翌日。
唐突に本部から電話がきた。
「なんだ、突然」
電話の声は、本部の事務官のものだった。
「オーナーが直接話し合いを望んでいるそうだ」
これは、どういう意味なのか?
オーナーというのは、SSGにロランのガードを任せた相手。
春人が約束されたオフィスビルの1Fに赴くと、オーナーであるダベンポート氏は、どっしりと皮のソファに座り、イラついた様子で足を揺すりながら待っていた。
一見、どこかの社長のように見える。
ダブルのスーツに黒光りする靴。
彼は、春人を見つけると顎をクイッと上げて、前の椅子を指す。
まるで、奴隷に命令をする主人のような態度に、春人は反発を覚えた。
「君が例のガードかね?」
「そうだ」
「フン!口の利き方も知らない子供を雇っている組織だったとはな」
どう考えても好印象ではなさそうだ。
「何の用ですか」
文句を聞かせるために呼び出したのだとしたら、早めに終わらせてほしい。
「ロランに接触しすぎている、と報告があった」
「どういう意味ですか」
「あれは特別なんだ。できる限り任された仕事だけをこなすように、本部には伝えたはずだが。」
彼は、また足を踏み鳴らし始めた。
「そりゃそうだけど、ロランはあの家からほとんど出られないんだろう。
それなら、誰があいつと話したり、悩みを聞いてやるんだよ」
「それがいかんのだ」
イラついたようにわざとネクタイを締める。
「あれにどんな力があるのかは未知数だ。はっきり言っておくが、あれを欲しがっている奴らは世界中にいるんだぞ。宝石なんかよりも貴重なものとして扱わねばならん!」
ー物…ー
春人は耳を疑った。
ーロランを物だというのか!ー
「あんた、それでもロランの親代わりか!」
「そんなことなど関係ない。問題はあれが特殊な生物だという事実だけだ。
私は、ロシア視察中に飛行物体の残骸とともにあれを発見した。
奇形の子供かと思ったが、研究者に見せたところ人間ではないという結論が出た。
世界のどんな貴金属よりも価値のある宝を発見したようなもんだ!
この価値がおまえのような小僧にわかるとは思えんな」
ギラついた笑みを浮かべて、彼は自分の懐に入ってくる利益を計算しているようだ。
ーロラン…ー
春人の脳裏にロランの儚げな笑みが浮かんだ。
ーこれでも人を信じろっていうのかよ!ー
指先が冷たくなっていくのに気が付いた。
一方、身体は爆発寸前の熱を発している。
「我々SSGは、UMAを保護するためにも動いている。
個人的な利益のために、彼を利用するような真似は組織が許さない」
ー誰より、オレが認めない!ー
「残念だよ。君がおとなしく言う事をきいてくれたら、このままだったのになぁ」
「…まさか」
「そう、君は本日付でクビだよ。君のような役立たずを送り込んでくる組織よりも、
もっと物分りのいい組織についてもらうことにした。今、ロランはそちらに向かっている」
「なんだって!」
ーロラン!ー
思わず、椅子を蹴り飛ばした。
「ロランをどこへやった!」
ダペンポートの胸倉を引っつかんで強く揺さぶる。
「さぁな」
拳を振り上げようとする春人を制止しながら、彼は言った。
「そんなことをしてみろ。暴行罪で君を警察に突き出すぞ」
「てめぇこそ!ロランを好き勝手にされてたまるか!訴えてやる!」
「フフフ…どこの誰があれのために動くと思っている。人間でも動物でもない、ロランのために!」
彼は懐から分厚い札束を取り出した。
「君がもしSSGに対して静かにしていてくれるのなら、これをやってもいい。
新しい仕事も斡旋しようじゃないか。今よりももっと儲かるやつをな。
世の中とはこういうものだよ」
いやらしい笑みを油っぽい頬に浮かべて、彼はせせら笑った。
「SSGと言えども、管轄以外に大きく動くことなどできない。ましてや、公にはできない機密事項だ。
おまえが大騒ぎするごとに、組織は身動きを取れなくなるという仕組みさ」
ーだからと言って、どうすることもできないのかー
ロランの汚れのない微笑みが瞼に浮かぶ。
ーおまえを助けることもできないのかよ!ー
目の前が暗くなりかけた時だった。
「ダペンポート氏、話は聞かせていただきました」
聞きなれた声に振り返ると、そこには、いつもの軍服姿ではなく、黒いスーツに身を包んだリヒャルトが立っていた。
「…リヒャルト」
「SSG長官がこんなところに何のようだ?」
ダペンポートの声が少しばかり上擦って聞こえた。
「上の方から依頼された仕事なので、もしやとは思いましたが…。そういうことでしたか」
「おまえに文句を言われる筋合いはない。あれを所有しているのは私だ。どう扱おうと関係はない」
リヒャルトは「ん…」と一瞬頷いたが、すぐに顔をあげて
「そういえば、あなたはいくつかの企業名でお金を動かしていらっしゃいますね」
と言った。
「なにが言いたい」
「ここでは言えないようなものも…動かしているとか…噂だけならよいのですが、残念なことに、我々は証拠を…」
「弁護士を呼んで来い!」
そばに立つ男に怒鳴った後、ダベンポートは額の汗を拭った。
男を片手で制止し、リヒャルトは口を開いた。
「今、勝てない裁判で地位と名誉と財産を失うのと、金づるを奪われるのとどちらを選ばれますか?」
「うう…」
「我々も力づくのやり方ばかりではない。こればかりは、上の方に相談しても無駄ですよ。
わかっていますね、政治家のやり方を」
白面に浮かぶ不敵な眼差しは、まるで獲物を狙う獣のように鋭かった。
「だからと言って、下手な真似はしないように。我々は、あなたを今の彼と同じ立場にすることもできるんですよ。こちらにはこちらの裁き方というものがありますからね…」
「まっ、待ってくれ!」
ダベンポートは血相を変えて叫んだ。
「あれは…黒いリムジンで23番道路を西へ向かっている」
「…なるほど」
リヒャルトが振り返って叫んだ。
「何をもたもたしている、自分の任務を忘れるな!」
「ああ!」
春人はビルを飛び出すと、止めてあった黒塗りの車に乗り込んだ。
「23番の黒いリムジン!」
「わかってるって!」
運転席に座るサムはニヤリと笑い、耳のイヤホンを指差しながら、ハンドルを切った。
「恨んでくれるなよ」
男はニヤリとした。
車内には血の匂いが充満している。
「メイドさんを殺す必要はなかった」
「ああ、たくさん血が出て楽しかったなぁ」
「君は人間として最低だ」
静かに話すロランに、男は愉快そうに笑いかけた。
「何をいうんだ。人でもない化け物が!今からおまえは売られるんだよ。
金持ちのペットか、化学者のサンプルかは知らないがな」
「…」
その後も、男は笑い続けた。
やがて、
「おい!カーチェイスでもするつもりか!あの野郎!」
男の叫ぶ声に、ロランがサイドミラーから外をのぞくと、
「ロラン!」
リムジンに向かって、黒い車が恐ろしいほどの速さで突っ込んでくる。
窓から顔を出しているのは、
「春人!!」