-夜の街にご用心-

「今が8時だから…転送まであと2時間。まだ少し時間がありますね。どこかに寄って行きましょうか?」
アイオンが時計を見ながら言った。

「ああ、頭が痛い…」
正気に戻った真祐は、フラフラしながらアイオンの後についていく。
少しばかり呑みすぎたようだ。
先ほどまで一緒に騒いでいたトトもだいぶ呑んだはずなのに、ケロリとしている。
「お土産を買って帰りたいな」
トトはそう言いながら、街を物色した。
「サンなんかは珍しいものが好きだからね。何か、ビックリさせるようなお土産を…」
「あんなのはどうだっていいのです!」
ジュールがすかさず反論する。
「それより、記念になるものにしましょう。たとえば…」
辺りを見渡し
「あれなんかはどうです?」
と、街角の一点を指差した。

妖しげな衣装に身を包んだ女性が座っている。
その前にはテーブルと椅子があり、『あなたの将来を占います』と書かれた看板が置いてあった。
反オカルト派のジュールが占いに興味を示すとは思えない。
「自分の将来を占いたいのか?」
真祐が訊きかえすと、ジュールは首を横にふった。
「いえ、そうではなくて。その横にある…」
ジュールがそう言いかけたときだった。
「占ってもらおう!」
トトが脱兎のごとく駆け出した。
先ほどまでパンツを脱ごうとした酔っぱらいと同一人物には思えない、素晴らしい運動神経である。
「ちょっと待て、イルミーネ国ではどうか知らないけど、こっちの占いってのは大概がインチキで…」
真祐はトトを止めようとしたが、すでに遅かった。
占いに異常なほどの興味を示す人物が、もう一人いたのだ。
「僕、占いには目がないんですよ!将来は、過去情報管理部の研究員になるか占い師になるか、
迷うくらいに!」
アイオンはそう叫ぶと、嬉々とトトの後を追った。
占い師…果たして、未来にそんな職業があるのだろうか。
「あの二人、どうする?」
真祐は、助けを求めるようにジュールを見た。
「私は占いというものを信じません。未来は自らの力で切り開いていくものです」
「へえ、いいこと言うなあ…」
ジュールの返答に思わず感心してしまった真祐だが。
「しかし、どんな嘘が飛び出してくるのか興味がある…」
「えっ?」
「こちらを騙そうとする輩に、自分がどれだけ無知なのか思い知らせ、厳しい現実をつきつける。それが私の生きがいなのです!」
ジュールはふふふと不気味に笑った。
…そういえば、この人はお化け屋敷でも同じようなことを言っていたな。
俺の周りには、まともな奴は一人もいないんだろうか。
真祐はため息をつきながら、3人のあとを追った。


一番手はアイオンだった。
占い師はまず手相を見て、人相を眺める。
そして重々しく頷くと、次に血液型や生年月日、年齢などを訊いた。
「4月1日生まれ、18歳です。血液型は不明」
エイプリル・フール…!
これほどアイオンに似合う日はない。
真祐はふきだしそうになったが、占い師もアイオンも真剣そのもの。
トトなんかは息を殺して見守っているし、ジュールは少しの矛盾でも見逃すまいと厳しい顔で目を光らせている。
ここで一人だけ腹を抱えて笑うのもなんだからと、真祐はぐっと堪えた。
しかし、よりによって4月1日とは。これは嫌でも覚えてしまう。
「あなた、自分の運命と直面する覚悟は出来ていますわね?」
「はい。どんなことになろうとも、僕は正面から向き合うつもりです」
アイオンが真面目くさった顔で答えると、占い師は満足そうに言った。
「よろしい。では始めましょう」
ブツブツと意味不明な呪文を唱えたあと、彼女は話しだした。
「あなたの将来は波乱に満ちております。恋あり冒険ありで、まさにハードボイルドな一生。
あなたは社会にとても大きな変化をもたらします。得るものは多いけれど、同時に大切なものを失うことになるでしょう」
話の内容がやけにリアルである。
作り話だとすれば相当のものだ、と真祐は思った。

占い師は話を続ける。
「恋愛運はいいほうですわね。あなたはすでに運命の相手と出会っておられます。一生その方だけを思い続ければ、恋はかならず実るはず。拒否されようが罵倒されようが、挫けてはいけませんわよ。相手はシャイな方ですから、上手く愛情を表現できないだけなのです。ここはひたすら押すのみ。ファイトですわよ!」
そこで、トトとジュールが真祐のほうを見る。
その意味ありげな視線を感じて、真祐はぷいと顔をそむけた。
二人の表情からして、何が言いたいのかは大体分かる。

――何が占いだ!ふざけたことばかり言いやがって…
嘘をつくならもっとマシな嘘がいい。
残念ながらあなたの恋は一生実らないでしょう、くらいは言ってほしかったのに。
真祐がむくれているうちに占いは終わったらしい。
アイオンが神妙な顔をして立ち上がると
「お次は誰ですか?」
と3人のほうを振り返った。

「私!私です!」
トトが名乗りをあげた。
実はオカルティストトトは大の占い好きでもある。
毎朝、イルミーネ新聞の星占いの欄を見るのをかかさない。
「私は、トト・イルミーネ。5月1日生まれの牡牛座のA型。守護星および太陽の星座は金星。
月の星座は天秤座。火星星座は獅子座…今年はちょっと運が下降気味なんだよ」
やたらと詳しいトトに占い師を含め、皆が絶句した。
「兄上、ご自分で始められたほうがよろしいのではないですか?」
「いやいや、私は星座占いが専門なんだよ。自分のホロスコープをもっているほどだからね」
それを聞いて、アイオンが首を突っ込む。
「あれ作るの結構大変なんですよね!僕も欲しいなぁ」
「今度作ってあげるよ!いろいろ資料が必要だけれどね」
アイオンとトトの間に星占いの約束が交わされた。

「でも、私は手相とか顔相には詳しくないんだ。…ということで、手相をお願いします。ダビデの星とかあるかなぁ?」
なんてマニアックな事を呟くトト。
「で、では見てみましょうね」
少しビクつきながら、占い師はトトの手を取った。
「兄上の手は小さいので、丁寧に扱ってくださいよ…」
と後ろからデカイ人に睨まれ、占い師はとても神経を集中するどころではない。

「ああ、あなたは職業運にはとても恵まれていますよ!きっと生涯現役でしょう」
「そりゃそうですよ…この人を何者と心得ているんですか…」
後ろから余計な呟きが聞こえてくるが占い師は無視した。
「えへ。恋愛運とかはどうかな??」
トトが、ちらりちらりと挙動不審な目付きをして聞いた。
「えーと…」
「まさか問題があるとか言わないでしょうね。発言によっては覚悟を決めていただきますが…」
後ろから容赦のない発言が聞こえてくる。
「う…」
青ざめる占い師。可哀想である。
「ジュージュ、ちょっと!もし近いうちに災難が起こったらどうするんだい!」
余計な発言を重ねるジュールにトトの注意が飛んだ。
「もしかして、ジュージュの体毛が一本残らず抜け落ちる日が明日なら、今日から育毛剤を塗らないといけないだろう!」
「う!」
占い師のかわりに今度はジュール自身が青ざめる番だった。
「大変だ!毛自慢のジュールさんもぜひ見てもらったほうがいいです」
アイオンが嫌がるジュールの手を占い師に指し伸ばす。
「わ、私はこういうものはっ…」
「「どうですか?」」
アイオンとトトがジュールの手を見つめながら聞いた。
「この方は、一生を通じて波乱万丈ね。変わった手相。今まで見てきたけれど、こんな人珍しい!」
「え、どんな希少な存在なんですか、ジュールさんは?」
アイオンの言い方からすると、ジュールは天然記念物か世界遺産のようだ。
「希少な存在がここにも…」
真祐が思わず独り言を言う。

「何か身体的な事での悩みが出ています。生命線と感情線が重なったところがガタガタだわよ!」
「ガタガタなんじゃなくて、もじゃもじゃなんじゃ…」
つい真祐も覗き込んでみた。
「に、人間は生物学上、手のひらには毛が生えないのです!」
ジュールが押さえつけられつつも必死に抵抗する。
「仕事の線がこんなに多いのも珍しい。5、6本見えますよ。何度も転職を繰り返すか、いくつも仕事を持つことになるでしょう。人気線がくっきり出ています。意外と芸能人向きかもしれない」
「ジュールさん、やっぱりミュージシャン向きなんですね」
アイオンが恥ずかしい歌を口ずさみ始めたので、真祐は後ろからアイオンの口を塞いだ。
「なにしろこの人の珍しいところは、肉親線と恋人線が重なっていて結婚線まで繋がっている事ですよ!こんな人見たことないわあ!」
「・・」
一同が黙った。
それが何を指し示しているかがわかったからだ。
「きっと、この人は家族の紹介か何かで…」
と言いかけた占い師の言葉を遮り
「ありがとう。あなたにはチップをはずもう」
とジュールが言った。

「私も!私も続きをっ」
トトが手を差し出すが、ジュールはその手を引っ込めさせた。
「私も知りたいよ!」
「もう十分わかったじゃないですか、あなたは仕事にツイていて、私とあなたはラブラブなのですよ」
「ぶ!」
口を尖らせるトト。
―もし、来年にはあなたの願望が叶う…とか、明日から一層恋人のために努力しなさい―
なんて言われたら、トトは本当にカツラを改良してでも胸毛用付け毛を作るだろう。
そんな事は阻止しなければっ!
ジュールはギリギリのところでトトを止められた事にほっとしていた。


「さあ、最後は真祐です」
アイオンが、真祐に椅子に座るようにすすめた。
「…俺はいい」
先ほどのように、あることないこと言われてはたまらない。
しかし、アイオンに肩を押されて座ってしまった。
「おい!いいって言ってるだろ!」
「駄目です。占ってもらうのは“僕たちの”将来なのです。片方だけでは分からないじゃないですか」
「な…なんだって?いつの間にそんなことになったんだ?!」
真祐が腕をぶんぶん振り回して反論したが、アイオンはそれを無視して、すらすらと言ってのけた。
「彼は8月8日生まれのB型で、17歳です。よろしくお願いします、占い師さん」
「アイオン、勝手に人の情報を…!」
「おお、わたくしには見えます!」
占い師が、それを妨げるように大げさに声を上げた。
「あなたの将来を包むのは未知と混沌の存在。あなたは、一生この檻から逃れられそうにありません」
「……」
未知と混沌の存在。
それは、アイオンのことなのではないのか。
真祐は表情を引きつらせながら、占い師の言葉を待った。
「しかし安心してくださいまし。この逃れようのない牢獄も、時間が経てば心地よいものに変わるでしょう。人生諦めが肝心。何事も経験してみなければ分かりませんことよ。恋愛に関しても同じことが言えます。理性を捨ててこそ、新しい道は開かれるのですわ」
占い師は、聞き方によっては誤解を招きそうなことを言って並べた。
…俺はそんな酷い目に合うのだろうか。
真祐は自分の将来を想像して、ゾッとせずにはいられなかった。
肩の荷が数トンほど加わったようだ。
未来に絶望した真祐が、辛うじて言えたことといえば。
「言っとくけど、俺、ノーマルだからな…」
その言葉が誰に向けられているのかは、定かではなかった。
しかし、占い師はまだ止まらない。
「さらに悪いことに、近いうちに家族の方が事故に巻き込まれます。わたくしの見たところ、親ではありませんわね。だとすると、兄弟か誰か…」
「…兄が一人いるけど」
「十分に注意なさってくださいませ。目を離すと、取り返しのつかないことになりますわよ」
不幸なことばかりだ。
いい加減、耳を塞ぎたい。
「…もう聞きたくない」
不機嫌になった真祐は、占い師の言葉も聞かずに立ち上がった。
「待ってくださいまし!人生悪いことばかりではありませんのよ。結婚運は大吉!あなたは将来、理想の相手と結ばれ、幸せな生活を送ることになります。奥様はよく出来た方で、料理・掃除・洗濯、なんでもこなされ…」
頭に来た真祐は、アイオンを指差して叫んだ。
「こんなのが理想の相手なもんか!そりゃ、家事をこなしてくれるし、毎朝のように起こしてくれるけど!俺は…俺はそんな嫁はいらない!」
立て続けにいろんなことを言われて、混乱しているようだ。
「真祐、落ち着いてください。新婚生活もそんなに悪くはないはずです」
アイオンが慰めているのか分からないような言葉をかけている。
それに対して真祐は
「お前と結婚だなんて、死んでも嫌だ!」
と荒れている。
それを見て、トトがジュールに話しかけた。
「すごいね…あの二人は結婚の約束までしてるんだ」
「奥様という言葉からアイオンさんを連想するんだ。相当深い仲なのでしょう」
「そこ!勝手なこと言うんじゃない!」
真祐が落ち着くのに、しばらく時間がかかったのは言うまでもないだろう。


「私が行きたかったのはあそこなのです」
後に判明したことなのだが、ジュールが指差したのは、占い師ではなくてその横にある機械だった。
「ずいぶんと派手な造りだね。あれは屋台か何か?」
トトがそう訊いてくる。
「あれはプリント倶楽部というのです。撮った写真がシールになって返ってくる、この時代を代表する発明です」
アイオンの間違った説明にトトとジュールはふむふむと頷く。
「ここでしか撮れない限定フレームというのがあるそうで、若者達には人気なのです」
それを聞いて、ジュールの目がきらーんと光った。
「ここで引き下がっては限定品マニアは名乗れない!行きましょう、アイオンさん!」
限定品には弱いアルキュード公である。
「確かに、21世紀の訪問記念としてはいいかもしれませんねえ」
アイオンも調子を合わせた。
「お前、写真嫌いじゃなかったっけ?」
さっきは取り乱しすぎたなと反省しつつ、真祐が言った。
「たしかに、過去に証拠を残してはいけません。しかし、ここまで来てしまうと、僕はジュールさんについて行かないわけにはいかない!真祐とらぶらぶツーショットを決めて、部屋中に貼るのが夢だったのです!」
「お前の夢は一体いくつあるんだ!?」
結局はプリクラが撮りたいだけなのだ。
「ここまでいらっしゃい、アイオンさーん!」
「今行きまーす、ジュールさーん!」
互いにそう叫びあうと、二人は仲良く走っていってしまった。
真祐はそれを見ながら、ひょっとすると、このままアイオンをジュールに押し付けられるのでは…などと恐ろしいことを考えていた。
トトはそんな二人を微笑ましく見送りながら
「らぶらぶツーショットか…私も一枚撮って、部屋に貼ろうかな」
国王陛下がそんなことしていいのだろうか、と真祐は疑問に思ったが。
「真祐さんも行こう!アイオンさんが待ってるよ」
「お…俺は撮らないからな!」
ここでも3対1で負けてしまい、真祐はとぼとぼついて行くハメになった。


それからしばらくして、あたり一体に真祐の絶叫が響いた。
例の「未知と混沌の存在」とやらに苦しめられているに違いない、なんとも哀れな青年なのだろう…と占い師は同情した。
しかし、あともう少しの辛抱だ。
慣れ親しんでしまえば、それほど悪くないはずである。
この商売をやっていると、ときに人に不幸を伝える役目を買って出なくてはならない。
「そろそろ転職する時期ですわね…」
占い師は屋台をたたむと、人生を悟ったような顔で夜の街に消えた。

プリクラで何があったのかは、想像にお任せする…

満足の行くまでプリクラを取った4人(3人?)が次に向ったのは、本屋だった。
「それぞれ見たい本もあるだろうし、ここからは自由行動にしよう」
真祐がそう提案し、皆賛成した。
自由行動とは言うものの、アイオンと離れたかったというのが本音である。
真祐はさっそく、英語の本を捜し求めた。
アメリカで育ったこともあるが、日本に越してきてからは英語が懐かしい。
何かサスペンスものでも買おうかと考えて、適当に本をペラペラめくってみる。
最初の数行だけ読むつもりだったのに、いつの間にか真祐は読むのに没頭してしまった。

そのころ、ジュールは数冊の本を前にして悩んでいた。
「何かお探しでしょうか?」
側にいた店員に声をかけられる。
「ああ、実は…」
ジュールが顔をあげ、それに答えようとしたとき、隣からのほほんとした声が響いた。
「すみません。毛全集という本はありますか?」
――“毛”
その一言に、ジュールの全身を電流のようなものが駆け巡った。
今の声はひょっとして…
声をかけられた店員は慌ててUターンすると、申し訳なさそうに、反対側の棚のほうへ声をかけた。
「すみません。それは先日仕入れたばかりなのですが、売切れてしまったんですよ」
「そうですか…それは残念です」
アイオンがしょんぼりと肩を落とすのが目に見えるようだ。
落ち込んでいるアイオンには悪いが、隣で盗み聞きしていたジュールは、店員の答えにほっと胸を撫で下ろした。
そんな物騒なものがあったら、トトはなにがなんでも探し出すだろう。
毛全集などという忌まわしい書物をイルミーネ国に持ち帰られた日には、ジュールは自害を図ることになりかねない。
ジュールがそんなことを考えて安心していると、角をまがってきたアイオンが、彼の姿を目にとめた。
「あ、ジュールさん。お目当ての本は見つかりましたか?」
「ええ、ここは本当に素晴らしい…こんなにたくさんの蔵書はイルミーネの書店にはありません」
さきほどジュールが持ってきた数冊の本をアイオンが覗き込む。

「相対性理論-サルでもわかる数学の世界」
「世界の美酒~あなたはどこまで極められるか?」
「よい子の迷路、うさぎさん印 6歳児用」
「こんな世の中間違っている!罪のないフェチな犯罪」
「男は毛じゃない!ハゲ男が語るモテ術」

「さすがジュールさんですね!本の選択も幅広い。数学から食、犯罪学、幼児文書、モテ術まで」
「半分は私用。半分は兄上用ですよ。だがしかし…」
「相対性理論-サルでもわかる数学の世界」を手にしてジュールは顔を曇らせた。
「これでは、あの人には難しすぎるかもしれません」
まるで、これではトトの頭脳はサル以下みたいだ。
「そんなにトトさんは数学が苦手なんですか?」
アイオンは、数学が苦手な人間など理解が出来ない。
何も数字を組み合わせるだけで、答えは予想がつく。
「トトさんは想像力豊かな方ですから、きっと予想もしない答えが出るのでしょうね」
「ええ、兄上は2という数字にクチバシを描いて“白鳥”とか言っているんですよ!あれではダメだ。彼に数理的知識を植え付けることが反オカルティストとしての私の使命なのです」
頭を抱えて溜息をつくジュールに、ポンと手を叩いてアイオンは頷いた。
「お二人の会話は本当に奥が深い。2という数字をアートにしてしまうトトさん。そこから反オカルティスト理論に繋げるジュールさん。すると、こちらの幼児用迷路もトトさんのためですか」
「ええ、でもこちらは兄上の目をくらますためと言うか…あの人はこういうものが結構好きだから。その間に私はこれを…」
そう言いながら、ジュールが後ろから出したものは…
「大人の研究所-第一号-ロボットを作ってみよう!」

「…」
ジュールは恥ずかしそうにそれを眺めている。
「本当に欲しそうですね」
「…うん」
アイオンのコメントにコクンと一つ頷くジュール。
その本は、いわゆる付録付の本で箱のようになっている。
表紙には細い金属でできたロボットの写真が載っていて、中に説明書兼冊子が入っているようだ。
「これ一冊買えば、他にも応用できそうだなって。それに面白そう…」
それを見つめる瞳はキラキラと輝いて、まるで小さな子が幼児用雑誌の付録を見ている時の目付きみたいだった。
「ぜひ、それを購入されてはどうですか」
アイオンが背中を押す。
「そうしたい・・・・けれど、兄上には黙っていてくださいよ!こんなの見つけたら、散々遊んだあげくうっかり踏んづけて壊してしまうのだから…それに子供みたいだと思われたくないし…」
「はい!黙っています。男の約束ですよね」

少し歩いてアイオンは立ち止まった。
そういえば、他の本については聞いていない。
「美酒」の本はわかるとして、「フェチ犯罪」と「ハゲ男のモテ術」からは何を学ぼうとしていたのだろう?
振り返るとそこにはジュールはいなかった。さっそく付録付の本を購入しにいったのだろう。
「僕も自分の本を探す事にしましょう。真祐も期待して待っていてくれるだろうし…」

ジュールと別れたあと、アイオンは料理本を物色しようと店内を歩き回っていた。
かなり前から弁当のレシピを集めているのだが、それも一通り作りつくしてしまった。
何か新しいアイディアはないかと探していると。
「そこにいるのはトトさんですか?」
両手に高々と本を積み上げたトトと出くわした。
あまりにもたくさんの本を抱え込んでいるので、今にもバランスを崩して倒れそうである。
「その声はアイオンさん!」
本の間から、トトがひょっこり顔を出した。
「たくさん選ばれましたねえ。持つのを手伝いましょうか」
「いや、ここで一旦おろすよ。他にも見たいものがあるから」
そう言うと、トトは床にドサッと本の山をおろし、傍にいた店員にキープしてもらうように頼みに行った。
その間アイオンは、トトの厳選した本を、尊敬の眼差しで眺めていた。
「どれどれ…『SFを極めたい人へ贈る、1001のメッセージ』、『君はどこまで耐えられるか?、世界中から集めた1001の怪談!』、『エイリアンに誘拐された時どうするか?パラノイアなあなたへ1001の豆知恵』…なるほど、これはシリーズものなのか…」
どこかに『愛妻弁当特集。憧れの人に振り向いてもらえる1001のアドバイス』などという本はないだろうか、とアイオンは本気で考えた。
「宇宙人がいつコンタクトを取ってくるか分からない今、予備知識はあったほうがいいと思ってね…」
いつの間に戻ってきたのか、トトが恥ずかしそうに説明しはじめた。
「特に、この1001シリーズは素晴らしい。私は、これらをベッドの横に並べて熟読しようと決めたんだ。宇宙人との間に信頼関係を築くためにも!」
「へええ、トトさんは国王としての責任感が強いですね」
アイオンが感心しながら、本を一冊ずつ見ていった。
「えーと…『険しく厳しい霊媒師への道』、『フィルムのイタズラ?心霊写真の原理!』、『見てはいけないもの~霊界特集~』…トトさんは宇宙人だけでなく、幽霊ともコンタクトを取りたいんですか?」
アイオンにそう指摘されて、トトは神妙な顔をした。
「うん…この前、ジュージュと二人でバケーションに行ったときに写真を撮ったんだけどね。あとで現像してみると、私たちの頭上にVサインをした手が写っていたんだよ。ジュージュは前の写真の一部が写ったんだと言ってとりあってくれなかったけれど、私にはそうは思えないんだ」
なるほど、お化け屋敷で怖がっていたのはそのためか。
アイオンは納得した。
「常識では説明できないことってありますからね」
「あのVサインが何を意味していたのかは分からない。だけど、私は原因を突きとめたい。
イルミーネ国の王として!」
それを聞いて、アイオンは驚きの声をあげた。
「イルミーネ国では、代々国王が宇宙人の人体実験のために人身御供に出されるのだと聞きましたが、そればかりでなく、幽霊との交信をも任せられるんですか?」
どうやら、トトの偉大なる野望を真祐から聞いていたらしい。
「え…代々っていうわけでは…」
トトは言葉を濁す。
少なくとも、父上であるマクシミリアン陛下はそんなことはしなかった。
うろたえるトトに気付かず、アイオンは続ける。
「ジュールさん以外がトトさんに抱きつくと、メスで八つ裂きの刑ですからね。それほどに、国王陛下というのは重大な役目なのでしょう」
どうやらアイオンは、イルミーネ国に対してとんでもない勘違いをしているようだ。
トトは、せめて宇宙人・人身御供説の誤解を解こうと口を開いたのだが。
「なんて素晴らしい国なのでしょう。まるでおとぎ話のようだ!今の説明で、僕はイルミーネ国を訪問してみたくなりましたよ」
そう言うアイオンは、満面の笑顔を浮かべているではないか。
今の紹介文のどこが気に入ったのだろう…
それは疑問だが、さんざん褒めちぎられて、トトも嬉しそうである。
「うん、そうだね。ぜひとも遊びにおいでよ!」
「いいのですか?」
「もちろん!なんなら今すぐにでも!」
それに応えるように、トトは心霊写真のごとくVサインを掲げてみせた。
「それじゃあ、教授に頼んでみようかな…」
アイオンは表情を輝かせながら、もじもじと言った。

この一言が、後ほど語り継がれる“あの事件”に繋がるとは、そのときは誰も予想できなかった…


~おまけ~

「毛全集は在庫にないそうなので、注文しておきました。一週間以内には取り寄せてもらえますので、手に入り次第届けに行きますね」
「おお、あの伝説の研究書が手に入る日が来ようとは…!なんとお礼を言ったらいいのか。
本当にかたじけない」
「礼には及びませんよ。僕は毛の魅力についてはよく分からないのですが、これを機会に勉強してみようと思います」
「へへへ…二人で“毛”を極めようじゃないか、アイオンさん」
「ふふふ…これなら世界征服も夢じゃありませんねえ、トトさん」
あたり一体を怪しげな雰囲気に包みながら、二人は意味ありげに笑いあった…


以上が、ジュールと真祐には知られざる、アイオンとトトの隠れた会話である。
これはオフレコなので、うっかり読まれてしまったあなたには、ぜひとも胸の内にしまっていただきたい。
この二人の陰謀は、まだ始まったばかりなのだから…