-イルミーネ国へようこそ!-

「イルミーネ国へようこそ!」
トトが言った。


後ろには塔をいくつも並べたような城。
「塔みたいですね」というアイオンにジュールは笑って見せた。
「そう、ここは塔の城と呼ばれているんです」
「こんなふうに実際使われている城を見たのは初めてだ。観光名所なら見たことあるけど」
と真祐も城を見上げる。

ともかく、城門から城に入ろうとするとトトが「こっち!こっち!」と小さな扉のほうへ案内した。
「普段はここから出入りするんです」とジュールが説明する。
ところが、城に一歩入った途端・・・・
「こ、国王陛下っ!!アルキュード公まで・・・・一体・・?!」
召使らしき者が声を上げた。
ぞろぞろと周りに人が集まってくるので、真祐は思わずジュールの背中に隠れた。
「国王陛下がお戻りになられたぞ!」
「デティオール卿に知らせなければっ!」

「あらら…??」
トトが不思議そうな顔をしているので、ジュールはツンツンと肩を突いて言った。
「どうやら、私達は行方不明扱いだったようですよ」

「国王陛下っ!!」
向こうの方から禿頭の貴族が現れた。
「ああ、セバスチャン!」
「どこにおられたのですか?国中、手の者を回しましたがご不在と…」
「ああ、私達は友達の家に行っていたんだよ」
トトはケロリと言った。
まさか未来に行っていたなんていったら、生真面目一直線のセバスチャン・デティオール卿が何を言い出すかわからないからだ。
「申し訳ございません。私が国王陛下をお誘いしたのです」
と、突然アイオンが語りだした。
「おいおい!」
真祐が止めるが、アイオンは首を振って小声で言った。
「ここはトトさんの責任にしてはかわいそうです。この時代の人間ではない僕の責任なら、誤魔化せるかも」
かも…って。
じゃあ、オレも同罪か?何しろ、メスで八つ裂きの刑がある不思議王国なのだ。
できれば罪には問われたくない。
「陛下をお誘いしたのは私も同罪です」
とジュールが言い始めた。ただし、こちらは穏やかに言い聞かせるように話した。
どうやらこういう状況に慣れがあるらしい。
「はぁ、アルキュード公がそうおっしゃるのなら…」
しぶしぶセバスチャンが下がる。

「しかし、陛下!ちゃんと今度からは周りの者におっしゃってくださいよ」
「うんうん、ごめんなさい」
皆が下がると、トトは「また叱られちゃった」と舌を出した。
「あの細かそうなおじさんは誰なんだ?」
「ああ、セバスチャンは父上の代から仕えている者で、私にとっては爺やみたいな人だよ」
…爺やなんて、それこそ映画の中でしか聞かない言葉である。
実際に、そういう者に接している人がいるとは思わなかった。
真祐はもう一度目の前にそびえる城を見上げた。
「トトもジュールもここに住んでるんだよな?」
「ええ」
うちに入れるんじゃなかった。
真祐は後悔した。
二人にとっては小屋程度に思えただろう。
「あんな狭いところに入ったの初めてなんじゃないのか?」
「そういうわけではありませんが…」
「あの部屋はとてもいい部屋だね。私の部屋なんかより、よっぽど素敵だよ」
そう言いながら、トトは振り返り
「今から、塔の城ツアーを始めます!皆さん準備はいいですか!?」
と言った。
「はい!心の準備はOKです」
アイオンが片手をあげる。
彼は彼でものすごいイルミーネ国を想像しているので、心の準備が必要なのだろう。
「いいのか、オレたちが入っても?」
「国王陛下自らが案内するのです。少しも遠慮する事などありませんよ」
「だいじょうび~~私の家だからね」
トトがイヒヒと笑う。

「じゃあ、出発!」
どれだけ広いんだ?
意外と中は狭いのかもしれないなんて思っていたが、まったく違っていた。
広い…迷路みたいに。
ベルサイユ宮殿のように絢爛豪華ではないが、ともかく広いのだ。
代々の国王の絵が廊下に飾ってある。
「この人は?」
真祐が足を止めたところの絵の主は、アイスブルーの瞳、鈍い金髪、柔らかい印象のある男。
ふと後ろにいるジュールを見る。
絵の男のほうが線の細い印象を受けるが、全体的な印象が似ている。
「この人は、私の父上だよ」
と、トトが言った。
「もう亡くなられているのだけれどね」

「では、この人がジュールさんのお父様なんですね」
アイオンの言葉に、ジュールは顔を背けている。
「もう行きましょう」
そう言って、スタスタと前にいってしまった。

「まぁいろいろ事情があるのかもしれないしな…」
こういう事情には他人が首を突っ込まない方がいい。真祐がアイオンを引っ張ると
「似ているものが本能的に嫌だという感情は理解できます」
アイオンは神妙な顔付きでもう一度絵を振り返り、真祐についてきた。


しばらく歩いていくと、トトが扉の前でフフフと笑った。
「ここ、ここね!ぜひとも皆に紹介したいんだよ!」

バァーン!と効果音をあげてトトが開け放った扉の奥にはたくさんの蔵書。
そして地図らしきものが壁に貼ってある。
「ここはね、超古代研究所!」
「…と言う名の兄上のアトリエです」
トトが中に向かって走っていって一枚の地図を広げて見せた。
「これは古代に沈んだと言われるムー大陸の地図だよっ!やっと探して見つけたんだ」
「さすが、オカルティスト…」
「これはすごい!」本棚を見ていたアイオンが叫び声をあげた。
「「世界奇食全集~アンモナイトのから揚げからカブトエビのスープまで」僕も欲しかった一冊です!」
「もしよかったら、それは差し上げるよ!そのかわり…」
「ありがとうございます!後々あの本は必ず届けます」
どうやら、二人の間にはよからぬ密約が交わされているらしい。

「真祐、よかったですね!明日の夕食にはさらにあっと言わせる料理を作る事ができます」
「これ以上何を作ると言うんだ…」
鯛の目玉焼きだけでも十分うんざりしているのに、あれ以上のものが出てきたら食べずに投げるしかないだろう。
「ホオジロザメの胃袋丸焼き。-スリルを求めるあなたにお勧め料理-中から何がでてくるでしょう?」
アイオンが読み上げる本の内容を聞くだけでも、吐き気がしてきそうだ。
消化されかけた人の足とか出てきたらどうするつもりなんだろう?

すっかり気分がめいった真祐は「超古代研究所」から一足早く外に出た。

次にトトが案内したところが国王の私室だった。
赤絨毯の区域が国王の私的空間らしい。
その最奥にあるのが私室兼寝室だった。ちなみに書斎等は他にある。
「そうそう、さっきのアトリエの命名の秘密だけどね」
トトが廊下で話す。
「私はUFOの秘密が超古代にあると考えているんだ。超古代文明は我々よりももっと優れた文明をもっていたんだよ。宇宙人との関係の深さを表す品々や遺跡も見つかっているしね。
だから、私は基本の部分から攻めていくことにしたんだ」
「へぇ…」
「もっとも私の友達に言わせるとマニアックという事になるんだけれど…」
トトは恥ずかしそうに笑った。
「誰が聞いてもマニアックな事にはかわりないだろうけど…」
ついつい突っ込んだ意見を言ってしまう真祐。

寝室の前まで来ると、トトが恥ずかしそうに俯いた。
「ここが私…たちの寝室」
「普段は愛の巣には誰もお通ししないんですが…」
などとジュールが言うものだから、アイオン以外の二人は赤くなった。

最初に部屋に入った真祐は「うわっ!」と声を上げた。
「広いっ!」
トトはこんなに広い部屋を独り占めにしているらしい。
「見てください真祐、あのベッド!あれなら関節技も決め放題です!」
普通の部屋の大きさくらいあるベッドを指差し、アイオンが叫ぶ。
「さすが格闘をするにはあのくらいの大きさが必要なんですね」
「ええ、ここで毎晩「愛の決闘」をしているんです」
ジュールが意味ありげに笑った。
「すごい!「愛の決闘」なんてお二人はロマンティストですね。レスリングにそんなタイトルをつけるなんて、僕達も「愛の決闘」を行いたいものです」
「「愛」抜きなら、いつでも「決闘」してやる」
真祐が言うと、トトが「真祐さんが受けてくれるって!よかったねぇアイオンさん!」と言った。
「え?すごく誤解されるような言い方はやめてくれ!」
「受けてくれるんですか!嬉しいです。僕も全力で真祐を攻めますよ」
などとアイオンが言っている。意味がわからなくて言っているのだと思いたい。


少しして、召使らしき人物がお茶とケーキを持ってきた。
「はー、こうしてると落ち着くな…」
真祐がお茶を一口啜り、全身の力を抜くように息を吐く。
考えてみれば今日一日、あちこち駆け回っていて、こうやって落ち着いて休む時間すらなかった。
「たしかに、ここの雰囲気はまったりしていますね」
その横で、アイオンがにこにことケアフリーな笑顔で言った。
「二人とも、穏やかなところに住んでるんだな。騒ぎがなくて、毎日が平和で…こんなにでかい城に住んで、召使もたくさんいて…俺からすれば、それこそ夢のような話だよ」
そう言う真祐は、心底感心しているようだった。
「そうでもないよ…」
トトが苦笑した。
「一見すると平和でも、水面下では何が起こっているか分からない。ここは、あなたの考えているようなユートピアではありません」
それに加えて、ジュールがしんみりと言う。
二人とも、過去にそうとう苦労したのだろう。
「そうかなあ…」
真祐にはいまいち理解できないようだ。
「たとえ君の言うような楽園があったとしても、人は刺激を求め、いずれ抜け出したくなるものなんです」
そう言って、アイオンは「僕のようにね…」と心の中でそっと呟いた。
「ふーん、隣の芝は青いってやつか?」
「それはどうでしょうねえ」
真祐にそう訊ねられて、アイオンは首をひねった。
21世紀での生活は楽しいが、自分の来た時代が劣っていると思ったことは一度もない。
「私からすれば、君たちが羨ましいよ」
二人の会話を聞いていたトトが、ふいに口を開いた。
「遊園地という場所はとても楽しかったし、料理もおいしかった。それになんといっても、本屋さんであんなものやこんなものが手に入るのだからね…」
最後あたりで声が怪しくなったが、真祐は真剣に聞き入っていて気がつかなかった。
そのかわり、ジュールがすかさず突っ込む。
「そういえば兄上、何を買ったのか、まだ見せてくれていませんでしたね」
その一言で、トトが警戒するような目つきになる。
「…そういうジュージュこそ」
「“よいこの迷路”と“サルでもわかる相対性理論”、それに“世界の美酒“ですよ。
ちゃんとあなたに見せたでしょう」
「他にも何冊かあったように見えたけど…」
「いいえ!あれは返品したんです」
「…本当に?」
トトは疑わしそうな目つきでジュールを直視している。
二人の間に険悪な沈黙が流れ、真祐は居心地が悪くなった。
しかし、雰囲気に鈍感なのが一人いた。
「あはは、ジュールさんってば、奥さん相手に浮気の言い訳をする旦那さんみたいですねえ」
アイオンの場違いなコメントに、3人は毒気をぬかれ。
「ほんっとに馬鹿だなあ、お前」
真祐がくすくす笑い出し、トトとジュールもそれに続いた。
「ごめん。お互いにプライバシーは必要だよね」
「こちらこそ、疑ってすみませんでした。私は兄上を信じています」
そんなことを言うジュールは、トトとアイオンの密約をまだ知らない…


次に人がやってきたのはちょうどお茶の時間が終わる頃だった。
「あと3時間後にバストール国王陛下がお見えになるそうです」
と係が告げた。

「ああ、サンが来るの?ちょうどよかった!」
「どなたです?」
「私の友達だよ。お隣の国の王様」
「ああ、脳を手足に移植された方ですねっ!」
アイオンが手を打つ。
「あれにそれほど物を考える能力があればいいのですが…ちっ!」
ジュールが舌を鳴らす。まるで来られるのが不都合なようだ。
ところで真祐はと言うと…
「まだ変人が増えるのか?」と顔を引き攣らせていた。
基本的にネガティブ思考なので、常に最悪の事態を想像してしまう。
――この先何があっても、俺は耐えきってみせるぞ。命にかえても!
不安をかき消すように、真祐はメラメラと闘志を燃やす。


しかしこの後、壮絶な覚悟を決めた彼にすら想像できないシナリオが待っていた…ここで、2千年ばかり先に飛んでみよう。


「許可なしに過去の人物を転送してしまった」とボイルから泣きつかれて、策を考えたのはいいものの。
トトとジュールに状況を説明し、二人をアイオンのところに転送していたら、あっというまに約束の時間を過ぎていた。
アレクは全力疾走しながら、「今日こそは殺られるかもしれない…」と考えた。
アイスは時間に厳しい。
とくにミッションには一秒たりとも遅れてはいけない、ということは身をもって知っている。
これが早朝のミッションで寝過ごしたのならともかく、今は真昼間である。
これでは、なぜ遅れたのか説明しようがない。
まさか、ボイルの失敗をもみ消すために過去の人物をアイオンのところに転送したのだ、と本当の言うわけにもいくまい…
なんてことを考えていると、正面から何か鋭いものが飛んできた。
「おっと!」
アレクは反射的によける。
あれは何なのか、見なくても分かる。
「アイス、てめえ…本気で狙いやがったな?!」
「5分40秒遅れたお前が悪い」
数十メートル先で、アイスが腕組みをして立っていた。
姿かたちはアイオンそのものだが、黒い髪と、今にも斬りかかってきそうな紅い眼がきつい印象を与える。
アレクは、いまだにバクバク言っている心臓をなだめながら、ここはできるだけ穏便に済ませようと口を開いた。
「遅れて悪かったな。そこで知り合いにあって、話し込んでたもんだから…」
しかし、アイスは冷ややかな視線を向けてきた。
「それで私が納得がいくと思うのなら、お前の頭脳はサル以下だな」
ミッション前に揉めごとはまずい。
ここは俺が一歩ゆずって、穏便に済ませようじゃないか…
アレクは拳をぐっと握り締めて、そう自分に言い聞かせた。
「理由をでっちあげるのなら、もう少しマシなものを考えろ」
アイスはそう言うと、先立って歩き出した。
拷問師であり、手品師で投げナイフの達人…ではなくて、未来政府UCCの調査員であるアイスは、同僚に真実を吐かせることよりもミッションを優先したようだ。
とはいうものの。
1時間は必要だろうと見積もられたミッションに必要とした時間は、30分足らず。
いつもより仕事のペースが速いのは、気のせいではないだろう。
ふいに目が合うたびに、アイスの鋭い視線がチクチクと突き刺さる。
――私から逃げとおせると思うな。
この後に控えている拷問…いや、訊問を想像して、アレクは背筋が寒くなった。

ところで、肝心のミッションの内容だが…
アイスがいつも以上に荒れているせいか、ずいぶんと血生臭いので、ここでは省略させていただく。
――何があったのか吐かなければ、お前もこいつらと同じ運命だ。
そう言われているようで、アレクは始終落ち着かない。
「分かった分かった!洗いざらいしゃべるから、そんな目で見ないでくれ!」
アレクが降参するのにたいして時間はかからなかった。
アイスと共に仕事をすること。
それは、どんな説得よりも効果があった。

「おや、今日の相手はそれほどに手強かったのかな?」
松葉杖をつきながらオフィスに入っていくと、ケヴィンが軽い口調でそんなことを言った。
過去情報管理部の一員で、自称アイスの幼馴染である。
誰に加えられた怪我か知っているくせに…
アレクはそれを無視した。
「アイスはここにいるんだろう」
「ついさっき、出かけていったよ」
パラパラと資料をめくりながら、ケヴィンが答える。
「…遅かったか」
アイオンに任せればなんとかなる、などという考えが甘かった。
曲がったことが大嫌いなアイスのことである。
ボイルが失敗したのなら、彼に責任があるのであって、アレクが手を貸すこと自体がルール違反だ。
今すぐにでも例の二人を連れ戻し、正式な手順を追って過去に送り返す。
そう言って過去情報管理部に向うアイスを、アレクは止めようとして…
「あのヤロウ、両足の骨を折っていきやがった…」
その結果がこれである。
「これはまた手酷くやられたね。エクセルさんのことだから、これでもずいぶんと手加減しているんだろうけど」
ケヴィンが同情したような視線を向けてきた。
「ああ、そうだろうとも。メディカル・エリアに這っていくのだけで精一杯だぜ…って、話を逸らすんじゃねえよ。アイスはどこに行きやがった?21世紀か?」
「いや、イルミーネ王国だ」
ケヴィンがあっさりと答えた。
「どこなんだ、それは?」
「例の二人の母国だよ。それに、21世紀からさらに二人、ついて行ったようだけれど」
「…21世紀の二人ってのは、ひょっとすると」
「ああそうだ。アイオンさんとマヒロくん。それを追ってエクセルさんもイルミーネへ飛んだ。“ボイルの失敗を隠そうとするアレクもアレクだが、それに協力するアイオンも許せない。ここは私がシメてくる”とか、なんとか言って…」
アイスの口調を真似ようとしているらしいが、ケヴィンではどうも様にならない。
「落ち着いてる場合じゃないだろ?!あの二人が正面衝突してみろ、国が一つ滅んだって不思議じゃない」
「アレクは大げさだなあ。いくらエクセルさんでも、そこまでは荒れないよ」
「俺が言ってるのはアイオンのことだ!あいつはアイスを敵だと認識している…つまり、容赦なく消せるってことだぞ」
それを聞いて、ケヴィンは一瞬だけ考え込んだ。
アイスは、アイオンのDNAを元にして造られたクローンである。
自分の存在理由に疑問を持ち、それはオリジナルであるアイオンへの恨みに変わった。
アイスは一度、過去に戻ってアイオンを殺そうとしたことがある。
――アイオンが生きている限り、自分は何度でも造られる。
オリジナルを殺すことで自分の存在を消そうとしたが、それはすんでのところで止められた。
しかし、アイスはその一件で真祐を危険にさらしてしまい、アイオンに敵だと認識される。
おっとりした性格とは裏腹に、彼の力は破壊するための能力といってもいい。
挑戦されればアイオンは容赦なく攻撃するだろうし、アイスだって全力をもってオリジナルの存在を消そうとするだろう…
今や、あの二人は天敵といってもいいほどに互いを憎しみあっているのだ。
「たしかに、あの二人がぶつかると大変なことになる…」
アイスには傷ついてほしくない、とケヴィンは思った。
彼の殺傷能力は折り紙つきだ、自分の身くらい守れるだろう。
しかし、覚醒してまだ5年しか経っていない精神は、この上なく脆い。
「だけど、エクセルさんは強い。オリジナルへの嫌悪を乗り越えられるほどにね」
「ああ、俺もそうは思うぜ。だけどよ…」
ケヴィンが心配しているということは、アレクにも伝わった。
しかし、心配することは他にもある。
「アイスはいいとして、あいつらが本気でやりあったら周りに被害が出るだろう!」
アレクは、じれったそうにデスクを叩いた。
「俺をそのイルミーネってところに転送しろ」
「それはいいけど…君、その怪我で大丈夫なのかい?」
「あの二人は、死んでも止めてみせる!」
それを聞いて、ケヴィンはかぶりをふった。
「どうしようかな。エクセルさんの大切なパートナーにもしものことがあったら、責任を負わされるのは僕だし…」
「大切なパートナーだったら、こんな半殺しの目に合わせねえんだよ!」
二人がそう言いあっている間にも、アイスはイルミーネ国へと向っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「オレ、この辺も見てみたいけどいいかな?」
せっかく知らないところに来たのに、いつまでもこうやってお茶をしているのももったいない。
そう思って提案してみた真祐だったが、ここの交通の便を考慮に入れていなかった。
「あと3時間でどこにいけるかなぁ??」
「イルミーネ国内の街並をご紹介くらいはできるでしょう」
「う~ん、でもねぇ。我が国はそうそう面白いものもないんだよ…」
「別に…そう面白くなくてもいいんだけどさ」
トトの面白いはアイオンと同じレベルだとわかった。危険極まりない。
「ああ、あそこがありますが…皆さん、ちょっと小腹が物足りなくなってきてませんか?」
ジュールがふと思いついたように言った。
「うん、私もおなかすいたよ」
「僕もこちらのものを食してみたいです」
「オレは酒抜きで」
真祐は正直そうそう空腹でもなかったが、処刑場とかコロッセウムで猛獣VS人間とか見せられるよりはレストランのほうがマシに思える。まぁイルミーネがそんな国かどうかは知らないが。
「実は今からバストール国のお客様がいらっしゃる予定なのですが、一足先に私達がバストール国に行ってしまいましょう」
「?無理だよっ!バストールまで何時間かかると思ってんの!普通だと馬車で5時間以上はかかるよっ!」
馬車?!アイオンと真祐は顔を見合わせた。
「そうか!馬車なんだ!」
「風情があっていいですねえ。そろそろ機械には乗り飽きていたところです」
「よく言うな。あれだけはちゃめちゃに車を乗り回して…」
「乗るというのは操縦すると言う意味とは違います」
アイオンと真祐が言いあっている間に、ジュールとトトはこそこそとなにやら話し込んでいた。
「いいですか、兄上。これから行くところ、あったことは記憶に封印してください。そして、私がする事言う事も一切信用しないで下さい」
「何をするつもりなの?」
やがて、姿を消したジュールが持ってきたものは女性用のつばの広い帽子だった。
「兄上、かぶって」
「!」
「トトさんには女装癖があるんですか?ますますこだわりを感じますね」
「んなわけないだろう?第一トトだってひいているぞ」
「ジュージュ?どういうつもり?」
「だから言ったでしょう。私のする事には何も言わないで下さいって」
ジュールはトトに帽子を被せドレスを着せて、皆を王宮から連れ出した。

王宮から外に出てしばらく森の中を歩いていると、小さな小屋が見えてきた。
「いいですか皆さん。これから私のいう事に一切何も言わないで下さいね」
ジュールが念を押す。
「はい」
「ああ」
「・・・?」

ジュールは小屋に入った。
そこはさびれた何かの店のようだった。
西部劇の飲み屋みたいだ。と真祐は思った。
人っ子一人いない。到底マスターには見えない厳つい男がカウンターに立っていた。
そうそう、あそこから酒のかわりに銃弾だして売るんだよな。
そんな事を考えていたら、ジュールが懐からこそっと小さな鍵をとりだして見せた。
「なんだかとてもハードボイルドな展開になってきましたね!こういうクールな感じは好みです」
アイオンが顔を上気させている。が普段から顔色が白いので周りから見ると何も変わって見えない。

「ああ、あんたか。ちょっと待っててくれ。ボスを呼んでくる」
厳つい男が店の奥に入っていった後に黒い髭の男が店に現れた。
「やぁ、久しぶりだな!今回は何のようだい?」
「久しぶり!また世話になるよ、マルタン」
マルタンと呼ばれた山賊風の男はジュールの肩をガシっと掴んだ。
「今回もこれの命令かい」
「まぁね」
マルタンはジュールに顔を寄せ、小指を立ててヒヒヒ…と下品に笑った。
「ジュールさんは小指に命令をされているんでしょうか?手足に脳を移植された人もいるみたいですし」
「そんなわけないだろ!あれは女とか恋人とか・・・・」
真祐は言いかけて、トトのほうを見返した。
女の格好をさせられているトトは青ざめた顔で震えている。
まるで今にも泣き出しそうだ。
「ところで、今回はずいぶん客が多いな。あれはなんだい?」
「あれは…チョイ悪ツアー御一行様と言ったところかな?…ここらじゃ名前を出せないような人も混じってるし…深くは突っ込まないでくれ」
「ふーん。そうか、オレは別にいいぜ、金さえ払ってくれりゃどんな事情の客だろうがただの客さ」

マルタンは皆を店の奥から裏庭に案内した。
「金は前払い制だ。乗り心地は保障しねぇが、今回は女がいるみてぇだしよ。優しくするぜぇ」
トトの顔を覗き込んで、マルタンはニヤリとした。
「・・・・」
トトは思わず顔を背ける。
「おいおい、その人は大事なお姫様だ。汚い手でさわっちゃなんねぇよ」
アイオンが時代劇口調で二人の間に割り込んだ。しかも悪者一味の口調だ。
たぶん何かの番組の見すぎだろう。
「そうかい、なるほどお高い顔してらぁ!んじゃ、いくぜ!出発だ」

黒塗りの馬車に乗せられた4人はその馬車の猛スピードに驚いた。
しかも揺れも思ったほどではない。
「ははは!どうだい、俺の羽馬はっ!バストールまで1時間と足らずで到着だ!」
「羽馬?」
トトが不審な顔をする。
それに、この道は表通りではない。山側の知らない小道だ。
「そうさね、羽馬さ。岩だって飛び越えるぜ。それにな、こっちの裏道行った方が近道だぜぇ!」
「こんな道、私は許可した覚えはっ…んがっ!」
ジュールがトトの口を塞ぐ。
「お姫さん、暴れてもいい事ねぇですよ。おとなしくしてな」
また時代劇悪役のアイオンが登場した。
真祐はといえば、わけのわからないまま馬車に揺られているしかなかった。
やがて馬車は40分たらずでバストール国に着いた。
「帰るときは、いつでもここにいるから来な」
マルタンはメモを残し去っていった。
「すごくハードボイルドでクールな体験でした!僕は一回悪役になってみたかったんです」
「成敗してやる!」
真祐が斬るふりをすると、アイオンは「おのれ、上様の名を語る不届きものめ~」と言って倒れた。

「ジュージュ…もう聞いてもいい」
「ア・・・ええ、はぁ…」
「ジュージュ、バストールに恋人がいたんだ・・」
「違います!だから信用しないでって!あれは、この前あなたのもとに早く帰りたくて、彼らの羽馬を利用した際に使った言い訳です。それからも急ぎの用がある時に使ったりしたけど。まさか、国の外交官が非合法の彼らを使うのにちゃんとした理由なんていえないでしょう。それに当然、あなたのことなんて言えないし。あくまで、私が個人的な理由で使っていると見せかけないといけない。彼らの間で私はいたるところに恋人がいる好色な男になっているかもしれませんが、あなたの前では誠実を誓います!」
「・・・・もういいよ」
「だからっ!」
「いいもーん!私も作ってやるから!」
べーと舌を出してトコトコ走り出すトト。
「や、やめてください!っていうかその格好かわいいなぁ…どうしようハマりそう」
首をかしげながらジュールはトトの後を追いかけた。
トトには行くところがわかっていたようだ。
アイオンも真祐もその後をついてきた。

「本格パスタの店」
看板にはそう書かれていた。
「パスタ食べるのか?」
真祐がトトに聞くと、トトはフフと笑ってみせた。
「私がはじめてジュージュに連れて来てもらった時も、そう聞いたものだよ」

「こんにちは!」
まだ薄暗い店内。
そういえば21世紀は夜だったが、こちらは時差があるようでまだ昼間だ。

「なぁに?」
店の奥からおっさんの声がした。
「店長、また酔ってる!」
ジュールの声に顔をあげた赤鼻の中高年の男は
「あ、また来たのか。なまいきな子供!」
と叫んだ。
「こ、子供?」
真祐はジュールを見上げる。この人が子供?!
「いいかげん子供はやめてくださいよ~」
「おまえなんかいつまでたっても子供だ!ところで、その人々はお友達たち?それとも恋人たち?それとも兄弟たち?」
「お友達多数。約一名…兄」
トトの帽子をジュールが取り去る。
「…久しぶり兄さん。しかし、あんたもお兄さんになったり、お姉さんになったり大変だね」
店長が気の毒そうにトトを見、ジュールを指差して言った。
「このおじさん変態だからね。気をつけたほうがいい。いつまでも趣味に付き合ってやらなくてもいいんだよ」
「だ、誰が変態ですか!だれがっ!しかもまだ若いしっ!」
「顔は老けているくせに、心は子供で…こういうたちの悪いピーターパンみたいな人に騙されちゃダメだよっ」
「ジュールさんは夢の国の住人なんですね!ますます羨ましい」
「うまい事言うな!赤い目の兄ちゃん!ハハハ…」

「ぷ」
「ぷぷぷ…」
真祐とトトも顔を見合わせて笑った。
ジュールだけが横を向いて「クソじじい」とぼやいている。
「まぁ、にぎやかだね」
店の奥から店長の妻らしき丸っこい女性が顔を出した。
「おかあさん!」
ジュールが叫んだ。
「まぁ、また来てくれたの!お友達もつれて。さぁ皆さん座って頂戴!」
席についたアイオンが不思議そうな顔をしている。
「どうした?」
「ジュールさんのお母さんということは、ここはジュールさんの家なのでしょうか」
「そういえば…」
お父さんという人は王宮の絵で見たが、お母さんという人は知らない。
しかし、あの絵の人とここのおかみさんではあまりにも釣り合いが取れないし、第一ジュールに似ていない。
「あ、あの人は…」
ジュールが説明しようとしたところ
「たとえ、血がつながっていなくてもお母さんとかお父さんっていると思うよ。その人がそう思ったら本当にそうなるんだから、不思議だねぇ」
と、トトが言った。
「・・・・ん」
ジュールが黙って頷く。
「なるほど、それじゃ僕と真祐が恋人なのと一緒ですね」
「だいぶ違うと思うぞ」
「そうですか?」
うっかり気を抜くとアイオンは何をいうかわからない。

「さぁさ、召し上がってね」
おかみさんが手作りの軽食を持ってきた。
「ここの…あの店長はカルパッチョさん。奥さんはビアンカさん。二人ともジュールの両親みたい」
「ぷはっ!」
トトの発言を聞いたカルパッチョがむせ返った。
「兄さん。こいつの人生の師になった覚えはあるが、親になったつもりはないぞ」
「私は店長を人生の師にした事はありませんが…」
「二人ともこうして会っては酒飲みながら、馬鹿話ばっかりしてんのさ。本当に嫌だねぇ」
ふふふと笑って、ビアンカはデザートのアップルパイを並べた。
「ああ、これね。ジュールが大好きなんだよ」
そう言って、トトがジュールにアップルパイを渡した。

「・・・」
「どうしたんですか、真祐」
「ん、いやなんでもない」
このアップルパイ。
なんか暖かい。イルミーネの王宮で食べたケーキより。
それに、あの店長がジュールの事を子供呼ばわりしたのがわかった気がした。
ほっぺた膨らませてアップルパイを食べるジュールを見て。
トトがジュールの口元を拭いてやったりしている。
こういうのを微笑ましいというんだろうか。
ところが真祐は油断していた。隣から濡れ布巾が近づいてくるのを知らずに…。
「ふがっ!!!」
起きながらにして、濡れ布巾で息を止められるとは思わなかった。
「@+%$#“!!」
急いで顔に密着している布巾を取り払う。
「はぁはぁ」
目の前には嬉しそうな顔のアイオン。
「口元の汚れは取れましたか?」
「ころさ・・・」
「真祐がお二人を見て、羨ましそうにしていたからつい…」
珍しく照れたりしている。
「殺されるかと思ったわ!」

トトとジュールが目を丸くしてこちらを見ている。
「あいかわらず、面白いねぇ」
「そうですね」
すっかりギャグだと思われているらしい。

その後も、いろんな飲み物やら食べ物を出された。
どれも味はいい。
「へぇ、これがジュールさんのカクテル」
アイオンが持っているグラスは澄んだ水色。
「アイスブルーって言ってね。ジュージュがモデルになっているんだよ。すごく呑みやすいよ」
「・・・」
ジュールは恥ずかしそうに席を立った。

ジュールがいない間、トトがこことジュールの話をした。
「だいぶ前にお世話になっていたらしいんだけど、それしか教えてくれないんだ。でも、これだけは言えるよ。ジュージュがここに連れてくる人はジュージュにとって特別な人だって」
「ふうん」
「まるで里帰りした息子みたいですね。両親に猫可愛がりされていて、微笑ましいです」
アイオンはそう言いながら、アイスブルーをもう一口飲んだ。
真祐はしばらくはアルコールは控えようと決心したばかりなので、アップルパイをもう一切れ注文した。
「そのアイスブルーって名前なんだけどさ、俺からすれば冷静なイメージがあるんだよな。でも、外見に騙されたというか、ジュールって冷静そうに見えて実は…」
そこで、トトはうんうんと頷いた。
「激しくシャウトしたり、スケスケエプロンで料理したり、理論的にあれこれ説明したりと、今日は変人っぷりを披露してくれたもんね」
真祐はYESともNOとも言えずに苦笑したが、心の中では肯定していた。
彼からすれば、愛のTシャツが一番印象的だったのだが。
…考えてみれば、あれはトトの選んだものだった。
「いや…俺、変人には慣れてるから」
そこで、アイオンをちらりと見やる。
「ジュールって、ときどき抑えてるようなところがあるように見えるけど…それが、ここに来てからすごくリラックスしてるよな」
「自分を曝けだせる相手というのは、そういないからね。私は、外交官としてのジュージュももちろん好きだけど、からかわれて意地になる子供っぽいジュージュも大好きなんだ」
トトが照れくさそうに笑う。
「なんたって、トトさんはお兄さんですからね」
「そうそう。人前ではクールに決めてるけど、二人きりのときは、こっちが困っちゃうくらいに甘えてくるんだよ~」
「そんな嬉しそうな顔で言われても説得力ないぞ、トト」
「えへへ、だって嬉しいんだもん…」
真祐がちゃかすと、トトはぺろりと舌をだした。
「あのう、トトさん…一つ質問してもいいでしょうか」
アイオンがそろそろと手をあげる。
まるで、何度も説明されているのに未だに解けない問題を、叱られる覚悟で教師に説明してもらう生徒のようだ。
「人は、他人から甘えられると嬉しいのでしょうか?」
「そりゃあ、相手にもよるけど。家族や恋人同士だったら、嬉しいんじゃないかな」
「そうですか。じゃあ、僕は遠慮せずに真祐に甘えるべきなんですね」
その一言に真祐が青くなる。
「お前、あれで遠慮してるつもりだったのか…?」
これからは、懐に護身用の武器を忍ばせておかなくては。
トトとジュールは正真正銘の恋人同士だからいいとして、アイオンの場合は勘違いしているだけだし…
「僕はジュールさんを見習うことにします」
そう言うアイオンに、真祐は「それは困る!」とストップをかけた。
「今で十分に手こずってるんだ。それに加えてジュールみたいな行動を取られたら、俺には止められない…」
「私がどうかしましたか?」
ちょうどいいタイミングで当のジュールが顔を出して、真祐は飛び上がりそうになった。
「ジュージュが外見のわりには甘えんぼうだってこと、2人に話してたんだよ」
「嫌だなあ…人に隠れてこそこそと」
ジュールが嫌そうな顔をすると
「ジュージュが勝手に席を立つから悪いんじゃないか」
と、トトがやりかえした。
「そんなに虐めると家出しますよ」
「2人にジュージュの過去を話して、時間を潰すもん」
「う…それは勘弁してください」
まだまだネタは尽きないのである。
トトに語らせれば一日では足りないだろう。
「これはジュールの負けだな!」
「お見事です。さすがお兄さん!」
真祐とアイオンにおだてられたトトは、ういういしく頭を下げる。
「いいですよ。どうせ私はのけ者ですから…」
その隣では、ジュールが子供のように頬を膨らませてそっぽを向いていた。


散々ご馳走になった後、店を出る時にビアンカさんはたいぶ自分より高いジュールの頭を撫でて
こう言った。
「たくさん友達ができてよかったね。いつも酔っ払いと一緒にいるから心配だったんだよ~。
同じ歳くらいの友達って大切だよ。皆、これからもこの子と仲良くしてやってね」
「は、はい…」
この子?やはりジュールの顔を見ていると“この子”には見えない。
「おかあさんも私を子ども扱いするんだから…」
「そんなのおまえが子供だからに決まっているだろう~おやじピーターパンめ!」
カルパッチョが顔を覗かせた。
「…おじさんじゃないし…子供でもない」
「大人でもなければ、子供でもない…思春期の真っ只中と言いたいんだよ…ね!」
「…兄上まで、私をからかうんですか~」

ハハハ…笑い声が通りにこだました。

「ところで、もう帰らないとっ…サンが来てしまうよ」
「じゃあ、普通の馬車で帰りましょうか」
「それじゃ間に合わないよ」

「ジュールさんは先ほどから間に合いたくないみたいですね」
アイオンが珍しく鋭い突っ込みを入れた。
「あんなのに会う必要はないんです。悪影響を受けるかもしれない」
「オレは、もうこれ以上どんな影響を受けても驚かない」
真祐はアイオンを見つめながら言った。
「運命をともにしているんです。僕達は」
「それは大いに勘違い!」

結局、トトの要求でまた羽馬付の黒馬車に乗ってイルミーネ国に帰る事になった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


過去へ飛ぶときは必ず、過去情報管理部からマニュアルを渡されることになっている。
習慣や礼儀などの必要不可欠な情報をまとめた、タイムトラベルに欠かせない一冊だ。
21世紀へ飛んだときにも一冊渡されたが、アイスはそれを「非常識な人間が読むものだから自分には必要ない」と決め付けて、開きもせずに処分してしまった。
アイスは、表紙に「イルミーネ国」と印刷されているマニュアルをぽいと投げ捨てると、周りを確認した。
植物に囲まれるようにして、高い塔のような建物が立っている。
遠くに街が見えるところからして、これは司令塔のようなものだろうか。
当たり前だが、この時代の紫外線は弱く、体に害のないものだった。
未来よりは一回り小さい太陽でも、直視すれば眩しい。
色素に異変があるため、アルビノは強い光に弱い。
アイスはサングラスを取りだした。

本日のターゲットはアイオン・C・ファラデイ
ミッションの内容は、サーチ&デストロイ
邪魔するものは容赦なく排除する

アイスが自分に課題を出し、ミッションに取り掛かろうとしていると。
城の前に馬車が一台停まった。
出てきたのは、褐色の肌をした青年。
バストールの国王であるサングである。
――金色の髪がうざったい…
それがアイスの第一印象だった。
出来ばかりでなく態度も性格も悪いパートナーのおかげで、アイスは金髪を見ると反感を覚えるのであった。
そして、服装に注意が移る。
バストール国王サングが、堂々とした態度で着ていたのは…
赤いマントに青いTシャツ。
それにプリントされた『変』という赤い字は、黄色い枠で囲ってある。
21世紀の日本を訪ねてから、密かに語学プログラムから日本語を習得していたアイスは、その『変』という文字を直視せずにはいられなかった。
――たしかに、変な奴ではある…
青いシャツに赤マント。
これがアレクなら、「スーパーマンみたいな格好だ!」と大喜びしそうだが、あいにくアイスにそんな余計な知識はなかった。
敵か味方か。
それを見定められれば、相手がどんな格好をしていようが構わないのである。
とはいえど、皆が皆こんな服装を着ているとすれば、イルミーネ国の住人の美意識が危ぶまれる。
イルミーネが変人の集まりだとすれば、アイオンを見つけるのは困難だ。
あれのことだから、違和感なく溶け込んでいるはずである。

いちいち探すのも面倒だ。あの赤マントの男をとっ捕まえて訊問するのはどうだろう。
見たところ、それほど弱くもなさそうだ。
――適当に抵抗してくれないとつまらないからな。
この頃、ストレスも溜まっていることだし…
アイスは獲物を定めると、足音を忍ばせながら近づいていった。
城へ入ろうとしていたサングは、真正面からぶつかってくるような殺気を感じた。
昔から勘はいいほうである。
ぱっと振り向くと、黒いコートにサングラスといういでたちの、黒ずくめの男が数メートル先に立っていた。
「お前は誰だ?」
そう訊いてから、思い当たる人物が浮かび上がり、サングは返事を待たずに言った。
「ちょっと待て!言わなくても俺には分かるぞ!あれだ、M○Bとかいう宇宙人がらみの組織の…」
「…宇宙人?」
アイスは首をかしげた。
21世紀ならまだしも、この時代の人間の口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。
ひょっとすると、宇宙開発に乗り出すほどに文明が進んでいるのだろうか。
「お前も、あの変な道具を持ってるのか?フラッシュ一つで記憶を消すんだろう?」
記憶を消す。
それはアイオンが生まれ持った力であり、彼のクローンであるアイスには備わっていない能力だ。
――この男、どこまで知っている?
赤マントの変人だからと見くびっていた、とアイスは警戒する。
「イルミーネ国王を誘拐したのはお前か?どうなんだ○IBエージェント!」
アイスが黙っているものだから、しびれをきらせたサングがイライラと訊く。
「お前が誘拐したのは俺の親友なんだ。あのデカブツは返品不可能だが、トトだけは返してもらおうか!」
なんのことだか分からないアイスには答えようがなかった。
話からすると、どうやら自分はトトとデカブツという人物の誘拐容疑をかけられているらしい。
サングは真剣なのだが、シャツにプリントされた『変』の一文字と赤マントのインパクトが強すぎて、彼の言葉のどれ一つをとってもジョークとしか思えない。
「なんだ、シカトか?人と話すときはサングラスくらいとれよ。失礼な奴だな」
「……」
今は木陰に移動しているので、それほど眩しくもない。
たしかに必要がないだろう、とアイスはサングラスをはずしたのだが。
それを見て、サングが「あっ」という顔をした。
「黒い髪に赤い目…お前はひょっとすると…!」
この男は自分のことを知っているのか?
過去の人間に正体がばれるのはまずい。
必要ならばこの場で息の根をとめてなくては。
アイスは、忍び込ませたメスをいつでも取りだせるよう、身構えた。


「なんだ!レオーネじゃないか。どうしたんだコスプレかい?」
「…?」
トトとデカブツとレオーネ?知らない人名ばかり出されて、アイスはますます混乱した。
「あーあ、トトにそんなコスプレさせられたんだな!可哀想に。人にこんな格好させてUFOに攫われたフリして新婚旅行かよ、あいつら!オレからもトトに文句を言ってやるからな、レオーネ!」
どうやらこの変人は自分をレオーネという人物と間違えているらしい。
と、いうことは…
アイスの中で様々な疑問が駆け巡った。
アイオンのDNAから作られた存在は過去無数にある。
その中の一体が、なんらかの方法で時代を超えて、ここに逃げてきた可能性もある。
もし、そのような事があれば、この変人男が余計な情報を知っているのも頷ける。
消さなければ。
「私はそのレオーネという人物を消しに行く。だが、まずはおまえからだ!」
「おいおい!大丈夫かよ、レオーネ!?どうかしてんじゃないのか?まさか変な薬でもやってんじゃ…」
…この男、精神安定剤であるソマの事まで知っているのか。
それに…
「私は“レオーネ”ではない!」
アイスが構えていたメスを投げた。
「うわっと!」
メスはサングの心臓を避けて脇の下を潜り抜けた。
「ぬわっ~オレのマントがっ!」
メスの通り抜けた後、マントには穴が…。
「オレを“マントマン”と知っての狼藉かっ!オレの心の一部を傷つけた罪は重いぞ!」
「…なに?お前はマントに心臓を移植しているのか?」
たいした文明である。
アイスがずれたところで感心していると。
「何わけの分からないことを言ってるんだ?やっぱりヤクの影響か…しかし!たとえ、おまえが薬漬けのレオーネでも容赦はしないからなっ!!」
サングがビシッとアイスを指差した。
明らかにキレているサングを目の前に、アイスもまた違う意味でショックを受けていた。
-この男、間一髪でかわした…-
“マントマン”というふざけた名のくせに。
あまつさえ、人を違う誰かと間違えて。
アイスの心の中で誰かの顔が一瞬浮かび…
何かが弾けた。
「私は間違えられるのが大嫌いだ!!」
アイスの2撃目。
またも間一髪で避けるサング。彼はとっさに馬車にのせていたあるものを手に持った。
「これは対トト用にとっておいたもんだかな、そっちがその気なら使ってやってもいいぜ!」
サングが手に持ったのは4本のサーベル。
「それをどうやって使うつもりだ。まさか乱撃をしかけるわけではないだろう?」
「は!これはこうやって使うんだよっ!」
4本のうちの2本が空に舞った。
それはアイスの頬をわずかにかすめ、サングの手に戻る。
アイスが構えている間にサングは間合いを縮めていた。
「叩き斬ってやる!!」
「…なんだ、このプレッシャーはっ!」
アイスは後ろに飛んで避けた…が、すぐさま投げサーベルの2撃目が飛んできた。
「ちっ!」
隠し持っていたナイフでサーベルを弾く。
「はーはははは!これが“マントマン”必殺の投げサーベル連打だ!オレのマントを傷つけた事を後悔するんだな!このオレを倒したければ、光速を超えてみせろ!はっはははははは~~~」
「…」
-馬鹿な!この私が押されているだと…-
技量の問題ではない。相手のあまりにもイカレた言動と格好に揺さぶりをかけられているだけだ。
もし、相手がそれも考慮に入れていたとしたら、かなりの強敵である。
アイスはこの強敵に自らのパートナーを重ねた。
金髪以外に共通点はないが、そう思えば精神にかけられたショックを修正する事が可能だと考えたからだ。
――もとはといえば、あいつがボイルの失敗をカバーしようとしたからこんなことに…
「貴様…マントマンというふざけた名前のわりにはやるな」
周りからは常にクールとか冷静とか言われているが、基本的には衝動的な行動をするアイスである。
久しぶりの強敵。これは楽しいことになりそうだ。
かかさずに摂っているソマという精神安定剤の効果が、サングと遭遇したことにより徐々に薄れつつあった。
「捕獲して訊問しようと思ったが、気が変わった。この場で殺す!」
「今度は人を貴様呼ばわりか!いい度胸をしているな、レオーネ。血祭りにあげてやる。このマントマンを侮辱したこと、たっぷりと後悔させてやるぜ!」
サングがマントをはためかせながら、子供番組の悪役のようなセリフを口にする。
残りのサーベルを構え、アイス目がけて一本投げた。
「それはこっちのセリフだ!」
サングのセリフのどこか気に入ったのかは分からないが、アイスはそんなことを言いながら、サーベルをすんでのところで避ける。
ターゲットをミスしたサーベルは、弧を描いてサングの方向に飛んでいく。
サングが腕を伸ばして、それを取ろうとしたその刹那。
「甘い!」
今度はアイスがメスを投げた。
それがサーベルの刃にあたり、刀が軸から外れる。
サングはサーベルを取りそこなった。
「おっと、遅いぜレオーネ!」
サングは、アイスにメスを構える隙を与えずにもう一本投げる。
今度もかわせたとしても、武器なしではサーベルを軸から外すのは無理だろう。
アイスはちっと舌打ちすると、その場を動かず、向ってくるサーベルを睨みつけた。
そして、手をかかげ。
「!」
サングが目を丸くするなか、アイスはサーベルの刃を掴んだ。
それを無造作に地面に放り投げると、手袋を外す。
刃は思った以上に鋭い。
傷は骨まで達しているらしく、血がぼたぼたとあふれ出す。
「…いい刀だな。斬り味も悪くない」
アイスはそう言って、傷口をぺろりと舐めた。
痛みに敏感ではないのか、表情一つ変えずにいる。
「捨て身だな、あんた…だけど、スペアは山ほどあるぜ。どうするんだい?」
「簡単なことだ」
アイスはメスを何本も隠し持っているらしく、手品のように取り出した。
「歯向かってくるものは全て、叩き潰すまで」
「ははは!その意気込み、気に入った!敬意を示して、俺も全力で行くぜ!」
「マントマンのくせに、大きな口を叩くな」
「言ったな、レオーネ!薬もほどほどにしとけよ!」
この瞬間、二人は互いを好敵手を認め合った。
サングはサーベルと次々と、お手玉のように宙に放り投げた。
「これを見た者は生きては帰れない!これぞ、マントマンの必殺技、サーベル無敵三刀流!」
サーベルを受けとっては投げる。
サングはだんだんとスピードを増していき、空中のサーベルが見えなくなるほどだった。
それを見たアイスは、ぽつりと一言。
「…なんなんだ、その意味の分からないネーミングは」
「いいところで話の腰を折るんじゃない!嫌味な奴だな!」
サングはそう言うものの、顔は笑っている。
今こそ、決闘のとき…!


そのころ。
バストール国から戻ってきた4人が、城まで歩いていると。
「見てください!誰かが城の前で曲芸をやっています!」
アイオンが城の一点を指した。
「はあ?そんなもん見えないぞ」
真祐が目を細めるが、門の前に止めてある馬車しか見えない。
その横に人が二人立っているが、誰も曲芸など…
「あ、サンだ!」
それを見て、トトが叫んだ。
「もう着いてしまったのか…」
ジュールが忌々しそうに言う。
「へえ、あれがバストール国王なのか…」
真祐にもようやく見えてきた。
赤いマントをはためかせて、格好だけとれば国王というよりは子供番組のヒーローである。
「あの人は誰だろう?」
トトが、サングの前にいる人物を指差した。
それを見て、真祐は息を呑む。
「あ…!」
思わず足を止めてしまった真祐を、アイオンが後から支える。
「アイスがこんなところで何をしているのか…訊いてみる必要がありますね」
ほのぼのとした笑顔がすーっと消えていく。
それに気付かないトトは、飛び上がらんばかりに喜んでいる。
「えっ!例の拷問手品師が、我がイルミーネ国に?!おもてなししなくては!拷問手品ショーを見せてもらえるかもしれない」
ジュールがぽんと手を打った。
「そうはいいアイディアだ!せっかくだから、あれを拷問してもらいましょう。我々はそれを観賞しながらくつろぐとして…」
「やだな、ジュージュは冗談が好きなんだから。サンは駄目だよ。負けず嫌いだから、死闘になってしまう」
「すでに死闘になりつつあるんじゃないか?」
負けず嫌いなのはアイスも同じことである。
「真祐さん、顔色が悪いですね。大丈夫ですか」
ジュールに訊ねられて、真祐はかろうじて首を縦にふった。
アイスに殺されかけて以来、怖いのである。
悪い人ではない、ということは分かっているが…
真祐が恐れているのはアイスではなく、実はアイオンなのであった。
アイオンはアイスのことが心底嫌いだ。
嫌いという感情は、アイオンにしては“珍しい”を通り越して恐ろしい。
アイオンが一度怒りに身を任せれば、もはや誰にも止められない。
ブラックアイオンが世界中のエプロンを征服するなどという可愛らしいものではない。
この辺一帯は廃墟となり、生命すら残らないだろう…
そんな真祐の心配をよそに、アイオンがつかつかと二人に踏みよると。

「バストール国王はサーカスの一員なのですね!」

「…は?」
その間の抜けたセリフに、真祐は危うく転ぶところであった。
「3本のナイフをお手玉のように空中に投げて再び受け止めるというのは、一日二日で習得できるものじゃない。なんて素晴らしい才能なんでしょう!僕は君を心から尊敬します」
「そ、そうか…?」
目の前の好敵手に全力で挑もうとしていたサングは、このアルビノ青年の予期せぬ登場に、やる気をくじかれたようだった。
「4本なんてのも出来るぞ」
調子にのって、サーベルの数を増やしたりしている。
「うわあ、凄い凄い!」
アイオンもアイオンで、それにいちいち驚いている。
「赤マントにスーパーマンのようなシャツ。それには潔く『変』の一文字!ファッション・センスも見事なものです!」
「ふっ、俺のことはマントマンと呼んでくれたまえ!」
「おお、正義の味方みたいで格好いいです!僕もアイオンなんて平凡な名前をやめて、ヒーローっぽい名前に改名しようかなあ」
サングとアイオンがわいやわいやと盛り上がっている中、トトはそーっと足音を忍ばせて、憧れの拷問手品師に接近していった。
「あのう…アイスさん」
「お前は私を知っているのか?」
「はい、真祐さんたちから聞いています!」
「真祐?」
「…えーと、久しぶりだな、アイス」
真祐が口ごもりながら言った。
「ああ、元気にしていたか?」
アイオンとつるんでいるというだけで、真祐に罪はない。
アイスからすれば、あのマヌケな奴につき合わされているという点、同情してもいいくらいである。
「あ、うん、それなりに。アレクはどうしてる?」
「あいつは邪魔なのでラボの前で放置しておいた。骨を数本折ってやったから、しばらくは起きれないだろう」
「だ、大丈夫なのか?」
「あれはしぶといからな…それくらいで死にはしない」
「はは…そうなんだ」
先ほどの死闘モードはどこへやら、アイスは真祐と文通相手のような会話をしている。
「こんなところで何をしている?」
「この時代を観光してたんだ。レイ教授が遊んできてもいいっていうから」
「では、過去情報管理部の許可は得ているんだな」
「うん」
アイスはそれを聞くと、構えていたメスをすっと袖元に収めた。
「どうしたんだ?トト」
トトが後ろから真祐の服を引っ張っている。
その動作が可愛くて、真祐は思わず笑ってしまった。
「あ、そうか、まだ紹介してなかった。彼はイルミーネ国王のトト。こっちに来てからいろいろと世話になってるんだ」
「はじめまして…」
トトが照れくさそうに言うと、アイスはこくりと頷いた。
「で、こっちはアイス。アレクの仕事のパートナーで…」
「ええ、それは知っていますとも!」
どこから現れたのか、ジュールがにゅっと顔をだした。
「未来から来た拷問手品師のアイスさん。イルミーネ国の外交官として、歓迎いたします」
「ご…拷問…なんだって?」
真祐が目をむいた。
「罪人を八つ裂きにする、投げナイフの達人なのでしょう?」
「拷問手品ショーで有名なんだとか」
トトとジュールが口々に言う。
「ちょっと待て二人とも!アイスはそんなおっかない奴じゃ…いや、おっかないことに変わりはないけど…そうじゃなくて!」
真祐は、二人がアイスの気に触るようなことを言うのではないかとヒヤヒヤしたが。
「私はUCCの調査員なのだが…そうか、この国では、調査員と拷問手品師は同じ職業なのだな」
アイスは妙なところで納得している。
「こちらがトトだとすると…そこのショッキングピンクの『愛』一文字のシャツを着ているやつ、お前が例の“デカブツ”か?」
そう言って、アイスはジュールを見た。
「…デカブツですと?」
「たしかにデカイな。マントマンやらデカブツやら、この国の住民は的を得た名前をつける」
マントマンって誰だ?と真祐とトトは顔を見合わせる。
そんなふざけた名前を自分につける阿呆は誰なのか、ジュールにはうすうす予想がついていた。
「お前、身長はどれくらいだ?」
「え…188cmですが」
「あれと同じだな。それ加えてその金髪。私は長身の金髪男が嫌いなんだ」
「…すみません」
アイスの偉そうな態度に、ジュールは思わずかしこまってしまう。
それを見て、トトがこそっと言った。
「アイスさんってすごいなあ。外交官に向いているかも」
「そうかな…」
一睨みするだけで黙らせることができるのだから、違う意味で向いているのかもしれないが。
アイスはどちらかというと独裁者なのではないか、と真祐は考えるのだった。


「大体の事情は分かった」
アイスはそう言うと、サングに向ってメスを投げた。
それはサーベルの一本に当たり、お手玉のように投げられていた4本の刀がバラバラと地面に落ちる。
「アイオン、この時代ではお前のクローンが野放しになっているそうだから、始末しなくてはならない」
「野晴らしになっているクローン?それは君のことでしょう」
アイオンが冷たく言った。
「なに?薬浸けになったレオーネじゃなかったのか?」
いまさら驚くサングに対して、トトは
「サン、あの人はアイスさんといって、未来から来た拷問手品師なんだ…」
と間違った知識を植えつけている。
トトの説明を聞きながら、サングはふむふむと頷き。
途中でぱっと顔をあげると、遠慮せずにこんなことを言った。

「お前、男だったのか?!」

「…今のは聞き捨てならないな、マントマン」
アイオンに敵意を向けていたアイスは、ターゲットを変更する。
「アイスクリームだかソフトクリームだか知らないが、受けて立とう!」
サングもやる気満々である。
「決着をつけるのなら、他の場所でお願いします」
二人が今にも戦闘開始しそうだったので、アイオンが中に割って入る。
「僕のモットーはラブ&ピースなのです」
「私のモットーはサーチ&デストロイだ」
アイオンとアイス、二人の間に火花が散る。
「私はアイオンさんに賛成します」
それにジュールが加わった。
「イルミーネ国で騒ぎを起こすのは遠慮していただきたい」
そこまで落ち着いた口調と言うと、ジュールはぐっと拳を握り締め、熱く語りだした。
「どうしてもというのなら、そこのヒーローのなりそこないを殴り倒してから、じっくりと拷問すればいい。私たちは観客席に座ってショーを楽しませていただきますよ!」
それが本心だったらしい。
「しかしジュールさん、彼は手足に脳を移植されているのでしょう?体の構造がどうなっているか、僕としては気になるのですが」
「分かりましたアイオンさん、リクエストに応じて、拷問のあとは私が責任をもって解剖しましょう!」
アイオンとジュールのかけあいを聞いていたアイスは、怪訝そうにサングを見た。
「…お前、マントに心臓を移植しただけでは足りなかったのか?」
「な、何の話だよ…」
意味不明な単語のオンパレードに、さすがのサングも引いた。
「よっ、全身移植人間!」
ジュールが声をかける。
「サン、君にそんな秘密があったとは…!」
「トト!お前まで信じるんじゃない!」
死闘になるはずだった言い合いも、このメンツでは漫才に成り下がってしまう。
真祐は傍からそれを見ているうちに、笑い出してしまった。
…こうしてみると、変人の集まりも悪くない。


「おやおや、方々お揃いで何かありましたか?」
真祐が振り向いてみると、そこには黒髪赤目の少年…が立っていた。
「レオーネ!」
トトの声にアイスが反応する。
…が、そこにいるものを見て、彼は愕然とした。
これがアイオンのクローン??
「皆、紹介するよ。私の従兄妹のレオーネ・クレランス。私の母上の妹の子供にあたる」
「はじめまして。この方々は…?」
レオーネの前には見たことのない人々がいた。
真祐とアイオンとアイスである。
「マントマンとその仲間達だ!」
「違うだろう…」
サングの言葉にジュールがこそっと横槍を入れる。
「ええと、この人は真祐さん、この人はアイオンさん。で、この人が拷問手品師のアイスさん」
「ああ、サーカス巡業の人達ですね!そんな楽しいものがあるのだったら呼んでくださいよ~」
「違う~!」
真祐が叫んだ。
これではどっちがサーカス団だかわからない。
ツカツカと無言でレオーネに近づくアイス。
「これが…なぜ?」
アイスにじっと見つめられ、レオーネは不思議な顔をした。
「?」
レオーネの容貌はまったくアイスにもアイオンにも似ていなかった。
ただ、髪と目と服の色が同じだけである。
小柄なトトよりもさらに一回り小さく、長い後ろ毛を後ろで一つ縛りにし、黒く長い上着を着ている。
一般的なイルミーネの青年貴族の格好をしていた。
さらに…アイスは何度も人体を切り刻んだ事がある。だから触れずとも見ただけでわかる。
たとえ、相手が男の服を着ていたとしても…だ。
「貴様!どうして私と“この女”を間違えた!?」
アイスはサングを睨んだ。
なぜ、サングが先ほど「男だったのか」などというふざけた発言をしたのかがわかったのだ。
「だってさ、なんとなく似てたから~ごめんな、ドライアイスっ!」
サングは飄々としている。
「貴様…」
ドライアイスなんて…。
アイスのパワーアップバージョンみたいで、なお恐ろしい。
真祐がそう思って警戒していると、その恐ろしいアイスの腕をレオーネが掴んだ。
「この女とは聞き捨てならないな、拷問手品師」
「私は拷問手品師ではない」
「ではなんだ?兵士か暗殺者か剣士か?どちらにせよ剣を持つ腕をしているじゃないか」
「…」
アイスもそこでレオーネの赤い瞳を睨んだ。
後ろから腕を取られるなどめったにない事だ。
この女…ただものではない。

「不名誉は剣をもって償う。それが私のもっとうだ。おまえも剣を扱うものならば、こちらへ来い」
「いいだろう」

「おい!トト止めなくていいのかよっ!」
王宮の中庭の方へ行く二人を見て、真祐が言った。
「ああ、大丈夫。レオーネは私が育てた子だから」
トトはケロリと言う。
でも、仮にもあのレオーネという人は女性らしいのだ。どう見ても男にしか見えないが。
「大丈夫だ、レオーネはトトの直弟子だからな」
マントマンサングが自信を持って説明する。
「オレ様には一歩及ばずだが…あの格好がよくない。もっとヒーローな服を着たほうが強くなれる!」
「誰もが、あなたのようにイカレているわけじゃないんですよ」
ジュールの冷たい一言。背中の「愛」の文字が説得力をなくしている事に本人は気づいていないらしい。
「ふん!やはり、ミスター・デカブツはただデカイだけだな。服装で人間性が変わる事だってあるんだよ。ヒーローは負けられないだろ?!だから、いつも以上の力が出せるわけだ」
「人間性が変わる前に、問われる事にならないといいですね!」
「あいかわらず、ムカつく野郎だな!」
二人が言い争っているそばで、アイオンが結構深刻そうな顔をしていた。
「アイスはどうしていつもケンカばかりしたがるのでしょう?ラブ&ピースな僕には理解が出来ない」
「レオーネも似たようなものだよ。あんがいサンが二人を間違えたってありかもね」

「ほら、二人が試合してるよ」
トトが指差す方向にレオーネとアイスがいた。
レオーネの意見で武器はフルーレに決まったらしい。
早くも突き合いの攻防が始まっている。
「アイスは突きよりも斬る方が好きそうだけど」
真祐が見たところ、アイスはフルーレも器用に扱っている。
だが、時々癖が出るようだ。
「おまえ、普段の武器はナイフか…?」
「そのようなものだ」
「だからか、間合いの取り方が違う」

「そこだ!」
トトが叫んだ。
「!」
レオーネの切っ先が回転する。
アイスの身体ではなく剣にそって剣を絡ませる攻撃。
アイスも咄嗟に逆の方向に剣を回した。
「ちっ!」
レオーネが一歩引く。

「あーあ、惜しかった。あれは私の技なんだよっ!剣に剣を沿わせて回転させるそのまま上にあげれば剣を飛ばす事も下へ向ければ突きの攻撃もできる。…あれは上に向けたな。あれの弱点は相手に逆に回されて逃げられる事だ。アイスさんもなかなかやるね!」
トトの瞳が燃えている。
「やはり、トトさんもファイターなんですね!」
トトの説明を聞いているうちにアイオンのファイター魂にも火がついたようだ。
「でもやっぱりオレは素手がいいな…」
真祐の呟きにアイオンがぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、真祐はベッド派なんですね」
「なにベッド派って…?」
真祐は何も知らない振りをした。

「っ…」
先ほどのマントマンとの一戦で切れた手から出た血で手袋が滑る。
痛みは感じない。しかし、思うように手が動かない。
「・・」
レオーネもアイスの異変に気づいたようだ。
「おまえ、手負いか?」
「関係ない」
向かってくるアイスにレオーネは守りの構えをした。
「なんのつもりだ?」
「手負いとは勝負する気はない」
「なにっ」
「手負いと勝負して、勝っても負けても私の名に傷がつく。この勝負は無効だ」
「・・・」
レオーネが剣を収めたのでアイスも仕方なく剣を収めた。

「傷を見せてみろ」
「触れるな」
アイスは自分で手袋を外した。
血が溢れるように流れ出る。
「その傷で私と勝負していたのか?…」
レオーネの笑みが少しばかり引き攣っていた。
…こいつは、これまでにはない強敵だったようだ。
「なかなかやるな、拷問手品師」
「アイスだ。レオーネ…改めさせてもらおう」
マントマンといい、レオーネといい、この国には面白い奴がいるものだ。

「アイスさん、医者としてその傷はすぐに縫合した方がいいと忠告します」
今まで後ろで興味もなさそうにしていたジュールが飛び出してきた。
「触れるな」
「あなたはご自分を拷問される趣味はないのでしょう。出血多量で倒れますよ」

「へぇ、そういえば、ジュールって医者なんだっけ」
「私も時々忘れかけるんだけど、そうなんだよ」
トトと真祐が話している間に、ジュールは消毒薬と針と糸を持ってきて手早くアイスの傷を縫合してしまった。
「あなたのためと思って恨まないでください。兄上のためですから。あの人にこんな教育上よくない残酷なものを見せたくないんですよ」
「…」

「そういえば、僕はさっきから言おうとしていたんですが・・・・」
アイオンがサングの「変」の文字を見つめながら
「マントマンはジュールさんと仲がよろしいんですね、二人でペアルックまで着ているなんて!」

「「はぁ?」」
二人の声がダブった。
「私は「愛」で、この人のは「変」じゃないですか!全然違いますよっ!」
「マントマンのハイセンスをこんなエロチズム野郎と同じにしないでくれ!」
「お二人ともハイセンスだと思います。しかし、センス自体はよく似ていますね」
アイオンの言葉に真祐も二人を見た。
「たしかに、似たようなものに見えるぜ」
「お二人は従兄弟同士だし、似てるところもあるんじゃないですかね」
レオーネがしれっと言う。
「ジュールってマントマンと従兄弟なんだ。いいなー!羨ましいな」
真祐の中で昔の特撮ヒーローとマントマンが重なっているらしい。
「誰も望んで従兄弟になったんじゃありません!」
「オレもこいつと同じ血が流れているとは信じたくないな。こいつの血って緑色なんだぜ」
「ジュージュって宇宙人なの?!」
またまた、その場がまとまりのない騒がしさに達した時だった。
どこからともなく満身創痍の男があらわれたのは・・・・。


「アレクじゃないですか。その怪我はどうしたんです?」
「ああ、ちょっとな…」
両足を骨折しているらしく、歩き方がぎこちない。
松葉杖をついて辛うじて立っているという感じだ。
「何をしにきた?」
アイスが冷たく一瞥する。
「何じゃねえよ。お前らの争いを止めるために、わざわざこうやって…」
例の二人がまだ戦闘開始していないことを確認して、アレクはほっと一息。
「ついてくるなと言っただろう」
「前置きもなく人の足を折りやがって…それで、ついてくるなって言うほうが無理だぜ」
「…首の骨を折るべきだったな」
二人の会話を聞いたトトは、こそっと真祐に言った。
「やっぱりあの人の拷問ショーは見たくないかも…」
「そんなのがあったら、俺だって逃げるぞ」
あの二人にしてみればこれが当たり前のことなのだろう。
「僕、思うんですけど、あんなのがパートナーで、アレクはよく今まで生きていられましたね」
いつ死んでもおかしくないという口調である。
「お前ら、親友じゃなかったのか?」
それにしては、アイオンの態度はやけにアッサリとしている。
「敵くらいは討ちますよ」
真祐は、そんな日が来ないことを祈った。
「とにかく、みんな無事だったようだな」
間に合ってよかった。
アレクはそう思いながら、ふとアイスの手に目をとめた。
「どうしたんだその怪我は?!」
包帯からじわじわと血が滲み出している。
「…ほんの切り傷だ」
アイスはぷいと顔をそむけた。
怪我をしたと知られるのが嫌なのだろう。
「それにしては手酷くやられたなあ。大丈夫なのか?」
そう訊くアレクは心底心配している。
アイスのアレクに対する仕打ちのほうが何倍も手酷いのではないか、とその場にいた誰もが思った。
「一応、緊急手当てはしておきましたよ」
ジュールが前へ進み出る。
「それより、アレクさん…でしたっけ。あなたのほうが重症でしょう。その怪我でよく歩いていられますね」
「そりゃあ、ぶっ倒れそうなほどに痛いけどな、根性一つでなんとかなるもんだぜ」
「そういうものでしょうかね…」
ジュールは半信半疑である。
医学的に考えれば、両足骨折して歩き回るなんて無理な話だ。

「何があったのか知らないが、もう満足しただろう。いい加減に帰るぞ」
「…私に命令するな」
帰るぞと言われて、ついて行くようなアイスではない。
この反応を予想していたのか、アレクは苦笑する。
「新しい仕事が入ってんだ。敵のウィルスにネットを荒らされてるらしい」
「すぐに行こう」
アイスは、今度はすんなりと申し出を受け入れた。
聞き分けがいいほうではないが、仕事となれば別だ。
ミッションなどと嘘をついてしまったが、転送してしまえばこちらのものである。
――単純なやつめ。
アレクは心の中でほくそえんだ。
「世話になったな」
そう言って歩き出すアレクを、アイスは軽々と追い越す。
そして、ふと後ろを振り向いた。
マントマンとレオーネ、この二人とはそれなりに通じるものがあった。
「また勝負しようぜ!」
「怪我をお大事に」
それに対して、アイスはこくりと頷く。

後ほど、仕事が嘘だとばれたアレクがどんな目にあったのか。
その拷問手品ショーの内容は、想像にお任せする。


「じゃあ、俺たちもそろそろ帰ろうか」
二人を見送った後、真祐がアイオンに言った。
「向こうでは深夜だろ。眠くてしょうがないんだ」
朝早くから起こされて、丸一日遊んだのだ。
真祐にしてみれば、遊ぶというよりはヒヤヒヤさせられっぱなしの一日であったが。
「そうですね。数日後にまたお邪魔しに来ることですし」
「なんだ、それ?」
「こちらの話ですよ」
アイオンはそう言って、意味ありげに笑う。
その微笑みの裏に隠されているのか、それはトトにしか分からなかった。