第十章 Game
再起不能なほどにダメージを食らったカラオケルームを後に、4人は次の目的地に向かった。
真っ白い部屋で、冬眠カプセルのようなものがいくつか置いてある。
「待ってました!」
ケヴィンが揉み手をしながら言った。
「まだ試作の段階だけど、このシミュレーションゲームは僕の最高傑作だといってもいい。イメージトレーニングプログラムとサイコダイブの機能を組み合わせているんだ。戦闘もトラウマも克服できること間違いなし!なんと、ちょうどいいことにテストしてくれるボランティアを募集中だよ!」
まるで怪しげなセールスマンのようである。
実のところ、この一度入ったら戻ってこれなそうなゲームに挑戦しようという猛者たちが見つからず、困りはてていたのだ。
イメージトレーニングだけならともかく、サイコダイブは精神世界から出られなくなる可能性もある。
それを嫌というほどに体験したはずなのに
「面白そうだな!俺、一番乗り!!」
アレクが興奮気味に駆け寄って、松葉杖につまずいて転んでいた。
「その体で無茶は・・・」
と止めようとするリヒャルトに、アイスは言った。
「死なない程度に見張っている」
なんだかんだいってもパートナーなのである。
それを聞いて、リヒャルトは胸がほんわりと暖かくなった。
「実際に戦うわけじゃないからね。体を休めるぶん、こっちのほうが回復が早いかもしれない」
「どんなモンスターが出てくるんだ?ラスボスは??」
アレクは期待のこもった眼差しでカプセルに入った。
新しいゲームを買ってもらった子供のようである。
「プレイヤーのトラウマが物体化するんだ。強敵なのは間違いないよ。君たちはそれらをクリアしながら迷路の出口を探す。どうだい、最新テクノロジーが詰まったわりには典型的なゲームだろう?」
ケヴィンは手馴れた手つきでコードをつなげている。
アイスが無言でその横のカプセルを占領した。
見張ると言ったのだからついて行くのは当たり前だという顔である。
「ゲームは得意ではないが、アイスが行くのなら私も同行しよう」
と、リヒャルト。
本当は自分が行きたいクセに・・・と笑いながら、RQが続いた。
「このゲームでは想像力が重要なんだ。君たちのイマジネーション次第で武器から人物まで物体化できる。といっても、トラウマを克服するためのシミュレーションだからね、一人では太刀打ちできない場合も考えて、ペアを組むことを薦める。プレイヤーが死んだらゲームオーバー。クリアしたら現実に戻ってこれる。時間はいくらでもあるけど、出口が見つからない場合はギブアップすれば僕が強制終了するから大丈夫・・・・・・だと思うけど」
最後のほうだけ声が小さくなったが、4人には聞こえなかった。
ペアを組むと聞いて、アイスはリヒャルトと互いに視線を交わして、同時にうなずいた。
「RQ、チームを組もうぜ!」
「よし、あの二人を負かしてやろう!」
こちらも熱く手を握り合った。
「私とアイスが負けるはずがない」
「それはどうかな?」
どちらも負けず嫌いなのか、リヒャルトとRQの間に火花が散った。
勝ち負けを意識しなかったアレクだが、そこまで言われると闘争心に火がつく。
「アイス、手に負えなくなったらギブアップしろよ」
「向かってくるものはなんであろうと徹底的に叩きのめす。お前であっても」
ここまで来ると、もう何と戦っているのか分からなくなる。
チームを組んだところで、ケヴィンはゲームを発動させた。
「僕はゲームマスターとしてここからモニターしている。何かあったら言ってくれ。それでは諸君、健闘を祈る!」
その言葉を最後に、4人は暗闇に引き込まれていった。
目を開くと、RQとアレクは石壁に覆われた迷路の中にいた。
リヒャルトとアイスの姿は見当たらない。
壁は5メートルほどの高さで、色とりどりのつる植物が絡まっている。
頭上には青空が広がっていて、鳥のさえずりなども聞こえる。
想像していたよりも明るい設定だった。
「ハンモックをつるして昼寝したくなるような、いい所じゃないか」
RQが背伸びをした。
アレクはあたりを見回して、深刻な口調で言った。
「RQ、はじめる前に一つ言っておきたいことがある。聞いてくれるか?」
「オレたちの仲だ、なんでも言ってくれ」
RQが気軽に訊いてくる。
認めるのは悔しいが、アイスたちに偉そうなことを言ってしまった以上、RQには打ち明けておくべきだろう。
「俺、実は・・・」
アレクがそう言ったとたん、上から大量の紙が降ってきた。
中にはハードカバーの本なども混ざっていて、頭を直撃すると地味に痛い。
「なんだなんだ?」
RQが適当に1枚拾い上げると、どこかの建物の地図だった。
他を見ても、近所のスーパーへの道順から世界地図まで、スケールがバラバラだ。
中には最新型のGPSまである。
「こりゃあいい。簡単にクリアできそうだな」
喜んでいるRQの横で、アレクが真っ青になっている。
「俺、方向音痴で、地図とか駄目なんだ・・・」
新しいゲームと聞いて興奮して、実際にここに来るまで考えていなかった。
RQは笑い飛ばそうと思ったが、アレクの暗い顔を見て、真剣な顔つきになった。
「それがお前のトラウマか・・・」
だが、RQはくるりと前を向きなおると明るく言った。
「アレク、おまえ体力に自信あるよな!」
「一応」
と答える。
でなければ、あの物騒なパートナーの相手をして今まで何度死んだかわからない。
「道ってもんは歩けばいずれどこかに着くもんだ。それまでの体力があれば大丈夫だろう」
HAHAHA~!と笑いながらRQは、進んでいく。
「それもそうかもしれないが、オレ・・・こういう迷路みたいの苦手でさ」
「なんでぇ。もっと楽しもうぜ!アレク」
RQがガシッと肩を掴んできた。
「たった今からおまえは迷路が得意なアレク・クリプトンだ。なにしろオレがついてんだからな!」
「そういうおまえはこういうの得意なのかよ?」
どう考えてもこいつは知性派には見えない。
「ん~オレが苦手なものはジグソーパズルとかリヒャルトのネクタイ解くのくらいか…まぁ、それに比べちゃ迷路なんて軽いもんだろ」
この言葉を真っ直ぐに受け取るならば、理論的に道筋を考えることに対してはまったく当てにならない。
「あ~・・・所詮同類か・・・」
「そうかもしれないが、頭ってのは最終手段だぜ!オレたちの場合。いざとなれば壁を一直線にぶち壊して進んでもいい。難しく考えるなよ!」
聞けば聞くほど不安だが、どういうわけか明るい考えにもなれそうで、アレクは
「体力勝負なら負けねぇ!」
と自らの頬を叩いた。
散乱していた地図が消えていった。
「うわっ、地図が消えた」
お互いに驚いたが、「トラウマが消えると消える仕組みなんだろう」とアレク。
「じゃあ、行くか」
そう言って、RQはまた逆を向いた。
アレクも疑問を持たずに着いていく。
まったく方向のことを考えずに、二人は歩き出した。
心地いい日差しの下、シミュレーションゲームをしているというよりは散歩しているようだ。
『えー、テストテスト。聞こえてますか?』
ケヴィンの声がした。
『アレクがさっそく一つトラウマをクリアしたようだけど、あれはまだまだ序の口さ』
「次はあまり深刻じゃないものを頼むぞ」
アレクは過去のサイコダイブを思い出した。
『何が出るかは君たちの潜在意識次第だよ。じゃあ、死なない程度に楽しんでくれ!』
そこでケヴィンの声が途切れる。
それと同時に、前方に黄色いタワシのようなものが出現した。
「あ、あれは・・・!」
アレクの背筋をぞわっとした感覚が駆け上がった。
胸毛を生やそうと服の中にもぐりこんできたときのあの恐怖。
忘れたくても忘れられない。
「OH~、かつら星人じゃないか!」
RQが爆笑した。
「猫耳天使がいたら剃ってもらえたのにな~」
「それ以上言うな!」
アレクは耳をふさいだ。
そうしている間も、かつら星人は近づいてくる。
「俺はあれ以来、もさっとした感触が駄目なんだ!」
「はははは!」
方向音痴の次にこれだ。
考えた以上に面白いやつだ、とRQは笑いながら思った。
「よし、俺の胸元に飛び込んでこい!」
RQが両手を広げると、ものすごい勢いでかつら星人が胸にへばりついていった。
ぼわっという間の抜けた効果音とともに、花のようにRQの胸に金色の毛が咲き乱れる。
「うわっ!!」
それ以上見ていられずに、アレクは目を覆った。
「金色じゃあしっくり来ないな」
RQがそう言うと、胸毛がピンク色に染まった。
「こりゃあいい、好きなようにカスタマイズできるのか!」
面白がって、三色アイスクリームや虹色などと試している。
そうして遊んでいるうちに、かつら星人が力尽きて消滅した。
「なんだ、もう消えたのか・・・」
RQは残念そうだったが、アレクはほっと胸をなでおろした。
トラウマというのは厄介なものである。
この先何が出てくるのか想像もつかなかった。
一方、リヒャルトとアイスも迷路の中を歩いていた。
「いい天気だ」「そうだな」などと見合いのような会話を交わしながら、何事もなく進んでいる。
アイスは覚醒して5年しか経っていないこともあって、苦手なものも数えるほどしかなかった。
リヒャルトはコントロールがいいのか、今のところ何も現れていない。
難しいゲームだと言っていたが、これでは楽勝ではないか。
『君たち、今、楽勝だと思っただろう。それじゃあつまらないから、リクエストに応えないとね』
ケヴィンの声がして、前から巨大な波が押し寄せてきた。
逃げる暇もなく、またたく間に二人を飲み込む。
アイスは体を強張らせたまま、石のように沈んでいった。
リヒャルトも同じようなありさまである。
力を抜こうと努めたが、ヌーディストビーチでの出来事を思い出してしまい、余計に力が入ってしまう。
アイスとリヒャルトは水中で互いに顔を見合わせた。
どちらかが泳げるだろうと思っていたが、二人とも水は駄目だったらしい。
―――リラックスするなら、ヨガがいいですよ。
ふとアイオンの言葉が脳裏をかすめる。
リヒャルトは全身の力を抜いて、邪念を追い出し、難度の高いポーズをとった。
すると、不思議なことに水面に向かって浮かびはじめた。
人間にしてはありえないポーズのまま、リヒャルトはアイスに向かって手を伸ばす。
アイスは表情ひとつ変えずにリヒャルト見上げ、躊躇いなくその手をつかんだ。
水面に浮かび上がり深く息を吸い込むと、周りの水が消えて、二人は迷路の中に立っていた。
あれだけ水に浸かっていたのに、服は濡れてもいない。
仮想空間なだけある。
「・・・・・」
「・・・・・」
気まずい沈黙の後。
「先を急ごう」
「了解した」
二人は何事もなかったように先に進んだ。
歩き回っているうちに、頭の中では迷路の地図が出来上がりつつあった。
どちらも休憩を必要としなかったので、一時間以内に出口にたどり着けそうだ。
そうして進むうちに、アレクに出くわした。
「よお!」
「一人か?RQはどうした?」
リヒャルトが訊ねる。
「途中ではぐれちまった。あいつのことだから、出口に着いてんだろ」
「そうか」
ゲームとはいえ、仲間を見捨てて一人でゴールするやつではない。
今頃アレクを探しているのだろう、とリヒャルトが考えていると。
アイスが突然メスを投げた。
アレクの眉間に突き刺さり、音もなく倒れる。
「アイス、勝負をするとはいったが、攻撃する必要は・・・」
「あれはアレクではない」
アイスは冷静な声で答えた。
「やつは歩けば歩くほど目的地から遠のく。出口付近にいるはずがない」
「それでは、あれは・・・」
アレクがむくりと起き上がった。
メスが深々と刺さったままで、血を流している。
現実だったら即死である。
「リチャード」
アイスが威嚇するようにその名を唸った。
殺意をむき出しにしているのを見て、リヒャルトはこれが彼のトラウマなのだと理解した。
「やあエクセルさん。覚えてくれていたなんて、嬉しいなあ」
リチャードと呼ばれた人物は肩をすくめた。
「あなたの中は居心地がいい。そうそう、パートナーも似たようなトラウマを抱えこんでるって知ってました?はは、今、心拍数があがりましたね。この姿は本当に便利だ」
どういう人間なのか知らないが、リヒャルトは聞いているだけで虫唾が走った。
加勢しようとしたが、アイスに止めてしまう。
「私が始末する」
アイスがそう言って、突撃していった。
リチャードは反撃せずに攻撃を受け入れている。
殴ったり切ったりしたが、いっこうに手ごたえがない。
「僕を殺すのは不可能ですよ」
リチャードが姿を変える。
アイスと同じ顔。白い髪。
次に現れたのはアイオンだった。
それを見て、アイスがちっと舌打ちをする。
「なぜかというと、君の中には常に、僕に及ばないという劣等感があるからです」
「黙れ!」
アイスは頭蓋骨にメスを叩き込んだ。
リチャードが首をかしげる。
「君だって気づいているのでしょう?アレクは君を通して僕を見ているし、ケヴィンさんだって僕を尊敬しているからという理由で君のそばにいる。しょせん、僕のコピーに過ぎないんですよ」
アイスの防御がはがれていくのを、リヒャルトは呆然と見ていた。
今、目の前にいるのはいつもの冷静でアイスではなく、5歳の子供だった。
精神世界ではこれが本当の姿なのだろう。
「黙れ・・・」
小さな体を縮めて、無防御にうずくまっている。
リヒャルトは震える肩にそっと手をおいた。
アイスはびくりと身構えて、自分の体をさらに硬く抱いた。
「アイス、私にとってお前はこれ以上にないくらい大切な存在だ。誰のかわりでもない」
リヒャルトの穏やかな声に、アイスがそろそろとこちらを見上げる。
不安げな赤い眼がしだいに強さを取り戻していく。
その幼い顔が記憶の中の人物とふと重なり、リヒャルトは眩暈を覚えた。
「・・・またお前に助けられたな。礼を言う」
そうつぶやいて立ち上がったアイスは、もとの姿に戻っていた。
もうリチャードの姿はない。
「困ったときはお互い様だ」
リヒャルトは表情をゆるめた。
過去に何があったのであれ、受け入れるつもりだ。アレクだってそうに違いない。
アイスの中の不安を取り除いてやりたいとリヒャルトは切実に思った。
「私たちも交換日記をはじめよう」
リヒャルトは反射的に言ってから、大人気なかったかと後悔したが。
頷くアイスは、表情は変わらないままだったが、どこか嬉しそうだった。
何も考えずに進んでいたアレクとRQだが、突然目の前に現れた人影にアレクは目を見張った。
「お、おい。あれって・・」
RQは黙ったまま、歩いていく。
「おい!待てよ。あれおまえじゃないか!」
なぜだか進行方向にRQと思われる人物が立ちはだかっている。
「オレじゃねぇ」
RQはそれだけ言って、その人物の横をすり抜けた。
しかし、どこからどう見ても目の前に立つ人物はRQだ。ただし髪の色が違う。
今のようなきわどいピンクではなく、金髪だった。
「一体、何がどうなってんだ?」
アレクも仕方なくRQと思われる人物の横をすり抜けた。
そいつは何もして来なかった。
ただ、なぜかアレクのほうを振り返った。
その表情の幼さに思わず、驚いて声を失う。
いつか見たアイスの表情に似ていた。
「おまえは一体?」
「リヒャルト・・・」
金髪のRQはそう呟いた。
「?」
「そいつに関わるんじゃねぇ!」
声を荒げたRQのほうを向き直ったアレクは、またも信じられないものを見た。
そこにいたのはRQではなかった。
誰か別の・・
見間違いかと思って、目を擦ると、元通りのピンク髪のRQがいて、背後には誰もいなかった。
「なんだったんだ?あれは?」
「なんでもないさ」
ひょっとしたら、RQのトラウマなのかもしれないが、今の現象だけではどうにも説明がつかない。こいつにも、何か触れられたくないことがあるのかもしれない。
あまり突っ込まないでおいてやろう。
アレクはそう考えて、RQを追った。
その頃・・・リヒャルトとアイスにも危機が迫っていた。
「アイス!」
リヒャルトがアイスの前に飛び出す。
二人の目の前には不気味な光を放つ金属製の箱のようなものがある。
そこから放たれた衝撃波が二人を襲った。
アイスは後方に飛んで無事だったが、アイスの飛ぶ間を作ったリヒャルトにそれが直撃した。
「くっ・・・」
手にした鞭で応戦するが弾き返される。
「しかたない」
一度、アイスのほうを向いて苦渋の色を見せながら、リヒャルトは髪を上げると現れた右顔から機械よりも強い衝撃波が放たれた。
思わずアイスも風塵を防ぐ。それほどの衝撃が辺り一面を覆った。
何かただ事でない状況だとわかっていても、これがリヒャルトのトラウマならどうにも手が出せないことを、アイスはわかっていた。
しかし・・・風塵の中から現れたリヒャルトの姿を見た時に、この状況そのものがトラウマなのではない。と、把握できた。
リヒャルトの上半身の服は破れ、抉れた大きな傷跡が見えた。その中に埋め込まれている無数の機械類。普段隠している右顔も同じように抉れて機械が埋まっている。
「アイス、無事だったか」
「・・・」
その姿を見てもアイスは特に感想を持たなかったが、力の凄まじさに目を見張っていた。だが、アイスが黙っているのを見て、リヒャルトは何か勘違いしたらしく
「お、驚かせてすまない・・・」
と消え入りそうな声で言って、右顔を隠した。
すると、その時だった。アイスの肩に誰かが手をかけた。
「誰だ」
普段ここまで他者に接近を許すなどありえない。
アイスはそこで初めて驚いた様子を見せた。
「どうして貴様がここにいる」
振り返ると。そこにいたのはRQ。
「・・・らしくないぜ、猫耳天使」
「RQ?」
リヒャルトまでが、呆然としている。
その頃、ケヴィンが予測不明のエラーに頭を抱えていた。
「なんだよ?これ?完璧に組んだはずのプログラムが、変なことになっている!」
個別の脳波をいじってゲームに反映させているはずなのに、そのプログラムを10秒ほど書き換えた意識がある。
「ありえない!電脳世界を内部から書き換えるなんて!」
ケヴィンはう~んと考え直して、どう考えてもそんなことは不可能だと決めて、どこかで書き間違えたんだ・・・と思うことにした。
アイスとリヒャルトが呆然としている中、RQはふっと消えた。
気が付くと、リヒャルトは元の服のままでいた。
「リヒャルト・・・」
アイスの声を聞いて、リヒャルトは仕方なさそうな顔で微笑んだ。
「人間は、こうありたいという姿になれないこともある。それでも、こんな姿でも生き続けている私を認めている奴もいるらしい・・・」
「リヒャルトは強い。私もおまえを認めている。どんな姿をしていようとおまえはおまえだ。それを私に教えたのはそう・・・やはりおまえだった」
アイスは言った。
「ありがとう」
不器用だが真っ直ぐなアイスの言葉に、深い決心をこめて頷くリヒャルトだった。
「どこ見てんだよ!」
「ああ、悪りぃ!」
アレクとRQもかつてない強敵と戦っていた。というより、一方的に逃げ惑っている。
「また来たぞ!!」
「何だよ、あいつ!!」
二人を強襲しているのは、歯医者の持つ機械を手にしたSSGのDr.コッペリウス。
どこからか、あのキ~~~ンという嫌な音とともに現れたDrは「キシシ・・・」と笑いながら襲い掛かってきた。
「おまえ、虫歯ほっといただろ!」
アレクが叫ぶ。
「オレにはそんなもんねぇ!だけどよ、歯ががたつくって言ったらリヒャルトが無理やり医務室に連れて行って…Wooooooo!思い出したくもねぇ!あの恐怖!!」
「だからってこれはないだろ!」
二人の頭上にDrは浮かんでいた。
こちらに向かって指を向ける。するとポコンパコンと指の関節が割れて、小型のミサイルが発射された。
「うぎゃーーー!!」
立て続けの爆発音。
冗談じゃない!こんなところで殺されてたまるか!
アレクは反撃しようとしたが、何しろ相手は空の上だ。
「RQなんとかしろ!」
「あの音が聞こえると冷静でいられないってわかるだろ!友よ!」
「にしてもこれはおかしいだろ!」
以前、アレクもコッペリウスと手合わせしたことがある。たしかに非戦闘員とは思えないほどの戦闘力の持ち主だったが、こんな人間離れしてはいなかった。
いつの間にか、普段かけている眼鏡もスカウター型になっているし…。
空中のコッペリウスは手を天にかざした。掌に光線が集まってくる。
「ちょっと、おまえの想像力抑えろよ!」
「オレにはああやって見えたんだ!」
「うひゃーーーー!!私に歯を削らせたまえ!」
鬨の声を上げて、Drは光の塊を地上に向かって投げつけた。
「うおっ!絶対無理!!」
こんなことだったら、せめてアイスに一言言っておけばよかった・・・。
アレクは吹き飛ばされた。
RQも頭から地面に突き刺さっている。
ズシンズシンと地響きをさせながら、土煙の中をDrが進んでくる。
「ちくしょー!!」
それにしても、恐るべきはRQの想像力の豊かさというべきか。
アレクは、匍匐前進をしながら、どうにかRQのそばまでやってきたが、Drのほうが先だった。
DrはむんずとRQの頭を地面から引き抜き、口を開けさせる。
「やめろーー!!」
アレクの叫びも届かない。
「キシシ・・・」
歯削りの機械の嫌な音が響き渡る。まるで鎮魂歌のように。
RQはふと自分の服の中から一枚の写真を取り出した。
それを見たDrの表情が変わった。
「ああ~これはこれは、アポロじゃないか~~~~」
今までの迫力はどこへやら、Dr.コッペリウスはふわりと消え去った。
「そういえば、あの時もアポロが来てくれたおかげで助かったんだった・・・コッペリウスは猫好きだから・・・」
今までの激しすぎる戦闘が嘘のように、無傷でそこに立っている二人だった。
「アポロって、たしかリヒャルトの飼い猫だっけ?」
RQはニヤリと笑って、写真を見せた。
「オレたちの子供さ!」
黒い子猫を抱っこしているリヒャルトの姿。
普段と違って、なんとも愛らしい表情をしている。
「あ、ああ。よかったな」
こう見えても惚気てんだろう。まったく羨ましいやつだ。
「ところで、おまえのせいで、オレのトラウマが増えそうだぜ。どうしてくれる」
「コッペリウスには猫か骨。それでいいじゃないか~」
軽口を叩いているRQだが、少し前まで殺されそうだったのだ。
「タフすぎるぜ、親友!」
「そうじゃなきゃ、ツンデレを相手にはできないだろ!」
二人は、改めてお互いの立場を共有したらしい。
そうして、二人そろってゴールかどうかわからない方向へ進んでいった。
「なんだかわけの分からないことになってるなあ・・・」
モニターの向こうでは、ケヴィンが首をひねっていた。
エラーが出た時点で強制終了しようとしたが、どういうわけかコマンドが通らない。
しかし、そう複雑な迷路でもないし、あの4人ならクリアできるだろう。
「まあ、必要なデータはとれたし、気長に待つとするか」
ケヴィンが鑑賞を決め込んで、ポップコーンでも用意しようかと考えたときだった。
建物全体の警報が鳴った。
『こちらタイムパトロール。当ラボに過去からの不法侵入者が二人紛れ込んでいる。見つけ次第報告するように。繰り返す、こちらタイムパトロール・・・』
あの二人のことではないか!
ケヴィンは素早くカプセルを見た。
話によれば、宇宙人の作ったトランスポーターでこちらに飛ばされたのだと聞く。
それでも、タイムパトロールの目からすれば不法侵入以外の何でもない。
見つかったらそう簡単に帰してはもらえないだろう。
「みんな、大変なことになった。一刻も早く戻ってきてくれ!」
ケヴィンはスピーカーに向かって叫んだ。
事情を説明すると、RQとアレクは「いよいよ面白くなってきたぜ!」と人事のように喜び、アイスとリヒャルトは「了解した」と短く答えた。
位置を確認すると、アイスとリヒャルトのほうが圧倒的にゴールに近い。
「エクセルさんたちはそのまま出口に向かってくれ、アレクたちは僕がナビゲートするから・・・」
ケヴィンがそこまで言ったところで、ドアが乱暴に叩かれた。
「タイムパトロールだ!それらしき人物を見たと連絡が入った。調べさせてもらう!」
いくらなんでも早すぎる!
ケヴィンはポップコーンを落とした。
「駄目だ、間に合わない!ゲーム内で作動するか分からないけど、例のトランスポーターを使って過去に戻ってくれ」
それを聞いて、リヒャルトは紋章の入ったアイテムを取り出した。
持ち主の思考に反応して光りはじめたが、リヒャルトはすぐに戻す。
『私一人で戻るわけにはいかない』
「でも、合流できない場合は一人でも・・・」
『ケヴィン、リヒャルトはパートナーを置き去りにするような人間ではない』
アイスにそう言われてはどうしようもなかった。
もう一つのスクリーンでは、RQとアレクが壁を壊しながら突き進んでいる。
「・・・分かった。僕も出来るだけのことはやってみよう」
ケヴィンは腕まくりをして、手当たり次第にあたりの物を持ち上げると、入り口の前に放り投げた。
武器にはならないが、バリケード替わりにはなるだろう。少しでも時間を稼がなくてはいけない。
ドアの端がじりじりと焦げはじめた。外からレーザーで切っているようだ。
しばらくしないうちに、ドアが蹴り破られ、軍隊のように並んだタイムパトロールのメンバーが部屋に押し入ってくる。
ケヴィンは両手を上げて降参した。
「あーあ。映画だったら、カッコよくヒーロー登場するシーンなんだけどなあ」
ケヴィンがそう呟いたときである。
「とぉーーー!!」
叫び声がしてケヴィンが顔を上げてみると、イカれた格好の男が表に立っていた。
ヒーローのようないでたち。
このラボの人間でこんな奴はいない。
そいつはタイムパトロールを挑発するなり、そのうちの数人を殴り飛ばした。
「あなたは一体何者ですか?!」
「困った人のもとに現れる奇跡のヒーローとでも呼んでもらおうか!」
赤いマントには変の一文字。
「人呼んでマントマン、ここに参上!」
ちょうどタイムパトロールにバリケードを引いていたところなので、助太刀は助かるがこれ以上、騒ぎを大きくしたくない。
そんな心の声を聞いたのか、マントマンを名乗る謎の男は
「だーいじょうぶ。オレは事が済んだら、どこへともなく立ち去る」
とかっこよくきめて見せた。
「それは都合がいい!」
つい口に出してしまったケヴィンだが、相手は気にしていない様子だ。
ともかく、彼らが捕まらなければいいのである。
ここはこの怪しげな奴に任せることにした。
「ここが出口か」
「そうらしい」
アイスとリヒャルトがそこについた時、信じられないことに、RQとアレクが先に着いていた。
「おまえたち、どうして?」
「こいつってば本当にやりやがったんだ」
アレクによれば・・・途中で道がわからなくなった二人は、やはり頭を使う前に腕力を使おうということで、壁を叩き壊す作戦に移ったらしい。
「めんどくさい事は嫌いでね!」
RQは陽気に壁を叩き壊しながら、歌うように言う。まるで土木作業員のようだ。
「でも、これってゲーマー的にはどうかと思うわけだ」
そういうアレクも壁を打ち壊すのに必死だ。
「地図に書いてある道なんて、所詮他人が作った道だ。オレたちはオレたちの道を作るのみさ!」
アレクは、RQの発言に妙に感心して壁を殴りつけながらも、アイスがこれを知ったら怒るだろうな…などと考えていた。
ルール破りが嫌いなアイスなのだ。八つ裂きになるかもしれない。
でも、ここを脱出できなければ、そのアイスにも会うことができないのだ。
どちらを取るかは、一重にアレクの性格にかかっていた。
「うぉぉ!!アイス、待ってろ。今、助けに行くからな!」
「リヒャルト、オレを待ちわびているおまえの顔が見えるようだぜ!」
二人とも相当妄想に侵されていたが、それが同時にやる気に繋がっているというなんともやるせない状態だった。
「そんなこんなで、迷路をぶち壊し進んでいったら、「ゴール」とやる気のない文字で書いてある場所にたどり着いたというわけだ」
「つまりここ!」とRQがアレクの説明に一言加える。
「そうか、言いたいことはそれだけだな」
アイスがメスを取り出す。
「待てよ、まずここから出ることが先だろ!な!」
アレクは懸命にアイスを抑えた。
「そういうわけで私たちは帰らなければならない」
リヒャルトは言い、タブレットを取り出した。
紋章が仮想空間の天高く上っていく。
RQとリヒャルトの身体が浮き始めた。
「じゃあな、猫耳天使!我が友アレク!また遊びに来るぜ」
「アイス!私のアドレスはSchwarze-Katz-pon@XXX.XXだ。帰ったら返信を頼む!」
そうして、消えた。
それと同時に、カプセルに入っていた二人も消えてしまった。
リヒャルトのカプセルのそばには壊れたタブレットが転がっていた・・・。
真っ白い部屋で、冬眠カプセルのようなものがいくつか置いてある。
「待ってました!」
ケヴィンが揉み手をしながら言った。
「まだ試作の段階だけど、このシミュレーションゲームは僕の最高傑作だといってもいい。イメージトレーニングプログラムとサイコダイブの機能を組み合わせているんだ。戦闘もトラウマも克服できること間違いなし!なんと、ちょうどいいことにテストしてくれるボランティアを募集中だよ!」
まるで怪しげなセールスマンのようである。
実のところ、この一度入ったら戻ってこれなそうなゲームに挑戦しようという猛者たちが見つからず、困りはてていたのだ。
イメージトレーニングだけならともかく、サイコダイブは精神世界から出られなくなる可能性もある。
それを嫌というほどに体験したはずなのに
「面白そうだな!俺、一番乗り!!」
アレクが興奮気味に駆け寄って、松葉杖につまずいて転んでいた。
「その体で無茶は・・・」
と止めようとするリヒャルトに、アイスは言った。
「死なない程度に見張っている」
なんだかんだいってもパートナーなのである。
それを聞いて、リヒャルトは胸がほんわりと暖かくなった。
「実際に戦うわけじゃないからね。体を休めるぶん、こっちのほうが回復が早いかもしれない」
「どんなモンスターが出てくるんだ?ラスボスは??」
アレクは期待のこもった眼差しでカプセルに入った。
新しいゲームを買ってもらった子供のようである。
「プレイヤーのトラウマが物体化するんだ。強敵なのは間違いないよ。君たちはそれらをクリアしながら迷路の出口を探す。どうだい、最新テクノロジーが詰まったわりには典型的なゲームだろう?」
ケヴィンは手馴れた手つきでコードをつなげている。
アイスが無言でその横のカプセルを占領した。
見張ると言ったのだからついて行くのは当たり前だという顔である。
「ゲームは得意ではないが、アイスが行くのなら私も同行しよう」
と、リヒャルト。
本当は自分が行きたいクセに・・・と笑いながら、RQが続いた。
「このゲームでは想像力が重要なんだ。君たちのイマジネーション次第で武器から人物まで物体化できる。といっても、トラウマを克服するためのシミュレーションだからね、一人では太刀打ちできない場合も考えて、ペアを組むことを薦める。プレイヤーが死んだらゲームオーバー。クリアしたら現実に戻ってこれる。時間はいくらでもあるけど、出口が見つからない場合はギブアップすれば僕が強制終了するから大丈夫・・・・・・だと思うけど」
最後のほうだけ声が小さくなったが、4人には聞こえなかった。
ペアを組むと聞いて、アイスはリヒャルトと互いに視線を交わして、同時にうなずいた。
「RQ、チームを組もうぜ!」
「よし、あの二人を負かしてやろう!」
こちらも熱く手を握り合った。
「私とアイスが負けるはずがない」
「それはどうかな?」
どちらも負けず嫌いなのか、リヒャルトとRQの間に火花が散った。
勝ち負けを意識しなかったアレクだが、そこまで言われると闘争心に火がつく。
「アイス、手に負えなくなったらギブアップしろよ」
「向かってくるものはなんであろうと徹底的に叩きのめす。お前であっても」
ここまで来ると、もう何と戦っているのか分からなくなる。
チームを組んだところで、ケヴィンはゲームを発動させた。
「僕はゲームマスターとしてここからモニターしている。何かあったら言ってくれ。それでは諸君、健闘を祈る!」
その言葉を最後に、4人は暗闇に引き込まれていった。
目を開くと、RQとアレクは石壁に覆われた迷路の中にいた。
リヒャルトとアイスの姿は見当たらない。
壁は5メートルほどの高さで、色とりどりのつる植物が絡まっている。
頭上には青空が広がっていて、鳥のさえずりなども聞こえる。
想像していたよりも明るい設定だった。
「ハンモックをつるして昼寝したくなるような、いい所じゃないか」
RQが背伸びをした。
アレクはあたりを見回して、深刻な口調で言った。
「RQ、はじめる前に一つ言っておきたいことがある。聞いてくれるか?」
「オレたちの仲だ、なんでも言ってくれ」
RQが気軽に訊いてくる。
認めるのは悔しいが、アイスたちに偉そうなことを言ってしまった以上、RQには打ち明けておくべきだろう。
「俺、実は・・・」
アレクがそう言ったとたん、上から大量の紙が降ってきた。
中にはハードカバーの本なども混ざっていて、頭を直撃すると地味に痛い。
「なんだなんだ?」
RQが適当に1枚拾い上げると、どこかの建物の地図だった。
他を見ても、近所のスーパーへの道順から世界地図まで、スケールがバラバラだ。
中には最新型のGPSまである。
「こりゃあいい。簡単にクリアできそうだな」
喜んでいるRQの横で、アレクが真っ青になっている。
「俺、方向音痴で、地図とか駄目なんだ・・・」
新しいゲームと聞いて興奮して、実際にここに来るまで考えていなかった。
RQは笑い飛ばそうと思ったが、アレクの暗い顔を見て、真剣な顔つきになった。
「それがお前のトラウマか・・・」
だが、RQはくるりと前を向きなおると明るく言った。
「アレク、おまえ体力に自信あるよな!」
「一応」
と答える。
でなければ、あの物騒なパートナーの相手をして今まで何度死んだかわからない。
「道ってもんは歩けばいずれどこかに着くもんだ。それまでの体力があれば大丈夫だろう」
HAHAHA~!と笑いながらRQは、進んでいく。
「それもそうかもしれないが、オレ・・・こういう迷路みたいの苦手でさ」
「なんでぇ。もっと楽しもうぜ!アレク」
RQがガシッと肩を掴んできた。
「たった今からおまえは迷路が得意なアレク・クリプトンだ。なにしろオレがついてんだからな!」
「そういうおまえはこういうの得意なのかよ?」
どう考えてもこいつは知性派には見えない。
「ん~オレが苦手なものはジグソーパズルとかリヒャルトのネクタイ解くのくらいか…まぁ、それに比べちゃ迷路なんて軽いもんだろ」
この言葉を真っ直ぐに受け取るならば、理論的に道筋を考えることに対してはまったく当てにならない。
「あ~・・・所詮同類か・・・」
「そうかもしれないが、頭ってのは最終手段だぜ!オレたちの場合。いざとなれば壁を一直線にぶち壊して進んでもいい。難しく考えるなよ!」
聞けば聞くほど不安だが、どういうわけか明るい考えにもなれそうで、アレクは
「体力勝負なら負けねぇ!」
と自らの頬を叩いた。
散乱していた地図が消えていった。
「うわっ、地図が消えた」
お互いに驚いたが、「トラウマが消えると消える仕組みなんだろう」とアレク。
「じゃあ、行くか」
そう言って、RQはまた逆を向いた。
アレクも疑問を持たずに着いていく。
まったく方向のことを考えずに、二人は歩き出した。
心地いい日差しの下、シミュレーションゲームをしているというよりは散歩しているようだ。
『えー、テストテスト。聞こえてますか?』
ケヴィンの声がした。
『アレクがさっそく一つトラウマをクリアしたようだけど、あれはまだまだ序の口さ』
「次はあまり深刻じゃないものを頼むぞ」
アレクは過去のサイコダイブを思い出した。
『何が出るかは君たちの潜在意識次第だよ。じゃあ、死なない程度に楽しんでくれ!』
そこでケヴィンの声が途切れる。
それと同時に、前方に黄色いタワシのようなものが出現した。
「あ、あれは・・・!」
アレクの背筋をぞわっとした感覚が駆け上がった。
胸毛を生やそうと服の中にもぐりこんできたときのあの恐怖。
忘れたくても忘れられない。
「OH~、かつら星人じゃないか!」
RQが爆笑した。
「猫耳天使がいたら剃ってもらえたのにな~」
「それ以上言うな!」
アレクは耳をふさいだ。
そうしている間も、かつら星人は近づいてくる。
「俺はあれ以来、もさっとした感触が駄目なんだ!」
「はははは!」
方向音痴の次にこれだ。
考えた以上に面白いやつだ、とRQは笑いながら思った。
「よし、俺の胸元に飛び込んでこい!」
RQが両手を広げると、ものすごい勢いでかつら星人が胸にへばりついていった。
ぼわっという間の抜けた効果音とともに、花のようにRQの胸に金色の毛が咲き乱れる。
「うわっ!!」
それ以上見ていられずに、アレクは目を覆った。
「金色じゃあしっくり来ないな」
RQがそう言うと、胸毛がピンク色に染まった。
「こりゃあいい、好きなようにカスタマイズできるのか!」
面白がって、三色アイスクリームや虹色などと試している。
そうして遊んでいるうちに、かつら星人が力尽きて消滅した。
「なんだ、もう消えたのか・・・」
RQは残念そうだったが、アレクはほっと胸をなでおろした。
トラウマというのは厄介なものである。
この先何が出てくるのか想像もつかなかった。
一方、リヒャルトとアイスも迷路の中を歩いていた。
「いい天気だ」「そうだな」などと見合いのような会話を交わしながら、何事もなく進んでいる。
アイスは覚醒して5年しか経っていないこともあって、苦手なものも数えるほどしかなかった。
リヒャルトはコントロールがいいのか、今のところ何も現れていない。
難しいゲームだと言っていたが、これでは楽勝ではないか。
『君たち、今、楽勝だと思っただろう。それじゃあつまらないから、リクエストに応えないとね』
ケヴィンの声がして、前から巨大な波が押し寄せてきた。
逃げる暇もなく、またたく間に二人を飲み込む。
アイスは体を強張らせたまま、石のように沈んでいった。
リヒャルトも同じようなありさまである。
力を抜こうと努めたが、ヌーディストビーチでの出来事を思い出してしまい、余計に力が入ってしまう。
アイスとリヒャルトは水中で互いに顔を見合わせた。
どちらかが泳げるだろうと思っていたが、二人とも水は駄目だったらしい。
―――リラックスするなら、ヨガがいいですよ。
ふとアイオンの言葉が脳裏をかすめる。
リヒャルトは全身の力を抜いて、邪念を追い出し、難度の高いポーズをとった。
すると、不思議なことに水面に向かって浮かびはじめた。
人間にしてはありえないポーズのまま、リヒャルトはアイスに向かって手を伸ばす。
アイスは表情ひとつ変えずにリヒャルト見上げ、躊躇いなくその手をつかんだ。
水面に浮かび上がり深く息を吸い込むと、周りの水が消えて、二人は迷路の中に立っていた。
あれだけ水に浸かっていたのに、服は濡れてもいない。
仮想空間なだけある。
「・・・・・」
「・・・・・」
気まずい沈黙の後。
「先を急ごう」
「了解した」
二人は何事もなかったように先に進んだ。
歩き回っているうちに、頭の中では迷路の地図が出来上がりつつあった。
どちらも休憩を必要としなかったので、一時間以内に出口にたどり着けそうだ。
そうして進むうちに、アレクに出くわした。
「よお!」
「一人か?RQはどうした?」
リヒャルトが訊ねる。
「途中ではぐれちまった。あいつのことだから、出口に着いてんだろ」
「そうか」
ゲームとはいえ、仲間を見捨てて一人でゴールするやつではない。
今頃アレクを探しているのだろう、とリヒャルトが考えていると。
アイスが突然メスを投げた。
アレクの眉間に突き刺さり、音もなく倒れる。
「アイス、勝負をするとはいったが、攻撃する必要は・・・」
「あれはアレクではない」
アイスは冷静な声で答えた。
「やつは歩けば歩くほど目的地から遠のく。出口付近にいるはずがない」
「それでは、あれは・・・」
アレクがむくりと起き上がった。
メスが深々と刺さったままで、血を流している。
現実だったら即死である。
「リチャード」
アイスが威嚇するようにその名を唸った。
殺意をむき出しにしているのを見て、リヒャルトはこれが彼のトラウマなのだと理解した。
「やあエクセルさん。覚えてくれていたなんて、嬉しいなあ」
リチャードと呼ばれた人物は肩をすくめた。
「あなたの中は居心地がいい。そうそう、パートナーも似たようなトラウマを抱えこんでるって知ってました?はは、今、心拍数があがりましたね。この姿は本当に便利だ」
どういう人間なのか知らないが、リヒャルトは聞いているだけで虫唾が走った。
加勢しようとしたが、アイスに止めてしまう。
「私が始末する」
アイスがそう言って、突撃していった。
リチャードは反撃せずに攻撃を受け入れている。
殴ったり切ったりしたが、いっこうに手ごたえがない。
「僕を殺すのは不可能ですよ」
リチャードが姿を変える。
アイスと同じ顔。白い髪。
次に現れたのはアイオンだった。
それを見て、アイスがちっと舌打ちをする。
「なぜかというと、君の中には常に、僕に及ばないという劣等感があるからです」
「黙れ!」
アイスは頭蓋骨にメスを叩き込んだ。
リチャードが首をかしげる。
「君だって気づいているのでしょう?アレクは君を通して僕を見ているし、ケヴィンさんだって僕を尊敬しているからという理由で君のそばにいる。しょせん、僕のコピーに過ぎないんですよ」
アイスの防御がはがれていくのを、リヒャルトは呆然と見ていた。
今、目の前にいるのはいつもの冷静でアイスではなく、5歳の子供だった。
精神世界ではこれが本当の姿なのだろう。
「黙れ・・・」
小さな体を縮めて、無防御にうずくまっている。
リヒャルトは震える肩にそっと手をおいた。
アイスはびくりと身構えて、自分の体をさらに硬く抱いた。
「アイス、私にとってお前はこれ以上にないくらい大切な存在だ。誰のかわりでもない」
リヒャルトの穏やかな声に、アイスがそろそろとこちらを見上げる。
不安げな赤い眼がしだいに強さを取り戻していく。
その幼い顔が記憶の中の人物とふと重なり、リヒャルトは眩暈を覚えた。
「・・・またお前に助けられたな。礼を言う」
そうつぶやいて立ち上がったアイスは、もとの姿に戻っていた。
もうリチャードの姿はない。
「困ったときはお互い様だ」
リヒャルトは表情をゆるめた。
過去に何があったのであれ、受け入れるつもりだ。アレクだってそうに違いない。
アイスの中の不安を取り除いてやりたいとリヒャルトは切実に思った。
「私たちも交換日記をはじめよう」
リヒャルトは反射的に言ってから、大人気なかったかと後悔したが。
頷くアイスは、表情は変わらないままだったが、どこか嬉しそうだった。
何も考えずに進んでいたアレクとRQだが、突然目の前に現れた人影にアレクは目を見張った。
「お、おい。あれって・・」
RQは黙ったまま、歩いていく。
「おい!待てよ。あれおまえじゃないか!」
なぜだか進行方向にRQと思われる人物が立ちはだかっている。
「オレじゃねぇ」
RQはそれだけ言って、その人物の横をすり抜けた。
しかし、どこからどう見ても目の前に立つ人物はRQだ。ただし髪の色が違う。
今のようなきわどいピンクではなく、金髪だった。
「一体、何がどうなってんだ?」
アレクも仕方なくRQと思われる人物の横をすり抜けた。
そいつは何もして来なかった。
ただ、なぜかアレクのほうを振り返った。
その表情の幼さに思わず、驚いて声を失う。
いつか見たアイスの表情に似ていた。
「おまえは一体?」
「リヒャルト・・・」
金髪のRQはそう呟いた。
「?」
「そいつに関わるんじゃねぇ!」
声を荒げたRQのほうを向き直ったアレクは、またも信じられないものを見た。
そこにいたのはRQではなかった。
誰か別の・・
見間違いかと思って、目を擦ると、元通りのピンク髪のRQがいて、背後には誰もいなかった。
「なんだったんだ?あれは?」
「なんでもないさ」
ひょっとしたら、RQのトラウマなのかもしれないが、今の現象だけではどうにも説明がつかない。こいつにも、何か触れられたくないことがあるのかもしれない。
あまり突っ込まないでおいてやろう。
アレクはそう考えて、RQを追った。
その頃・・・リヒャルトとアイスにも危機が迫っていた。
「アイス!」
リヒャルトがアイスの前に飛び出す。
二人の目の前には不気味な光を放つ金属製の箱のようなものがある。
そこから放たれた衝撃波が二人を襲った。
アイスは後方に飛んで無事だったが、アイスの飛ぶ間を作ったリヒャルトにそれが直撃した。
「くっ・・・」
手にした鞭で応戦するが弾き返される。
「しかたない」
一度、アイスのほうを向いて苦渋の色を見せながら、リヒャルトは髪を上げると現れた右顔から機械よりも強い衝撃波が放たれた。
思わずアイスも風塵を防ぐ。それほどの衝撃が辺り一面を覆った。
何かただ事でない状況だとわかっていても、これがリヒャルトのトラウマならどうにも手が出せないことを、アイスはわかっていた。
しかし・・・風塵の中から現れたリヒャルトの姿を見た時に、この状況そのものがトラウマなのではない。と、把握できた。
リヒャルトの上半身の服は破れ、抉れた大きな傷跡が見えた。その中に埋め込まれている無数の機械類。普段隠している右顔も同じように抉れて機械が埋まっている。
「アイス、無事だったか」
「・・・」
その姿を見てもアイスは特に感想を持たなかったが、力の凄まじさに目を見張っていた。だが、アイスが黙っているのを見て、リヒャルトは何か勘違いしたらしく
「お、驚かせてすまない・・・」
と消え入りそうな声で言って、右顔を隠した。
すると、その時だった。アイスの肩に誰かが手をかけた。
「誰だ」
普段ここまで他者に接近を許すなどありえない。
アイスはそこで初めて驚いた様子を見せた。
「どうして貴様がここにいる」
振り返ると。そこにいたのはRQ。
「・・・らしくないぜ、猫耳天使」
「RQ?」
リヒャルトまでが、呆然としている。
その頃、ケヴィンが予測不明のエラーに頭を抱えていた。
「なんだよ?これ?完璧に組んだはずのプログラムが、変なことになっている!」
個別の脳波をいじってゲームに反映させているはずなのに、そのプログラムを10秒ほど書き換えた意識がある。
「ありえない!電脳世界を内部から書き換えるなんて!」
ケヴィンはう~んと考え直して、どう考えてもそんなことは不可能だと決めて、どこかで書き間違えたんだ・・・と思うことにした。
アイスとリヒャルトが呆然としている中、RQはふっと消えた。
気が付くと、リヒャルトは元の服のままでいた。
「リヒャルト・・・」
アイスの声を聞いて、リヒャルトは仕方なさそうな顔で微笑んだ。
「人間は、こうありたいという姿になれないこともある。それでも、こんな姿でも生き続けている私を認めている奴もいるらしい・・・」
「リヒャルトは強い。私もおまえを認めている。どんな姿をしていようとおまえはおまえだ。それを私に教えたのはそう・・・やはりおまえだった」
アイスは言った。
「ありがとう」
不器用だが真っ直ぐなアイスの言葉に、深い決心をこめて頷くリヒャルトだった。
「どこ見てんだよ!」
「ああ、悪りぃ!」
アレクとRQもかつてない強敵と戦っていた。というより、一方的に逃げ惑っている。
「また来たぞ!!」
「何だよ、あいつ!!」
二人を強襲しているのは、歯医者の持つ機械を手にしたSSGのDr.コッペリウス。
どこからか、あのキ~~~ンという嫌な音とともに現れたDrは「キシシ・・・」と笑いながら襲い掛かってきた。
「おまえ、虫歯ほっといただろ!」
アレクが叫ぶ。
「オレにはそんなもんねぇ!だけどよ、歯ががたつくって言ったらリヒャルトが無理やり医務室に連れて行って…Wooooooo!思い出したくもねぇ!あの恐怖!!」
「だからってこれはないだろ!」
二人の頭上にDrは浮かんでいた。
こちらに向かって指を向ける。するとポコンパコンと指の関節が割れて、小型のミサイルが発射された。
「うぎゃーーー!!」
立て続けの爆発音。
冗談じゃない!こんなところで殺されてたまるか!
アレクは反撃しようとしたが、何しろ相手は空の上だ。
「RQなんとかしろ!」
「あの音が聞こえると冷静でいられないってわかるだろ!友よ!」
「にしてもこれはおかしいだろ!」
以前、アレクもコッペリウスと手合わせしたことがある。たしかに非戦闘員とは思えないほどの戦闘力の持ち主だったが、こんな人間離れしてはいなかった。
いつの間にか、普段かけている眼鏡もスカウター型になっているし…。
空中のコッペリウスは手を天にかざした。掌に光線が集まってくる。
「ちょっと、おまえの想像力抑えろよ!」
「オレにはああやって見えたんだ!」
「うひゃーーーー!!私に歯を削らせたまえ!」
鬨の声を上げて、Drは光の塊を地上に向かって投げつけた。
「うおっ!絶対無理!!」
こんなことだったら、せめてアイスに一言言っておけばよかった・・・。
アレクは吹き飛ばされた。
RQも頭から地面に突き刺さっている。
ズシンズシンと地響きをさせながら、土煙の中をDrが進んでくる。
「ちくしょー!!」
それにしても、恐るべきはRQの想像力の豊かさというべきか。
アレクは、匍匐前進をしながら、どうにかRQのそばまでやってきたが、Drのほうが先だった。
DrはむんずとRQの頭を地面から引き抜き、口を開けさせる。
「やめろーー!!」
アレクの叫びも届かない。
「キシシ・・・」
歯削りの機械の嫌な音が響き渡る。まるで鎮魂歌のように。
RQはふと自分の服の中から一枚の写真を取り出した。
それを見たDrの表情が変わった。
「ああ~これはこれは、アポロじゃないか~~~~」
今までの迫力はどこへやら、Dr.コッペリウスはふわりと消え去った。
「そういえば、あの時もアポロが来てくれたおかげで助かったんだった・・・コッペリウスは猫好きだから・・・」
今までの激しすぎる戦闘が嘘のように、無傷でそこに立っている二人だった。
「アポロって、たしかリヒャルトの飼い猫だっけ?」
RQはニヤリと笑って、写真を見せた。
「オレたちの子供さ!」
黒い子猫を抱っこしているリヒャルトの姿。
普段と違って、なんとも愛らしい表情をしている。
「あ、ああ。よかったな」
こう見えても惚気てんだろう。まったく羨ましいやつだ。
「ところで、おまえのせいで、オレのトラウマが増えそうだぜ。どうしてくれる」
「コッペリウスには猫か骨。それでいいじゃないか~」
軽口を叩いているRQだが、少し前まで殺されそうだったのだ。
「タフすぎるぜ、親友!」
「そうじゃなきゃ、ツンデレを相手にはできないだろ!」
二人は、改めてお互いの立場を共有したらしい。
そうして、二人そろってゴールかどうかわからない方向へ進んでいった。
「なんだかわけの分からないことになってるなあ・・・」
モニターの向こうでは、ケヴィンが首をひねっていた。
エラーが出た時点で強制終了しようとしたが、どういうわけかコマンドが通らない。
しかし、そう複雑な迷路でもないし、あの4人ならクリアできるだろう。
「まあ、必要なデータはとれたし、気長に待つとするか」
ケヴィンが鑑賞を決め込んで、ポップコーンでも用意しようかと考えたときだった。
建物全体の警報が鳴った。
『こちらタイムパトロール。当ラボに過去からの不法侵入者が二人紛れ込んでいる。見つけ次第報告するように。繰り返す、こちらタイムパトロール・・・』
あの二人のことではないか!
ケヴィンは素早くカプセルを見た。
話によれば、宇宙人の作ったトランスポーターでこちらに飛ばされたのだと聞く。
それでも、タイムパトロールの目からすれば不法侵入以外の何でもない。
見つかったらそう簡単に帰してはもらえないだろう。
「みんな、大変なことになった。一刻も早く戻ってきてくれ!」
ケヴィンはスピーカーに向かって叫んだ。
事情を説明すると、RQとアレクは「いよいよ面白くなってきたぜ!」と人事のように喜び、アイスとリヒャルトは「了解した」と短く答えた。
位置を確認すると、アイスとリヒャルトのほうが圧倒的にゴールに近い。
「エクセルさんたちはそのまま出口に向かってくれ、アレクたちは僕がナビゲートするから・・・」
ケヴィンがそこまで言ったところで、ドアが乱暴に叩かれた。
「タイムパトロールだ!それらしき人物を見たと連絡が入った。調べさせてもらう!」
いくらなんでも早すぎる!
ケヴィンはポップコーンを落とした。
「駄目だ、間に合わない!ゲーム内で作動するか分からないけど、例のトランスポーターを使って過去に戻ってくれ」
それを聞いて、リヒャルトは紋章の入ったアイテムを取り出した。
持ち主の思考に反応して光りはじめたが、リヒャルトはすぐに戻す。
『私一人で戻るわけにはいかない』
「でも、合流できない場合は一人でも・・・」
『ケヴィン、リヒャルトはパートナーを置き去りにするような人間ではない』
アイスにそう言われてはどうしようもなかった。
もう一つのスクリーンでは、RQとアレクが壁を壊しながら突き進んでいる。
「・・・分かった。僕も出来るだけのことはやってみよう」
ケヴィンは腕まくりをして、手当たり次第にあたりの物を持ち上げると、入り口の前に放り投げた。
武器にはならないが、バリケード替わりにはなるだろう。少しでも時間を稼がなくてはいけない。
ドアの端がじりじりと焦げはじめた。外からレーザーで切っているようだ。
しばらくしないうちに、ドアが蹴り破られ、軍隊のように並んだタイムパトロールのメンバーが部屋に押し入ってくる。
ケヴィンは両手を上げて降参した。
「あーあ。映画だったら、カッコよくヒーロー登場するシーンなんだけどなあ」
ケヴィンがそう呟いたときである。
「とぉーーー!!」
叫び声がしてケヴィンが顔を上げてみると、イカれた格好の男が表に立っていた。
ヒーローのようないでたち。
このラボの人間でこんな奴はいない。
そいつはタイムパトロールを挑発するなり、そのうちの数人を殴り飛ばした。
「あなたは一体何者ですか?!」
「困った人のもとに現れる奇跡のヒーローとでも呼んでもらおうか!」
赤いマントには変の一文字。
「人呼んでマントマン、ここに参上!」
ちょうどタイムパトロールにバリケードを引いていたところなので、助太刀は助かるがこれ以上、騒ぎを大きくしたくない。
そんな心の声を聞いたのか、マントマンを名乗る謎の男は
「だーいじょうぶ。オレは事が済んだら、どこへともなく立ち去る」
とかっこよくきめて見せた。
「それは都合がいい!」
つい口に出してしまったケヴィンだが、相手は気にしていない様子だ。
ともかく、彼らが捕まらなければいいのである。
ここはこの怪しげな奴に任せることにした。
「ここが出口か」
「そうらしい」
アイスとリヒャルトがそこについた時、信じられないことに、RQとアレクが先に着いていた。
「おまえたち、どうして?」
「こいつってば本当にやりやがったんだ」
アレクによれば・・・途中で道がわからなくなった二人は、やはり頭を使う前に腕力を使おうということで、壁を叩き壊す作戦に移ったらしい。
「めんどくさい事は嫌いでね!」
RQは陽気に壁を叩き壊しながら、歌うように言う。まるで土木作業員のようだ。
「でも、これってゲーマー的にはどうかと思うわけだ」
そういうアレクも壁を打ち壊すのに必死だ。
「地図に書いてある道なんて、所詮他人が作った道だ。オレたちはオレたちの道を作るのみさ!」
アレクは、RQの発言に妙に感心して壁を殴りつけながらも、アイスがこれを知ったら怒るだろうな…などと考えていた。
ルール破りが嫌いなアイスなのだ。八つ裂きになるかもしれない。
でも、ここを脱出できなければ、そのアイスにも会うことができないのだ。
どちらを取るかは、一重にアレクの性格にかかっていた。
「うぉぉ!!アイス、待ってろ。今、助けに行くからな!」
「リヒャルト、オレを待ちわびているおまえの顔が見えるようだぜ!」
二人とも相当妄想に侵されていたが、それが同時にやる気に繋がっているというなんともやるせない状態だった。
「そんなこんなで、迷路をぶち壊し進んでいったら、「ゴール」とやる気のない文字で書いてある場所にたどり着いたというわけだ」
「つまりここ!」とRQがアレクの説明に一言加える。
「そうか、言いたいことはそれだけだな」
アイスがメスを取り出す。
「待てよ、まずここから出ることが先だろ!な!」
アレクは懸命にアイスを抑えた。
「そういうわけで私たちは帰らなければならない」
リヒャルトは言い、タブレットを取り出した。
紋章が仮想空間の天高く上っていく。
RQとリヒャルトの身体が浮き始めた。
「じゃあな、猫耳天使!我が友アレク!また遊びに来るぜ」
「アイス!私のアドレスはSchwarze-Katz-pon@XXX.XXだ。帰ったら返信を頼む!」
そうして、消えた。
それと同時に、カプセルに入っていた二人も消えてしまった。
リヒャルトのカプセルのそばには壊れたタブレットが転がっていた・・・。