-RED-

同居人

数ヵ月後。

トレーニング場で、地団駄を踏んでいる男が一人。
「ああ、くそっ!」
「前の仕返しはしてやったぜ!」
男のそばで笑みを浮かべて、春人は上方を見た。
そこにはRQがいる。

「今度は、おまえをそこから引きずり降ろしてやる。待っていろ!」

啖呵を切られたRQは満足そうな顔で去っていった。

「チッ!あいつ…」

「おおい!春人!」
春人を隊員の一人が呼んだ。
「なんだ?」
「呼び出しだ!」



会議室に出向すると、事務方を仕切っている事務総官カロムと、見知らぬ少年が立っていた。
「ああ、春人よく来たねぇ」
のったりとカロムは話す。
細長い腕を大袈裟に揺らしながら、彼は少年を紹介した。
「この子、預かってくれる?今、部屋がいっぱいなんだよね」
「や・・・」

「嫌だ」という言う前に、少年が手を出してきた。

「あなたが春人さんですか!今日からこちらに配属になった凍牙と言います。
これからよろしくお願いします!」
「え・・あ・・」
少年は、輝く瞳でこちらを真っ直ぐに見つめてきた。

-今更、断りにくいよな-

「あ、ああ。わかった。じゃあ、荷物まとめてこいよ。案内するから」
言った途端、どっと疲れが出た。
「わぁい!これから同室ですね!」
凍牙は微笑んだ。

「しかし、なんでこんな小さい子供を入隊させたんだ?こいつ、まだ小学生だろ?」
指差すと、凍牙は可愛らしくリンゴ色のほっぺを膨らませて答えた。
「失礼ながら、僕は春人さんと同じ歳です!」
「うそでー!」

「いや。実際、凍牙は君と同じ歳だよ、春人。入隊したのも君と同じ頃だ。
ただ、ちょっと事情があって今まで支部にいたんだよ。
だから君たちは、先輩後輩っていうのよりも同期に近いのかもね」
カロムが凍牙に書類を手渡す。
「ここに規則が書いてあるから、よく読んで。長官がうるさいからね」
「はぁ・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


目の前で、荷物を分けている凍牙を見て、春人は溜息をついた。
なにしろ、こいつときたら…。
廊下でも部屋でも話通しなのだ。
今でも、こちらを振り返り「この部屋のカーテンは春人さんが決めたものなんですか?」
なんて聞いてくる。
その天使のような微笑みには裏がありそうで…。
「別に」
とだけ答えた。

夜、寝る間際まで、凍牙は永遠と話し続けて
「もう眠くなっちゃったよ、おやすみ」
勝手に寝息を立て始めた。


「なんてことだ…!」
春人は、一人心地呟く。
先ほどまでの声が、耳にこびりついて離れない。
「おかげでこっちは眠れそうにないんだが…」
安らかな寝息を立てている凍牙には聞こえそうにもない。

-こんな奴と、しばらく一緒に暮らせだと!-

正直、こちらが先に参ってしまいそうだ。
布団を耳の上までかけた。

結局、その夜は眠れなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おはよう!朝のトレーニングに遅れてしまうよ、ねぇ、ねぇってば、春人!!」

この…エセ天使がっ…。

布団の中で悪態をつきつつ、春人は起き上がった。
寝不足のせいで頭がガンガンする。

「春人~春人~ねぇ聞いてる?」

-いつの間にか呼び捨てになってるし・・-

爽やかな笑みを浮かべて前を行く凍牙を、春人は睨みつけたが、まったく効果はなさそうだ。

-こいつをどうしてくれようか。追い出すのはたやすい。
が、そうするとカロムとかリヒャルトに呼び出されそうで面倒だ。
手っ取り早い方法は…-

「なぁ、凍牙。おまえと気の合いそうな奴を紹介するよ。まだ来たばっかりで、ここの事もよく知らないだろうし~」
「ああ、そうしてくれると嬉しいな」
凍牙は本当に嬉しそうに微笑んだ。
春人の思惑も知らないで。

-こんな奴、あの変態に押し付けて、オレは悠々自適に暮らすんだ!-


ところが。

「昨日まで、事情があって留守をしていたが、今朝からは普段どおりトレーニングを監視する」
「はいっ!!」
嬉しそうに返事をする隊員たち。

春人は、なぜこんなにもリヒャルト長官が隊員たちに人気があるのかがわからない。
仕事に厳しく人望がある…と言ってしまえばそれまでなのだが、それ以上にアイドル並みの人気がある。
当人はそういった事に疎いのか、まったく気づいている様子はない。

「まったく、あんなおっさんのどこがいいんだか」
呟く春人の隣で、異様なまでに瞳を爛々と光らせる凍牙の姿があった。
身体から熱気を発して、本当に火を噴きそうな勢いだ。
「おい!どうした?!」
「あ、ああ、あの方が長官殿か?」
「そうだ、あれがリヒャルト長官…」
「なんて、素敵な方なんだろう!!」
「おいおい…」
凍牙の瞳は長官を食い入るように見つめている。
視線に気づいてか、リヒャルトが凍牙の前に立った。
「ヨーロッパ支部からきた者だな。これからはよろしく頼むぞ」
「はっ!はい!!」
頬を紅潮させて凍牙は返事をしたが、すぐに顔色を変えた。
あの男がやってきたからだ。

「奇跡的な再会は、初めての出会いにも優るというのは本当だったんだな!」
歌うように口説き文句を口にする男は、するりとリヒャルトの後ろに回りこみ、彼の耳元で呟く。
「この期間、オレはあんたなしで生きていけない身体だと知ってしまった…」
「なら、おまえの命は今週までだな。来週からまた出張だ」

すると、RQはピンク色の長髪を振り乱しながら叫んだ。
「OH!MY Darling!!どこまでオレを苦しめば気がすむんだ!」

他の隊員たちが「やれやれ」という顔をしている中、春人は一人焦っていた。

-凍牙にこいつを紹介して、できれば押し付けようと考えている時に…。
変態見せつけんじゃねぇ!印象悪すぎだろ!-

あわてて、
「あ、あいつはいい奴なんだ!明るくてさぁ、皆の人気者!情熱的で仲間思いで、ファッションセンスも抜群…」
普段、絶対に言わないであろうRQの褒め言葉を口にしているうちに、さすがの春人も吐き気がしてきた。

-自分はどうか知らねぇが、他人はすべて認めている変態だなんて、正直な事は言えない…-

本心を堪えつつ、言葉を続ける。
「この中じゃ、一番かっこいいって評判なんだぜ。長官に対するああいう態度も、彼の忠誠心の表れなのであって…」
そこまで言ったところで、春人は妙な寒気を覚えた。
「長官に対する、あの馴れ馴れしい態度…」
凍牙は殺気だった視線をRQに送っていたのだ。
「げ・・、あのさ、オレが紹介したかったのはあいつで…。おまえの友人に…」
「春人、あいつは友人なんかじゃない。たった今から僕の宿敵だ!!」

うわ・・もうダメだ。こいつ…。
思わず額に手を当てる。
-…どいつもこいつも変態ばかりか…-

ちょっぴり厳しくなったところで、RQが近づいてきた。
「ああ~春人、そんなにオレを絶賛してくれちゃって!…今まで知らなかったぜ。
おまえのき・も・ちv」
しっとりとこちらを見つめてくるRQ。
「ち、ちがっ!!」
「おまえってツンデレなのな。可愛いぜ、春人」
舌で唇を拭う動作までが、春人の勘に触った。
「それ以上、オレに近づくんじゃねー!!」

「静かにしろ!」
リヒャルトの一喝で、隊員たちは姿勢を正した。
「トレーニングを始めろ」
「はいっ!」
いつもどおり、RQはふらりと姿を消し、他の隊員たちはそれぞれに動き始めた。

恐るべきは、凍牙の拳の鋭さだった。
普段のトレーニングは素手で行うが、彼はその身体の小ささを生かし、相手の懐に素早く入りこんで急所に拳を当てた。彼より明らかに大きい相手が呻く。

「それまで!」
リヒャルトの声がした。
凍牙は動きを止める。
「そこまでで止められるようにしておけ」
「はい」
ドサリと、彼の拳をくらった男が倒れこんだ。

「なんだよ、おい…」
「あれ?」
「春人きいてんのか?」

春人のまわりから声が上がる。

「オレもあんなの見たことないさ」
「同じ部屋なんだろ?きいてみろよ。オレもあんなの初めてだ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ああ、こう見えても、僕は一応暗殺術を身につけているんですよ~」
凍牙は、“暗殺術”という言葉がまったく似合わない笑顔で答えてみせた。
「へぇ…」

「僕が本部に来るのが遅れたのは、ヨーロッパ支部で隊員を一人殺しかけちゃったからなんだ。
…エヘへ」
「殺しかけた…だと?」
「もろ急所に当てちゃって、まぁ慣れなんだけどね」

恐ろしい奴と同室になったもんだ
やはり、機会をみて誰かに押し付けよう。
春人が思案をめぐらせていると、凍牙はふと思い出したように
「ああ、そういえば春人。初対面の僕をよくも利用しようとしたね」
と睨んでくる。

「利用?」
騙そうとはしていたが、利用しようとは思っていなかった。

凍牙は続けた。
「あのピンク色の変態野郎と仲良くなりたいんだったら、直接言えばいいのに!
素直になりなよ!」
「はぁ~???」
まるで見当違いもいいところだ。
春人は首を横に振った。

「ああ、きみがどうしても恥ずかしいなら、僕にも考えがあるよ。
僕はあいつに近づき、あいつの事を調べて、きみに教えてあげるから。
きみは長官殿の事を…あの人のスリーサイズから好きな食べ物、好きなタイプまで調べてくれないか?
Give and Take!いいだろう?」

「Give and Take!じゃない!オレは別にあいつの事なんて知りたくもねぇよ!!」
できることなら、関わりたくない・・。
「ひねくれものぉ~!!」
「本心だ!」
プリプリとしながらも、凍牙は話し続けた。
「じゃあ、僕を利用しようとした詫びに、あの方のスリーサイズを教えてよ」
「知らねぇよ!だいたいなんで40手前のおっさんのスリーサイズが気になるんだ?!」
「だってぇ~」
甘ったれた声で縋り付く凍牙を突き飛ばし、春人は呟いた。



「でも…細そうだよな。ウェストとか…60センチ台だろうなぁ」
「そうだよね!ヒップなんかもすんごく細そうだよね!」
「ああ、確かにケツは小さそう…って!なんでオレとおまえがこんなところで同調してるんだ。
さっさと寝ろ!」
「ちぇ!」
口を尖らせながら、凍牙はベッドに入った。

「今夜、あの方が夢に出てきたらどうしよう!」
布団で半分覆った顔が、ニヤついているのがわかるようだ。
「うなされるぜ、間違いなく」
吐き捨てるように言いながら、春人は明かりを消した。

「おやすみ」
「おやすみ」

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「ギャー!!」

次の日の朝。
凍牙は同居人の悲鳴で起こされた。
「なんだよぉ~あの方夢に出てきてくれなかったし~」
ブツブツと文句を言いながら、起き上がると、春人が布団を抱えたまま顔面蒼白で、ガタガタと震えている。

「どしたの?春人?」
「おまえが変な事言うから、リヒャルトが夢に出てきた…」
「羨ましいな。で、どんな夢?」
「あいつの鞭で切り刻まれる夢だ。二度と見たくねぇ!あいつの顔なんか!!」

それを聞きながらも、うっとりと妄想を膨らませている凍牙。
「もうやってられないぜ…」
春人は頭を抱えた。