-デパートの中心で毛を叫ぶ-

後片付けを終えると、9時過ぎになっていた。

食後のコーヒーを飲みながら(これは真祐が淹れた。これ以上の騒ぎはごめんだとでも思ったのだろう)アイオンはこう切り出した。
「教授が今日一日遊んできなさいとのことですが、何かリクエストはありますか?」

リクエストという言葉を聞いて、真祐は最悪の状況を想像した。
今朝の朝食(と呼べるものなのだろうか)で垣間見たかぎり、二人ともアイオンに近い。
「この時代をもっと観察できるところがいいですね」
ジュールが間をおかずに言った。
「スリルがあるところ!」
そう主張するトトは、目玉おにぎりのロシアンルーレットがよほど気に入ったらしい。
「…俺は人目につかないところがいい。二人がこの時代に来てることは極秘なんだろ。
できるだけ目立った行動は避けたほうが…」
この3人が行動をともにするとどうなるか。
それは先ほどの朝食で証明済みである。
どうやったら被害を最小限に食いとめられるか、真祐にはとってそれだけが重要だった。
「人がたくさんいて、スリルがあって、それでいて人目につかない所…」
アイオンはろくに考えもせずに、顔をあげた。
「いい場所があります」


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4人は街を歩いていた。
どこに出かけるにしろ、まずはそれなりの服装が必要だと思ったからだ。
というのも、アイオンが提案したのは遊園地。
真祐はすぐさま反論したが、それは彼なりに考えた結果らしい。
「遊園地のどこが人目につかないんだ?」
「人がたくさんいるから、うまく身分をカモフラージュできるでしょう」
過去の人間だとばれたら八つ裂きと同じような刑が待っているのだろうか…と、
それを聞いたトトは不安になる。
真祐は半信半疑だったが。

「あそこのジェットコースターはかなりスリルがあると、この前コマーシャルでやっていました」
アイオンのこの一言でだいたいの状況を把握した。
…つまりは、アイオンが個人的に行ってみたいというだけなのだ。
聞いたところ、二人の時代では遊園地というものはないそうだから、経験としてはいいかもしれない。
そこで、真祐はあることに気がついた。
「カモフラージュはいいけどさ…その格好は問題があるんじゃないか?」
トトとジュールの服装は、この時代では見当たらないようなものだった。
17世紀のヨーロッパあたりなら通用するだろうが…
このままで遊園地に行けば、アトラクションの一つに間違えられる可能生がある。
そういうわけで、4人はこの時代に合う服装を求めて、街へと繰り出したのであった。





真祐のプランでは、デパートか何かで適当な服を買うはずであった。
それなら当たり外れもなく、目立ちすぎることもない。
今朝の一件でトトとジュール、この二人とも強烈な個性の持ち主だということは分かっていたが、それを、そのまま服装に反響させると大変なことになる。
ここは日本なのだ。
この二人、どう見てもアジア系ではない。
トトはまだいいとしても、ジュールはみごとな金髪碧眼。
それに加えてこの長身。
アイオンについても同じことである。
白い髪に赤い眼という色合いは、どこへ行っても目立ってしまう。
アイオンと一緒にいることで真祐も少しずつ慣れてきたが、目立たないに越したことはない。
せめて、ジュールの服だけでも慎重に選ばなくては。
真祐はそう考えたものの。

「あれなんかどうかな?」
トトがらんらんと目を輝かせながら、ある一点を指した。
『一足先に夏をエンジョイしよう!』という馬鹿でかいポスターが天井からつりさげられている。
水着を着た男女が、浜辺でドリンク片手にくつろいでいる図であった。
「どちらの服にします?」
男女のモデルを交互に見比べながら、アイオンが大真面目な顔で訊いた。
「お、男のほうに決まってんだろ!って、そうじゃなくて…あれ水着だから!
お前たちの国ではどうか知らないけど、この時代では、普段ああいうのは着ないんだ!」
「イルミーネ国でも見かけないですね」
兄上はこれのどこに惹かれたんでしょう、とジュールが首をひねった。
トトの好みはひととおり把握しているつもりだったのに。
ジュールは、問題のポスターを睨みつけるように観察した。

「そうかー、残念。ジュージュに似合うと思ったのに」
真祐の必死の説得に、トトはちっと舌打ちする。
「ジュールは何着ても似合うんじゃないか?」
そう言いながら、真祐はもっとマシな服装へとトトを誘導しようとしたが。
「ところがそうでもないんだよ!」
デパートの中心で、トトは拳を硬く握り締めながら叫びだした。

「私は、胸毛を強調するような服がいい!」

トトが「胸毛」という言葉自体を強調したのはいうまでもないだろう。
その一言に、真祐は無意識のうちにジュールの胸の辺りに注目し。
ジュールは反射的に両手でサッと胸をおおった。
「「……」」
そして、お互い自分の反応に気まずくなり、しばしの沈黙。
アイオンだけはノーリアクションで
「そうですか。では店員さんと相談してきます」
トトの言葉をそのまま受け止たらしく、すたすたと先に歩いていく。
「馬鹿!やめろ!」
我に返った真祐が、ガシッとアイオンの腕をつかむ。
店員さんに「胸毛を強調させる服はありますか?」などと訊いたあかつきには、二度とこの店には来れないだろう。

「ジュールもさ、胸毛なんか気にすんなよ」
不満そうなアイオンをズルズルと引きずってくると、真祐はジュールに話しかけた。
「俺ずーっとアメリカにいたんだけど、向こうじゃあ胸毛くらい当たり前だし、生えてない人がおかしいってくらいで…だから、生えてるのが男のステータスだと思えよ。な?」
真祐はなんとかしてジュールを慰めようと、あることないこと、思いつくままにまくしたてた。
それが逆に、ジュールを自尊心をズタズタに切り裂いていることには気付かずに。
「そう…ですね、男のステータスとは…よく言ったものです」
まさか、この段階になって「実は自分には生えていないのだ」とも言えない。
ジュールは、奈落のどん底に突き落とされたような気分だった。

――毛。

今までどれだけ悩まされてきたか。
聞くだけで嫌気がさすほどで、いい加減この言葉がトラウマになりつつあった。
「そうなんですか?」
アイオンも、その話にはびっくりしたようで
「僕はないんですけど…あの、男失格でしょうか?」
悲しそうに、おずおずと訊いてくる。
「お…お前はいいんだよ。どうせ普通じゃないんだし」
本人が真剣なだけに、真祐はふきだしてしまった。
「あ、でも胸毛用の付け毛があるって聞いたことがあるけど…」
そんなの悪趣味だよなー、と続くはずであった。
しかし。
「それだ!それこそ私が長年求め続けていたもの!」
トトは感激したように、ガシッと真祐の両手をとった。
不老不死の薬か何かと勘違いしているらしい。
「兄上、毛は服の一部に入りません!」
ジュールの抵抗も、毛モードに突入してしまったトトの前では無に等しい。
「じゃあ、あれなんかはどうです?」
アイオンはアロハシャツを着たマネキンを指した。
前のボタンはとめていないが、これはどうやら、胸元のアクセサリーを強調したいようであった。
下は短パンにビーチサンダル。
「この際ですからジュールさん、男のステータスを思い切りアピールしちゃってください」
アイオンが人畜無害な顔でにこにこと笑いかけてくる。
「せっかくですが…遠慮させていただきます」
ジュールは、今にも死にそうな顔で無理矢理笑い返した。
「私はアイオンさんに賛成!」
トトがすかさず手をあげる。
「トトさんも、ジュールさんには南国的な雰囲気が似合うと思いますよね」
「そうだよ!この胸のはだけ具合が最高なんだってば!」
「この格好でウクレレを弾くと様になりますよ」
「ゲットするなら暗めの色かな。毛がよく見えるようにね!」
この二人、話していることはまったく違うが、口調は合っている。

ジュールの様子がどこかおかしいと気付き始めた真祐は、話に熱中しているトトとアイオンをおいて、彼に向って手招きした。
「あのー、もしかして、逆に…その…毛が…」
真祐は言葉につまった。
しかしジュールは彼が何を言いたいのか察したらしく、ぐったりと頷く。
「ご、ごめん。俺、ものすごい誤解をしていたようだ」
「いいんです…」
ジュールは、はーっとため息をつく。
「兄上は重症の毛フェチなんです。あれくらいはまだまだ序の口」
真祐はトトのほうをふりかえる。
フェチの兄上は、胸毛について熱論している最中であった。
「私が、初めて毛に対して抗いがたいほどの魅力を感じたのは12,3歳の頃だったかな。
初めて見たHな本…と言っても女性の裸を扱ったものだったのだけれど、相手の男性の毛がばっちり!だったんだよ!もちろん胸毛がね。もう、たまらなく大人の男を感じたものだよ!
その瞬間のドキドキ感は今でも忘れられない」
「ほぉ…」
トトの毛話を聞きながら、アイオンは真面目な顔でメモを取っている。
彼にとっては、愛着も愛情の一種なのであろうか。

真祐は二人を見ながら溜息をつきつつ
「…お前も苦労してるんだな」
「身の危険すら感じます」
そう言うジュールの声には、今までの苦労がありありと現れている。
「まあ、落ち込むなよ。男は毛だけじゃない」
不憫に思った真祐は、なんとか慰めようとした。
「毛くらい大したことないって。どうせそのうち抜けてみんなハゲになるんだから、あと50年もすれば…いや、40年かな…」
「…なんの話をしているんです?」
どうやら真祐には、話をしているうちに脱線するくせがあるらしい。
「そ、それはともかく。あの付け毛の広告、どこで読んだのか覚えてないけど、必要だったら調べてやるから!色は金でいいんだよな?」
「……」
真祐はぽんぽんとジュールの肩を叩いた。
これでジュールが元気付けられたかどうか、微妙なところである。
「とにかく、このビーチエリアから離れよう。もっとカジュアルなもんじゃないと、遊園地どころか街すら歩けない」



「先ほどの反応からすると、ジュールさんはだらけた格好が嫌いなんですね」
そう言って、アイオンが黒いスーツを一着持ってきた。
「これなんかどうでしょう」
「それはちょっと…」
真祐が反対する前に、まだ回復しきれていないジュールが口を開く。
「そうですね…これは安心感がありそうだ」
水着や前の開いているアロハシャツに比べれば、たしかに安心感があるだろう。
「試着してみてください」
真祐がこれ以上何か言う前に、アイオンはジュールを試着室に追い込んだ。
その間、姿の見えないトトであったが。
「えへへ、自分用に買っちゃった…」
恥ずかしそうにして着ているのは、例のアロハシャツではないか。
黄色の生地に、オレンジと赤のハイビスカスがちりばめられている。
「トトさんも胸毛を強調させたいんですね…いいなあ」
アイオンが羨ましそうに言う。
「実をいうと、私にはないんだよ」
「そうなんですか!では、生えていない同士がんばりましょう」
二人の間に妙な仲間意識が生まれるのを目撃した真祐は、胃が痛くなった。
――頼むから、そういう意味不明なことで感激しないでくれ。
そうしている間に、試着を終えたジュールが出てきた。
黒いスーツに深紅のシャツ。
「これは首に巻くものなんですか?」
使い方が分からなかったらしく、黒のネクタイを手に持っている。
スーツはいいとして、この色合いはどうなのだろう。
アイオンのセンスに任せたのが間違いだった…と、真祐が頭を悩ませていると。
「それ、首のあたりがきつすぎるんじゃない?もっと緩めないと息ができないよ」
そう言いながら、トトは一気にシャツのボタンを3つもはずしてしまった。
どうやら、まだ毛を諦めきれていないらしい。
「トトさん、センスありますねえ。ホストみたいで格好いいです」
「いや、ホストはまずいだろ、ホストは…」
この格好、違う意味で注目されるのではないか。
もう誰にも頼るまい、真祐はそう決心した。



「ジーンズとTシャツ、これ以上カジュアルなものはない!」
真祐は有無を言わせない態度でそう宣言し、「私はもっとエクセントリックな服が…」と言うトトにまでもジーンスを押し付けるありさまだった。
「買い物に何時間かけるつもりなんだよ。さっさと出発するぞ!」
こうなったら他人の意見など聞くまい。
真祐は意地になっていた。
「遊園地だろうがどこだろうが、行ってやろうじゃないか!」
その言葉に闘志のようなものが感じられたのは、おそらく気のせいではないだろう。