おまえはオレが守る

今日は、日向と運動した。
人の身体はどこを打てば効果的かとか…。
パンチの出し方とか…。

はっきり言って、初めは興味なかったけれど、やってみると意外と面白い。
少しくらいの痛さは何でもなくなる。
しかし間違った攻撃方法は自滅を導くと、同じく運動していた彗が言う。
僕の手を持ち
「めったな事では拳を使うな。今は訓練だけだ」
と注意を促した。

そう言いながらも、彗と日向はお互いに打ち合いを始めた。
慣れた者同士でいいのかもしれない。
僕があの中に入ったら、間違いなくボロ布のようになるだろう。

「ああ、少年漫画みたいだね。僕なんか拳を上げた途端に100発くらいくらっちゃいそうだ」
総一郎が人事のように眺めて呟く。
「拳を上げる暇もないかもよ。おまえはもう死んでいるとか…そういうレベルでしょ」

僕達は、お互いの拳が見えないくらいスピードを上げた二人の格闘を呆然と見守っていた。




夜。

また彗の姿が見えないので僕は屋上に行った。
そこに彗がいると直感が告げていた。


「ふゆか…」
前と同じように、毛布に包まって夜空を見ている彗がそこにいた。

「また、いなくなったんで、探しにきたんだ」

すると彗はフフ・・と笑い
「おまえじゃあるまいし」
と言った。

「心配したのに、それはないじゃん!」
「ハハハ…すまない」

どういうわけか…
また二人で同じ毛布に包まって星を見た。

「皆、仲良くなれてよかった」
「ああ」
「またオリオン座が見える」

僕達の頭上には、あの悲劇の英雄が輝いている。

「オリオンは幸せだったんじゃないか」
ふと彗がそんな事を言った。
「どうして?」
「生きていれば、いつかアルテミスを悲劇に巻き込む。
それを考えたら星になっていつまでも見守る方が、幸せだったんじゃないかと思う」
「そんなの!アルテミスの気持ちを考えてよ。たった一人で残された者の気持ちを考えたら
一人で空に行ってしまうなんて自分勝手だよ!」
「ふゆ…」
「自分勝手だよ…」

こみ上げてきたものを手の甲で拭った。
「大丈夫か?」
「大丈夫」


「うちはお父さんが事故で死んで、僕達家族は残された。
なのに、お母さんはすぐに新しいお父さんと結婚したんだ。
別に新しいお父さんが嫌いなわけじゃない。いい人だよ。だけど…受け入れられない。
心の中で納得できないモヤモヤがいつもかかっていて、何度も心ではごめんって言ってるのに。
死んだお父さんが消えてしまうみたいで…」

達也兄ちゃんは大人だから、つかず離れずの関係を続けている。
だから、お父さんは僕に気を使って、いつも何かしてくれようとしている。
でも…受け入れられない。お父さんが傷ついた顔をすると心が痛い。
なのに。

「ごめん」
顔をあげると、彗が真っ直ぐにこちらを見ていた。
「辛い事を、思い出させるつもりはなかった」
「彗がどこか行っちゃうみたいな顔してるからだよ。彗がいなくなったら皆が困る。
…もちろん僕だって」
「・・・」

彗は、そのまま時間が止まったように動かなかった。

しかしやがて、思い出したように微笑んだ。

「そうだな、皆がいてくれてよかった」

僕はその言葉に驚いたし、それよりもふと見た彗の横顔がどことなく寂しげな事に気づいた。
この人は、僕よりずっと寂しさを知っているのかもしれない。

「オレは、今見えているものを守りたい」
「僕は彗を信じてるよ」

今、この世界で彗を信じずして、一体どうしたらいいのか。
彗がいなければ、皆はバラバラになっていただろう。

「とはいっても…
弥生は、シルバーもいるし、彼女自身も不思議な力がある。
日向は、あいつの腕ならば自分の身は守れるだろう。
総一郎は、あれはあれで意外としぶとい」

気のせいか、総一郎の事を話す時だけ彗は苦笑した。
もしかしたら、態度とは裏腹に、意外に気に入っているのかもしれない。

しかし…僕は…?
僕はまったく彗の信用がないという事なのだろうか。
ちょっとだけ、自分を指差してアピールしてみる。
誰か忘れてませんか?と。

すると、彗は
「ああ!実におまえは危なかっしい」
と言った。
もろにショックを受ける僕を無視して彗は続けた。

「だから、オレがおまえを守る」

向けられたオレンジ色の瞳が僕を映したのを感じて、僕は思わず俯いた。

彗はこうして間近で見ると、本当に綺麗な顔をしている。
透き通るような白い肌。オレンジ色の瞳と眉は吊り上っていて、きりりと男らしい。
細い鼻梁に、薄い唇…への字口が欠点といえば欠点だが、全体が整っている。
同じ男だとわかっていても気恥ずかしくなる。

自分の頬が熱くなるのを感じながら僕は思った。
いつもの態度と言動がなかったら、りっぱに王子様キャラで通っていただろうに。
そうして、我に返った。
そうだよな、もったいない!
顔をあげて、もう一度その美貌を確認する。
頬をリンゴのように赤く染めながら、挑むような眼差しを向ける僕に、彗は少々動揺したようだ。

「ど…どうした…」

彗の頬をこころなしか赤く染まって見えるのは、目の錯覚か。


「あれ、なにやってんだ?」
向こうから見える小柄な影は日向のものだ。

「日向ダメだよ!今入っていったらっ!」
後ろから総一郎の声が聞こえる。


「なにやってんだ?あいつら」
ムッとして立ち上がる彗。
「デ・・デバガメ!」
男二人をデバガメしようなんて、よっぽど暇だったんだろう。

「二人とも、バレバレじゃない」
「弥生?」
なんと全員でデバガメってたらしい。

なんて暇な人達だ…。

僕が絶句していると、つかつかと彗が歩いていき
「なんだ弥生もいるのか、何かあったのか?」
と、結構真顔で聞いた。

まさか全員で覗きをしていようとは思わないだろう。
だが、僕のみたところ皆ただの覗き屋だ。

「様子を…見に来ただけだよぉ」
目を逸らしつつ総一郎が言ったと思えば
「こいつが面白いものがあるからって」
と日向が言う。
「だって、二人の関係が気になったのだもの!」
弥生は真っ正直な意見を言った。

「何でもないさ」
彗は言い、通り過ぎていく。

「矢崎!男ならガツンといけ!」
日向が叫んだ。
「は?」
彗はあきれたような顔でこちらを向いた。

「そうよ、矢崎君。このままじゃへタレになっちゃう!」

しーん・・・・。

「あら、何かまずい事いったかしら?私」

日向、総一郎までもが、呆然としている。
それこそ、本当に時間が止まったようで…。

「・・・・」
彗は顔を覆って無言で階段を降りていった。
とんでもなく…赤面して見えたのは、僕の見間違いだったのだろうか?

「す、すげぇ…」
「弥生さん、キミが最強だ」

日向と総一郎が口々に弥生を褒め称える中、僕の頭の中は混乱を極めていた。



…なにが一体どうなってんの?!…