-白い華(Snow Flower)-
マクシミリアンが目覚めたのは、豪奢なベッドの上でだった。
しばらく頭がぼんやりとしていたが、姿勢を変えると、急に右前頭部に殴られたような痛みを発して、彼は唸った。
何が…あったのだろうか。
少しずつしか思い出せない。
ただ…理性がはっきりとしてくる度、強烈な花の香りに全身を包まれたかのような錯覚を覚えはじめた。
そして、なぜか、まだその香りが身体に残っているような…。
軋む身体を無理やり起こし、彼は開かれた服の中を覗くと、自身の身体に点々と紅い花びらが散っているのが確認できた。
「…ディアヌ…」
名を呼んでから愕然とした。
最後に達する時も、その名を呼んだのではなかったか…。
「ディアヌ!」
マクシミリアンが叫ぶと、扉が開き老婆が入ってきた。
「ご気分はいかがでございましょうか、国王陛下」
「おまえ…」
「国王陛下がお倒れになったとお聞きして、こちらまで…」
ボソボソとしゃべる老婆を睨めつけながら、マクシミリアンは怒鳴った。
「ディアヌはどこだ!」
「落ち着いてくださいまし、陛下!陛下は、たった今お倒れにっ!」
「嘘を申すな!ディアヌを出せ!」
マクシミリアンがフラフラと部屋から出ようとするのを、老婆は必死で止めようとするが、所詮若い男の力にかなうはずもなく、押し切られた。
「ディアヌ!」
「お待ちください!陛下!」
背中から、老婆の声がする。
マクシミリアンは、召使達がおののく中、恐ろしいまでの形相で屋敷を進んだ。
そして…先ほどの中庭のテラスに出た時。
「ディアヌ…」
アルキュード侯爵夫人は、白いドレスが半分ずれ落ちたような状態で、椅子に腰掛けていた。
その姿は艶かしいほど美しいが、その瞳は現実を一切拒絶しているかのように空を見つめていた。
「ディアヌ!」
マクシミリアンが、侯爵夫人の胸ぐらを掴み、無理やり顔を上げさせた。
「陛下…」
「貴方と初めて会ったとき、白い花が咲いていた。夏の花だと知って、ここにも植えた。貴方が初めて私の誕生日に、歌を歌ってくれた。優しい声だった…優しい声だった」
「・・・おまえは、自分が何をしたかわかっているのか」
「ううっ・・」
嗚咽をもらし、ディアヌの瞳から涙があふれ出た。
「好きになってくれると思ってた。幸せになれると思ってた。私も…」
「そんな身勝手な!」
「貴方は誰かを選び、その人は幸せになり…他の人も皆、幸せになっていく。なのに、なんで私一人幸せになれないの!このまま、この夏の花の中で、一人朽ち果ていくのを待つだけで…誰もが私を嘲笑する。哀れな侯爵夫人…かわいそうなディアヌ…」
「そんな事のためだけに…」
「そうよ…そんな事のためだけよ」
マクシミリアンは、ディアヌに2・3言、罵るような言葉を発した後・・・・。
「もう、ここには二度と来ない!」
と、背中を向け去っていった。
ディアヌの手の中にある花が潰され、朽ちた。
「いかないで・・貴方・・行かないで・・・」
酷い事を言われてる最中でさえ、私の口は、同じ言葉しか発する事のできない…人形のように。
「あなたが好き、あなたが好き・・・あなたが好き・・・」
どうしたらよかったのだろう…。
神様が私の頭を殴りつけたみたいにぼぉっとする。
優しい貴方…欲しくて、どうしようもなくて…。
酷いあなた…認めたくなくて。
本当は、人に何を言われようと関係なかった。
そんな事もあなたはわかってくれないのですね。
優しい声を、初めて与えられた喜びを、忘れられない女が一人いて。
その女の想いを、手紙と言付けの一つで終わらせた。
私は、どこにその気持ちをぶつければいい。
愛する貴方に、本当のことが言えない気持ちを。
酷い、憎らしい、この世で最も恨んでも・・・・
「あなたが好き」
想いはやがて重みに耐え切れず、捻じ曲がり、私自身を変えていった。
どんなに傷つけられても、私自身を貴方に刻み込みたい。
そのかわり、悪魔との取引は魂を代償にした。
貴方の中の優しいディアヌはもうどこにもいない。
ディアヌが空をみると、青く澄んでいた。
「融けてしまえ」
その瞳には、もはや正気の色は窺えなかった。
あの日から、夫は変わってしまった。
ルイは思った。
あの…青い顔で、どこかから戻った日。
付き添いでいたデティオール卿は、「バストール国にいく途中で、気分を悪くした・・」
と説明していたけれど。
どこか遠くを見つめて苦悩している。
そんな夫に声をかけることさえ、憚られた。
しかし、しばらくたつと、元のマクシミリアンに戻ったかのようだった。
政事が滞っていた時期とも重なるし…案外そのような理由なのかもしれない。
と、ルイがほっとしたのもつかの間。
ある雨の降る寒い日に、再び何かが起こった。
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