苦手なもの

「ところで、だいぶ歩いたけれど、出口はまだ見つからないのかい?」
総一郎がシロを抱えて問うた。

「たぶん…近づいているとは思うけれどね…」
翔が静かな声で答えた。


バーチャル迷宮。

「行方不明者が多数いたのか?」
彗が縁起でもない事を言う。

「一応…コンピューターが正常に機能している時は、3時間きっちりで元に戻れるようになっている。でも…もう3時間何事もなく過ぎちゃたでしょ」

「はぁ…」
翔以外の人間達は一斉に溜息をついた。


「もしかして永遠にこのままなんて事ないだろうな」
日向も彗と同じく縁起でもない事を口走った。

「おいおい、きみたちなんでそう僕を脅かすんだい??」
総一郎がシロを抱えたままで叫んだ。

誰も彼一人を追い詰めようとしているわけじゃないとは思うけれど、そういう気持ちはわかる。

「出口はあるよ。歩き回っていればちゃんと着く筈」
極めてクールな口調で翔が言った。
そうだ、ここで皆が不安をぶつけたら、和やかな雰囲気は一変してパニックになる…。
翔はそれがわかっている。

さすがプロの兵士だ。


だが・・・・
「おい、浮雪」
いきなり彗に声をかけられて、僕は驚いた顔で振り返った。
「え、え、なに??」
すると、彗が底冷えするほどの恐ろしい表情でツカツカと歩み寄ってきた。

「ぼ、僕は何もしてないよね??お、お願い食べないで!!」

そうだ、ここには食料もないじゃないか!前の世界と違って。
彗はおなかがすいて、とうとう僕を食べる決心をしたのかもしれない。

「何を言っている。…一つ聞きたいんだが、おまえ…」
彗がめずらしく声を濁らせた。
「ゴキブリ…平気か…?」

「え?うん…さすがに大きいと恐いけどさ。ゴキブリそのもののフォルムは大丈夫だよ」
「そ、そうなのか…だから、あんなに落ち着いているんだな」
彗は勝手に頷いた。

いや、あの化物に対抗する手段を持っていないだけなのだ。
僕だって、格闘家だったり忍者だったり、ソルジャーだったりすれば、躊躇うことなく攻撃していただろう。

「彗…ひょっとしてゴキブリ苦手なのか?」
「・・・」

しばらく視線を反らした後、彗は呟いた。

「どうして連中はあんなにカサカサと動くんだ…」
「そりゃ、足が6本あるからじゃないの」
「そんな事はわかっている!もし…もしだ、自分が寝ている時に連中が枕元でカサカサっと
音を立ててやってきたらどうする。奴らはこの髪とか、この耳とかにカサリと乗って来るんだぞ!」
「うう、うん」
彗の想像は恐すぎた。
意味もなく耳の後ろがこそばゆいような感じを憶えて、何も付いてないはずの耳を手で振り払った。

「耳の中にたまご…でも産み落とされたらどうするんだ!こうゴキブリが知らないうちに耳から・・」
「や、やめてくれよーー!!」
ついに日向が叫びだした。

こんな時、以外にも冷静なのが、総一郎だった。

「僕なら、耳鼻科に行くよ」


「ほらほら、そんな気持ち悪い話してないで。先を急ぐよ。見ているドラマが始まっちゃうんだ」
翔がさらりと言った。

彼(彼女?)は大人だ。

女性か男性かはともかく、実際、僕達の誰よりも大人だった。





そして、冷静になった僕達は景色がちょっとばかり変わってきた事に気づいた。

オレンジ色の壁が赤くなり、通路は前よりも広くなってきている。


「ひょっとして、もしかして出口が近いんじゃない?」
総一郎が大きな声を出す。

「うん、そうみたい・・・・だけど・・・」

翔が今まで一番険しく、低い声を出した。




「ゴールまでには、ちょっとばかり難関があるね」

翔のイヤホンから、カサカサという音を超えたガサガサという不気味な大きな音が聞こえた…。