-南国-


「今日は何をすればいいのか?」

リヒャルトは、朝から頭を悩ませていた。
そばで鼻歌を歌いながら逆立ち腕立て伏せをしている男の腕を蹴飛ばす。

「ぐおっ!!」

RQは予想通りバランスを崩して転がった。
まぁ、回転してうまく着地したので怪我はない。

「この部屋でトレーニングをしてもいいとは思うのだが・・・」
「蹴飛ばしておいて言う台詞かっ!」

RQはズボンのポケットからチケットを2枚出した。

「なんだこれは?」
「なんとかアイランドまでクルージングをして、観光するそうだ。あと船内で1泊」
「きさま、いつの間にこんな勝手な真似をしたんだ!」
「オレじゃない。ほら、パーティで曲芸してた時にもらったんだ」

二人は、そのパーティに呼ばれていただけだったのだが、パーティ後に予定がなにも入っていなかったのだ。

「知らない人間からものをもらうなと、日ごろから言っているだろう」
「え?あんた知らなかったのか。これ曲芸の賞品だよ」
「?そんなものがあったのか?」

リヒャルトは、チケットを手にしてしげしげとそれを見る。

「もっとも、本当の賞品のブランドの時計と交換したんだけどさ。そのへんの奴と」
「・・・まぁ、私はそんなものはいらないからな。このほうがましだ」
「じゃあ、さっそく出かけようぜ!」
「時間はいつからなんだ?」
「あと10分後に港で集合だ」
「・・・!?集合場所へは10分前といつも言っているだろう!!!」

リヒャルトは怒鳴りながら、部屋を飛び出した。
10分前に現地にいないなど、リヒャルトにとっては1時間の遅刻と同義だった。

リヒャルトがものすごい勢いで走っていると、隣にニヤついた様子のRQが追いついた。
ピンク色の髪を振り乱しながらも、楽しそうだ。

「港まで競争ってどう?」
「いいだろう。遅れるなよ!」

車を容易に追い抜く二人の男に歩く人々が注目する。
しかし、顔を確認する間に駆け抜けてしまうので、人々が見るのは二人の後姿だけだった。

こうして、二人は集合時間5分前に港についた。

それでも、リヒャルトの顔は強張っている。
「5分前だと・・・完全に遅刻だ!」
「いや・・・それ遅刻じゃないから。あきらかに間に合ってるぞ」
RQの突っ込みも虚しく、その後やってきた人間に関しては、たとえ時間に間に合っていてもリヒャルトの中では遅刻扱いだった。
さらに10分遅れてきたカップルがいたのだが、リヒャルトの視線は完全に「失格」の烙印を押していた。

若干・・・不機嫌になったリヒャルトと、そんなことは気にしないふうのRQを乗せた船は南の海を進み始めた。



「コテージから見る海と、船から見る海の色が違う」

陸の近くから見る海はコバルトブルーだったが、海上に出てみると深い色に変わっていた。
RQが海面にカメラを向ける。

「あちらにも綺麗な島が見える。あの辺を…」

リヒャルトは少し向こうに見える島を指差した。
白い砂浜から伸びたコバルトブルーがグラデーションを描いている様は息をのむほど美しい。
RQはリヒャルトにカメラを手渡した。リヒャルトはカメラにはちょっとしたこだわりがある。

「ちょうどいい。島をバックにしておまえも写れ」

もっと右によるようにとリヒャルトが指示を出していると、中年の男が通りかかった。

「お友達ですか?一緒に撮りましょうか?」

「いや、私は・・」と言っているリヒャルトの肩を抱いて、
「友達じゃなくて恋人なんだけど、いいかな?」
RQは、リヒャルトの手からカメラをとって男に渡す。

「そ、そんな・・・言わなくても・・・」

意外にも素直にリヒャルトが照れているのを見て、

「べ、べつに言っても・・・いいじゃねぇか!」

なぜかRQが声を上ずらせた。





「二人ともちょっとこちらを見てくださいよっ!!愛し合っているのはわかりますが、島があなたたちの間から見えるように撮ったほうがいいんじゃないですかぁ~??」

どこかのほほんとした男の声で、二人はしばらくお互いを見つめたままだったと知った。

「あ、ああ」
「こうかな?」
「いいですねぇ。じゃあ、撮りますよ!」

どちらとも・・・笑顔を作ることができなかった。
美しい海も、島も、空も・・・一瞬、意味を失った。

二人で後々眺めるだろう写真さえ、この時間には不要に思われた。

「はい、これ」

男がカメラを差し出した時、先に反応したのはリヒャルトだった。

「ありがとう」

そうして、すぐに海に目をやる。
RQがこちらを見つめているのは知っていた。
その表情がどんなものかもわかる。
だからこそ、違う方向を見ていたかった。

「笑え」

突然、発せられた言葉にRQは戸惑った。

「なんでだよ?」
「いいから、笑え」

「な・・・。まぁいいか」

その表情がいつものように綻んだのを気配で確認し、リヒャルトはほっと息をつきながらようやくRQと目を合わせた。
自然に手が伸びて、その頬にそっと触れる。
RQの手もリヒャルトに伸びた。
ゆっくりと顔の輪郭をなぞる。

「私たちが恋人同士ではおかしいか・・・」

独り言のようなそれに、RQは首を振った。

「おまえがそう思うなら、私もそう思うことにする」






「あそこまでアツアツだと、あの場所通り抜けにくいよなぁ~」

先ほどカメラを手渡された男は妻にドリンクを頼まれたのだが、二人の男がじっと見つめあって、お互いの頬を撫であっているすぐ横を「失礼!」と通り過ぎるのは、どうも気が進まない。

しかたなく、2階のデッキに上がって向こう側にぬけることにしよう。