上を見上げれば、白い天井が見える。
四方をカーテンが囲っている小さな部屋。
ここはどこだろう?
そうか、たしか僕は…
手も足もある。
目も顔も無事らしい。
ペタペタ・・・・
身体中を触ってから、ようやく僕は起き上がった。
たしか僕は、家族でデパートに来ていて、ここは試着室で…。
そうか?そんなわけない。僕は不思議な地下室の扉に吸い込まれて…。
カーテンを開けるのと、恐ろしい悲鳴が聞こえたのは同時だった。
「違います!違います!僕は痴漢じゃありません!」
向こうから猛スピードで婦人服の間をかいくぐって、総一郎が駆けてくる。
彼の後ろからは、キングコングのようなおばさんが買い物袋をぶんぶんと振り回しながら迫ってくる。
「痴漢よ!急に試着室に入ってきて。この小僧!」
「違います!僕は、気がついたらここにっ!って説明が怪しすぎる??でも故意じゃありません!」
「総!」
「ふゆっ!」
総一郎がだだっと駆け寄ってきて、僕の後ろに隠れた。
「浮雪!ああ、よかった!本当によかった!」
感動の再会もつかの間。
「仲間がいたのね!!!」
「「ちがいますぅー!!!」」
僕達は二人同時に叫び、首を激しく横に振った。
「覚悟しなさい!警察に突き出してやる」
鼻息荒くキングコングが迫ってくる。
「ひぃぃぃーーー!!」
後ろから総一郎の悲鳴が聞こえる。
「ひぃぃぃぃーーーー!!!」
しかし、キングコングも同じような悲鳴をあげて、僕達から一歩一歩後退した。
「え?」
そういえば、僕達はいつの間にか陰の中にいる。
こういう場合、大抵後ろにとんでもなくデカイ物がいたりして…。
そっと「とんでもない物説」を信じないように後ろを向いた僕の目に、想像を越えたとんでもない物が存在していた。
「ビーストだ!こんなところにまで!」
ビースト=野獣。
野獣というよりは甲殻類というか、昆虫のお化け。
2mくらいあるザリガニが僕達の後ろに立っている。
一瞬、思考が死んだ。
「ひぎゃあああああ!」
総一郎が悲鳴をあげ、上半身だけで逃げようとして、僕を押しつぶした。
僕も頭真っ白のまま、上半身だけで逃げようと総一郎の下で無意味にもがいた。
そうだ!足を使って逃げればいいんだ!
そう思いついた時、ザリガニは僕達の頭に狙いを定めた。
…さようなら。
殺るなら、チョンと一発でお願いします。
目をつぶった。
次の瞬間。
衝撃音。
ギュイーンン!ドドドドド・・・・・・。
音で身体が千切れ飛ぶと思ったのは始めてだ。
目を開けると、壁を突き破って、婦人服売り場に空飛ぶバイクが浮いていた。
この光景ほど、ミスマッチなものは今までお目にかかった事がない。
「このツバサ様から逃れられると思っているのかい?」
ハードボイルドな賞金稼ぎを思わせるおっそろしくハスキーなおっさん声。
渋い、渋すぎる。
ヘルメットをかぶったバイク乗りのおっさんは、これまたおっそろしくデカくゴツいバズーカのような物を肩に担ぎ、それを衝撃で倒れたザリガニに向けて、何の躊躇いもなく発射した。
いや・・・・僕達がいるんですけれど。
目を向いたまま、じっとしているのがアホみたいだった。
ザリガニは文字通り粉々に消滅し、僕達は…。
「がー!!」
床が崩れた。下の階の床が見えた。
総一郎の悲鳴と。
「あ、やばい。坊や達!」
その声を聞いた途端に目の前が暗くなった。
「…ん」
オレンジ色。
彗の瞳みたいだ。
「彗、彗…」
手を伸ばしたら、誰かに手をつかまれた。
「大丈夫?しっかりしなよ!」
ハードボイルドな声だ。
「彗じゃない…?!」
いきなり起き上がろうとして後頭部に突き刺すような痛みを感じた。
「っ―――!」
「大丈夫?ごめんね」
僕の額を撫でて、心配げな顔をした美女。
オレンジ色の髪。化粧のにおいがする白い肌。
レスキュー隊のようなジャケット。迷彩柄のズボン。
「気がついた?」
僕はこのおじさん声がどこから聞こえてくるのか不思議だった。
思わず周りを見回すと、総一郎が寝かされているのが見えた。
どうやら無傷のようだ。
ところで、ここはどこか?
オレンジ色のなめらかな壁が続いている。曲線を描いている廊下の途中のようだ。
「こちらは無傷みたい。大丈夫だよ。気を失っているだけ。君は少し頭を打ってしまったようだけれど」
美女の口から、ゴッドファーザーみたいな渋すぎる声が発せられている…。
「ふっ…わっ!」
僕は頭の痛みも忘れて、そのあまりの衝撃に体育座りのまま3mくらい後ろに飛んだ。
「はは!大丈夫みたいだね。さぁここから出ないと」
美女は、ルージュを塗った唇に指を沿わせてふと考え込んでいる様子だ。
「まったく面倒な事になったよ…」
「?」
「あたしのFX@はエンジン損傷しちゃうし、ここは迷宮だし」
「んん~~??」
「あ、君はここの迷路やった事ある?」
「んん~~~」
首を振る。
さっきから言葉がまったく理解不能だ。
あまりの衝撃の数々に、理性がすっかり働かなくなった僕は、意味もなく拳を振り上げ
「はいや―!」
と寝ている総一郎の頭に振り下ろしてしまった。
「って――!」
無意識の攻撃ほど恐いものはないと、彗が言っていた。
力を意識的にこめない分、拳に全体重がかかる事もあるそうだ。
頭を抱え転がりまわる総一郎を、僕は呆然と他人事のように見ていた。
理性がもう限界だったのだ。
「結構、過激だねー!」
Mr.渋々ハスキーは美しい顔を驚愕させた。
だが、それ以上の驚愕を持って総一郎は答えてくれた。
「はうわ―――――!!!」
鼻の穴をいっぱい膨らませたかと思うと、意味もなく後ろに飛び跳ね、後ろの壁に後頭部をぶつけ倒れた。
「おやおや!」
彼に衝撃を与えた当人が、心配気な表情で、総一郎を起こした。
「僕は??僕は?」
取り乱している総一郎に、ミスター・渋々ハスキーは「大丈夫?」と優しく低い声をかけ、自己紹介した。
「僕は葵井 翔。きみは?」
「草薙 総一郎」
「柊 浮雪」
「総一郎、浮雪よろしく。ところで、総一郎君はこの迷路やった事ある?」
さっきもたしか迷路って…。
「ん~~~?」
総一郎は僕と同じように不思議な顔をして首を振った。
「じゃあ、やっかいだね。外との通信も取れないし、乗り物は壊れちゃったし、あたし達は迷宮入り」
呆然としている僕達二人に、翔は「さぁ行こうよ!」と声をかけた。
「ともかく早く出るのが賢明だよ。ここはゲームセンターの迷路の中だし、ビーストは来るし」
「ゲームセンター?」
「ビースト?」
今度は、翔が不思議そうな顔をする番だった。
「そうだよ。このデパートの最大の売り。子供のための世界最大のバーチャル迷路。それとさっきもビーストが来てたでしょう。1匹いるって事は100匹はいるからね!」
さっきのザリガニはゴキブリかっ!
そういう事は、僕達は巨大ゴキブリアクションと迷路を楽しむって事か。
「「冗談じゃなーい!」」
二人の声が重なった。