第五章 海の男たち
「次はどこ行くんだよ!」
RQが叫ぶ。
さっきまで血みどろだったのが嘘のように元気だ。
「次は・・・海だ」
リヒャルトの顔色が心なしか青ざめている気がする。
「ああ、猫長官さんは泳げないんですね!よろしければ、僕が教え・・・」
アイオンの発言をさえぎって、真祐が
「おまえ泳げるのかよ?」
と聞いた。
「泳ぐことも歩くこともできます!」
と自信満々に答えるアイオンにリヒャルトは感心した様子で
「身が軽いのだな!」
と頷く。
もうこの非常識な人たちに何を言っても無駄だ。
真祐は悟った。
「この場所か~!」
いやに嬉しそうなRQ。それもそのはずだ。
そのビーチの説明案内を目にした真祐は、顔をしかめて
「オレ、パス!」
と言った。
「危険に飛び込むのが男というものです!」
ニコニコとパンフレットを持っているアイオンに疑いの眼差しを向ける。
「だって、それ・・・ヌーディストビーチだぜ・・・」
「Yoooooooo!解放的になろうぜ!」
RQがその場でタンクトップを脱ぎ捨てる。
「やめろ!この変態がっ!」
すかさずリヒャルトの鞭が飛んだ。
一向は、日本のある海岸・・・知る人ぞ知るヌーディスト専用ビーチを訪れた。
まだ夏ではないが、裸の男女がとても自然な様子で歩いている。
「・・・」
「・・・」
真祐とリヒャルトは顔を背けた。
RQは奇声をあげながら服を脱ぎ捨て、砂浜に向かう。
「僕も、こういうのは初体験です」
アイオンも服を脱ぎ捨てようとして真祐に止められていた。
「やめろよ!ああいうのは特殊な感覚なんだ。第一、おまえ肌が弱いだろう」
「ええ、そう言われると・・・。まさか、僕は胸毛が生えていないから脱ぐのを遠慮して欲しいとかいう理由ではないですよね。真祐・・・」
ウルウルした兎のような赤い瞳でこちらを見てくる様子に、思わずぐっときてしまったが、話の論点がずれている。
そういえば、こういう話が好きな人物と過去に会った事があったと思い出した。
「他人の胸毛を鑑賞するのもヌーディストビーチの醍醐味さ!」
突然響いた声に一向は振り返った。
そこには・・・
小柄なおかっぱ頭の男が、偉そうに踏ん反り返っていた。
自身はヌードではない。
ちゃんと海パンを履いている。
「うほー!!」
奇声をあげながら突進してきたそいつは、
「胸毛がなくてもまぁどうにかなるさ、私はいい歳こいて体毛が少ないタイプにも萌えを発見したからね!」
と怪しい発言をした。
リヒャルトの肩が意味ありげにビクつく。
「別に長官のことを言っているんじゃないよ。うんうん」
誤魔化すような視線で、そいつは真祐とアイオンの二人に近づく。
「おや、これはまぁ。真祐くんじゃないか!私は占い師だから、人の名前は覚えられるんだよ。この白い兎みたいな人は初対面だけど、私は、ここであなたと会うとわかっていたんだ」
確信めいたことを言いながら、自らカクカクと首を縦に振っている。
「ああ、たしか、SSGで会ったことあるぞ!」
真祐が叫んだ。
この不気味なシルエット。毛に対する執着心は只者ではない。一度会ったら忘れないインパクトの持ち主、SSG公認占い師の兎兎。
「おまえは、潤一と共に休暇をとったと聞いていたが」
リヒャルトの言葉に、兎兎はうんうんと返事をする。
「ジュージュもいるよ。ただ私がヌーディストビーチに行きたいって言ったら、すごい勢いで止められちゃったの。だから、振り切るようなスピードでここに走ってきたんだよ!」
そのジュージュと呼ばれている潤一が、やっと顔を現した。
だいぶ息切れの様子だ。
「ぜぃぜぃ、兄う・・え。言う事を聞いてくださいよ。こんな危険なところに来てはいけない。あれ?職場の人間がっ!・・・嫌な週末だなぁ」
本当に嫌そうな顔で潤一は、リヒャルト及び、遠くで裸体でいるRQを見た。
「ああ、兄上以外にもヌードが好きな人がいましたね」
「私も今から脱いで走り出すんだ!」
兎兎が海パンに手をかけたので、潤一は光速の動きでそれを食い止めた。
誰も目で確認ができないほどのスピードだ。
「あなたの裸は私だけのものです!」
真祐は知らない振りをし、アイオンはメモ帳を取り出して台詞を書き込んでいた。リヒャルトはRQに狙いを定めた。
その時だった。突然、大きな揺れがして海の中から得体の知れない生き物が姿を現したのだ。
「う、うわー!!焼きそばを食べている暇もないんだよ!」
兎兎は悲鳴をあげて、海の家に向かって避難・・・するのかと思いきや、焼きそばを購入していた。
「きみたち戦いたまえ。私は焼きそばを食べることにする。お腹がすいたからね」
潤一も冷静そのものの顔で缶ビールの蓋をプシュっとあけた。
「私たちは所詮、非戦闘員なんですよ」
実は二人とも、結構な戦闘力を持っているのだが、まったく持ってやる気がないらしい。
「それにしても、ネッシーみたいな怪物だねぇ。私フランクフルトも買ってくるよ。ジュージュは?」
「私はピーナッツをお願いします」
「休暇は返上だ!おまえたち!」
リヒャルトは怒鳴った。
見物する気満々の二人は、それさえ「そういわれてもぉ~」とやっぱりビーチパラソルの下でのんびりとしている。
「リヒャルト、あんたの悪いところだ。休日はしっかりと取らせてやんねぇと」
裸のままRQが現れて言った。
「服を着ろ!」
リヒャルトの青筋が切れるのは時間の問題かと思われた。
「うわっ!こっちに近づいてくる!」
真祐の目の前に怪獣が首を伸ばしてきた。
その前に立ちふさがったのはアイオン。
「大丈夫、僕が説得してみせます。それでもいう事を聞いてくれない場合は、今夜の夕食になってもらう予定です。お楽しみに!」
「食いたくねぇ!」
可愛らしくウインクしてみせるアイオンだが、言っている内容はあいかわらず不気味だ。
「きみは何が目的なのですか?」
いきなり怪獣に向かって語りかけるアイオンを皆は見守った。
だが、その後の言語はさっぱりわからなかった。
「*+‘{}」
「=」(=&(~」
ひとまず、怪獣のそばを離れたアイオンはリヒャルトに
「あの怪獣は変なものを実験的に食べてしまったとのことで、大変苦しんでいます。
一思いに殺ってくれ!と冷静ではない状態。どうしますか?」
と指示を仰いだ。
それを傍で聞いている真祐は人事ではない状況に、怪獣に対して心底同情した。
近い未来の自分の姿ではないようにと祈るばかりだ。
「未確認生物を殺めるわけにはいかない。何を飲み込んだのかは知らないが、吐き出させる」
リヒャルトは冷静に判断した。
普段から宇宙人を相手にしているだけある。
「作戦だが、まず私が・・・」
「オレに任せろ!」
リヒャルトが話し終える前に、RQが飛び出していった。
もちろん服は着ておらず、生まれたままの姿である。
「キサマは人の話を・・・いや、その前に服を着ろ!服を!!」
怪獣の登場に眉一つ動かさなかったリヒャルトだが、このときばかりは大声で叫んだ。
せっかく今までRQの裸体から目を逸らしていたのに、それにつられて、真祐は見てしまった。
「・・・アイオン、俺もう駄目かも」
真祐はそう言うと、パラソルの下でくつろいでいる兎兎と潤一のもとへ、一目散に走っていった。
「ああ、真祐、君には目に毒でしたね・・・」
アイオンはふっとため息をつくと、怪獣に向かって何か言った。
指令を出しているようで、それに対して怪獣がこくこくと頷く。
それと同時に、凄まじい勢いで泳ぎ着いたRQが、長い首をよじ登った。
「さあ、吐いてもらおうか!」
RQがそう叫んだときだった。
怪獣が大きく口を開いた・・・
「あーあ、RQが食べられちゃったよ」
兎兎がフランクフルトにかぶりつきながら言う。
その隣では潤一が「青海苔をまぶすとおいしいですよ」と、真祐にピーナッツを薦めていた。
そんなことしてる場合か!
真祐がハラハラしながら二人を交互に見ていると、兎兎がぽつりと言った。
「漫画で似たようなシーンを見たよ、大きな人間に食べられるんだけど、ええと、なんて名前だっけ・・・」
「あ、●撃の巨人?」
つい反応してしまった。
「そう、それだよ!あの漫画にハマってるんだ」
「あれ面白いよなあ」
現実逃避が板についてきた真祐であった。
「主人公が食べられたときは、腕が!腕がー!って、大慌てしちゃったよ」
「あの展開には俺も驚いた!」
そんな二人を潤一が冷たい目で見ていた。
全裸で走り回っていたとはいえ、RQも一応は仲間なのだ。この扱いはひどいのではないか、
ビーチチェアに優雅に寝そべっていた潤一は、すくっと立ち上がった。
同僚を助けに行くのかと思いきや・・・
「兄上に薦められてその漫画を読んでみましたが、何から何まで非科学的です。いいですか、普通に考えて、巨人化するような薬が存在するはずがない。もっと根拠のある設定にしないと読者がついていけない・・・」
漫画について口論をはじめた。
くどくど続く説明を聞きながら、兎兎と真祐はこっそり顔を見合わせた。
「ジュージュは男のロマンがないよね」
そう言いながら、兎兎が冷めた目で潤一の胸元を見ている。
とたんに、潤一は心臓発作を起こしたように胸を押さえた。
「そんな胸に突き刺る言葉はやめてください!ストレスで脱毛症になってしまいます!」
「今こそ、コッペリウスが開発したジェルを使うときだね!」
「やっ、やめてください、そんな怪しげなもの!」
「ほらほら、遠慮しないで!」
漫才をする二人を見ているうちに、真祐は自分とアイオンの会話を思い出し、現実に引き戻されていった。
「そんなことより、RQは大丈夫なのか?!」
反応がだいぶ遅れてしまったが、二人の注意を怪物に向けることに成功した。
見てみると、ちょうどリヒャルトがなにやら叫びながら海に入っていくところだった。
「死ぬなRQ!普段はツンツンしているが、お前のことは嫌いではない!むしろ好きだ・・・いや、愛していると言ってもいい!ああっ、私もとうとうデレてしまった!私にここまで言わせるのはお前だけだ!戻って来いRQーーー!!」
ヌーディストビーチの中心で愛を叫んでいるのは当然リヒャルト・・・ではなく、兎兎である。
なにげに声真似がうまい。
それに爆笑した潤一が、ピーナッツを喉に詰まらせて窒息しかけた。
海と言ったときリヒャルトの顔色が悪かったのを思い出して、真祐はおそるおそる訊ねる。
「あの人、泳げるんだよな?」
リヒャルトは海に半分入ったところで、ぴたりと止まった。
大げさなほどに深呼吸を何度も繰り返している。
そして、頭の上でビシッと両手を合わせると・・・
覚悟を決め込んで、派手に水しぶきを立てて、頭から飛び込んだ。
「そういえば長官はプールに寄りつかないね」
「体を見られるのが嫌なだけでは?」
「体毛が少ないなりに魅力があるのに、恥らっちゃいけないよ。ね、ジュージュ!」
「うっ、また胸が・・・!」
潤一が苦しそうに胸を押さえたまま、ぱたりと倒れた。
問題のリヒャルトは一向に浮かび上がってこない。
「アイオン!なんとかしろ!!」
もうやつに頼るしかない。
真祐がアイオンを見ると、助けに行くでもなく、せっせとノートを取っていた。
「ああもう!世話が焼ける!」
もう自分しか残されていないことに気づいた真祐は、シャツを脱ぎ捨てて水の中に入っていった。
「あっ、真祐、とうとう脱ぐ気になってくれたのですね!感激して僕も服を着ていられません。さっそくツーショットを・・・」
「お前は黙ってろ!」
なんでこんな目にばかり合うんだろう。
これが終わったら何が何でも実家に帰ろうと決心して、真祐は潜った。
暖かくなっているとはいえ、海の中は息が止まるほどに冷たい。
しかし、人の命がかかっているのだ。ここで諦めるわけにはいかない。
海水に目が慣れてきた頃、リヒャルトを見つけた。
神妙な顔で海底に座り込んでいる。
苦しくはないようだが、その場から動く様子もない。
真祐の脳裏を、とある可能性がよぎった。
――ひょっとして浮かび方を知らないのか?
あの風変わりなSSGの連中を束ねる長官なのだ。
忍者屋敷をものともせず、綱の上を平然と歩くような人なのだ。
そんな人物が泳げないなんてことは・・・
真祐が悩んでいると、どこからともなく、怪獣の尻尾が飛んできた。
よける暇もあたえず胴に直撃する。
尻尾はそのまま体に巻きついて、真祐は水面に引き戻された。
浜辺でカメラを構えているアイオンと目が合う。
助けてくれ、アイオン!
思いがようやく通じたのか、アイオンがほんの少しだけシリアスな顔になった。
「いくら美味しそうな未確認生物だからといって、僕の愛する真祐を傷つけるものは容赦しません。ここで格好よく救出したら真祐も惚れ直してくれますよね。目指せ、脱☆倦怠期!」
「ぐだぐだ言ってないで助けろーー!!」
アイオンは怪獣と話そうと試みた。
しばらく意味不明な言葉を交わしたが、残念そうに首をふる。
その間も真祐は尻尾に捕まったまま、宙にぶらさがっていた。
「お腹の中で何かが暴れていて苦しいそうです。吐き出してもらうしかないみたいですね」
「何かって、RQだろ!」
真祐は尻尾にぶらさがったまま突っ込んだ。
とりあえずまだ生きているようでよかった。
「好物を見せたら出てきてくれるかもしれません」
アイオンは毒蛇の丸焼きを取り出して、マーマイトをたっぷりとかける。
ぽいっと投げると、どう見ても届きそうにないのに、丸焼きは宙に浮かんで、怪獣の口の中に入った。
「&#($#*@~~~!!!」
毒蛇の丸焼き・マーマイトソース添えを飲み込んでしまった怪獣は、目を白黒させながら暴れだした。
その拍子に振り落とされた真祐は、リヒャルトを引き上げようと再び潜る。
しかし、波が荒くてリヒャルトの姿が見えない。
「真祐、怪我はないですか?」
アイオンの声がして顔を上げると、水の上をてくてく歩いていた。
「うわっ、馬鹿!こんなとこで能力使うなよ!」
真祐は慌ててアイオンを水中に引きずり込んだ。
勢いがつきすぎて、頭を押さえ込んで沈める形になってしまったが、アイオンは「うわあ、冷たいです」などと言ってはしゃいでいる。
「RQとリヒャルトを探さないと・・・」
「あの二人なら海から上がっていますよ」
「いつの間に?!」
浜辺を見ると、RQがリヒャルトを担いで歩いているところだった。
怪獣の姿はすでに見えなかった。
この世のものとは思えないほどにマズイ料理を食べさせられて、RQともども吐き出して、すっきりしたのだろう。
「アイオン、手を離せよ。泳ぎづらい」
「こんなときになんですが、重要な発表があるんです」
「なんだよ。愛してるのは嫌というほどに分かってるぞ」
「君への愛ほどに重要ではありませんが、生死の問題につながることです」
「面倒なやつだな。もったいぶってないで言えよ」
「・・・僕、泳げないみたいなんですよね」
アイオンがてへっと可愛らしく舌をだした。
真祐からすればぜんぜん可愛くない。むしろ殺意を覚えるほどの顔だ。
「水の上は歩けただろ!」
「ああっ、動かないでください・・・」
アイオンはがぼがぼと泡を吐きながら沈んでいった。
泳げないというのは本当だったらしい。
まったく、リヒャルトといいアイオンといい、万能に見えてなぜこんな微妙な弱点があるのか。
しかたがないので、真祐はアイオンを引っぱって泳ぐことになり、岸に着くころには息も途切れ後切れだった。
そこでは、リヒャルトとRQが痴話喧嘩としか思いようのない会話を交わしていた。
「私は溺れてなどいない」
「緊張するから浮かばないんだ。もっとリラックスしろよ。ベッドの中にいるときみたいにな!」
RQの顔に右フックが入り、ゴツッと堅い音がした。
「金色もいいけど、ピンクも捨てがたいね」
兎兎が涎をたらさんばかりにRQの胸を直視している。
潤一が険しい表情のまま、素早くRQの胴体にタオルを巻きつけた。
「RQ、何かついてるぞ」
長いピンク色の髪の中で何かが光っている。
真祐が手を伸ばすと、手のひらに収まる大きさの石が出てきた。
こんなサイズの石、どうやって髪に巻きついたのだろう。
こいつ本当は宇宙人で、髪みたいに見えて、実は触手とか?
これ以上は追求しないほうが身のためだと思い、真祐は何も訊かなかった。
「これは隕石ですね」
何が根拠かは知らないが、アイオンがあっさりと断定する。
見たことのあるマークがついていた。
「・・・三つ目の紋章だ」
リヒャルトが、今すぐこの場から去りたいような顔で言った。
RQが叫ぶ。
さっきまで血みどろだったのが嘘のように元気だ。
「次は・・・海だ」
リヒャルトの顔色が心なしか青ざめている気がする。
「ああ、猫長官さんは泳げないんですね!よろしければ、僕が教え・・・」
アイオンの発言をさえぎって、真祐が
「おまえ泳げるのかよ?」
と聞いた。
「泳ぐことも歩くこともできます!」
と自信満々に答えるアイオンにリヒャルトは感心した様子で
「身が軽いのだな!」
と頷く。
もうこの非常識な人たちに何を言っても無駄だ。
真祐は悟った。
「この場所か~!」
いやに嬉しそうなRQ。それもそのはずだ。
そのビーチの説明案内を目にした真祐は、顔をしかめて
「オレ、パス!」
と言った。
「危険に飛び込むのが男というものです!」
ニコニコとパンフレットを持っているアイオンに疑いの眼差しを向ける。
「だって、それ・・・ヌーディストビーチだぜ・・・」
「Yoooooooo!解放的になろうぜ!」
RQがその場でタンクトップを脱ぎ捨てる。
「やめろ!この変態がっ!」
すかさずリヒャルトの鞭が飛んだ。
一向は、日本のある海岸・・・知る人ぞ知るヌーディスト専用ビーチを訪れた。
まだ夏ではないが、裸の男女がとても自然な様子で歩いている。
「・・・」
「・・・」
真祐とリヒャルトは顔を背けた。
RQは奇声をあげながら服を脱ぎ捨て、砂浜に向かう。
「僕も、こういうのは初体験です」
アイオンも服を脱ぎ捨てようとして真祐に止められていた。
「やめろよ!ああいうのは特殊な感覚なんだ。第一、おまえ肌が弱いだろう」
「ええ、そう言われると・・・。まさか、僕は胸毛が生えていないから脱ぐのを遠慮して欲しいとかいう理由ではないですよね。真祐・・・」
ウルウルした兎のような赤い瞳でこちらを見てくる様子に、思わずぐっときてしまったが、話の論点がずれている。
そういえば、こういう話が好きな人物と過去に会った事があったと思い出した。
「他人の胸毛を鑑賞するのもヌーディストビーチの醍醐味さ!」
突然響いた声に一向は振り返った。
そこには・・・
小柄なおかっぱ頭の男が、偉そうに踏ん反り返っていた。
自身はヌードではない。
ちゃんと海パンを履いている。
「うほー!!」
奇声をあげながら突進してきたそいつは、
「胸毛がなくてもまぁどうにかなるさ、私はいい歳こいて体毛が少ないタイプにも萌えを発見したからね!」
と怪しい発言をした。
リヒャルトの肩が意味ありげにビクつく。
「別に長官のことを言っているんじゃないよ。うんうん」
誤魔化すような視線で、そいつは真祐とアイオンの二人に近づく。
「おや、これはまぁ。真祐くんじゃないか!私は占い師だから、人の名前は覚えられるんだよ。この白い兎みたいな人は初対面だけど、私は、ここであなたと会うとわかっていたんだ」
確信めいたことを言いながら、自らカクカクと首を縦に振っている。
「ああ、たしか、SSGで会ったことあるぞ!」
真祐が叫んだ。
この不気味なシルエット。毛に対する執着心は只者ではない。一度会ったら忘れないインパクトの持ち主、SSG公認占い師の兎兎。
「おまえは、潤一と共に休暇をとったと聞いていたが」
リヒャルトの言葉に、兎兎はうんうんと返事をする。
「ジュージュもいるよ。ただ私がヌーディストビーチに行きたいって言ったら、すごい勢いで止められちゃったの。だから、振り切るようなスピードでここに走ってきたんだよ!」
そのジュージュと呼ばれている潤一が、やっと顔を現した。
だいぶ息切れの様子だ。
「ぜぃぜぃ、兄う・・え。言う事を聞いてくださいよ。こんな危険なところに来てはいけない。あれ?職場の人間がっ!・・・嫌な週末だなぁ」
本当に嫌そうな顔で潤一は、リヒャルト及び、遠くで裸体でいるRQを見た。
「ああ、兄上以外にもヌードが好きな人がいましたね」
「私も今から脱いで走り出すんだ!」
兎兎が海パンに手をかけたので、潤一は光速の動きでそれを食い止めた。
誰も目で確認ができないほどのスピードだ。
「あなたの裸は私だけのものです!」
真祐は知らない振りをし、アイオンはメモ帳を取り出して台詞を書き込んでいた。リヒャルトはRQに狙いを定めた。
その時だった。突然、大きな揺れがして海の中から得体の知れない生き物が姿を現したのだ。
「う、うわー!!焼きそばを食べている暇もないんだよ!」
兎兎は悲鳴をあげて、海の家に向かって避難・・・するのかと思いきや、焼きそばを購入していた。
「きみたち戦いたまえ。私は焼きそばを食べることにする。お腹がすいたからね」
潤一も冷静そのものの顔で缶ビールの蓋をプシュっとあけた。
「私たちは所詮、非戦闘員なんですよ」
実は二人とも、結構な戦闘力を持っているのだが、まったく持ってやる気がないらしい。
「それにしても、ネッシーみたいな怪物だねぇ。私フランクフルトも買ってくるよ。ジュージュは?」
「私はピーナッツをお願いします」
「休暇は返上だ!おまえたち!」
リヒャルトは怒鳴った。
見物する気満々の二人は、それさえ「そういわれてもぉ~」とやっぱりビーチパラソルの下でのんびりとしている。
「リヒャルト、あんたの悪いところだ。休日はしっかりと取らせてやんねぇと」
裸のままRQが現れて言った。
「服を着ろ!」
リヒャルトの青筋が切れるのは時間の問題かと思われた。
「うわっ!こっちに近づいてくる!」
真祐の目の前に怪獣が首を伸ばしてきた。
その前に立ちふさがったのはアイオン。
「大丈夫、僕が説得してみせます。それでもいう事を聞いてくれない場合は、今夜の夕食になってもらう予定です。お楽しみに!」
「食いたくねぇ!」
可愛らしくウインクしてみせるアイオンだが、言っている内容はあいかわらず不気味だ。
「きみは何が目的なのですか?」
いきなり怪獣に向かって語りかけるアイオンを皆は見守った。
だが、その後の言語はさっぱりわからなかった。
「*+‘{}」
「=」(=&(~」
ひとまず、怪獣のそばを離れたアイオンはリヒャルトに
「あの怪獣は変なものを実験的に食べてしまったとのことで、大変苦しんでいます。
一思いに殺ってくれ!と冷静ではない状態。どうしますか?」
と指示を仰いだ。
それを傍で聞いている真祐は人事ではない状況に、怪獣に対して心底同情した。
近い未来の自分の姿ではないようにと祈るばかりだ。
「未確認生物を殺めるわけにはいかない。何を飲み込んだのかは知らないが、吐き出させる」
リヒャルトは冷静に判断した。
普段から宇宙人を相手にしているだけある。
「作戦だが、まず私が・・・」
「オレに任せろ!」
リヒャルトが話し終える前に、RQが飛び出していった。
もちろん服は着ておらず、生まれたままの姿である。
「キサマは人の話を・・・いや、その前に服を着ろ!服を!!」
怪獣の登場に眉一つ動かさなかったリヒャルトだが、このときばかりは大声で叫んだ。
せっかく今までRQの裸体から目を逸らしていたのに、それにつられて、真祐は見てしまった。
「・・・アイオン、俺もう駄目かも」
真祐はそう言うと、パラソルの下でくつろいでいる兎兎と潤一のもとへ、一目散に走っていった。
「ああ、真祐、君には目に毒でしたね・・・」
アイオンはふっとため息をつくと、怪獣に向かって何か言った。
指令を出しているようで、それに対して怪獣がこくこくと頷く。
それと同時に、凄まじい勢いで泳ぎ着いたRQが、長い首をよじ登った。
「さあ、吐いてもらおうか!」
RQがそう叫んだときだった。
怪獣が大きく口を開いた・・・
「あーあ、RQが食べられちゃったよ」
兎兎がフランクフルトにかぶりつきながら言う。
その隣では潤一が「青海苔をまぶすとおいしいですよ」と、真祐にピーナッツを薦めていた。
そんなことしてる場合か!
真祐がハラハラしながら二人を交互に見ていると、兎兎がぽつりと言った。
「漫画で似たようなシーンを見たよ、大きな人間に食べられるんだけど、ええと、なんて名前だっけ・・・」
「あ、●撃の巨人?」
つい反応してしまった。
「そう、それだよ!あの漫画にハマってるんだ」
「あれ面白いよなあ」
現実逃避が板についてきた真祐であった。
「主人公が食べられたときは、腕が!腕がー!って、大慌てしちゃったよ」
「あの展開には俺も驚いた!」
そんな二人を潤一が冷たい目で見ていた。
全裸で走り回っていたとはいえ、RQも一応は仲間なのだ。この扱いはひどいのではないか、
ビーチチェアに優雅に寝そべっていた潤一は、すくっと立ち上がった。
同僚を助けに行くのかと思いきや・・・
「兄上に薦められてその漫画を読んでみましたが、何から何まで非科学的です。いいですか、普通に考えて、巨人化するような薬が存在するはずがない。もっと根拠のある設定にしないと読者がついていけない・・・」
漫画について口論をはじめた。
くどくど続く説明を聞きながら、兎兎と真祐はこっそり顔を見合わせた。
「ジュージュは男のロマンがないよね」
そう言いながら、兎兎が冷めた目で潤一の胸元を見ている。
とたんに、潤一は心臓発作を起こしたように胸を押さえた。
「そんな胸に突き刺る言葉はやめてください!ストレスで脱毛症になってしまいます!」
「今こそ、コッペリウスが開発したジェルを使うときだね!」
「やっ、やめてください、そんな怪しげなもの!」
「ほらほら、遠慮しないで!」
漫才をする二人を見ているうちに、真祐は自分とアイオンの会話を思い出し、現実に引き戻されていった。
「そんなことより、RQは大丈夫なのか?!」
反応がだいぶ遅れてしまったが、二人の注意を怪物に向けることに成功した。
見てみると、ちょうどリヒャルトがなにやら叫びながら海に入っていくところだった。
「死ぬなRQ!普段はツンツンしているが、お前のことは嫌いではない!むしろ好きだ・・・いや、愛していると言ってもいい!ああっ、私もとうとうデレてしまった!私にここまで言わせるのはお前だけだ!戻って来いRQーーー!!」
ヌーディストビーチの中心で愛を叫んでいるのは当然リヒャルト・・・ではなく、兎兎である。
なにげに声真似がうまい。
それに爆笑した潤一が、ピーナッツを喉に詰まらせて窒息しかけた。
海と言ったときリヒャルトの顔色が悪かったのを思い出して、真祐はおそるおそる訊ねる。
「あの人、泳げるんだよな?」
リヒャルトは海に半分入ったところで、ぴたりと止まった。
大げさなほどに深呼吸を何度も繰り返している。
そして、頭の上でビシッと両手を合わせると・・・
覚悟を決め込んで、派手に水しぶきを立てて、頭から飛び込んだ。
「そういえば長官はプールに寄りつかないね」
「体を見られるのが嫌なだけでは?」
「体毛が少ないなりに魅力があるのに、恥らっちゃいけないよ。ね、ジュージュ!」
「うっ、また胸が・・・!」
潤一が苦しそうに胸を押さえたまま、ぱたりと倒れた。
問題のリヒャルトは一向に浮かび上がってこない。
「アイオン!なんとかしろ!!」
もうやつに頼るしかない。
真祐がアイオンを見ると、助けに行くでもなく、せっせとノートを取っていた。
「ああもう!世話が焼ける!」
もう自分しか残されていないことに気づいた真祐は、シャツを脱ぎ捨てて水の中に入っていった。
「あっ、真祐、とうとう脱ぐ気になってくれたのですね!感激して僕も服を着ていられません。さっそくツーショットを・・・」
「お前は黙ってろ!」
なんでこんな目にばかり合うんだろう。
これが終わったら何が何でも実家に帰ろうと決心して、真祐は潜った。
暖かくなっているとはいえ、海の中は息が止まるほどに冷たい。
しかし、人の命がかかっているのだ。ここで諦めるわけにはいかない。
海水に目が慣れてきた頃、リヒャルトを見つけた。
神妙な顔で海底に座り込んでいる。
苦しくはないようだが、その場から動く様子もない。
真祐の脳裏を、とある可能性がよぎった。
――ひょっとして浮かび方を知らないのか?
あの風変わりなSSGの連中を束ねる長官なのだ。
忍者屋敷をものともせず、綱の上を平然と歩くような人なのだ。
そんな人物が泳げないなんてことは・・・
真祐が悩んでいると、どこからともなく、怪獣の尻尾が飛んできた。
よける暇もあたえず胴に直撃する。
尻尾はそのまま体に巻きついて、真祐は水面に引き戻された。
浜辺でカメラを構えているアイオンと目が合う。
助けてくれ、アイオン!
思いがようやく通じたのか、アイオンがほんの少しだけシリアスな顔になった。
「いくら美味しそうな未確認生物だからといって、僕の愛する真祐を傷つけるものは容赦しません。ここで格好よく救出したら真祐も惚れ直してくれますよね。目指せ、脱☆倦怠期!」
「ぐだぐだ言ってないで助けろーー!!」
アイオンは怪獣と話そうと試みた。
しばらく意味不明な言葉を交わしたが、残念そうに首をふる。
その間も真祐は尻尾に捕まったまま、宙にぶらさがっていた。
「お腹の中で何かが暴れていて苦しいそうです。吐き出してもらうしかないみたいですね」
「何かって、RQだろ!」
真祐は尻尾にぶらさがったまま突っ込んだ。
とりあえずまだ生きているようでよかった。
「好物を見せたら出てきてくれるかもしれません」
アイオンは毒蛇の丸焼きを取り出して、マーマイトをたっぷりとかける。
ぽいっと投げると、どう見ても届きそうにないのに、丸焼きは宙に浮かんで、怪獣の口の中に入った。
「&#($#*@~~~!!!」
毒蛇の丸焼き・マーマイトソース添えを飲み込んでしまった怪獣は、目を白黒させながら暴れだした。
その拍子に振り落とされた真祐は、リヒャルトを引き上げようと再び潜る。
しかし、波が荒くてリヒャルトの姿が見えない。
「真祐、怪我はないですか?」
アイオンの声がして顔を上げると、水の上をてくてく歩いていた。
「うわっ、馬鹿!こんなとこで能力使うなよ!」
真祐は慌ててアイオンを水中に引きずり込んだ。
勢いがつきすぎて、頭を押さえ込んで沈める形になってしまったが、アイオンは「うわあ、冷たいです」などと言ってはしゃいでいる。
「RQとリヒャルトを探さないと・・・」
「あの二人なら海から上がっていますよ」
「いつの間に?!」
浜辺を見ると、RQがリヒャルトを担いで歩いているところだった。
怪獣の姿はすでに見えなかった。
この世のものとは思えないほどにマズイ料理を食べさせられて、RQともども吐き出して、すっきりしたのだろう。
「アイオン、手を離せよ。泳ぎづらい」
「こんなときになんですが、重要な発表があるんです」
「なんだよ。愛してるのは嫌というほどに分かってるぞ」
「君への愛ほどに重要ではありませんが、生死の問題につながることです」
「面倒なやつだな。もったいぶってないで言えよ」
「・・・僕、泳げないみたいなんですよね」
アイオンがてへっと可愛らしく舌をだした。
真祐からすればぜんぜん可愛くない。むしろ殺意を覚えるほどの顔だ。
「水の上は歩けただろ!」
「ああっ、動かないでください・・・」
アイオンはがぼがぼと泡を吐きながら沈んでいった。
泳げないというのは本当だったらしい。
まったく、リヒャルトといいアイオンといい、万能に見えてなぜこんな微妙な弱点があるのか。
しかたがないので、真祐はアイオンを引っぱって泳ぐことになり、岸に着くころには息も途切れ後切れだった。
そこでは、リヒャルトとRQが痴話喧嘩としか思いようのない会話を交わしていた。
「私は溺れてなどいない」
「緊張するから浮かばないんだ。もっとリラックスしろよ。ベッドの中にいるときみたいにな!」
RQの顔に右フックが入り、ゴツッと堅い音がした。
「金色もいいけど、ピンクも捨てがたいね」
兎兎が涎をたらさんばかりにRQの胸を直視している。
潤一が険しい表情のまま、素早くRQの胴体にタオルを巻きつけた。
「RQ、何かついてるぞ」
長いピンク色の髪の中で何かが光っている。
真祐が手を伸ばすと、手のひらに収まる大きさの石が出てきた。
こんなサイズの石、どうやって髪に巻きついたのだろう。
こいつ本当は宇宙人で、髪みたいに見えて、実は触手とか?
これ以上は追求しないほうが身のためだと思い、真祐は何も訊かなかった。
「これは隕石ですね」
何が根拠かは知らないが、アイオンがあっさりと断定する。
見たことのあるマークがついていた。
「・・・三つ目の紋章だ」
リヒャルトが、今すぐこの場から去りたいような顔で言った。