第三章 マンモスに執着する人たち
「まぁ、オレたちにかかったらこんなもの容易い!」
ニヤリと笑みを浮かべた少年。
「うん」
その隣では、いやに暗い笑みを浮かべた少年が視線をブツに向けている。
「そ、そうだよな・・・うん。逃げ切れるぞ!何しろオレたちもJ&Mなんだから!」
必死に自分に言い聞かせるように言ってから、少年は
「そうだよな!」
と隣の暗い少年に問いかける。
「大丈夫だ。私の言葉を信じろ。我々が失敗するはずがない!」
彼は、やはり不気味な雰囲気を漂わせたまま、親指を立ててみせた。
それを聞いて、ほっと息を吐き
「おまえが言うと落ち着くよ。ありがとう湊」
「J&Mだろ。私が湊でおまえがJBなんだから」
暗い印象を与えがちな少年と比べて、こちらはオレンジに染めた髪に革ジャンと、まるで不良のようないでたちである。
明るかったかと思えばいきなり消極的になり、テンションが上がったり下がったりする。
双極性障害かと思うほどだが、本人によればただの気分屋だという。
湊は、その暗く不気味な雰囲気のわりに驚くほどポジティブで、いつも自信満々である。
ネタを持ってくるのはいつも彼で、意外なことに誰にでもフレンドリーで知り合いが多い。
いろんな意味で世反対な二人が出会ったのは3年前、アメリカ東海岸の海だった。
正確にいうと崖で、飛び降り自殺の名所だ。
JB…もとい、ジェイムス・ボンドは、某スパイと同じ名前のせいで今までからかわれてきた。
しかし根がお調子ものなので、どうせなら本物のスパイになってやろうと決心し、頭脳はともかく身体能力だけは悪くなかったので、とある組織に拾われて訓練を受けた。
銃の扱い方から格闘技、鍵の開け方まで学び、ひょっとしてオレって才能あるかも?と有頂天になっていた頃。
調子に乗っていたJBの前に大きな試練が立ちはだかった。
見習いとしてJBがついたのは、童顔のくせに自分より4つ上で、口も態度も悪い男だった。
「ふざけた名前のくせに大して才能ねーな。捕まって拷問されて殺されるのがオチだ。今のうちに死んどけば?」などと散々けなされて、気分のメーターが一気に傾く。
なんのためにここまで頑張ってきたのか・・・もういいや、死のう。
ろくに考えもせずにそう決断して、JBはその崖に来たわけだが・・・
「・・・あれ?」
残念(?)なことに先客がいた。
JBと同い年くらいのアジア系の少年だ。
しかし、崖を見つめる横顔はJB以上に暗かった。
これはどう見ても死に急ぐ人間の表情である。
「早まるな!というか、そこは俺のスポットだから他をあたれ!」
とっさにJBはその人物に飛びついた。
こんなに若いのに、命を投げ出していいわけがない。
自分のことは棚において、JBは彼を説得しようとした。
ところが、勢いがつきすぎたのか、止めるどころか相手の背中に頭突きを食らわせる格好になってしまい・・・
「わあーーーっ!」
二人して崖から落ちた。
アジア系の少年は木につかまり、間一髪のところでJBの腕を掴んだ。
一度は命を絶とうとしたJBだが、死にかけてみるとやはり恐ろしいもので、必死にしがみつきながら叫んだ。
「あ、危ないじゃないかよ!あんた、死ぬ気か!」
「・・・なんでそうなるんだ?」
二人は宙にぶらさがったまま、お互いを見た。
こんな状況でも自殺オーラ全快な少年は、ぼそぼそと暗い声で言った。
「私は現地の下見に来たんだ。この下にはお宝が眠っているからな」
「え・・・宝っ!?」
驚くJBを、彼はひょいと引き上げた。
幽霊のような顔をしているわりには力がある。
「私は湊という。おまえは?」
「オレはJBだ!」
「JBか。それはなんのイニシャル?」
「・・・言いたくない」
「ジョー・ブラック、いや、案外ジェイムス・ボンドだったりして」
湊はひっひっひと肩を震わせて、幽霊のように笑う。
風に吹かれて髪がべっとりと顔に張りついて、余計に不気味だった。
「おかしいかよ!人の不幸を笑うなっ!」
それが二人の出会いだった。
今回は、あのJ&Mが動くという情報を入手して彼らの行動を見張っていた。
本当はこんな真似はしなくないが、お宝が実際掘り出した人間から別の人間の手に渡るのはよくあることだ。
それに・・・実は過去J&Mにちょっとした借りもある。
「このマンモスの牙にはある大変な秘密が隠されているって話だ。それは今の世界を一変させてしまうほどの・・・」
「この紋章を5つあわせると、何かが起こる。世界を一変させる何かが・・・ちょうどいい!酒場でのネタ話になる」
そう言って、湊はニヤリと暗い笑みを浮かべた。発言とは裏腹に見た人がぞっとするような表情だ。
「そうだ、あいつらはまだ温泉にいるのかな?」
自前のジェット機の計器を見るなり、JBは驚愕した。
「追ってくるぞ!しかもこっちに真っ直ぐ!どうすんだよぉーー!!」
「逃げ切ってみせるさっ!」
ガタつくJBとは逆にあいかわらず自信満々の湊だった。
「よし、全員乗り込んだな!」
リヒャルトが確認すると、乗員は「あいあいさー」と声を上げた。
J&Mのジェット機にJ&Mの二人。リヒャルト・RQ。そして、いつの間に採取したのか、マンモスのサーロインとロースを持ったアイオンが続く。
「真祐、待っていてください!最高の部分を用意しました。鍋の他にTボーンステーキも作れます!」
と鼻息が荒い。
「奴らが向かった方向は日本方面なんだろうな」
「そうだ。ほら発信機が真っ直ぐ日本に向かっている」
ジャンが計器を指差す。
「まずいな」
とリヒャルト。
「あ、わかった!猫長官は触手が嫌いなんだね。脱がされたことでもあるの?」
ミラーが朗らかに笑った。
「オタクにしかわからない話をしてんじゃねぇよ、ミラー。出発するぞ!」
「あいあいさー」
操縦席にはミラー、隣にはジャンが座る。
「ええとねー、僕は秋葉原に行く使命を感じて今まで生きてきたんだよ」
航路が落ち着いてきた時、ミラーが嬉しそうに話しはじめた。
「僕もその使命を命じられて、今までの人生を送ってきました」
とアイオン。
お互いに通じるものを感じたらしく、一般人がついていけないような話をしはじめたので、ジャンはため息まじりで
「もう二人でアキバでもどこでも行って来いと言いたいところだけど・・・長官さんから話があるみたいだぜ」
「各員、これは重要な話だ。あれのパーツの一つはこれから我々が向かっている日本にあることが判明している。それがどこにあるのかまでは把握していないが、現地に着き次第、本部の情報部から連絡があるはずだ。だが、この中には一般人もいる・・・」
きょとんとした顔でリヒャルトの言葉を聞いているアイオン。
「おまえは、我が友の関係者だと聞いたが、この先は危険が伴う。我々としても強制はしたくない。もし今の時点で我々と関わったことを忘れてもいいというのなら、それなりの処置をする。命まではとらない。それは保障する」
「皆さんでマンモスを食べませんか?僕は真祐にマンモス鍋を作ってあげることだけを考えていましたが、結構、量があるしミラーさんも食べたいと希望しているので、無下にすることもできません。真祐も巻き込んで冒険に出かけるのが皆の幸せだと僕は考えます」
実際に、真祐がここにいたら「巻き込まれて幸せ」という選択をしたかどうか・・。
もちろんそんなことは考えないアイオンだった。
「うーん」と考え込むリヒャルトに
「まぁ、人数は多いほうが楽しいってもんだろ!」
RQが明るく言う。
「おまえは、一般人を巻き込むつもりか!だいたい・・・」
「いいや・・・」
リヒャルトの言葉をさえぎり、RQはアイオンのほうを見た。
「あいつ・・・何かある。場合によってはあの猫耳天使以上に。それに、何よりオレと同じ匂いがするのさ」
「?」
「DNAの香りとでも言おうかな」
「おまえみたいなふざけた奴がそうそう何人もいるとは思えん。もしものことがあったら私は我が友に顔向けができない・・・」
「大丈夫さ、何かあるって言っただろ!」
したり顔を見せるRQにリヒャルトは不機嫌極まりない顔を見せたが、たしかに氷の中であの服装で凍っていた事実もあり、アイオンを受け入れることにした。
ところで当人は、ミラーと二人でマンモスの肉の可能性について真剣に語り合っていた。
アイオンが散歩に行ったきり帰ってこない。
最初の1~2日は平然と構えていた真祐だが、3日目になってようやく慌てはじめた。
連絡しようにもアイオンは携帯を持っていない。
僕と真祐は以心伝心なのでこのような小道具はいりません!とかなんとか馬鹿なことを言っていたが、あのとき無理矢理にでも持たせればよかったと今になって思う。
誘拐されたのだろうか?それとも遭難?
ああ見えて殺しても死なないような人物なので命に別状はないのだろうが・・・
あの同居人はどれだけ心配をかければ気がすむのか。
GPSでもつけようかと考えていると、電話が鳴った。
真祐は1コール目で受話器に飛びつく。
「アイオン?!」
まだ早朝だ。こんな迷惑な時間にかけてくる人物といえば一人しか・・・
「やあ真祐!」
・・・いや、二人いた。
真祐の兄、祐介である。
真祐は無言で電話を切りたい衝動にかられた。
「なんの用だよ」
「アイオンくんがどうかしたのかい?」
「いや、別に・・・」
「私が推理するに、帰っていないのだろう。君がこんなに早く電話に出たのも説明がつくね」
「こんなときだけまともな推理すんな!」
「朝帰りはまずいよ、真祐。君たちの関係に口を出すつもりはないけれど、倦怠期が続くようならちゃんと話し合ったほうがいい。頼むから離婚には踏み出さないでくれ。あんな素晴らしい義弟を失ったら、私はどうしていいか・・・」
「思いっきり口出してんじゃないか!っていうか、そもそも結婚してないし!」
真祐は肩を怒らせて怒鳴った。
なんで朝っぱらからこんなに気力を使わなければならないのか。
兄が無償の愛の素晴らしさについてくどくど話しはじめたので、真祐は苛ただしさを堪えながら訪ねた。
「だから何の用だよ?世間話なら切るぞ」
「ああ、そうだった。今にエジプトにいるのだけれど、面白いものを見つけてね」
「仕事か?」
「うん、そんなものかな」
このエキセントリックな兄がどんな仕事をしているのか、今だに知らない。
質問すればはぐらかされるのだが、この世には知らなくてもいいことが予想以上にあることを、真祐は経験から学んでいた。
「アイオンくんがいつか、宇宙文字を解読したいと言っていただろう」
「あいつ、そんなこと言ったのか?」
冗談じゃない。
アイオンの趣味は創作料理から星占い、エプロン征服までと幅広いのだ。
宇宙について何か言っていた気がするが、そんなものにまで興味を持たれたらこちらの身が持たない。
「変わった紋章の入ったタブレットを入手したから持ち帰ろうかと・・・あ、真祐、少しの間耳をふさいで」
そう言う祐介のうしろでつんざくような爆発音がした。
真祐は思わず受話器から耳を離す。
「何があったんだ!?」
「・・・が・・・でも・・・」
「おい、兄貴っ!」
物騒なことに巻き込まれたのだろうか。
真祐がハラハラしていると、祐介の声が戻った。
「ごめんごめん。こちらはテロ活動が盛んでね、ちょっと足止めを食らってしまった」
「テ、テロって・・・かなり危ないんじゃないか?電話してる場合かよ!」
「真祐に遺言を聞いてもらおうかなと思って」
「冗談じゃないぞ!ちゃんと顔を見せてから逝け!」
受話器の向こうで祐介がくすくす笑った。
「そのうち遊びに行くよ。アイオンくんによろしく言っておいて」
いきなり電話をかけてきたかと思うと、一方的に切れた。
真祐は電話の前に立ち尽くしたまま、なんで俺のまわりには変人しかいないんだろうと考えた。
そこで、ちょうどいいタイミングでインターフォンが鳴った。
今度こそアイオンに違いない。
文句を言うだけじゃすまないぞ、と真祐が勢いよくドアを開けると・・・
「肉を中に運べばいいのか!」
2メートル近くの大男が立っていた。
おかしな格好にピンクの長髪。どう見ても一般人ではない。
その男は断りもなしに入ってくると、肩にかついでいた肉をどさっと玄関に下ろした。
「真祐、調理場はどこだ?!」
こちらのことを知っているらしい。
こんな怪しい人間一度見たら忘れないのだが、どこで会ったのか思い出せない。
真祐が考え込んでいると、どこからともなく鞭が飛んできて大男の首を締め上げた。
続いて背中に鋭い蹴りが入り、男はずしん・・・と大木のように倒れた。
「連れの失態を詫びる」
次に入ってきたのは、軍人のような制服を身にまとった男だった。
顔は似ていないが、ストイックな雰囲気が未来の知り合いを思い出させる。
彼を見て、真祐は「あ!」と声をだした。
「突然の訪問、失礼する。蓮実真祐、前に一度会ったことがあったな」
「たしか、なんとかっていう組織の長官・・・」
「SSG長官のリヒャルトだ。そして、そこに転がっているのがRQ。やつの名前は別に覚えなくていい」
気を失っているかと思いきや、ピンク男は「よろしくぅ!」などと親指を突き立てている。
「SSGっていえば・・・」
真祐が言い終える前に、すべての元凶が顔を出した。
「そう、SSGといえばスペース・セイフティー・ガードの略です。彼らは実際に存在したんですよ、真祐!この感動をどう表せばいいのでしょう!」
「3日も行方不明になっておいて、帰ってきて最初に言うセリフがそれか!!」
何がどうなっているのか分からないが、とりあえずアイオンだけは殴っておいた。
「同居人が大変世話になりました・・・」
リヒャルトたちから話を聞いて、真祐は深々と頭をさげた。
どういうわけか北極で氷づけになっていたアイオンは、SSGとその仲間たちに助けられ、今は全員でマンモス鍋を囲んでいる。
アイオンの突飛な行動に慣れている真祐でも、この展開にはついていけなかった。
「このタレにつけて食べてください。クリームチーズと醤油がベースになっています。あと、RQさんの好物も用意しました」
「おお、マーマイトまであるじゃないか!」
マーマイトといえばあの調味料とは思えない味のソースである。
RQは瓶ごと掴むと、マンモスの肉にどばっとかけた。
リヒャルトが隣で「塩分は多いが、ビタミンBが豊富だ」などと、大真面目な顔でズレたことを言っている。
「太古の味がするね!」とアイオンと熱く語っているのはトレジャーハンターの片割れ、ミラーだ。
真祐がこのメンツを見渡し、今回も常識の通じる人間は自分だけか、と絶望しかけたときだった。
ジャンという人物が、マンモスが乗った皿を片手に、「あちゃー」という顔をしている。
この人も苦労人だ!
真祐はジャンが同士であることを瞬時に悟った。
「あのー・・・食べないんですか?」
「いや、このタレがちょっと・・・」
やっぱり普通はそうだよな。そうこなくっちゃ!
真祐が喜びを隠せずにいると、ミラーが言った。
「好き嫌いは駄目だよ兄さん」
「人のことが言えるかっ!」
兄が口を開けたとたん、ミラーは「せぃやー!」という掛け声つきで、素早くタレのついた肉を放り込んだ。
「んぐっ!」
ジャンは喉を押さえて、ろくに咀嚼せずに飲み込んだ。
「ん・・・ん??なかなか美味いじゃないか」
トレジャーハンターなだけに、珍味もいける口らしい。
一人取り残されてしまった真祐は、鍋に入っている野菜を食べてやり過ごそうとしたが。
「さあ真祐、君のためにとってきた肉です!遠慮せずにどうぞ!」
アイオンが肉を口元まで持ってきた。
「はい、あーんしてくださいv」
語尾にハートマークまでついている。
いつもなら「ふざけんな!」とちゃぶ台でもひっくり返しているところだが、アイオンはこれを手に入れるためにわざわざ北極まで行って、途中で死にかけたのだ。
マンモスの肉が食べたいなんて誰も言っていないので自業自得なのだが・・・
全員が、微笑ましいものを見るような目で二人を見守っていた。
――これが終わったら実家に帰ろう・・・
真祐はそう決心して、そろそろと口を開いた。
問題のマンモスの肉だが、牛肉のような味だった。
アイオン作のタレがなければ美味しく食べれられたかもしれない。
「リヒャルト、あれ、オレにもやってくれ!」
イチャイチャしている(ように見える)二人を眺めているうちにRQが騒ぎ出した。
リヒャルトは、食べさせるかわりに顔面めがけてフォークを投げつけてやった。
RQが「相変わらず熱いぜ、ハニー!」などと叫んでいる。
「お?あの二人組みが見つかったらしい」
ジャンの無線に連絡が入る。
トレジャーハンターたるもの、世界中に情報網を張っているのだ。
「行くぞ、ミラー」
「ええ?もう少しここでまったりしていたいよ~」
「文句言うな。逃した獲物は取り戻す!」
「J&Mの名にかけて!」
そう叫んで、ミラーはびしっと意味不明のポーズをとった。
それを聞いたアイオンが悲惨な声を出す。
「ミラーさん、もう行ってしまうのですか!」
「僕もアイオンさんと別れるのは残念だよ。あとで一緒にアキバに行こうね」
「約束ですよ。会えなかったら泣きますからね」
「うんうん、指きりしよう!」
二人は「ゆびきりげんまん~♪」とのったり歌いながら約束をかわした。
いつにもなくはしゃいでいる弟を見ながら、ジャンは「ミラーにもとうとう友達が・・・!」と心の中でこっそり感動している。
「長官、奪還は俺たちに任せろ」
「では、私たちは二つ目の紋章を探しに出る。あとで合流しよう」
そうして、J&Mは去っていった。
ニヤリと笑みを浮かべた少年。
「うん」
その隣では、いやに暗い笑みを浮かべた少年が視線をブツに向けている。
「そ、そうだよな・・・うん。逃げ切れるぞ!何しろオレたちもJ&Mなんだから!」
必死に自分に言い聞かせるように言ってから、少年は
「そうだよな!」
と隣の暗い少年に問いかける。
「大丈夫だ。私の言葉を信じろ。我々が失敗するはずがない!」
彼は、やはり不気味な雰囲気を漂わせたまま、親指を立ててみせた。
それを聞いて、ほっと息を吐き
「おまえが言うと落ち着くよ。ありがとう湊」
「J&Mだろ。私が湊でおまえがJBなんだから」
暗い印象を与えがちな少年と比べて、こちらはオレンジに染めた髪に革ジャンと、まるで不良のようないでたちである。
明るかったかと思えばいきなり消極的になり、テンションが上がったり下がったりする。
双極性障害かと思うほどだが、本人によればただの気分屋だという。
湊は、その暗く不気味な雰囲気のわりに驚くほどポジティブで、いつも自信満々である。
ネタを持ってくるのはいつも彼で、意外なことに誰にでもフレンドリーで知り合いが多い。
いろんな意味で世反対な二人が出会ったのは3年前、アメリカ東海岸の海だった。
正確にいうと崖で、飛び降り自殺の名所だ。
JB…もとい、ジェイムス・ボンドは、某スパイと同じ名前のせいで今までからかわれてきた。
しかし根がお調子ものなので、どうせなら本物のスパイになってやろうと決心し、頭脳はともかく身体能力だけは悪くなかったので、とある組織に拾われて訓練を受けた。
銃の扱い方から格闘技、鍵の開け方まで学び、ひょっとしてオレって才能あるかも?と有頂天になっていた頃。
調子に乗っていたJBの前に大きな試練が立ちはだかった。
見習いとしてJBがついたのは、童顔のくせに自分より4つ上で、口も態度も悪い男だった。
「ふざけた名前のくせに大して才能ねーな。捕まって拷問されて殺されるのがオチだ。今のうちに死んどけば?」などと散々けなされて、気分のメーターが一気に傾く。
なんのためにここまで頑張ってきたのか・・・もういいや、死のう。
ろくに考えもせずにそう決断して、JBはその崖に来たわけだが・・・
「・・・あれ?」
残念(?)なことに先客がいた。
JBと同い年くらいのアジア系の少年だ。
しかし、崖を見つめる横顔はJB以上に暗かった。
これはどう見ても死に急ぐ人間の表情である。
「早まるな!というか、そこは俺のスポットだから他をあたれ!」
とっさにJBはその人物に飛びついた。
こんなに若いのに、命を投げ出していいわけがない。
自分のことは棚において、JBは彼を説得しようとした。
ところが、勢いがつきすぎたのか、止めるどころか相手の背中に頭突きを食らわせる格好になってしまい・・・
「わあーーーっ!」
二人して崖から落ちた。
アジア系の少年は木につかまり、間一髪のところでJBの腕を掴んだ。
一度は命を絶とうとしたJBだが、死にかけてみるとやはり恐ろしいもので、必死にしがみつきながら叫んだ。
「あ、危ないじゃないかよ!あんた、死ぬ気か!」
「・・・なんでそうなるんだ?」
二人は宙にぶらさがったまま、お互いを見た。
こんな状況でも自殺オーラ全快な少年は、ぼそぼそと暗い声で言った。
「私は現地の下見に来たんだ。この下にはお宝が眠っているからな」
「え・・・宝っ!?」
驚くJBを、彼はひょいと引き上げた。
幽霊のような顔をしているわりには力がある。
「私は湊という。おまえは?」
「オレはJBだ!」
「JBか。それはなんのイニシャル?」
「・・・言いたくない」
「ジョー・ブラック、いや、案外ジェイムス・ボンドだったりして」
湊はひっひっひと肩を震わせて、幽霊のように笑う。
風に吹かれて髪がべっとりと顔に張りついて、余計に不気味だった。
「おかしいかよ!人の不幸を笑うなっ!」
それが二人の出会いだった。
今回は、あのJ&Mが動くという情報を入手して彼らの行動を見張っていた。
本当はこんな真似はしなくないが、お宝が実際掘り出した人間から別の人間の手に渡るのはよくあることだ。
それに・・・実は過去J&Mにちょっとした借りもある。
「このマンモスの牙にはある大変な秘密が隠されているって話だ。それは今の世界を一変させてしまうほどの・・・」
「この紋章を5つあわせると、何かが起こる。世界を一変させる何かが・・・ちょうどいい!酒場でのネタ話になる」
そう言って、湊はニヤリと暗い笑みを浮かべた。発言とは裏腹に見た人がぞっとするような表情だ。
「そうだ、あいつらはまだ温泉にいるのかな?」
自前のジェット機の計器を見るなり、JBは驚愕した。
「追ってくるぞ!しかもこっちに真っ直ぐ!どうすんだよぉーー!!」
「逃げ切ってみせるさっ!」
ガタつくJBとは逆にあいかわらず自信満々の湊だった。
「よし、全員乗り込んだな!」
リヒャルトが確認すると、乗員は「あいあいさー」と声を上げた。
J&Mのジェット機にJ&Mの二人。リヒャルト・RQ。そして、いつの間に採取したのか、マンモスのサーロインとロースを持ったアイオンが続く。
「真祐、待っていてください!最高の部分を用意しました。鍋の他にTボーンステーキも作れます!」
と鼻息が荒い。
「奴らが向かった方向は日本方面なんだろうな」
「そうだ。ほら発信機が真っ直ぐ日本に向かっている」
ジャンが計器を指差す。
「まずいな」
とリヒャルト。
「あ、わかった!猫長官は触手が嫌いなんだね。脱がされたことでもあるの?」
ミラーが朗らかに笑った。
「オタクにしかわからない話をしてんじゃねぇよ、ミラー。出発するぞ!」
「あいあいさー」
操縦席にはミラー、隣にはジャンが座る。
「ええとねー、僕は秋葉原に行く使命を感じて今まで生きてきたんだよ」
航路が落ち着いてきた時、ミラーが嬉しそうに話しはじめた。
「僕もその使命を命じられて、今までの人生を送ってきました」
とアイオン。
お互いに通じるものを感じたらしく、一般人がついていけないような話をしはじめたので、ジャンはため息まじりで
「もう二人でアキバでもどこでも行って来いと言いたいところだけど・・・長官さんから話があるみたいだぜ」
「各員、これは重要な話だ。あれのパーツの一つはこれから我々が向かっている日本にあることが判明している。それがどこにあるのかまでは把握していないが、現地に着き次第、本部の情報部から連絡があるはずだ。だが、この中には一般人もいる・・・」
きょとんとした顔でリヒャルトの言葉を聞いているアイオン。
「おまえは、我が友の関係者だと聞いたが、この先は危険が伴う。我々としても強制はしたくない。もし今の時点で我々と関わったことを忘れてもいいというのなら、それなりの処置をする。命まではとらない。それは保障する」
「皆さんでマンモスを食べませんか?僕は真祐にマンモス鍋を作ってあげることだけを考えていましたが、結構、量があるしミラーさんも食べたいと希望しているので、無下にすることもできません。真祐も巻き込んで冒険に出かけるのが皆の幸せだと僕は考えます」
実際に、真祐がここにいたら「巻き込まれて幸せ」という選択をしたかどうか・・。
もちろんそんなことは考えないアイオンだった。
「うーん」と考え込むリヒャルトに
「まぁ、人数は多いほうが楽しいってもんだろ!」
RQが明るく言う。
「おまえは、一般人を巻き込むつもりか!だいたい・・・」
「いいや・・・」
リヒャルトの言葉をさえぎり、RQはアイオンのほうを見た。
「あいつ・・・何かある。場合によってはあの猫耳天使以上に。それに、何よりオレと同じ匂いがするのさ」
「?」
「DNAの香りとでも言おうかな」
「おまえみたいなふざけた奴がそうそう何人もいるとは思えん。もしものことがあったら私は我が友に顔向けができない・・・」
「大丈夫さ、何かあるって言っただろ!」
したり顔を見せるRQにリヒャルトは不機嫌極まりない顔を見せたが、たしかに氷の中であの服装で凍っていた事実もあり、アイオンを受け入れることにした。
ところで当人は、ミラーと二人でマンモスの肉の可能性について真剣に語り合っていた。
アイオンが散歩に行ったきり帰ってこない。
最初の1~2日は平然と構えていた真祐だが、3日目になってようやく慌てはじめた。
連絡しようにもアイオンは携帯を持っていない。
僕と真祐は以心伝心なのでこのような小道具はいりません!とかなんとか馬鹿なことを言っていたが、あのとき無理矢理にでも持たせればよかったと今になって思う。
誘拐されたのだろうか?それとも遭難?
ああ見えて殺しても死なないような人物なので命に別状はないのだろうが・・・
あの同居人はどれだけ心配をかければ気がすむのか。
GPSでもつけようかと考えていると、電話が鳴った。
真祐は1コール目で受話器に飛びつく。
「アイオン?!」
まだ早朝だ。こんな迷惑な時間にかけてくる人物といえば一人しか・・・
「やあ真祐!」
・・・いや、二人いた。
真祐の兄、祐介である。
真祐は無言で電話を切りたい衝動にかられた。
「なんの用だよ」
「アイオンくんがどうかしたのかい?」
「いや、別に・・・」
「私が推理するに、帰っていないのだろう。君がこんなに早く電話に出たのも説明がつくね」
「こんなときだけまともな推理すんな!」
「朝帰りはまずいよ、真祐。君たちの関係に口を出すつもりはないけれど、倦怠期が続くようならちゃんと話し合ったほうがいい。頼むから離婚には踏み出さないでくれ。あんな素晴らしい義弟を失ったら、私はどうしていいか・・・」
「思いっきり口出してんじゃないか!っていうか、そもそも結婚してないし!」
真祐は肩を怒らせて怒鳴った。
なんで朝っぱらからこんなに気力を使わなければならないのか。
兄が無償の愛の素晴らしさについてくどくど話しはじめたので、真祐は苛ただしさを堪えながら訪ねた。
「だから何の用だよ?世間話なら切るぞ」
「ああ、そうだった。今にエジプトにいるのだけれど、面白いものを見つけてね」
「仕事か?」
「うん、そんなものかな」
このエキセントリックな兄がどんな仕事をしているのか、今だに知らない。
質問すればはぐらかされるのだが、この世には知らなくてもいいことが予想以上にあることを、真祐は経験から学んでいた。
「アイオンくんがいつか、宇宙文字を解読したいと言っていただろう」
「あいつ、そんなこと言ったのか?」
冗談じゃない。
アイオンの趣味は創作料理から星占い、エプロン征服までと幅広いのだ。
宇宙について何か言っていた気がするが、そんなものにまで興味を持たれたらこちらの身が持たない。
「変わった紋章の入ったタブレットを入手したから持ち帰ろうかと・・・あ、真祐、少しの間耳をふさいで」
そう言う祐介のうしろでつんざくような爆発音がした。
真祐は思わず受話器から耳を離す。
「何があったんだ!?」
「・・・が・・・でも・・・」
「おい、兄貴っ!」
物騒なことに巻き込まれたのだろうか。
真祐がハラハラしていると、祐介の声が戻った。
「ごめんごめん。こちらはテロ活動が盛んでね、ちょっと足止めを食らってしまった」
「テ、テロって・・・かなり危ないんじゃないか?電話してる場合かよ!」
「真祐に遺言を聞いてもらおうかなと思って」
「冗談じゃないぞ!ちゃんと顔を見せてから逝け!」
受話器の向こうで祐介がくすくす笑った。
「そのうち遊びに行くよ。アイオンくんによろしく言っておいて」
いきなり電話をかけてきたかと思うと、一方的に切れた。
真祐は電話の前に立ち尽くしたまま、なんで俺のまわりには変人しかいないんだろうと考えた。
そこで、ちょうどいいタイミングでインターフォンが鳴った。
今度こそアイオンに違いない。
文句を言うだけじゃすまないぞ、と真祐が勢いよくドアを開けると・・・
「肉を中に運べばいいのか!」
2メートル近くの大男が立っていた。
おかしな格好にピンクの長髪。どう見ても一般人ではない。
その男は断りもなしに入ってくると、肩にかついでいた肉をどさっと玄関に下ろした。
「真祐、調理場はどこだ?!」
こちらのことを知っているらしい。
こんな怪しい人間一度見たら忘れないのだが、どこで会ったのか思い出せない。
真祐が考え込んでいると、どこからともなく鞭が飛んできて大男の首を締め上げた。
続いて背中に鋭い蹴りが入り、男はずしん・・・と大木のように倒れた。
「連れの失態を詫びる」
次に入ってきたのは、軍人のような制服を身にまとった男だった。
顔は似ていないが、ストイックな雰囲気が未来の知り合いを思い出させる。
彼を見て、真祐は「あ!」と声をだした。
「突然の訪問、失礼する。蓮実真祐、前に一度会ったことがあったな」
「たしか、なんとかっていう組織の長官・・・」
「SSG長官のリヒャルトだ。そして、そこに転がっているのがRQ。やつの名前は別に覚えなくていい」
気を失っているかと思いきや、ピンク男は「よろしくぅ!」などと親指を突き立てている。
「SSGっていえば・・・」
真祐が言い終える前に、すべての元凶が顔を出した。
「そう、SSGといえばスペース・セイフティー・ガードの略です。彼らは実際に存在したんですよ、真祐!この感動をどう表せばいいのでしょう!」
「3日も行方不明になっておいて、帰ってきて最初に言うセリフがそれか!!」
何がどうなっているのか分からないが、とりあえずアイオンだけは殴っておいた。
「同居人が大変世話になりました・・・」
リヒャルトたちから話を聞いて、真祐は深々と頭をさげた。
どういうわけか北極で氷づけになっていたアイオンは、SSGとその仲間たちに助けられ、今は全員でマンモス鍋を囲んでいる。
アイオンの突飛な行動に慣れている真祐でも、この展開にはついていけなかった。
「このタレにつけて食べてください。クリームチーズと醤油がベースになっています。あと、RQさんの好物も用意しました」
「おお、マーマイトまであるじゃないか!」
マーマイトといえばあの調味料とは思えない味のソースである。
RQは瓶ごと掴むと、マンモスの肉にどばっとかけた。
リヒャルトが隣で「塩分は多いが、ビタミンBが豊富だ」などと、大真面目な顔でズレたことを言っている。
「太古の味がするね!」とアイオンと熱く語っているのはトレジャーハンターの片割れ、ミラーだ。
真祐がこのメンツを見渡し、今回も常識の通じる人間は自分だけか、と絶望しかけたときだった。
ジャンという人物が、マンモスが乗った皿を片手に、「あちゃー」という顔をしている。
この人も苦労人だ!
真祐はジャンが同士であることを瞬時に悟った。
「あのー・・・食べないんですか?」
「いや、このタレがちょっと・・・」
やっぱり普通はそうだよな。そうこなくっちゃ!
真祐が喜びを隠せずにいると、ミラーが言った。
「好き嫌いは駄目だよ兄さん」
「人のことが言えるかっ!」
兄が口を開けたとたん、ミラーは「せぃやー!」という掛け声つきで、素早くタレのついた肉を放り込んだ。
「んぐっ!」
ジャンは喉を押さえて、ろくに咀嚼せずに飲み込んだ。
「ん・・・ん??なかなか美味いじゃないか」
トレジャーハンターなだけに、珍味もいける口らしい。
一人取り残されてしまった真祐は、鍋に入っている野菜を食べてやり過ごそうとしたが。
「さあ真祐、君のためにとってきた肉です!遠慮せずにどうぞ!」
アイオンが肉を口元まで持ってきた。
「はい、あーんしてくださいv」
語尾にハートマークまでついている。
いつもなら「ふざけんな!」とちゃぶ台でもひっくり返しているところだが、アイオンはこれを手に入れるためにわざわざ北極まで行って、途中で死にかけたのだ。
マンモスの肉が食べたいなんて誰も言っていないので自業自得なのだが・・・
全員が、微笑ましいものを見るような目で二人を見守っていた。
――これが終わったら実家に帰ろう・・・
真祐はそう決心して、そろそろと口を開いた。
問題のマンモスの肉だが、牛肉のような味だった。
アイオン作のタレがなければ美味しく食べれられたかもしれない。
「リヒャルト、あれ、オレにもやってくれ!」
イチャイチャしている(ように見える)二人を眺めているうちにRQが騒ぎ出した。
リヒャルトは、食べさせるかわりに顔面めがけてフォークを投げつけてやった。
RQが「相変わらず熱いぜ、ハニー!」などと叫んでいる。
「お?あの二人組みが見つかったらしい」
ジャンの無線に連絡が入る。
トレジャーハンターたるもの、世界中に情報網を張っているのだ。
「行くぞ、ミラー」
「ええ?もう少しここでまったりしていたいよ~」
「文句言うな。逃した獲物は取り戻す!」
「J&Mの名にかけて!」
そう叫んで、ミラーはびしっと意味不明のポーズをとった。
それを聞いたアイオンが悲惨な声を出す。
「ミラーさん、もう行ってしまうのですか!」
「僕もアイオンさんと別れるのは残念だよ。あとで一緒にアキバに行こうね」
「約束ですよ。会えなかったら泣きますからね」
「うんうん、指きりしよう!」
二人は「ゆびきりげんまん~♪」とのったり歌いながら約束をかわした。
いつにもなくはしゃいでいる弟を見ながら、ジャンは「ミラーにもとうとう友達が・・・!」と心の中でこっそり感動している。
「長官、奪還は俺たちに任せろ」
「では、私たちは二つ目の紋章を探しに出る。あとで合流しよう」
そうして、J&Mは去っていった。