-運命-

―初恋―

アルキュード候追放から数ヶ月がたった。
その間、別段大きな騒ぎなどは起きず、アルキュード候ジュールはひとまずイルミーネ王宮内の貴族の
控え室を使用する事を認められた。

そして、トトとサングの日常にもそう変わった変化は見られなかった。
ここのところ、二人は図書室で本を読む事が日課となっていた。

トトはもともと読書が好きだったが、サングはそうでもなかった。
しかし、食べ物の本となると別だ。

「ううぇあ、これうまそー!!」
「私はこれがいい!」

絵などが載ったお菓子の本。
二人でめずらしく趣向を凝らした菓子に指を当てる。
「これなんか、どうやって作るんだろう?」
「これは・・きっとぉ~」
トトが作り方を考えてみる。
知ったかぶりも多くあったが、サングは感心してそれを聞いていた。

「おや、二人とも来ていたのかい」
穏やかな声がした。
美しい声に相応しい秀麗な容貌の持ち主は、サングの叔父アンジュー公だ。
普段は理由あって隠遁生活を送っており、王宮への出入りはしていないが、図書室にはよく来るようだ。

彼が姿を現すと、トトはいつもモジモジと小さくなり、頬を赤く染めて目を逸らす。
「おまえ、アンジュー公が好きだろう?」
サングはからかって言った。
だが、まさか否定するだろうと思われたトトの返答は意外なものだった。
「そうさ、好きさ。す・・好きだよ!それのどこが悪いっ!」
顔はあいかわらず真っ赤である。
「だけどさ、おまえ・・相手は男だよ?」
いや、アンジュー叔父上はそこらへんの女より綺麗だけれどね・・。
なんてサングがいうものだから、トトは、ますます挙動不審になった。

「わ、私はあの方を守るんだ・・あ、あ・・」
歯が噛みあっていない。
「あ~それはいいけどね。それにしてもトトが男好きだとは思っていなかった」
サファイアのような瞳をくりくりと動かして、サングは言う。
「男好きじゃないよ!あの方が好きなんだ!」

「ん?」
トトが思ったよりも大きな声をあげたものだから、アンジュー公が気づいて近くに来た。
「イルミーネ国王陛下は、どなたかに恋をなさっているのですか?」
穏やかな春風のような微笑にトトは言葉をつなげない。
よく見ると、アンジュー公の笑顔はあの弟の作り笑顔に似てもいたが、アンジュー公のほうがずっと自然
だった。

「あ、いや・・その・・」
「こいつが、叔父さんの事好きだって!」
「な、何言ってんだよ!この、この人嘘言ってるんです。気にしないで下さい!」
「・・」
アンジュー公は一瞬黙った後
「私も、トト陛下の事は大好きです」
と、笑った。

「あ・・」
「叔父さん、そんなこと言ったら、こいつマジになっちゃうよ!襲われるぞ!」
「襲わないよ!」
「ふ・・ハハハ・・」
そんな会話が続いた後、アンジュー公は去っていき、トトとサングは二人で街に出た。


「男好きって変かな・・」
トトが呟いた。
いつも幼少時から憧れるのは、強い騎士の物語だった。
自分の体が変わっていくのに、恥ずかしいと思うのは異性の体のほうではなく、同性の体だった。

異性の身体は、いまいちよくわからない。
きっと、まったく違う形をしているから、恥じらいも感じないのだ。

サングにこう話したら
「いや、それは・・違うんじゃないか?」
と返事がかえってきた。

「違う身体だから、恥ずかしいんだろう?」
「きみは恥ずかしいと思った事はあるの?」
「いや・・ないけど」
そもそもサングのようなタイプは女性と恋愛なんて無理そうだった。
彼もまた対人に求めるものは”強さ”だったからだ。

そこでトトは考えた。

「ねぇ、私達はとても仲のよい友達だよね」
「ああ」

川べりを一陣の風が走った。
さらさらと柔らかい草が靡いている。

「私達はとても相性がいいよね」
「ああ、たぶんな~おまえほど面白い奴は見た事ない」
「だったら・・」
「だったら・・?」

「私達は、恋人同士になれるだろうか?」
「は??」
サングがトトの言葉に思わずおののく。
「こ、恋人??」
「そうさ、世の中で一番最上の関係が恋愛関係だとしたらさ、私達はそれにもなれるだろうか?」
「・・??」

「キスってしたことある?」
「ない・・」
「私達はお互いにこんなに仲がいい。なら、そのくらいできるんじゃないか?」
「・・・そうかもなぁ・・・」

しかし、こいつとキス???

二人とも歩みを止めて、お互いを見た。

肩をお互いの手で引き寄せ・・・。

・・・顔を近づけた。




「ん~~」
「ん??」
「!?」
「ひっ!!」

唇があと何ミリかでくっつくところで、二人はお互いに相手を突き飛ばしていた。

「げー!!気持ち悪い!!」
「し、失礼な!不気味な顔しやがって!!」
「どっちがっ!!」

こんな奴と、身体の一部を通わせようとしていたと想像すると、脂汗が出る。

「もう二度とするな!」
「そりゃこっちの台詞だ!」

今まで生きてきた中でこれほど、おぞましい経験はないだろうとトトは思った。
ならば、アンジュー公と・・・夢の中で体を寄せあうのは、なぜ気持ち悪くないのだろう?
アンジュー公とはこんなに親しい仲でもないのに。
そして、サンとの関係はなんと呼ぶのだろう?

親友?友達?・・それとも・・??

アンジュー公に憧れを抱いているとはいえ、トトがこの世でもっとも大切に思っている人間はサングだった。

恋愛の上をゆく、最上の友情など存在するのだろうか・・・。


「愛する人は友達」


それで歯がゆいのはなぜ?





「さぁ、こっちにいらっしゃいな」

ベッドには女が寝ている。
シースルーのネグリジェを身に着けた女は、甘い声で誘う。
スルリと服を脱ぐと、女はじっとこちらの身体を見た。

「ねぇ・・早くあなたに触れさせて」
「・・・」
女の上にのると、細身に見えた身体が豊かな肉の塊だと気づく。

「綺麗な身体・・・」
女の指が身体の線をなぞった。
「12歳だったかしら・・?」
女が年齢を聞いてきた。
「たしか・・」
あいまいに答える。

「そう大人みたいな身体して・・」
大人になりたかったから、だから。
「抱いてごらんなさい。私を・・」
黙って女の首筋に顔を埋めた。

女の甘く強烈な香り。
吐き気がしそうな香り。

その下で蠢く二つの肉塊。

「ああ・・・」
高い声。

ーマクシミリアン陛下・・ー

「え?」

「どうしたの?」
女は自分の上に乗っている少年が急に耳元に手をあて、目を見開いているのに気づき、声をかけた。

「ジュール?」

その途端、ジュールは服も着ずに洗面に走った。
吐瀉物が自然に胃袋からあふれ出てくる。

「助けて・・・」

鏡の自分に向かって手を伸ばした。
やがて、それはいつかの兄の顔に変わる。

「助けて・・・」

手を振り払うと、氷のような自分の瞳が睨んでいた。
ベッドに戻ると、すでに女は服を着て横になっていた。

「すみません・・」
「ふん・・」

女は泣いたようだった。
涙の後が痛々しい。

「もう一度・・」

言いかけたジュールの言葉を遮り、吐き捨てるように女は言った。

「あなた、男として最低ね!」
「・・・」

ジュールは黙って服を着て部屋を出た。
実は、こうしたことは初めてではなかった。

他人と寝れば、大人になれるような気がした。
だから、バストールの王宮でも女に誘われてなすがままに任せた。

だが結局、いつもこうなるのだ。
「男として最低」
人間として・・・とも置き換えられる。

女が抱けない。

早く大人になりたくて…身体は大人になった。
反応だってちゃんとする。
なのに、女の身体が抱けない。

今宵もまた・・・持て余した熱を発散するように、兄の泣き顔でも思い浮かべるに違いない。
昔から見てきた、思い返せばすぐ浮かぶトトの涙に濡れた瞳。
兄を愛しているわけではない。
男の身体が好きなわけじゃない。
ただ、あの兄の泣いている顔と性に目覚め始めただろう身体を想像すると、その差にたまらない厭らしさ
を感じるのはどうしてだろう。
いつからか…もう一人のトトが心に住み着いていた。
彼は、子供の純粋さを持ったまま、性に目覚めていた。
サングと遊んでばかりいる彼ではない。
私だけの彼・・。

あなただって、私と同じ汚い生き物だ。

心は叫ぶ。
そうして、こちら側に導いていく…。
欲望の白い液につけて、溺れさせてみたい。
トトが私の元へ堕ちていく。

だって、私の身体と、トトの身体とどちらがどのように違うのだろう。
同じ人間、同じ男性のはずだ。
・・・あの人は、どんな肌をしているのだろう。
自分の身体を見ながら、トトの身体を想像する。
きっと、まだ幼い身体をしているに違いなかった。
いつも夢の中では、トトはその幼い身体に宿り始めた欲望に突き動かされ、持て余した熱を発散
するすべをもたずに、自分の身体の変化に恥らうのだ。

「ほら・・もっと泣いてみせて」
「誰も見てないから・・」
「私以外に誰もいないから」
「ほら、もっと啼いてみせて・・」

これは誰にも知られてはいけない領域。
終わった後で、いつも後悔するような馬鹿らしくグロテスクな想像。



完璧な大人になりたかった。
こんな中途半端な人間ではなく。
何一つ欠点のない。

でも、想像はどんどん酷い事を要求してくる。
現実は、まったく違うのに。


だって、今日もトトはサングと泥まみれで遊んでいる。


モドル