-ピンク色の恋物語4-

リヒャルトがSSGに戻ったのは、翌日の深夜0時を回った頃だった。

アポロはもう寝ているだろう。
猫が夜行性とはいえアポロは子猫なので、昼間遊んで疲れていると寝てしまうのだ。
コッペリウスは猫好きなので、きっと、よく面倒を見てくれているに違いない。
朝になったら迎えに行こう。

リヒャルトは、そう考えながら堅苦しい軍服を脱ぎ捨てて、シャワー室に向かった。
本当なら、ハーブ風呂につかって休みたいところだが、今は睡眠をとるほうが先決だ。
さっと身体を流してから部屋に戻ると、いつの間にかデカイ男が立っていた。

「なんの用だ。就寝時間は過ぎているぞ」
「一言謝りたくて」
「もう済んだことだ」

そう言い放つと、リヒャルトはRQを無視してベッドに向かった。

「リヒャルト!」
「用件は明日聞く。もう自室に戻れ」
「待ってくれ」

「すまない。迷惑かけた」
「・・・」

掴まれた腕を振り払って、リヒャルトは立ち止まる。

「その件については、もう済んだと言っただろう。私は疲れている上に不機嫌なんだ!」
ベッドに向かっていた足が、執務机のほうへ向いた。
執務机の後ろにある大きなガラス戸棚の中から、グラスとウイスキーを取り出して、呷るようにストレートで飲み干す。

「くそっ!あいつら!」
RQがそばに立っているのも無視して、リヒャルトはいきり立った。
「今回の件に関して、私個人としては、おまえのやり方が間違っているとは思わん。むしろ、あのくらいやってもよかった。だが、頭の硬いあの連中はこちらに無理難題ばかり押し付けてくる。そうして予想以上に働けば、この様だ。あのサディストども!××野郎!」
普段の彼とは思えないほど下品な言葉で査問委員会を罵って、グラスに酒を注ぎこむ。

「リヒャルト・・・あの」
「たいした問題でもないことに揚足ばかりとりやがって。いつもいつもあいつらはそうだ!おまえの・・・」
RQのほうを向き直ったリヒャルトは、睨み付けるような眼差しを向け、
「おまえの自らすすんで受け入れた謹慎と、ジョンの謹慎処分は予定通り1ヶ月で終了させる。いつまでもあいつらの好きにはさせんぞ!」

グラスに並々注いだウイスキーを一気に飲み干し、バン!と音を立てて、グラスを机に叩きつけたリヒャルトは、よろめく足取りのまま、RQを振り払った。
「今日言いたかったのはそれだけだ。大体、どうしてキサマがここにいる!」
「お、おい・・・」

こりゃ、相当疲れてんな・・・。
リヒャルトがこちらを叩こうとして、手を上げながらバランスを崩したので、咄嗟に支えてしまい、
「放せ!」
と怒鳴られる。
「あんたの立場とか、組織のこととか・・・あの時、頭の中になかったんだ。仕事のことが一番で。あんたが板ばさみだって知ってたら・・・悪いことしたって思ってる」
「・・・」
睨み付けてくる灰色の瞳には普段の鋭さは薄れているものの、迫力は変わらない。

間違いなくブチ切れてる。

RQは次の言葉(もしくは攻撃)を覚悟した・・・しかし。

「それはもう済んだと言った。私が不機嫌なのは、キサマのようないいかげんな男がいつまでも私のそばにいるからだ!」
リヒャルトはRQに背を向けた。
「?」
「さっさと失せろ」
言いながら、リヒャルトはまたよろめく。
「おっと、危なっ!」
「気安く触れるな!」
バシッと音がして、RQは殴られた。

「どうしたんだよ?」
確かに自分はリヒャルトを怒らせるような行動をした。
だが、それについてリヒャルトは「済んだ」と言ったではないか。
ならば、なぜ彼はこんなに怒っているのだろう?
「だ、・・・誰にでもそうやって気安く触れるような奴は信用できない」
「は?」

オレ、誰かに触ったっけ?

RQは、ふと真剣な表情で考え込んだ。

「そうやって、おまえはすぐに他のことを考えている。身体だけここにあっても、心を他のところに置き忘れてきたのだろう。すぐにそちらに戻ればいい」
「ん~?別にそういうわけじゃないけど。今、ちょっと考え事を・・・」
「考え事なら、他の場所でしろ。私は休みたいんだ」
急に声のトーンが下がったので、RQは怪訝に思いふと顔を上げると、リヒャルトは自分の肩を抱きかかえるような姿勢で立っていた。そのせいか、細い身体がいつもより一層華奢に見えた。

「ああ!オレがリヒャルトを傷つけたんだな!」
「っ・・・」
今更、わかったように一人で納得するRQから目を背けて、リヒャルトは
「だから、おまえは嫌いなんだ」
と小声で言った。

「ところで、なんで?いつ?どうして?オレはリヒャルトを傷つけたのか?できれば、あんた自身の口から聞きたいんだが」
「・・・ぐ」
答えるかわりに、リヒャルトはやはり小声で
「誰もがおまえのような人間ではないんだ」
と言った後、妙な笑みを浮かべた。

そんなことを面と向かって言えるようならば、どんなにか楽に生きられるだろう。
デリカシーがなくて、馬鹿正直で、いつでも真っ直ぐで。
査問委員会とSSGとの間で板ばさみになり、どうにかこうにか足掻きながら帰ってきた自分が卑小に思える。
こいつが私の立場なら、事態は変わっていただろう。
もしかすると、もっと悪い事態になっていたかもしれないが、こいつなら自分のやり方に疑問を持たずに貫いていただろう。
きっと事態は今よりずっとよくなる・・・そう信じて。


ふいに、頬に触れられて、リヒャルトは身体を揺らした。

「なんて顔してんだよ・・・」

思考を読まれたような気がして、リヒャルトの頬がたちまち赤く染まる。
頬に当てられた指先は、心に直接触れているようだ。

「ごめん、まったく心当たりはないけど、傷つけたんなら謝るよ」
「プッ・・・」

心当たりがないだとっ!思わず声を上げそうになったが、代わりに出たのは笑い声だった。

「お、おい酷いじゃないか!オレは謝ってるのに、笑うなんて!」
「ははは・・・おまえの言っていることが変だからなのか、酒がまわったのか。たぶん、前者だ」

そう言いながら、リヒャルトは涙さえ浮かべて笑い転げた。
対するRQはへそを曲げた子供のような表情になっている。

そうして、リヒャルトは笑いが収まった後、
「心当たりがないというなら、おまえは誰にでも抱きつく趣味があるのだろう」
怒りを押し殺したような声で言った。
「なんだよそれ!あんたはオレのどこを見ていたんだ。あんたがさっき他人をサディスト呼ばわりしていたんで、オレこそ噴き出しそうになったんだぞ!」
「思い出せないというのなら、思い出させてやろう!」

避ける暇もなかった。
リヒャルトの拳が、先日と同じ左側頭部を強く打った。
「っ~~!!」

そういえば、なんであの時殴られたんだ?
慣れない人間の匂いが蘇る。
そうだ、あの時は・・・たしか・・・

ジョンと酒を飲んでいた。
それで、理不尽な言葉を思い出して・・・
ジョンに、もたれかかった。
あの時は、どこにもぶつけようのない苛立ちと悔しさと、冷静で大人すぎるリヒャルトへの反発もあって、どうしたらいいのかわからなかったから。
そばにいる誰かに、この気持ちをわかってもらいたかった。
ジョンは、何も言わずに受け止めてくれたじゃないか。
それだけだよな・・・。
その後、いきなり不意打ちを食らって殴り飛ばされて、グラスに頭を突っ込んだ。
振り返ると、リヒャルトが拳を握って立っていた。
「おまえなんか・・・」
そう言う声が、どこか震えていたのを覚えている。

怒りにまかせて「ばかやろう!」と怒鳴り散らした後、手に持った何かを床に投げつけたような気がするが、そこから先はよく覚えていない。

・・・・

「まさか・・・ジョンとのことを疑っているんじゃないだろうな」
「・・・」
「あれは、ムカついてたから話を聞いてもらっただけだ。変な意味じゃねぇ!」
「・・・どうかな」
そういうリヒャルトも意固地になっている様子だ。本気で疑っているというより、ここまできたら引くに引けない感情になっているのかもしれない。

「ムム・・・」
RQは数回頭を振った。
超強気で極度に寂しがり屋で素直ではない恋人に対して、どう言おうか迷っているのだ。

「わかった。オレの負けだ」

RQは大げさに両手を挙げてみせる。
そして、リヒャルトの前に跪いた。

「何のつもり・・・」
「オレは、リヒャルトが好きだ」

「・・・」
「これだけは疑いようのない事実だからな!さぁ、文句をつけられるものならつけてみろ!」
「・・・おまえは馬鹿か」

だが、あきらかにリヒャルトは動揺していた。
それ以上の反論が返ってこないのを見て、RQは立ち上がり、リヒャルトを腕におさめた。
「・・・大丈夫。何も起きてないし、何もしちゃいねぇよ」
「・・・」
それでも身を硬くしているリヒャルトの背中をゆっくりと撫でてやる。

「それにしても、あんたが妬いてくれるなんて・・・」
これは、あきらかに余計な一言だったのだが、リヒャルトはいつものように怒り狂わなかった。
ただ、じっと下を向いて黙って・・・
「私も・・・大人げなかったと、思う」
と言った。
可哀想なくらいに顔を赤くして。

こういう時は優しく抱きしめるのがいい。
RQはそう思った。
だが、逆に力強く抱きしめた。
まったく自分流のやり方で。
本当の気持ちを伝えるには、これが一番いい。