-南国-

「私たちは毎晩SEXをしている」

突然、朝起きた途端にそんなことを言われたので、RQの脳は一気に覚醒した。

「それがどうしたんだよ?」
「ここにきて、SEXをしなかった夜があったか?」
「・・・ない!」

それは昨夜だって同じじゃないか。
なにを今更・・と言おうとしたら、リヒャルトは頬を赤く染めて、恥ずかしそうに

「おまえとトレーニングをしたい・・・」

と言った。

「別にそこは照れるところじゃねぇだろ」
「こうなったら、もはや、SEXをしたいというよりも恥ずかしいことなんだ!」
「へ、へぇ??」

そこのところはよくわからないが、つまりはトレーニングがしたいらしい。

「別にいいけど。まぁ、オレもそう思っていたところだ」
「・・・運動できる服装に着替えてくる」

まるでセクシー下着でも着てきそうな雰囲気で、リヒャルトは部屋を出て行った。




二人はコテージを出て、朝日の昇った海岸の砂浜で対峙した。

攻撃をしかけたのは、リヒャルトだった。
真っ直ぐに拳を打ち込んでくる。
動きを予想してふわりと避けたRQの肩に、リヒャルトの左手が軽く触れた。

RQの身体が数ミリ・・・揺れて

RQは瞬く間に昏倒した。
「っ~~」
しばらくは起き上がれない 。

リヒャルトが片手を差し出す。

「なんだ・・・いて~~」
「おまえがジェルを試したように、私もおまえの身体で試したかった」
「セクシー発言にしては、ダメージでかすぎるんだけど!」

RQがこめかみを押さえながら、立ち上がる。
しかし、軽く頭を振ったりして、バランスをとるのに1分かかった。

「この親指の間接の部分で、こめかみを狙う。相手が違うところに集中している隙をついて、死角を狙う。ついでにバランスまで崩しておけば、このようになる」
「ったく、毎回ご教授感謝するぜ!じゃあ、次はオレがそれを使ってもいいってことだな?」
「やれるものならやってみろ」

肉体がぶつかり合う音がした。




陽は高く上り、二人は構えを解いた。
「はぁ、動いた動いた!」
「一休みいれよう」

結局のところ、また勝負はつかず、RQがリヒャルトに教わることばかりだった。

「あ~~、それにしても悔しいっ!!くそ~~!!」
RQは地団太を踏んで悔しがっている。
「SEXばかりしているからだ」
と、リヒャルトは鼻で笑った。
「いや・・・いや、ちょっとまて、それは違うぞ。別にオレは一人でヤッてるわけじゃ・・!」

忍び笑いをしながらスタスタと行ってしまうリヒャルトを、RQは追いかける。



近くにバールらしきものがあり、二人はそこに入って朝食兼昼食を食べることにした。

「このチキン美味いけど、どう?」
ローストチキンをフォークでつまんであげると、RQはリヒャルトの口元へ持っていった。
「・・・フォークを置け」
「このままのほうが食べやすいじゃん」

しかたなさそうに、RQを鋭い眼光で睨み付けながら、リヒャルトはチキンに食いついた。
ものすごい形相でチキンをもぐもぐと食べるリヒャルトを見て、とうとうRQは笑い出した。

「なんて顔で食べてんだよ。もっと美味そうな顔しないと失礼だろ」
「たしかにこれは美味いが、それとこれとは話が別だ」

そんな会話をしながら、食べ終わった二人は最後にパイナップルジュースを頼んだ。

「どうした?」

気がつくと、RQの視線がリヒャルトを捕らえている。

「横顔、綺麗だなって思った」

リヒャルトの白い肌は、この南国の地では際立って目立つ。
その細い輪郭の線も華奢な身体も、決して頑強そうな印象は与えないのに、しなっても折れない竹のような強さを感じさせる。

「・・・昔、笑顔がいいと言われたことがある」

ポツリとリヒャルトは言った。
昔の話をしたがらない彼にしては珍しい。
今では、めったに笑顔をみせることのないリヒャルトだが、過去はそういう人物だったのだろうか。

「リヒャルト・・・」

RQの中で何かがうずき始める。

ああ、これは
オレの記憶じゃない。

かといって、何かを思い出したわけじゃない。

ただ・・・。




「大変だー!!」

その時、外から男が飛び込んできた。
続いて、サイレンの音。

「なんだ?」
「匂い」

RQがピクリと反応を示す。

「何かが燃える匂いがする」
「近くで火災が?」

続いて、男が走りこんできた。

「近くの民家で火事だ!子供が取り残されているらしいぞ!」



けたたましいサイレンの音。
燃えさかる家の前で、泣き叫ぶ母親。
消防車が家の外から噴射を続けている。

「皆さん、離れてください!」

隊員たちが野次馬たちを遠ざけようとしている中、RQとリヒャルトは家の近くまで来ていた。

「声が聞こえる!」
「子供は生きているのか?」

リヒャルトの耳は、この雑音の中で子供の声を聞き取ることはできなかった。
もちろん、過去に暗殺者として訓練を受けていたので、些細な音でも逃がさないはずだったが、RQの発言は、そのような意味ではなかった。

「まだ、死にたくない!生きていたいって、聞こえる!」

次の瞬間、ピンク色の残像を残してRQは消えた。

「おいっ!!」

リヒャルトが叫ぶ前に、そして、消防隊員が止める間もなく・・・
RQは炎渦巻く建物内へと飛び込んでいた。




「どこだ!」

崩れ落ちそうになる家の中で、子供のかすかに泣き声が聞こえる。

「返事をしろ!」
「うわぁぁん、ママー!!」

声はキッチンから聞こえてきた。

「今行くぞ」

途中で炎に包まれた何かが落ちてきたが、腕で振り払って前へと進んだ。
RQがそこにたどり着くと、5,6歳の子供はしゃがみこんで泣いていた。
幸いなことに、煙をあまり吸い込んでいないらしい。

RQは、子供をさっと身体に抱きこんだ。

だが・・。
耳元に爆発音が聞こえた。



「ぐぅ・・・」

目がチカチカとして、何かダメージを受けたとわかる。
背中の感覚が途切れていた。
背後で爆発が起きたのだろう。
子供は震えながらしがみついている。

「怪我はなさそうだな」

「絶対に、助けてやるから・・」

子供は、RQの服を握る力を強めた。

生きたい。
こんなところで死にたくない。

ずっと綺麗だって・・・言おうと思ってたんだ・・・

一瞬、起こったフラッシュバック。
そして、

はっきりと甦る記憶。


『オレたちは、何か大切なものを忘れちゃいないか?』

それに疑問を投げるかのような氷色の瞳。
あの時も、この腕の中に子供がいた。

『私たちが忘れたものとは?』
『なんだろうな。・・・ソフィア』


「リヒャルト・・・」

瞬時に自分の口が発した言葉が、理解できなかった。
オレは、『ソフィア』のことを考えていたのに。
・・また、おまえの記憶か。



身体中が激痛を発している。
しかし、RQは立ち上がった。

「おまえ、目つぶっていろよ」

なるべくなら使いたくないが、力を使わなければここで二人とも死ぬことになるだろう。


その時、

「何をしている!」

よく聞きなれた鋭い声。

「リヒャルト・・」

今度は、意識して出た言葉だった。



リヒャルトが鞭を振るいながら、炎を遠ざけていた。

「二人とも、無事だな。すぐに脱出するぞ」







「いてて・・・」

RQの背中の火傷は酷いものだったが、コテージに帰るまでにはどうにか再生しかけていた。
リヒャルトは水が入った袋を当ててやりながら、
「まったく何をやっているんだ、少しは考えろ」
とプリプリ怒っている。

「手間かけて悪いな」
「私がいないところで死ぬなんてありえない!おまえはそう肝に銘じておけ」
「・・・可愛いなぁ」

「なにか言ったか」
「いや、なんでも。それにしても、あの状況で考えるなんて無理だ」
「・・・おまえは無謀すぎる」
「あんたを好きになった時もそうだったさ。火事で人を助けるのと恋は似ている。勝手に身体が動いて、何も考えられない。助ける奴の値踏みなんかしてる暇もない。炎に飛び込んで初めて自分の状況に気づくけど、だからって後悔もねぇよ」
「おまえのその素晴らしく冷静な判断に、あの子は助けられ、私は犠牲になったというわけか」

「あ、あんたが助けに来てくれたことには、感謝してもしきれないよ」
「そういう・・・意味ではない」

プイッとしながら、塞がりかけた傷にガーゼを当て、リヒャルトはため息をついた。