-ピンク色の旋風3-


また、あの夢だ。
どこまでも深い水の底。

春人に「宇宙人」の話を聞いてから、それ以来、何度も見る夢。

スキュラ族ってのは、何世代前までの記憶をとどめておくことができるんだって。
オレ自身に自覚はないが、この夢は脳内に眠る記憶の名残なのかもしれない。

いつも、いつも、水の底にたどり着くことなく沈んでいくだけの夢。

なのに、今日は違った。
水の底に明かりが見える。
オレの体は、光に吸い込まれていく。

再び目をあけた時、オレは…

ここは水の中じゃない。
あの包まれているような安心感がない。
頬を掠める風・身体に吸収されていく濃密な大気・眼下に広がるどこまでも広がる海。

そこが空の上だと気づくまでに、どれくらい時間がかかっただろうか。

ふいに、背後からオレの手を掴む感触がした。



「わっ!」






「まずはただいま…かな?」

春人が不本意ながらもSSGに帰ってきた時、出迎えたのは同室だった凍牙ではなく、コウさんだった。”コウさん”こと、里見公平は春人の父の知り合いでもある。

「どうだい、スキュラ族の坊やは?」
「ああ、あいつは…まぁ元気ですよ。成績以外は心配なし!」
「はは…そうか」

ぼさぼさと伸ばした髪を掻きながら、里見は「うちの坊も元気さ」と付け加える。
彼がガードしているのは、正真正銘の宇宙人である。
ただし、見かけが人間と変わらないため、普通の小学校生活を送っていた。
里見も、一見どこにでもいそうな冴えない中年男である。
しかし、実のところ、実力・経験ともに長官のリヒャルトが敬意を払うほどの人物なのだった。
彼を頭領とする忍の一派は、SSGの中でも実力者ぞろいだ。

「あの時はすみませんでした。お世話をおかけして…」
「気にしてくれるな、今ではSSGの同僚じゃないか」

そう言って、里見はポンポンと春人の肩を叩く。
智恵とともに敵の襲撃を受けて、SSGの隊員である凍牙まで人質にとられた時に、春人は一度、里見に連絡をとったことがある。彼は自分の部下を連れて応援に駆けつけてくれたのだった。

そもそもは、春人の任務が日本でのガードと知ったとき、任務で同じ日本に住んでいるからと協力を申し出てくれた里見だった。

「オレが、コウさんをこっちに引きずりこんだようなものですから・・・」

春人の横顔に影が走る。
過去、春人の家族が未確認生物に襲われた時に、裏の世界で敵を探していてくれていたのは里見の一派だった。その縁で彼らはSSGに入った(というより合流したといったほうがあっているかもしれない)。それからも春人の仇を探していてくれている。

古くからの知り合いである春人の家族を助けることができなかったからと、里見はSSGに来た。完全に一般人とは隔たった世界へ。

「そんなふうに思ってくれるな。私も、皆も、きっとこの時のために技を磨いてきたのだろうよ。人とは、思ってもいない方向へ流されるものだ。だけれど、今まで意味も考えずに培ってきたことが、元来自分がいるべき世界に帰るために必要な力だと、自覚できる日がきっとくる」

だとしたら、ストリートにいた自分も、SSGに来るためにナイフを振るっていたことになる。
春人は、ふとそう思った。

「不思議なんです。どうして、奴らを狩ろうとしていたオレが、いまでは守る側についている」
「それで、きみは、どうしたいんだい?それが一番大切だ」
「オレは…」

このまま、智恵が社会人になって…その後もガードでいられるとは限らない。
SSGに召集されて別の任務につくかもしれない。
何しろ、SSG隊員は一般人ではないのだ。
一般人のような幸せは望めない。

「智恵が…あのまま馬鹿のままでいてくんねぇかな」

なにしろ、智恵は友人が宇宙人だたとしても、一般人でなかったとしても、本当は自分が宇宙人であっても、何も考え方が変わらないほどの馬鹿なのだ。

「なるほど」

里見は、深く頷くと静かに瞳を閉じた。
その表情は暖かく微笑んだように見えた。


館内にベルが鳴り響く。

「おっと召集だ」
「また、あのおっさんの顔見ないといかないのか~ああ、アメリカに戻ってきても、ちっとも楽しくないぜ」

ブツブツ言う春人。
二人は薄暗い廊下を歩みはじめた。







「朝から人の手握るなよ!驚くだろ!」

ニヤニヤしながらついてくるRQと距離をとりながら、オレは街を歩いていた。
実のところ、アメリカからやってきたというRQを案内するつもりだった。

「変な夢見てたみたいだから、起こしてやったんだぜ。文句言うなよ~」
「そりゃ、変な夢は見てたけどさ・・・」

昨日の夢は、リアリティがありすぎた。
今でも、空の上に浮かんでいるような浮遊感が身体に残っている。

「ところでRQってさ、日本はじめて?」
「ああ・・・たぶん」

そう言って、RQは少し首をかしげた。

「RQ・・・ってさ、もしかして記憶ない人?」

オレが聞くと、RQは至極真顔で立ち止まった。

ふと思いついただけの発言なのに・・・。
オレって、何も考えずにしゃべちゃうことあるから、そこを春人にも注意されてたじゃないか。
これじゃ、いくら変なRQでも返答に困るだろう。

「あ~記憶ないって言っても、ドラマであるような記憶喪失って意味じゃなくてさ。
ん~~、ほら、オレも昨日食べたもの思い出せなかったり・・・そういうレベルの話だよ!」
「昨日は、ハンバーグだったじゃないか!!」

突然、RQは叫ぶとオレの頭をガシっと掴んだ。

「ハンバーグだった・・・よな!?」
「うん、そのはず・・・」

そのはず・・・だ。ハンバーグを叫ぶ男の迫力にタジタジ。
こんなことでどうする渡辺智恵!

「それよりも!今から海に行くんだよ。春人が好きな海に!」

すると、RQが「OH!MYGOD!」と頭を抱え
「春人が・・・海パンで?!」
ともだえ始める。

「か、海パン」
オレとRQは顔を見合わせた。
いきなり、オレの身体が宙に浮いた。
RQに抱えられているんだと気がついたのは、数秒後。

「よーし、智恵坊!海パンを履いた春人に会いに行くぞ!」
「イェーイ!!・・・じゃないよ!春人って、たしか」

日本にいないだろ!!

そのまま、猛烈なスピードで走り始めたRQに言葉を発するすべを持たないまま、オレは思った。
やっぱ、こいつ・・・記憶喪失だ。


ああ、でもこの感じ・・・
昨日見た夢に似てる。
空を飛んでいるこの感じ。





「誰もいない海…」

そりゃそうだ。
今は春。

海水浴をする人もいない。

「海パンを履いた春人がいないんじゃ意味ねーな。どうする、智恵坊」

呆れるような言い方で、RQはあくびをした。

・・っていうか、それはオレのせいじゃない。

「この際は、日本の海でも眺めて・・・」
「しかたない、オレが脱ぐしかないのか」

あいかわらず、会話が通じてないんだけど!!

バサッと音がして、RQはタンクトップを脱ぎ捨てた。

「おー!!すごい筋肉!でも、春人ほどじゃない」
「なにぃー!!」

RQは声を裏返して、「なんてこった!!」と頭を抱えた。

「なにしろ、春人は綺麗なんだ~」
「智恵!おまえ、自慢してるだろ!!」

オレとしては、RQがいくら自慢の肉体を披露しても、春人にはかなわないと言いたかった。
だって、ここは春人の海だし。
うまく言えないけど、オレが言いたいのはそう・・・

「春人は綺麗なんだ!」

だから、おまえが脱いでもオレはドキドキなんてしないもんね。
あの春人の海パン姿を見ているオレには通じないのさっ!!

「言ってくれるじゃないか、智恵!」

いきなり、服に手をかけられた。
ああ!気が付くのが遅かった!
オレは、RQに剥かれた。

「服、返せよ!」
「いやだよ~ん」

オレの服を頭の上で振り回しながら、走るRQを追いかける。

上半身裸のままで、追いかけっこをしている男二人に目をむけるものなどなく・・・。



しばらく、そうやって走り回っていたら、服なんかどうでもよくなっていた。




「はぁ、海はいいな」

二人で、買ってきたサンドウィッチを頬張りながら、砂浜から海を眺めていた。

「実は、前にここでたこみたいな奴に襲われて・・・」
春人に助けられた話をした。

話を聞いたRQは、しばらく考えた後、ポツリと
「おまえは、その時覚醒していなかったんだな」
と聞いた。
「うん」
「覚醒後だったら・・・海を操れたかもしれない」
「海を操るって・・そんなこと、できるのか!?」

「ここで聞いたことはオフレコってことにしといてくれよ」
と、あらかじめ言ってから、RQは話し始めた。

「もう知っていると思うが、スキュラ族は水生生物。すべての水を操るすべを持っている。この地球の海も例外ではない。水を物質のように使うことも、流れを操ることも、凍らせることも・・・自由自在にできるはずだ」

いつの間にか、サンドウィッチはなくなっていた。

「スキュラ族って、頭がいい生物だってことしか考えてなかったけど、それはすごい!」

しかし、興奮気味のオレとは逆にRQの表情はこころなしか沈んで見えた。

「智恵、おまえがスキュラ族として完全に覚醒したら、おまえはスキュラ族と人間とどっちで生きたいと思う」
「へっ?」
唐突に投げかけられた質問に、頭が真っ白になった。

「スキュラ族は、人間なんか比較にならないほどの知能を持ち、大きな力を持っている。その気になれば、人類を足元に平伏させる事もできる。なにもかもを見下して生きることも・・・」
「えっと、それってすごいことだよね・・・」

すごいことだとは思うけど、自分がそんな頭がよくなっている想像もつかないし、そんな独裁者みたいにめんどくさい立場になっているのも想像つかない。

「すごいことだとは思うけど、オレには無理そうだ~」

うーんと背伸びをしたくなった。
RQは「なぜ?」と聞いた。

「今の自分が好きだからかな。オレって馬鹿だけど、これはこれで楽しいし、春人に勉強みてもらえるし…偉くなって手に入れられるものってオレが欲しいものじゃない気がする・・・つまり、頭いい人の世界って想像つかないけど、あえてそんなふうになりたくない・・・ああ~でも、春人がこんな返事聞いたら、絶望するかな?」
「んなわけないだろ」

RQは、ふっと笑った。

「それより、RQってそんなにややこしい立場なのか?」
「あ?」

どう考えても、RQの質問は自身への問いかけのように思えた。
そりゃ、国際的秘密機関の隊員でその中でも最強だと噂されている人物なら、わずらわしい事情もあるのだろう。

そう聞くと、RQはまた笑った。

「まさか。SSGの中でもオレは最も扱いが酷いぜ。ここに来る2日前まで懲罰房に入れられてたんだからな」
「うわっ!それは酷い!」

そういえば、SSGに帰っている春人は大丈夫だろうか?
いつも帰るのを嫌がっているけど、そういう事情ならわかる気もする。

「あいつなら大丈夫だろ。懲罰房に入れられるほど馬鹿じゃねぇ」

オレの心を読むように、RQが言った。

「じゃあ、RQはどんな馬鹿なことしたんだよ」
「聞きたい?」

悪戯っぽい水色の目。
ふと、なぜか懐かしさを感じた。


それから、RQが話した内容こそ春人にはオフレコにしといたほうがよさそうなものだった。

「オレの春人に、そんな過激な話をしないで!!」
「オレの春人ときたもんだ!SSGに来たら、次に懲罰房に入るのはおまえのほうかもしれないぞ」
「そんなんじゃないよ!オレと春人はっ!!」

SSGの長官さんは今頃、くしゃみ・・・どころか肺炎になっているかもしれない。
毎日毎日、RQにセクハラされていたら、オレだって鞭をぶん回して懲罰房に投げ入れるかもしれない。RQ曰く、長官さんはツンデレなのだという。

「たとえ、長官さんがツンデレじゃなくても、そりゃ怒るよ!」
「ははは!智恵坊、おまえって結構すごい奴じゃないか、そこがわかるとはっ!」
「スキュラ族じゃなくても、それくらいわかる!」
「ふふ・・・」


・・・・・・・・・・・・・・



「おまえがすごいのは、スキュラ族だから、じゃないさ」
RQは帰り際に服を返してくれた。

今日オレって、何かすごいこと言ったっけ?

わからないまま、オレたちは帰路に着いた。