第四章 忍者の里へようこそ!

 
 
「情報部から連絡が入った。例のものはある山の奥にあるらしい」

リヒャルトは猫のステッカーがついた大変可愛らしい携帯を懐にしまいこんで、くつろいだ様子のRQの胸倉を無理やり掴んで起き上がらせた。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないか」
「あれが他者の手に渡ったらどうなるか、おまえもわかっているだろう。早く行動するに越したことはない」

慌てた様子で真祐の部屋を出て行こうとする二人を追って、アイオンも飛び出した。

「どこ行くんだ!」
アイオンは遭難した挙句氷づけになり、帰ってきたばかりだ。
ろくろく休みもせずに飛び出していくなど考えられない。
早くも真祐の脳裏に不吉な音色のベルがなる。
なんだかんだと付き合いが浅いわけではないのだ。
「真祐も早く来てください!あの二人は足が速いです」
「は?誰が一緒に行くって言ったんだよ!」
嫌な予感的中だ。ああいう連中に関わるとろくでもないことに巻き込まれる。
前にSSGと偶然にも関わってしまった時だって、ろくでもない結果が待っていたじゃないか。

「ああ、鍋が心配なんですね。僕が食洗器の中に入れておきましたから安心してください~!」
「そういう問題じゃない!」
言いながら、アイオンを追っていくとそこには黒塗りの車が着いていた。

「二人とも早く乗れ!」
「はい、RQさん」
ドアを開けているRQの元に走りこむアイオン。

「待て、アイオン!」
先に席に着いたアイオンに腕を引っ張られて、真祐は車の中に転がり込んだ。

「付いてくるのなら、二人とも覚悟はいいな」
リヒャルトの厳しい声が運転席からした。

「いや、その・・・」
実は無理やり巻き込まれたのだと、この状況では言いづらい。
「真祐は巻き込まれたんです。結果的には僕が巻き込んだのですが、これはきっと僕たちにとって必要な試練なんです。2日前に、真祐のお義兄さんから電話がかかってきて、倦怠期というものがいかに恐ろしいかというのを教えていただきました・・・」
大真面目な顔で語るアイオンを一発殴りつけてから、今朝電話をかけてきた兄ののほほんとした声を思い出す。愛や倦怠期について語る前に、自身がまともな生活をしているのがどうか、兄に問いたい真祐だった。



車は高速道路を北に向かっていく。
道路の端を時速300キロ以上で飛ばしていっているところ、政府関係に連絡がいっているらしい。


景色はどんどん都会を離れて山陰へと変わった。

「忍者の里にあると情報部から連絡が入った」
「・・?」
リヒャルトの言葉に、一同は黙り込む。

真祐が「じゃあ、向かっている先ってテーマパーク?」という前に、アイオンが興奮した口調で
「僕は忍者に会うのは楽しみです!」
と言い始めた。
「おまえは時代劇の見すぎだ。実際、今の日本にいるわけないだろ」
「いや、忍者は実在している。我がSSGにもその末裔が所属しているのでな」
と、リヒャルト。
「そうなのか!?」
SSG、どこまでも怪しい集団である。これ以上関わらないほうがいいのかもしれない。
真祐は付いてきたことを後悔したが、内心、好奇心にもかられていた。

「忍者って・・・一応、武装集団だよな」
「ぜひとも、手合わせしてみたいです!」
わくわくした様子の二人を見て、RQはニンマリと笑う。

「正攻法は効かない連中だぜ。戦いにくい」
「え、RQさんでも!」
見たところ、RQは相当戦闘力がありそうだった。
「あいつらは、自ら攻撃をしかけてこない。ただし、こちらが攻撃をした隙をついてくる。蛇のように狡猾な攻撃を・・・」
RQの説明を熱心に聞いている二人に、
「そういうことだ。会うことがあっても、むやみに攻撃しては命取りになる」
とリヒャルトは注意を促し、ブレーキをかけた。

車から出てみると人里離れた山奥だった。
空気が澄んでいる。
木々の音が優しい。

「こちらだ」
リヒャルトに一同が付いていくと、木の看板が見えてきた。




そこには・・・



思いっきりフレンドリーな文字で「忍者の里へようこそ!」と書いてある。

「やっぱ、テーマパークじゃないか!」
叫ぶ真祐。
少しでも本気にした自分が馬鹿だった。
今だにニンジャ・サムライ・ゲイシャ・・とかそういう国だと思っているのだろうか、この人たちは。
しょうがない。テーマパークでも楽しんでいこうか。

そう思った時、アイオンが声をあげた。
「真祐、見てください。あの人きっと忍者ですよ!」
「ああ」
きっと忍者役の人だろうと振り返ると、そこにはプラチナブロンドの長髪をなびかせた少年が立っていた。黒い作務衣のようなものを着ているところを見ると一見蕎麦屋のようにも見える。

「すみません、あなたが忍者ですか!」
興奮した様子でアイオンが駆け寄る。
「あ、馬鹿っ!」
これじゃただのニンジャフリークだ。もしくは、外国から来たニンジャ漫画オタクである。
「すいません、こいつニンジャオタクなもんで!」
慌てて、アイオンの頭を掴んでガッと下げさせた。

だが、相手は「そうだ」と非常に簡潔に答えた。
「ほら!忍者だ!」
アイオンが歓喜したかと思えば、RQが
「よろしくぅ~」と手を出す。
だが、スルリと素早く相手の懐に入り込もうとしたRQは、地面に叩きつけられた。
「ふん、さすが!」
「SSG関係者でなかったら・・・師匠から連絡がなかったら、もう少し付け加えるところだった・・・」
と黒服の少年は言い、RQの首筋に置こうとした自分の足を浮かせた。

「連れが失礼をした」
リヒャルトは、そのRQの顔を思いっきり踏みつけながら、少年に挨拶をする。

「リヒャルト長官、お久しぶりです」
「彗、元気そうだな」
「ええ」
手短に挨拶をすませた後、彗と呼ばれた少年は、一同を木造の古い民家の中に案内した。

そこには、おどおどしい武器類がさりげなくディスプレイしてある。

「忍者刀!」
アイオンが声をあげる。
「ああ、たしかアイスが持っていたあれだろ」
「忍者刀は、鞘より刃の部分の長さが短い。先に目潰しなどを仕込めるようになっているんだ」
と彗が説明を付け加えてくれた。

「こちらへ」

彗が木の扉をあけて消えた。
「!?」
アイオンが続く。
そうして、アイオンも消えたが中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「真祐も来てみてください。楽しいですよ!」

「オレが先に行くぜ!」
意気揚々と扉の向こうへ消えたRQだが「Woooooooo!!」という悲鳴が聞こえて、やがて消えていった。

「何が起こっているんだ?」
扉の向こうは暗闇。
「命が惜しいなら、ここで待っていろ。強制はしない」
リヒャルトが入っていって消えた。
先ほどの彗と同じように声もしない。

「よ、よし!」
兄貴の遺言を聞く前にこちらが遺言を残す羽目になりそうだ。
扉の向こうへ足を踏み入れた真祐。
「アイオン無事かっ!!うわぁぁぁ!!」

なんと、暗闇の向こうには床がなかった。いや、あるにはあるのだが、急角度で下に向かっているのだ。急な斜面を四つんばいになって、どうにか落ちずに済んだ。
「真祐、こっちだ」
暗闇からリヒャルトの声がする。
続いて、風が舞い降りたかと思うと誰かに手を引っ張られた。
そして、急斜面を猛スピードで走っていく。
しかし、途中でバランスを崩した。
「うわっ、うわっ!落ちる!!」
「ここを斜面だと思うな。このスピードで駆け抜ければ、決して落ちることはない」
驚くほど冷静なこの声は、先ほどの彗である。

「そんなの無茶苦茶だ!」
叫びながらも、壁に等しい角度の斜面を走り抜けていく。
忍者が壁歩けるってこういう理屈なんだ・・・と思った時、誰かに引っ張り上げられた。
リヒャルトだ。

「あの二人は落ちた・・だが、たぶん生きているだろう」
「え?!」

リヒャルトの言葉に耳を疑いたくなったが、アイオンのあの様子ではそのうちひょっこりと現れそうだ。それよりも悲鳴の上げ方からして、RQが心配である。

「あの二人は毒蛇の免疫を持っているのか?」
彗がしれっとした顔でリヒャルトに聞く。
「持っていなくとも、死ぬわけがない」
「ど、毒蛇?」
「あの下には毒蛇がうじゃうじゃとしている。免疫でも持っていないと命の保障はできない」
あいかわらず、顔色も変えずに彗は言った。

アイオンなら、毒蛇くらいどうにかなるかもしれない。
RQは見た目丈夫そうだが・・・。アイオンがどうにかするだろう。

「「あいつがついている命だけは大丈夫だと思う。その他の保障はできないが」」

なぜか、真祐とリヒャルトの声が被った。

「そうか」
彗は静かに頷き、二人をさらに奥へと誘った。

中は迷路のようになっていた。
戸だと思ったところには何もなく、思いつかないようなところからひょいと入り口が現れる。
本物の忍者なだけあって、慧はすいすいとナビゲートしていった。

「そこは仕掛けがあるから気をつけろ」

と注意するが、なぜか一テンポ遅れているので、真祐は槍に串刺しにされかけたり、落とし穴に落ちかけたりして、そのたびにリヒャルトに助けられていた。
中でも一番度肝を抜かれたのが、歩いている途中で床がすっぽり抜けたことだ。
体が宙に浮いたかと思うと、真祐は一直線に落ちていった。

「うわあっ?!」

今度こそ毒蛇の餌食になる!
真祐ががむしゃらに手を伸ばすと、何か冷たいものが腕に巻きついた。

「大丈夫か、真祐」

おそるおそる目を開くと、リヒャルトが鞭の片方を持っていた。
下を見ると鋭い刃先がいくつも光っている。

「今助ける」

あの細い体のどこにそんな力があるのか、リヒャルトは真祐をすいすいと引き上げた。
なぜ忍者の里とかいう庶民的なテーマパークで、ハリウッドのアドベンチャー映画のような目にあっているんだろう。
真祐の脳内でイン○ィ・ジョーンズのテーマソングが流れた。

「そっちのやつは普通の人間らしいな」

慧が真祐を見て言った。
簡単に普通というけど、お前も変人に囲まれてみろ。常識を保つのがどれだけ難しいか!
そう反論しようとしたが、この慧も変人の一味なので話が通じるとも思わない。
真祐はもう突っ込む気力もなかった。

「もうすぐ着く」

急いでいるようには見えないのに、慧はかなり速いスピードで歩いていく。
真祐はついて行くだけで精一杯だ。
その上、後を歩くリヒャルトに「そこは危ない」だの「頭に気をつけろ」だのと気を遣われて、本当に何しに来たんだろう・・・と、厄介ごとに巻き込んだ張本人であるアイオンを呪いたくなった。
これでは命がいくつあっても足りない。
あのフレンドリーな看板からして、ここはテーマパークのはずである。
子供だってたくさん来るだろう。こんなに危険な設備があっていいのか。

「一般人には危ないんじゃないか?」
「SSGの連中に退屈させないようにと、師匠から言いつかった」
「だからって本気で殺そうとすんな!」

いい加減にびっくり屋敷にも慣れてきた真祐は、前方から飛んできた手裏剣を叩き落とした。
アイオンとつるんでいると、どんな状況にも耐えられるほどの適応性がつくのだ。

「これが彼らなりの歓迎の仕方なんだ」

リヒャルトが冷静にコメントした。

「忍者って、仲間を毒蛇に放り込むのか・・・?」

これがあの有名なブシドウとかいうやつか。
アメリカで育った真祐にはよく分からなかった。



そうこうしているうちに、小さな部屋に招き入れられた。
入り口が小さく、苦労しながら入ったときには、慧が囲炉裏の前に正座していた。
飯でも炊くのか?と思いきや、囲炉裏をがたっと持ち上げた。
下が隠し道路になっているらしい。

「離れ部屋に繋がっている」

そう言って慧は隠し道路の中に消えた。
真祐は中を覗き込んでみたが、真っ暗で何も見えない。

「私が先に・・・」
「いや、俺が行く!」

これ以上リヒャルトに世話になるわけには行かない。
真祐は覚悟を決めて中に飛び込んだ。
思った以上に深い。
踵を打ちつけ、衝撃が膝までじーんと響いた。
灯りを持った慧がそれを見て

「お前、一般人のくせに根性だけはあるな」

などと、褒めているのか貶しているのか分からないことを言った。

「あいつと暮らしてみろ。根性くらい嫌ってほどつくぞ」

本当は痛くて涙が出そうだったが、真祐はやせ我慢した。
隣ではリヒャルトが音もなく着地している。

「戻りたければ今からでも遅くはない」
「いや、今一人になったら確実に死ぬから・・・」

映画では、主人公のグループからはぐれたやつらから死んでいくのだ。
真祐の頭の中では、この鞭を使うSSG長官が某考古学者に見えていた。



それからは、登ったり降りたり、細い道をくねくねと曲がったり。
どこに向かって進んでいるのか分からなくなったころ、頭上に光が見えた。
土ぼこりにむせながら登ると、ようやく外に出た。
あの隠し道路は枯れ井戸に続いていたらしい。
見たところ庭のようで、手前に池があり、その向こうに小さな祠があった。

「池の向こうまでは、この綱をつたって行くんだ」

慧は細い綱の上に立ってバランスを取り、さっさと歩いていく。
もう忍者というよりはサーカスの世界だった。
さすがのリヒャルトも断念するかと思いきや、ひょいと縄に飛び乗り、苦もなく慧の後をついていく。
綱の上をてくてくと歩く二人を見ながら、真祐はぽそりとつぶやいた。

「普通に池のまわりを歩けばいいんじゃあ・・・」

普通の人間である真祐は、のんびりと池の周辺を歩くことにした。
都会から離れているので空気はいいし、春風が気持ちいい。
蔵の前には大きな桜の木があった。
花見しているのか、その下にピクニックシートを敷いて、ピンクの服を着た二人組が座っている。
忍者のコスプレらしいが、それにしては派手な色だ。
観光者なのだろう。おかしい格好だけど微笑ましい・・・なんて思ったのも最初だけ。
その二人組の顔を見て、真祐はこけそうになった。

「お、お前ら・・・」

アイオンとRQが正座したまま、湯飲みを傾けているではないか。

「俺たちはあれだけトラップを潜り抜けてきたのに、何のうのうと茶を啜ってんだよ!」

突っ込みを入れようとした真祐だが、神妙な顔をしたRQに止められた。

「空気を乱さないでくれ。オレたちは今、ZENの世界に入ってるんだ」

台詞だけとればカッコいいが、ピンク色の忍者服を着て言われると冗談にしか聞こえない。
その隣で、アイオンがスルメのようなものを齧りながら言った。

「お茶請けも用意しています。真祐も一緒にどうです?」
「茶とかいいからさ・・・毒蛇はどうなったんだ?」
「毒には毒を、と言うじゃないですか。あいおんの仲間を手にかけるのは心が痛みましたが、おかげでおいしく焼きあがりました」

スルメだと思っていたのはヘビの丸焼きだったらしい。
うっかり受け取ってしまった真祐だが、アイオンの言葉を聞いて、ぼとりと地面に落とした。

「せっかく生きのいい材料を提供していただいたので、無駄にするのも失礼じゃないですか」
「マーマイトをつけると一段とうまい!」

RQは臆することなく、ばりばりと食べている。
お前はマーマイトだったらなんでもいいのか!
真祐が、この二人が同類だと悟った瞬間だった。

「二つ目の紋章を見つけた」

いつの間にかリヒャルトと慧が傍に来ていた。

「短刀に彫りこまれている」

リヒャルトが持っているのは、古めかしい刀だった。
鞘から抜くと、刃の部分にそれらしい模様が入っている。

「おお、よくやったリヒャルト!」
「何偉そうな口を聞いている」

あんなことを言っていたが、やはり心配していたのだろう。
のほほんとお茶している二人を見て、リヒャルトは眉を吊り上げた。

「お前も、俺たちと一緒にZENを感じようぜ!」

立ち上がろうとして、RQは前につんのめった。
手に持っていた湯のみが飛び、お茶がリヒャルトの顔にかかる。

「・・・・・・」

ピシッと何かが切れる音がした。
髪からぽたぽたと茶を滴らせているリヒャルトは、水も滴るなんとやら・・・を通り越して、まるで般若のような迫力があった。

「手を貸せリヒャルト!足がしびれて動けねえ!」

地べたでジタバタとひっくり返った虫のようにもがくRQに向かって、鞭が容赦なく飛ぶ。
通りかかった観光者たち、アトラクションと勘違いして、パシャパシャと記念写真を撮っていた。