第二章 アイスマンII号
「猫長官がどうしたって?」
ミラーが訊くと、ジャンはかぶりを振った。
「発掘を中断して今すぐそちらに向かえだと。あいつにしちゃ、珍しく声が震えてたな」
「僕たち、大変なものを掘り当ててしまったみたいだね。アイスマンII号はきっと宇宙人なんだよ!」
「いや、どう見たって現代の服だ。どっかの金持ちがクルージング中に船から落っこちたんだろ」
ジャンは氷づけの人間、もといアイスマンII号を慎重に車に積んだ。
「くそっ、マンモスまであと少しなんだ!俺には分かる」
「まあまあ兄さん、とりあえず基地に戻って、暖かいコーラでも飲んで作戦を立て直そうよ」
「ミラー・・・前から言ってるが、それはあっためて飲むもんじゃない」
兄弟が話している間も、ドリルは休まずに氷を掘り進めていた。
「あの気の抜けた味がいいんだ。僕はレンジで暖めるのが好きなんだよね。あっ、爆発する?いや、あと10秒・・・もう駄目だ、でもあと少し、あー!っていうスリルが堪らないんだ」
「お前、そんなことしているといつか死ぬぞ」
機械が専門とはいえ、放っておくと何をしでかすか分からない。
何があってもミラーを一人にはするまい、とジャンは心に誓ったのだった。
「ところでさあ、兄さん」
「なんだ?」
「マンモスってあれじゃないかな?」
「おお!アイスマンの真下に埋まってたのかっ」
ドリルがマンモスの牙に当たったようだ。
よく見ると、牙の一角に見たこともない紋章が書かれている。
「これだ!ミラー、レーザーカッターを!」
「はい、先生。あ、指を切らないように気をつけてね、いくら兄さんでも生え戻るまで時間がかかるから」
「人をトカゲみたいに言うな!」
しかし、油断すれば指一本ではすまないだろう。
ジャンは慎重にレーザーカッターを受け取った。
「先生、汗を拭きましょうか」
「その先生ってのはなんだよ?」
「外科医ごっこ。これから僕が流行らせる予定のゲームだよ」
ミラーはふふふと不気味に笑う。
弟の行く末に不安を覚えつつも、ジャンは牙の一部を切り落とすことに成功した。
「よし、あれをやってくれ、ミラー!」
「あいあいさー、ミラクルチェンジ!」
兄弟とアイスマンII号、そして問題のマンモスの牙を乗せた車は一瞬にジェット機と化して、秒速すれすれのスピードで北極の空を飛んでいった。
その頃、基地ではRQが気難しい顔でコンピューターに向かっていた。
よほど重要なことかと思いきや、開いているのはメールの画面だ(ちなみに背景はショッキングピンクである)
「あちょー!ほぁたー!」なんて効果音つきで、人差し指でよちよちと不器用にキーを打っているが、本人はいたって真剣だ。
指が当たるたびにキーボードが悲鳴のような音を立てる。
新しく仕入れた機材だったが、もう寿命がそこまで来ていた。
「キサマ、一体何をしている」
そう言うリヒャルトは、先ほどから落ち着きなさそうに部屋を行ったり来たりしていた。
あんな写真を見てしまったのだ、取り乱さずにはいられない。
「アレクにメールしてるんだ。交換日記、今日は俺の番だからな」
「いつの間にそんなことを・・・」
リヒャルトは軽くショックを受けていた。
アイスとは会えなくても心の中で繋がっている。
そう思って、必要以上に連絡を取らないようにしていたのに・・・
こっちでは交換日記だと!年頃の女子高生でもあるまいし!
「今は子供でもやらないだろう」とその場の誰もが思ったが、恐ろしくて口には出せなかった。
「こちらの状況をちゃんと伝えたんだろうな」
「お前のハニーが北極で凍ってるぜっと・・・おっと、打ち間違えた。はは、ハニーがバニーになっちまった!ウサギっていうよりは猫なのに!」
「緊急事態だ、笑っている場合か!」
リヒャルトの鞭がうなり、スクリーンに血が飛び散った。
「バニーって・・・なんかの謎々か?」
時代は二千年ほど先の未来。
スクリーンの向こうで、アレクが首を傾げていた。
ひょんなことで過去に戻り、数日間SSGで働いたことがあり、その際にRQと仲良くなったのだ。
『おまえのバニーが北きょくで凍ってるゼ、変態なことになってるいますぐこっちにkkkkkkkkkkk』
メールがおかしい。
ミスタイプが多いのはいつものことだが、今すぐこっちに来いってのはどういうことだ?
RQのことだから、よほどのことがない限り“大変なことになっている”などと言わないはずだ。
(慌てていたから、大変が変態になったんだろうとアレクは自然に解釈した)
アレクは通信機に手を伸ばした。
「ケヴィン、ちょっと頼まれてくれねえか?」
バニーというのは何かのコードなんだろう。
とりあえず、過去に飛んでみなくては分からない。
「何があった、アイス!?」
ジャンとミラーが到着すると、リヒャルトはそう叫びながら氷づけの人物のもとへ向かった。
普段冷静な彼にしては取り乱している。
「彼はアイスじゃなくてアイスマンII号だよ。このII号ってところが非常に大切なんだ、略さないでほしいなあ」
ミラーが口を尖らせた。
「待てミラー、本当にアイスって名前かもしれない」
「ふーん、変わった名前だね。じゃあラストネームはクリームで決まりだ!」
幸いなことに、兄弟の言葉はリヒャルトの耳を素通りしていた。
髪が白いことを除けば、どこから見てもアイスである。
アイスというのは、アレクと共に未来からやってきた調査員だ。
無愛想で物騒な人物だが、リヒャルトはいたく気に入っていた。
「髪が真っ白になるほどに恐ろしい目にあったのか・・・」
「これ、猫耳天使とは違うんじゃねえか?」
隣でRQがつぶやく。
「見たところあいつほど筋肉がついてねえ。あのゴージャスボディーは一度見たら忘れねえぜ」
「何ふざけたことを言っている」
「おっと、嫉妬すんなよリヒャルト。お前の体が一番に決まってる」
「キサマは一度死んでこい!」
血みどろで倒れているRQを放っておいて、リヒャルトは氷づけの頬にそっと手をやった。
何と戦ってこんなことになったんだ。それほどの強敵だったのか。
リヒャルトは心を痛めた。
「どうしたら、お前は戻ってくる・・・」
「冷凍食品はレンジでちーん!すればいいから楽だよね」
ミラーがおかしなことを言った。
そんなことしたら破裂する!とジャンがすかさず突っ込もうとしたが、リヒャルトはふらふらと立ち上がった。
「・・・解凍。そうだ、解凍しなけば」
「おい長官、本気で言ってんのか?」
「この近くに温泉があるはずだ。そこへ向かう」
こんなこともあろうかと調べてきたのだ。SSGの長官となればこれくらい当たり前である。
北極基地の隊員たちには何が起こっているのかサッパリ分からなかったが、この迷惑な人たちが去ってくれると聞いて、内心ほっとしていた。
「ゆっくり、そう・・・」
ダイビングスーツに着替えたリヒャルトは、RQに冷凍状態のアイスを抱えさせて、自らも横に付き添っている。
凍りついた身体は温泉にゆっくりと沈みこんでいった。
「しかし、まさかこんなところに温泉があるとは」
思わずRQも感心してリヒャルトを見る。
「さすが、長官殿!」
「当然だ。このくらい・・・」
「まさか、任務後に二人で来たかった・・とか!」
すかさずリヒャルトの親指がRQの肋骨の間に滑り込んだ。
「ってーーーー!!そこ急所じゃねぇか!」
「落とすなよ。大切な私の親友だ」
「っ!・・いつから??」
RQの質問も無視して、リヒャルトはアイスと思われる人間の凍りついた髪をそっと掬ってやった。少しずつだが、氷が解け始めて体温が戻ってきたようだ。
「ん、鼓動が聞こえる」
RQがそっと首筋に指を置くと、血液の流れる感触が伝わってきた。
「あとは、意識が戻るかどうか」
リヒャルトは頷いて、簡易ベッドを持ってきた。
RQはアイス?を抱きかかえて、その上に寝かせる。
しばらくすると、「う・・・うん」と眠そうに瞬きをしながら、アイス?は周囲を見回すなり
「我輩は一体?!」
と言った。
呆然とする二人。
以前会ったことのある人物は、こんな口調ではなかった。
「どうしたんだ。アイス、私を忘れたのではないだろうな」
「君は誰だね?名乗りたまえ!」
どこかすっとんきょんな感じで、アイス?は「おかしい?」と首を傾げる。
「我輩は一体誰であったのか?」
「猫だ・・・などと言い出しはしないだろうな!アイス・・・私と過ごしたあの喜びに満ちた任務の日々を・・まさか忘れたなどと・・・刃物を振り回すおまえはあんなにも輝いていたのに!」
リヒャルトは珍しく熱く語り始めた。実は、RQがアレクと交換日記をしていると知ったときから、置き去りにされたような寂しさを感じていたのだ。
さらに、アイスに忘れられたと知った瞬間のショックは度を超していた。
「そんなに恐ろしい目にあっていたのか。それでも、おまえは助けなど求めない男だったな。私がもっと早くに気づいてやれば・・・」
「おいおい、リヒャルト落ち着けよ!」
RQも慌てて崩れかけたリヒャルトの肩を抱く。
当のアイス?は相変わらず
「きみたち、我輩に茶を出したまえ!」
と偉そうに言っている。
「まさに、ベッドの上では別人!」
RQはその場で殴り倒されたが、リヒャルトはアイス?の頬を両手で包み、
「私を見ろ、私がわからないか!交換日記をしていないからと言って、思い出せないなどっ」
半分、涙声である。
そこへ、ジャンとミラーがやってきた。
「うわっ!解凍できたのか?!」
「やぁ!アイスマンⅡ号だ。僕にマンモスを追っていた時の話をしてよ。あとは古代から今までの話とかも!あ、それともきみは宇宙人?」
「マンモス・・・」
ミラーの発言にアイス?がピクリと反応した。
「そうだ、たしか・・・我輩はマンモス鍋を作ろうとして・・・」
「ほら、兄さん。やっぱりこの人はアイスマンⅡ号だ。アイス・クリームじゃないよ!」
ミラーが微笑む。
アイス?はそれからも頭を抱えて唸り続けた。
「クリームも入れようとしていたのだ。生クリームとクリームチーズを混ぜて、醤油味の鍋に」
「うげ・・」
ジャンは思わず吐き気を覚えて引いた。アイスマンが味覚障害だなんて、雑学王でも知らないだろう。そもそもどうでもいい情報である。
「それ、やってみよう!」
とメモを取り出したミラーを引き下げて、ジャンは
「おまえは、マンモスのそばで氷づけになっていた。何があったんだ?」
「はて、我輩の身に何が起こったのか?有史よりそれは謎とされてきた」
「い、いや・・・まぁそうだろうけど」
ジャンは思った。この感覚・・・うちの弟に似てやしないか、と。
さらにアイス?は続けた。
「きみが証明したまえ」
「それができれば聞いてねぇ!」
もう助けてくれ。
思わずジャンが天を仰いだ時だった。
頭上からその人物が落ちてきたのは。
「おい、今誰か落ちたぞ!」
みんなアイスに気をとられていて、それを目撃したのはジャンだけだった。
浮上するかと思って待ってみたが、温泉の深いところに沈んだのか、なかなか浮かんでこない。
「兄さん、温泉から出た天然ガスが爆発したのかもしれないよ」
ミラーが珍しくまともなことを言ったが、あれは確かに人間だった。
「あの水しぶきが見えなかったのか?!」
ジャンはざばざばと温泉の中に入っていった。
潜ってみると、金髪の男が沈んでいるのが見えた。
頭から血が出ている。落ちたときにぶつけたのだろう。
ジャンはその人物を地上まで引っぱりあげて横たえた。
「まずい、呼吸してない!」
ジャンはぐっぐっと胸を圧迫した。
心肺蘇生法に取り掛かるつもりらしい。
「ええー、兄さんが人工呼吸するの?マウスツーマウスはちょっと嫌だなあ」
「そんなこと言ってる場合じゃない。お前も手伝え!」
ミラーがやってきて、胸に耳をぴとっと当てた。
「でもさあ、この人、心臓動いてるよ。温泉が心地よすぎて眠ってるだけなんじゃない?」
「え、そうか・・・?」
命に別状はないのか。
ジャンが手を離したのと同時に、RQが突進してきた。
「Fooooo!アレク!死ぬな我が友よ!!」
ジャンとミラーを温泉の中に突き飛ばして、そのアレクと呼ばれた人物に覆いかぶさる。
「さあ、俺の命の吐息を受け取れ!」
RQが息を吹き込む直前で、身の危険を感じたのか、アレクはぱちっと目を開けた。
「あ?RQ、お前こんなとこで何して・・・って、うわあ!本当に何してんだっ!」
RQの顔を見たとたん、ばたばたと暴れだした。
いきなりピンク頭の大男にマウスツーマウスをされたら誰でも驚くだろう、と温泉に浮かびながらジャンとミラーは思った。
RQはアレクの頭を固定しながら叫んだ。
「気を確かにしろアレク!落ち着くんだ!お前は助かる!」
「いや、気は確かだから!お前こそ落ち着け!」
交換日記の相手がいきなり頭上から落ちてきて、その上死にかけたのでRQなりに動転しているようだった。
迫ってくるRQに、助けてアイスー!とアレクは心の中で叫ぶ。
それに答えるようにリヒャルトの鞭がうねり、RQは頭から血を吹いて倒れた。
「やはり誰にでも抱きつくのだな・・・」
ゴゴゴゴと恐ろしいオーラが漂っている。
普通ならその剣幕に押されて口もきけないだろうが、幸いなことにアレクはこの類の殺気には慣れていた。
「悪いなリヒャルト、助かった」
「どういうことか説明しろ」
「RQのメールを読んで過去に飛んできたんだ。そしたら水の中に落ちて・・・ん?ここは北極なのか?」
「アイスが記憶喪失になっている。しかし、命を分かち合ったパートナーであるお前の顔を見れば何もかも思い出すだろう」
「いや、そんな大げさなもんでも、ははは・・・」
とっさに照れてしまったが、リヒャルトの言ったことを頭の中で反芻しているうちに、アレクは真っ青になった。
「なんだって!記憶喪失?!」
アレクはリヒャルトのところに飛んでいった。
どくどくと出血しながら倒れている交換日記の相手も気になるが、今はアイスが優先だ。
ところが、リヒャルトの隣にいる人物を見て笑顔になる。
「なんだ、アイオンじゃねえか!」
アイオンは生死をともにした戦友である。
しばらく会っていなかったが、元気そうでよかった。
アレクはいつもしているように、がしっと抱きついたのだが・・・
「何だね君は!見ず知らずの人間にいきなり抱きつくなど、失礼にもほどがある」
返ってきたのは冷たい言葉だった。
「俺を覚えてないのか?アレクだ!」
「我輩はそんな人物など知らぬ」
アイオンがつんとした態度で言う。
昔から変わったやつだったが、これではまるで別人だ。
記憶喪失とだいうのは本当らしい。
「酷いじゃねえか!俺は、記憶喪失になってもお前の名前だけは覚えてたんだぜ!」
どうやら人違いだったらしい。
ショックから立ち直ったリヒャルトは、別人だと分かってほっとした。
「そうか、アイスではないのか」
「アレクのやつ、心の古傷をえぐられたって顔してるぜ。あれは昔の恋人ってところだろうな」
いつの間に回復したのか、RQが隣で口任せに言った。
その間もアイオンは偉そうにふんぞりかえっている。
「我輩が思い出せるのは、マンモス鍋のレシピだけだ」
「マンモス?そんなもんばかり食わされてるのか、真祐は・・・」
「ま、ひろ・・・・?」
その名を聞いて、アイオンはぱちぱちと瞬きをした。
記憶が戻ってきたようである。
「おいおい、真祐まで忘れたって言うんじゃねえだろうな」
「真祐・・・ああ、僕の運命の人、真祐!僕の夢は、君と仲むつまじくマンモス鍋をつつくことです」
「よ、よく分からねえけど・・・自分が誰か思い出したんだな、アイオン!」
アレクにぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、アイオンは笑顔で抱擁を返した。
「そういえば君はアレクでしたね。僕としたことが、マンモスを前にしてすっかり気が動転してしまいました。今は休暇中ですか?」
「休暇なんてあるわけねえだろ。俺はアイスが危ないって聞いて・・・あっ、やべえ、午後から任務が入ってるんだった!戻らねえと殺されちまう!」
アレクはぱっと腕を離した。
過去に来ているとアイスにばれたら、八つ裂きの刑ではすまないだろう。
アイオンについて説明する時間はない。アレクは小声でリヒャルトに耳打ちした。
「リヒャルト、アイスは・・・その、こいつのクローンなんだ。詳しいことは今度話すから、今は何も訊かないでやってくれ」
「了解した」
リヒャルトは深慮深くうなずいた。
「俺はもう行くぜ。RQ、交換日記、今日はお前の番だからな」
「おお!写真つきで送ってやる。楽しみにしてくれ!」
そうしてアレクは、慌しく現れて、慌しく去っていった。
アイオンはこれだけのことがあったのに、平然とした態度で立ち上がると
「マンモスを掘り出さなければいけないので、僕も失礼します」
と、リヒャルトとRQに向かってお辞儀をした。
ところが、一難去ってまた一難。
今度はジャンの声が響いた。
「しまった!マンモスの牙がねえ!」
「うえ~、目が回るよう。怪しい二人組を見たような気がするけど、あれって蜃気楼だったのかなあ?」
二人ともずっと温泉につかっていたので、すっかりのぼせている。
アイオンの目つきが鋭くなり、リヒャルトがハッとして命令を下した。
「え?マンモスを入手したのですか?」
「今すぐ取り戻すんだ!」
二人の声が重なった。
ミラーが訊くと、ジャンはかぶりを振った。
「発掘を中断して今すぐそちらに向かえだと。あいつにしちゃ、珍しく声が震えてたな」
「僕たち、大変なものを掘り当ててしまったみたいだね。アイスマンII号はきっと宇宙人なんだよ!」
「いや、どう見たって現代の服だ。どっかの金持ちがクルージング中に船から落っこちたんだろ」
ジャンは氷づけの人間、もといアイスマンII号を慎重に車に積んだ。
「くそっ、マンモスまであと少しなんだ!俺には分かる」
「まあまあ兄さん、とりあえず基地に戻って、暖かいコーラでも飲んで作戦を立て直そうよ」
「ミラー・・・前から言ってるが、それはあっためて飲むもんじゃない」
兄弟が話している間も、ドリルは休まずに氷を掘り進めていた。
「あの気の抜けた味がいいんだ。僕はレンジで暖めるのが好きなんだよね。あっ、爆発する?いや、あと10秒・・・もう駄目だ、でもあと少し、あー!っていうスリルが堪らないんだ」
「お前、そんなことしているといつか死ぬぞ」
機械が専門とはいえ、放っておくと何をしでかすか分からない。
何があってもミラーを一人にはするまい、とジャンは心に誓ったのだった。
「ところでさあ、兄さん」
「なんだ?」
「マンモスってあれじゃないかな?」
「おお!アイスマンの真下に埋まってたのかっ」
ドリルがマンモスの牙に当たったようだ。
よく見ると、牙の一角に見たこともない紋章が書かれている。
「これだ!ミラー、レーザーカッターを!」
「はい、先生。あ、指を切らないように気をつけてね、いくら兄さんでも生え戻るまで時間がかかるから」
「人をトカゲみたいに言うな!」
しかし、油断すれば指一本ではすまないだろう。
ジャンは慎重にレーザーカッターを受け取った。
「先生、汗を拭きましょうか」
「その先生ってのはなんだよ?」
「外科医ごっこ。これから僕が流行らせる予定のゲームだよ」
ミラーはふふふと不気味に笑う。
弟の行く末に不安を覚えつつも、ジャンは牙の一部を切り落とすことに成功した。
「よし、あれをやってくれ、ミラー!」
「あいあいさー、ミラクルチェンジ!」
兄弟とアイスマンII号、そして問題のマンモスの牙を乗せた車は一瞬にジェット機と化して、秒速すれすれのスピードで北極の空を飛んでいった。
その頃、基地ではRQが気難しい顔でコンピューターに向かっていた。
よほど重要なことかと思いきや、開いているのはメールの画面だ(ちなみに背景はショッキングピンクである)
「あちょー!ほぁたー!」なんて効果音つきで、人差し指でよちよちと不器用にキーを打っているが、本人はいたって真剣だ。
指が当たるたびにキーボードが悲鳴のような音を立てる。
新しく仕入れた機材だったが、もう寿命がそこまで来ていた。
「キサマ、一体何をしている」
そう言うリヒャルトは、先ほどから落ち着きなさそうに部屋を行ったり来たりしていた。
あんな写真を見てしまったのだ、取り乱さずにはいられない。
「アレクにメールしてるんだ。交換日記、今日は俺の番だからな」
「いつの間にそんなことを・・・」
リヒャルトは軽くショックを受けていた。
アイスとは会えなくても心の中で繋がっている。
そう思って、必要以上に連絡を取らないようにしていたのに・・・
こっちでは交換日記だと!年頃の女子高生でもあるまいし!
「今は子供でもやらないだろう」とその場の誰もが思ったが、恐ろしくて口には出せなかった。
「こちらの状況をちゃんと伝えたんだろうな」
「お前のハニーが北極で凍ってるぜっと・・・おっと、打ち間違えた。はは、ハニーがバニーになっちまった!ウサギっていうよりは猫なのに!」
「緊急事態だ、笑っている場合か!」
リヒャルトの鞭がうなり、スクリーンに血が飛び散った。
「バニーって・・・なんかの謎々か?」
時代は二千年ほど先の未来。
スクリーンの向こうで、アレクが首を傾げていた。
ひょんなことで過去に戻り、数日間SSGで働いたことがあり、その際にRQと仲良くなったのだ。
『おまえのバニーが北きょくで凍ってるゼ、変態なことになってるいますぐこっちにkkkkkkkkkkk』
メールがおかしい。
ミスタイプが多いのはいつものことだが、今すぐこっちに来いってのはどういうことだ?
RQのことだから、よほどのことがない限り“大変なことになっている”などと言わないはずだ。
(慌てていたから、大変が変態になったんだろうとアレクは自然に解釈した)
アレクは通信機に手を伸ばした。
「ケヴィン、ちょっと頼まれてくれねえか?」
バニーというのは何かのコードなんだろう。
とりあえず、過去に飛んでみなくては分からない。
「何があった、アイス!?」
ジャンとミラーが到着すると、リヒャルトはそう叫びながら氷づけの人物のもとへ向かった。
普段冷静な彼にしては取り乱している。
「彼はアイスじゃなくてアイスマンII号だよ。このII号ってところが非常に大切なんだ、略さないでほしいなあ」
ミラーが口を尖らせた。
「待てミラー、本当にアイスって名前かもしれない」
「ふーん、変わった名前だね。じゃあラストネームはクリームで決まりだ!」
幸いなことに、兄弟の言葉はリヒャルトの耳を素通りしていた。
髪が白いことを除けば、どこから見てもアイスである。
アイスというのは、アレクと共に未来からやってきた調査員だ。
無愛想で物騒な人物だが、リヒャルトはいたく気に入っていた。
「髪が真っ白になるほどに恐ろしい目にあったのか・・・」
「これ、猫耳天使とは違うんじゃねえか?」
隣でRQがつぶやく。
「見たところあいつほど筋肉がついてねえ。あのゴージャスボディーは一度見たら忘れねえぜ」
「何ふざけたことを言っている」
「おっと、嫉妬すんなよリヒャルト。お前の体が一番に決まってる」
「キサマは一度死んでこい!」
血みどろで倒れているRQを放っておいて、リヒャルトは氷づけの頬にそっと手をやった。
何と戦ってこんなことになったんだ。それほどの強敵だったのか。
リヒャルトは心を痛めた。
「どうしたら、お前は戻ってくる・・・」
「冷凍食品はレンジでちーん!すればいいから楽だよね」
ミラーがおかしなことを言った。
そんなことしたら破裂する!とジャンがすかさず突っ込もうとしたが、リヒャルトはふらふらと立ち上がった。
「・・・解凍。そうだ、解凍しなけば」
「おい長官、本気で言ってんのか?」
「この近くに温泉があるはずだ。そこへ向かう」
こんなこともあろうかと調べてきたのだ。SSGの長官となればこれくらい当たり前である。
北極基地の隊員たちには何が起こっているのかサッパリ分からなかったが、この迷惑な人たちが去ってくれると聞いて、内心ほっとしていた。
「ゆっくり、そう・・・」
ダイビングスーツに着替えたリヒャルトは、RQに冷凍状態のアイスを抱えさせて、自らも横に付き添っている。
凍りついた身体は温泉にゆっくりと沈みこんでいった。
「しかし、まさかこんなところに温泉があるとは」
思わずRQも感心してリヒャルトを見る。
「さすが、長官殿!」
「当然だ。このくらい・・・」
「まさか、任務後に二人で来たかった・・とか!」
すかさずリヒャルトの親指がRQの肋骨の間に滑り込んだ。
「ってーーーー!!そこ急所じゃねぇか!」
「落とすなよ。大切な私の親友だ」
「っ!・・いつから??」
RQの質問も無視して、リヒャルトはアイスと思われる人間の凍りついた髪をそっと掬ってやった。少しずつだが、氷が解け始めて体温が戻ってきたようだ。
「ん、鼓動が聞こえる」
RQがそっと首筋に指を置くと、血液の流れる感触が伝わってきた。
「あとは、意識が戻るかどうか」
リヒャルトは頷いて、簡易ベッドを持ってきた。
RQはアイス?を抱きかかえて、その上に寝かせる。
しばらくすると、「う・・・うん」と眠そうに瞬きをしながら、アイス?は周囲を見回すなり
「我輩は一体?!」
と言った。
呆然とする二人。
以前会ったことのある人物は、こんな口調ではなかった。
「どうしたんだ。アイス、私を忘れたのではないだろうな」
「君は誰だね?名乗りたまえ!」
どこかすっとんきょんな感じで、アイス?は「おかしい?」と首を傾げる。
「我輩は一体誰であったのか?」
「猫だ・・・などと言い出しはしないだろうな!アイス・・・私と過ごしたあの喜びに満ちた任務の日々を・・まさか忘れたなどと・・・刃物を振り回すおまえはあんなにも輝いていたのに!」
リヒャルトは珍しく熱く語り始めた。実は、RQがアレクと交換日記をしていると知ったときから、置き去りにされたような寂しさを感じていたのだ。
さらに、アイスに忘れられたと知った瞬間のショックは度を超していた。
「そんなに恐ろしい目にあっていたのか。それでも、おまえは助けなど求めない男だったな。私がもっと早くに気づいてやれば・・・」
「おいおい、リヒャルト落ち着けよ!」
RQも慌てて崩れかけたリヒャルトの肩を抱く。
当のアイス?は相変わらず
「きみたち、我輩に茶を出したまえ!」
と偉そうに言っている。
「まさに、ベッドの上では別人!」
RQはその場で殴り倒されたが、リヒャルトはアイス?の頬を両手で包み、
「私を見ろ、私がわからないか!交換日記をしていないからと言って、思い出せないなどっ」
半分、涙声である。
そこへ、ジャンとミラーがやってきた。
「うわっ!解凍できたのか?!」
「やぁ!アイスマンⅡ号だ。僕にマンモスを追っていた時の話をしてよ。あとは古代から今までの話とかも!あ、それともきみは宇宙人?」
「マンモス・・・」
ミラーの発言にアイス?がピクリと反応した。
「そうだ、たしか・・・我輩はマンモス鍋を作ろうとして・・・」
「ほら、兄さん。やっぱりこの人はアイスマンⅡ号だ。アイス・クリームじゃないよ!」
ミラーが微笑む。
アイス?はそれからも頭を抱えて唸り続けた。
「クリームも入れようとしていたのだ。生クリームとクリームチーズを混ぜて、醤油味の鍋に」
「うげ・・」
ジャンは思わず吐き気を覚えて引いた。アイスマンが味覚障害だなんて、雑学王でも知らないだろう。そもそもどうでもいい情報である。
「それ、やってみよう!」
とメモを取り出したミラーを引き下げて、ジャンは
「おまえは、マンモスのそばで氷づけになっていた。何があったんだ?」
「はて、我輩の身に何が起こったのか?有史よりそれは謎とされてきた」
「い、いや・・・まぁそうだろうけど」
ジャンは思った。この感覚・・・うちの弟に似てやしないか、と。
さらにアイス?は続けた。
「きみが証明したまえ」
「それができれば聞いてねぇ!」
もう助けてくれ。
思わずジャンが天を仰いだ時だった。
頭上からその人物が落ちてきたのは。
「おい、今誰か落ちたぞ!」
みんなアイスに気をとられていて、それを目撃したのはジャンだけだった。
浮上するかと思って待ってみたが、温泉の深いところに沈んだのか、なかなか浮かんでこない。
「兄さん、温泉から出た天然ガスが爆発したのかもしれないよ」
ミラーが珍しくまともなことを言ったが、あれは確かに人間だった。
「あの水しぶきが見えなかったのか?!」
ジャンはざばざばと温泉の中に入っていった。
潜ってみると、金髪の男が沈んでいるのが見えた。
頭から血が出ている。落ちたときにぶつけたのだろう。
ジャンはその人物を地上まで引っぱりあげて横たえた。
「まずい、呼吸してない!」
ジャンはぐっぐっと胸を圧迫した。
心肺蘇生法に取り掛かるつもりらしい。
「ええー、兄さんが人工呼吸するの?マウスツーマウスはちょっと嫌だなあ」
「そんなこと言ってる場合じゃない。お前も手伝え!」
ミラーがやってきて、胸に耳をぴとっと当てた。
「でもさあ、この人、心臓動いてるよ。温泉が心地よすぎて眠ってるだけなんじゃない?」
「え、そうか・・・?」
命に別状はないのか。
ジャンが手を離したのと同時に、RQが突進してきた。
「Fooooo!アレク!死ぬな我が友よ!!」
ジャンとミラーを温泉の中に突き飛ばして、そのアレクと呼ばれた人物に覆いかぶさる。
「さあ、俺の命の吐息を受け取れ!」
RQが息を吹き込む直前で、身の危険を感じたのか、アレクはぱちっと目を開けた。
「あ?RQ、お前こんなとこで何して・・・って、うわあ!本当に何してんだっ!」
RQの顔を見たとたん、ばたばたと暴れだした。
いきなりピンク頭の大男にマウスツーマウスをされたら誰でも驚くだろう、と温泉に浮かびながらジャンとミラーは思った。
RQはアレクの頭を固定しながら叫んだ。
「気を確かにしろアレク!落ち着くんだ!お前は助かる!」
「いや、気は確かだから!お前こそ落ち着け!」
交換日記の相手がいきなり頭上から落ちてきて、その上死にかけたのでRQなりに動転しているようだった。
迫ってくるRQに、助けてアイスー!とアレクは心の中で叫ぶ。
それに答えるようにリヒャルトの鞭がうねり、RQは頭から血を吹いて倒れた。
「やはり誰にでも抱きつくのだな・・・」
ゴゴゴゴと恐ろしいオーラが漂っている。
普通ならその剣幕に押されて口もきけないだろうが、幸いなことにアレクはこの類の殺気には慣れていた。
「悪いなリヒャルト、助かった」
「どういうことか説明しろ」
「RQのメールを読んで過去に飛んできたんだ。そしたら水の中に落ちて・・・ん?ここは北極なのか?」
「アイスが記憶喪失になっている。しかし、命を分かち合ったパートナーであるお前の顔を見れば何もかも思い出すだろう」
「いや、そんな大げさなもんでも、ははは・・・」
とっさに照れてしまったが、リヒャルトの言ったことを頭の中で反芻しているうちに、アレクは真っ青になった。
「なんだって!記憶喪失?!」
アレクはリヒャルトのところに飛んでいった。
どくどくと出血しながら倒れている交換日記の相手も気になるが、今はアイスが優先だ。
ところが、リヒャルトの隣にいる人物を見て笑顔になる。
「なんだ、アイオンじゃねえか!」
アイオンは生死をともにした戦友である。
しばらく会っていなかったが、元気そうでよかった。
アレクはいつもしているように、がしっと抱きついたのだが・・・
「何だね君は!見ず知らずの人間にいきなり抱きつくなど、失礼にもほどがある」
返ってきたのは冷たい言葉だった。
「俺を覚えてないのか?アレクだ!」
「我輩はそんな人物など知らぬ」
アイオンがつんとした態度で言う。
昔から変わったやつだったが、これではまるで別人だ。
記憶喪失とだいうのは本当らしい。
「酷いじゃねえか!俺は、記憶喪失になってもお前の名前だけは覚えてたんだぜ!」
どうやら人違いだったらしい。
ショックから立ち直ったリヒャルトは、別人だと分かってほっとした。
「そうか、アイスではないのか」
「アレクのやつ、心の古傷をえぐられたって顔してるぜ。あれは昔の恋人ってところだろうな」
いつの間に回復したのか、RQが隣で口任せに言った。
その間もアイオンは偉そうにふんぞりかえっている。
「我輩が思い出せるのは、マンモス鍋のレシピだけだ」
「マンモス?そんなもんばかり食わされてるのか、真祐は・・・」
「ま、ひろ・・・・?」
その名を聞いて、アイオンはぱちぱちと瞬きをした。
記憶が戻ってきたようである。
「おいおい、真祐まで忘れたって言うんじゃねえだろうな」
「真祐・・・ああ、僕の運命の人、真祐!僕の夢は、君と仲むつまじくマンモス鍋をつつくことです」
「よ、よく分からねえけど・・・自分が誰か思い出したんだな、アイオン!」
アレクにぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、アイオンは笑顔で抱擁を返した。
「そういえば君はアレクでしたね。僕としたことが、マンモスを前にしてすっかり気が動転してしまいました。今は休暇中ですか?」
「休暇なんてあるわけねえだろ。俺はアイスが危ないって聞いて・・・あっ、やべえ、午後から任務が入ってるんだった!戻らねえと殺されちまう!」
アレクはぱっと腕を離した。
過去に来ているとアイスにばれたら、八つ裂きの刑ではすまないだろう。
アイオンについて説明する時間はない。アレクは小声でリヒャルトに耳打ちした。
「リヒャルト、アイスは・・・その、こいつのクローンなんだ。詳しいことは今度話すから、今は何も訊かないでやってくれ」
「了解した」
リヒャルトは深慮深くうなずいた。
「俺はもう行くぜ。RQ、交換日記、今日はお前の番だからな」
「おお!写真つきで送ってやる。楽しみにしてくれ!」
そうしてアレクは、慌しく現れて、慌しく去っていった。
アイオンはこれだけのことがあったのに、平然とした態度で立ち上がると
「マンモスを掘り出さなければいけないので、僕も失礼します」
と、リヒャルトとRQに向かってお辞儀をした。
ところが、一難去ってまた一難。
今度はジャンの声が響いた。
「しまった!マンモスの牙がねえ!」
「うえ~、目が回るよう。怪しい二人組を見たような気がするけど、あれって蜃気楼だったのかなあ?」
二人ともずっと温泉につかっていたので、すっかりのぼせている。
アイオンの目つきが鋭くなり、リヒャルトがハッとして命令を下した。
「え?マンモスを入手したのですか?」
「今すぐ取り戻すんだ!」
二人の声が重なった。