第八章 月面
「よぉ!おはよう!」
ホテルの前で、RQが爽やか過ぎる笑顔を向ける。
「あれ?猫長官さんは?」
爽やかな顔をして、アイオンはまわりを見回した。
「もうじき来る」
リヒャルトはすぐに現れた。
そして、意味ありげにRQを睨み付ける。
「おまえのせいで、私は遅れそうになったのだ!」
「たいしたことはしてねぇだろ?だいたい、あんたが昨日飲んだカクテルのせいで元気になりすぎたってのが原因だと思うぜ」
こちらも意味ありげにニヤニヤとリヒャルトの首を見る。
小さな絆創膏が張られている・・・。
「あ、J&Mさんが来ました」
アイオンの声に一向が道路の先を見ると、スポーツカーに乗った二人が手を振っていた。
スポーツカーは、ボストンから遠く離れ、カナダ方面に向かっているようだ。
「この辺に製紙工場の跡がある。そこで打ち上げるから」
ジャンが言う。
「打ち上げるって?!」
真祐の声に、アイオンが微笑んだ。
「もちろん、この車に決まっているじゃないですか。ねぇ、ミラーさん」
「そうだよ。この車はね、ロケットでもあるんだ。猫長官さんが偉い人を説得してくれたからいいけど、去年はUFOだと間違えられて、空軍に落とされそうになったんだよ~」
やんなっちゃうよね~と付け加えながら、穏やかそのものの顔で会話を楽しむミラーとアイオン。
真祐は、そのそばで額に手を当てているジャンに同情した。
「3、2、1・・・テイクオフ!」
ミラーがカウントダウンしながら、運転席のレバーを引っぱった。
スポーツカーは宇宙船に変形して、発射装置から火を吹きながら垂直に飛び上がった。
いきなり体に重力がぐんっとかかり、真祐は座席に押しつけられる。
周りと見ると、真祐を除いた全員が平然とした顔で座っていた。
こいつら、絶対人間じゃない!
重力に耐えながら歯を噛みしめる真祐だった。
「地球って本当に青いんですねえ」
アイオンの感動したような声に、ようやく窓の外を見る気になった。
それほど緊張していたのだろう。シートベルトを握りすぎて手が痛い。
ガラスの向こうでは、ガラス玉のような地球がぽっかりと浮かんでいた。
自分の置かれている状況を忘れて見入ってしまう。
他の4人は来たことがあるのか、淡々としていた。
「記念写真をお願いします」
アイオンがカメラを渡すと、リヒャルトの目つきが変わった。
任務中だ、ふざけるな、などと怒られるかと思いきや。
「どんな写真が好みだ」
「新婚旅行みたいにラブラブな感じを希望します」
「了解した」
二人の会話に、真祐は椅子から滑り落ちそうになった。
「二人とも、もっと窓に寄れ。真祐は首を35度右に傾けろ、そう、アイオンはそのまま・・・」
リヒャルトはてきぱきと指示しはじめた。
「新婚旅行というのは一生に一度しかない出来事なのだ、もっと自然な表情で、愛し合っているカップルらしく笑え」などと細かい注文までつく。
冗談でやっているのかと思ったが、当の本人は大真面目な顔でアングルを定めている。
愛し合ってもいないしそもそも結婚などしていないのだが、間違ってもそんなことは言えない雰囲気だった。
「こいつ、写真にはうるさいんだよな・・・」
RQが哀愁漂う横顔で言った。過去に何かあったのだろうか。
そうこうしているうちに、お姫様抱っこすれすれの微妙なポーズのまま、アイオンは満面の笑顔で、そして真祐は頬の筋肉を痙攣させながらカメラに収まった。
「引き伸ばしてフレームに入れるといい」
一仕事終えたような清々しい顔でリヒャルトが言い、アイオンはしっかりと頷いた。
絶対にほしくないと思ったが、真祐は文句を飲み込んだ。
言っても聞くような人たちではない。余計なエネルギーを使うのは無駄であろう。
「せっかくの宇宙なんだから、無重力も体験しておいたほうがいいよね」
ミラーがそう言ってボタンを押すと、体が宙に浮いた。
いきなり不安定になり、真祐は慌ててその辺のものを掴む。
「あ・・・」
気づいたときはもう遅かった。
真祐が鷲掴みにしていたのはRQのピンクの髪だった。
見た目はこわごわしているようだが、案外とやわらかい。
「ご、ごめん・・・」
「気にすんな!よくあることだ!」
RQは豪快に笑った。
よく髪を掴まれるとはどういうことなのか。
真祐はあえて何も訊かず、そそくさと髪から手を離した。
しっかりと座席に収まっているジャンを見習って、シートベルトで固定する。
その間、ミラーとアイオンは平泳ぎ状態であちこち移動していた。
車から変形したとはいえ、ミラーがデザインしただけあって、中は広いのだ。
一息ついてから、真祐は宇宙船の床に目を落とした。
「・・・・・・」
リヒャルトがむすっとした顔で座っている。
したくてそうしているわけではない、という雰囲気だ。
海ではあるまいし、浮かばないほうがおかしいだろう。
そもそも宇宙でそんなことが物質的に可能なのか・・・
「カナヅチもそこまでいくと天才だな!」
HAHAHAと爆笑するRQの頭を鞭が捕らえ、容赦なくガラスに叩きつけた。
この無重力空間の中でどうやって鞭を操っているのか。
真祐にはそちらのほうが不思議だった。
「リラックスするなら、ヨガがいいですよ」
アイオンがすいすいとリヒャルトの隣まで泳いでいく。
こちらは水は駄目でも無重力は平気のようだった。
「だまされたと思ってやってみてください」
「うむ・・・」
リヒャルトはぎこちなく頷いた。
「ミラーさん、ミュージックをお願いします!」
アイオンがパチンと指をならすと、船内にまったりした音楽が流れだした。
どこかで聴いたことがあると思いきや、2001年宇宙の旅のテーマソングである。
「まずは深呼吸して・・・」
アイオンの中身がどうであれ、柔らかく温和な声だけはヨガに向いている。
趣味とはいえ毎晩のようにやっているのだ。
ひょっとしたら効果があるかもしれない。
真祐がそんなことを考えていると・・・
「両足を頭の上に乗せてください」
いきなり難度の高いポーズが出た。
雑技団じゃあるまいし、準備運動もなしにそんなことをしたら普通は怪我をする。
しかし残念ながら、リヒャルトは普通ではなかった。
「次はどうすればいい」
アイオンの言うことをあっさりとやってのけた。
体が柔らかいとかいうレベルではない。
「息を吐きながら、両手で踝を掴みます」
どんどんありえないことになっている。
同じことに挑戦しようとして足をつらせたミラーが、「だから寝る前に柔軟体操しろって言ってるだろ!」とジャンに怒られていた。
いつの間に回復したのか、RQが難なく真似してみせたが、つまらなくなって途中からスペースアイスクリーム(ストロベリー味)をつまみ始めた。
アイオンとリヒャルトは深呼吸を繰り返しながら、見ているだけで痛そうなポーズをとり続ける。
すると、なんということだろう。
「美しく青きドナウ」をBGMに床をごろごろと転がっていたリヒャルトが、しだいに浮かび上がったではないか!
「「おお~~っ!!」」
乗員がいっせいにどよめく。
「クララが立った」並みの感動だった。
ありえない姿でしばらくフヨフヨと浮いていたリヒャルトだったが、突然恥ずかしくなったのか、
「そんなに注目しないでくれ・・・」
と頬を赤らめた。
あくまで、雑技団もびっくりの姿のまま。
「リヒャルトさんも無重力の楽しみを知りましたね。これからは難易度が上がりますよ。逆立ちのままアイスクリームを食べてみましょう」
「やってみよう」
もうついていけないと、真祐が窓の外を見ようとした時だった。
背後からいやーな感触が耳元を掠めた。
「?!」
「真祐、アイスクリームを受け取ってくれませんか?」
真祐の眼前に浮かぶチョコミントアイスが浮かんでいる。
「確かに難易度が高い」
チッ!と言いながら、リヒャルトは逆さまのまま悔しがっている。
アイスクリームが真祐の顔面に直撃する前に、横からさっと手が伸びてきた。
「これにはちょっとしたコツがあるんだ!」
モグモグと食べるRQをリヒャルトが睨み付け
「私のアイスだぞ!」
などと掴みかかった。
「そういえば、アレク無事かなぁ?」
真祐は、未来の世界にいる物騒な知り合い―アイス―を思い出した。そのパートナーであるアレクは、今回、アイオンが氷づけになった時に一瞬こちらの世界へやってきたというが、勝手にそんな行動をして五体満足で生きているかどうか・・・。
「そういえば、RQさんはアレクと交換日記をしていると聞きました。僕たちも交換日記をはじめてみましょう」
なぜ、一緒に住んでいるのに、交換日記を始めなければならないのか。
ニコニコと服の下からノートを取り出したアイオン。
「僕はいつでもきみが望むものを取り出せるようになっているのです」
「・・・そっか」
もう、それ以上答えようがない。服の中に異次元に繋がるポケットを持っているのかもしれないが、あえて突っ込む気にはなれなかった。
「あと30分で月面に着陸するからな。皆シートベルト締めろ」
ジャンの声で全員着席した。
飛び立つ時と違って、着陸は静かだった。
重力が軽いせいもあるだろう。
ゆっくりと宇宙船は月面に着地した。
「とりあえず、L5世に連絡を取ってみよう」
「誰?!」
ジャンと真祐が同時に叫んだ。
「きっと月に住んでいる人だよ」
真祐の携帯電話から声がする。
「兄貴?!」
「やぁ真祐!無事についたみたいだね」
信じられないことにボストンで別れたはずの祐介からの電話だった。
「電波?電波?!これ繋がるはずないだろ!」
「ああ、レストランにいる間に、こっそりとSSG使用の携帯電話に変えさせてもらったよ。これで、私がそちらに移住することになっても地球の真祐と連絡が取れるね」
あの時は冗談だと思っていたが、どうやら本気だったらしい。
「地球に帰ったら、電話返せ!」
「ああ、もちろん。ところで、そちらにいるL5世という人が気になるんだけど、もし感じのいい人だったら、ガーデンパーティにお誘いしてくれないかい。10年後くらいになるかもしれないけど」
「直接言えよ!」
と言い、一方的に電話を切った。身内とはいえ、もうこれ以上変人が増えるのは勘弁してほしい。
「ほらよ」
RQがアイオンに宇宙服を渡している。
「これはずいぶんシンプルですね」
TVで見るのとはだいぶ違う。
ダイビングをするような簡易的なスーツ。
「SSGの機械部が総力を挙げて作り上げた最新宇宙服だ。これ一枚でステルス機が一台買えるほどの金額がかかっている」
とリヒャルト。
「破くなよ」
とジャンがミラーに言い聞かせている。
「僕だったら、Tシャツタイプにするね」
と口を尖せながら、ミラーはそれを着た。
「皆、準備はいいか。迎えがすぐに来る」
外に出てみると、殺風景な何もない荒野が広がっていた。
「これが月かぁ」
感動するには、何もなさすぎる。
本当はもっと興奮するかと思ったが、どこか夢をみているようで、現実味がない。
しかし・・・
「やめろミラー!!」
ジャンの声にふと顔をあげた真祐が見たものは、コーラを飲もうとしているミラーの姿だった。
「あははははは!!さらばだ、諸君!ミラー君、いさぎよく退却!」
プシュッという音もなく、ミラーは開いたコーラの瓶を握り締めたまま縦方向に回転しながら、遥か彼方へ消えていった。ジャンは服についた噴射機をONにして、ミラーを追っていってしまった。
「何をやっているのだ、あいつらは!」
カリカリしているリヒャルトの肩に手を置いて
「あいつらなら大丈夫さ」
とRQは違う方向を向く。
その方向からエンジン音が聞こえてきた。
「誰かが車でやってきます」
アイオンが指を指す方向から、たしかに黄色い自動車が走ってきた。
「嘘だろー!!」
叫んだのは真祐だけで、他の人々は
「あの人が案内人ですか」
「そうだ。彼は現在、月で住み込み探査中のL星人だ」
「ちょっと女に弱い奴でさ!(笑)」
などと普通の会話をしている。
やってきた自動車からドアを開けて出てきたのは人型宇宙人で、赤いシャツを着ている細身の男だった。
宇宙人というより、有名な大泥棒みたいだ。
「やぁやぁ、みなさ~ん。ああ、長官さんおひさしぶり~。ピンクの髪のデカイ人も」
顔中笑顔のそいつは、
「お兄さんたち見ない顔だねぇ。SSGの新人デスカ~?」
と真祐とアイオンに近づいて、やたら親しげにハグしてくる。
初対面の宇宙人を疑いたくはないが、どうにも信用できない雰囲気である。
リヒャルトはL5世に地図を見せた。
「我々が探しているブツはここにあるんだな」
「そうそう!実は昨日見つけたばかりでさ~」
そうして、L5世は車のドアを開けて皆を乗せた。
「J&Mは?」
「彼らもこの場所は知っている。追いついてくるだろう」
自動車は、ごくごく普通に月面を走っていく。
やがて、断崖が目の前に広がった。
「ここがAndreus Hills」
「じゃあ、兄貴の土地は、さっきのところかな?」
何気ない真祐の言葉にL5世はぎょっとした。
「お兄さんの土地だった~??ああ、オレは不法侵入してしまったデスね!お兄さんに謝っておいてくだサーイ!先住者との争いはオレの好むところではありまセーン!」
「い、いや。あなたのほうが先住者ですから・・・」
思わず頭を下げてしまう。それもこれも身内が月なんかに土地を買ったからだ。
「お義兄さんは、先見の明がありますね。ここは、たしかに開拓しがいがあります。将来的に土地の価値が上がるかもしれません」
珍しくまともな発言をしたアイオンだが、ここは月面だ。
このままでは、この地で不動産屋でも始めそうである。
「面白い罠なんかないのか?」
RQはこの上なく楽しそうな口調で聞く。
「大した罠じゃありませんがね、ちょっと・・痛い生き物がいるデスよ」
「いよいよ宇宙生物との戦いですね!」
ウキウキとRQについて行くアイオン。
「危険がともなうとも考えられる。真祐、ここに残ってもいいぞ」
リヒャルトの言葉に、真祐は首を振った。
「ここまで来て引き下がれるかっ!!」
大体、月面で一人きりなんて、忍者屋敷以上に死亡フラグまっしぐらな気がした。
「ああ、かっこいいです真祐!前に見た映画でヒーローのプロポーズの言葉がそれでした!」
「なにっ!新婚旅行なのにプロポーズはまだだったのか?」
あいかわらずズレているリヒャルトと「月面でプロポーズされるなんて!」と感動しまくっているアイオンを無視して、真祐は断崖の途中に開いた洞窟に足を踏み入れた。
「新人さん、ライトをどうぞ」
胡散臭い笑顔のL5世から小型ライトを受け取って、洞窟を進む。
「お前のパートナーはツンデレなのか。萌えるぜ~」
「いくら嫌いと言おうと、拳で愛を語ることがあっても、それはすべて真祐の愛情表現なんです」
うんざりするような発言を聞きながら、歩いていくとL5世が「シッ!」と息を潜めた。
「ここから、痛い生き物の生息地になりますデス。皆さん、なるべく静かに」
一向は息を控えてその場所を進んでいく。
だが・・・
突然、聞こえた声にまわりの空気がガサリと動く気配がした!
「ユウの忘れ物か・・・?これは繋がっているのか?電源が??」
真祐の携帯電話だ。
ウィリアムさん?!タイミング悪っ!!
続いて、
「お兄ちゃん、探偵さんの携帯チェックしてるの?やめなさいよ!いくら相手にされないからって無差別に嫉妬するなんて信じられない!」
甲高い少女の声。
「ち、違う!ユウがこれをオレのかばんの中に置いていってしまったんだ!」
「ぎゃ!!」
L5世の悲鳴が聞こえた。
L5世の足に蟹のような小さな生物が。
鋏で抓りあげている。
「いてっ!いてっ!」
真祐の手の甲にもその生物が襲いかかってきた。
軽く抓られているような痛み。
耐えられないほどのものではないが、嫌な感じだ。
まわりを見ると、その生物が壁一面にいた。
「ぎゃーーー!!」
命の危険性はないかもしれないが、あまりのおぞましさに声をあげた。
「香ばしくて美味しいです」
アイオンもそれに取り囲まれながらも服から引き剥がして、ポリポリと齧っている。
「リヒャルト!あぶねぇぞ、ケツを守・・・!!ブッ・・・!」
RQが発言も半ばでリヒャルトに鞭を振るわれた。
当人は鞭を振るって、生物を弾き飛ばしている。
忍者屋敷のトラップをくぐりぬけ、生物に食われかけ(それはRQだけだが)、宇宙までやってきたというのに、こんなところで足止めをくらうとは。
大した敵ではないのだが、数が問題なのである。
これ以上被害にあう前に、なんとかして第五の紋章までたどり着かなければ・・・
そこへ、洞窟内にあの二人の声が響いた。
「J&M再び登場~!」
「みんな伏せろ!」
真祐はリヒャルトにひっぱられるようにして地面に伏せた。
ジュッと頭上を何か熱いものが通っていく。
見あげると、黒焦げになった蟹がばらばらと落ちてきた。
「黒焼きにすることでさらにコクが増しました!」
喜んでいるのはアイオンだけである。
でかい図体がアダとなったのか、炎を完全によけ切れなかったらしくRQが大げさに嘆いていた。
「髪が!髪が~~!!」
毛先が失敗したパーマのようになっている。
「騒ぐな!坊主にするぞ!」
SSGの規則を覚え切れなければ丸坊主というルールが実際にあるのだ。
RQが髪を死守できたかどうか定かではない・・・
その間も、ジャンが火炎放射器で蟹を追い払っていた。
焼かれなかった生物たちも、身の危険を感じたのか、わらわらと散っていく。
「いや~、素晴らしいショーでしたヨ。あの生物たちも、もう襲って来ないでしょう」
L5世が先頭に立って進んだ。
焼き焦げた蟹たちの死骸が足元でパリパリと音を立てる。
アイオンが「もったいない・・・」などと言っていたが、真祐は無視することにした。
あと少しでこの奇天烈な旅が終わるのだ。
平凡な生活に戻るためならなんだってする。
もう何が起こっても驚かないと決心しながらも、とりあえずアイオンが蟹を持ち帰らないように見張ることだけは忘れなかった。
「この奥デス。確認してくだサ~イ」
問題のものは洞窟の突き当たりにあった。
半分以上埋もれているそれをリヒャルトは慎重に取りあげ、ほこりを拭いた。
「間違いない」
紋章の刻まれたタブレットで、祐介がエジプトから持ち帰ったものと似ている。
「5つ揃ったら何が起こるんだ?」
真祐は質問すると、ろくに考えもせずにアイオンが言った。
「想像できないほどに素敵で刺激的なことです!」
「お前が言うと嫌な予感しかしない・・・つーか、知らないならそう言えよ」
「僕、知ってるよ!」
ミラーが優等生のように手を垂直にあげた。
「これは宇宙人が作ったトランスポーターなんだ」
「トランスポーターというと、あの黒塗りの車を運転している運び屋さんですか?」
「そうそう、俺には3つのルールがある、とかキザなことを言うんだよね~」
「Oh、それならオレも見ましたヨ~。とってもクールです」
「それは映画だ!」
間違った方向に盛り上がっている三人に真祐が突っ込む。
そうしているうちに洞窟の外に出た。
リヒャルトが今まで集めてきた紋章を一箇所に集める。
「聞いたところでは、どこでも持ち主の行きたいところに連れて行ってくれるんだよ。一人限定だけど」
ミラーはそう言ってみんなを見渡した。
ジャンとミラー、リヒャルトとRQ、そしてアイオンと真祐の6人である。
この場合、持ち主は誰になるのか。
「使わずに破壊する」
リヒャルトが火炎放射器を構える。
そうやって高熱の炎で1分以上燃やしていたが、かすり傷一つなかった。
「二回使用したら、数百年使用不可。でも、どこに行っても帰ってこれる。便利だよねえ」
どこから調べてきたのか、ミラーがすらすらと説明する。
リヒャルトは渋い顔をした。
「こんな危険なものは悪用されないうちに破壊するのが一番だ」
「だからさあ、ここにいる6人の誰かが使っちゃえばいいんだ。一人だけしか移転できないから、それぞれ行きたいところを思い浮かべてみようか」
その言葉に全員がいっせいに考え込む。
最初に発言したのはミラーだった。
「僕はねぇ、兄さんの寝室に行きたいな!あれ以来入れてくれないんだもん!」
ミラーまさかのドッキリ発言。
皆が呆然とする中、ジャンは静かに言った。
「もう二度と勝手な模様替えはしないでくれ・・・」
過去、何があったのか??
ジャンの渋い顔を見て、推測するしかない。
アイオンが微笑んだ。
「ミラーさん、お兄さんのお部屋に刺激と甘さを加えたんですね!」
「うん、そのとおりだよ。それとほんのちょっぴり炭酸をね!」
可愛くウインクするミラーだが、命に関わるような事実に違いない。
それを聞いていた真祐は、化学物質もしくはボンベを持った同居人が部屋に入ってきたら、力づくでも追い出すことを決心した。
「ジャンはどこに行きたいんだよ?」
真祐が聞く。
「そうだな・・・モンゴルかな。仕事じゃなくってさ。観光で一度行ってみたい」
「モンゴルって、まだ行ったことないけど、草原があってなんにもなさそうで、でも開放的で・・・」
「チンギス・ハーンの墓を発掘したことがあって・・・」
ジャンと真祐は一応まともな話を始めた。
「おまえはどこか行きたいところはないのか?」
リヒャルトがRQに聞く。
「べつにない」
ニヤリとして、RQは
「でも、まぁ、このままあんたと露天風呂にGO!ってのもありか!」
と言って、リヒャルトに殴られた。
「したいことではなく、行きたいところだ。馬鹿者!」
べつに何がしたいってわけじゃないぜ~と立て続けの発言のせいで、RQは一瞬再起不能にさせられた。
それを微笑ましく見つつ、続いてアイオンが発言する。
「僕は137億年前に行ってビッグバンに立ちあいたいです。一人限定といいますが、真祐だけは無理矢理にでも連れて行きますので安心してください」
「そんなもんお前一人で行け!」
真祐はどうでもいいから帰りたいと切実に思った。
行きたい場所があるとすれば家だが、それは口に出さなかった。
そんなものは宇宙船に乗って帰ればいいのだ。
アイオンはともかく、ほかのメンバーにとって、このトランスポーターは使い道があるのかもしれない。
リヒャルトも参加しないつもりらしく、黙ったまま見ている。
破壊する手段なのだから仕方がないが、使うのは賛成しかねるといった顔だ。
行きたいところと聞いて、思い浮かばないこともなかったのだが、私益のために利用するわけにはいかない。
リヒャルトは邪念が入らないように瞑想をはじめた。
「じゃあ、誰が当たっても恨みっこなしだよ」
ミラーがマンモスの牙、短刀、石、タブレットと集めた並べると、紋章は物質を離れて宙に浮かび上あった。
「シャッターチャンス!」
RQが前に進み出て、すばやく写真を撮る。
今までもところどころで隠し撮りしていたらしい。
「これは交換日記のネタになるぜ!」
無我無念の状態でいたリヒャルトだが、交換日記という言葉に不本意にも反応してしまう。
同時に紋章が閃光を放って、あたりは白い光に包まれた。
「なに・・・っ?!」
リヒャルトの声が聞こえる。
それに続いて、RQの叫び。
「Fooooo!!俺のハニーが!!!」
その場の全員が、何が起こったんだと慌てたが、目がくらんで見えない。
真祐は思わず横にいたアイオンを掴み(腕と首を間違えたのでヘッドロックになってしまったが)、ジャンはまた無茶をしないよう、ミラーの手からコーラの缶を取り上げた。
そうして、ようやく全員の目が慣れたころ・・・
リヒャルトのいたところには、ブラックホールのような穴が空いていた。
当然ながらRQの姿は見当たらない。
「あの二人はどこだ?!」
「猫長官とRQはワームホールから未知の世界へと旅立ったんだよ・・・」
ジャンの問いに、ミラーが感傷深そうな顔で答える。
映画だったら、画面いっぱいに「ジ・エンド」と浮かびそうな雰囲気だ。
「あれは一人しか通れないんじゃあ・・・」
ジャンはつぶやいた。
紋章がどちらの思考に反応したのかは分からない。
しかし、あの二人なら異次元に飲み込まれてもひょっこりと帰ってきそうだ。
「ビッグ・バンは自力で見に行くしかないですね」
「・・・俺はもう帰りたい」
「じゃあオレもこの辺でおいとまします。カワイ子ちゃんが帰りを待っているのでありますデス」
L5世は車のエンジンをふかせて、カッコよく去っていった。
結局何者か分からないままだったが、真祐にはもう質問する気力も残されていなかった。
「二人が戻ってきたときに備えて、非常用カプセルだけ残しておこう」
ジャンの提案に反対するものはいない。
4人は宇宙船で地球に戻ることになったのだが・・・
「その前に、じゃんじゃかじゃーん!実はもう一本隠し持っていたんだよね」
ミラーが今度はペプシを取り出した。
「あ、僕もやりたいです!」
「じゃあ一緒に行こうか。どびゅーん!」
月面の彼方にすっとんでいく二人をジャンとは真祐は死に物狂いで追いかけた。
ジャンは「なんど言えば分かるんだ」とミラーを怒鳴りつけ、真祐は何も言わずにアイオンを数発殴った。
「今度こそ帰るぞ!そうしないと、一生口をきいてやらないからな!」
「ああ、とうとう倦怠期がピークに達してしまったようです!お義兄さん、僕はどうすれば」
「それはもういいっての!」
もちろん平穏にものごとが進むわけもなく、帰りの旅でミラーとアイオンの悪ふざけをはじめ、真祐は「アイオンが二人いるみたいだ」と頭を痛ませ、ジャンは「弟に親友ができたのはいいけど、何かがおかしい・・・」と複雑な気持ちになったのだった。
ホテルの前で、RQが爽やか過ぎる笑顔を向ける。
「あれ?猫長官さんは?」
爽やかな顔をして、アイオンはまわりを見回した。
「もうじき来る」
リヒャルトはすぐに現れた。
そして、意味ありげにRQを睨み付ける。
「おまえのせいで、私は遅れそうになったのだ!」
「たいしたことはしてねぇだろ?だいたい、あんたが昨日飲んだカクテルのせいで元気になりすぎたってのが原因だと思うぜ」
こちらも意味ありげにニヤニヤとリヒャルトの首を見る。
小さな絆創膏が張られている・・・。
「あ、J&Mさんが来ました」
アイオンの声に一向が道路の先を見ると、スポーツカーに乗った二人が手を振っていた。
スポーツカーは、ボストンから遠く離れ、カナダ方面に向かっているようだ。
「この辺に製紙工場の跡がある。そこで打ち上げるから」
ジャンが言う。
「打ち上げるって?!」
真祐の声に、アイオンが微笑んだ。
「もちろん、この車に決まっているじゃないですか。ねぇ、ミラーさん」
「そうだよ。この車はね、ロケットでもあるんだ。猫長官さんが偉い人を説得してくれたからいいけど、去年はUFOだと間違えられて、空軍に落とされそうになったんだよ~」
やんなっちゃうよね~と付け加えながら、穏やかそのものの顔で会話を楽しむミラーとアイオン。
真祐は、そのそばで額に手を当てているジャンに同情した。
「3、2、1・・・テイクオフ!」
ミラーがカウントダウンしながら、運転席のレバーを引っぱった。
スポーツカーは宇宙船に変形して、発射装置から火を吹きながら垂直に飛び上がった。
いきなり体に重力がぐんっとかかり、真祐は座席に押しつけられる。
周りと見ると、真祐を除いた全員が平然とした顔で座っていた。
こいつら、絶対人間じゃない!
重力に耐えながら歯を噛みしめる真祐だった。
「地球って本当に青いんですねえ」
アイオンの感動したような声に、ようやく窓の外を見る気になった。
それほど緊張していたのだろう。シートベルトを握りすぎて手が痛い。
ガラスの向こうでは、ガラス玉のような地球がぽっかりと浮かんでいた。
自分の置かれている状況を忘れて見入ってしまう。
他の4人は来たことがあるのか、淡々としていた。
「記念写真をお願いします」
アイオンがカメラを渡すと、リヒャルトの目つきが変わった。
任務中だ、ふざけるな、などと怒られるかと思いきや。
「どんな写真が好みだ」
「新婚旅行みたいにラブラブな感じを希望します」
「了解した」
二人の会話に、真祐は椅子から滑り落ちそうになった。
「二人とも、もっと窓に寄れ。真祐は首を35度右に傾けろ、そう、アイオンはそのまま・・・」
リヒャルトはてきぱきと指示しはじめた。
「新婚旅行というのは一生に一度しかない出来事なのだ、もっと自然な表情で、愛し合っているカップルらしく笑え」などと細かい注文までつく。
冗談でやっているのかと思ったが、当の本人は大真面目な顔でアングルを定めている。
愛し合ってもいないしそもそも結婚などしていないのだが、間違ってもそんなことは言えない雰囲気だった。
「こいつ、写真にはうるさいんだよな・・・」
RQが哀愁漂う横顔で言った。過去に何かあったのだろうか。
そうこうしているうちに、お姫様抱っこすれすれの微妙なポーズのまま、アイオンは満面の笑顔で、そして真祐は頬の筋肉を痙攣させながらカメラに収まった。
「引き伸ばしてフレームに入れるといい」
一仕事終えたような清々しい顔でリヒャルトが言い、アイオンはしっかりと頷いた。
絶対にほしくないと思ったが、真祐は文句を飲み込んだ。
言っても聞くような人たちではない。余計なエネルギーを使うのは無駄であろう。
「せっかくの宇宙なんだから、無重力も体験しておいたほうがいいよね」
ミラーがそう言ってボタンを押すと、体が宙に浮いた。
いきなり不安定になり、真祐は慌ててその辺のものを掴む。
「あ・・・」
気づいたときはもう遅かった。
真祐が鷲掴みにしていたのはRQのピンクの髪だった。
見た目はこわごわしているようだが、案外とやわらかい。
「ご、ごめん・・・」
「気にすんな!よくあることだ!」
RQは豪快に笑った。
よく髪を掴まれるとはどういうことなのか。
真祐はあえて何も訊かず、そそくさと髪から手を離した。
しっかりと座席に収まっているジャンを見習って、シートベルトで固定する。
その間、ミラーとアイオンは平泳ぎ状態であちこち移動していた。
車から変形したとはいえ、ミラーがデザインしただけあって、中は広いのだ。
一息ついてから、真祐は宇宙船の床に目を落とした。
「・・・・・・」
リヒャルトがむすっとした顔で座っている。
したくてそうしているわけではない、という雰囲気だ。
海ではあるまいし、浮かばないほうがおかしいだろう。
そもそも宇宙でそんなことが物質的に可能なのか・・・
「カナヅチもそこまでいくと天才だな!」
HAHAHAと爆笑するRQの頭を鞭が捕らえ、容赦なくガラスに叩きつけた。
この無重力空間の中でどうやって鞭を操っているのか。
真祐にはそちらのほうが不思議だった。
「リラックスするなら、ヨガがいいですよ」
アイオンがすいすいとリヒャルトの隣まで泳いでいく。
こちらは水は駄目でも無重力は平気のようだった。
「だまされたと思ってやってみてください」
「うむ・・・」
リヒャルトはぎこちなく頷いた。
「ミラーさん、ミュージックをお願いします!」
アイオンがパチンと指をならすと、船内にまったりした音楽が流れだした。
どこかで聴いたことがあると思いきや、2001年宇宙の旅のテーマソングである。
「まずは深呼吸して・・・」
アイオンの中身がどうであれ、柔らかく温和な声だけはヨガに向いている。
趣味とはいえ毎晩のようにやっているのだ。
ひょっとしたら効果があるかもしれない。
真祐がそんなことを考えていると・・・
「両足を頭の上に乗せてください」
いきなり難度の高いポーズが出た。
雑技団じゃあるまいし、準備運動もなしにそんなことをしたら普通は怪我をする。
しかし残念ながら、リヒャルトは普通ではなかった。
「次はどうすればいい」
アイオンの言うことをあっさりとやってのけた。
体が柔らかいとかいうレベルではない。
「息を吐きながら、両手で踝を掴みます」
どんどんありえないことになっている。
同じことに挑戦しようとして足をつらせたミラーが、「だから寝る前に柔軟体操しろって言ってるだろ!」とジャンに怒られていた。
いつの間に回復したのか、RQが難なく真似してみせたが、つまらなくなって途中からスペースアイスクリーム(ストロベリー味)をつまみ始めた。
アイオンとリヒャルトは深呼吸を繰り返しながら、見ているだけで痛そうなポーズをとり続ける。
すると、なんということだろう。
「美しく青きドナウ」をBGMに床をごろごろと転がっていたリヒャルトが、しだいに浮かび上がったではないか!
「「おお~~っ!!」」
乗員がいっせいにどよめく。
「クララが立った」並みの感動だった。
ありえない姿でしばらくフヨフヨと浮いていたリヒャルトだったが、突然恥ずかしくなったのか、
「そんなに注目しないでくれ・・・」
と頬を赤らめた。
あくまで、雑技団もびっくりの姿のまま。
「リヒャルトさんも無重力の楽しみを知りましたね。これからは難易度が上がりますよ。逆立ちのままアイスクリームを食べてみましょう」
「やってみよう」
もうついていけないと、真祐が窓の外を見ようとした時だった。
背後からいやーな感触が耳元を掠めた。
「?!」
「真祐、アイスクリームを受け取ってくれませんか?」
真祐の眼前に浮かぶチョコミントアイスが浮かんでいる。
「確かに難易度が高い」
チッ!と言いながら、リヒャルトは逆さまのまま悔しがっている。
アイスクリームが真祐の顔面に直撃する前に、横からさっと手が伸びてきた。
「これにはちょっとしたコツがあるんだ!」
モグモグと食べるRQをリヒャルトが睨み付け
「私のアイスだぞ!」
などと掴みかかった。
「そういえば、アレク無事かなぁ?」
真祐は、未来の世界にいる物騒な知り合い―アイス―を思い出した。そのパートナーであるアレクは、今回、アイオンが氷づけになった時に一瞬こちらの世界へやってきたというが、勝手にそんな行動をして五体満足で生きているかどうか・・・。
「そういえば、RQさんはアレクと交換日記をしていると聞きました。僕たちも交換日記をはじめてみましょう」
なぜ、一緒に住んでいるのに、交換日記を始めなければならないのか。
ニコニコと服の下からノートを取り出したアイオン。
「僕はいつでもきみが望むものを取り出せるようになっているのです」
「・・・そっか」
もう、それ以上答えようがない。服の中に異次元に繋がるポケットを持っているのかもしれないが、あえて突っ込む気にはなれなかった。
「あと30分で月面に着陸するからな。皆シートベルト締めろ」
ジャンの声で全員着席した。
飛び立つ時と違って、着陸は静かだった。
重力が軽いせいもあるだろう。
ゆっくりと宇宙船は月面に着地した。
「とりあえず、L5世に連絡を取ってみよう」
「誰?!」
ジャンと真祐が同時に叫んだ。
「きっと月に住んでいる人だよ」
真祐の携帯電話から声がする。
「兄貴?!」
「やぁ真祐!無事についたみたいだね」
信じられないことにボストンで別れたはずの祐介からの電話だった。
「電波?電波?!これ繋がるはずないだろ!」
「ああ、レストランにいる間に、こっそりとSSG使用の携帯電話に変えさせてもらったよ。これで、私がそちらに移住することになっても地球の真祐と連絡が取れるね」
あの時は冗談だと思っていたが、どうやら本気だったらしい。
「地球に帰ったら、電話返せ!」
「ああ、もちろん。ところで、そちらにいるL5世という人が気になるんだけど、もし感じのいい人だったら、ガーデンパーティにお誘いしてくれないかい。10年後くらいになるかもしれないけど」
「直接言えよ!」
と言い、一方的に電話を切った。身内とはいえ、もうこれ以上変人が増えるのは勘弁してほしい。
「ほらよ」
RQがアイオンに宇宙服を渡している。
「これはずいぶんシンプルですね」
TVで見るのとはだいぶ違う。
ダイビングをするような簡易的なスーツ。
「SSGの機械部が総力を挙げて作り上げた最新宇宙服だ。これ一枚でステルス機が一台買えるほどの金額がかかっている」
とリヒャルト。
「破くなよ」
とジャンがミラーに言い聞かせている。
「僕だったら、Tシャツタイプにするね」
と口を尖せながら、ミラーはそれを着た。
「皆、準備はいいか。迎えがすぐに来る」
外に出てみると、殺風景な何もない荒野が広がっていた。
「これが月かぁ」
感動するには、何もなさすぎる。
本当はもっと興奮するかと思ったが、どこか夢をみているようで、現実味がない。
しかし・・・
「やめろミラー!!」
ジャンの声にふと顔をあげた真祐が見たものは、コーラを飲もうとしているミラーの姿だった。
「あははははは!!さらばだ、諸君!ミラー君、いさぎよく退却!」
プシュッという音もなく、ミラーは開いたコーラの瓶を握り締めたまま縦方向に回転しながら、遥か彼方へ消えていった。ジャンは服についた噴射機をONにして、ミラーを追っていってしまった。
「何をやっているのだ、あいつらは!」
カリカリしているリヒャルトの肩に手を置いて
「あいつらなら大丈夫さ」
とRQは違う方向を向く。
その方向からエンジン音が聞こえてきた。
「誰かが車でやってきます」
アイオンが指を指す方向から、たしかに黄色い自動車が走ってきた。
「嘘だろー!!」
叫んだのは真祐だけで、他の人々は
「あの人が案内人ですか」
「そうだ。彼は現在、月で住み込み探査中のL星人だ」
「ちょっと女に弱い奴でさ!(笑)」
などと普通の会話をしている。
やってきた自動車からドアを開けて出てきたのは人型宇宙人で、赤いシャツを着ている細身の男だった。
宇宙人というより、有名な大泥棒みたいだ。
「やぁやぁ、みなさ~ん。ああ、長官さんおひさしぶり~。ピンクの髪のデカイ人も」
顔中笑顔のそいつは、
「お兄さんたち見ない顔だねぇ。SSGの新人デスカ~?」
と真祐とアイオンに近づいて、やたら親しげにハグしてくる。
初対面の宇宙人を疑いたくはないが、どうにも信用できない雰囲気である。
リヒャルトはL5世に地図を見せた。
「我々が探しているブツはここにあるんだな」
「そうそう!実は昨日見つけたばかりでさ~」
そうして、L5世は車のドアを開けて皆を乗せた。
「J&Mは?」
「彼らもこの場所は知っている。追いついてくるだろう」
自動車は、ごくごく普通に月面を走っていく。
やがて、断崖が目の前に広がった。
「ここがAndreus Hills」
「じゃあ、兄貴の土地は、さっきのところかな?」
何気ない真祐の言葉にL5世はぎょっとした。
「お兄さんの土地だった~??ああ、オレは不法侵入してしまったデスね!お兄さんに謝っておいてくだサーイ!先住者との争いはオレの好むところではありまセーン!」
「い、いや。あなたのほうが先住者ですから・・・」
思わず頭を下げてしまう。それもこれも身内が月なんかに土地を買ったからだ。
「お義兄さんは、先見の明がありますね。ここは、たしかに開拓しがいがあります。将来的に土地の価値が上がるかもしれません」
珍しくまともな発言をしたアイオンだが、ここは月面だ。
このままでは、この地で不動産屋でも始めそうである。
「面白い罠なんかないのか?」
RQはこの上なく楽しそうな口調で聞く。
「大した罠じゃありませんがね、ちょっと・・痛い生き物がいるデスよ」
「いよいよ宇宙生物との戦いですね!」
ウキウキとRQについて行くアイオン。
「危険がともなうとも考えられる。真祐、ここに残ってもいいぞ」
リヒャルトの言葉に、真祐は首を振った。
「ここまで来て引き下がれるかっ!!」
大体、月面で一人きりなんて、忍者屋敷以上に死亡フラグまっしぐらな気がした。
「ああ、かっこいいです真祐!前に見た映画でヒーローのプロポーズの言葉がそれでした!」
「なにっ!新婚旅行なのにプロポーズはまだだったのか?」
あいかわらずズレているリヒャルトと「月面でプロポーズされるなんて!」と感動しまくっているアイオンを無視して、真祐は断崖の途中に開いた洞窟に足を踏み入れた。
「新人さん、ライトをどうぞ」
胡散臭い笑顔のL5世から小型ライトを受け取って、洞窟を進む。
「お前のパートナーはツンデレなのか。萌えるぜ~」
「いくら嫌いと言おうと、拳で愛を語ることがあっても、それはすべて真祐の愛情表現なんです」
うんざりするような発言を聞きながら、歩いていくとL5世が「シッ!」と息を潜めた。
「ここから、痛い生き物の生息地になりますデス。皆さん、なるべく静かに」
一向は息を控えてその場所を進んでいく。
だが・・・
突然、聞こえた声にまわりの空気がガサリと動く気配がした!
「ユウの忘れ物か・・・?これは繋がっているのか?電源が??」
真祐の携帯電話だ。
ウィリアムさん?!タイミング悪っ!!
続いて、
「お兄ちゃん、探偵さんの携帯チェックしてるの?やめなさいよ!いくら相手にされないからって無差別に嫉妬するなんて信じられない!」
甲高い少女の声。
「ち、違う!ユウがこれをオレのかばんの中に置いていってしまったんだ!」
「ぎゃ!!」
L5世の悲鳴が聞こえた。
L5世の足に蟹のような小さな生物が。
鋏で抓りあげている。
「いてっ!いてっ!」
真祐の手の甲にもその生物が襲いかかってきた。
軽く抓られているような痛み。
耐えられないほどのものではないが、嫌な感じだ。
まわりを見ると、その生物が壁一面にいた。
「ぎゃーーー!!」
命の危険性はないかもしれないが、あまりのおぞましさに声をあげた。
「香ばしくて美味しいです」
アイオンもそれに取り囲まれながらも服から引き剥がして、ポリポリと齧っている。
「リヒャルト!あぶねぇぞ、ケツを守・・・!!ブッ・・・!」
RQが発言も半ばでリヒャルトに鞭を振るわれた。
当人は鞭を振るって、生物を弾き飛ばしている。
忍者屋敷のトラップをくぐりぬけ、生物に食われかけ(それはRQだけだが)、宇宙までやってきたというのに、こんなところで足止めをくらうとは。
大した敵ではないのだが、数が問題なのである。
これ以上被害にあう前に、なんとかして第五の紋章までたどり着かなければ・・・
そこへ、洞窟内にあの二人の声が響いた。
「J&M再び登場~!」
「みんな伏せろ!」
真祐はリヒャルトにひっぱられるようにして地面に伏せた。
ジュッと頭上を何か熱いものが通っていく。
見あげると、黒焦げになった蟹がばらばらと落ちてきた。
「黒焼きにすることでさらにコクが増しました!」
喜んでいるのはアイオンだけである。
でかい図体がアダとなったのか、炎を完全によけ切れなかったらしくRQが大げさに嘆いていた。
「髪が!髪が~~!!」
毛先が失敗したパーマのようになっている。
「騒ぐな!坊主にするぞ!」
SSGの規則を覚え切れなければ丸坊主というルールが実際にあるのだ。
RQが髪を死守できたかどうか定かではない・・・
その間も、ジャンが火炎放射器で蟹を追い払っていた。
焼かれなかった生物たちも、身の危険を感じたのか、わらわらと散っていく。
「いや~、素晴らしいショーでしたヨ。あの生物たちも、もう襲って来ないでしょう」
L5世が先頭に立って進んだ。
焼き焦げた蟹たちの死骸が足元でパリパリと音を立てる。
アイオンが「もったいない・・・」などと言っていたが、真祐は無視することにした。
あと少しでこの奇天烈な旅が終わるのだ。
平凡な生活に戻るためならなんだってする。
もう何が起こっても驚かないと決心しながらも、とりあえずアイオンが蟹を持ち帰らないように見張ることだけは忘れなかった。
「この奥デス。確認してくだサ~イ」
問題のものは洞窟の突き当たりにあった。
半分以上埋もれているそれをリヒャルトは慎重に取りあげ、ほこりを拭いた。
「間違いない」
紋章の刻まれたタブレットで、祐介がエジプトから持ち帰ったものと似ている。
「5つ揃ったら何が起こるんだ?」
真祐は質問すると、ろくに考えもせずにアイオンが言った。
「想像できないほどに素敵で刺激的なことです!」
「お前が言うと嫌な予感しかしない・・・つーか、知らないならそう言えよ」
「僕、知ってるよ!」
ミラーが優等生のように手を垂直にあげた。
「これは宇宙人が作ったトランスポーターなんだ」
「トランスポーターというと、あの黒塗りの車を運転している運び屋さんですか?」
「そうそう、俺には3つのルールがある、とかキザなことを言うんだよね~」
「Oh、それならオレも見ましたヨ~。とってもクールです」
「それは映画だ!」
間違った方向に盛り上がっている三人に真祐が突っ込む。
そうしているうちに洞窟の外に出た。
リヒャルトが今まで集めてきた紋章を一箇所に集める。
「聞いたところでは、どこでも持ち主の行きたいところに連れて行ってくれるんだよ。一人限定だけど」
ミラーはそう言ってみんなを見渡した。
ジャンとミラー、リヒャルトとRQ、そしてアイオンと真祐の6人である。
この場合、持ち主は誰になるのか。
「使わずに破壊する」
リヒャルトが火炎放射器を構える。
そうやって高熱の炎で1分以上燃やしていたが、かすり傷一つなかった。
「二回使用したら、数百年使用不可。でも、どこに行っても帰ってこれる。便利だよねえ」
どこから調べてきたのか、ミラーがすらすらと説明する。
リヒャルトは渋い顔をした。
「こんな危険なものは悪用されないうちに破壊するのが一番だ」
「だからさあ、ここにいる6人の誰かが使っちゃえばいいんだ。一人だけしか移転できないから、それぞれ行きたいところを思い浮かべてみようか」
その言葉に全員がいっせいに考え込む。
最初に発言したのはミラーだった。
「僕はねぇ、兄さんの寝室に行きたいな!あれ以来入れてくれないんだもん!」
ミラーまさかのドッキリ発言。
皆が呆然とする中、ジャンは静かに言った。
「もう二度と勝手な模様替えはしないでくれ・・・」
過去、何があったのか??
ジャンの渋い顔を見て、推測するしかない。
アイオンが微笑んだ。
「ミラーさん、お兄さんのお部屋に刺激と甘さを加えたんですね!」
「うん、そのとおりだよ。それとほんのちょっぴり炭酸をね!」
可愛くウインクするミラーだが、命に関わるような事実に違いない。
それを聞いていた真祐は、化学物質もしくはボンベを持った同居人が部屋に入ってきたら、力づくでも追い出すことを決心した。
「ジャンはどこに行きたいんだよ?」
真祐が聞く。
「そうだな・・・モンゴルかな。仕事じゃなくってさ。観光で一度行ってみたい」
「モンゴルって、まだ行ったことないけど、草原があってなんにもなさそうで、でも開放的で・・・」
「チンギス・ハーンの墓を発掘したことがあって・・・」
ジャンと真祐は一応まともな話を始めた。
「おまえはどこか行きたいところはないのか?」
リヒャルトがRQに聞く。
「べつにない」
ニヤリとして、RQは
「でも、まぁ、このままあんたと露天風呂にGO!ってのもありか!」
と言って、リヒャルトに殴られた。
「したいことではなく、行きたいところだ。馬鹿者!」
べつに何がしたいってわけじゃないぜ~と立て続けの発言のせいで、RQは一瞬再起不能にさせられた。
それを微笑ましく見つつ、続いてアイオンが発言する。
「僕は137億年前に行ってビッグバンに立ちあいたいです。一人限定といいますが、真祐だけは無理矢理にでも連れて行きますので安心してください」
「そんなもんお前一人で行け!」
真祐はどうでもいいから帰りたいと切実に思った。
行きたい場所があるとすれば家だが、それは口に出さなかった。
そんなものは宇宙船に乗って帰ればいいのだ。
アイオンはともかく、ほかのメンバーにとって、このトランスポーターは使い道があるのかもしれない。
リヒャルトも参加しないつもりらしく、黙ったまま見ている。
破壊する手段なのだから仕方がないが、使うのは賛成しかねるといった顔だ。
行きたいところと聞いて、思い浮かばないこともなかったのだが、私益のために利用するわけにはいかない。
リヒャルトは邪念が入らないように瞑想をはじめた。
「じゃあ、誰が当たっても恨みっこなしだよ」
ミラーがマンモスの牙、短刀、石、タブレットと集めた並べると、紋章は物質を離れて宙に浮かび上あった。
「シャッターチャンス!」
RQが前に進み出て、すばやく写真を撮る。
今までもところどころで隠し撮りしていたらしい。
「これは交換日記のネタになるぜ!」
無我無念の状態でいたリヒャルトだが、交換日記という言葉に不本意にも反応してしまう。
同時に紋章が閃光を放って、あたりは白い光に包まれた。
「なに・・・っ?!」
リヒャルトの声が聞こえる。
それに続いて、RQの叫び。
「Fooooo!!俺のハニーが!!!」
その場の全員が、何が起こったんだと慌てたが、目がくらんで見えない。
真祐は思わず横にいたアイオンを掴み(腕と首を間違えたのでヘッドロックになってしまったが)、ジャンはまた無茶をしないよう、ミラーの手からコーラの缶を取り上げた。
そうして、ようやく全員の目が慣れたころ・・・
リヒャルトのいたところには、ブラックホールのような穴が空いていた。
当然ながらRQの姿は見当たらない。
「あの二人はどこだ?!」
「猫長官とRQはワームホールから未知の世界へと旅立ったんだよ・・・」
ジャンの問いに、ミラーが感傷深そうな顔で答える。
映画だったら、画面いっぱいに「ジ・エンド」と浮かびそうな雰囲気だ。
「あれは一人しか通れないんじゃあ・・・」
ジャンはつぶやいた。
紋章がどちらの思考に反応したのかは分からない。
しかし、あの二人なら異次元に飲み込まれてもひょっこりと帰ってきそうだ。
「ビッグ・バンは自力で見に行くしかないですね」
「・・・俺はもう帰りたい」
「じゃあオレもこの辺でおいとまします。カワイ子ちゃんが帰りを待っているのでありますデス」
L5世は車のエンジンをふかせて、カッコよく去っていった。
結局何者か分からないままだったが、真祐にはもう質問する気力も残されていなかった。
「二人が戻ってきたときに備えて、非常用カプセルだけ残しておこう」
ジャンの提案に反対するものはいない。
4人は宇宙船で地球に戻ることになったのだが・・・
「その前に、じゃんじゃかじゃーん!実はもう一本隠し持っていたんだよね」
ミラーが今度はペプシを取り出した。
「あ、僕もやりたいです!」
「じゃあ一緒に行こうか。どびゅーん!」
月面の彼方にすっとんでいく二人をジャンとは真祐は死に物狂いで追いかけた。
ジャンは「なんど言えば分かるんだ」とミラーを怒鳴りつけ、真祐は何も言わずにアイオンを数発殴った。
「今度こそ帰るぞ!そうしないと、一生口をきいてやらないからな!」
「ああ、とうとう倦怠期がピークに達してしまったようです!お義兄さん、僕はどうすれば」
「それはもういいっての!」
もちろん平穏にものごとが進むわけもなく、帰りの旅でミラーとアイオンの悪ふざけをはじめ、真祐は「アイオンが二人いるみたいだ」と頭を痛ませ、ジャンは「弟に親友ができたのはいいけど、何かがおかしい・・・」と複雑な気持ちになったのだった。