「まったく、ご挨拶だぜ!」
日向は、目の前の化け物に蹴りを食らわせた。
ザリガニのような生き物は、音を立てて倒れる。
バタバタと足を動かしているが、ひっくり返ると身動きが取れないらしい。
「大丈夫か、矢崎!」
「ふん」
彗のほうの化け物も身動きを止めていた。
「なんなんだ、こいつら?」
デパートの出し物にしては、違和感がありすぎる。
「屋上のステージでもあるまいに」
「それとも、ここはそんなものなのか」
第九の流れるトイレの隣にあった本屋で見たカレンダー。
-2200年-
否定したかったが、これほどの体験をした後では認めざるを得ない。
こんなところでも彗の冷静さは健在だったのが幸いだった。
「なかなか、前の世界よりは現実に近づいたじゃないか」
「まぁな」
しかし、あの化け物には備えないといけない。
もとに近づいたとはいえ、まだまだ知らない世界なのだ。
「ちょうどいいものがある」
彗が何かを発見したようだ。
「…いいねぇそれ!」
かくして。
物干し竿を手に入れた二人は、先に進んだ。
次の階では紳士服が散乱している。
「階段を見つけたぞ!」
「ちくしょーなんてややこしい作りのデパートなんだ!」
ところが、売り物を散乱させた生き物が、また3匹ほど二人の行く手をふさいだ。
「ゴキブリだな。まるで」
「行く手を塞ぐものは叩き潰すまで!」
ばきっ!
日向の一撃がザリガニを突き飛ばす。
「!」
続いて、彗が目にもとまらぬ速さで2匹を同時に飛ばした。
「ひゅー!やるじゃん!」
「おまえもな。贅沢を言うならば、もう少し脇を締めたほうがいいと思うが」
「矢崎は、素手でも戦えるんじゃないのか?」
「…いやなんだ」
「どうしてだ?」
彗が、嫌悪感を露にした。顔をくちゃっと歪ませながら呟いた。
「ゴキブリみたいじゃないか、こいつら…素手では絶対に触りたくない!」
「ひょっとして、ゴキブリ嫌い?」
「好きな奴なんているのか?…行くぞ!」
「…意外なところで弱点知っちゃったな…」
背中を向けている彗が、どんなに嫌そうな顔をしているかが見えるようだ。
それから日向は周りを見回した。
見た目は普通のデパートなのに…
「まるでRPGの世界みたいだ。浮雪が言ってたみたいな展開だな。
扉を開けたら敵がいて…階数ごとに強くなっていって…」
「…」
「矢崎、そうやって背中で話すなよ。…浮雪はきっと大丈夫だ」
「…当たり前だ」
そう言って、おまえ「心配してます」ってバレバレなんだよ。
それにしても、皆がここに来た保障はない。
弥生の言葉。
「私は戻される」
弥生は、どこに戻されたのだろう?
もとの世界?それともあの何もない見知らぬ世界?
そして、浮雪と総一郎は…?
「日向!」
「!」
彗の声で現実に引き戻された。
「ここを見ろ」
次の階の中央部、婦人服売り場に出来た大きな穴。
「ここに奴らの巣があるんじゃないのか?」
「だが、近づかないわけにもいかなそうだ」
「どうして…」
彗が指さしたところに残された落書き。
「?」
「サインだ」
どうみても、へのへのもへじ程度の落書きにしか見えないが。
「バンド名、メシアの」
「それじゃあ!」
「せめて、歴史にバンド名を刻みたかったんだろうな」
彗が遠い目をした。
「じゃ…じゃあ総一郎は!」
ザリガニ野郎の餌食になったのか?!
「フフ…」
何を思ったのか、彗は笑い、穴に突入した。
「矢崎!」
「二人はここにいる。救出しないとな」
その声が妙に嬉しそうだったので、日向は不可思議な顔をして穴に飛び降りた。
ところが、飛び込んだ途端に破壊されているはずの床や天井は塞がり、かわりにオレンジ色の
滑らかなトンネルが景色にとって変わった。
「なんだここは…」
「まるで迷宮のようだ」
そこがバーチャル迷路だとは知るはずもなく、二人は太陽色のトンネルをひた進んでいった。