-白ヤギさん、黒ヤギさんお返事なあに?-

4人は街を歩いていた。
遊園地を出たとはいえ、すぐに食べるところが見つかるわけがない。

だが、しばらく歩いたところでトトが何かを見つけて叫んだ。
「何あれ!」
トトの指差す先には「地鶏のさしみ」とある。
「この国では、鶏肉を生で食べるの?」
「ん?それは珍しいと思う」
真祐が答えた。少なくてもアメリカでそんな習慣はなかった。
「たしか一部の地方では珍しくないんですよね。僕はこの時代の事を勉強したから。
でも、まだ僕は食べた事はないので、ぜひとも食べてみたい!
トトさんの審美眼には毎度毎度驚きの連続です」
「そう…えへへ」
トトが恥ずかしそうに頭をかく。単に珍しいものが好きなだけだ。
「ジュールはこれをどう思う?」
とりあえず、この中で味覚が信用できるのはこの人だけだ。
真祐は恐る恐る自称美食家の意見を仰いだ。
「地鶏のさしみ…これはまずまずじゃないでしょうか。トトは眼の付け所がいい」
「?」
不思議そうな顔の真祐にジュールは語った。
「鳥を生で出すほどの店です。味はともかく質は信用してもいいんじゃないかな」
「ああ、そういう事か!」
真祐が納得している間にトトとアイオンの二人はずんずん店に入っていく。

「いらっしゃいませ!4名様ですか」
粋なお兄さんが出迎えた。
4人は席に着き、メニューを見始めた。
「まずは鳥のさしみだよ!」
とトト。
「僕もそれがいい!」
アイオンも乗り気だ。

「ええ、メニューは後で決めましょうね。まずは飲み物から…」
ジュールが飲み物のページをめくる。
「わ、焼酎だよ。ジュージュ、焼酎ダメじゃなかったの?」
実は、ジュール・アルキュード外交官は某国で焼酎を振舞われてから、焼酎嫌いになったのだ。
もっとも、それは自業自得の問題で、彼が様々なものを一度に呑み比べたりしなければよかったという話なのだが…。
「ええ。一時期敬遠していましたが、もう大丈夫」
控えめなジュールの返事は常人以上に大丈夫だという事だ。トトはよく知っている。
「じゃ、ジュージュは何にする?」
「私はこの…」
と、ジュールが指差したのはプレミア焼酎。
「私は痛い目にあってから研究を重ねたのです!」
「じゃあ、私も!」
トトが名乗りを上げるとジュールがすかさず反論した。
「あなたは果実酒…ほらここに蜜柑酒がある。これで…」
「やだー私も芋焼酎を呑む!」
トトは譲らない。
「トト、焼酎のアルコール度を知っているの?25度以上だよ。果実酒なら10度未満。トトはワインでもフラフラになっているじゃない」
「芋にする!」
「…しかたないなぁ」
ジュールは溜息をつき、店員を呼んでなにやらこそこそと言って、飲み物を注文した。
真祐とアイオンは一応ソフトドリンクを注文したようだ。

「未来にかんぱーい」
「過去にかんぱーい」
それぞれグラスを持ち乾杯して、次に出てきたメニューに手をつけた。
「やっぱり鳥のさしみから!」
「意外とさっぱりしてるね」
「歯ごたえが調度いいです」
トトとアイオンが生鳥を食べながら感想を漏らした。
「けっこう、物がいいよ」
ジュールが折り紙付を出したので、真祐も手をつけてみた。
なにしろ店で出されているものだ。あのメダマー‘Sの料理よりはまともだろう。
鳥の生というのは初めて食べるが、そう変わっているものでもない。
しいて言うならば、塩気のない生ハムを食べているようなものだろうか?
それに、これは噛めば噛むほど味が出てくる。
「意外と…いける」
「皆!皆!紅葉おろし余っているけど、食べてもいい?」
トトが真っ赤な大根おろしを鳥のさしみでくるんで一気に食べてしまった。
「さすが、激辛派…」
続いて、注文した酒をくいっと口に含む。
「ジュージュ…さっき何か言っていたでしょう?これ本当に芋なの??」
トトが疑わしい視線を向けた。
「うん。紫芋のお酒だから呑みやすいと思うよ」
「ふーん」
「でも、これ一杯っていうお約束だからね!」
「う…」
トトが口を尖らせる。
「お約束守れるね!」
「…うん」
「ジュール、そんなにきつく言わなくても」
真祐が間に入る。
「真祐さんは兄上のお酒の弱さを知らないから…はぁ…」
「私、強いよ!」
「まぁまぁ…」
アイオンがにこやかに嗜めた。
「アルコールは身体に摂取しすぎるとよくないんですよね。でも多少なら」
「アイオン、呑んだ事あるのか?」
「ええ、それなりに」
「…それはまずくないか?」
18といったらまだ未成年だろう。
真祐も、ちょっとした祝い事などではワインくらいは飲んでいるが。
しかし、真祐が問題にしているのはそこではなかった。
ブラック化したアイオンを目にしてからというものの、彼には隠れた人格が潜んでいるのではないかと疑っている。

「僕が最初にアルコールを摂取したのは10歳だった…」
アイオンは、アル中のような口調で話し始めた。
「食事を運んできた方が間違えたらしく、水の代わりに入っていたのがメタノールだったんです。95%くらいだったかな。水にしては蒸発する速度が速いなあと思いつつ、一気に飲んだのですが」
「そ、それは…」
真祐はどうコメントすればいいのか分からなかった。
アルコールはアルコールでも、酒というよりも化学物質である。
そんなものを水と間違えて持ってきた食事係にも問題があるが、それに気付かないほうもどうかしている。
「どれくらい摂取したんです?」
ジュールが医者らしい口調で訊ねる。
「ボトルに入っていたものを全部飲んだのですが…あれは一リットルくらいあったかな」
「それほどのメタノールを飲めば、体に異常をきたすどころか、死んでいてもおかしくない」
ジュールがそう言って、部屋に深刻な空気が流れる。
未来の誰かが、この味覚音痴の超能力者を暗殺しようとしていたのではないか?
そう考えなければ納得できない話である。
「それで、どうなったんだ?病院送りになったんだろ?」
「そうですね。僕は行きませんでしたけど」
アイオンはのったりと答える。
「どうやら、誰かが僕を殺害しようと故意にメタノールを盛ったらしくて。その晩、いつものように検査をしていたときに、僕の血中にアルコール探知されたので、食事係の方はすぐに逮捕されました」
話を聞いていたトトが、ぶるっと震え上がった。
過去に思い当たることがあるらしい。
「真祐は知っていると思いますが、僕の時代に死刑はありません。犯罪者は生きたままフリーズされ、後に解凍されて実験サンプルとして使われます。そこの責任者が、フリーズする前に僕の能力を試してみないかと教授に持ちかけました。誰に頼まれてこんなことをしたのか訊いて、記憶を引き出す。事件の黒幕を探るというものです」
だんだん話がサスペンス調になってきた。
3人は箸を動かしながらも、アイオンの話に聞き入っている。
「あのころの僕は、自由に思考を読み取ることができなかった。生まれたときから、僕の能力は“消す”ことに集中していたんです。記憶、意識、人格…精神的なものなら何でも消せますが、思考を読むにはそれなりにコントロールが必要です。消去するまえにデータを一つ一つ確認していくようなもので、常に“デリートしますか?”というメニューがついてくるんです。間違ったボタンを押してしまえば全て消えてしまう」
ソフトトリングをちびちび呑みながら、アイオンは語り続ける。
格好だけとれば飲み屋で説教をかますオヤジのようだが、話の内容は会議中のエンジニアそのものであった。
「それで、成功したの?」
トトが遠慮がちに訊く。
「言われたとおりに試しました。その結果、彼は病院に運ばれた。僕はアルコールを摂りすぎて少しばかり酔っていたみたいで、相手の脳を半分ほど握りつぶしてしまったんですね。その後、彼はフリーズされる必要がなくなったので、解体処分になりましたが」
「……」
真祐は、アイオンの体の構造はどうなっているのだろうか疑問に思った。
95%のメタノールを1リットル飲み、“少しばかり”酔ってしまった?
そればかりでなく、そんな状態で犯罪者の思考を読もうとして、うっかり殺してしまった。
「あのころの僕はまだ力を使い慣れていませんでしたから。いやあ、未熟者でお恥ずかしい…」
アイオンは心底恥ずかしそうに笑った。
「もっと最近の話だと、数ヶ月ほど前ですか。アレクと一度、呑み比べをしたことがあります」
「…勝ったのか?」
「もちろんです!」
真祐の質問に、アイオンはVサインをしてみせた。
そりゃそうだろう、と真祐は思った。
アレクはアルコールにてんで弱いのだから。
「暇だったので、何か勝負をしようかということになり、近所でお酒をどっさり買ってきたのですが」
「暇だから呑もうという発想が素晴らしい!その精神に乾杯!」
トトは呑みかけの酒を高く掲げた。
少しばかり酔いが回ってきているらしい。
アイオンは、控えめにソフトドリンクのカップで対応した。
「アイオンさんはアルコールに免疫がありますから、勝負にもならなかったでしょう」
その隣でジュールが頷いている。
「そうですねえ、勝負というよりは遊びみたいなもので」
何が遊びだ。
あの2人が揃うと悪ふざけをするに決まっている。
その場にあの人物がいなかったのが幸いというところか。
…そうでなければ2人とも、酔っぱらったアイスに解剖されていただろう。
自分の周りの人たちがどれほど異常なのか、真祐は再び確認させられた。
「ところで、彼は酔うと記憶が飛ぶらしく、アルコールから醒めると何も覚えていないんです。
あの日は楽しかったなあ」
アイオンが思い出し笑いをしている。
「な、何やらかしたんだ、お前ら…?」
「やだなあ、親友同士、昔話に花をさかせていただけですよ」
「……」
限りなく不安である。
酔いに任せて相手の脳みそを握りつぶす人なのだ。
ゴーカートでブラック化する人なのだ。
真祐はいい加減、アイオンのことが信用できなくなっていた。
「しかし、あのメタノール事件以来、僕は酔えない体質になってしまったらしくて。ハメを外してはしゃぐこともできないなんて、本当に辛いですよね」
「アイオンさん、ザルであることを幸せに思いなさい」
ジュールが慰めるようにアイオンの肩に手をおいた。
「兄上をごらんなさい。アルコールが入ると自我を失ってしまう。私の前ならともかく、酔わされて他人につけこまれるのではないか、私はそれが心配で堪らない…!」
「そんなことはないよ!ジュージュは過保護すぎるんだ」
「あなたは自分がどれだけ無防備なのか気付いていないんだ!誰だって恋人に対しては過保護になってしまう。アイオンさんなんかが良い例です。しっかりしているように見えて危なっかしい。心配事が絶えないでしょう。真祐さん!」
「へっ?」
アイオンの話に付き合いきれなくなり、食べることに専念していた真祐は、素っ頓狂な声をあげた。
「そりゃあ、トトは守ってやりたくなるけど…」
真祐はアイオンに視線を移した。
「俺は、アイオンが誘拐されようが売り飛ばされようが、一向に構わないぞ」
「真祐はそれほど僕を信用してくれているのですね。嬉しいです」
アイオンはにっこりと笑い返す。
それを見て、トトは「やっぱり未来の恋愛は奥が深い…」と心の中で呟いた。
「何も言わなくていいんですアイオンさん、今日は気のゆくまで呑みなさい…」
アイオンの報われない恋に同情したらしい、ジュールはそっと酒をついでやった。

トトは次々にメニューを注文した。
「猪の煮物」
「海老入りサラダ」
「茹海老」
「辛子れんこん」
等…。

「ずいぶんと海老が多いなぁ」
「私は海老が好きなんだよ。他にも何か注文してもいいけど」
「いや、べつにいいけど」
真祐は目の前に山のように積まれた茹海老をつまんだ。
「それにしても、アイオンさんの酒話にはびっくりですね」
「大した事ないですよ。ジュールさんに比べれば」
そう言いつつ、いつの間にかアイオンも酒を呑んでいる。

「う、うわーーー!」
突然、トトが悲鳴をあげた。
「どうしたトト!」
「この猪の煮物。皮に毛がついてるよっ!」
「なぬ?」
たしかに、猪肉の皮の部分に僅かながらの毛が残っている。
「ジュージュ!」
「はひっ!!」
ジュールは冷や汗を流しながら、次の言葉を想像した。
「これを食べてよ!きっと毛が濃くなるから!」
予想通りだ…何もかも…予想通り過ぎて…。
青ざめているジュールの前に置かれた小皿に、トトが猪肉を盛り始めた。
「ううう…嫌だなぁ…」
しかたなさそうにジュールは肉を口に運んだ。
「それを食べたらモッサリと男らしい胸毛男になれるんでしょうか?」
アイオンも毛の部分を口に入れた。
「チクチクします…毛を食べたのも初めて。これは面白いですねえ」

二人が毛付き肉と格闘している間、トトと真祐は辛子れんこんを食べていた。
「うわっ、後で辛さがくる!」
「うーん、ツンとして美味しいね!」
これは酒がすすむ。
トトはジュールが猪肉を食べている間に、こっそり2杯目をおかわりした。

…何かおかしい…
ジュールがトトの変化に気づいたのはそれから5分後。
「酔ってないよん!大丈夫なの…」
目がうつろだ。
トトは空のグラスを物足りなそうにカラカラと鳴らした。
「おかわり!」
「いけません!兄上」
ジュールがトトからグラスを取り上げた。
「ケチーーー!」
「すみません、お冷をお願いします」
ジュールが店員に言った。
「アルコールが水で薄まってしまうよぉ!」
「何いっぱしの酒飲みみたいな事言っているんですか。ダメなものはダメ!水を飲んで」

トトはぶつぶつ言い、海老をかじりながら水を口にした。

「ところで、ジュールさんはさっきから何を呑んでいるんですか?」
「ああ、これは黄麹で作った焼酎です。普通、黄麹は清酒に使われるんですがこれで焼酎を作ると、酸味が少なく滑らかな味になり大変呑みやすい」
「ジュールの髪と同じ色だからか!!ははははっは・・・・」
意味不明の事を言い、真祐が笑い転げている。
彼もちゃっかり酒を呑んだらしい。
「彼は笑い上戸なのか…」

真祐は笑いながら、トトの頭の上で指を回したりしている。
トトも真面目な顔して、真祐の鼻に海老を突っ込もうとしていた。

「…何しているんだ、あの人達は…」
絶句しているジュールのそばでジャジャーン!とBGMが鳴った。
「本日は当店にお越しくださり有難く存じます!では、今夜も当店のイベントを開催します!」
わぁー!と歓声が上がる。
「イベントって何でしょうか?」
「さぁ?」
「今宵も馬鹿な悪ふざけに参加してくださった方、この焼酎を1本プレゼント!さぁ参加希望はいらっしゃいませんか?」
「何をするんですか?」
アイオンが聞いた。
「ただ、リズムに乗りながらパンツを脱ぐだけです!」

「いやっほー!」
アイオンの後ろから誰かの声がして…と言ってもそれはトトの声だったのだが。
怪しいBGMとともに、トトが腰を振りはじめた。
「あ、兄上!いけません!」
あわてて、ジュールがトトを座らせる。
完全に酔っ払いのトトはむにゃむにゃ言いながら、座敷にへたりこんだ。
「ふぅ…」
ジュールは溜息をついたが、まわりの客たちが「あーもったいない」とふざけた声をあげた。
「ちっ!じゃあ、私が脱ぎますよ!脱げばいいんでしょう!ただし上半身だけど」
ジュールがTシャツに手をかけると、アイオンが止めた。
「ジュールさんの素晴らしい胸毛は秘蔵にしたほうがいい!ここは僕が」
「私、そんなの生えてな…いや、大丈夫…」
ジュールが口ごもる。

次の瞬間、アイオンがキラリと瞳を光らせると店員が引き攣った顔をした。
「ど、どういうわけでしょう!脱ぎたくないのに勝手に手が服をっ!!」
店員が丸裸になりかけたところで、アイオンは酒を一口飲んだ。
「う・・・」
そのまま店員は急いで服を着た。
もちろん、客は大喜び。
店員もしかたなさそうに笑って奥に入っていった。

「う??」
さんざん笑い転げていた真祐がふと正気に戻った。
彼の目の前には…
恐ろしい目付きをしたアイオンの姿。
「ど・・どうした?」
普段のアイオンとは違い、鋭さと凶悪さが感じられた。
「ジュールさんは黄麹、トトさんは紫芋、真祐は焼き芋…♪」
顔とは違い、のほほんとしたあいかわらずの口調で歌を歌っている。
「僕は黒麹のお酒。黒いアイオン…ブラックアイオン…」
「げ・・」
「真祐、今の僕にはとてつもない力がみなぎっている感じがします。これなら、世界のエプロンというエプロンを征服できそうな気がする!」
「なんだそれ?」
そんなにも力があるのに、征服するのはエプロンだけでいいのだろうか?
ゆったりと立ち上がり「今からエプロンを征服しに行きます」というアイオンの口に真祐はとっさに焼酎のビンを突っ込んだ。
「行かせるかっ!」
「あ、僕は何をしていたのでしょう?」
アイオンがぱっちりと赤い瞳を開けた。
「はぁ・・はぁ・・・」
真祐は肩で息をしている。「エプロン独裁者」を止めることに成功したようだ。
「これは白麹の焼酎!僕はホワイトアイオン!真祐、ありがとうございます。僕は救われました」
「・・・」
真祐も知らなかったアイオンの特異体質だった。

「兄上、帰りますよ」
「むにゃ…」
「あの…お客様大丈夫ですか?」
先ほどの半裸店員がトトに声をかける。
「もし、よろしかったらこれを…」
店員は気付け用のドリンクをジュールに渡した。
「ありがとう」
ジュールがゆっくりとトトに飲ませると、トトが目を覚ました。
「あれ?私は??」
「大丈夫?まったく…こんなになるまで呑んじゃダメだっていっているのに」
「ごめんなさい・・」
しゅんと小さくなるトト。
「身体はなんともない?」
「うん、何ともないよ」

二人がそう話している隣で、アイオンが真祐に叱られていた。
「もう、絶対に黒麹の酒は呑むな!」
「すみません。こんな僕が潜んでいたなんて…おかしいな、他のお酒では全然平気なのに?」
「ともかく、焼酎には注意しろよ」
「はい」

「ところで、ジュールさんは6杯も呑んだのに、ちっとも酔ってないですね」
アイオンの質問にジュールは苦笑しつつ答えた。
「この状況で、私が酔う暇がありましたか」