-PINK-

「おいおい、この前入ってきたあいつ見たかよ?」
「ああ、有名だな。あの容姿じゃ…」
「ジャンキーだって噂あるぜ!多いんだよな、ああいう奴」

「しっ…ほら噂をすればだ」

その男は、実に悠々と歩いてきた。
まるで新入りというのを感じさせない。
端正な顔に余裕さえ滲ませている。

まわりの隊員たちの視線が自分に集中していても、男は気にするふうでもなかった。
さらりと長い金髪をかきあげて、めんどくさそうに胸のプロテクターをはずす。
新入りが刃物を使った訓練をする時はつけなければいけない決まりになっている代物だが、彼には必要ないようだった。
そうして首の汗を拭い、両耳につけている計10個のピアスを付け直した。

やがて、担架に乗せられて怪我を負った隊員が次々に運ばれてきた。
「ううっ・・」
「っ・・・」
うめき声を上げながら医務室へ収容されていく連中を見守る視線が、一人だけ無傷の男に向けられる。
視線の中心にいる彼は、あわてて手を振り「オレじゃねぇよ」と言った後
「あれとあれは同時打ちで、あれは転んで…あれは…」
と怪我人の説明をしている。

「おい!キサマ!」
突然声がしたかと思うと、巨躯を揺さぶりながら第1部隊長のイワンが、詰め寄ってきた。
「オレと打ち合いをしていた時に余所見をしているとは、何事だ!」
「余所見っていうか…隙があった」
しれっと男は答えた。

「隙だとぉ!部隊長に向かって新入りがっ!」

イワンは男の着ているタンクトップを締め上げる。
「しかも、こんな下着で訓練に出るとは何事だ!ちゃんと訓練着があるだろう!」
「あれ、暑いじゃないか!」
「むむ~~っ」
「おっさんもそんなの脱ぎな。そのうちヒートアップしてぶっ倒れるぜ!」
「キサマー!おっさんと言ったな!オレはまだ30代だ!」

イワンの拳が振りあがったその時だった。

「何事だ!」

向こうから黒い軍服を着た男が歩いてきた。

「長官!」
「リヒャルト長官!」

まわりの隊員たちが道を開ける。
そのまま真っ直ぐ進んでくるリヒャルトの腕を誰かが掴んだ。
途端…
リヒャルトは掴まれた腕を振り払うでもなく、返す動作だけでその相手を投げ飛ばした。

「人に接する時は、触れるより前に挨拶をしろと、誰かに教わらなかったのか」

動揺の見えない静かな声は牽制の効果もあった。
…が、投げられた相手は、その言葉を聞いているのかいないのか
「嬉しい☆」
顔面に満面の笑みを浮かべ、そして…

「あんたとヤリたい!ヤリたくてたまらねぇ!」
と続けた。

これには、さすがにリヒャルトも開いた口が塞がらず、相手を観察するようにジロジロと見た。
「おまえは新入りの確か…RQとか言ったな」
「覚えてくれたのか!」
またも嬉しそうに笑みを浮かべるRQ。
子供が親に褒められた時のようだ。
「…わ、私は隊員の名前は全員把握している」
なぜか、この男と目を合わせていたくない。
顔を反らしたリヒャルトの耳に溜息まじりの「なんだ~」という声が聞こえた。

「ところで、おまえ…その服は?なぜ下着で歩いている?」
「下着じゃない。オレはこの服しか持っていない。貧乏なんだ」
「そうか…」

リヒャルトは、しばし黙った。
過ぎた事を聞いてしまったのかもしれないという気分になったのかもしれない。
SSGに来る隊員は、いわく付きが多い。
貧困から抜け出すために、暗殺者になったり、裏稼業で稼いでいたものもいる。

「日常着を持っていないなら、庶務課にいけば適当なものを見繕ってくれるはずだ」
「別にこのままでいいんだが。それより、あんたと勝負したい!」

「キサマ!まだそんな世迷言を言うか!新入りがっ!」
イワンが横から声を張り上げた。
それを手で制止して、リヒャルトは答えた。
「訓練で手抜きするような男とは勝負できない」
「…見てたのか」
「当たり前だ」
「・・・」
じっと下を向いて、RQは何か考えているらしかった。
だが、すぐにぱっと顔を上げて
「さっきの言葉は忘れてくれ!」
と叫んだ。
「ああ、真面目に訓練をすれば、そのうち相手を…えっ?!」
いきなり、RQがリヒャルトの手を握り締め、顔を寄せたのだ。

「オレは、ここで初めてリヒャルトあんたを見たときから好きだった。
惚れてるんだ、どうしようもなく!だから、オレはあんた以外とはヤリたくねぇ!」
「…?」

まるで、そこだけ時間が止まったようだった。

「こうして近くで見ると意外に童顔なんだな…」

「…わー!!!」

咄嗟に握られた両手を引き剥がし、リヒャルトは自分の身体を守るように抱きしめた。

「お…お、おまえは何を言っているんだ!?」
「オレはあんたが、リヒャルトが好きだと言ったんだ。意味がわからなかったら、もう一度言ってやる。大好きだ!心底惚れてる。初めて見たあの日から」
「何を言っているかがわからない!」
「どうして?」
「私は、人を好きになった事などっ…」

はっとリヒャルトは自分で口を押さえた。
私は、今、何を言おうとしたんだ?
どうしてこんな事をこいつに…。

混乱している。

「いい加減にしろ!」
イワンがRQを後ろから摘み上げた。
「長官になんという無礼な事を!」

だが、イワンの言葉を無視してRQは叫んだ。

「もし、人を好きになった事がないなら、オレがあんたの惚れる最初で最後の男になる!」

「おまえには付き合ってられん。さっさと部屋に戻れ!他の者もだ!早くしろ!」


背後でドアの閉まる音を聞きながら、リヒャルトは早くなる鼓動を感じていた。

あそこにいたくなかった。

なんだ、あの狂った男は!
あんなイカレた男は初めてだ。
今までの隊員の中には札付きのワルもいたが、あんな男はいなかった。
たしか、街中で関係者がスカウトしてきたのだ。
身体能力を認められての事だろうが、頭の中身までチェックしていなかった。

不覚だ…。

しかし…まだここに来たばかりなのだし、もう少ししたら更正するかもしれない。
焦る事はないだろう。
眉間に皺をよせながら、リヒャルトはそう考える事にした。


・・・


次の日。

朝の食堂の一角が騒がしい。
とは言っても、暴力沙汰ではない。
食堂に飾る花の前で言い合っているのは、3人。

「ええ~これでいいと思うよぉ~!」
口を尖らせながら発言しているのは、占い師の兎兎。
「まぁ、私もこれでいいと思うけど、できれば血のような紅がいいねぇ。解剖を彷彿とさせる」
ニヤニヤしているのは医師のコッペリウス。
「私は、これではちょっと派手だと思うんだよ」
事務総官のカロムが横から言う。

3人はショッキングピンク色をした新種の薔薇の事で、意見が割れていたらしい。

「食堂には派手すぎる…ような気もするが」

途中から入ってきたリヒャルトがポツリと呟いた。

「長官はピンクが嫌いなの?恋の色なのにさぁ~」
兎兎がどこから取り出したのか、タロットカードの「恋人」をチラつかせる。
「ところで、きみはいつもタロットを持っているのかい?」
コッペリウスが聞いた。
「うふんvこれ偶然持ってたんだよ!もしかしたら長官の恋が始まりそうだね!」
「な、なにっ・・そんなはずはない!」

兎兎の言葉に、いつも以上に激しく動揺するリヒャルトを見て、コッペリウスは眼鏡を怪しく光らせた。

「私の眼鏡はサーモグラフィー機能が付いていてね。これで長官の体温が上昇していたら、脈あり!って事でしょ…フフーン♪」
そう言いながら、ソロリソロリとリヒャルトの腰のあたりに近づいていく。
「や、やめろー!」
咄嗟に放った拳がコッペリウスの顔面にヒットした。
「うぎゅ!」
「私は、今日朝食はとらん!」
早足で去っていくリヒャルト。こころなしか顔が真っ赤だ。

「ダメだよ、二人とも。40手前の少年をいじめちゃあ~。キミ達みたいに腐ってないんだから」
眼鏡ごと潰された医者を支えながらカロムは呟いた。
「私が腐男子だと思ったら大間違いなんだよ」
兎兎のまったく説得力のない意見に、コッペリウスもかろうじて
「me too…」
と同意した。


ところで、その様子を見ていたRQは隣にいる男に聞いた。
「あいつはピンク色が嫌いなのか?見ると興奮するみたいじゃないか」
「さぁ?でも、たしかに柄じゃないよね。嫌いなのかもしれないね」
「なるほどね…フフン」



その日の夕方。
コッペリウスの医務室のドアを叩くものがいる。
「あ、ちょっと待ってね。今着替え中」
「男同士だしいいだろ。急いでんだ」
「とんでもない。コッペリアは女性だよ!私にしか裸を見せてくれないんだ」

…しばらくして、ドアが開いた。
室内にはきちんと正装した骨格標本のコッペリアがぶら下がっている。

入ってきたのはRQだった。

「頼みがある」



「なるほどねぇ~それは面白いかもしれないし、意外と簡単にできるよ…ところで」
コホンと咳払いをして、畏まった様子でコッペリウスは口を聞いた。
「体毛のほうはどうするかね?」
「体毛?」
「胸毛等だ。私は胸から出ている毛と髪の毛の色が違うってのは反対なんだよ」
「…べつに…」
「どれどれ…」
コッペリウスはRQのタンクトップを診察するようにめくり上げる。
「生えてないね。こりゃ兎兎が悲しむ」
「あいつに喜んでもらえなくて残念だ」
そう言って、おもむろに履いているスパッツを脱ごうとする。
「兎兎は胸のほうが好きなんだそうだ」
「そっか、他だったらどうにかなるんだが…」

「ところで、覚悟はいいだろうね。落ちないものをご希望との事だから」
「もちろんだ!」
「フフ~ン♪ピンクは恋の色~色~♪」


医務室にコッペリウスの歌声と共に、ピンク色のガスが立ち込めた。





「なんだ、その髪はっ!」

翌朝のトレーニング室に響き渡った声。

「気に入ってくれたか?」

嬉しそうにRQは目の前のリヒャルトを見下ろす。

「…」

この前、こいつと初めて口を聞いた。
資料から顔は知っていたがあんなに近くで見たのも、もちろん初めてだった。

…認めたくないが、綺麗だった。
顔の造作は、人間が作り出したもっとも美しいと言われる彫像よりも整っていた。
身体は大柄だが無駄な贅肉などついていないのが、薄着のせいで余計にはっきりしていた。
柔らかそうな長い金髪も、昔に見た絵画の悪魔を倒す大天使に似ていた。
こちらを映していた瞳の色も、空から見た地球のように澄んでいる水色だった。

未だに信じたくない事実。

あの時、見惚れていた…。



でも…


「理由を言え!髪をそんなふざけた色にした理由はなんだ!」
「あんたがこの色を好きだって聞いたから」
「私がその色を嫌いだと知っていて言っているのかっ!」
「あーそうなんだ。でも、これは特注だから、そうそう簡単には抜けないし染め直す事もできない」
「なっ!」
「特殊な薬を使用しないと、もとの色には戻せないそうだ」
「誰が、そんな事を…」
コッペリウスか!
脳裏に浮かんだ名をかろうじて喉に飲み込んで、リヒャルトはピンク色になったRQの髪を掴んだ。
「こんなふざけた色は認めない。今すぐ切るか染め直せ!」
「やだ」
「!」

リヒャルトだけではなく、トレーニング場にいた全員がギョとした。
鬼長官にそのような口をきいた者など今までにいなかったからだ。

「これは命令だ!」
「オレは別に規則に反しちゃいないぜ」
「なにっ?」
「SSG規定、隊員の身なりについての項目50項には髪の色については一言も触れていない。
さらに、任務の項でも民間人のボディガードと隠密ではない限り、色を変えてはいけないと書いてはいない。オレに命令するとなると、それはあんたが独断と偏見によって出した命令だという事になるが…」
「・・・・」

反論の余地がない。

「もし、どうしてもオレにこの髪をやめさせたければ、オレと勝負しろ」
「なんだと・・・」
「オレが負けたなら、染め直すどころか丸刈りにされてやってもいい。それ以上に好きに使ってかまわないぞ。そのかわりあんたが負けたら…」
「何が望みだ。地位かそれとも服従か?」
「オレがそんな卑怯な男だとでも思うのか。望みは二つ。
オレのスタイルには干渉しない事と…したい仕事はオレが決めるということだ」

「ずいぶんと自信有りげだが、後悔せんようにな。いつでも相手になってやる」
「もちろん、負ける気はない!」

こうして、二人の勝負は決まった。