-RED-

親衛隊

そんなこんなで、数週間が過ぎた頃だった。


「あのね、僕、親衛隊の事聞いたんだけど!」
食堂でパンをかじりながら、凍牙は頬を赤く染めて、興奮した様子で話した。
「ああ、あの妙な連中だろ」
打って変わって、醒めた様子の春人。

リヒャルト長官親衛隊は本人非公認のうちに結成され、今にいたる。
彼らは、特別に長官のお側近くに立つ事を皆に認められ、その他長官グッズとか長官がらみのイベントを行っては楽しんでいる。
もっとも当人は知らないうちに…だが。

堅物の長官にばれたら、すぐに解散させられてしまうだろう。
しかし、それをあえて密告する者もなかった。
親衛隊のメンバーの長官愛は凄まじいものがあり、報復を怖れていたのである。
RQが今まで五体満足なのが不思議なくらいだ。

「親衛隊長になれば、いろんな特権が与えられるんだろう?」
「特権っていっても、たしか…リヒャルト人形とかうちわとかもらえて、ついでにあのおっさんの匂いが嗅げるくらい近づけるって話…」

ぐふっ!!

突然、凍牙が顔を覆った。
両手から血が溢れている。
「大丈夫か??!」
鼻血を拭きながら、凍牙は“大丈夫”と合図を送った。

しばらくして、鼻に栓をした凍牙はうっとりと語りだした。
「きっと菫のような香りに違いないよ」
「加齢臭の間違いだろ?!」
もはや、春人には凍牙を止めるすべはなかった。

「僕は決めた!親衛隊長の座を奪う。力づくでもね!」




凍牙が親衛隊長のイワンに挑戦状を叩きつけたらしい。との噂は、瞬く間にSSG内を駆け巡った。

「本気かよ、あのチビ」
「賭けないか、オレ、イワンに20$!」
「あ、オレもだ」
「賭けにならねぇだろ!」

隊員たちの話声が聞こえてくる。

「なぁ、春人、おまえどっちに賭ける。まさか同室のよしみであのチビか?」
「かんけーねぇよ」
声をかけてくる同僚を振り切って、春人は自室に戻った。


「帰ったぞ」
すでに明かりが消されている部屋の中を進んでいくと、共用のテーブルの上に書き置きがあった。
“明日は決闘だから、もう寝るね”
すぐ横のベッドで、のんびりと寝息をたてている凍牙の顔を見て、春人は溜息をついた。
「チッ・・大丈夫かよ」

親衛隊長のイワンは元特殊部隊出身の兵士だ。
恐ろしく腕が立つ。
RQには及ばないとしても、組織内で2,3番である事は確かだろう。
一方、凍牙は暗殺術を身につけているとはいえ、まだ余裕のない未熟さが目立つ。
春人も何度か手合わせをしたが、到底イワンにかなうとは思えない。

「どうして、オレがこいつの心配なんてしなきゃならないんだ?」

思い返せば、部屋から追い出すのが目的だったのに、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっている。

「ったく、安らかに寝やがって・・・」
寝顔だけを見れば、本当に可愛いのに。
まさか、こいつが暗殺術を身につけていると思う者はいないだろう。
「でも、まぁ、おまえがイワンにボロクソにされそうになったら、助け出してやるよ。
同室のよしみってやつでな…」
すると、寝ているはずの凍牙がニッコリと笑ったような気がした。
「…リヒャルト長官…ウフフ」
「…寝言かよ」


つくづく、自分の世話焼きな性格を悔やむ春人だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

かくして。

次の日、トレーニングの後。
大勢のギャラリーに囲まれて、凍牙とイワンは対峙した。

イワンは、グリズリーのような灰色の目をした大柄の男だ。
凍牙を歯牙にもかけない様子で見下ろしている。

「キサマがオレから親衛隊長の座を奪うだと???」
底冷えするような眼差しが、じっと凍牙を捕らえた。
まわりの冷やかしと冷笑の声を片手をあげて静止し、イワンは、もう一度凍牙に聞いた。
「冗談ではすまされんぞ」
「冗談なものか!リヒャルト長官を想う気持ちは僕のほうが上だと思い知らせてやる!」
凍牙はイワンを指差して挑発した。

「ならば、手始めに聞くがリヒャルト長官の身長・体重は?」
「171cm、51㎏。この前の健康診断で500g減っている事が確認された」
「うーん・・」
イワンは唸った。
「では、長官の誕生日と血液型は?」
「1月1日、A型だ」
「ぬぬっ」


その頃、長官室では…。

ハクション!!

「風邪か?」
親衛隊にはめっぽう嫌われているRQは、ここにいた。
先ほどから、くしゃみが止まらないリヒャルトにティッシュの箱を手渡す。
「予防はしているつもりだったが…クシュ!!」
「誰かに噂でもされているんじゃないのか?」
「誰も私の噂など、クチュッ!!」
「あーあ、こりゃ本格的だ」


…と、長官室の二人が会話している間にも、トレーニングルームでは長官クイズが続いていた。

「長官が昨日つけていた下着のタイプは?」
キャーいや~ん!!とギャラリーの中からピンク色の悲鳴があがる。
「白いブリーフ、パンダのバックプリント付き!」
「ふむ」

「それは犯罪だろ?!」という春人の突っ込みも、この場では通じない。

-おっさんの下着に好奇心をおぼえているこいつらは明らかにおかしいが、
ここまで探られて、なんとも思わないあいつもあいつだぞ!!-

そこで、イワンが長官クイズを切り上げた。
「よーし、おまえの長官に対する気持ちに揺るぎはないと理解した。
だが、オレもそうそう簡単に親衛隊長の座を譲るわけにはいかない。
実力で勝負といこう!」
「望むところだ!」

二人が構えると、その場にピンと張り詰めた空気が流れた。
お互いに隙を探り合っているが、なかなか動こうとしない。

ところが、突然イワンが妙な顔をして腹を抱えて倒れこんだ。
「ぐぉ!腹がっ!腹がいてぇ!」
「隙あり!」
凍牙が動いた。

「うぐっ!」

・・・。


その後の勝負については、思い出したくもない。
イワンは医務室にいる。
肉体的な理由よりも精神的ショックのほうが大きかったのだろう。
あれから1週間がたつが、彼はまだ戻らない。

「なぁ、凍牙」
春人は、満足そうに隊長印をハンカチでふきふきしている凍牙に話しかけた。

「なぁに?」
「おまえ、イワンに盛っただろう」
「なにをさ?」

凍牙がこちらを向く。

「強力な下剤か何か?」
「人聞きの悪い!」
「しらばっくれてんじゃねぇ!」
「・・・」
凍牙は隊長印を手から離すと、おもむろに冷蔵庫を開けた。

「目的のためには手段を選ばない。こういうところにいる人なら、知っていると思ってたけど?」
「相手は仲間だぞ」
「僕はねぇ、好きな人のためなら何でもできるタイプらしいね。
まぁ、あの方に出会うまでわからなかったけど!ウフっ」
悪ぶる様子もなく、そんな事をいう凍牙に春人は溜息をついた。
「とんだ天使様だな。オレが心配する必要…」
「何か言ったー??」
「いや。でも、おまえってリヒャルトのためなら、オレだって利用するよな。きっと」
「たぶんね。その時はよろしく!」
浮かべた満面の笑みは、やはり天使のようだ。

「利用されてたまるかよ」

春人は目をそらした。
「ところでさぁ、春人ぉ~。僕のいちごジャム知らない?」
「どれどれ??」
「まさか、勝手に食べちゃったんじゃないだろうね!」
「…らしい」
「もー!!絶対に許さないぞ。僕ずっとずっと根に持つタイプなんだから!」
凍牙は可愛らしい顔を紅潮させて、頬を膨らませる。
言葉とは裏腹の見かけのせいで、余計に底知れぬものを感じて春人は言った。
「さっきからおまえの言うタイプってのを総合すると、おまえって結構やな奴だよな…」
「冗談だと思って受け取っておいてあげるよ!」
フフフ・・と微笑み、凍牙はアプリコットジャムの缶を取り出した。