-RED-

過去から現在

-ちくしょー…!-

春人はシャワーを浴びながら、先ほどの組み手を思い出していた。
滾る熱い血はまだ醒めそうにない。
逆に、ますます苛立ちが増している気がする。

-あの野郎!-

目の前のタイルの壁を拳で叩く。
さすがに割れるところまではいかないが、自らの拳が赤く滲んでも止める事ができない。

-こんな所に無理やり連れて来られて、勝手に所属させられて-

思い返せば、まだ丸一日とたっていない。

一日前まで、NYの街でUMA狩りをしていた。
それが…
近くの籠を見ると、「SSG」と紋章のついた制服。

-逆の立場にされている-


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


初めてUMAの存在を知ったのは、ずいぶん小さい頃だ。
というか物心ついた時から生活の一部だった。
父は、UMAの研究者だった。
世界各国から、そのような資料を集めては学会で発表していたにもかかわらず、実際はどこにいっても夢見がちのオカルティスト扱いだった。
まともな学者など現れないような、新興宗教まがいの公演の誘いも多かった。
父がSSGの存在まで知っていたかは知らない。

仮に名を聞いた事があったとしても、深く知っていたわけがない。
なにしろ、「地球人にとって知られてはいけない世界」を守るのがSSGの役目だから。
あくまで、それらしき組織があるらしいというのは、オカルト雑誌にも書いてあるとおりだ。
幻の組織。
だが、現にこうして自身は中にいる・・。

SSG・・。
スペース・セイフティ・ガード


春人は、もう一度壁を叩いた。
幻ではない確かな痛みと、音がした。


あの頃は、妹がいた。母もいた。
平和だった。
父が、あの隕石を持ち帰るまでは。

父は、まわりの人間達にどう思われようと自分の主義を貫く人だったので、大人たちには遠ざけられていたが、子供達には人気があった。
毎日夢みたいな話を家族と、家に遊びに来る子供達に話して聞かせていた。

…そんなある日。

「綺麗な石だろう。これは宇宙から落ちてきたんだ」
子供みたいな笑みを浮かべて父は話して聞かせた。
手のひらに乗るほどの石はゴツゴツとしていて、一見花崗岩のようだ。
だが、わずかに開いた隙間から炎のようなものが見えた。
それは、確実に生きていた。

「宇宙人のアイテムに違いない」

と、父は言った。



春人は、シャワーの温度を下げた。
ほとんど水と同じくらいまで。

-心を冷やしたい。余計な事まで思い出さないように-

しかし、一度脳裏に甦った記憶が停止するはずもなかった。



「ただいま!」
友達と別れて、家の扉を開けると、誰の気配もしない。

突然、鼻についた生肉の腐ったような匂いと、錆びた鉄の匂い。

いつもと同じようにリビングの明かりはついたまま。
とても嫌な匂いが。

映画を見ているようだった。
見たこともない小さな生物が生肉を食らっていた。
人が倒れていた。
いつもと変わらぬ場所で。
ソファで父が、キッチンで母が、TVの前で妹が。

血にまみれた姿で、腹のあたりから食われていた。




獣がとったばかりの獲物を食らうように、小さな生き物はガツガツを肉や血を撒き散らし、あたりには異様な臭気が漂っている。
小さな生き物は細い手足と大きな頭を持っていた。
赤く光る瞳と大きく裂けた口。
昔、父の持っていた本で見た事がある。
地球上でまだ認められていない生物。
楽しそうに本の絵を指していた指先が、今、先端から齧られている。

「うわぁぁぁ!!!」

悲鳴をあげた途端、生き物はこちらへ向かってきた。
手にしたバッドで、必死にそいつらを蹴散らす。
生き物たちの一匹は、手にあの石を持ってさっと身を翻した。
餌を十分に食らった後では、新たな獲物に興味がなかったと見えて、高く跳ねながら家から出て行った。


その後。
警官による尋問のくり返し。
やがて、父の親戚とかいう人が来て用意をしろと言った。
遠い遠いところに、その人の家はあった。
一ヶ月、何も不自由はなかったが、黙って家を出た。
あの事件以来、誰も信じられなかった。
誰も信じてくれなかった。
禁じられているペットを近くで飼っていたのだろうとか、猟奇殺人とか。
見たこともない生物の話など聞いてもくれなかった。
-ショックで妄想を見ていたのだ-
大人たちには、そういう意見で片付けられた。

わかっていたけれど、見てしまった真実をどこで吐き出せばいい。
そして、家族を殺し食らった奴らを誰が裁いてくれるのだろう。
自分の手でやるしかない。
自らの命や人生や未来のことなんか考えていなかった。

やがて現実がわかると、ストリートでケンカを持ちかけるようになった。
勝てば、そいつの持ち物をいただく。
これは結構いい商売になった。
所詮は同じ穴のムジナ。警察に訴える奴もいない。
帰えるところのない者同士でつるむ事もあったが、一時的な付き合いでしかなかった。
なんの目的もない奴らと違って、オレには目的があったから。

たまにケンカで死ぬ奴がいた。
自業自得といえばそれまでなのだが、人は殺らないようにした。
いうならば、人は商売道具だったから。
本当に殺したい敵は、他にいた。


数ヶ月前、偶然その気配を感じた。
“あいつらの匂い”
決して、この地上の生物ではない気配。
危険な日常を送っていたせいか、気配に敏感になっていた。
だからわかる“ありえない生物”

自分でもよく覚えていない。
愛用のナイフで何度も切り裂いた。

気がついた時、昔見たような光景が目の前に広がっていた。
血まみれで倒れている奴ら。

かつて、自分の家で見た惨劇と同じ。
ずっと望んでいた復讐は、ただ虚しさだけが残った。
家族を無残な姿に変えた連中が、今、同じような姿を曝している。

もっとも、そいつらが犯人なのかどうなのかも知らない。
近い種族というだけかもしれないが、生かしておいても、ろくな事にはならないだろう。

似たような奴らを片っ端から殺りまくるしかない。

簡単に片付く時も、手傷を負わされる時もあったが、逃がしはしなかった。
一度始めてしまった殺戮ゲームはリセットがきかない。


-それなのに、何をやっているんだ、オレは!-


どうしてこんな場所にいる。
まるでずっと前から、この場所にいるような感覚を、どこかで感じているのも事実で…。

その時。
春人は背後に気配を感じ、咄嗟に腕を上方に振りかぶった。
ガツッと硬い感触が拳に伝わる。
「なんだおまえは!!」
振り返ってみると、そこには頬を押さえて
「OH!AU!」
と大袈裟に呻いている大男がいた。

「さすがだぜ!春人!」
陥没した頬のまま親指を立ててみせるRQを、春人はあきれたように見つめた。
「なんのようだ。まさか覗きに来たとかいうなよ」
「OK!勘が鋭いな!そのとおりだ!」
「・・・・」





タァーンと乾いた音。
続けざまに、もう一発。

リヒャルトは隣に来ている男に気づいていたが、あえて何も問わなかった。
「銃の腕前もプロだな」
声を無視して銃弾を補充すると、狙いを定めて発射する。
「なぁ、あんた。元暗殺者だろ」
「・・・」
「でなきゃ、あんな血なまぐさい匂いはしない。その腕前を見る限り、ただの軍人でもなさそうだ」
「今の時間は机にむかっているはずだが」
「ふん、つまらないね。知っていることを学んでも」

タァーン、タァーンと銃声が続いた。
銃弾が切れたところで、リヒャルトは再び口を開いた。
「ガウディ博士は物理学の専門家だが、おまえの頭脳をかっている。
腐らせるのはもったいないという話だ」
「評価してくれてありがたいね」

春人も備えてある銃を一つ手にとった。
「あんたはオレの素性も知ってると言ったな。しばらく、ここにいてやってもいいぜ。
どうせ帰るところもない」
「・・・」
「ただし、こっちの条件を飲んでくれればな」

そして、銃口をリヒャルトに向けた。
「それとも、ここで死ぬかい?弾切れの上にご愛用の鞭も持っていないみたいだしな」

カチリとロックを外す。

「条件を飲んでもらいたい」
「どんな条件だ」
あくまでも落ち着き払った様子で、リヒャルトは聞いた。
「どうも、あんたらは奴らを守る方にも動いているようだな。
だが、オレはお断りだ。あいつらを片付けるための仕事だけをさせてもらう」
「ずいぶんとご都合主義だな」
「当たり前だ。オレにはあいつらを殺す理由はあれ、守る理由はどこにもない。
地球のためとか大義名分を背負う気もないしな。
どうだ?ここで頷かなければ、あんたの頭をぶっ飛ばす。
人は殺りたくないが、この際もそんな事も言っていられない」
「・・・」
リヒャルトはしばらく考えているようだった。

「そういえば、あいつの頬骨を砕いたらしいな」
「?」
下を向いているリヒャルトの口元が珍しく緩んでいるように見えた。

「おいおい!あんたとあの変態がどういう関係かまで知らねぇが、今は自分の身を心配しろよ!」
春人はじわじわと歩みを進める。
黒光りする銃口が、確実にリヒャルトの頭部を狙っていた。
「とんでもない。小気味いいと思ったのさ、ハハハ…」
こんな状況下で、リヒャルトは声をあげて笑い始めた。
よほど、おかしかったと見える。

「ふ、ふざけるな!自分の立場わかってんのか!!」
普通の人間ならば、四肢が凍りつき、口も利けなくなっているところだ。
だが、リヒャルトは答えた。
「なにがだ?私の立場とは?」
「今、オレが引き金を引けば、確実にあんたは死ぬってことだよ!」
「ほぉ・・。面白い冗談だ、やってみろ」
「は?」
嘲笑うかのようなリヒャルトの言動に、春人は驚きを隠しきれない。

「なに考えてんだ」
「べつに。おまえの知った事ではない」

歩みを進める春人。
そんな春人から目を反らさないでいるリヒャルト。

「死んでも後悔するなよ、おっさん」

タァーン、と銃声が静かに一筋空間を切った。
銃弾が発射されてから1秒もたたないうちに、春人は目の前から異様な威圧感を感じた。
特殊な磁場が、二人の空間を支配する。
リヒャルトの眼前で銃弾が砕け散った。
そして、銃を持つ春人の腕も。

「ぐわぁぁ!!」
肉が裂けるような激痛が春人を襲った。
「な、なに?!」
銃を振り落としたその腕からボタボタと血が滴り落ちる。

「キサマ、一体何をした!!」

腕を押さえ、しゃがみこむ春人の耳元でカシャリと音がした。
「見くびるな、小僧」
「チッ」
完全に形勢逆転だ。
今、銃口を向けられているのは春人のほうだった。

「言う事をきくか?」
脅しているふうでもない醒めたリヒャルトの口調は、逆に春人に危機感を抱かせた。
黙って頷く。
「では、その傷を医務室で治療した後、講義を受けろ。
もっともその腕ではトレーニングには参加できないだろう。机に向かういい機会だ」
それだけ言って、リヒャルトは銃を降ろした。

「どうして、オレを生かすんだ」
去り行く黒い軍服の背に問いかける。

「10年前のあの事件はSSGの資料の中にあった。今、あの種族は我々の手で駆逐されつつある。
おまえの家族の仇がどの個体かまでは知らないが。
あの事件が起きた時、我々が現場に着いたのはすべてが終わった後だった。
…すまないと思っている」
「だから、生かしてやるって事なのか?」
「事情がどうであれ、世界の秘密を知っているおまえを各国がほっておかないだろう。
ここで隊員にならなければ、おまえを待っているものは確実に“死”だ」

「ちょ、ちょっと待てよ、あんた」
胸につかえた言葉を発する事もできずに、春人は階段を登っていくリヒャルトを呼び止めた。
振り向き様、春人を捕らえた灰色の瞳に言いがたい色を覚えて、春人は立ち止まる。

「・・あ」
「忘れるな、我々はここでしか生きていけない存在だという事実を」

軍帽をかぶり、リヒャルトは去っていった。