-RED-

SSG

ギィ…と重い扉が開いた。
明かりのない部屋に差し込んだ剣のような光。
春人はうっすらと瞳を開けた。

「君の事は調べさせてもらったよ」

低音の落ち着いた声だ。
狭い地下室に入ってきた軍服姿の男。

「私は、SSG長官のリヒャルトという。風見春人君」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まず…」
と、リヒャルトは口を開いた。

「君の境遇には同情する。だが、君のした事は許されるものではない」
あまりに機械的な言い方に、春人は眉を吊り上げた。
「同情なんてしてもらいたくないね!あんな奴らの味方をする人間なんぞに。
だいたい、あんたにオレの何がわかる!」
「極めて不幸な現実だな。そして、復讐に捕らわれた心。
あとに続くものは、ほとんどの確率で“死”だ」
「なら、オレを殺すか?」
「RQが…不機嫌になる」
「?」
RQ…それがあのピンク髪ふんどし男の名前らしい。

「奴の機嫌で生かされているなら、死んだ方がましだ」
「まぁ、そういうな。あいつがおまえをここに連れてきたのには何か理由があるのだろう。
…それに」
リヒャルトは言葉を切って、ドアの向こうを見た。
「実際のところ、君の生死よりも、奴の機嫌を直すほうがやっかいだ」

「それで!オレをどうするつもりなんだよ?」
暗い部屋の中で、春人の瞳が猫のように光った。
「『仲間にする』と言っている、あいつが」
「なんだと!」
「本日からSSG隊員になるように」
「ああ??」
突然、思ってもいなかった事を言われて、春人は声を荒げた。
「なんで、オレがあんたらの仲間になんなきゃいけねぇ?オレは敵だぞ!」
春人はリヒャルトを殺すほど睨みつけた。
-こいつ、さっきから表情一つ変えやがらねぇ-
片方だけ見えている鋭いグレーの瞳は考えが読めない。

だが・・・。
一つだけわかった事があった。

ふぅと一息ついて、春人は再びリヒャルトに視線を定めた。
「あんた、過去に何をした?」
「何を…とは?」
リヒャルトの表情は変わらない。
春人は、その無表情に叩きつけるように言った。
「何人殺した?あんたからは、血の匂いがプンプンするんだよ!
あいつらの血も人間の血の匂いも!」

春人の言葉に、リヒャルトはわずかに表情を動かした。
が、すぐにもとの無表情に戻り
「ほぉ…」
と呟いた。
「たしかに、面白い奴だ」

「同胞を殺す奴なんて、信じられないね」
「人であるからといって、味方とは限らないだろう。人でないものが、敵とは限らぬように」

「ふん、それだけ人殺しといていうセリフじゃねぇな。もし、正気だとしたら、あんたは人間じゃない」
春人の言葉に、再びリヒャルトは表情を動かした。
「人間じゃない…か。また懐かしい事を言ってくれる・・」
しかし、その表情は思い出を懐かしんでいるような顔ではなかった。
凄惨で残酷そのものの表情をしていた。

一瞬、春人は言葉を失った。

リヒャルトが、自らの長く伸ばした前髪を上げてみせたからだ。
右顔を隠しているその髪の下には…

暗闇の中で、たくさんの光る繊維が見えた。
人工的な光が漆黒の中に輝いては消える。



「ア…」
機械の瞳が赤く輝く。
「そうだ、私は人間じゃない」
リヒャルトは言った。


「面白い奴だ。私もおまえを生かしたくなった」
「…っ」
リヒャルトの言葉には、人の温かみがなかった。
まるで、殺すために生かしてやると言われているようで、春人は冷たいコンクリートの床に爪を立てた。
あたかも、恐怖を必死に押さえ込んでいるように。





「…で、どうだった?日本美人さんは?」
「…」
ドアの前では、RQが出て行った時以上に異常な格好をして立っていた。
リヒャルトは静かに扉を閉じた。

「キサマ…いつも履いているスパッツはどうした?」
「脱いだ」
「どうして、腰布を巻いている?」
「通りすがりの日本人のおじさんがさ、ここ一番の勝負には“これ”だって!
いやいや、まさか、この国でこんな素敵な下着を手に入れられるとは!」
「下着…という意識だけはあるんだな?」
「なんで?」

「出歩く時は、ちゃんと服を着ろと言っただろう!!!聞いてなかったとは言わせんぞ!」

リヒャルトの鞭が唸り、RQのふんどしを傷つけた。

「や…やめろよ…薄布一枚になっちまうだろ?そうしたら…オレ、あんたとベッドにGO!
するしか・・」
「その口を塞がないと、薄皮一枚残して首を切り落とす!」

「まぁまぁ・・」
RQは溜息をつき、どこから取り出したのかヒョウ柄のマントをさらりと身に纏った。
それだけでも十分に変態ちっくだったが、リヒャルトは落ち着いたようだ。
“慣れ”というのは恐ろしいものである。

「あいつは、見どころがあるだろ?」
「ふん!使ってみなければわからないがな」
「あれ…まさか初対面で見せるとは思わなかったぜ」
「…聞いていたのか?」
「独占欲が強いもんでね。熱い視線をあびるのはオレの特権にしときたい」
「馬鹿なことを」

「まさか、あいつに特別に興味でも覚えた?」
「関係ない」
リヒャルトは軍帽を深くかぶり直した。
さらりと、RQがリヒャルトの行く手を塞ぐ。
「なんだ?」
「もしも…オレがあいつに手を出したらどうする?」
「そこをどけ!」
リヒャルトが鞭を持つ手を握りなおした。

「くだらない事を言ってないで、さっさと寝ろ!」
「寝よう…じゃなくて?」

今度こそ、本当にリヒャルトの鞭が唸り、RQを粉砕した。




SSGのトレーニング場は、半地下にあり、上から様子が見渡せるようになっている。

「あの新顔、チャイニーズか?」
「いや、ジャパニーズだって」
「へぇ」

春人は決して小柄ではなかったが、この中にいると細身の体型もあってか、小さく見える。

「弱そうだぜ、相手をする気にもならねぇ」
「一発殴ったら、死んじゃうんじゃないのか」

まわりの声を無視して、春人は“あの男”を探し続けた。

「よぉ、姫さん。オレの相手をしてくれないかい?」
「・・」
大柄の男が春人の肩に手をかけた。
しかし、春人はそれを無視して、違う方向を見ている。

「おい、無視すんなよ」
「あの男はどこだ?」
「誰のことだ?」
「あのピンク髪の変態野郎だ」
「RQのことか。奴ならめったにトレーニングには出ないぞ。奴は特別だからな」
「あいつを呼んで来い!」
「おいおい、先輩に向かって命令かい。そいつはちいと失礼じゃないか。
RQを呼んで欲しいなら、せめてオレを倒してからにしろよ。
どうせ、おまえじゃ相手にならないぜ」

男の挑発的な態度に、春人は構えてみせる。
「そう、そうこなくちゃな。それにしても、見たことのない構えだ。中国拳法の亜流か?」
「我流だ」
二人の肉体がぶつかり合う音がした。


「見ろよ、春人だ」
「余裕がないな」
トレーニング場の上から、リヒャルトとRQが眺めていた。


「素人の避け方だな!」
「うるせぇ!」
春人は男の攻撃をぎりぎりでかわしていた。
隙を見て、服を掴みにかかる。
「なんだ、おまえ。オレを投げる気か!」
自分よりも遥かに小さい相手を見下ろし、男はせせら笑った。
しかし。
「ぐぅ!」
男の目が一瞬、見開いたと思うと、次の瞬間。
「うぉぉぉ!!」
春人は、自分の倍はありそうな男の身体を持ち上げ、前方に投げた。

「てっ!!」
尻餅をつきながらも、ニヤリとしていた男の顔を、春人の踵が襲う。
「ぶへっ!」
鼻血を吹いて、思わず顔に手を当てる男の首に、春人は手を回した。
「死ね!」


「なんだぁ、あいつ殺す気かぁ?」
RQが呑気な声を発した。
「!」
春人が声の方向に振り向くと、自分の斜め上にトレーニング場を見下ろしているRQがいる。
「てめぇ、降りて来い!」
RQは笑っているようだ。

「クソッたれが!ここに来…・・・・ッがっ!!」
立ち上がった春人の背後から、男の腕が身体を締め上げている。
「さっきの仕返しだ。ちょっと遊んでやったらマジになりやがって、ひよこが!」
「ぐぐっ」
力いっぱい身体を回して男の腕を振りほどいたが、相当強い力で締め付けられていたため、意識が遠のく。
ガクリと、春人は膝をついた。
「ばーか、ここはトレーニング場だ。殺し合いしてんじゃねぇんだよ」
「くそっ!いつか殺ってやる、おまえも、あいつも!」
春人がその場所を見上げた時、すでにRQはいなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「やられちゃったなぁ、春人」
RQが呟く。
「慣れていないせいだろう。あいつの闘争心と度胸は気に入った。
我々は武道家でも格闘家でもない。常に戦場にいるような心構えは大切だ」
RQより半歩前を行くリヒャルトには、変わらず隙が見えない。

「危機感ってやつか」
「そうだ。こうしてトレーニングに慣れてしまうと、実戦での感覚を失ってしまいやすい。
隊員たちのいい刺激になるかもしれんな」
「ずいぶんとお気に入りだな。まじで妬けるぜ~」

廊下の突き当たりで、隊員たちの寮と長官室へ向かう道が左右に分かれる。
「では、私は戻るぞ」
「気がすむまで話しちゃいない」
「話は終わった」
捨てられた犬のような眼差しを向けるRQに、リヒャルトは背を向けて歩き出した。
「Bis morgen…」

“また明日”と言ってくれただけ、今日のリヒャルトは優しかったのかもしれない。
だが、残されたRQは不機嫌をむき出しにしていた。
なにしろ、リヒャルトが長官室に消えた後、壁の一部を破壊したくらいだ。

「いいもーん、浮気してやる」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、RQが向かったのはシャワールーム。

…今なら、さっきまでトレーニングしていた奴らが使用しているはずだ。