第六章 お宝は移動する

 
 
「追い詰めたぞ、偽者!」
ジャンが二人を追い詰めた。

ここは東京のある下町である。
紋章の描かれたマンモスの牙を持ち逃げしたもう一つのJ&M。
彼らを発見するまでの時間はそうかからなかった。

ダミー発信機は外されてしまっていたが、本当の発信機、ミラーお手製のナノサイズの発信機はさすがに発見されなかった。

ある居酒屋で、マンモスの牙を取り出した二人組の前にジャンは立ちはだかった。
「うわっ!!本物だ!」
今まで上機嫌だったJBは一気に気分が消沈し、青ざめる。
「ずいぶんと追いつくのが早い。発信機が別に取り付けられていたのか」
湊はふーんといった感じで、偉そうに踏ん反り返った。

「黙って返してもらえれば、手出しはしねぇ。さっさと返せ」
ジャンは、超小型掌サイズの銃を二人に向ける。
周りには、挨拶しているようにしか見えないだろう。

「う…だから、こうなるって嫌な予感がしたんだ・・・。昨日、見た夢だって最悪で」
頭を抱え込んで、絶望するJB。
すると、おもむろに湊は自分の口の中に手を入れた。
「?」
ジャンが目を鋭くすると、
「さっき食べたフライドチキンが歯に挟まってさ」
と湊はチキンの残骸のような骨ばった指で、歯をいじる。
すると・・・
歯がポロリと抜け落ちた。

「おまえ、歯取れたぞ!」
ジャンが叫ぶ。

「ひひひ・・・」
歯抜けの顔で恨めしそうに微笑む湊。
思わず百戦錬磨のジャンも背筋が冷たくなった。
だが、また湊は歯をいじり始めた。
そして、またもやポロリと歯が抜ける。
「湊・・・大丈夫か?」
JBも心配そうな表情で、湊を見る。

「ああ・・・大丈夫さ」
と言った途端、湊は大きく振りかぶった。
「え!?」
ついつい恐怖の歯抜けショーに魅入っていたジャンは一瞬反応が遅れてしまった。
湊の手を離れた歯は、店の酒瓶に当たり、鋭い光を放つ。

「チッ!」

目がくらんで何も見えない。
白い光の中で

「トレジャーハンターは歯が命!」

と高らかに宣言する声が聞こえた。


居酒屋を飛び出した二人。

しかし、その前にファイティングポーズを取る人影が。
「J&Mのヒーロー、ミラー君登場!とぉ~!!」
全然、勢いのない声に愕然とするJBと湊。

「きみたち、居酒屋で歯を投げたりしちゃいけない。入れ歯には入れ歯の使い方があるのデース!」
ミラーは、ポケットからごそごそと何かを取り出すと、
「スイッチオン!」

上下の総入れ歯が猛スピードで二人に襲い掛かる。

「空を裂く入れ歯とはやるな!さすがミラーだ!」
湊は咄嗟にボールペンを振りかざす。
「それもなんかの武器なんだろ!やっちゃえ!」
JBが勢いづいて叫んだ。

「いや、これはただのボールペン。私は趣味で小説を書いているんだ」
「聞いてねぇ!」
そうこうしているうちに、ミラーの操る入れ歯の数が増えた。

「いけ~入れ歯たち!」
ミラーの号令に合わせて、二人の周囲を取り囲んだ入れ歯が一斉に上下に開く。
カッ!
レーザー光線が襲い掛かった。
「ぎゃー!」
JBが悲鳴を上げて避けると、服の一部が焼け焦げていた。
「やばいよ!やばいよ!やられる!」
まさかこんなところで、入れ歯に殺されるとは思ってもみなかった。
かっこ悪すぎる最後だ。

「日本のSFアニメを見て考えたネタなんだけどね!」
ミラーはニンマリとした。

「日本のSFアニメ・・・なるほど」
湊は何かを思いついたように踵を3回踏み鳴らした。
湊の周囲に煙のようなものが立ち込める。

レーザー光線が薄れていく。
「OH~」
やはりやる気のなさそうな声を上げるミラー。
そこへ、ジャンが走りこんできた。
「いただきっ!」
呆然としているJBからマンモスの牙を奪い取る。
「ああっ!!!」

「JB、脱出するぞ!」
「でもっ!」
「ここは我々が不利だ。また、きっと奪い取れる。それまでは勝負を預けておこう」
「ちっ!そ、そういうわけだ!首を洗ってまっているがいい!J&M」

そう言い残して、二人は消えた。

「ふぅ~なんとか取り返せたな」
「うんうん、猫長官に連絡しないとね」
「大丈夫か、ミラー。どうした?」
心なしか沈んで見えるミラーに、ジャンが声をかける。

「う~ん。あの対処法でこられたかって。ああ、今度は心の壁を用意しなきゃ」
「??」
ミラーの話は、オタクではないジャンには理解できない。


「それにしても・・・あの偽者は腕を上げたじゃないか」
「うんうん。僕の話についていけるなんて、只者じゃないよ」
「自分が変だって少しは理解しているんだな。ミラー」
「僕のほうがオタクとしては上だと思っていたのに~」
「・・・」

昔、偽者J&Mと一度お宝を奪い合ったことがある。
あの時は、偽者のレベルはまったく勝負にならなかったが、今回は少なくともいい線まではいっていた。
「結構、やばい商売敵になるかもな、あいつら」
「心の壁の対処法までやられてた時のことを考えて、グレートマザー対策を…」
ミラーは宙を見つめながら、ぶつぶつと言っている。

いい加減、付き合いきれなくなったジャンは、通信機のスイッチを入れた。
「あ~リヒャルト長官。ブツは取り返したぜ!今からそっちに向かう」
「了解した」
こころなしかリヒャルトの声が震えていたのはなぜだろう。
あんなに動揺しない人なのに。

この時、リヒャルトは海底に沈んでいるところをRQに助け出されたばかりだったのだが、そんなことをもちろんJ&Mは知らなかった。




それから半日ほど経ったころ。
ボストンの一角で、その人物はあるものが入った小包を抱えていた。
ウィリアム・キイズ、通称ウィルで、祐介の友達である。
健気に片思い中なのだが、どちらにとっても都合がいいのでそういうことにしておこう。
病院のローテーションが忙しくて会えなかったが、ようやく時間が出来て浮かれている。
祐介がその前に送りたいものがあるというので、郵便局に付き合うことになった。
包みは小さいが重い。置物か何かだろう。
外で祐介を待ちながら、いい天気だ・・・と雲ひとつない空を仰いでいると。

「うっ!」

背部からいきなり後頭部を殴られた。
小包を落としかけて、割れ物だったら困る!とウィルは慌てて抱えなおした。

「それを大人しく渡せ!言うことを聞きゃあ乱暴はしねえ」

振り返ってみると、オレンジの髪の少年が立っていた。
革ジャンに穴の開いたジーンズ。出来損ないのギャングスターのようである。

「とか言って、すでに殴ってるじゃないか」

その横に立っているのは、前髪の長いヒョロッとした人物だった。
格好こそは地味だが、不健康なほどに青白い顔は幽霊のようで、嫌な存在感がある。

「うるせーな湊!マンモスを取られてイラついてんだ、次の紋章こそ手に入れないと気がすまねえ!」

マンモス?紋章?
ウィルにはサッパリ分からない話だったが、どうもこの小包と関係があるらしい。
日本にいる弟に送るとしか聞いていないのだが・・・

「待たせたね、シャロンがなかなか言うことを聞いてくれなくて・・・」

そこへ祐介が出てきた。
ウィルの前に立ちはだかる二人組を見て、「友達かい?」などと訊いている。

「あ、あんたは・・・!!」

オレンジ髪が硬直した。

「知り合いか、JB?」

湊と呼ばれた少年が訊く。
JBはガタガタと震えだした。

「なんでここに!中国にいるんじゃなかったのか!?」
「そういえばボストンお前の故郷だったな。ということは、この人が自殺するほどのトラウマを作った張本人か?」

湊は祐介に鋭い視線を向けた。
この顔なので、睨むというよりは強烈な呪いをかけているように見える。
祐介が過去を語りたがらないことは知っていたが、よほど暗い思い出でもあるのだろうか。
ウィルは二人を見比べた。

「自殺とかよく分からないのだけれど・・・」

祐介のやんわりとした言葉を、JBがさえぎった。

「芝居はやめろ!あんたはそんなふうには笑わない人間だった!あんたが死ねって言うから、オレは・・・オレはーーっ!!」

JBはそう叫ぶと、わっと地面に伏せてしまった。
通行人が好奇心の混じった目で見ている。
よほどのトラウマなのだろう。
祐介はしゃがんで、JBの顔を覗き込む。

「ええと・・・どちら様でしたっけ?」

裏表のないような笑顔で、とどめをさした。

「話に聞いていたとおり、えげつない・・・あんなのが友達なのか?」

湊が低い声でウィルに向かって言った。
邪魔をするのも悪いと思い、小包を持ったまま突っ立っていたウィルだが

「友達・・・そうだな、えげつない響きではある。どこまでいっても俺たちはしょせん友達・・・」

などとよく分からない返事をした。
その間も、祐介があやすようにJBに話しかけている。

「人の顔は忘れないほうなのだけれど、それでも君には覚えがないんだよ」

JBはぐずぐずと鼻をすすりながらうずくまっている。
相棒はメンタルが弱いと思っていたが、これほどだったとは・・・
湊は同情したが、顔が顔なので恨みを晴らせずにいる怨霊のようにしか見えなかった。

「JBと呼ばれていたね、何のイニシャルだろう。ジェイムス・ボンドかな?ははは」

ジョークのつもりだったのだろうが、落ち込みモードに入っているJBにはダメージが大きすぎた。
JBは力尽きた兵士のように、ずるずると湊のところに這っていった。

「湊・・・俺・・・俺、もう死にたいよ・・・」
「はいはい、それを聞くのは68回目だ。今回の宝は潔く諦めて、美味しいもんでも食いに行こう」

湊は慣れたように言うと、瀕死状態の相棒を担いで行ってしまった。
残された二人は互いに顔を見合わせる。

「なんだったんだ、今のは・・・」
「さあ、人違いだったんじゃないかな」

それにしてはJBのリアクションが凄まじかったような気がするが、ここは祐介を信じることにした。

「この包みが狙われているようだったが、何が入っているんだ?」
「何の変哲もないエジプト土産だよ」
「エジプトには旅行で?」
「そんなものだよ。そういえば、ナイルでクロコダイルに触ったんだけど、鱗が思ったより硬いね」
「そ、それは危険では・・・」

旅について話しているうちに二人は郵便局まで来た。
入り口の前では、髪をピンクに染めた大男がずもーんと立ちふさがっている。
両耳に多数のピアス。
サングラスをかけ、レッ●ソックスのキャップに、なぜかI love New Yorkと書かれたTシャツ。
格好だけとればミーハーな観光客だが、どう見ても一般人ではない。
ウィルは嫌な予感がした。

「ちょっと失礼しますよ」

祐介がそう言ってドアに手をかけると、男はすっと身を引いた。
見た目は怖いが、聞き分けはいいようである。
それに続いてウィルも通ろうとしたが・・・

「おっと、待ちな」

ピンク髪の男は、ブルックリン訛りのある声で凄んだ。

「悪いことは言わねえ、大人しくそれを置いていけ」

さっきから一体なんなのだろう。
ユウと二人で過ごそうと楽しみにしていた休日を邪魔されてたまるものか。
恐怖を通り越して怒りがわいてきて、ウィルは珍しく声を荒立てた。

「礼儀のないやつだな。要求を言う前に名乗ったらどうなんだ」
「はあ?そういうあんたこそ何者なんだよ?」

二人はにらみ合った。
喧嘩ではとうてい勝てっこない。
しかし、この包みの中身がなんであれ無事に届けなくては・・・などとウィルが考えていると。

「一般人相手に何をしている」

ピンク男のわき腹にエルボーが入った。
こちらは黒髪の男だ。
色違いのキャップをかぶり、へたくそなロブスターの絵がプリントされたTシャツを着ている(こちらはちゃんとボストンと書かれていた)
鋭い視線とは裏腹に、ダサい格好であった。
流暢な英語だが、イントネーションが少なく単調的でロボット的。かすかにドイツ訛りがある。

「ウィル、今度こそ知り合いかい?」

祐介が郵便局から出てくるのと同時に、見覚えのあるアルビノ青年が飛び出してきた。

「お義兄さん、会いたかったです!!」
「わあ、アイオンくんじゃないか!」

祐介とアイオンはがしっと抱き合った。
隣では観光客ルックスの二人が痴話げんかのような会話を交わしている。
近くでは、客が入りづらそうに郵便局の周りをうろうろしていた。
どこに行っても迷惑な連中であった。

「ウィリアムさん、お久しぶりです」

疲れきったような顔で真祐がやってきた。
彼とは一度会ったことがある。

「相変わらず兄が迷惑かけているようで・・・」
「いや、こちらこそ世話になって・・・」

注目を浴びまくっている人たちを横目に、真祐とウィルは普通の挨拶を交わした。

「その包み、譲ってもらえませんか。重要なものが入っているんです」
「ああ、どちらにしろ君たちに送るはずだったらしい。手間が省ける」

ウィルはあっさりと小包を渡した。
それを見たRQが憤慨して訊く。

「真祐、その頑固者をどうやって説得したんだ!」
「・・・普通に頼んだんだよ」

真祐はげんなりしながら答えた。
まだビーチでのダメージから回復できていないようだった。




「最後の紋章はまだ見つかっていない・・・」

ジャンが重々しく言った。
ミラーがソフトクリームを舐めがらフォローする。

「でも僕らの手にかかればそう時間はかからないよ。せっかくだから待ってる間にこの辺を見て回ろう。そこの二人の格好からして、観光する気満々みたいだし」

リヒャルトは苦虫を噛み潰したような顔で弁解する。

「服が濡れて着替えが必要だった」

だからってこれはないだろう、と真祐は心の中で思った。
そのへんの屋台で買った安物のシャツである。
せめてデパートにでも行けばよかったのに・・・

「服装なんて気にすんな、リヒャルト。お前は何を着ても似合うぜ!まあ、俺としては何も着てないほうが・・・」
「どれもこれもお前のせいだ!この馬鹿者がっ!」

とうとうリヒャルトがキレて鞭を振り回した。
たしかに、RQが怪獣に飲み込まれていなければ、苦手な水に入ろうという気もおこらなかったのだろう。
RQは飛んでくる鞭を避けながら、びしっとある一点を指さした。

「オレはニューヨーク派だが、ボストンに来たからにはスワンボートだ!」
「スワンボートって、あれか?」

ジャンが、池の浮かんでいる船のようなものを指差す。
20人分ほどの座席があり、後ろに作り物の白鳥が何羽か並んでいる。
客が足で漕ぐものではないらしい。

「ボストン・コモンはアメリカ最古の都市公園なんですよね、真祐!」
「うん・・・」

真祐は気乗りがしない。
というのも、前に一度アイオンがスワンボートに乗りたい駄々をこねて、付き合ってやったら、水上をものすごいスピードで走らせてしまい、ほかの乗客に大変迷惑をかけたのだ。
この面子でアクシデントが起こらないわけがない。
真祐がそんな心配をしている中、RQがうきうきとスワンボート乗り場の列に並んでいた。
目を引く外見だが、個性を重視するアメリカだ。
いつのまにか周りの観光者たちと仲良くなっている。

「いいねえ、僕も乗りたくなってきたよ」
「あ、待て!」
「お前ら、勝手な単独行動は・・・」

ジャンとミラーが続く。そのあとをリヒャルトが暗い顔でついていった。
なんだかんだいって自分も乗りたいのでは?と真祐は思ったが、口には出さなかった。

「みなさん、笑ってくださーい」

アイオンがカメラを構える中、問題の4人を乗せたボートは進みだした。

「Woooohooo!風がサイッコーだぜえええ!!」
「いきなり立ち上がるな!池に落ちる!」
「兄さん、見て見て、このボートに入れ歯型のエンジンを取り付けて改造したら面白そうじゃない?」
「取り付ける以前の問題じゃないか・・・?」

一騒動あったのだが、真祐の頭痛が倍増したことと、目を覆いたくなるような写真がアイオンのコレクションに加えられたことだけ述べておこう。



その後、パブリック・ガーデンを見たりフリーダム・トレイルを歩いたりと時間をつぶしてたが、一向に連絡がないまま夕方になった。

「そろそろ行きましょうか。お義兄さんと夕食の約束しているんです」
「えっ、いつの間に?」
「つい先ほどです。アメリカ最古のレストランでオイスターを食べましょう!」
「ほう・・・」

そう相槌を打つのはリヒャルトだ。どうやら歴史に興味があるらしい。
それでスワンボートにも乗る気になったのか、と真祐はようやく理解した。
移住民が最初に乗り上げた地なのだから、最古の公園、最古のレストラン、最古の学校・・・とあげていけばキリがない。
そうして、6人がやってきたのはユニオン・オイスター・ハウスという店だった。
ちゃんと予約も取ってあるらしい。
祐介の隣では、ウィルが微妙な顔つきで座っていた。
それもそうだろう。大人数でパーティのようだが、そのほとんどが初対面なのだ。

「兄貴、頼むからあまり関わらないでくれ・・・」

真祐が耳打ちすると、祐介は快く笑った。

「何を言っているんだい。真祐の友達は私の友達だよ!」
「いや、この人たちは友達というか・・・」

過保護な兄を思うと、自分は巻き込まれただけだ、とはとても言えない真祐なのであった。
そうこうしているうちに前菜がきた。

「いただきます!」

それぞれ思うことはあるだろうが、休息の時間も必要である。
とりあえず目の前の料理にとりかかった。

まずは生のオイスターにレモン汁とカクテルソースをつけて食べる。
つるっとした感触。噛みしめると海の味が広がる。
名物であるらしいコーンブレッドは、ケーキのように甘い。
塩味のきいたバターを塗るとちょうどいい。
あつあつのクラムチャウダーには、クラッカーをまぶして食べる。
貝とポテトが入っていて、クリーミーで濃厚な味だ。
体が暖かくなってきたころに、さっぱりしたシーザーサラダ。
みんな、もくもくと平らげていった。

続いて、アルコールのメニューをRQが開いた。
「RQさんはアルコールが好きなんですか?」
アイオンの質問に、「いいや」と首を振るRQ。
「別にアルコールが入ってなくてもいいから、そそるカクテルが欲しい」
そそるカクテルってなんだ?
それぞれが想像を膨らませている中で、RQは「これ!」とピンク色の可愛らしいカクテルを指差す。クリームが大量にのっているどう考えても若い女性向きのカクテルだ。
これのどこかそそるんだろう?誰もわからないが、あえて突っ込むものもいない。


「では、オレはワインをもらおうか」
とウィルが言う。
「ウィリアムさんは大人だー!」
ミラーがため息をつく。
「僕なんか、工業用アルコールにしか手をつけたことないよ」
「やめろよ!命がけな真似は」
ジャンが危険極まりない弟を突いた。

「あ、僕も以前毒殺されかけました」
とニッコリアイオンが答える。
二人はハイタッチして友情を示した。

おいおい、そこの表現は違うだろう!
と誰もが突っ込みたいような状況で、祐介は「発作が起きると困るけど」と言いながらメニュー表を見ている。早くも笑いの発作が出そうな状態で、必死に堪えている様子だ。
「例の発作なら、アルコールは控えたほうが」
ウィルがそういうので、ウーロン茶に切り替えていた。

「真祐は何にしますか?」
アイオンがメニュー表の一部を指し示しながら近づいてきた。
意図ははっきりしている。
「恋人のためのアドベンチャーカクテル-ハニー今夜は退屈させないぜ-秘密の刺激入り」
というとてつもなく長い名前のカクテルを飲ませる気なのだ。
写真には大きめのグラスに2本ストローがささっている。

「これで倦怠期も裸足で逃げ出していきます!」
「そもそも倦怠期ってなんだよ!」
明らかに引き気味の真祐に、祐介がこそりと
「アイオン君の意図を読んであげよう。私の弟はそのくらいの思いやりはあったと思ったけれど」
と声をかける。

「だからってこんな怪しいカクテル飲めるか!」
「秘密の刺激に興味があります!」
毎回毎回・・・おかしなものに興味を示す同居人にうんざりとしながら、真祐は
「しかたないな。一口だけだぞ」
と言い、げんなりと俯いた。

「秘密の刺激か、私も興味がある」
真面目な顔で、リヒャルトがそのカクテルの写真を覗き込んでいる。
「あんたがそれを頼みたいなら、オレは自分のメニューを変えてもいい」
ニヤリとするRQ。
だが、リヒャルトはそれを無視して
「これは疲労回復・体力増強カクテルなのか?」
とウェイターに聞いていた。

「いいえ、これはそういうものではなくて・・・、そのような強壮カクテルはこちらになります」
と、ウェイターは言う。そして、「すっぽん・マカ・オットセイ入り。今夜は眠らせないぜ!男のカクテル」というのを勧めた。

「ふむふむ、ではそれを」
RQがニヤニヤとして見ているが、リヒャルトは「これで24時間働ける」と一昔前のビジネスマンのような独り言をもらした。

ジャンはビールを頼み、ミラーはカレーソーダという謎のカクテルを頼んだ。

それぞれの前に飲み物が並べられる。


「では、今回の仕事がうまくいくように!」
ジャンが言うと、皆グラスを掲げた。


「ん?これなんだ?」
真祐が口をつけた、とてつもなく長い名前の怪しいカクテルには、刺激的な味の種みたいなものが入っていた。
「コリアンダーだね」
祐介が言う。
「?」
なぜカクテルに?

「ああ、これはラムネです」
アイオンがストローでいじっている。

「刺激って、闇カクテルって事?」
つまり、なんでも突っ込んでみようカクテル…。ベースはマンゴーとオレンジのミックスで比較的まともな味だ。
「ああ、これならいっそマンモスの胆石でも入れたほうが刺激的なのに」
仕方なさそうな顔でアイオンが呟く。そんなものを入れられた日には間違いなく実家に帰るだろう。真祐は思った。

ウィルはミラーの頼んだカレーソーダを横から覗き込んで、怪訝な顔をしている。
「甘くて辛くて変なの~」
ミラーは早くも酔いが回っているようで、へらへらとしながら
「ところで、僕は最近おかしな芸を身につけました」
と自らの耳を折り畳み始める。
そうして、耳を耳の穴の中に押し込んだ。

「ふっ・・・ふふふ・・・ババーン!!」

怪しく微笑んだかと思うと、捻じ込んだ耳がポン!と復活した。

「・・・」
「・・・ああ・・・うん」

誰も反応に困って自分の飲み物を覗き込む。
ただ一人、アイオンだけが「すごい!」と素直に感動していた。

「悪いな、弟は酔うとつまらないギャグしかできなくなるんだ」
呟きながら、ジャンはぐいっとビールを飲み干す。

RQがピンクのカクテルを突きながら、リヒャルトのほうを見る。
「どう?」
「アルコール度は45℃程度か。私の薬膳酒よりも弱い」
「そうじゃなくて、味とか、身体がおかしくなりそうだとか?」
「いいや、まだ効果は現れていないようだ」
「そう・・・」


皆が一通り寛いだ頃、今度はメインディッシュが運ばれてきた。
ネットに入ったまま茹でられたロブスターや貝、トウモロコシがそのまま皿に乗っている。

「大胆な盛り合わせですね!」

感心するアイオンの横で、RQがロブスターをばりばりと殻ごと食べていた。
こちらはレモン汁、または溶けたバターにつける。
真祐はどちらかというと、中華風に葱と生姜と炒めたものが好きなのだが、こういう素朴な食べ方も悪くないと思う。
祐介はロブスターには手をつけずに、ホタテとエビを揚げたもの食べていた。

「シャロンがロブスター嫌いだから、食べないようにしているんだ」
「猫相手にそんなに真剣にならなくても・・・」

疲れたような顔で酒を飲むリヒャルトと、強靭な顎で貝の殻まで噛み砕くRQ。
テーブルの向こうでは、ミラーとアイオンが、ロブスターのハサミでチャンバラごっこをしていた。
祐介は紋章の入ったタブレットを手に、ジャンと遺跡について話している。
それらをぼーっと眺めているウィルに、真祐は声をかけた。

「なんか、変なことに巻き込んじゃってすみません・・・」
「いや、真祐くんの知り合いは面白い人が多いな」

驚いたことに、ウィルは冷静に答えた。
一番ストレスを感じるのはこの人だと踏んでかかっていた真祐は、拍子抜けしてしまう。

「精神科で徹夜明けのローテーションを終えたばかりで疲れていたんだが、ここにいる全員が患者に見えてきて、だんだん楽しくなってきた。ははは・・・」

ウィルは乾いた声で笑った。
そうとも思わないとやっていられないのだろう。
真祐は心から同情した。



腹いっぱい食べて食後のデザートはいらないと真祐は思ったが、アイオンが注文しないはずがない。
ホット・インディアン・プディングというスパイスのきいた熱い焼き菓子にボストンクリームパイを混ぜて、しびれるほど甘いものを作り、刺激的な味!と賞賛しながらミラーと仲良く二人で平らげていた。
リヒャルトはウィスキー入りのアイリッシュコーヒーを啜っている。
今夜はもう酔いつぶれたい気分なのだろう。
真祐は無難にアイスクリームを頼んで、コーヒーに浮かべた。

「つまり、リヒャルトさんとRQさんはSSGという宇宙人保護を目的とする国際的秘密機関の人たちで、ジャンくんとミラーくんはSSGに5つ揃ったら何かが起こるかもしれない紋章を集めるよう依頼されたトレジャーハンター。私を誰かと間違えた人たちは湊とJBといって、J&Mに憧れる二人で、近いうちにJ&Mのライバルになっているかもしれない。アイオンくんはマンモスを掘っている途中で凍死しかけたところを助けられ、真祐は例によって例のごとく、巻き込まれてしまったわけだね」

祐介がすらすらと言う。中には真祐も知らないこともあった。
いつの間にそこまで情報を引き出していたのか。
実際に仕事をしているところを見たことはないが、探偵なだけある。

「SSGに欲しい人材だ」

リヒャルトが真顔で言う。
これ以上変人を増やしてどうするんだ!と真祐は突っ込みを入れたくなった。
しかし、変人ぞろいのグループでも、奇妙なまとまりを感じるのはなぜだろう。
意外に協調性があるのかもしれない、と真祐が考えていると。

「最後の紋章の場所が分かったぞ!」

ジャンのもとへ連絡が入った。