-RED-

ロラン

ちょうどよく心地よい日差しが差し込んでいる。

「もう何日たつかな・・・」

伊達眼鏡を外して、春人は一人心地ついた。
いまだにスーツは着慣れない。
一応、上流階級の家に出入りするのだからと用意されたのはいいが、肩がこる。
それに、上流階級というのは想像していたものとは違う。

「もっと華やかなもんだと思ってたんだけど」

家にいるのは、物言わぬ手伝いの女たち、執事らしき年配の男、ガードマン。
そして、子供一人。

「春人ー!」
裏口から出てきた小さな姿に、春人は驚愕し
「おいっ!馬鹿がっ!!」
子供に駆け寄って、身体を抱きかかえ、家の中にダイヴした。
「なんて事しやがる!」
春人の声にも、その子供はにっこりと笑ってみせた。
「少しの間なら大丈夫だよ」
そして、人間のものよりだいぶ尖っている耳の後ろをかいてみせた。
しかし、春人は声を荒げた。
「心配かけんじゃねぇよ!」
「ごめん・・・」

ー今回の任務は”彼”を守ること。
外敵も含め、地球の環境に適応しきれていない”彼”の身の安全を守るのが、春人に与えられた使命だ。
とりあえず、表向きは”彼”の教育係としてこの館に住み込んでいる。
SSGに依頼してきたのは、保護者を名乗る資産家だった。
この館の主だ。
政府高官にも顔のきく人物だということで、本部に直接打診があったと聞く。
詳しいことは知らない。
というより、聞いてはならない。
きっとSSGに圧力がかかっているのだろう。
わかるのは”彼”が異星人で、めったな用事以外この家から出してはならず、もしも”彼”を狙ってくるものがいたら守る・・・。

それでも、初めて会った時、春人は聞いた。
「おまえは一体どこから来たんだ?」
「わからない」
にっこりと笑って、彼は答えた。
そして、彼も言った。
「君は、僕の教育係なんかじゃないだろう」

是とも否とも言わないまま今日にいたっている。

それもそのはず、彼は教育係など必要ないほどの高い知能を有していた。

「チっ、つまんねぇの」
「うふふ・・・」
春人が本を投げ出すと、ロランはそっと取り上げた。

「僕は、本には知識よりも、物語を求めるんだよ」
そういう本人も物語的な容姿をしていた。
地球外生物にもかかわらず、見た目はほとんど人間と変わらない。
金色の髪を肩のところで切って、毛先をカールさせている。
瞳はへーゼルで、一見子供に見えるほど小柄だ。
ロランは成人しているというが。
同じく小柄な凍牙と比べても一回り小さく見える。
華奢なせいだろう。
人間と違うのは、エルフのように尖った長い耳で、彼はこの耳を触る癖があった。

一日中、音楽を聴いたり本を読んだりして生きているロランは、地球の文化に慣れ親しんでいるようだった。
「また、この曲か・・・ロラン、この家から出たことないのか?」
「うん」
「この家に来る前は?」
「わからない」
記憶喪失なのか、興味がないのかと春人が考えていると、ロランがポツリと言った。

「君がもし同じように聞かれたら、同じように答えるんじゃないのか」
「信用できないってことか」
「まさか」
ロランは首を振る。
「それは君のほうだろう」
「・・・」
「何かを恐れている、春人は」
「そんなものないさ」
ロランの透き通るような瞳が春人を映していた。
「僕が怖い?」
「・・・なんで」
「僕は君を信じる。君も僕を信じてくれないか。たとえ見かけが違っても」
「オレは・・・」

見透かされている。

”奴ら”をガードする仕事。
断るつもりだったが、結局ここに来てしまった。
SSGの講義で、地球外生物にはさまざまな種類がいるのを知ったが、それでもあの時の印象が拭いきれない。

人を食らう姿。真っ赤な瞳。裂けた口。
この館に到着した時、身震いしている自分に気づいた。
今、ロランを前にしていても、時折身体が強張ることがある。

「悲しい思いを、恐れでなくて強さに変えられたらいいのに」
ロランは言った。

「疑うより、信じるほうが難しい。君ならどっちを選ぶ。負けず嫌いの君」




ロランは、今日も音楽を聴いている。
この種族の寿命がどれくらいかは知らないが、下手をしたら一生このままだろう。

「幸せなのか、ロラン?」
春人が聞くと、ロランはゆったりとこちらに歩いてきた。
「春人は地球から出たことあるの?」
「い、いいや?」
「なら、同じじゃないか」
不思議な考え方だったが、なぜだか納得がいった。
それと同時に、心の中にある垣根が崩されていくような・・・。
ロランのものの見方は、やはり地球人とは違う。

「それでも」とロランは続けた。
「前よりは幸せを感じている。春人が来たからかな」
「よせよ・・・オレは」

教育係じゃなくて、おまえを守るガードで。
しかも少し前だったら、ロランを切り裂き殺しているかもしれないのに。

今は、ロランの健康が害されるのが恐ろしい。
強い太陽の日差し、冷たい風、汚れた大気が、見えない傷をロランの身体に刻んでいく。
それに、未確認の敵がロランを狙っているかもしれない。

「ロラン、手に触ってもいいか」
「いいよ」
ふんわりと優しい手が春人の手に重なった。
「オレの手は硬くて痛いだろう」
「いいや」
「汚れているだろう」
「いいや」

「おかしいな、どうしてこんな事言ってんだか、自分でもわかりゃしない!」
もはや、ロランが違う生物だとしても、恐れはわいてこなかった。
「きみの手は綺麗で優しい手だ。そして、強い手だね」

ロランはとても清らかだ。
そこいらの人間より、オレよりも。

「オレはおまえを守るために、SSGから派遣されてきたガードだ」
自然と口に出た。
「・・・そう」
”知っている”と言葉に含ませたまま、ロランは頷く。
「これで信用してもらえるか」
言葉は懺悔のようだった。
返事などわかっているのに。
信用していなかったのはこちらのほうだ。

「ありがとう。僕を信じてくれて」

彼の背に薄い光があたり、それはあたかも天使の光背のように見えた。