-PINK-

SSG内では長官9VSRQ1の割合で賭けが行われていた。

「我が長官が負けるわけがないっ!」
本人非公認のリヒャルト親衛隊の本部では親衛隊長イワンが叫ぶ。

一方、ごく少数派のRQ票は主に実戦部隊ではない隊員が入れていた。
「別にどっちでもいいけど、こっちのほうが儲かりそうだからさ」
と事務総官のカロム。

「それで?日程は決まったのかしら??」
「それがね、長官が好きな時に来ていいって言っているらしいよ」
「やだ~恋人のようじゃないか~」
「週末婚っていうか、通い妻っていうかさぁ~。見かけは逆だけどねぇ」
兎兎とコッペリウス、二人の腐男子は少なくとも二人を違う意味で応援しているらしかった。

どちらを応援しているにしろ、SSGの端から端までその話題で持ちきりだったのである。

・・・

「こんなところにいたのか!」
「かまわないが…ここでも」

それは、普段は誰も来ない地下の倉庫だった。

「では…」
リヒャルトがRQの方を振り返る。
読みかけの本が閉じられた。


最初に仕掛けたのは、RQ。
拳を打った後で一陣の風が舞う。
それをリヒャルトがなんなくかわす。

同じ動作が何度か続いた。

突然、リヒャルトが動いた。RQの脇腹に突き。
「っ!」
立て続けに鳩尾に拳が入り、腿の内側に踵が入った。
「てぇ!」
細い身体のどこにそんな力があるのか、一撃一撃が重い。

だが、RQもただでやられるわけにはいかなかった。
素早く内側に入り、片腕を叩き落した。
「…!」
リヒャルトの指の先から背の方まで痺れが走った。
右はもうしばらく使えないだろう。

その直後、RQが足元をふらつかせた。
先ほどの足への攻撃がきいているらしい。
左足がいう事をきかない。

そのまま二人は、間合いを取り直した。

瞳には、お互いの姿しか映らない。


次に先に動いたのはリヒャルトだった。
動かない右腕を伸ばしてきた。
予想外の動きに避けたRQの左足にもう一撃。
「!」
これで完全に動きを封じた。
しかし。
中に入ってきたリヒャルトの頤をRQの手が掴んでいた。
「勝負あったな」
顔を覗き込んでくるRQ。だが、リヒャルトの口元には笑みが一瞬浮かんだ。
「これだから、おまえは私には勝てない。経験が違う!」
頤を掴まれたまま、身体を丸め、相手の胸を思い切り突き飛ばそうとした。

その時…。
「長官!!」
見知らぬ顔が倉庫の入り口に立っていた。
どうも新入りの訓練生らしい。

手には銃。

「長官を放せ!」

どうやら、来たばかりのせいで事情が飲み込めていないらしい。

「これは…」
「放せといっている!」
RQは、リヒャルトを襲っている暴漢だと思われている。
首を締め上げているような今の体勢ではいたしかたない…。
あわてて、リヒャルトからを手を放した。
「おい、これはその…」
RQが口をきく前に、いきなり銃が火を噴いた。

「マジかよ?!」
「やめろ!」

次の瞬間。
リヒャルトは自分の身体に何も衝撃を受けていない事を悟った。
咄嗟にRQの前に飛び出したはずだったのだが…。

「なんてことをするんだ!」
「え?」
顔をあげると、RQの瞳は向こうを見ていた。
「上官を殺す気か!」
「あ、あ…」
若い訓練生は自分が発作的に銃を打ってしまった事で、ショック状態になっている。

そして、鼻腔に焼け焦げたような匂いと血の匂いが同時に入ってきた。
前に伸ばされた硬い腕。
銃弾はその腕に入り止まっていた。

「馬鹿な事をっ!」
「ん?あ、これくらい平気だ」

流れ落ちる血をもう片方の手で受け止めながら、RQは言った。

「それより、あんたこそ驚きの行動とるんじゃねぇ!自殺願望でもあるのかと思ったぜ」
「医者を呼ぶ。ここでおとなしくしていろ」
ビリビリと自らのシャツを破って、RQの腕の止血をしてから、リヒャルトは内線をかけた。

「コッペリウス!地下倉庫に来てくれ。大至急だ!」
「んな大げさな…オレは…」
「ここで、おまえに不戦勝など勝ち取られたくないのでな」

さっそくパタパタと足音がして、コッペリウスが現れた。
「OH~血と硝煙の匂いだ。わくわくするね!」
「早く治してやってくれ」
「OK~!ウフフフ・・」
そしてメスを何種類かと針を取り出した。
「麻酔は使わないよ。気絶しない程度に感覚を残すのが、最近の流行りさ!」
聞いているほうが泣き叫んで逃げたくなるようなセリフをさらりと言いながら、針を肩のほうに打ち込んでいく。

そして、メスを握った。
「ハァハァ~v…興奮するね」
「破片が残っているかもしれない。丁寧に頼む」
「だからオレは…」

何か言いたげなRQの発言を聞かずに、縫合の準備をするリヒャルト。

「なぁ…どうしてオレの前に飛び出したんだ?」
「たとえ、どのような事故が起きても隊員たちを守るのが私の仕事だ。だが…すまない。
結果的におまえを傷つけてしまった」
「…」

その間、目にも留まらぬ速さでメスを動かすコッペリウス。
「シャオ!シャオ!ヒョーォ!」
意味不明な効果音まで入っているようだ。

「はい!できあがり」
縫合まで一瞬のうちに終えて、治療はすんだ。


「2日もすれば動くようになるよ。ただその間の性行為はさけて下さい。プッ!」
自分で言ったギャグにウケながら、コッペリウスは去っていった。






あいつの怪我はいつごろ治るのだろうか…。

コッペリウスは2日といっていたが、完治までにはもっとかかるだろう。

いつごろ、再戦できるのだろう。

たしかに大口に違わない実力があった。

楽しい…と感じたのは、不謹慎すぎるだろうか。

立場を一瞬忘れた。

いや、その他のいろいろな事も。

この身体に埋め込まれた忌まわしい物についてさえ。

あの時、あいつの前に出る必要はなかった。

これで…飛んでくる銃弾を消し飛ばす事もできたのだ。

それなのに…身体が勝手に動いてしまった。

あいつが怪我をしたのは私の責任だ。

眠れない。

明日だってあるのに…。



また、あいつが私の嫌いな色で私の前に現れるのを…
なぜか私は心待ちにしている。







「貴様はなぜここにいる!」

翌朝、トレーニング場に現れたRQにリヒャルトの怒りが爆発した。

「だって、暇だし」
「まだ怪我が完治してもいないのにか!」
「あ、あれはだから…」
腕に巻かれた包帯を面倒くさそうに見るRQ。

「私に勝つんじゃなかったのか!そんな中途半端な気持ちでは勝負になどならない」
「いや、その…実は…」
「キサマは私と本気で勝負する気なのだろう?ならば、万全の状態で私の前に現れろ!
1週間は自室謹慎とする、いいな?わかったな?!」

背を向けるリヒャルトの背後で、大きな溜息が聞こえた。

-私の気持ちも知らないで、どうして、あいつはああいう行動がとれるのだ?!-

怒りが充満しているリヒャルトの耳には、周りの声など聞こえなかった。


「あれ?たしか勝負持ちかけたのってRQのほうで・・・あれ?」




それから、きっちり1週間後にRQは現れた。

「腕はもう大丈夫なのか?」
「ああ」

今度は、講義室だった。


・・・・

「くそっ!オレの負けだ!さぁ、丸刈りにでも何でもしやがれ!」
「待て!先ほどおまえの手刀が私の首に打ち込まれていたら私が負けていた。
今回の勝負は引き分けだ」
「?」
「あの時、もっと深く相手に入るべきだ。次は気をつけろ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなこんなで3週間がたとうとしていた。


「ねぇ、あの二人ってさぁ…いいかげん勝負つけないのかねぇ」
カロムがポツリと言った。
「つけたくないんじゃないの」
と兎兎。
「フフン♪意外と相手を求めていたのは、長官のほうだったりするのかもね」
コッペリウスが歌うように話す。

「さすが、腐っている人達は違うなぁ!」
カロムは苦笑しながら二人を指差した。
「失礼な。感性が豊かと言って欲しいね!」
「私だって、腐乱死体より白骨死体のほうが好きさ!」
腐男子二人は、お互いに頷きあう。

その後、やはり腐った話で盛り上がる二人に、カロムは「やれやれ…」と両手を挙げた。

「でも、そろそろ決着つけてもらわないと、私の儲けが心配になるな…」






昨日よりは、今日、今日よりは明日…
あいつは着々と私を追い詰めていくようになった。

大柄にもかかわらず、動きが素早い。
時折、姿が見えなくなる。
あらぬ方向から攻撃をしてくる事もある。

経験から培った勘で避けざるえない時もある。

あいつはどこまで私についてくるだろう…。

明日は、どんな動きを見せてくれるのだろう。

簡単に「負けた」など言わせたくない。

唯一、私を本気にさせた男。


これが任務ならば…

鏡に映るえぐられた顔と胸には深い深遠が広がっている。

あいつの前だけでは人間でいたい。

たとえ、何者をも破壊する力を秘めていても。







トレーニング場で、地下室で、中庭で…勝負は続いていた。

「まだだ!」

リヒャルトが叫ぶ。

「まだ勝負はついていない」



その様子を見守っている隊員たちからは
「なんか最近じゃ、長官のほうがレクチャーしているみたいになってきているよな」
などという声が次々に囁かれ始めた。

「それにしても、RQのほうもよく続いている」
全身を打たれていても、辛そうでもない。
むしろ嬉々として勝負しているように見える。



「今日は、もう一戦お願いたいのだが?」
「いいだろう」

2戦目は講義室であった。
時刻は10時を回っていた。

いつものように打ち合いが始まった。
だが、一つだけいつもと違った。

RQが攻撃をしようとしない。

「どうした?打って来い!」
「…」

そういえば、昨日、視覚外からの避け方を話したばかりだった。
もしかしたら、試しているのかもしれない。

「おまえがそのつもりなら、こちらも…」
リヒャルトのスピードがあがった。
「っ!」
RQの身体に目に見えないほどの速さで拳が打ち込まれる。

「そうそう簡単に避けられては、勝負にならないからな!」
「上等!」

何発も食らいながらRQはまだ立っていた。
激しい攻撃を繰り出しながら、リヒャルトの息があがっている様子はない。

二人が間合いを取り直した時。

リヒャルトの目の前に白い布がひらりと舞った。

「!」
慌てて、それを手で拾おうとして、顔を上げるとRQの拳が迫っていた。
「くっ!」
それが1寸手前で止まった。
「…それは…」
「え?」
RQが顔を覗きこんでいるのに気づいた。

澄んだ水色の瞳に映っていたのは、空虚な右顔。
本来、瞳があるべき場所には機械的な赤い光が輝いている。
漆黒の闇の中で、いくつもの光の線が蠢いていた。

「見るな!」
「あ…リヒャルト」

普段は片方の前髪で隠しているが、激しい打ち合いの時はガーゼをあてて隠している。
醜い傷痕。
埋め込まれた殺人兵器。

「今日はこれまでだ。帰れ!」
「リヒャルト…」
「出て行け!」

右顔を手で覆ってリヒャルトは叫んだ。

「頼む…目の前から消えてくれ」
「…」

足音が聞こえた。

それが遠ざかるものではなく、近づくものだと知って、リヒャルトは身を翻した。

「もし言いたい事があるなら…言えばいい。私は…」

“人間ではない”…そう言われるのを予想していた。

「綺麗だ」

“おまえと対等に勝負していたつもりだ。人間として”

「すごく綺麗だ」

長い前髪を上げる指を払おうとして、押さえ込まれた。

「夜空みたいに輝いている」

そして、何かが口の中に入ってきた。
それは、確かな肉感を持って舌を掬いあげ、もっと深い部分を探った。

「んっ…ふ」

水色の瞳がこんなにも近くにある。
暖かな手が背中から下のほうへ流れた。

「あ!」

指先で撫で上げられた部分が痙攣した。

「やめっ…!」

密着していた身体を突き飛ばした時、何をされたのか気づいた。

「キサマっ!」
「オレがあんたに惚れているって忘れたのか」
「だからって…今のは…あれは…」
「好きならしたくなる。当然だろ。それとも初めてだったのか?」
「!!」

リヒャルトは咄嗟にRQの鳩尾に一発食らわせた。

「なにす…げほっ!」
「今度こんなふざけた真似をしたら、キサマを殺す!」
「オレは、キスしただけじゃないか」
「二度と私に近づくな!」

バタンと大きな音とともにリヒャルトは講義室を出た。





なんなんだ、あいつはっ!!
口中にあいつの味がまだ残っている。
「うっ…」
思わず口元を押さえ込んだ。

舌の肉感が消えない。
あれから、もっと深くに進んでいたら、あいつの舌は私をどうしていたのだろう…。
「あ・・」
喉が渇くようなおかしな感触がした。
自分の舌でさえ、くすぐったい。
まるで、あいつの舌が入っているようだ。
ぺちゃ…と湿った音。
自分で奏でているのに、とてつもなく恥ずかしいような気持ちになる。

それに、あの指のたどり着く先が知りたい。
背骨を下に向かっていた。
到達点はどこで…どんな感触がするのだろう。






廊下の向こうから、トコトコと軽快な足取りで兎兎が歩いてきた。

「おやおや、長官。何かあったの?まるでファーストキスでもしたかのような顔をしているよ」
「~~~っ!!」
「顔を真っ赤にして、ウフフ図星かしら…こりゃ今度のイベント本のタイトルは…
『初めてのくせに、いやらしすぎるキミのKiss』で決まりだね!」
「う、うるさいっ!!」

リヒャルトの手に持っている鞭が唸った。

バサリ…
「う、うわー!!!」
兎兎は自分の頭頂部を手で探って悲鳴をあげた。
目の前には髪の毛の塊が落ちている。

「修道士カットにされてしまったんだよーーー!!」

おかっぱ頭だったので、頭頂部だけ剃り上げられると、まるで中世の修道士のようだ。
「希望はあったけど、まさかこんな偶然にされるなんて私の占いでもわからないんだよ!」
別段ショックも受けてないらしい兎兎を無視して、リヒャルトは自室へ帰っていった。