-PINK-

「綺麗だ…」

木霊のように何度も消えない。

「すごく綺麗だ」

この醜い傷痕。

もう20年ほど前になる…。
私は、某国の工作員だった。

ある日、新兵器の実験だと呼び出された。
その時の光景を今も忘れない…。
目の前で五体をバラバラにされて、消し飛んでいく同僚達。
血しぶきの雨。
錆びた鉄の匂い。
衝撃が私を貫いた時…。


思わず、右顔に手を当てた。


目覚めた私の右上半身には殺人兵器が埋め込まれていた。
私の半身を吹き飛ばし、同僚達を死に至らしめた忌まわしい悪魔の機械が。

なんという皮肉だろう。

この世で一番消えて欲しいものを身体に埋め込まれたおかげで、こうして今も生きている。

機械のエネルギーは身体大部分を回っていて、逆に機械の放出する力を脳波で操れるようになっている。

いわば私自身が殺人兵器なのだ。


“私は人間ではない”

「綺麗だ」

“だから、それ以上近づくな”

「あんたに惚れてる」

イカレている…あの男。
もう二度と会いたくない…。

私の大嫌いな色をしたあいつ。
おかげで、あいつにばかり目がいく。
これではいけない。
何もかも忘れて、あいつばかり気にしていては。


しかし…
身体があいつを覚えている。

蹂躙された口内。
途中で止まったままの指先。

あの先が知りたい…。

「…んっ…っ」

今夜も眠れない。







「最近、長官やつれたんじゃない…」
「恋だよ。恋…」
カロムと兎兎は、食堂でオセロをしながら話していた。

「見てよっ!」
そこへコッペリウスが悲鳴をあげながら飛び込んできた。
「なぁに?」
キョトンと兎兎がそちらを向くと、コッペリウスはラーメンどんぶりを抱えて泣いていた。
「フカヒレラーメンに酢をかけたら、溶けて跡形もなくなってしまったんだ!」
「そりゃ、偽者のフカヒレじゃないのかい?」
とカロム。
「ちゃんと通販で高額を払って買ったのに~~~」
泣き叫ぶ医者の肩に兎兎の手がのる。
「きみ・・フカヒレなんてこだわることないさ。今度、熊の手を食べに行こうよ」
「う、うん。ありがとう…しかし、きみは食べ物まで毛深いのが好きなんだねぇ」

「ところで、長官とRQの勝負ってどうなったんだろう」
泣き止んだコッペリウスが聞いた。
「どうって…。ありゃ惚れてるね」
「RQがでしょ」
「違うよ、リヒャルトがさ」
「ふーん、じゃあこの次は裸で勝負って流れか?」
「ムフフ…どっちが攻めかしら…」
「あ、ほら噂をすれば…」


リヒャルトがオレンジジュースを片手に歩いてくる。
その横をコーラを片手にRQが横切った。

「おい」
先に声をかけたのはリヒャルトだった。
「なんだ?」
「次の勝負はいつだ?」
「…近づくなと言ったのはあんただぜ」
「不戦勝のまま逃げる気か」
「そういうわけじゃねぇけど、どうしても拳出す前に唇を奪いたくなっちまう」
「ぐっ!」

バシャ!

オレンジジュースがRQの顔面にかかった。

「私はおまえなど大嫌いだ!」

ツカツカと去っていくリヒャルト。


「あーあ、大丈夫?」
兎兎がハンカチを手にRQの元へ向かった。
ハンカチには大きく「ツンデレ」という文字が浮き出ている。
「悪いな、兎兎。ところで医者」
「なんだい?」
ラーメンどんぶりを抱えているコッペリウスにRQは聞いた。
「あいつを見ると、どうにも口と身体が止まらなくなる…どうすればいい?」
「恋の病は医者も治せないよ」
「そうか…」

「キミがあまりに真っ直ぐだから、リヒャルトはきっと驚いてるんだよ。
それと…きっとキミの事が大好きなんだけど、どうしたらいいかわからないのさ」
兎兎は言った。
「普通、好きなら好きというだろう」
「そうじゃない人をツンデレというのさっ!」
「へぇ・・・」
RQは考えるように斜め上を見つめた。

「そういう人には、意外と強引な手法が必要だとも思うんだけどな」
「これ以上強引にするつもりなのかい…やれやれ」
兎兎の言葉に、カロムが肩を竦ませた。
「ふふふ・・決断するのはキミさっ!」
ラーメンどんぶりから、フカヒレらしき一筋を見つけたコッペリウスが邪悪な笑みを浮かべている。

「硬い人ほど、入り込むと脆かったりするもんだよ」
つられて兎兎もニヤリと怪しく笑った。

「うーん…それにしても、兎兎、おまえ奇抜なヘアスタイルにしたんだな…」
「キミに言われたくはないよ」

「・・・・」






夜。

月明かりが眩しくて、カーテンを引いた。

白いシーツに身を横たえて。

眠れない…。

イライラする。どうしようもなく。

あいつは私との勝負を諦めたのか?

それとも近づくなと言ったから、離れているのか?

何を考えているんだ?

それとも・・・やはり醜いこの顔を見て・・。

口が渇く。

あんな感触知らなかった。


眠れない…。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


音もなく、さっとカーテンが引かれた。

「誰だ!」

不覚!なぜここまで油断をしてしまったのだろう。
あいつのせいだ。

顔は逆光で見えないが、シルエットで誰かわかった。

「どうしてここにいる?」
「会いたかった」
「勝負なら…え・・・?!」

RQが覆いかぶさるように身体の上に乗ってきて、リヒャルトは目を見開いた。

「何を?」
「これは勝負じゃない。オレは会いたいから会いに来た。好きだから奪いに来た」

「うっ…んっ!!」

言葉を返す前に口を塞がれた。
温かく湿った塊が忍び込んでくる。

「んっ…んっはっ…」

舌は以前より性急に、より激しく口内を蹂躙した。

「はぁ!あ…」

触れられてもいないのに、下肢に甘い疼きが走った。
待っていたように下の方に回された手は、触れるか触れないかギリギリのところで、腿を撫で上げていく。

「やっ…やめろ!殺されたいかっ!」
「今夜のためなら、明日殺されてもかまわない。好きだ!リヒャルトおまえが!」
「!」

乱暴な手がシャツを引き裂いた。
「やめろっ!いやだ!」
リヒャルトが顔をそらした。
「お願いだ…やめてくれ…それだけは…」
今までにないほどの弱々しい声。

RQがはっとして眼下を見ると、白い肢体が月光に照らされて輝いていた。
肌の白さとは対照的な右半身の暗闇。

胸の辺りから肩近くまで大きく抉られた痕。
右顔と同じように肉のかわりに機械が埋め込まれていて、幾筋も光の管が蠢いている。

「あ・・・…」
RQは一瞬、手を止めた。そして下がった…ようにリヒャルトには見えた。
「こんな…」
「見るな」
「リヒャルト…」

「放せーー!!」

泣き叫ぶような悲鳴とともに衝撃がRQを襲った。

リヒャルトの眼球の部分にある赤い光が燃え上がる。


“こいつに触れられると、自分の中の何かが壊れそうで怖い…”
“でも、もう近づかないだろう。私はこんなにも醜い”
“だから…”
“私のそばを離れる…”
“これでこいつは私のもとから消える…”

-綺麗だ-

“嘘つき!”



ポタリ…と床に血が落ちる。


“私は…一体何をした?”


一寸先は暗闇。
ベッドの先は何も見えない。

先ほどまでこの身体の上に乗っていた男の姿は跡形もなくなってしまった。
かわりに赤い液体が全身にまとわり付いている。
髪も顔も手足も…シーツもカーテンも…。
リヒャルトは血溜まりの中にいた。

「あ・・・ああーーー!」

悲鳴は擦れて消えた。

「返事をしろ…」

かつての同僚達の姿が蘇る。
手足を引き千切られ、全身を粉々に吹き飛ばされて…。
残ったのは、赤い池のような血溜まりだけ。

雨のように上からも横からも、血しぶきが降り注いでいた。

今のように。

「返事をしろ!命令だ!」

返事はない。

「いやだ…死ぬな…死…」

残されたのは血まみれの空虚な両手。
何度となく打ち合ったあの腕が消えてしまった。
痺れるほど、強く強く打ってきたあの腕。あの身体。

“唯一もっともそばにいた存在”
“私が消した”

「いやだ!死ぬなー!」


血で染まった顔に一筋の透明な液体が流れた。



「ア…あちー…」
吹き飛ばしたはずの暗闇からかすかに声が聞こえた。
「なんだよ。そんな熱い視線で見つめられたら…燃えすぎて死ぬかと思ったぜ」

「…」

「そうか…兎兎のいうツンデレってこの事なんだな…しかし、すげぇな」

「…」

「安心しな。オレは死なない。あんたが死ぬなというなら、絶対に死なない」

「私は…」

「好きだ…好きだ!だから、何があっても絶対に死なない」


次の口づけは涙と血の味がした。


-こいつは、私が何をしても…何があっても死なない…-

血液にまみれた確かな肉感。
切り裂かれた腕。
身体。
血にまみれた髪は赤く染まっていた。

それでも…

「さっきはすまない。少し驚いた」
血に濡れた手で、生き物のように稼動する機械に触れ、撫でた。

「私は…人間でないかもしれない。しかし、おまえと対等に勝負をしていた。本当だ」

弁明は伝わるだろうか。

「知ってたよ」

生温かい液体とともに両手が顔に触れた。

「いつだって、その攻撃は真っ直ぐだった」
「こんなに醜いとわかって軽蔑するならすればいい」

今でも、その瞳には抉られた顔が映っている。

「おまえは綺麗だ」
「嘘つき…」
「嘘じゃない事を証明してやるよ」

再び、鉄の味を含んだ舌は口内を犯し、逃れられないほどの執着をみせた。
背中に回された指は、以前と同じ道のりを辿っていく。
下に下に伸びて…。
「あ…・・、こ…」
「ここ?」
「んっ!あっ・・…そ…こに…」

求めていた終着点。



「欲しい?」






どうして、こんな事になってしまったのだろう…。