-歌え!愛の歌-

これが夢だったらどんなにいいだろう。

そう思うのはこれで何度目か、真祐にも分からなくなっていた。
なぜかは知らないが、休日だというのに朝の6時の起こされ(アイオンが言うには愛妻家のスキンシップなんだとか)、過去から来た二人組にイチャイチャっぷりを見せつけられ(アイオンは未だに格闘技だと信じて疑わない)、こともあろうが、アイオンがそれを実践してみたいと言い出して…

「調子にのるんじゃない!」

半分頭が眠っていた真祐だが、ここでようやく目が覚めた。
というよりは、身の危険を感じてアドレナリンが全身を駆け巡ったといったほうがいいだろう。
真祐だって格闘技は好きである。
押し倒されたとたん、アイオンの腕をむんずと掴むと、窓めがけて投げ飛ばした。
力の入れ具合がいまいちだったらしく、窓から数センチの先にある壁にぶつけてしまったが、凄まじいほどの衝撃音からして、技はうまく決まったようだ。
アイオンのベッドはそうとう頑丈なのだろう。
4人で乗っかって、暴れて、締めくくりに真祐が投げ技を披露したにも関わらず、軋みすらしなかったのだから。

トトとジュールはというと、発見されたときのポーズのまま、呆然とこのスタントを見ていた。
盗み聞きしたときの甘い雰囲気はどこへやら、この二人、とても恋人同士には思えない。
もしかすると、私たちはとんでもない勘違いをしていた…?
そればかりでなく、人の部屋で行為に及ぼうと…
「!!」
疑問はだんだんと確信へと変わり、トトとジュールは慌てて飛び起きた。
一方、何事もなかったかのように立ち上がったアイオンは
「朝の運動にはレスリングが最適ですね。しかし、まずはストレッチしないと辛いかもしれません。柔軟性が何よりも大切ですから」
と、のほほんとした口調で語っている。
しかし、今ので骨の一本や二本折れていてもおかしくない。
さすがに真祐も悪く思ったのか
「大丈夫か?」
などと訊いている。
ところが、アイオンの返事はというと。
「ええ、壁にダメージはないようです」
「それならいいけどさ、もうちょっと場所と場合を考えろよな。この前キッチンの壁に穴開けて
後片付けが大変だったんだから」
「そうですね、次は気をつけます。しかし、すばらしい投げ技でしたよ。お見事です!」
「…そうかな?いつ襲われてもいいように、こっそり練習してたんだ」
アイオンに褒められて、真祐はどこか嬉しそうである。
なんだかんだ言いながらも、この奇妙なテンションに慣れているらしい。
アイオンの趣味が格闘技というのは、もしかすると彼の影響なのではないか。
小柄だけど、さっきの投げからしてタダモノではない…
トトとジュールがそんなことを考えているとは知らず、真祐は二人を振り返ると。

「えーと、はじめまして。蓮実真祐です。高校一年生。生まれは日本だけど、アメリカ育ち。
一人暮らしの初日にこいつとおぞましい…じゃない、奇妙な出会いをして、今では同居人ってことになってる」
そこで、真祐はいったん言葉を切ると、深く息を吸い込んだ。
「アイオンが何を言ったのかは知らないけど、全部嘘だからな。信じるんじゃないぞ」
表面上にこやかに笑っているのだが、笑顔からにじみ出るオーラが恐ろしい。
トトとジュールは、作り笑いを返しながら頷き、自己紹介する。
そこへアイオンが割って入った。
「真祐、彼らに無闇に抱きついてはいけませんよ。メスで八つ裂きにされます」
「…誰が抱きつくんだよ、誰が」
真祐はアイオンに白けた視線を向けた。
「でも、メスで八つ裂きなんて物騒じゃないか?アイスじゃないんだからさ…」
「そういえばアレクが、抱きつくどころか肩に触れただけでメッタ切りにされそうになったと言っていましたよ」
「アレクは特別なんだろ。普通の人がそんなことしたら即死だぞ」
「それもそうですね。アイスはああ見えても、かなりの照れ屋さんですから」
そのアイスという人物が例の拷問師なのだろうか。
今の会話で、トトとジュールの頭の中には、“アイス=ところかまわずメスを振りまわす凶暴な連続殺人犯のような男”というイメージが出来上がっていた。
トトは、隣にいるジュールにこそっと囁く。
「未来にそんな切り裂きジャックみたいな人がいるなんて。夢に出てきそうだ…」
オカルトはオカルトでもスプラッタは好みではないらしく、トトは本気で怖がっている。
「平気ですよ。時代が違うのだし、顔を合わせることはないでしょう」
ジュールはそう言いながらも、ふとしたことを思い出した。
「私はどちらかというと、アイオンさんの言うのこぎりが気になります。さっきはあの雰囲気に騙されて、聞き流してしまいましたが」
「…まるでジェイソンみたいだね」
「…言われてみれば確かに」
切り裂きジャックとジェイソン。
できればどちらも遠慮したい。


「しまった。遊んでいるうちにこんな時間になってしまいました。公園に出かけましょう」
言葉とは裏腹に、アイオンはのんびりとクロゼットからギターを選び出した。
「ジュールさんにはリュートでしたね。トトさんは何かいります?」
「わ、私はいいよ…っ!」
アイオンに話しかけられたトトはあからさまに狼狽し、両手を振った。
彼の想像の中では、アイオンがジェイソンのようにのこぎりを振り回しているらしい。
「真祐のためにラブソングを作ったんです。今日はそれを皆さんに披露しましょう」
そう言うアイオンは自信満々である。
「…俺も行くのか?」
真祐が不安げに訊いたが、それは質問というよりは独り言に近かった。


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電車を乗り継いでたどり着いた先は、狭くもなく広くもない公園だった。
小さな林や池があったりと、眺めは悪くない。
ホームレスらしき人物が10人ほど、ベンチの横に集まっている。

「おお、ようやく来たか兄ちゃん!待ちくたびれちまったよ」
「今日は新しい歌を披露してくれるんだったな」
「俺はそれが楽しみでよう、昨日の夜なんかろくに眠れなかったぜ」
彼らに口々に話しかけられたアイオンは、にこやかに返答する。
「おはようごさいます皆さん。遅れてしまってすみません」
アイオンはギターを地面におろすと、三人を紹介し始めた。
「今日は友達を連れてきました。トト・イルミーネさんとジュール・アルキュードさん。そして、こちらが…」
こちらは紹介するまでもなかった。
「知ってるぜ。真祐って人だろ?」
「兄ちゃんのラブソングのヒロインだもんな。この辺じゃあんたは有名人だぜ」
「ひゅーひゅー、ヒロインのおでましだ!」
それを聞いた真祐は、湯気をふきそうなほど真っ赤になった。
人前でなかったら、アイオンを池の底に沈めていただろう。
「お、金髪の兄ちゃんもギターを弾くのか?」
ホームレスの一人が、ジュールの持っているリュートに目をとめる。
「これはリュートというんです」
ジュールはそう答えながら、軽く弾きながらリュートの音を慣らす。
なかなかの腕前である。

アイオンはギターを抱えると、ジュールにこう話しかけた。
「合奏したら楽しいと思いませんか、ジュールさん」
「あなたとなら、合唱だって大歓迎ですよ」
二人して顔を見合わせ、にやりと笑う。
それを見て、トトはわくわくした声で真祐に言った。
「何を演奏してくれるんだろう。楽しみだね」
「…耳塞いだほうがいいんじゃないか?」
「なぜ?」
真祐がトトの質問に答えることはなかったが、その必要もなかった。
問題の二人が、さっそく合唱しはじめたのである。
ベンチの裏にある林の中から、ポロロンとリュートの調べが流れてくる。

アイオンとジュールはこそこそと打ち合わせしてから、二人で林の中へ消えた。
一体何を企んでいるのだろうか?
やがて、ルネッサンスを感じさせる古典的オープニングセレモニーが流れ、歌が始まった。
それは、歌というよりセリフに近かった。

「今も昔も変わらぬ愛の物語~」
「過去から未来に届けるメッセージ…」

ギターの音はしないが、明らかにアイオンの声も聞こえる。

「きみに届け!愛の歌!」

リュートを抱えたジュールが林の中から姿を現した。

「はじめは誰でもこわいもの。
でも、ある日気づく。
心を暖めてくれる存在に」

次にギターを抱えたアイオンが姿を現した。

「心に触れた途端に、恋に落ちることもある。
でも、今日に到るまでが恋の道筋だと知った」

「み・・ミュージカル??」
真祐は顔を引き攣らせた。

一つのベンチを挟んで、アイオンとジュールはくるくると回る。

「こうして僕達は一緒にいる」
「幸せ~」
「それなのに、心を悩ませる~」
「悩ましげな貴方・・」

・・・・・
空に向かって手を掲げた二人。
「悩ませるのはなぜ~?」
二人してハモってから、突然伴奏の調子が変わった。

ジャカジャカ!ジャーン!!
激しいギターの音。
ジュールのリュートもリズミカルな音を弾く。
「いくぜ!野郎共――――!!!」
ジュールが激しくシャウトした。

「彼はいつからハードロックをおやりで・・?」
真祐がおずおずとトトに聞いた。
「知らない…」
トトも驚愕しているようだ。頬がヒクヒクしている。

音楽がクラシックから突然ハードロックに変わった。
二人は激しく身体と頭を揺らして、吼えた。
「オレは臆病な男さ!いいや、いい男になりたいだけさ!」
「クールに決めて、ドライになりすぎて、結局はピンクのエプロンに落ち着くっ!」
「だから、いつもキッチンに立つなっていってるだろ!そこはオレの聖域さ!」

「いいぜ!兄ちゃん!!」
「もっと吼えろ!!!」
ギャラリーも激しい音楽に燃えてきたようだ。
異常な熱気が立ちこめつつあった。
「大辛口のカレーなんか食べんなよ!俺は甘口で口説きたいだけ」
「味噌汁に入れた鯛の目玉は愛の証~!だって大きな身にたった二つしかない~」

「ベッドで見る夢は宇宙船に乗るオレの姿~いっそキミの上に乗らせてよっ・・おっと、ここから先は大人の世界~」
「キミに触れる瞬間は投げ飛ばされる時。夢見心地~家具なんて気にしないで、オレを見て!」

トトは熱気に飲まれているようだ。爛々と瞳を輝かせている。
ホームレスたちがわぁわぁ騒いでいる中、真祐は早くも後ろを向こうとした。
「か・・帰りたい・・」
すると、その背中に何かが投げられた。
反射的に振り返り、キャッチしてみるとそれはマラカス・・。
「Ya!彼氏!オレと踊ろうぜ!」
一人称が”僕→オレ“に変化したアイオンがウィンクして親指を立てている。
続いて、同じものがトトにも投げられた。
「軽快なリズムに抱かれちまいな!」
こちらもすっかり口調が変わったジュールが投げたものと思われる。

すると、突然トトが「FOOOOO~~!!」と奇声をあげて、激しく腰を振り始めたではないか?!
マラカスを頭の上で振りながら、腕をくねくねと泳がせる。
「いけーーーー!!」
周りの人々も、それに合わせて激しく腰を振るダンスを始めた。
「おおお、おい・・」
真祐が止めようとするが、まったく無駄な努力。
あいかわらず歌は続いている。
「頭をぶつけても頬が熱い~!」
「想いが熱いからさっ!」
「でも~納豆揚げる時、覗き込まないで~危ないから~」
「OH!YA!!キミの熱い視線に焦がされそうさ!」

「ひっ!」
突然、最前列にいたホームレスが倒れた。興奮しすぎて失神してしまったらしい。
真祐も異常な熱気を感じ、自分一人まともなのが、おかしく思えてきた。
おずおずと、トトがしている“妙に低重心の激しくあやしい踊り”を真似てみる。
―GOOD BYE・・・“常識”
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「こうして~一つの愛は伝説になった~」

というブロードウェイを思わせる二人の合唱によって、「近隣に迷惑かけまくり劇場」は幕を閉じた。


「えへへ・・」
トトが恥ずかしそうに下を向いて笑う。
「私、実はちょっとノリやすいほうなんだ」
「…だろう・・ね」
醒めた反応をしてみせる真祐も人の事は言えないので、それだけに留めた。

「兄上!」
「真祐!」
合奏を終えた二人が駆けてくる。

「ひさしぶりに燃えました!こんなに大成功するとは思わなかった!」
「本当にっ!真祐も愛のリズムに浸ってくれましたしね」
アイオンがニコリと微笑む。
「いや~・・あれは・・あの場では…」
そう言ってかわそうとする真祐をアイオンが突然抱きしめた。
「イルミーネ流の挨拶です。僕達も取り入れてみましょう!」
「・・・」

そんな二人を見て、トトとジュールはお互いに瞳を合わせた。
「やっぱり、ラブラブなんだよ。あの人達」
「うん。そうかもね。
それより、私はあなたがノリ過ぎて脱ぎだすんじゃないかと心配でした…」
「惜しかったね!」
「またまた・・」
苦笑するジュールの後ろで、マラカスを武器にした第2ラウンドが始まろうとしていたが、二人には見えなかった。