にダメージを受けていると思われる。再生のためには動物性たんぱく質が必要だろう」
私は普段そういったものは敬遠しているが・・・と付け加えながら、リヒャルトは考えて
「豚はいるか?」
と聞いた。
「20分あれば用意できる」
とアイス。
ラボの人たちからすれば、ここに豚なんかいたっけ?といったところだが、アイスが20分で用意するといっているのだ。間違いはないだろう。
「では、豚の調達を頼む。私は下準備に入る」
二人はまるで戦闘時のように、さっと二手に分かれた。
そうして、リヒャルトがスパイスの配合を終えた頃、肩に数百キロはありそうな豚を抱え、アイスが戻ってきた。
「とどめは刺した。後は好きに使え」
首の周囲に切り傷ができている。その豚をテーブルの上にドサリと降ろした。
「もう血抜きをしたのか、さすがだな」
感心したように頷くなりリヒャルトは、豚の大腿部から下を大きく切り落とした。
見事な切れ味の包丁だ。お互い可愛らしい猫のエプロンが返り血で汚れていたが、そんなことを気にする二人ではない。
「すばらしい」
リヒャルトが瞳を輝かせていると、アイスは少し満足そうに
「実験体を捌く時にも使用可能だ」
ともう片方を切り落としてみせた。
「この料理は本来1週間ほどかかるのだが、この設備ならば1時間ほどで出来上がるだろう」
巨大な肉塊を二つ、塩をよく振って燻製用の釜に入れる。
「一体あれは何人前なんだ?」
と呟くものがいる中で、
「あの二人には完食してもらわねば」
「ああ」
とか言っている料理人の二人。
こんな巨大な肉塊、完食するのは拷問に等しいが、二人とも何も考えていない様子だ。
燻製用の釜から取り出した豚の足はハムのような香りがする。
「これを圧力鍋で煮込んで終わりだ」
アイスは軽々と二つの足を鍋に放り込む。リヒャルトがスパイスを振りかけて蓋をした。
「これで任務は完了したか?」
「ああ、よくやってくれた」
よくやったというにしてはあまりにもシンプルな男の料理だったが、お互いに満足感を味わっていた。
キッチンでそんなことが起こっているとは知らず、アレクとRQはのほほんとスライドショーを見ていた。
みんなしてマンモス鍋をつついている写真だ。
平和でいいじゃないか、とアレクは一瞬思ったが、よく見てみると何かがおかしい。
アイオンがマンモスの肉を真祐の口に押しつけている横で、リヒャルトが憤慨したような顔をしている。
手前ではRQの頭にフォークが突き刺さっていて、またもやピースサインをしたミラーが見切れていた。
「これはジャンに撮ってもらったんだ」
RQはうっとりしたように言った。
「帰ったらフレームに入れて飾る。リヒャルトがはじめて“あ~ん”して食わせてくれたんだぜ」
「そりゃあ・・・よかったな」
頭にフォークが深々と刺さって痛そうだが、RQの中ではリヒャルトとの思い出という思い出が美化されているらしい。
人事とは思えず、アレクは乾いた笑いをもらした。
そのままRQが惚気話を始めそうだったので、そそくさと次の写真に移る。
今度はジャパニーズ屋敷だった。
「おお、NINJA!!」
アレクは興奮気味に言った。
映画で見て、いつか行ってみたいと思っていたのだ。
「最初から落ちちまったが、ヘビの丸焼きはうまかったし、茶道ってのも悪くなかった。正座という拷問も体験した。ZENの世界は奥が深い!」
「くそー、羨ましい。アイスに殺されてもいいから、俺も行きたいぜ」
「慧に頼めば何とかしてくれるだろ。今度二人でハラキリってやつをやってみるか?」
「おっ、それいいな!ハラキリっていったらブシドウの定番だもんな」
「カ~ミカ~ゼ~魂ぃ~♪」
「よし、全治したらハラキリでカミカゼだ!」
間違った方向に向かう二人だったが、アイスとリヒャルトがこの場にいれば、この場で「悪即斬」と腹を切られただろう。
「次はみんなお待ちかねのヌーディストビーチ!」
はりきっているRQを横に、アレクは反射的にその写真を飛ばした。
見ないほうがいいものが一瞬見えた気がしたが、見なかったことにする。
「なんだ、見たくないのか?」
「特には」
それよりも目の前の写真が気になった。
仏頂面をしたリヒャルトが海中で体育座りをしている。
フレームの端っこにRQのものであろうピンクの髪が映っていた。
一体どうなったらこんな構造になるのか。
RQがふっと暗い表情になった。
「こいつ、実は泳げないんだ」
「・・・アイスも水が駄目なんだよな」
RQとアレクは無言のまま互いの手を握り合う。
二人の間に新たな友情が芽生えた瞬間だった。
次の1枚では、真祐がネッシーのような生物に捕らえられ、アイオンが海の上に立って両手を開いている。
「命に代えても受け止めてやる!とか叫んでたんだぜ、きっと。こいつも同類だからな」
「そうだなあ、あいつの言いそうなことだ」
誰もアイオンが水面を歩いていることに対しては突っ込まなかった。
続いて、パラソルの下で焼きそばを食べる兄弟。
どこかで見たことのある二人だった。
「ボストンにも行ったぞ」
今度は、スワンボートの上でアクロバティックなポーズをとるRQと、入れ歯のようなものを取り付けているミラーが写っていた。
他の乗客が明らかに引いているが、当の二人はこれ以上にないくらいに楽しそうだ。
「お前、このあとリヒャルトに半殺しにされただろ」
「なんで分かる?」
「あいつの顔を見れば、なんとなく」
リヒャルトは無表情でRQのとなりに座っている。
こういう顔が一番怖いことをアレクは経験から知っていた。
スワンボートのあとは、おいしそうな料理。
酔っ払ったようにはしゃぐアイオンとミラー。
楽しそうな写真が続いたあと。
「おっと!これはオフリミットだぜ!」
一瞬暗めの写真がスクリーンに映って、RQが素早く飛ばした。
「いくらお前でも、あいつの寝顔は見せられねえ」
その気持ちはよく分かる。アレクは無言で頷いた。
先ほど見た宇宙飛行の写真に再び笑い、ヨガのポーズをとって宙に浮かんでいるリヒャルトが写ったころには、アレクは笑いすぎて窒息しかけていた。
無重力でも浮かない姿。アイスクリームを食べようと苦戦している姿。
これをネタに恐喝できるんじゃないかというものばかりだ。
リヒャルトに見せたら最後、もうRQとは一生会えないだろう。
「ヘビと同じくらいにワイルドな味だった」
RQが洞窟でアイオンと蟹の黒焼きを食べていた。
重そうな火炎放射器を持ったジャンが壁にへばりついた蟹を焼いている。
なんのパーティかは知らないが、ずいぶんと大雑把なバーベキューだ。
端っこでピースサインをして見切れているのは言うまでもなくミラーだった。
「俺たちはこれを集めてたんだ」
五つ揃った紋章が浮かんでいる。
写真はそこで途切れた。
「なぜ俺たちがここにいるか、これでだいたい分かっただろう」
「・・・・・・」
アレクは頭を悩ませた。
ハネムーンから始まり、月までの旅で終わる。
それが二人が未来にいることとどう結びつくのか。
アイスになら理解できるかもしれないが、さっぱり分からない。
これ以上質問するよりも、あとでアイスに説明してもらうほうがいいだろう。
アレクがそんなことを考えていると、いきなり病室のドアがバーンッと蹴り破られた。
「奇襲か?!」
思わず身構えてしまった二人だが・・・
入ってきたのは、両手に皿を持ったアイスとリヒャルトだった。
恐ろしく巨大な肉塊が乗っている。見かけだけ言えば、切り落とし用のハムのよう。
「な、なんだそれ?」
「食え」
アイスがドサリと皿をテーブルに乗せた。
「食えって…言われたってこれ何人前だよ?」
しぶしぶナイフを手にしたアレクだったが、その渋々した様子が気に食わなかったのか、エクセルさんは自慢の料理を掴み、自らのパートナーに向かって振り下ろした。
「かぶりつけ!」
アレクは顔面を豚の大腿部で強打されながら呻いている。
「これが有名なアイスバインってやつぅ~」
一方のRQは豪快にかぶりついていた。
「アイスのことばかり考えていたら、つい・・・」
リヒャルトが顔を赤らめる。
「正確に言えば、これはアイスバインではないが、筋肉の疲労にはきくと思って作ってみた」
「でかすぎる感もあるけど、美味いじゃないか」
RQがそれにかぶりつく姿はまるで原始人のようであったが、リヒャルトはうんうんと納得したように頷いている。
アレクは半ば強制的にかぶりつかされて涙まで流していたが、味に関して文句はなかったようだ。
「完食しろ。リヒャルトが作ったものだ。二人とも残したら殺す」
アイスの思いやりのある言葉にほだされて、リヒャルトは感動のあまり、目頭を押さえていた。
「・・・というわけだ」
リヒャルトの順を追った説明で、アレクも二人がなぜここにいるのか理解できた。
RQの説明とはだいぶ違っていたが。
「じゃあ、しばらくここで遊んでくか?っていってもゲームと映画くらいしかないけど」
・・・そうして、自分は重症患者である。なかなか二人とは会えないので、思いっきり楽しみたいが、このままでは不可能に思えた。
「私はぜひともアイスの任務に同行したい」
リヒャルトが言う。
「せっかく猫耳天使と再会できたんだぜ~皆でヌ~ディストビーチ第2号といこうじゃないか。プールでもいいから裸で付き合おう!」
即座にRQはリヒャルトとアイスに潰された。
まさか、二人とも水が苦手・・・なんて知ったことではない。
「おまえがいれば、助かる。こいつはしばらく使えない」
アイスが冷たい視線でアレクを見た。
「そうなったのは誰のせいだ!」
叫びつつも、心の中では「見捨てないでくれ!」と泣きたい気持ちでいっぱいのアレクだった。
そんな時、アイスの無線に連絡が。
「了解した」
と短く返事をして、アイスはリヒャルトを見る。
「準備はできている」
今まで、キッチンで料理をしていた人とは思えない変わり身の早さで、二人はエプロンを脱ぎ捨て去っていった。
「おいおい、仕事熱心だなぁ~猫耳天使は」
「リヒャルトだって変わらないだろ」
「違いねぇ」
重症患者二人は、このまま二人が戻ってくるのを待つことにした。
何時間かして・・・
二人が再び戻ってきた。
服は返り血で汚れてしまったらしく、着替えている。
リヒャルトはりんごのアップリケ付きシャツを着ていて、アイスのはトマト柄だった。
「なんだ、なんだよ。可愛いなぁ!」
そう言ったアレクの鳩尾に鋭い突きを加えてから、なんとも信じがたいことをアイスが提案した。
「リヒャルト、おまえは歌が趣味だったな。ここでも歌える。歌っていくか」
「ごほっ・・・歌?カラオケルームなんて聞いてないぞ」
呻きながら、アレクが聞いた。
「最近できたとケヴィンが言っていた」
「ありがたい。それならば一緒に歌おう」
これまた信じられないことに、リヒャルトは嬉しそうに微笑んでデュエットを誘いかける。
「リヒャルトの歌って前に聞いたけど、なんていうか個性的だよな」
ポツリとアレクが言うと、RQは
「個性的なんじゃなくて、破壊的なんだ」
と珍しく冷静に答えた。
そんなわけで、アレクは松葉杖をついたままで、RQはなぜか包帯も取れ、ほぼ無傷の状態で、カラオケルームへ。
「あのエクセルさんが歌うらしい」
と聞いて、命知らずの連中が集まってきた。
こんなことなど、ここでは初めてだ。
どういう風の吹き回しなのか、さっぱり誰にもわからない。
ただ、アイスの隣で同じくくらいの殺気を放つ人物がいやに嬉しそうな顔で、マイクを握った時に「この人物の影響か?!」と何人かが推測した。
ともかく、音楽が始まると皆静まり返った。
選曲はロック。
まさか、ロックを歌うエクセルさんを見るはめになるとは・・・。
皆の注目をよそに、アイスはごくごく普通に歌いだした。
リズム感があるといえばあるのかもしれないが、スピーカーから流れてくる歌声を口パクで歌っているアンドロイドの如く。
音痴ではない。
ただ、あまりにも情感にかけた雰囲気ではあった。
次に歌い始めたリヒャルトは、普段の冷静な面持ちもどこへやら、ノリノリで歌いだした。身振り手振りが激しい。
だが、不思議なことにまったくリズムと合っていなかった。
そうして・・・
まず、照明がいくつか割れてガラス片が飛び散った。
アンプが破壊音を発しながら、煙を吐く。
何人かが三半規管に衝撃を食らい気絶した。
「う・・・っ!」
びりびりと伝わる衝撃派に、アレクは反射的に耳をふさいだ。
破壊音の発信源であるリヒャルトの隣で、無表情に歌詞を追っているアイスの耳が心配になった。
ここまでくると、もはや人間の発する声とは思えない。
前から個性的な歌声だと思っていたが、会わないうちにますますレベルアップしている。
他の惑星の動きとしか思えないダンスを披露するリヒャルトとは違い、アイスは石像のようにぬぼーっと突っ立っているだけである。
今の二人を足して割ったらちょうどいいのかもしれない、とアレクは恐ろしいことを考えた。
「アイス、リヒャルトからマイクを奪い取れ!」
このままでは被害者が出る一方である。
アレクの叫びがパートナーに聞こえているのか定かではない。
熱く踊っているリヒャルトを見て、人は見かけによらないとアレクはしみじみ思う。
部屋にカラオケマシンを設置して、一人でこっそり練習しているのだろうか?
「だから言ったろ、破壊的だって。あれでも当人は喜んでるんだ。まったく・・いつ見ても可愛いぜ、オレのハニーは!」
まるっきり合わないリズムに対してさえ、RQはうまく反応し(慣れもあるのだろう)手拍子をおくっている。
壁にヒビが入り、客席のスプリンクラーが作動したところで、歌は終わった。
一曲歌っただけなのに、カラオケルームはハリケーンが通った後のような惨事である。
しかし何よりも恐ろしいのは、リヒャルトがまだ歌っているうちに曲が終わってしまったことだ。
一体どこで間違えたのか・・・というよりは、最初から外れていたとしか思えないズレっぷりだった。
アイスが何食わぬ顔でマイクを置こうとすると、リヒャルトは歌が終わったことに気づいて
「ではもう一曲・・・」
と次の歌を選ぼうとする。
それを見て、アレクがすかさず叫んだ。
「次はお前が歌え、RQ!」
命がけでもデストロイヤー・リヒャルトを止めねばなるまい。
それが自分の宿命のように思えた。
その切実な気持ちが伝わったのか、RQはウィンクをしてよこした。
「よしきた!マイクをこっちによこせ」
リヒャルトが不満そうにRQにマイクを渡した。
それを見てアイスもアレクの顔面めがけてマイクを投げつける。
「いや、俺は・・・」
「リズムに身をゆだねようぜ!」
マイクを受け止めながらも必死に首を振るアレクを、RQはステージに引きずっていった。
アップテンポなイントロが流れる。
21世紀で有名な女子バンドの歌だが、アレクに知る由もなかった。
戸惑うアレクをよそに、RQはマイクを掴み、熱く歌いはじめた。
男性ボーカルもいけるではないかと思わせるほどの歌唱力だ。
振り付けもみごとに決まっているが、歌詞は恋する乙女の揺れる心を綴ったものである。
しかし、RQが全身全霊を込めて歌うものだから、アレクは不意にもほろりと来てしまった。
二人はがっちりと腕を組んで、バランスのいいハーモニーを奏でた。
気絶していた観客たちがむくり起き上がり、不思議なものを見るように凝視している。
曲のチョイスはともかく、先ほどの殺人的なデュエットと比べると天国のようであった。
「ブラボー!!」
二人が歌い終わるころにはあちこちから拍手が起こった。
感心したように見ていたリヒャルトは慌てて目をそらし、アイスはつまらなそうにメスを磨いていた。