そんなこんなで…。
凍牙は、あいかわらず親衛隊長のまま、リヒャルトの隣で満足そうに起立している。
あれ以来、凍牙の座を奪い取ろうとする者が数人現われたが、その都度、不可解な事象が起こり
挑戦者は敗れ去っていった。
やがて…
すべて、あの可愛らしい(見かけだけ)凍牙が裏で工作しているのを、皆は知るようになる。
凍牙は親衛隊長の座を不動のものにしていったのだった。
そんなある日。
「春人、リヒャルトが呼んでる」
珍しく、RQが話しかけてきた。
「おまえから話しかけられるのも、あいつに呼び出しを食らうのも、気に食わねぇな」
睨みつけてくる春人の肩にポンと手を置いて、RQはニヤリと笑う。
「何言ってるんだ。オレたち友達だろ!」
「いつから、そうなったんだ?」
「出会った時からさ。オレはそう思っていた」
「おまえだけだろ!!」
いい加減、埒があかないとみえた春人はRQを振り払って、長官室のほうへ足を向けた。
「ああ、もう!行けばいいんだろ!行けば!」
「次に会った時、友達のほうが知り合いよりも感慨深いだろ?」
RQの発言は、あいかわらず意味不明で…。
春人は無視して歩き出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「は?ふざけるな!今のは聞き違いだろうな!!」
長官室で、こんな怒鳴り声が聞こえるのは、めったにない事だ。
少なくとも、彼に対して、このような口調で話せるものなど皆無に等しい。
リヒャルトは、静かな声でもう一度
「おまえの任務はガードだ」
と、言った。
「断わる!」
「そんな権利はおまえにない」
「殺す方をやると言ったはずだ。奴らを守る義務なんてオレにはねぇ!」
「ここの隊員なら、その義務はある。前にも話したが…」
「ここを出て行けば、死が待っているだろ?!どっちもごめんだ。ガードなんかやるもんか!」
バン!
春人の拳が叩き壊すような音と共に、黒い机を大きく振動させた。
だが、リヒャルトは動じない。
~こんの・・・・ブリーフ野郎!!~
口に出かかったが、出してしまってはRQと同じレベルだと気付いて、春人は黙り込んだ。
「他に何か言うことでも?」
「いや、何もない!」
咄嗟に、浮かんだ言葉が悪かった。
「なら、何も問題はないな」
「違う!今のはっ!!」
慌てても後の祭り。
「一応、場所と人物は資料に書いてあるとおりだ。おまえは住み込みの家庭教師として、
“彼”をガードしてもらう。おまえのの補佐として支部の人間が付く事になっている。
連絡は密に取る様に。本部にもその知らせはリアルタイムで届く」
「補佐っていうか、オレの監視だろ?」
「監視…そういえば、そうだが。彼の任務はおまえの命令を着実にきく事だ。
そういう意味では、おまえは自由に動けるな」
リヒャルトは顔を上げて、茶色い封筒を春人に渡した。
「ここに資料とカード、旅券が入っている。4時間後に出発してもらう。
…以上だ」
「…」
「まだ何か言う事があるのか?」
春人は口を開いた。
「どうしてオレを信じられるんだ?なぜ、この任務を?ガードすべき対象を殺すかもしれないぜ」
リヒャルトは、一息吐き
「これから、おまえが隊員としてやっていけるかどうかの試験だと思え。
…私は、信じている」
そこには、前にも見た複雑な表情があった。
「ここでしか生きていけないんだっけな、オレもあんたも」
リヒャルトは答えなかった。
春人は封筒を乱暴に受け取り、長官室のドアをしめた。
「ねぇねぇ!突然、どうしたのさ?」
後ろで、凍牙が叫んでいる。
「何って、整理整頓しているだけだろ?」
いらない雑誌をゴミ箱に投げながら、春人は言った。
「君が整理整頓するなんて、信じられないよ!死期でもせまったわけ??」
「縁起の悪い事言うな!任務だよ、仕事!」
「え?」
凍牙の身体が、ビクリと震えた。
「たいしたことないって。必ず、すぐ帰ってくるさ」
カチリとスーツケースの蓋をしめる。
部屋は大体片付いた。
こことは、しばらくおさらばだ。
さっきからムッとした顔で、凍牙がこちらを睨んでいる。
「心配するなよ」
「違うよ。君が僕より先に仕事もらうなんてさっ」
プーと頬を膨らませた顔は、会った時と変わらず、子供のようであった。
自分よりだいぶ低い位置にある明るい髪の頭に手を置いて、春人は言った。
「それより、おまえ親衛隊長なら、あのブリーフ野郎に言っておけ。
男なら、ガツンとトランクス履けって!」
「え?それって長官の事?いっ、いやだよ!僕言えないよ!
長官に“ブリーフ脱いでください”なんて!」
挙動不審に身体を揺らしながら、鼻血を噴出しそうな…予感。
「脱げじゃない!履けだ!」
「どっちだって同じじゃないか!」
ぶつぶつ言い続ける凍牙に背を向けて、春人はドアを開けた。
「じゃあな」
「またね」
最後に振り返った時、部屋が意外と広かった事に気付いた。
一人用の部屋を二人で使っていたのだから、当たり前なのだが。
どういうわけか、心に隙間風が吹いているような、妙な寂しさを感じながら…
春人はドアを閉めたのだった。