-南国-

船は、やがて小さな島に着いた。

船の乗客は一つに集められて観光コースの説明を受ける。

「Aコースは、ロバの引く荷車に乗って、島内の見学に出発します。お昼はレストラン。それから民芸品を売っているお店へ移動・・・。
Bコースは、ラフティングです!スリルを求める方はこちらをどうぞ。お昼はバーべキュー。民芸品のお店でAコースと合流します。」

「じゃあ、オレたちはAコースでいいな?」
RQの発言にリヒャルトが驚いた顔を見せる。
「何を言っている。当然、Bコースだろう」
「あんた、ラフティングってどんなもんか知ってんのか?」

「・・・」
「・・・あのさ」
「・・・当然!」

リヒャルトの返事に一瞬の間があった。
視点は、RQの背後にあるポスターに向けられている。
RQが後ろを向くと、まさしく急流くだりの写真が写っていた。

「これだよ?」
「そ、それがどうした!!わわわ、私がそんなものに怯むと思っているのかっ!!」

リヒャルトは、常人以上の運動神経を持っている。
なぜオリンピックに出なかったのか?と疑問を持つレベルよりもさらに上だった。
それこそ、世界中でも5本の指に入るだろう。
しかし・・・

彼は泳げなかった。

なぜ泳げないのかはわからないが、まったく泳げなかった。
そのため、猫並みに水に接することを嫌っている。

「強がるなよ」
「強がってなどいない。はーい!私たち二人はBコースです!!」

何かを宣言するときのようにビシッと手をあげて、Bコースのほうへ走っていくリヒャルトの姿を見守りながら、RQは
「・・・大丈夫かよ」
と呟いた。


ラフティングの説明を受けながら、ヘルメットと装備一式を渡されて準備後に、川縁に集合。
8人一組になって、ボートに乗り込む。
最初はボートを漕ぐところから始まり、次第に息を合わせて急流に挑むための訓練に移った。

「もし、あんたが投げ出されたら、オレが助けるよ」
「馬鹿を言うな。私は浮けるようになった」
「それって、プールでヨガをすると・・・だろ?」

リヒャルトの顔面にさっと縦線が走る。

「もしかして、考えてなかったのか!」

そして、シャンプー前の子猫のような表情でカクカクとしながら、こちらを向く。

「もしもの時、この急流の中でどんなヨガのポーズを取ればいいのだ・・・?!」
「あ、いや大丈夫だ。ほら、ライフジャケットも着てるし。あんたがありえない格好で流されていくなんてことは・・・」

「はーい、皆注目してください!これから、とうとう急流下りに出発しますよ!」

二人(主にリヒャルト)は、もはや戻れなくなっていることに気が付いた。




「はい、右、左!!」

ガイドがあげる声にあわせて、オールを動かす。
当初は、静かだった川がある地点から急にゴーゴーと音を立てる場所に入った。

「さぁ、皆さん。息を合わせて」

「1・2・1・2!」

急にボートが傾いて、荒波に飲まれた。
ジェットコースターのように激しい揺れと水しぶき。

「はっ!!ははは!これおもしれぇ!!」

たった一人で敵地に切り込むような表情のリヒャルトとは真逆に、RQは大声で笑った。
まわりもRQの声につられて笑顔を見せる。

「あんまり笑うと舌を噛みますよ~」

ガイドの注意も意に解さない様子で、RQは大はしゃぎし続けた。
リヒャルトまでが泣き笑いのような表情を浮かべはじめた。


そうして、どのくらいたっただろうか。
ボートは静かな川下にたどり着いた。


「ここからは皆さん自由に川遊びをしてください」

「イヤッホー!!」
奇声をあげながら、おかっぱ頭の小柄な男が川に飛び込む。

「ちょ・・・落ち着いて川に入ってくださいね」

ガイドはそういうと、ボートを川岸につけた。彼はこれから別の仕事があるのだろう。


「どうする?少し川に入ってみるか?」
「ああ、ここなら大丈夫そうだ」

リヒャルトは膝の上あたりまで川につかった。

「魚が泳いでいる」
「獲れるかな??」

言うなり、RQが顔をばしゃっと川につけた。

「よし、バーベキューには魚が加わるわけだな」

しばらく、RQは顔をつけたまま行ったり来たりをしていたのだが、

「ぷはぁ~、全然ダメだ~こいつらすばしっこいぜ」
「何をやっている!情けない!」

ずかずかとやってきたリヒャルトだが、川底の石はコケが生えており滑りやすく
案の定、つるっと滑って盛大に尻餅をついた。瞬く間に、リヒャルトは沈んだ。

「ぎゃーーー!!」
「落ち着けーー!!」

暴れるリヒャルトを抱え揚げて、RQは川岸に腰を下ろす。

「ったく、大丈夫かよ」
「・・・」

不機嫌になったリヒャルトの頬を持っていたタオルで、そっと拭いてやる。
水深はさした事なかったものの、パニックを起こしたリヒャルトは頭までびしょぬれになっていた。

「笑いたければ、笑えばいい」
「えへ・・・じゃあ、遠慮なく笑わせてもらうぞ」

あははは!!とRQは声をあげて笑った。
リヒャルトもなぜかおかしくなり、プップッ・・・と笑い出した。

「楽しんでそうだね!これ、あげる」

RQがふと上を見ると、先ほどのおかっぱ頭の男が木の串に刺した魚を差し出していた。
程よく焼き目がついていて美味しそうだ。

「どうしたんだこれ?」
「私が獲ったんだよ!」

そういうと、男は長い木の枝を振りかざしながら「うほーー!!」と川に向かって走っていった。

「あ・・・あいつはここの原住民なのか?」
「いや、ただ腹が減ってただけだろう」

木の枝を銛のように使って、男はまた魚を捕らえていた。
それを、バーベキュー用のコンロの前で立っている金髪長身の男に渡している。

バーべキューが始まっているらしいとわかって、二人はそちらに歩いていった。

「お、マーマイトもあるじゃん!」

好物の調味料を見つけて、さっそくパンに塗りたくるRQ。
リヒャルトはソーセージを焼いている。

焼きあがったソーセージにケチャップとカレー粉を振りかけて・・・リヒャルトはそれをRQに渡した。

「食べてみろ。悪くない」
「カレーヴルストってやつだろ?ありがとう」

二人はそれをパンにのせて食べた。
先ほどのおかっぱ男が獲ってきた川魚もほどよく焼けている。
ビールも配られた。

「あんたはベジタリアンだとばかり思ってたんだけどな」
「そう言ったことはないだろう。基本的には何でも食べる」

焼き魚を頬張りながら、リヒャルトは言う。
ところで、リヒャルトの作ったカレーヴルストは評判がよく、いろいろな人が口にしていた。

「これをどこで習ったの?すごく美味しい」

女性が声をかけてきた。

「習うなんてほどのものでは・・・」
「ベルリンで食べたものより美味しい!もしかしてドイツ系の人?」
「ええ、まぁ・・・」

「他の料理も得意なんだぜ」
横からRQが顔を出す。

「へぇ、うらやましいわぁ~」
「それほどでは・・・」

「ところで、二人はパートナーなの?」
「え?」

当たり前のように聞かれた質問に、リヒャルトは瞳を大きく開いた。

「うーん、変に思わないでね。そう見えただけだから」

そういうと女性はもう一人の女性を手招きした。
二人は肩を組み「私たち新婚旅行でここにきたのよ」という。

「だから、あなたたちも・・と思って」
「オレたちは・・・」

しどろもどろのリヒャルトに代わって、RQが口を開いたときだった。
リヒャルトが小声で「・・・Ja」と答えた。

「え・・・」

「そうなの!お互いいい思い出を作りましょうね~!」
女性たちは、手を振りながら去っていった。

「なにを呆けている」
「んん、いや、まさか・・・あんたが・・・」
「先ほどそう言ったばかりだろう!おまえは・・・勝手なことばかり言って、勝手に撤回するな!」
「撤回なんてしてねぇ!」

そうだ。船内で”恋人同士”だと言ったのはこちらだった。
RQは今更、その時を思い出し下を向いた。

「不服なのか?」
「そんなわけないだろ。嬉しいよ、心の底から」
「・・・」

そっとRQはリヒャルトの口に唇を重ねた。
意外にもリヒャルトは怒らなかった。

「口くらい拭け。ケチャップの味がする」

そう言って、舌で自分の唇を少し拭った。