-炎の創作料理人VS絶対零度の料理評論家-

…長い一日になりそうだ。


朝飯前だというのに、真祐はすでに一日の終わりのように疲れていた。
早朝に叩き起こされたかと思いきや、あの地獄にも近いミュージカルにつき合わされ、クタクタになって帰ってきたのが7時過ぎ。
眠いわ、腹は減るわで、今までの人生でこんなに最悪な日はなかったんじゃないかとすら思える。
公園で何があったのか、思い出すだけでもおぞましい。
あそこで起こった悪夢のような出来事は全て記憶の底に封印しよう、と真祐は決心したのだった。
それと同時に、トトとジュールに対する“もしかするともしかして、この人たちは21世紀に慣れていないだけで普段は通常なのかもしれない”というかすかな思いは粉々に砕かれてしまった。

「おお、ジーザス。俺が何をしたというのですか。誰かこれを夢だといってくれ…」

そう言って大きく息を吐くと、真祐はぐったりとソファに沈み込んだ。
テーブルにはマラカスがちょこんと、遠慮げに置かれている。
こんなもの金輪際見たくない。できれば全て燃やしてしまいたい。
ムスッとした顔で座っている真祐を見て、アイオンは言った。
「空腹だから機嫌が悪いんですね」
「誰のせいだと思ってんだよバカヤロー!何が“オレと踊ろうぜ”だ!頭イカれてんじゃないのか?!あんなふざけた歌…歌いやがって…」
怒鳴っているうちに元気がなくなってきた。
そこへ、アイオンがすかさず質問。
「では、空腹ではないと?」
「そ、そりゃあ、腹が減ってるのは、たしかだけど…」
腹が減っていては戦はできないのである。
「安心してください。真祐のために、僕がスタミナ満点の朝食を作りましょう」
アイオンが、やる気満々といったように袖をめくり上げる。
「あのミュージカルから学ぶものは多いです。まさに創作料理のインスピレーション!」
あれがどうやったら料理のインスピレーションになるのか、真祐には理解できないが、ああいうものは理解できないほうが幸せなのかもしれない。
アイオンの話にふむふむと頷いていたジュールですら、一瞬首をかしげたように見えたのだから。

しかし、興味を示したのが一名いた。
「やっぱりアイオンさんは創作料理派なんだね。あなたの料理本のコレクションを見て、ビビッと来たんだ!」
トトは興奮気味でまくしたてた。
「実は私もすごく興味があるんだけど…隣で観察してもいいかな?」
真祐は、信じられないものを見るような目でトトを眺めた。
ひょっとすると、料理本というのはあれだろうか。
『ゲテモノを調理する!インセクト偏。タランチュラから白蟻まで、チャレンジャーなあなたへ挑戦!』
とかいう不気味な本を、真祐は先日見つけたばかりだった。
それを見てビビッと来るトトは、いったい何者なのだろう…

「観察と言わず、一緒に作りましょう!」
そう言うと、アイオンはトトを引っ張るようにしてキッチンに向った。
壁に掛けてあるエプロンの数々から、アイオンは慣れた手つきで一着選び出した。
サーモンピングのチェック柄。
真ん中にはデカデカと“Love is all you need”と刺繍されている。
――愛こそが全て。
「うわあ、ずいぶんと可愛いエプロンだね」
トトが歓声をあげる。
「よく言われます。しかし…」
なぜなんだろう…とアイオンは悩む。
可愛いというよりは、真祐のいうようなクールな人になりたいのだが、どこで道を間違えたのか、本人はいまだに分からない。
アイオンが表情を暗くして考え込んでしまったので、何かまずいことでも言ったのかとトトはヒヤヒヤした。

「こういうのはロマンチックというのです、兄上」
いつの間にかついてきたジュールが助け舟を出す。
「あ、なるほど…そのエプロン、ロマンチックでいいね!」
「そうですか?」
先ほどまでの深刻なムードはどこへやら、アイオンはパッと表情を輝かせた。
この立ち直りの早さ、ある意味では稀にない才能である。
褒められて気をよくしたのか、アイオンはもう一着エプロンを取ってトトに渡した。
「トトさんには、これなんか似合いそうですよ」
こちらもピンク。
しかもふんだんにフリルがついていて、結婚ほやほやの新妻が着るようなシロモノである。
これが本当に似合うんだろうか…と、トトは顔をしかめた。
「ジュージュはどう思う?」
弟なら冷めた目で判断してくれるのではないか。
そう思い、トトはジュールに意見を求めたのだが。
「これはいい!実にいいですよっ!」
なんと、両手を広げて盛大に賛成しているではないか。
「兄上がそのエプロンを着て料理を作ってくれるのなら、これ以上の至福はありません!」
とまで言うものだから、トトもだんだん乗せられてきた。
「そ…そうかな?」
「「そうです!」」
ジュールとアイオンの声がハモった。
ここまで言われてはしかたがない。
トトは、おずおずとエプロンを身につけた。
鏡がないから自分の姿は見えないが、穴のあくほど見つめられていると思うと無性に恥ずかしい。
「ジュージュはリビングで休んでなよ。料理は出来てからのお楽しみ!」
照れ隠しをするように、トトはジュールをキッチンから追い出した。
…そういえば、弟もこれに似たようなエプロンを持っていたのではないか。
トトはそんなことを思い出しながらも、アイオンとメニューについての打ち合わせを始めた。

一方、リビングでは。
「あまり期待しないほうがいいぞ。トトはどうか知らないけど、アイオンに限っては、この世のものとは思えないもんが出てくるに決まってんだから」
真祐はジュール相手に、今までの思い出をこつこつと語っていた。
「この前なんか、フランス料理を極めるとか言って、近所でカタツムリを採ってこようとしたんだ。あいにく梅雨の季節じゃなかったから一匹も見つからなくて…そしたらあいつ、タニシにしようとか言い出して」
「エスカルゴですか。美食家ですね」
「いや…見かたによってはそうなんだろうけど」
ジュールの的を得ないコメントにめげず、真祐は続けた。
「一番危なかったのが、たまねぎのスプラッタ風!キッチンにドリルやらのこぎりやら持ち込んで、生のたまねぎをズッタズタに切り刻んでるんだぜ。そのときの、あいつの嬉しそうな顔といったら」
「それほどに刻んでも涙が出ないとは、彼の涙腺はどうなっているのでしょう。医者の立場からして非常に興味深い…」
このジュールという人物、思った以上に手強い。
アイオンの料理の非常識さに感心をしめすのはいいが、どこかズレていないだろうか。
話しているうちに、真祐はだんだん嫌な予感がしてきた。
「それを血のようにトロリとしたスープに浮かべて、外科医みたいに両手を真っ赤にして
“さあ遠慮なくお召し上がりください”とか言うんだぜ」
「血のようなスープ?」
「本当はクランベリー・ソースなんだけど、見た目からして鮮血みたいで…」
「たまねぎにクランベリー・ソース!これは面白い組み合わせだ」
駄目だ…結局はこの人も常識ハズレなところがあるのだろう。
真祐はこれ以上ジュールを説得しても意味がないと悟った。

そうしているうちにも、キッチンではアイオンとトトの創作料理ペアが、今朝のインスピレーションをもとに朝食を作っていた。
気のせいか、笑い声まで聞こえる。
「ところでさ、トトの作る料理ってどんな感じなんだ?」
少なくともアイオンよりはマシなのだろう。
いや、そうであってくれなくては困る。
真祐はそんな願いを込めながら、ジュールの返答を待った。
「そうですね…」
ジュールは少し考えたあと、トトの創作料理についての過去を暴露しはじめた。

「兄上は基本的に辛いものがお好きで…」
「辛口カレーとか、ホットドックにマスタードは欠かさないほう?」
「いえ、そんなに生易しいものでは…トムヤムクンは5辛(×5)以上、この前、一緒にラーメンを食べに行ったら、真っ赤な坦々麺を注文されていました。どうも特注を頼んだようです。
そういうわけで、彼が作る料理も辛味が重要になるらしく…」
「ようするに激辛派なんだな…」
人は見かけによらない。あんなにも、ぽわーんとした見かけのトトが激辛派だとは。
「この前は、味噌田楽を作ったと言って、持ってきたものは真っ赤な塊でした。
どうもコチュジャンと七味唐辛子を混ぜたものを豆腐と蒟蒻に塗りつけて焼いたらしい。
私は辛いものが苦手なので、申し訳ないけれど周りのものを全部はがしていただきました」
「へ・・へぇ。それでトトはそれを食べたのか?」
「ええ、ビールと一緒に。つまみには味の濃いものが必要だよね!とか言っていたな、たしか…」
「う・・」
真祐が眉をしかめると、ジュールは何を思い出したのか、ふと笑った。
「そういえば、初めて作ってくれたのはケーキだった」
「唐辛子ケーキとか??」
「いえいえ、普通の…ケーキ…??らしきもの??」

ジュールの話によれば、ある日トトが元気いっぱいに「ケーキを作る!」と宣言したそうだ。
アイオンが料理を作った一日目を彷彿とさせる。
創作料理派が料理を始める時の勢いはすごいのだ。
そして、負けず嫌いのトトは本も見ずにケーキを製作し始めた。
材料は、小麦粉と卵の黄身と砂糖。
分量も何も考えずに泡だて器で掻き混ぜ…生地が少しもふっくらしない事に疑問を抱きつつ、半日も掻き混ぜていたらしい。
「私も、途中でベーキングパウダーと卵の白身は入れたのかどうか聞いたんですがね」
しかし、強情なトトにジュールの有難い助言は届かなかった。
「卵は黄身の方が栄養があるんだよ!」
と言い、その液体をカップに入れて、オーブンに投入したらしい。
「カップケーキ!」

だが、出来上がったものは妙なものだった。
カップの上部に薄い膜のようなものがついている。中身は空洞だ。
「食べて・・」
と遠慮がちにトトは言った。

「それで?食べたの?」
噴出しそうになりながら、真祐はジュールに聞いた。
「一応。食べるほどの量もなかったのですが…」
ジュールはくすくす笑いながら、「あれで、なかなか困った人だから」と言う。
ジュールの様子を見ると、これはこれで、二人には微笑ましいエピソードなのだろうと真祐は思ったが、これから出される料理はかなり不安だ。
何しろ、コンビを組んでいるのはアイオンなのだから。
注意も助言も、さらに勘違いをレベルアップさせるだろう。
「そういえば、変態友達と新しい飲み物について研究していた事もありますね…。メロンソーダとミルクティーを混ぜるとヨーグルトの味になるとか」
「できれば、そんなものは出てきて欲しくないんだけど」
やっぱり不安だ。

「できた!できたよ!」
トトの声に、真祐はビクッと飛び上がった。
今までの話からすると、とんでもないものが出来上がったに違いない。
キッチンからひょっこり顔を出すトトは、満足そうに微笑んでいる。
このピンクのフリフリエプロン、アイオンが着ると不気味に見えるが、心なしか小柄なトトには
似合っている。

「まずは第一作目から」
トトがそう言うと、トレイに乗せた料理を、アイオンがうやうやしく運んできた。
「揚げ納豆のおむすびです。炊きたてのご飯を一口サイズに握り、表面に納豆をからめる。納豆の味付けにはマスタードとワサビ、そしてハーブを一つまみ。オリーブオイルでさくっと揚げて、表面がこんがりきつね色になったら、モッツァレラ・チーズをまぶして出来上がり。
熱いうちに召し上がってください」
口調からして、この揚げ納豆のおむすびのモッツァレラ・チーズあえ、なかなかの自信作のようである。
ワサビとモッツァレラ・チーズの組み合わせはよく分からないが、これならなんとか食えそうだ…
と、真祐がホッと一息ついたのもつかの間。
次の料理が運ばれてきた。
「南国カレー超甘口風です。ジュールさんの言うことにも一理あるなあと思って、辛いものは一切排除し、甘いものを徹底的に放り込んでみました。マンゴー、キーウィ、パッションフルーツ、オレンジジュース、ココナッツ・ミルク、チョコレート、蜂蜜、練乳、ヨウカン、わらび餅…」
アイオンの甘いものリストは延々と続く。
真祐は、それを聞いているだけで吐きたくなってきた。
練乳やヨウカン、わらび餅のどこが南国なんだよ、という突っ込みは、吐き気と共に飲み込む。
「味は保証できませんが、甘さは命にかけて保証します!」
そんなものに命をかけられても困る。
そもそも、超甘口風というのはなんなのだ。
そんなファンシーな名前をつけても、まずいものはまずいのである。

「納豆おむすびにこのカレーをかけると、一段と美味しくなると思うのだけれど」
そう付け加えるあたり、トトもチャレンジャーなのだろう。
「そして、忘れてはならないのが目玉焼きです!」
勢いをつけたアイオンは、更なる料理を披露する。
パンパカパーン、というBGMつきで。
この音楽、どこから流れているのだろうと思いつつも聞いていると、それはトトが背後で歌っているのであった。
前もって二人でリハーサルしたのだろう。
どうやら、まだミュージカルの熱が冷めていないらしい。
「目玉焼きというよりは、目玉の串刺し・バーベキュー風ですが。目玉本来の風味を味わっていただきたくて味付けは塩コショウでさっぱりと仕上げました。 焼き具合は、ステーキ風にいうとミディアム・レアです」
笹の葉に乗っているのは、串にささった何か。
一見すると団子ようだが、それにしてはプリプリしている。
これのどこが目玉焼きなのだろうか…
そう思いながら、真祐がそろそろと皿を覗き込むと。
「うわああ!今…目が、目が合ったぞ!」
串に突き刺さっているのは、本物の目玉だったのである。
取り乱している真祐の隣で、トトが口をはさむ。
「鯛の目玉をくりぬくの、私も手伝ったんだよ。それにしても、いい感じに焼けてるね」
ということは、キッチンには目玉をくりぬかれた鯛の死体がゴロゴロ転がっているのだろう。
ナチスも真っ青の大量惨殺の現場。
それを限りなくリアルに想像してしまった真祐は、今すぐトイレに駆け込みたくなった。
「そうそう。言い忘れていたけど、この国には刺身という生魚を食べる習慣があると聞いたから、ちょっとしたお遊びで、揚げ納豆おむすびの一つに生の目玉を隠しておいたんだ。生で食べる鯛の目玉のトロリとした濃厚な舌触りに加えて、スリルも満点!ロシアンルーレットなみの楽しさ!」
トトがのせられやすい性格というのは本当のことだろう。
フリフリエプロン姿のまま演説する彼は、アイオンのテンションを見事に引き継いでいた。
「最後に、朝食にはかかせない味噌汁。これはトトさんが渾身の力を込めて調理した力作なんですよ」
アイオンが燃えたぎる釜をテーブルの上に置き、トトが解説をはじめる。
「あの忘れられないミュージカルのように燃える一品!それはまるでマグマのように熱く激しい!」
味噌汁どころではない。
このグツグツと煮える液体は、マグマそのものではないか。
「味噌汁というから、具はスタンダードにワカメと豆腐。色を加えるためにトマトケチャップとチリソース、それに豆板醤とラー油、ボリュームを加えるためにキムチ。最後に忘れてはならない赤味噌」
和風なのか洋風なのか、それとも中華なのか。
ビビンバ風に釜に盛り付けられているところからして、韓国料理なのか。
できればどれか一つに絞ってもらいたい…
この一口飲むだけで喉が焼けそうなマグマ味噌汁を眺めながら、真祐は希望が失われていくのを
ひしひしと感じていた。
「「さあ、味見を!」」
アイオンとトトが箸とスプーンをマラカスのごとく振り回しながら迫ってくる。
その剣幕に思わずあとずさった真祐を、ジュールが受けとめた。

今の今まで一言もしゃべらず、これらの食べ物と呼べるかすら分からないものを気難しい顔つきで見つめていたジュール。
真祐のように驚きを顔に表さず、淡々と料理を採点していたジュール。
自ら美食家を名乗っているジュール。

「…美食家の立場からして言わせてもらいます」

そんな彼がたった今、威厳たっぷりに言葉を綴りはじめた。
「まず、この中で一番料理の基本を無視しているのは、マグマ味噌汁」
「え~」
トトが不満な声を上げる。
「トト!前も言ったように、料理の辛さの元は1種類で十分。多くても2種類。それ以上加えると味にまとまりがなくなり、しつこくなるんだ。だから、いくつもの香辛料をバランスよく混ぜて味を出すカレーは料理の奇跡と呼ばれているんだよ」
「ぶぅ~でも、美味しいんだよ。味見もしたし」
やはりトトは不満そうだ。それを無視して、ジュールは話を進める。
「次に!例にも出したカレーだが…」
と、ジュールは「アイオン作 超甘口カレー」に手をつけた。
「わっ!吐くぞ!」
真祐が後ろから制止したのにもかかわらず、スプーンで一口に含む。
「うーん」
首を傾げるジュールにアイオンが
「押忍!評価はどうですか?」
と、武道家らしく聞いた。
「これは…いいかもしれない。調味料として…」
「は?」
真祐は耳を疑った。
自称“美食家”はやはり“自称”なのだろうか。

ジュールは棚からミキサーを取り出し、鍋のカレーを投入。
その際、ヨウカンとワラビ餅は丁寧に取り除いた。
カレーをミキサーに入れてよく攪拌させる。

カレーをミキサーで・・?
・・もう、これ以上はよしてくれ・・
と真祐は叫びたかったが、それ以上に好奇心が疼いた。
これもアイオンの影響だろうか?

「ここに普通のカレーを作るための香辛料はありますか?」
ジュールが聞くと、アイオンは元気に「はい、古今東西全ての香辛料をそろえています」と答えた。
「それじゃあ、はじめるか…そこのきみ、私にもエプロンをっ!」
「はい!ジュールさんには度を越えたクールなエプロンをご用意します!」
アイオンが自室に消えた。
そうして持ってきたエプロンにトトが目を輝かせた。
「やらし~v」
それは、黒いレースがふんだんに使われたシースルーのエプロン。
「こんなのどこで買ったんだ…」
との真祐の呟きに、アイオンは「秘密!」とかわいくウィンクをしてみせる。
「まぁ、これしかないなら、いいでしょう」
ジュールはスケスケエプロンを身につけ、真祐に聞いた。
「あなたは、このまま食べたいですか?」
「NO!」
この際、アイオンとトトの心境を考えている暇はない。
ともかく、このままよりは多少ましにしてもらいたい。

「では、少し待っていてくださいね」

そう言って、ジュールはキッチンの奥に消えた。
何かを料理しているようだ。包丁さばきも様になっている。
スケスケエプロンさえなかったら、りっぱに料理人に見えるだろう。

やがて、彼が運んできたのは
「鯛のお吸い物と鯛の身を使ったそぼろです」
「次は納豆揚げ」
次々と皿を並べる。
彼が作ってきたのは、意外にも和食だった。

「一応、余っている材料で作り変えました。目玉焼きを基準にね」
目玉焼きを基準とは、どういう事だろうか?
「マグマ味噌汁はもう変えようもないし。しいていうのならキムチチゲにする事もできたけれど、まとまりがよくない。…意外かもしれませんが、この中で一番まともなのは目玉焼きかな」
「え・・?!これのどこがまともだというんだ?!」
果てしなくグロテスクな代物に見えるが。

怒鳴る真祐にジュールは言った。
「グロテスクに見えるけれど、実は鯛の目玉を好む人は多いんです。兜煮にする場合、目玉は外せない。と言う人もいるくらいですから」
「へ・・へぇ」
それはイルミーネ国だけじゃないのか?
少なくとも、真祐が育ったところではそんな好みは聞いた事がなかった。
「さすがに、目玉だけを調理するというのは初めてですが、それにしてもあんな新鮮な鯛を目玉しか使わないのはもったいない!」
「僕はいつでも新鮮な材料を厳選するようにしているんです」
美食家に褒められた!とアイオンは胸を張る。

「それなのに、使うのは目玉だけなのか…できれば全てを塩焼きにして欲しかった」
と、真祐の独り言。


ジュールは料理の説明をし始めた。
「まず、鯛のお吸い物と鯛のそぼろ。これは言うまでもないでしょう。鯛の頭から出汁をとって長ネギと麩を浮かべました。その際、頭は取り除きました。目だけがない姿は痛々しいですから。あと、そぼろは鯛の身を焼いて、その後軽く味付けをして炒ったものです。
どちらも姿を出さないようにしました。鯛が真祐さんのトラウマになるといけないので」
うんうんと真祐が頷く。
「次に納豆揚げ。納豆を揚げるというのは不思議な発想だけれど、工夫してみるとなかなかイケるよ」
次にうんうんとトトが頷く。
「ああしても、まぁ・・・いいけど、より食べやすく作り変えてみたんだ。山芋をすって、刻んだレンコンと納豆を入れる。それをのりで巻き、軽く片栗粉をつけて揚げる」
「これは?」
真祐が納豆揚げの隣に茶色い泡を発見した。
「それは、醤油をムース状にしたものだよ。醤油を直接つけて食べるより、柔らかい感じになると思って。お好みで辛子をどうぞ」

「ところでカレーはどうしたの?」
トトが聞いた。
「あれは、朝食にはボリュームがありすぎると思って、あっちに置いておいたのだけど」
ジュールはキッチンの鍋を指差した。
「トト、カレーも食べたいよぉ」
と、トトが言うのでジュールは仕方なさそうにカレーを運んできた。
「最初のカレーをマンゴーチャツネペーストみたいに使ってみた。もう一つ辛いカレーを作って、味のバランスを整えるために、これを投入したわけ」
「ふーん」
「では、いただきましょうか」
アイオンの合図とともに、皆で試食会兼朝食。

「これが、どうして、こうなるんだ?」
アイオンの「揚げ納豆おむすび」とジュールの「納豆揚げ」。
食べ比べてみると、同じような材料を使った揚げ物には思えない。
前者は…どうにか食べられるが、モッツァレラ・チーズが納豆の濃い香りと交じり合って、かなりくせのある味に仕上がっていた。
「くせになりそうじゃありませんか?」
とアイオン。
「くせにはならないけど、くせのある味なのは確かだ」
真祐がコメントする。
後者は、飲み屋で出てきそうな創作料理だった。
レンコンのさくりとした半生加減が柔らかく粘り気のあるベースの素材を引き立てている。
ムース状にした醤油も辛すぎずちょうどいい。
「これはとてもお酒に合いそうだね」
と、トトのコメント。
「えへへ・・ばれちゃった?」
「また~朝から呑みたくなるよ」
実は、この兄弟かなりの酒好きである事が後々判明する。

「真祐、目玉焼きをどうぞ!」
嬉々とした表情でアイオンは目玉を真祐に勧めた。
「う・・」
思わずひいてしまう真祐にジュールが横からそっと
「お吸い物に入れると、たぶんそれほど違和感なく食べられるよ」
とアドバイスをくれた。
恐る恐る口に入れる。
いい言い方をすれば、コラーゲンをそのまま食べている感じ。
でも中心に硬いところがあって、そこは出した。
「今、真祐が食べたところは…」
アイオンが人体図鑑を持ってきて説明を始める。
「人の眼球でいうここの部分です」
「…その本を閉じろ」
悪趣味にもほどがある。
思わずこみ上げてくるものを押さえて真祐は言った。

「私も、ここはよく解剖した」
目玉を食べながらジュールが言っている。
やはり、医者が手術後に平気でモツ鍋を食べられるというのは、本当らしい…。
トトは、マグマ味噌汁にアイオン作の揚げ納豆おむすびを入れて食べている。
残り物を食べているとは結構律儀な人らしい。
「こんなに美味しいのに、何で皆食べないの・・?」
…そうでもないらしい。

その他、ジュールが作った鯛の吸い物は美味しかったし、鯛そぼろはまた作って欲しいほど美味だった。
そして、意外な事に超甘口カレーもレストランで出される「南国風カレー」の味。
辛いカレーの中にもほのかなフルーツの甘みを感じるまっとうなトロピカルカレーに仕上がっていた。

「このカレーは辛すぎませんか?これでは甘口に口説けない」
カレーを食べるアイオンのコメントにジュールは答えた。
「辛い中に甘い味が必要なんだよ。辛口ばかりでもいけない。甘口ばかりでもいけない。
バランスを取らないと、相手も退屈してしまう」
「そうか!押忍!」
「なんだよ、押忍って・・・」
アイオンの不思議な返事にすかさず真祐がつっこみをいれた。
「僕は、これから男らしくクールに生きようと思っているんです。そのほうが真祐の好みだというので」
言ってない!言ってない!と真祐は首を振る。
「一時期、料理を作る事も考えたのですが…男らしい男がするものか?なんて」
「それは違うよ」
トトが口を挟んだ。
「料理を作る男って男らしいと思うよ。それに男らしさって必要な時に発揮できればいいんじゃないかな」
「やはり、そうですか!僕は間違っていなかったんですね。男らしさを発揮する時…例えば、お二人にとってはベッドの上ですね!」
アイオンの言葉にトトが赤面して箸を取り落とした。
「「ベッドの上で虎になる!」これから格言にしよう。「リングの上では虎になる」にかけた言葉です」
真祐が目玉焼きを片手に白目をむいている中、唐突にジュールが笑い出した。
「たしかに!ベッドの上ではマグロよりも虎のほうがいいかもしれない!」

もしかして、この人(ジュール)確信犯か?!
かくかくと壊れた人形のようになった真祐。
まずい!このままでは“アイオリズム”に染まる…。
というより、そもそも過去から来たこの二人は、本当にアイオンと相性がいいのかもしれない。

「うわっ!」
とアイオンが声をあげてガッツポーズ。
「僕のおむすびの中に、目玉がっ!当たり!当たりです!」
「わぁーーーいいな!!私にも半分おくれよ!」
普通なら遠慮するところだが、トトは半分もらって喜んでいるようだ。
「本当にトロリとしているよっ!」
しかも大興奮。
そばで見ているジュールが苦笑している。
その様子は間違いなく“アイオリズム”と呼べるものだった。