-後日談2 北極ロマンス~紫外線とトドを求めて~-

「毛全集?」
「ええ。絶版になっているので、取り寄せるまでに少々時間がかかりましたが、マニアの間では重宝されている本でして」
「で、お前はそれをわざわざ届けに行ったと」
「はい」

タイトルからして怪しい本である。
しかし、トトほどの毛フェチなら欲しがるのかもしれない、と真祐は思った。
それにしても。
「しまった!毛がベストポジションから外れてしまいました!」
…これはどうにかならないだろうか。
数本の髪を手に一人騒ぐアイオンを見て、真祐はなんともいえないような気分になる。
真祐は、アイオンがトトと同じく毛フェチの道を選んだ日には、実家に帰ろうと心に決めていた。
今のままでも十分に変なのだ。
それがパワーアップしたところなんて、想像したくない。
「これからはモットーを“セクシー&クール”にしようかなあ…」
本気で悩んでいるアイオンに、真祐は言った。
「なあ、アイオン。俺は毛なんてどうでもいいんだけどさ」
「はい」
「…そのルックスについて、本音を言ってもいいか?」
「どうぞどうぞ、遠慮せずに」
どうやらアイオンは、他人のコメントが欲しいようである。
お言葉に甘えて、真祐は遠慮なく言わせてもらった。
「まず、髪の毛を胸につける魂胆が分からない」
「これは一種のシミュレーションですよ。実際に生えてくるときに備えて…」
「次に!」
それ以上聞きたくないというように、真祐はアイオンをさえぎった。
「お前は髪も肌も白い。そんなところに髪の毛があっても、ちっとも目立たないんだぞ」
「…え」
それには、さすがのアイオンも言葉を失くした。
「そ、そんな…それじゃあ、僕はこれからどうすれば…?」
グラグラと床が揺れはじめる。
これは地震ではない。
アイオンはなんらかのショックに陥ると、無意識のうちに自己防御システムが働き、当たり一帯を破壊してしまうのだ。
この力、使いようによっては恐ろしい。
「そんなところで力を発揮するんじゃない!」
こんな下らないことで精神的なショックを受けるアイオンが、真祐は心底情けなかった。
しかし、ここはなんとかアイオンをなだめなくては。
真祐は苦し紛れに言った。
「そ、そういえば腹が減ったなあ。今晩の献立はなんだ?」
それを聞いて、アイオンはぱっと顔をあげた。
「トドのシチューです!」
「は?」
頭の切り替えが早いやつだな…と真祐は心の中で悪態づく。
「イルミーネ国でいただいたトドの煮つけがあまりにも美味しかったので、真祐にもぜひ食べさせようと思ったのです」
アイオンはいそいそと出かける用意をした。
買い物に行くつもりらしい。
「最近のスーパーマーケットでは、トドの肉を売ってんのか?」
その問いに、アイオンは真剣な顔つきでしばらく考えた後。
「…そういえばないですね」
がっくりと肩を落とした。
「諦めろ。また今度、遊びに行ったときにでも…」
ところが、アイオンは諦めきれなかったらしい。
「いいえ!今晩の献立はトドと決まっているのです!」
そう言うが早いか、二階に駆け上がって、分厚いコートをとってきた。
「僕は北極に行ってきます!」
「…なんで北極?」
「トドは北のほうに生息しているのでしょう?北極になら必ずいるはずです!」
「そうかなあ…」
「そして、夏の北極といえば紫外線!」
アイオンはぐっと拳を握り締めた。
こんなに熱くなるのは、ゴーカート事件以来である。
真祐はとんでもなく嫌な予感がした。
「ついでですから、肌をこんがり小麦色に焼いてきます。そうすれば白い毛でも目立つはず!」
アルビノは肌が弱いと聞く。
小麦色に焼ける前に水ぶくれが出来てしまうのではないか、と真祐は思った。
「夜までには帰ってきます!」
「…いや、普通に考えて無理だろ」
午後の4時である。
スーパーマンでもない限り、日本から北極に飛んで、夜までに帰ってこれるはずがない。
アイオンは、そんなことはお構いなしに
「生まれ変わった僕を、楽しみに待っていてくださいね!」
と大げさに言うと、冬用のコートを羽織って、この炎天下の中、飛び出していってしまった。
トドのシチューと、日焼けしたアイオン。
できれば、どちらも遠慮したい。
――あまりにも酷いようだったら家出しよう。
いざというときに備えて、今のうちに荷造りしておいたほうが賢明かもしれない、と真祐は考えるのだった。