-後日談その1、毛ヘブン~それは天国~-

今日、トトは珍しくおしゃれをした。
髪をよくとかして癖など目立たないようにし、服も大好きなレモン色の服に着替えた。
昨日の夜にためしたキュウリパックのおかげか顔もツヤツヤだ。
眉毛も整えたし、爪も切った。

心地よい雰囲気を演出したテラスには、作ったばかりのココナッツカレーペースト付フレンチトーストと北の海で取れたトドの煮付け。これには梅昆布茶が合うだろうと思い、用意した。
果たして彼は喜んでくれるだろうか?
トトの脳裏に彼と料理を作った楽しい時間が蘇る。
あんなに楽しかったのは久しぶりだった。

そんな彼がもうじき現れると連絡があった。
場所の特定は難しいため、塔の城付近に…としか聞いていないが、彼は国賓扱いだ。
白い髪赤い目のアルビノの青年が現れたら、バストール国王と同等のもてなしをするようにと触れを出してある。

やがて女官に伴われた彼が現れた時、トトは歓喜の声をあげて近づいていった。
「アイオンさん!」
「トトさん、おひさしぶりです!」
「さぁ、こちらに!」
トトはテラスのほうへアイオンを案内した。
アイオンは畏まって席に着き
「おや、ジュールさんがいらっしゃらないようですが…」
と聞いた。
「ああ、ジュージュは外交の仕事があって、ちょっと遠くに行っているんだよ。今日あたりに帰れるかもしれないって行っていたけれど、どうかな?」
「そうですか、残念です」
「ところで、あ・・あれは??」
「もちろん持ってきましたよ」

アイオンが小脇に抱えていた紙袋をトトに渡す。
それこそが、トトが待ちわびていたものだった。
トトは異常なほどに嬉しそうな表情を見せてから、ちらりと紙袋の中を覗く。
そして「ウヒッ!」とあやしい声を立てた。
「すごくうれしそうで僕も嬉しいです」
「私がこれをどんなに待ち焦がれていたか、欲しかったかわかる?」
ウヒヒヒ…と、やはりあやしく笑いながら、トトは震える手でブツを取り出した。
「毛全集!」
さっそくページをめくって、トトは再度アイオンを見つめた。
「毛だよ!」
「はい」
「ごめん…私もう止められそうにない…悪いけど、そこに用意した料理勝手に食べててくれる?」
そう言うなり、トトは「毛全集」を読み始めた。
これでは、なんのためのもてなしかわからない。
しかし、アイオンはそんな事も気にせず、並べられた料理をニコニコと食べていた。
「このフレンチトースト美味しいです。甘いフレンチトーストにカレーがこんなに合うなんて!早速真祐にも作ってあげよう。それとこれは何の肉ですか?梅昆布茶がとても合います」
「それはトドだよ。結構珍しいと思って」
本に熱中しながら、トトは答えた。
「トドですか!はじめて食べる感触。このドロリとした舌触り、独特の匂い…くせになりそうです」

「これ!」
突然トトが叫んで、アイオンにページを見せた。
「一般的な男性の胸毛だって!大興奮だよね!」
「僕も毛の勉強をしたいと思っているんですよ。やはり一番は胸毛ですか?」
「そうだよ!私の好みはいわゆる“恥じらいの胸毛”なんだ。誇らしげにモッサリと身体中に毛が生えているよりも、“実はこんなところに毛が…あっ!…”みたいのがいいんだよ。
それに腕毛は好きじゃない。腹毛は…まぁ胸毛の延長なら許せるけど。基本はやっぱり胸だね!」
「そうですか。僕はまだ生えていないんですけれど、真祐はどう思っているんでしょう?」
「あ、そういえば真祐さんは?」
「ちょっと用があるそうで…。今度また一緒に来ますよ」
「そう…じゃあ今度が楽しみだね」
そう答えると、トトはアイオンの身体をじっと観察するように見つめた。
「このさい、お互い恋人がいないからいろいろ研究しようよ。アイオンさんは恥じらいの胸毛があったほうがセクシーだけれど、そう量は多くない方がいいかもね。せいぜい1~3本くらいが適量かな?」
「それだけでいいんですか?僕は最悪の場合、毛皮のチョッキを着て真祐と接しなければと覚悟を決めていたんですが…」
「う~ん」
アイオンが白いチョッキを素肌にまとったら、白ウサギみたいに見えるだろう。
「かわいらしさを追求するんだったら、いいかもね。でも、セクシーさとかクールさを強調したいなら、もっと少ない方が効果的だよ。“え!この人にも胸毛がっ…v”っていう意外さが」
「う~ん。奥が深い」
しばらく考えた後、アイオンは自分の髪の毛を一本プツンと抜いて、それを胸のあたりにくっつけた。
「こんな感じでしょうか?」
真剣な眼差しだ。
すると、トトは急に悶え始めた。
「すごい!…なんてセクシーでクールなんだ!…ごめ…私、もうやられてしまいそうだよ!」

「兄上、何にそんな興奮しているんです?」
冷静そのものの声に、アイオンが振り返るとそこにはジュールがいた。
「もう帰ってきたの?」
「まるで帰ってこられては都合が悪いみたいですね。おや、これはアイオンさん」
「お邪魔しています」
「アイオンさん、胸に髪の毛がついてますよ」
ジュールが取ってあげようとすると、アイオンが身を翻した。
「すみません。これがベストポジションなんです!」
「は?」
不思議そうな顔でジュールはトトを見る。
「まさか、兄上。また変な毛フェチ知識を人に植え付けたんですか?」
「わ、私は毛フェチじゃないよ!ただ少しばかり男らしさにこだわっているだけさ」
言いながらトトは「毛全集」をそっとテーブルの下に隠した。

「ところで、アイオンさんはどうしてまた我が国へ?」
「秘密の約束のためです。おっと、もうそろそろ真祐が帰ってくる時間だ。僕はもう帰らなければいけません。短い時間しかご一緒できなくてすみません。でも今回は新たな料理も教わったし、セクシーさとクールさを引き出す方法を学ばせてもらいました。じゃあ、また今度。その時は真祐も一緒です」
「ではまた今度。近いうちにまたお会いできる事を楽しみにしていますよ」
「ありがとう!アイオンさんには一生感謝するよ!」
トトとジュールに見送られアイオンは帰っていった。

「・・・・」
「・・・・」
「なに?」
「兄上、私に何か隠していませんか?」
「なにも」
「・・・・(疑いの眼差し)」

その日の夜。
シャワーを浴び終わったジュールがトトのベッドを覗くと、トトが素っ裸のままで何かの本を読んでいる。
「トト、パジャマを着ないとダメだよ。それとも着たくないの?」
ニヤリと笑ってジュールはトトの横に寝そべった。
トトの読んでいる本はカバーが掛けられていてタイトルが見えないが、そうとう夢中になっているらしい。
ジュールのほうを見向きもしない。
「トト…愛の決闘をしましょうよ」
笑いながら、ジュールはトトのおなかを撫でた。
「ひゃ!ダメ。今いいところなんだからっ!」
「本なんて明日でもいいでしょう?」
「これはすごい!」
「なんの本を読んでいるんです?」
「・・・」

おもむろにトトがジュールをじっと見た。
もちろん、つるりとしたその胸を。
「ここのところ、私には幻が見えるんだよ。このあたりに恥毛が…」
「ん?!」
ジュールは驚愕の面持ちで自分の身体を見た。
「恥…も…??ここに?」
「くぅ~!だから、未来に行った時も胸毛を強調する服がいいって言ったのに!」
「・・・・」
ジュールにはトトの持っている本の題名がわかった。
できればわかりたくなかった「毛全集」というおぞましい本だろう。
「トト。自分の理想が幻覚として現れるって結構重症だよ。まずはその問題から目を背けたほうがいい」
ジュールは冷静を装って言ったが、その声は低く重く震えていた。
「いろんな胸毛のパターンがあるみたいだけどさ、私が好きなのはこのAタイプ」
「胸毛にタイプなんてあるのか?!」
つい普段叫ばないジュールも叫んでしまった。
そして、渋い顔をして枕に顔を埋める。
「どうせ、私は生えていないですよ…」
「大丈夫!この本には胸用付け毛の事も載っているから!それにもう少し大きくなったら生えるかもしれないよ!ジュージュ」
「もう十分すぎるほど成長はしています。私は胸毛の生えた自分は好みじゃないんです。でも、生えた方がトトは好きなんでしょう?ああ、でも生えたらどうしよう!でも、生えなかったらどうしよう!もともと自然に生えていればよかったのかなぁ?そうすれば、堂々としていられたのかなぁ?」
「そこまで気にしなくていいよ…」
「え?」
正直、こんな簡単にトトが引き下がるとは思わなかった。
明日から胸用付け毛の着用を命じられるかと思っていたのだ。
「あ、でもトト…」
「私、しばらくこの本で満足するから」
トトの爆弾発言に、ジュールは泣きそうになった。
「やだ!私に満足してくれなきゃやだ!」
そう言って、トトの上に乗る。
「大丈夫だよ。私、ジュージュには満足しているから」
トトはしがみついているジュールの髪を撫でた。
「そんな本に負けてなるものか…」
「大丈夫だって…」
そう言いながら、トトは「毛全集」を自分の本棚のどこに置くか考えていた。
ベッドの横にある本棚の一等地は未来で買った「1001シリーズ」が占めている。
あの上にこっそりと置こう。
いつでも手が伸ばせるようにね…イヒヒ。
なんてトトは考えた。




ところで…
「ほら、あなた。できましたよ!」
「お!サンキュ!」
マントに開けられた穴は妻のジュリエットが縫い合わせてくれた。
「マントマン復活だ!待っていろ、ダブルソフト!」
「どなたですの?ダブルソフトさんって?」
優しげな口調でジュリエットは聞いた。
「マントマンなオレと互角以上の戦いをした奴だ。本名はチョコミントクッキーアイス・ダブルソフトという」
「まぁ、ダブルソフトだなんて。きっと優しげなイメージの御方なんですね」
「う~ん、まぁな」
たしか、そんな名前だったな…?
これが新たなる死闘の引き金になるかも知れない事・・なんてマントマンが考えるはずもない。

とりあえず、今日のところはこの世界は平和そのものだった。