-ピンク色の恋物語3-

「ばかもの!!」

SSG本部で待ち受けていたのは、リヒャルトの厳しい叱責だった。

「騒ぎを大きくするなと言ったはずだが、キサマらはどこに耳をつけていた!」
「ここに」
RQが自分のピアスだらけの両耳を指差す。
「これは大変な問題なのだ!おまえなどに付き合ってはいられん」
そう言って、リヒャルトは某国の新聞を広げた。
そこには「国営工場の大火災」とある。
中にある起爆性のある物質が自然発火したと、書かれていた。

「まさしくそのとおりなんだから、いいじゃねぇか!」
「この件にSSGが関わっているというのは、国連も知っている事実だ」
「証拠はここにある。だけど、問題のブツは消失。しかも、奴ら自身が燃やしちまったんだぜ。何か問題でもあるのかよ」
「この騒ぎが国際社会でどう扱われるのかが問題なんだ。なぜ、指示通りに動かなかった」
「そりゃ・・・」

そこで、今まで黙っていたジョン・マッケーシーが口を開いた。
「この責任はすべて私にあります。この作戦は私が…自分一人の判断で行いました!」
リヒャルトは瞳を細めて、ジョンを見つめた。

あきらかに疑われている。この作戦を立てたのは自分ではないと。

そう思った。

「新入りがいくら前職の経験があるといっても、個人の判断で動いた結果となれば、厳罰は免れんぞ」
「覚悟の上です」
ここでいう厳罰とは死も含まれる。
そもそもSSGという秘密機関に入ったときから、個人のすべてを捨てなければならないのだ。
きっと、ここで死んでも誰にも知らされない。
わかっていて、望んだ道だ。

「・・・わかった」
リヒャルトはため息をつき、一呼吸置いてから口を開いた。
「結果だけ話せば、国連は某国への攻撃を午前0時に決定した。よって、おまえたちの行動は、それほどの問題には問われないだろう。だが・・・」

リヒャルトの瞳が真っ直ぐにジョンを見つめる。

「SSG隊員として、指示を守らなかった責任は取ってもらわねばならん。
ジョン・マッケーシー、おまえには1ヶ月の謹慎を命じる。その後に関しては指示を待つように」
「はっ」
その後に待つ運命が死であってもしかたないだろう。
ここに入ってからというものの、覚悟は決まっていた。

「ちょっとまてよ!オレは?」
RQがリヒャルトに詰め寄る。
「おまえは補佐だ。どうしてもというなら、おまえにも1ヶ月の謹慎を命じなければならない」
「おかしいだろ!オレたちは、仕事をこなしたんだぜ?!」
「・・・もういい。二人とも下がれ」


ジョンは、部屋を出た。
だが、RQは居残った。

「なんで仕事をしたのに罰があるんだ!ジョンにも、オレにも!」
「指示通りに動かないからだ」
リヒャルトの返事は変わらない。

「こうするのが最善だって、あんたもわかっているだろう。あれはあの場所で消すべき品物だった!オレたちは、言われる以上に働いたんだ、命をかけてな。なのに、どうして中途半端な仕事を奨励するんだよ!オレには理解できねぇ!」
「それが現実というものだ」
リヒャルトの返事は冷たかった。

RQは乱暴に椅子をなぎ倒した。
虚しく音だけが長官室を揺るがせたが、動じる者など誰もいなかった。



その夜。

「ああ、ジョンか」
SSG内のBarにジョンが座っていた。
RQはその隣に腰掛ける。

「ごめん・・・なんていっていいか。オレは・・」
「いいさ」
このポジティブすぎる男が落ち込んでいるさまなど見たくはない。
ジョンは、誤魔化すようにグラスを傾けた。

「おまえのおかげで、オレは諜報部員ではなく、人間としての生き方を思い出せた。おまえには感謝しているよ、RQ」
素直な言葉だった。
作戦と計算と疑心に覆われたこの心が、数時間で変わらされてしまったのだから。
「うん・・・」
RQは甘そうなカクテルに口付けながら、頷く。
「ジョン…」
ふと、RQが口を開いた。
「あんた、好きな相手いるか?」
「え?!」

突然の質問に鼓動が高まる。なぜだか、わからない。
「あ、いや・・・」
こちらを向くRQの澄んだ瞳が潤んで見えた。
きっと気のせいだ。
そう思っていると・・・。

「・・・くっ」
RQの腕が背中に回された。
「・・・あ、おい・・・」
「ごめん・・・」
「・・・」
体温が直接触れてくる。
抱かれている・・そう自覚したのは数秒後。
「あいつ・・・頭が硬すぎるんだ・・・」
「え?」
肩口で、RQが吐息を吐いた。

どうして、身動きが取れないんだろう・・・。
ピンク色の髪もくつぐったくて、回された腕は熱くて・・・。

ジョンは、瞳を閉じた。
このままで・・・いい。そう思った。
・・・我を忘れる瞬間が人生の中で一度くらいあったって、いいじゃないか。



「情報部部長はいるか?たしか、ここに・・・・っ!」
「マックスね。今日は、用があるとかで休んでいるよ。どうしたんですか、長官?」
リヒャルトが、そこに入ってきたのを二人とも気づかなかった。



「大変なんだよ!!」
占い師の兎兎がトットコと食堂を走ってくる。

「コッペリウスはどこ?」
親友の居場所を兎兎はたずねた。
「ああ、あそこでりんごをかじっている」
通りすがりの誰かに聞くと、一目散に走っていく。

「大変なんだよぉ!!」
兎兎が大騒ぎをしてやってくるものだからDr.コッペリウスは、りんごを口から離した。
「どうしたんだい?」
「修羅場に出くわしてさ!」
「詳しく話してよ!」
コッペリウスは、眼鏡の奥を光らせながら聞く。

「それがね、あの二人がね・・・」

兎兎の話によれば・・・
その夜、兎兎はBarにて、こっそりとラテン太鼓を叩いていた(こっそり太鼓を叩くとはどういうことかとコッペリウスに聞かれても、兎兎は答えなかった)。
ともかく、そこで修羅場が起こったのだという。
兎兎が気が付いた時には、リヒャルトがRQを問答無用で殴り飛ばしていた。
RQの頭は不幸にして目の前の積まれたグラスに当たり、グラスがめちゃくちゃに割れた。

「いつもの光景じゃないか」
コッペリウスが言うものの、兎兎は「Non、Non」と首を振る。
酷い目に合わされたRQ。
目の前からグラスを払いのけ、殴りつけたリヒャルトに向かって、
「ばかやろう!」
と叫んで、ボトルを床に叩きつけた・・。

「それで、リヒャルトは?」
「めったにない行動だから、驚いたみたい。すぐに立ち去ったよ」
「そりゃ・・・本当に修羅場だ」
コッぺリウスも感心したように頷く。
「ひょっとしたら、ジョンが原因かしら?あれはいい男だからねぇ」
「まぁ、RQは無節操だし・・・」
「誰がいい男☆ですか?」
そこへ兎兎のパートナーであり、情報部部長の潤一が現れた。
これもまぁいい男なのだが・・・。

「・・・胸毛の生えてない感じで・・・」
兎兎が不自然な視線であちらを見ている。
「ほら、スパイ映画のトムも胸毛が薄いから、日本人には人気があるみたいだし」
「二人とも一体なんの話をしているんだ?」
潤一が身を乗り出す。
この際、潤一には知らないでもらったほうが幸せかもしれない。

二人は、口を閉ざすことにした。



数日後。

「リヒャルトはいるか?」
RQは通りすがりのコッペリウスに尋ねてみたのだが・・・
コッペリウスは珍しく神妙な顔をして「知ってはいるけれど」と答えた。

「あ?」
「知ってはいるけれど、口止めされてる。リヒャルト本人に」
「どういうことだ?」

ここ数時間、リヒャルトの姿が見えなかった。
誰に聞いても、「重要な会議がある・・・とかで」とはかばかしい返事は返ってこない。
長官室には鍵がかかっており、アポロはコッペリウスに預けられているという。
しかたなく、コッペリウスの医務室を訪ねたわけだが・・・。

「場所を教えるなと言われた。まぁ、用件だけなら教えてもいいんだろうと思う」
独り言のように、コッペリウスは続ける。
「リヒャルト長官は国連の査問委員会に呼び出された。今回の件について直接返答を求められたらしい。何しろ、どこかのおバカさんが勝手な真似をしたものだから」
「なんだと!」
「きみも長官が帰ってきたなら、一言くらい謝ってもいいのではないか。まぁ、帰ってこれたら・・・の話だけど」
「!!」
RQは珍しく血相を変えて、外に飛び出していった。

「場所もわからないのに・・・行動的だなぁ」

コッペリウスは、アポロを膝に乗せたまま呟いた。



ところで、ここは査問委員会が開かれているある建物のB30F。

SSGの軍服姿のリヒャルトは、委員の只中にいた。

「きみは・・結果論を語るタイプには見えなかったが」
委員のしゃがれた声。大国の元国務総官だった男だ。

「結果論ではなく、現実問題です。かの国の手に入れた物質が、この度の戦闘で使用されていたとしたら、国連も無傷ではすまなかったでしょう」
リヒャルトは答えた。

「なるほど、きみのいう事は正しい。だが、事態が偶然にも早まったからこその意見ではないのかね。結果論として受け取る以外、難しい・・・」
違う議員の声。大国の軍事に今も深く関わっている男だ。

・・・偶然だと。
このような事態に偶然も何もあるわけがない。
初めから攻撃は決まっていたくせに、尤もらしいきっかけが欲しかっただけだろう!

リヒャルトは、唇をかみ締めた。

「それに、きみは失態を犯した部下に1ヶ月の謹慎しか命じなかったと聞いているよ。まともな軍隊ならば、もっと厳しい罰が待っていたと思うがね」
SSGがまともな組織だと認めたくないと見える発言だ。
「かつては、あの独裁国家で恐れられたSSGの長官が、部下には手を下せないと見える」

恥辱を受けても、リヒャルトは黙っていた。

「まぁ、我々とて、きみの立場を理解できないわけではない。今回失態を犯した二人をここに連れてきて、我々の手で裁かせてくれるのなら、きみの立場を保障しよう」
「何っ!」
さすがにリヒャルトも顔をあげる。
「さぁ、どうする」
「・・・」


ここは時計の針の音さえもしない空間だ。
時間の感覚がおかしくなる。
だがしかし、リヒャルトは呼吸を乱さずに答えた。

「ならば、私を裁いてください。私の部下の責任は私自身にある」
「ほう。ならば、どう言い訳するつもりだ?」
「言い訳などする必要はない。私も私の部下も、未来に恥となる行動は何一つしていないのだから。私は私の判断と部下の判断が正しかったと、ここに証言する!」





「おっと、RQ、どこに行くつもりなの?」
SSGの施設の外に出ようとしたら、占い師に声をかけられた。
「おまえには関係ねぇ!」
「待ってよ!きみはリヒャルトが信じられないの?」
RQの足がそこでピタリと止まった。

「仮にもSSG長官が、査問委員会に対して一歩でも引くと、きみは思っているのかい?」
「・・・いいや」
「それにね、この事態にきみが勝手に外に出たとわかったら、リヒャルトはますます困った立場にされてしまうだろう。部下に対する監督不行き届きなんて、あの人らしくないじゃない。上に立つ者を支えてくれるのは、下の者の信頼なんだから・・・」
「わかった・・・わかったよ」

穏やかな口調のわりに必死にしがみついてくる兎兎を、RQはゆっくりと押しとどめた。


物陰で、その様子を伺うものがいる。
ジョンだった。
「そうか・・・あいつ・・・」
先日、Barで起こった喧嘩は謎だらけだったが、この光景を見れば理解できる。

「結構、きつい恋だな・・・」

そう呟いたのは、自分に対してかRQに対してか。
ジョンは、痛む胸に手を置き、静かに吐息を吐いた。