-遊園地の正しい楽しみ方?-

4人は予定通り、遊園地に向かって歩いていた。

アイオンは、先ほどから前をゆくジュールの背中を見ている。
「素敵ですね!僕もあれを買えばよかった」
「…やだ!」
真祐の返事にアイオンは「僕には似合わないのかな…胸毛も生えていないし…」とぼやいた。
アイオンはただでさえ目立つのに、あんなの着られても困る。
普通の服を選ぼうとしてデパートに行ったはずなのに…。
ジュールの広い背中を飾っているのは「愛」の一文字。
しかも色はショッキングピンクだ。
Tシャツとジーパンが妥当かと進めたのだが、トトが「これ!これ!かわいいよっ!」と違うTシャツを手に駆けてきた。
「ジュージュはピンクがとても似合う男だから!」
ふにゃっと惚気顔を見せたトトに皆何もいえず…。
このTシャツはバックプリントなので、前からみると普通の白いTシャツにしか見えない。
着ている人の内面を語っているようで、ちょっと恐い…。

「その文字がどういう意味か知らなくて幸いだよ」
真祐はジュールに言った。
イルミーネ国とやらから来た御仁が漢字を読めるわけないと踏んで言ったのだが、ジュールは
「まぁ、私は背中に愛を背負った男ですから!」などと笑ってみせた。
なんだ…わかってるじゃん!
知っていて着ているとしたら、やはりただものではない。

トトはアロハシャツをボタンで留めず、前で結んで着ている。
しかし、このスタイルにはジュールが文句をつけた。
「兄上!おへそが見えてますよっ!」
「うん!」
トトは嬉しそうに微笑む。
「ダ・メ・です!襲われてしまうかもしれないっ!!」
ジュールの文句も聞かず、トトはそのままにしている。

「あの…」
アイオンが恐る恐るジュールに聞いた。
「イルミーネ国では、男性がおへそを出しているだけで襲われるんですか?」
「そうなのか?」
真祐も首を突っ込む。
イルミーネ国というところが、どんなところか知らないだけに不安だ。
トトに抱きつくと「メスによる八つ裂き刑」とはアイオンが言っていた事だが、男がへそを出していただけで襲われる国なんて物騒きわまりない。
「いえ…そんな事はありませんが、その…トトはかわいい…から」
ジュールはポッと頬を赤く染めた。
「なんだ…」
ただの惚気らしい。


やがて遊園地が見えてきた。

「もし、この体験を私の友達に話したら、きっと喜ぶと思う」
前をゆくトトがステップを踏みながら言った。
「トトさんには友達がいるんですね。どんな人なんですか?」

「手足で物を考える人です」
質問するアイオンの横からジュールが顔を出した。
「手足で物を考える!それは…脳を手足に移植された人の事ですか?!」
驚愕の表情を浮かべるアイオンに真祐がすかさず「んなわけないだろ!」と突っ込みを入れる。
「またまたジュージュはそんな事言って…」
「だって本当の事だもん!」
ツンとするジュールの態度からすると、トトの友人とジュールとは犬猿の仲らしい…。





彼らがそんな話をしていた頃…。

イルミーネ国の隣国バストール国に使者が訪れていた。
「申し上げます、国王陛下!」
「なんだ?」
バストール国王サングは、どこかめんどくさそうに癖のある明るい黄金の髪をかきあげた。
「ただ今、イルミーネ国から火急の知らせが届きまして…」
「・・・」
サングは差し出された手紙を受け取る。
―イルミーネ国王とアルキュード公失踪…―
「なにやってんだ・・・・あいつらは・・・」
新婚旅行にでも出かけたんじゃないのか?
しかし、彼らがお忍びでどこかに行く時は、いつもこちらが都合をつけていた。
手紙の続きを読むと、おかしな状況に気づく。
―アルキュード公が国王の部屋に入っていってから数分のうちに二人が姿を消した…―
―その間に部屋に入った者は、修理工一人―
「こいつがあやしいな」

トト一人なら肩にかついで連れ去る事も騙して連れ出す事も可能だ。
トトは馬鹿ではないが、お人よし…いやマニアックなところがあって、黒い服を着た男の二人組や、XLサイズのファイルを持った男女ペアなどが「宇宙人に会わせてやる」なんていったら、喜んでついていくだろう。
だが、問題はあの弟ジュール。癖あり隙なしの性格はそう簡単な手には引っかからないだろう。
第一、身長188cm体重80kg超の男を抱えて逃げられる犯人など限られている。
「あのデカブツをどうやって…?」

しばらく考えていたサングだが…
「ともかく詳しい状況がわからない今、大きく動く事は禁物だろう。誘拐の場合、犯人は複数と考えられる。まだ王宮内に仲間が潜んでいるかもしれない。できるだけ、静かに動くようにイルミーネ側に伝えよう…こちらも少数で捜索を始める。ところで、今日の配達係は誰だ?」
「アルファ・パパラッチですが、何か問題が?」
「また、あいつか!あいつ…この前、飲み屋への手紙を間違えて、こ・と・も・あろうにアルキュード公ジュールに送って…」
その結果、してやったり顔のジュールに「ああ、この店へのツケなら口を聞きますよ(笑)」なんて言われたのだった。
サングは手にした手紙を握りつぶした。
「今度は送り間違えないようにいっておけ!アルファ…なんとかに」
「は!」

―これで新婚旅行だったら、承知しねーぞ!―

サングの勘はよく当たる方だった。
その勘が、もはや二人はこの世界にはいないと告げている。
どこいきやがった・・。
彼も街に降りる準備を始めた。何か情報が得られるかもしれない。

ところで、バストール国の配達係アルファ・パパラッチが妻の家の養子に入り、苗字を「ボイル」に変えたのは、それよりもっと後の話である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「何!ここ?すごく楽しそうだよ!この時代の祭りなの?」
トトが遊園地に入って発した一言。
「いや、ここはいつもこうなんだ」
真祐の発言を勘違いしたのか、トトは叫んだ。
「この時代では毎日が祭りなのかい?いいなぁ!」
「ち、ちが・・」
毎日がお祭り。
アイオンと暮らせばそんな日々も現代にはありうる。

「違いますよ兄上。ここは営利目的の施設…そうでしょう」
「ジュールさんがいうと遊園地もクールに聞こえますね」
クールと言うより、聞こえが悪い。
なんか誘拐みたいである。

「パスポート買ったから、乗り放題!じゃあ、どれからにする?」

「スリルがあるの!」と、トト。
「あまり身体を酷使しないもの」と、ジュール。
「じゃあ、お化け屋敷なんてどうです?」
アイオンが言った。
「最初からお化け屋敷はちょっと・・・・」
真祐としては、初めはスカッとする絶叫系に行こうと思っていたのだが。
「見てください。この時間は結構人が並んでいますよ。その点、お化け屋敷はすいています」
「お化け屋敷か…腕がなるなぁ」
ジュールがニヤリと凄惨な笑みを浮かべた事に、まだ誰も気づいていなかった。

「お化けなの・・?」
トトがジュールの後ろに隠れ、脇の下のほうからちらりと顔を覗かせる。
「トトさん、本領発揮ですよ。たしかオカルティストとデータには書いてありました。
特に、ここは本物がでると評判のお化け屋敷らしいです。楽しみですよね」
「う・・うん。でも、お化けなんていないんだよ」
オカルティストにしては弱気な発言である。
「どうしたトト、顔色が悪いぞ」
「・・こわくなんてないんだもん!お化けなんていないしっ!」
トトはジュールの背中にしがみついたまま、震えている。
「さすが、トトさんさっきから漂ってくる魔界の空気を感じましたか」
アイオンの発言に、ますます身を強張らせるトト。
「トト・・・無理だったら」
「無理じゃない!大丈夫・・」
真祐の言葉を振り切ってトトは叫んだ。

本気で恐がっているトトを見ていると心配になってくる。
途中で動けなくなるんじゃないだろうな。
真祐がトトを説得しようと肩に手をかけようとした時、
突然ジュールが「フフン!」と笑った。
「皆!お化け屋敷の楽しみ方を知らないようですね!」
天高く指を指し、ジュールは「私がお化け屋敷の楽しみ方について教えてあげよう!」と叫ぶ。
「ジュールはお化け屋敷に行った事があるのか?」
「ええ、それはもう…イルミーネでも祭りの時に、このような施設が出店する事があるのです。
さすがに機械類が飛び回るあんなのはありませんがね」
と、ジェットコースターを見る。
「ともかく、このような施設の攻略方は私にお任せあれ!施設関係者全員の自信を打ち砕いてみせよう!」
すごい自信である。…だが、何かが違う。
「まず、お化け屋敷とはどういう目的で作られたのかが問題だ。これは、人の冷静さと数理的な工学知識を試す場所なんだよ」
「そうなんですか!さすがジュールさん。それで何をするんです?」
アイオンがのってきている。
「襲いくる仕掛けにあわてず騒がず、その仕掛けがどのようになっているかを見極める。そして、脅かしてくる相手に機械に関する知識を思う存分ひけらかすんだ!」
「なるほど!では、真祐一緒に仕掛けを解きましょう。機械に関しては自信があります!」
「違う…何かが違う…」
ブツブツと呟く真祐の腕をガシッと掴んで、アイオンは歩き出した。

もちろん、先頭をきるのはジュール。
「行くぜ!野郎共!!」
お化け屋敷に入るのに、こんなに気合をいれていく人も珍しいだろう。
トトの姿が見えないと思ったら、ジュールの背中にある「愛」の文字が妙な具合にのびている。
どうやらトトは、ジュールのTシャツの中に頭をつっこんで後ろからしがみついているようだ。
これはこれで、見たほうは恐いだろう。



「・・・・もう二度とお化け屋敷なんて来るもんか!」
建物から出た途端に真祐は叫んだ。

ジュールとアイオンがお化けが出てくるたび、「これはバネが…」とか「ここに赤外線が…」とか言いまくり、最後には着グルミを来た人が脅かしにくると
「ここの穴から覗いていて、今出てきたというわけですね?」
と質問までする始末。
しかも、アイオンはどこからかメジャーを取り出し、首を縄でくくられた人形の高さを測ったりしていた。
「なかなかデキル相手で嬉しいですよ、アイオンさん」
「あなたこそ。僕には、鬼の面がまさかあそこから吊るされているとは思いませんでした」
二人は、お互いの力を認識しあったようだ。

「もう終わったの??」
震えながら、トトがジュールのTシャツの中から顔を出す。
「兄上!私の活躍を背中からちゃんと見ていた?」
「うう・・聞こえてたけど、見えなかったよ」
無理もない。

「オレはもっと純粋にお化け屋敷を楽しみたかったんだ」
真祐の言葉にアイオンは笑った。
「真祐は贅沢ですね!さすがに分解まではできませんよ」
「・・・・次、行くか」
お化け屋敷の人々の苦労を考えながら、真祐は歩き出した。
お化け屋敷は失敗だった。
真祐は絶叫系で口直ししようとしたが、ジェットコースターの列は長い。
並んでいる間、4人はソフトクリームなど舐めながら、おしゃべりに花を咲かせた。
話しているうちに、通りの向こうにあるマジックハウスという建物が目につく。
「あれは手品かな?」
トトが訊いた。
「手品ってのはインチキなんだぜ。そんなの見たっておもしろくない…」
というよりは、ジュールとアイオンの二人にかかれば謎解きになってしまうのだろう。
それではお化け屋敷の二の舞である。
純粋に楽しめないのなら、見ないほうがいい。
そう思って、真祐は興味のないふりをしたのだが。
看板にはこんなことが大きく書かれていた。
『アメリカから来た投げナイフの達人、パスツールがここに!あなたに恐怖と感動をお約束します!』
パスツールって、化学者じゃんかよ…っていうか、名前からしてフランス人だし。
真祐は心のなかで突っ込みをいれた。
「へええ、投げナイフだって!楽しそう」
さっきはあれほど怖がっていたというのに、トトはいまだにスリルを求めているらしい。
「スリルはこっちのほうが上だと思うぞ」
そう言って、真祐は頭上で唸るジェットコースターを指さす。
「ナイフか…僕も投げてみたいなあ」
アイオンがぽつりと呟いた。
「アイスみたいになれるかもしれない」
どうやら、先日真祐に「どうせならアイスみたいにクールになれ」と言われたことを根に持っているらしい。
真祐はやれやれとため息をついた。
「そのことについては謝っただろ。闇雲にナイフを投げられても困るし」
「じゃあ、メスのかわりに包丁なんかは…あ、それとも素手で相手を殺せるように…」
「あのなー、アイスは戦闘に向いてるけど、すごい射撃音痴だって聞いたぞ。完璧な人間なんて
いないんだ。お前はそのままでいい」
「じゃあ、僕のエプロンコレクションはキープしていいんですね」
「そ、それはちょっと困るけど…」

真祐とアイオンが話しているのを聞きながら、トトはジュールに囁いた。
「アイスって、聞き覚えのある名前だね」
「例の拷問師の方じゃないですか?」
「えっ!じゃあその人、拷問だけじゃなくて、手品もやるのかい?」
「さあ…もしかすると、未来ではその二つの職業が一緒になっているのかも」
「シルクハットから鳩を取り出して、“タネも仕掛けもございません”とか言うのかな?」
「鳩ではなくて、切り裂いた人体かもしれませんよ。拷問がエンターテイメントなのかな」
「私達には未知の世界だね…!」
「兄上、そう思うのならワクワクしたような声を出さないでください」
「怖いけど、その拷問手品ショー、少しだけ見てみたいんだよ~」
「私は、ショーというよりは、そのアイスという人物に興味がありますね」
こうして、アイスの人物像はどんどん謎めいていくのであった。
本人はいたって真面目に働いているのだが、噂というものは恐ろしいのである。


そんな話をしているうちに、順番がまわってきた。
「一番前の席ですよ。ついてますねえ」
アイオンは嬉々と乗り込む。
一列四人なのでちょうどいい。
「こうして見るとずいぶんと高い…安全性は大丈夫なのでしょうね」
心なしか、ジュールの声に落ち着きがない。
「こうやってまっ逆さまに落ちていくんだね!ワクワクしてきたよ!」
トトはいたって元気である。
「ジュールさんに伝授していただいた方法で、解析してみます」
アイオンは未だに奇妙なことにこだわっている。
「こういうのは、何も考えずに思いっきり叫んで楽しめばいいんだ」
絶叫マシーンが好きな真祐は、そうアイオンに話しかけたのだが。
「ええと…叫ぶって、何を叫べばいいんですか?」
アイオンは、真面目にそんなことを訊いてきた。
「その場の雰囲気に任せて声を出せばいい。日々のストレスが溜まるだろ?それをガーッと外に出すようにだな深く息を吸って…」
何を言っているのか、自分でも分からなくなってきた。
「つまり、今、自分が一番主張したいことを叫ぶのですね」
「それは、なんか違うような…」
「私は決まったよ!」
隣からトトが口をはさむ。
デパートの中心で毛を叫んだ兄上のことである。
ジュールにはだいたい予想がついていた。
「ちょうどいい、私も叫びたいことが山ほどあります」
なるほど、ジェットコースターというのはこうやって楽しむものなのか。
ジュールはこの21世紀の発明に感心した。
「僕の心の叫び…そうだな、あれがいい。皆さん、はりきって絶叫しましょうね」
アイオンはアイオンで、楽しそうである。
「……なんで?」
このままだと、叫び比べになってしまうのではないか。
真祐は、最悪の場合こいつらとは他人のふりをしようと決めた。

その日。
ジェットコースターに乗っていた客は、急落下していくまっただ中、こんな声を耳にした。
「どんなに頑張っても僕はクールになれないのですー!悩み事で押しつぶされそうだー!それなのに、話し相手はヘビのあいおんだけー!」
「な…なんだよ!心の叫びってそれかよ?!」
「こんなにも君が好きなのに!どうしてうまく伝わらないのかー!」
「耳もとで叫ぶんじゃない!」
「いくらでも叫びます!僕は真祐を愛してる!愛してるんだー!!」
「うざいくらいに伝わってる!恥ずかしいからやめろ!」
「君のことを考えると切なくて泣きそうなんだー!」
「だああ!ジェットコースターくらいで泣くな!みっともない!」
「だって、どうすればいいか分からない!僕はいつだって真剣なのに!」
「なにが真剣なんだよ?!お前の存在自体がジョークだろ!」
「酷い!そんなことを言うなんて!でもそんなところも好きなのさー!!」
「意味わかんねえよ!っていうか、お前、いつの間にか言葉遣い変わってるし!」
「…あれ?そういえばそうですね。それでは、初めからもう一度言いなおしましょうかー?!」
「いらねー!!」

他の客達は、声を押し殺してこの叫び合いに聞き入ってしまった。
これを痴話げんかか何かだと思ったのも無理はないだろう。
二人ともさすがに息が切れたのか、一瞬の沈黙があったが。
それに覆いかぶさるようにして、今度はもう一ペアの叫びが聞こえてきた。

「神よ!毛を!毛を!!」
「金髪に胸毛なんて組み合わせ誰が決めた!もう胸毛どころか身投げしたいくらいだー!」
「身投げはいやだよ!毛の文字がないー!」
「そんなにも毛をお求めかっ!大体あなたはいつもそうだ!毛毛毛なんてケッ!」
「そうやって、いつももじゃもじゃ言うんだからさー!」
「だから、そうやって言葉の端に毛を感じさせるフレーズやめてー!」
「でも、毛を求めるのはジュージュの髪の色が素晴らしいから!もっと別にもって求めてしまうー!」
「そりゃそうかもしれない。私はあなたのためには生やしたい。でも個人的にはイヤー!」
「あーあー胸毛と私。切っても切れない関係~!」
「切らないで、剃ってくださいそんな関係~!」

漫才なのか歌なのか?
聞き入る人々はそう思ったに違いない。
ともかく「毛」をテーマにしたのは確かなようだった。
一部の人はジェットコースターのスリルよりも、前に座る4人組の絶叫を楽しんでしまったようだ。
こうして叫びつかれた4人は、ジェットコースターをあとにした。
「うう…先ほど食べたソフトクリームが上がってくる…」
ジュールは胃の辺りをさすっている。
「でも、楽しかったね」
「絶叫マシンなだけあります。しかし、他の方はなぜ黙っていたんでしょう」
「……」
真祐はむくれていた。
あれだけ恥ずかしい目にあったのは…実を言うと、これが初めてではない。
アイオンと一緒にいればこんなことは日常茶飯事だが、大衆の前であんなことを言うとは思わなかった。
「じゃあ、次は休めるところにしようか」
そう言いながら、トトはマジックハウスのほうへと近づいていく。
パスツールの投げナイフショーが見たいのだろう。
3人とも、それに反論はなかった。
マジックハウスの中は、意外と豪華な造りになっていた。
スポットライトに照らされたステージ。
その上では、黒いスーツを着たパスツールとやらが、20センチほどあるナイフを両手に構えているところだった。
「さあ、レディース・アンド・ジェントルメン!我輩のショーを楽しんでいただけたでしょうかあ~?」
観客から盛大な歓声があがる。
どうやら、ショーは終わってしまったらしい。
終わってしまったのなら長居する必要はない。
4人が、外に出ようか迷っていると。
「最後にボランティアが必要ですねえ~。そこの格好いいお兄さんたち!どうですか~?」
パスツールがスティックで出口のほうを指すと、4人にスポットライトが当てられた。
「やばい。さっさと出よう」
できるだけ目立ちたくない真祐は、アイオンの腕をひっぱったが。
「社会にボランティアは必要です。人と人は無償で助け合ってこそ…」
アイオンは道徳についてコツコツと語り始めた。
「え?だって、格好いいお兄さんたちって…」
トトも同様、興味満々にパスツールを見ている。
「お世辞に決まってます!甘いことを言われてからって、知らない人にホイホイついて行っちゃいけませんよ、兄上」
「んー、でも私は、ジュージュも格好いいと思うよ」
「…それもそうですけど」
そこでお世辞でも否定しないのがジュールである。
結局のところ、3対1で真祐が負けてしまった。



「ボランティアって…投げる側かよ?!」
真祐は叫んだ。
本日二度目の絶叫である。
「ノンノン、投げるのはそこのアルビノのお兄さんね」
パスツールはちっちっちと指を振った。
「あなたにはターゲットになっていただきま~す。固定OK?」
あれよという間に、パスツールのアシスタントたちに拘束されてしまった。
「う、嘘だろ…?こんなの、有り得るはずが…!」
真祐はパクパクと口を動かすのが精一杯。
そうしているうちにも、パスツールがアイオンにナイフを渡すのが見える。
アイオンがにっこりと笑って
「安心してください。パーフェクトに決めてみせます」
などとほざくのもしっかりと聞こえた。
あのヤロウ、なにが“パーフェクトに決める”だ!
こういうときは助けに来るんじゃないのか?
ナイフを受け取りながらニコニコ笑ってる場合じゃないだろ?!
「用意はいいですか~?ウイ・ムッシュ?」
「はい。ウイです」
「では、ミュージックスタート!」
ドドドドンとドラムの音がする。
「これをマスターできたら、アイスに勝てるような気がします」
アイオンは真剣な顔で言った。
「そんなところでライバル意識を燃やすんじゃない!」
「安心してください。僕は、真祐を傷つけないと約束します」
ナイフを一本抜くと、アイオンはそれをすっと構えた。
言っている事とやっている事が矛盾している。
「ぎゃー!!離せ!死ぬー!」
狙いを定められた真祐はパニック状態である。
「行きます。覚悟!」
「覚悟を決めてたまるかああ!」
ひゅっと鋭い音がして、ナイフが空気を切った。



「すごいよ!あと一ミリで刺さるところだった!ブラボー!」
「なるほど。あれが超能力なのか…」
マジックハウスから出てきたトトとジュールは、他人事のように感心している。
「渡されたのはゴム製のナイフだったんですけど、それではつまらないので、パスツールさんの持っている本物とすり替えたんです」
そう説明しながら、アイオンはにこやかに笑う。
「ああ、だからナイフを抜きに行ったとき、パスツールさんは青くなってたんだね」
「そこでショーが中止されてしまったのは残念でした。そのあとは私の番だったのに…」
ジュールが悔しそうに言う。
「そうだね。私は、ジュージュにターゲットになってもらいたかったのに」
「え…私がターゲットなんですか?」
「大丈夫だよ。私だってそれなりに剣術を習ったんだから」
「それとこれは違うのでは…」
「いざというときはアイオンさんが助けてくれるよ」
「そうですよ。心臓に突き刺さらないように気をつければいいだけで」
「…それだけでいいんですか?」
「あ、あと頭にも」
その他だったらナイフが刺さってもいいのだろうか。
パスツールが途中で止めてくれてよかった、とジュールはこのときになってから思った。
あの台に拘束され、(本物の)ナイフが自分に向って飛んでくるのを見るのは、さぞかし恐ろしかったに違いない。
先ほどから黙ったまま、フラフラとした足取りで歩く真祐は、10年は歳をくったような顔をしていた。
「次は、命の危険がないところに行くぞ」
ようやく顔色が戻った真祐の叫びにアイオンがすかさず
「あれなんかどうでしょう?」
指差す先には“コーヒーカップ”が回っていた。
「まぁ、あれならいいか」
しかし、真祐は甘かった。なにしろ、このメンバーである。
「見てよ!あの人達すごいスピードで回ってるよ!」
トトの人差し指の先には猛スピードで乗り物を回している若者のグループがあった。
「せめてあれは超えましょう!」
「うん、絶対に勝とう!」
トトとアイオンが合図もなしに手をがしっと握り合う。
「いえ…私は遠慮させていただきます」
こころなしか青い顔でジュールは身をひいた。
「こういう身体を使うものは苦手なんです」
ジェットコースターのダメージが抜けきっていない今、あれに乗ったら酷い事になりそうだ。
ソフトクリームが器官を圧迫しているのがわかる。
「え、僕は人知を超えた回転の中でジュールさんと「円周率および相対性理論」について語りあうのが夢だったのにっ!」
アイオンの夢は、いつ発生した夢なのだろう…なんて無粋な事は誰も聞かなかった。
「それにさ、人知を超えた回転って…」
真祐が想像するに・・・・生きてコーヒーカップから出る事は難しいかもしれない。

「やめろー殺される~~!!」
と叫ぶ真祐を連れて、アイオンとトトは乗り込んだ。
「ジュージュも!」
「・・・やだ、やだ、やだ!」
「そんな、おもちゃ売り場でおもちゃ買ってもらえない子供みたいな態度しちゃだめだよ」
トトの声に、ジュールはジタバタ足踏みをやめて頬を膨らませ「そんな事ない!」と言った。
まるで、おもちゃ売り場でお母さんに叱られた子供みたいである。
「では、皆乗り込みましたね」
アイオンの声と同時にブザーが鳴り、ゆっくりとカップが動き始めた。

「ほら、もう周りの景色が見えなくなりましたよ」
状況を無視したアイオンののほほんとした声が聞こえる。
「いやっほー!!!!まわせまわせ!」
トトが持てる力の全てを使って中心にある金属の円盤を回している。
二人の間には、死んだような顔のジュールと現実を拒絶したような顔の真祐がいた。
「兄上はこう見えても剣術の達人なのです…だから結構力がある」
「それを早く教えて欲しかった・・な・・・そういえば格闘しているってどこかで聞いたような」

「僕達の姿はよく見えるのに、まわりが見えないと世界から切り離された感じがしますね。
僕は時々考えるんです。こういう状況で人間とは何かって…人間って不思議ですね」
アイオンがぼんやりと回る空を見ている。まるで詩人のような面持ちだ。
「アイオンさんは難しい事を考えているんだね。それともロマンチストなのかな?」
トトは手を動かしながら語りかけた。
「トトさんは人間の正体が知りたいとは思いませんか?」
「まずは、おまえの正体が知りたいっ!!」
真祐が無理やり身体を起こした。
「僕はアイオン・・・真祐、いけません。無理をしてはっ」
アイオンの声と同時に真祐の身体がカップ内の後方に吹っ飛んだ。
そうしてジュールの膝に着地。
「・・・・ははは・・・いらっしゃ~い・・」
真っ青な顔のジュールはやる気0%を通り越して行き着くところまでイってしまったらしい。
「慣性の法則に反した行動は禁じられている世界なのです。ここは」
真面目に語るアイオン。
「UFOもそういう仕組みだってどこかに書いてあったよ。宇宙人に攫われた時にこの経験は役立つね」
と、トト。

“神様、助けて!早くこの人達の空間からオレを救ってくれ!”

柄にもなく、ちょっとやそっとじゃ動きそうにもないジュールにしがみつきながら真祐は願った。


「おっとと…次は何にする?」
トトが足元をふらつかせながら歩く。
「そうですね…」
「次は命の危険性もなく、回らないところに行くぞ!」
真祐は叫んだ。
こうなったら意地だ、命あるかぎり遊園地を制覇しようじゃないか!
そんな思いが彼の中を駆け巡っていた。
どうせ、このメンバーではどこへ行こうと身体と心の安全は保障されないのだ。
「・・・」
ジュールは珍しく黙っていた。
ソフトクリームはどうにか消化されたようだ。
この遊園地というところなかなかハードプレイを要求してくる場所である。
イルミーネ国ではお化け屋敷以上のエンターテイメントはなかったが、ここは桁外れである。
なにしろ、もっと先の未来では「拷問手品」なるものさえあるというのだから、時代は進化とともにより強い刺激を求めるに違いない。

「ねぇ、ジュージュあれはなんだろう?」
トトの声を聞いて、ジュールが見上げた先にはエンジン音を鳴らしたゴーカートが走っていた。

「おお!あれはまさしく私のための遊戯!」
「?」
あっという間に3人の間を走り抜けたジュールは、ゴーカートの係員に何か質問をしているようだ。
係員が首を横に振り、ジュールが少しがっかりした面持ちで戻ってきた。
「どうしたんだ、ジュール?もういっぱいで乗れないとか?」
質問してくる真祐の肩に手を置き、ジュールは溜息まじりにこう言った。
「改造は許されていないそうです…がっかりだな、エンジンをちょっといじりたかったのに」
「…そんな事する必要ないだろう」
「ええ、ないですよ」
珍しく真祐の意見にアイオンが同調する。
「もしよかったら、僕が超能力でリニアモーターカーくらいのスピードで走らせる事も可能かと」
「・・・やめろ」
そんなゴーカートが走っていたら恐すぎる。

「私もうまく走らせられるかなぁ?だって私、馬にも満足に乗れないんだよ…」
悲しそうな顔でトトが聞く。
「馬よりは絶対に簡単だから大丈夫!」
真祐の言葉に顔を明るくしたトトだった。


4人一組で入っていくと、係員に武装スーツとライフルらしきものを渡された。
「あれ…入るところを間違えたのかな?」
真祐が首をかしげる。
「バトルモードというのがあるそうです。ペアで点数を競うらしいく、一人が運転してもう一人が撃つ。全部で2ラウンドありますから、途中で交代して」
「はあ…」
ゴーカートの領域を超えている。
「今年新しく加えられたスペシャルバージョンなんですよ。教育上、15歳以上でないと参加できないんだとか」
「どうりで、今までそういうのを見かけないわけだ」
乗っているのは子供か、親子連ればかりだ。
このバトルモードとやらは、若者たちを惹きつけるために始めたプロジェクトとしか考えられない。
そういうわけで、係員は4人に、新しい設備を試してみてはどうかと持ちかけたのだが。
「お互いに撃ち合うとは、なんとも野蛮な…」
「狩りみたいなものかな?」
ジュールがぶつぶつ言っている間に、トトは着替えて銃を抱えていた。
「平気だろ、アトラクションなんだしさ」
真祐もそんなことを言いながら、銃をひっくり返して調べている。
対戦か…なんだかゾクゾクしてきた。
アイオンの奴め。
今日一日なにがあったのか、忘れたとは言わせないぞ!
これぞチャンス、と真祐は復讐に燃えていた。
「さあ、目の前の敵をぶっ殺そうぜ~」
いたって穏便な口調でそう言いながら、真祐はガシッとトトの肩を抱いた。
「この勝負、絶対に勝とう!」
そう返すトトは、どうやら負けず嫌いらしい。

二人は意気投合しながら、ゴーカートに乗り込んだ。
そして、取り残されてしまったアイオンとジュールは。
「ジュールさん、運転してみます?」
「そうですね。争いごとは嫌いですが、まあ運転くらいなら」
バトルモードというのが気に入らないのだろう。
ジュールはしぶしぶハンドルを握った。
「ということは、僕はスナイパーですか。まるで映画みたいだなあ」
にこにこしながら銃を構えるアイオンは、ちっとも様になっていなかった。



「トト!それはアクセルだ!ブレーキはそっち!」
「ええ?反対側じゃないの?!」
「違ーう!」
トトと真祐はわいわい言いながら、それなりに楽しんでいた。
くねくねと走ったり、急ブレーキを踏んだと思えば壁に突撃したりと、トトは予測不能の動きを披露する。
先ほどのコーヒーカップとまではいかないが、これでは銃を構えるだけでも至難の技である。
その代わり、相手もこちらを狙えない。
今のところスコアは0対0だった。
「トトさんもなかなか手強い。これは壮絶な戦いになりそうですね…!」
アイオンはきりりと表情を引き締めて言う。
セリフだけとれば格好いいが、問題は別のところにあった。
ジュールは、車体に若葉マークが貼ってあってもおかしくないほどに安全運転だった。
トトのように目に付くもの全てに突撃はしないものの、こうもゆるゆると走っていると、別の意味で狙いにくい。
運転というよりは、車の構造を解析しつつ、遠慮がちにアクセルを踏んでいるといったところだろう。
「ジュールさん、もう少しスピード出せませんか?」
アイオンがそうリクエストすると。
「兄上に突撃して、怪我でもさせたらどうするんですか!」
ジュールは、ハンドルにしがみつきながら反論した。
「あの人は昔から危なっかしいんだ…私が傍で目を光らせていないと!」
このスピードでは、トトたちの傍に近寄ることすら不可能であろう。
「今のままでも十分に危ないと思いますけどねえ…」
アイオンにしては珍しい突っ込みである。
「まあいいや。とりあえず撃ってみましょうか」
そう言うと、アイオンはガチリと銃を構えた。
「真祐、こっち向いてください。にっこり笑って、はいチーズ!」
「ふざけてんのかお前は!」
トトが散々車を振り回しているおかげで眩暈がする。
それでも、復讐のためならこれくらいはへっちゃらなのである。
「負けてたまるか!」
真祐は素早く身を起こしたが。
それと同時に、トトがハンドルを180度に回し、車体が大きくカーブ。
「うわあ!ジュージュ危ない!よけて!」
そう叫びながら、トトはメチャクチャにアクセルを踏んだ。
車はそのまま、ジュール&アイオンペアに向って一直線に突き進んでいく。
「そんなこと言われたって、体が反応しきれません!」
ジュールの頭は十分に反応しているのだが、手と足は止まっている。
「ジュールさんは、手足でものごとを考える人ではないんですね」
突撃してくる車を見ながら、アイオンは納得したように言った。
「アイオンさん、超能力でなんとかしてください!」
「そんな無粋なことはできません。なぜって、ゴーカートは互いに全力でぶつかり合って楽しむものだから」
「そんなこと言わずに!ああ~ぶつかる!」
「こういうのを“当たって砕けろ”と言うんですよ。散るのなら、潔く散りましょう」
「私はまだ死にたくない!」
ジュールとアイオンがそんなことを言い合っている間にも、車間の距離はどんどん縮まり。
「くたばれアイオンー!」
真祐は、全身の力を振り絞ってアイオンの頭に狙いを定めた。
「僕は、君の全てを受け止めます!」
それに対して、アイオンは立ち上がって両手を広げ、銃を長刀のように横に構えた。
その刹那。

バキッ

ジュールがハンドルの角度を変えたおかげで、ギリギリのところで突撃をまぬがれたが。
トトと真祐の乗っていた車はそのまま猛スピードで突進していき、後ろの壁にぶちあたった。
「こういうのを、共倒れというのでしょうか…」
アイオンは悲しげに、銃の残骸を見やった。
妙な構え方をしたおかげで、銃と銃が垂直にぶつかり合い、両方とも折れてしまったのである。
『ここで終了!スコアは0対0。これから第2ラウンドに突入します!』
そうアナウンスが入って、運転する側と撃つ側が交代する。
銃は新しいものに取り替えてもらったが、今の対戦からして、勝敗は微妙なところだった。



「トト、接近したらためらわずにトリガーを引け。殺らないと殺られるんだ」
「殺るって…これはゲームなんだろう?」
「それくらいの意気込みがないと負けるぞ。俺たちはここで倒れるわけにはいかないんだ!」
「うん…分かったよ。やってみる」
真祐があまりにも真剣なので、トトはためらいがちに銃を握った。
「でも、ゲームだとしても、ジュージュを撃つのは嫌だな…」
「それなら丁度いい。アイオンを始末してくれ。できれば頭か心臓を狙ってだな、こう、バンッと一気に殺すんだ。あれを人間だと思っちゃいけない。そうだな…地球侵略を企む宇宙人とか、そういう禍々しいものを想像しろ」
アクション映画を見すぎている真祐は、トトに射殺の仕方をあれこれとレクチャーしていた。
ところが。
「フレンドリーな宇宙人だっているはずだ。イルミーネ国と宇宙人文化の間に信頼関係を築くのが、私の夢なんだ」
「そりゃあ…ずいぶんと変わった夢だな」
「これくらいの野望がないと、国王なんて務まらないよ」
トトはえへんと胸を張る。
「もし相手が悪い宇宙人で、“実験材料がいるから人身御供を差し出せ”などと要求されたときには、自分が犠牲になろうと私は決めているんだ。国王は常に民の安全を第一に考えなくてはならないからね!」
「とかなんとか言って、単に自分がUFOの中身を見たいだけなんじゃないのか?」
「…だって、好奇心には勝てないんだもん」
「じゃあ、こう考えよう。アイオンは悪い人間で、その素晴らしい宇宙人文化とやらを滅ぼそうとしている」
「…それは許せない!」
「そうだろう、そうだろう。そんな人類の風上にもおけない奴は撃ってしまえ!」
「宇宙人を保護するためなら、私はなんだってやる…!」
オカルト魂に火がついたところで、洗脳完了。
トトがのせられやすい性格だとは分かっていたが、これほど上手くいくとは思わなかった。
アイオンの役は“全土に毛禁止令を出し、毛フェチ族の生活をおびやかす悪代官”でもよかったかな、と真祐は考えた。
ところで、いまや射殺のターゲットになりつつあるアイオンだが。
アクセルやブレーキをチェックしながら、ふと思い出したように呟いた。
「そういえば、僕は今まで一度も車を運転したことがないなあ」
「くれぐれも安全運転でお願いします」
ジュールが懇願するように言った。
「こちらがゆっくり走っていても、相手が猛スピードでぶつかってくる場合もありますから」
先ほどのトトなんかがいい例である。
兄上は、考える前に手足が出るところがあるから…
ジュールは考えた。
ひょっとすると、これもあの野蛮人の影響なのではないか。
できることなら、あいつの手足にも脳を移植してほしい。
「ハンドルを握ったとたんに血が騒ぎますよ…!」
アイオンが興奮気味にこんなことを口走ったが、サングの脳移植の可能生について真剣に考え込んでいたジュールは気付かなかった。


「あ、あんなものは狙えないよ…」
トトが気後れ気味に言った。
「いや、あいつが普通じゃないから気にすんな」
トトと違って、真祐はそれなりに運転は出来るようだ。
ただし、“それなりの運転”というのは、あくまでもゴーカートにしては上手いという意味である。
普通の人間である真祐は、アイオンのように暴走はしなかった。
「ジュールさん、運転というものは楽しいですねえ!」
と話しかけられても、ジュールは車体にしがみつくだけで精一杯である。
アイオンの運転は、上手いのか下手なのか分からないが、ぶつからないということだけは確かだった。
こちらに向って突撃してきたかと思いきや、すんでのところでUターンする。
ハンドルさばきは見事なものだが、普段のほのぼのした雰囲気からは想像できないほどに乱暴だ。
「ジュール!そいつを止めてくれ!」
「そうだよ!宇宙人の未来がかかっているんだ!」
真祐とトトが口々にそう叫ぶが、コーヒーカップから立ち直りきれていないジュールには、もはや何も聞こえていないようだ。
「ゾクゾクします!運命的なものを感じる!」
運転に夢中なアイオンも、別の意味で何も聞こえていなかった。
あのスピード、ゴーカートだけではあるまい。
おそらくは超能力を使っているのだろう。
ときどき車がジャンプするのだから、そうに違いない。
だからリニアモーターカーはやめろって言ったのに。
注目を集めたくないんじゃなかったのか!
真祐はなす術もなく、この超自然現象を眺めているしかなかった。
そして、不運にもそれに巻き込まれてしまったジュールを。
「アイオンさんて、意外とワイルドだよね…」
トトがこそっと囁いた。
「俺は、あれをブラックアイオンと呼ぶことにしよう」
ひょっとすると、これがやつの本性か?
アイオンのあの穏やかな笑顔に裏があるとは思っていたが、こういう形になって現れるとは。
振り落とされそうになっているジュールが憐れである。
「ある意味で、最悪の絶叫マシーンだな」
真祐はそこまで言って、アレクが同じようなことを言っていたのを思い出した。
――アイスの運転は殺人的なものだ、と。
その荒運転の原因、今なら分かる。
遺伝子に組み込まれたもの、つまりはアイオンから受け継がれたものなのだ。
「俺、あいつが本気で怖い…」
真祐は独り言のように呟いた。

そういうわけで、第2ラウンドが終わるまでアイオンは思うぞんぶん車を飛ばし(車は実際に飛んでいた)真祐はそれをすんでのところでかわし続けた。
アナウンスが入り、二人とも車を止める。
「ものすごい戦いだったね…ちっとも撃てなかったよ」
トトが大きく息を吐いた。
「ジュージュは大丈夫かな。ちょっと放心してるようだけど」
生命反応が残っているか、微妙なところである。
「…ちょっとばかり、殴ってくる」
真祐はトトにそう言い残すと、つかつかとアイオンに踏みより、拳をぐっと固めると。
「目ぇ覚ませ!」
遠慮なく右ストレートを食らわせた。
その衝動でアイオンがバランスを崩して、うしろにある車体にぶつかる。
そのまま、ズルズルと座り込んだ。
「…目が覚めました」
アイオンは目をぱちくりさせて、真祐を見上げた。
「お前は暴走すると大変なんだからな、ほどほどにしとけよ」
「あのままだと、オーバーヒートしていたかもしれません」
「そのときは頭から冷水をぶっかけてやるよ」
「ぜひともお願いします」
二人とも、まるで機械について話しているような口ぶりである。
「変わった愛情表現だね」
「なんたって未来の人たちですから…」
この二人の勝負を目の辺りにしたトトとジュールは、未来の恐ろしさをしみじみと実感したのであった。
さんざんゴーカートを乗り回した4人は次に休憩もかねて、遊園地の中にあるゲームセンターに入った。
「これやってみましょう」
アイオンが早速見つけたのはパンチングマシーン。
備え付けのグローブをつけて的を打つ。
300点満点らしい。今の順位は270点が最高で次に260点…と続いている。
「あれを超えればいいんですね」
「そうだな!」
真祐もこういうものは結構好きである。
「私もー!」
トトが参戦を願った。
「私は結構です」
ジュールは辞退。
「腕力には自信がないもので、もっと言うと知力派なのです」
そんな事を言いながらスマートに下がる。

「よーし」
腕まくりをした真祐だが、彼らの後ろにあきらかにレスラーと見える男性が彼女連れで並んでいるのが見えた。
「あれには負けないぞ!」
彼の叩き出した数字は、275点。
現在TOPである。
「すごいなぁ!真祐さんは」
次のトトの数字は265点。
「…うまく叩けなかったんだよ」
とは、負け惜しみ。

「では、僕の番ですね」
アイオンはそう太くもない腕をぶんぶん振るって気合を入れた。
「真祐!愛していますー!!」
ドガッ!
彼の叩き出した数字は…300点。
「愛の力だ!」
とトトとジュールが笑う中、真祐は顔を真っ赤にして、アイオンを的に備え付けようと考えていた。

「でもさ、あの強そうな人。おかげで散々だったみたいだよ!」
「そのようですね、可哀想に」
彼らの後にいたレスラー風の男性は、彼ら以上の数字が出せず彼女に叱られてしまったらしい。

次にトトが前にしているのはモグラ叩きだ。
「私は負けないよ!」
「こんなにかわいらしい敵でも、敵は敵!」
このモグラ叩きは二人用なので、トトはパートナーに真祐を選んだ。
先ほどのパンチ力と反射神経ならモグラ叩きも期待できる。
「「いくぞ!」」
二人の心が一つになった。
二人は好調に勝ち進み、点数は上がっていった。
ところが最後…「うわ!そこにも出たぞ!トトっ!!」
トトの手には届きそうにない。もちろん真祐にも。
「けーーーーーーーーーー!!」
トトが突然雄叫びをあげ、身体を急反転。ちょうど居合い斬りをする剣士のように胴体を回し手を伸ばした。
「パーフェクト!さすが二人とも」
ジュールとアイオンの拍手を受けて、勝利者たちは照れくさそうに頭をかく。
「さ、リフレッシュしたところで、次は何に行く?」
真祐が今日初めてすっきりとした顔で皆に聞いた。


「それは無理!却下!問題外!」
真祐は全身で否定した。
「ゴーカートであれだけ活躍したんだ、きっと乗れるよ」
トトはそう励ましてくれたのだが。
問題はそこではなかった。
「大の男4人でメリーゴーランドだって?冗談じゃない!」
真祐は意見を変えなかった。
「あれは子供が乗るものなんだ」
「あれもコーヒーカップみたいに回るのかな」
トトはワクワクしたように訊く。
「回らない。それにトトは乗馬が苦手なんだろ?やめたほうがいい」
「そうか…」
とりあえず、トトは説得できたようだ。
次はアイオンとジュールである。
「メリーゴーランドなしの遊園地なんて考えられません」
アイオンはなかなか譲らない。
「あれなら耐えられそうな気がする…乗馬は嫌いではないし」
ジュールは、体力を酷使するかしないかで乗り物を決めているようだった。
「じゃあ、二人で行ってこいよ」
「一緒に乗ってくれないんですか?」
「死んでも嫌だ」
残念そうな顔をしてみせるアイオンを、真祐は冷たくあしらった。
「私たちはここで応援しているよ」
「ああ、精一杯他人のふりをしような」
そう言って、トトと真祐は二人を見送った。
メルヘンチックな音楽が流れ、メリーゴーランドがゆっくりと回り始める。
乗っているのは幼稚園児ばかりであったが、その中に紛れ込んだアイオンとジュールは、ある意味では見物だった。
トトと真祐が目に入ると、満面の笑顔で手を振ってくる。
ジュールの控えめな笑顔はこの状況下でも様になっており、まるで市民に手を振る気高い王族のようであったが、アイオンは念願のメリーゴーランドに乗れて嬉しくてたまらない変態お兄さんといった感じだった。
「あの二人、似たもの同士だよな」
「ジュージュも、フリフリエプロンを持ってるしね」
「……」
それは、できれば聞きたくなかったな…
真祐は、くるりとメリーゴーランドに背を向ける。
それを不思議に思いながらも、トトは律儀に手を振り続けた。


最後は観覧車にしよう、と言ったのはジュールだった。
「あそこからなら遊園地全体が見渡せますし」
それなら害はないだろう…たぶん。
夕方になって、列も空いているかと思ったのだが。
観覧車の前はひどい混みようだった。
それほどにここの観覧車は人気なのだろうか、と真祐が考えていると。
列に並んでいた4人は、こんなことを耳にした。
――観覧車が頂上まで回ったところでキスをすると、そのカップルは永遠に結ばれるらしい。
真祐は無意識のうちに逃げ出したくなった。
考えてみれば、どこにでもありそうな陳腐なうわさである。
ただ、周りにそういう目で見られるのが我慢ならなかった。
だけど、あの二人の場合…
真祐はトトとジュールのほうをちらりと見やる。
「アイオン、行くぞ!」
真祐は心を決めて、アイオンの腕をとった。
「行きましょう」
アイオンはにこにこしながら、真祐の後に続いて観覧車に乗り込んだ。

観覧車が上昇したとたん、真祐は説明しはじめた。
「あの二人は、その…カップルなんだしさ、ここはそーっとしておいたほうがいいんじゃないかと思うんだ」
だから勘違いするなよ、と続けるはずだったが。
「えっ、そうなんですか?」
アイオンは心底驚いたような顔になった。
「…お前、気付かなかったのか?」
鈍いにもほどがある。
あれだけ恥ずかしげもなく愛を叫んでおいて、そんなことに気付かないとは。
「真祐は洞察力がありますねえ」
「いや、普通は分かるだろ。今朝なんか、ジュールがトトを押し倒してたし…」
そこまで言って、真祐は赤くなった。
あそこで自分達が止めに入っていなければどうなっていたのか。
「あれは格闘技ですよ。イルミーネ国のしきたりとかで」
「…絶対に違うと思う」
「二人がベッドですることと言えば、レスリングでしょう。それ以外に何があるんです?」
アイオンが真顔で訊いてくるものだから、真祐は諦めるしかなかった。
「そうだな…俺の勘違いだった」
こいつは何も分かっちゃいない。
だけど、それでいいのだ。
「真祐、疲れましたか?」
「…うん」
「でも、楽しかったでしょう?」
「うーん、どうだろう」
「トトさんもジュールさんも、良い人です」
「ああ、そうだな」
「……」
そこで、アイオンが黙り込んでしまった。
話すことがない。
いつもはアイオンが何かと話しかけてくるから、真祐は適当に答えていただけなのだ。
「どうしたんだよ、眠いのか?」
アイオンが長い間黙っているものだから、真祐は少しだけ心配になった。
アイオンは睡眠時間が短いのだが、どうしたことか、真祐の傍にいると眠たくなるらしい。
こうやって近くで向き合うのも久しぶりだ。
「僕たちも、あの二人みたいに仲良くなれるといいのですが」
アイオンがぽつりと言った。
「真祐はトトさんとモグラ叩きで意気投合するくらいだし、ジュールさんとは、膝枕をしてもらうくらいに親密だし」
「おい、あれは…」
重力に逆らえずに倒れてしまっただけではないか。
もとはといえば、お前らがコーヒーカップで無茶やったからだろうが!
「こんな嫌な感情、久しぶりに思い出しました。気分が悪くなります」
「…吐くなよ」
そんなことを話しているうちに、頂上についてしまった。
窓からは夕焼けが見えて、なかなか良いムードである。
――こ、この雰囲気で二人きりというのはまずいのでは…
真祐はだらだらと冷や汗をかいた。
それには気付かず、アイオンは憂鬱そうな顔のまま、口を開いた。
「永遠に一緒にいられるなんて、僕は信じない」
年中ポジティブ思考のアイオンにしては珍しいことを言う。
「あと5ヶ月2週間、それから3日に4時間32分…」
呪文のように呟きながら、アイオンは真祐の手をとった。
「それまで、僕と一緒にいてくれますか」
なんなのだ、これは。
期限付きのプロポーズ?
真祐は笑い飛ばそうかと思ったが、アイオンは思いつめたような顔をしていた。
ここでYESと言わなければ、今にも窓から身を投げだしそうだった。
「まあ、それくらいなら…一緒にいてやっても、いいかな…」
無性に恥ずかしくなって、真祐はごにょごにょと口ごもる。
「いいから、さっさと手を離せよ。恥ずかしいだろ」
「嬉しいです!それまで、幸せに暮らしましょうね」
人の話など聞いちゃいない。
いつものアイオンに戻っている。
「永遠ではありませんが、それまでは傍を離れないと誓います」
そう言うなり、手の甲に軽くキスをした。
「っ!」
もう一発殴ろうと、真祐が手を振り上げたときだった。
ガタンッと振動があった。
「あ、しまった。無意識のうちに力が…」
観覧車がギギィ…と軋んだ音を立てる。
何かによって動きを妨げられているかのように。
思い当たることは一つしかない。
「また暴走したらタダじゃおかないぞ」
「この瞬間が永遠に続いたらいいなあ、と念じたんです」
「陳腐なこと念じるな!他の客に迷惑だろうが!」
「そうですね。僕たち以上に幸せなペアは、他にはないと思いますが」
「…勝手に言ってろ」
しばらくして、観覧車は再び動き出した。


ちょっと前。

この観覧車という乗り物、今までの中で一番いい。
乗り込んだ後、ジュールはゆったりと席に座った。
そうして注意深く座席を確認してから、もう一度腰掛けなおす。
まさか、座席がこの高さから射出されるんじゃないだろうな?!
今までの体験から、すっかり不信感でいっぱいである。
「ほら遠くが見えるよ!」
トトはすっかり上機嫌だ。
まったく人の気も知らない人なのだから…。
ジュールは溜息をついた。
「そういえば、一番上で…その…何すると永遠に幸せになれるって誰かが言ってたよ」
トトはもじもじとしながら、上目使いで訴えている。
こういうところが知らず知らずのうちに、誘っている事を彼自身知っているのだろうか?
「何って?何?」
いじめたい…。
アイスブルーがトトを見つめる。
「なにかだよ…私もよく聞いていなかった」
なんでもなさそうにニッコリ笑って、再び窓の外を眺めるトト。
兄は天然に見えて意外としたたかな御人なのだ。
あくまで自分からゲームに誘い、相手にカードを出させて、自分は手の内を見せない。
・・・というより、相手がカードを出さないとわかった時は強制的にゲームを終わらせてしまう。
最初は強がりかと思っていたが、そうでもないらしい。
ずるいように見えて、本人は結構真正直に落ち込んでいたりするので注意が必要である。
「永遠という時間は私の心が生きているうちだと思うのです」
ジュールはあえて違う話題に振ってみた。
「そうともいえるし、そうじゃないともいえるね。私は永遠って時間が続く限りあると思うよ」
トトが答えた。

そういえば、この時代。
私達にとっては未来にあたる。本来ならば、当の昔に私達は死んでいるのだ。
もしかしたら、私が将来どのように朽ち果てるかがわかるかもしれない。
イルミーネ国がどうなったのかも。
当然、トトだってその事に気づいているはず。
なのに、彼はこの時間までその事について一言も言わなかった。
「歴史なんかを勉強していると、時間がループしているのに気づく。世の中、時代が変わっても似たような人が必ずいるものなんだ。戦争の武器が変わったり、多少国の決まりが変わる事もあるけれど、不思議な事にどの時代も人は似たような行動をしているものなんだよ。そうして人類が動かしている歴史は繰り返す」
そこで一呼吸置いて、トトは言った。
「私は自分の気持ちを文にまとめたり、絵で表現しているよね。私の作品が後世に残るかどうかはわからないけれど、誰かがそれを見たり…私達を知っている誰かが私達の話を人に伝えれば、それは次の時代に受け継がれる。たとえば、何千年後かの世界で恋人とケンカした男が、ふとした事で私の絵を…ジュージュと私が仲良くしている絵でも見つけてだね。ああ、この人達はなんて幸せそうなんだろうって思ってさ。その結果恋人と仲直りしたら、彼の中に私達は生きていける。その結果、生まれるかもしれない彼の子供の魂の中にも私達が存在する。
だから永遠はあるんだよ。
それにいつの時代か。また私のような人間が現れて恋に迷った時に、私の書いたものを読んでジュージュみたいな人と結ばれるかも。いつの時代にだって私みたいな人は出現するだろうし、その人もきっとジュージュみたいな人が好きなんだよ」
「・・・すごいな、トトは」
「自称思想家なんだよ」
この人の話を聞いていると、ふと現実的ではない何かを信じてみたくなってしまう。
「何度生まれ変わっても、あなたに恋をする…か、信じてみてもいいな」
「愛は永遠なのさ!」
トトは偉そうに言って、イヒヒと笑った。


その時。
突然、観覧車がガタンと揺れて止まった。
「わっ!」
衝撃でトトがジュールの膝の上に飛び乗ってしまった。
「なんだ?故障か?」
ジュールが周りの様子を見ようとするが、トトがしがみついていてうまく身体が動かせない。
「UFOがぶつかったんだよっ!!」
その手はジュールのTシャツが破れるほど強く握りしめている。
「こんな高いもの作るから。大変だ!宇宙戦争になる!!」
「わ、私は周りの様子が見たいのですが…」
「ジュージュが宇宙人の悪口を言ったのがバレて、攻撃を受けたのかもしれないよ!どうするのーこれじゃ永遠どころの話じゃないよっ!」
「私の一言で地球存亡の危機!うん…私の口も出世したものだ」
「そんな落ち着いてる場合じゃないだろ!もしかして、飛行中のスカイフィッシュなのかな?」

やがて、静かな音とともに観覧車は動き出した。
アイオンが超能力で止めていたので当然であるが・・・。

「前言撤回、私は目に見えないものは信じない」
トトにくしゃくしゃにされたTシャツを伸ばしながら、ジュールは言った。
「だって~こんなに高いから、きっと宇宙関係かUMAかと…」
トトはまだ諦めきれないらしく、ぶつぶつと言っている。

「ところでもうすぐ頂上だね」

「わぁー」
夕陽が美しい。
ちょうど遊園地は海側にあるので、夕陽を映す海面が赤く色づいていた。
「この美しさなら認めてもいいよ。何しろ目に見えるからね」
ジュールが言った。
「嫌味だね~それ!」
トトはジュールの膝にちょこっと腰掛けたまま声をあげた。

「ところで、私は目に見えないものは信じられないので・・今は永遠よりも目の前のあなたしか見えない」
「へ?」
「永遠を誓う言葉としてあえて逆の言い方を選んでみたのですが、気に入らない?」
「・・・」

夕陽と海と、ジュールとキザな言葉。
どれもこれもはまりすぎている。

「あ、あの…そんな梅干みたいな口にしてたらキスできない」
トトは反応に困って、いつの間にか口をすっぱい形にしていた。
「ジュージュ知ってたんじゃん!キスをするって」
「知らなかったよー今そう思っただけだもん」
フフと笑ってジュールはトトに顔を近づけた。
「永遠に乾杯」
「乾杯」

合わせるグラスがないから、唇を合わせよう・・・。
先に降りていた真祐とアイオンの二人が、妙にこちらをちろちろ見ているので、不思議に思ったトトは
「二人とも景色はよく見えた?」
とにこやかに声をかけてみた。
「ああ・・」
ぎこちない真祐。
「トトさんたちは愛を誓い合えましたか?僕達はもちろん・・・」
アイオンが言いかけたところで、真祐がその口を後ろから塞ぎ羽交い絞めにする。

二人はうまくいったのだ。
トトはそう思った。

「真祐さんは意外と照れ屋さんなんだね」
「私たちは、もちろん!」
ジュールがおもむろに指を唇に持ってきてニコリと笑うと、真祐は身体の力が抜けたようになり顔を赤くした。
「意外とアイオンさんは情熱的だから、それ以上も求めたのかもしれないよ」
トトがこそっとジュールに言う。
「いや・・彼は・・・」
ジュールは遊園地中でアイオンと組む機会が多かったので、さすがに正体がわかってきたようだ。

しばらく歩いていると
「おなかすいた…」
トトがおなかを押さえながら言った。
「じゃあ、夕食にしましょう!トトさんとは食の好みがあうので楽しみです」
あれを好みの範疇にいれてよいものだろうか?
「ここはアイオンさんと兄上が決められたらいかがですか?」
「え?」
ジュールの発言に真祐は小声で反対した。
「おいおい、あのメダマ―‘Sに決めさせていいのか?」
「ハハハ、まさかそうそうゲテモノ料理の店などないでしょう?大丈夫、兄上はこう見えても美味しい物には敏感な方なのです」
ならば、なぜ変なものしか作らないのだろう?
そこのところをジュールに聞くと「好奇心旺盛だから」と答えが返ってきた。

なにはともあれ、ここはトトの感受性を信じるしかない。

真祐の心配をよそにアイオンとトトは物珍しそうな店を物色し始めていた。