第七章 謎の土地 Andreus Hill

 
 
「なに?!」
ジャンから耳打ちされたリヒャルトは、目を剥いた。

「チッ・・・面倒なことになった」
そう言いながら、一人席を立つ。


「何がどうしたんだよ?」
リヒャルトの表情からすると、最後の紋章の場所はとんでもない場所らしい。
真祐は、これ以上巻き込まれると危ないと直感で感じた。できれば、すぐに実家に帰りたい。

シーンと静まり返った皆の前で、ジャンが神妙な表情で

「皆、Andreus Hillsって知っているか?」

「ん?ビバリーヒルズじゃなくて?」
真祐は言う。アメリカでもっとも有名なヒルズが付く都市だ。
「僕、青春白書で毎日勉強していました。いいお嫁さんになる方法とか」
アイオンが余計な一言を付け加える。

「聞いたことがない。それは場所なのか?それとも会社名とか・・・。ユウ、聞いたことは?」
ウィルが頭を捻る。幸いにして、物知りの知人が隣にいる。ひょっとしたら、知っているかもしれない。
だが、祐介の反応はウィルの予想を超えたものだった。

「Andreus Hills・・・ああ!」
祐介はポンと手を叩いて、思い出したように
「私が老後のために購入した土地の近くだよ」
と言い出した。

「兄貴が土地持ちだなんて聞いてないぞ!」
いつの間に不動産を持つようになったのだろう。
あの怪しい探偵事務所しか資産を持っていないと思っていたのに。
そんな真祐の隣でアイオンが感心したように「さすがお義兄さん、準備がいい!」と頷いている。

だが、祐介の答えに一番驚いているのはジャンだった。
「あんた、あそこがどんなところか知ってんのか?!」
「うんうん、2haほど購入した。将来は小さな農園を営んでもいいかな?なんて考えた時期もあって」
「ふ・・・ふはははは!!!」
突然、大声で笑い出したのはRQ。
「あんた、見かけの割に面白いこと言うな!気に入ったぜ!」
「そんなに治安の悪い土地なのか?」
ウィルが顔色を変えている。

「治安・・・どうだろうね。まだ行った事がないからわからないけど」
「土地は実物を見てから購入すべきだと思う」
祐介の大きなお買い物に対して、ウィルは将来の不安を覚えた。
まさか、悪徳不動産屋につかまされたのでは・・・。
しかし、こう見えて祐介はかなり隙のない人物でもある。
何も考えずに購入したとは思えない。

「ぷぷぷ・・・」
RQは笑いながら、ウィルを見て、恐ろしい発言をした。
「たしかに外敵・・・に襲われたら一たまりもないかもな!まぁ、今だったら比較的静かだしぃ~、隣人との争いは皆無だろうが」
「ユウ、考えなおすべきだ!」
そんな恐ろしい土地を買わされたなんて!
悪徳不動産屋に怒りがふつふつと沸いて来る。
すると、真剣に怒っているウィルの横で、さすがに堪えきれなくなったのか、祐介が笑い始めた。

「ははは!きみは本当に面白いね!」
「何が・・・!」

こんなにも心配しているのに、笑われるなんて。
自分はそんなにもおかしなことを言ったのだろうか?
ウィルが落ちこんでいると、さすがにいたたまれなくなったのか真祐が
「いい加減にもったいぶってないで、Andreus Hillsがどこにあるのか教えろよ」
と言った。

RQが「そこ」と言って、上を指す。
「え?空の上?」
真祐の言葉の返事をしたのは、硬い声だった。


「Andreus Hillsは月面だ。政府に急遽許可を取っていた。明日早朝に出発する」

リヒャルトの説明に真祐とウィルが凍りついた。
どうやら知らなかったのはこの二人だけらしい。
いや、きっとアイオンも知らなかっただろうが、まともなリアクションは望めなかった。

「では、明日に備えて早めに休むとして、実家に帰って枕投げしましょう、真祐。この前のリターンマッチです」
「なんでお前まで来ることになってるんだ!そんなことしてたら休めないだろ!」

とはいえ、母に「実家のように思ってくれていい」と言われているのだ。
アイオンの家庭の都合はよく分からないが(そもそも家族がいるのだろうか?)、普通の暮らしをしていないのは確かである。

「別に泊まっていってもいいけど・・・お前、床で寝ろよ・・・」

真祐にはそう言うだけで精一杯だった。
リヒャルトが明日出発するとか言っていた気もするが、信じられない話は無意識のうちに聞かなかったことにしている。
祐介が残念そうにため息をついた。

「私もAndreus Hillsに行きたいのだけれど、こういうときに限って予定が入っている。真祐、私のぶんまで楽しんでおいで」
「俺たちは遠足に行くんじゃないんだぞ!」

そこまで言って、真祐ははっとする。
なぜ自分まで行くことになっているのだろう。
これまで巻き込まれてきたが、そろそろ抜ける頃合だ。
そう思ったが、アイオンの遠足日前の子供のようなはしゃぎっぷりを見て、もう戻れないところまで来ていることを悟った。
しかし、今までとは違い、次はスペースミッションである。
途中で宇宙船が爆発するかもしれないし、エイリアンに襲われる可能性だってある。
あげくのはてに、埋もれた車型ロボットを発見したり、宇宙戦争に巻き込まれたりしたら・・・
明らかにSF映画の見すぎであったが、真祐は真面目に悩んでいた。

「ユウ、老後の生活は俺が保障する。月へ移住することは考え直さないか」

ウィルも別の意味で真剣だった。
プロポーズじみたことを言っているのだが、本人は気づいていない。
祐介はうーんと首をひねり、数秒間だけ考えこむ。

「退職するのは10年も先だからね、そんな未来のことは分からないよ」

真祐は「老後が10年後でいいのかよ!」と追求したかったが、空気を読まない兄のかわりに黙ることにした。

「家にゲストルームが空いているけれど、4人はちょっと狭いかな」
「気遣いに感謝するが、我々は近くのホテルに泊まる」

祐介の申し出に、リヒャルトが答える。

「僕たち、いろんなホテルを渡り歩いているけど、ボストンは初めてだね。実はひそかに各地のホテルのマットレスのスプリングを集めてるんだ!これでまたコレクションが増える・・・」

ミラーがきしきしと不気味に笑った。
そんなもの持って帰って犯罪にならないのか。
真祐が問うように見ると、ジャンは諦めきったように首を振った。

「では、明日の7時にホテルの前で合流する」

リヒャルトの言葉に、それぞれ解散した。
しかし、真祐はリヒャルトと祐介がこっそり連絡先を交換しているのを見てしまい、さらに頭痛の種が増えたのだった。



4人は、目についたホテルに入った。
古めかしいがそれなりに名の通ったホテルらしく、付近でシンポジウムがあったせいか、空き部屋は少ないという。
シングル部屋を頼もうとしたところ、ダブルしかありませんと言われて、リヒャルトは露骨に嫌そうな顔をした。

「・・・・・・」

問題は誰と誰が部屋をシェアするのかである。
フロントが「ダブルでも一部屋にベッドが二つございますので」と言うが、それでは安心できないのだ。

「よし、行くかリヒャルト!」

鍵を受け取ったRQがさっさと歩き出す。
リヒャルトはたじろいだ。

「わ、私は・・・!」

助けを求めるようにジャンとミラーを見た。
ジャンは常識があるし、ミラーはあのとおりだが、それでもRQよりはマシなのではないか。
しかし、J&Mはすでに誰がどのベッドを使うのかまで決めていた。

「ミラー、お前は窓側な。夢遊病になってバルコニーから落ちないように」
「もう何年も歩いてないよ。それよりルームサービスは何を頼もうかなあ。ボストン名物のロブスターロールに、チョコチップクッキーを挟んだやつとか」
「まだ食べる気か!」

なんだかんだいって仲のいい兄弟である。
リヒャルトはしかたなくRQのあとに続いた。
これ仕事のうちなのだ・・・リヒャルトはそう自分に言い聞かせながら、RQに続いた。