-運命-

―存在―

「アルキュード候がバストール国にいたとは・・」
セバスチャン・デティオールは眉をしかめた。
「しかも、王位に近いアンジュー公のもとに身を寄せているとなると・・」
バストール国は、あの子を切り札として手元に置いておく気かもしれない。

「とんだ事になってしまったな」
「しかし・・今の段階では、そのほうがよいのではありませんか。お父様」
頭を抱える父を見かねて、セバスチャンの娘リアンナは父の肩にそっと手を置いた。
「バストール側は何も言ってはこないのですし」
「圧力だ・・いつでもバストール側はイルミーネに干渉する事ができるようになる」
「しかし、バストール国は友好国。イルミーネの発展にも協力していたはずです」
以前はな・・とセバスチャンは呟く。
「国の方針など、どうにでも変わる。ジュバルト国王が王位についていた頃は流れはこちら側だったが、次の王の時代に必ずしもそうなるとは限らない。アンジュー公はディアヌ・アルキュードと繋がりが深かった」
「ディアヌ様とは・・前国王陛下マクシミリアン様の元御婚約者とお聞きしておりますが・・」
「そもそもディアヌは故アルキュード候の一人娘と故バストール国王との間に生まれた子。故アルキュード候は改革の反対の急先鋒だったからな。アルキュード候が亡くなった後、ディアヌを国王陛下の婚約者に仕立て上げたのがクルーレ一族だ」
「たしか、今の当主はアランソン・クルーレ・・」
「奴はディアヌを使ってできなかった事を、その息子を使ってしようとしている」

「アンジュー公とアランソンが組んだら・・」
リアンナははっと口を噤んだ。
「最悪の取り合わせだよ」
見た目だけは落ち着いているように見える父の姿を眺めていると、余計に足元がぐらついて感じる。
「どうか・・そのような事がないように・・」
「うむ・・」
セバスチャンは黙って下を向いた。

リアンナはそっと部屋を出た。
これ以上重苦しい空気を感じたくなかった。

リアンナが出ていった後、セバスチャンは盟友達に手紙をしたためた。

「アンジュー公とアランソンを接触させるな・・」




「今頃は・・きっとあの老いぼれが画策している頃だろうよ!」
アランソンは高笑いした。
「奴の考えでは・・そう・・アンジュー公に私が近づくと思っているのではないか?」
まわりに集まった若い貴族達は「ほぉー」と一斉に声をあげる。

「馬鹿な・・あのアンジュー公がそんな事で動くか・・」
吐き捨てるようにアランソンは言った。
「しかし・・もしも・・という事もあるのでは・・」
茶色い髪の青年が低い腰を幾分か上げてアランソンに問う。
「君ねぇ、物事をよく考えたまえ。アンジュー公は動くかもしれないが、動かないかもしれない。
可能性の少ないものを動かすよりも、動くとわかっているものこそ先に狙うだろう?」
青年の顎をくいっと持ち上げ、アランソンは見下げた。

「頭を使えよ」
「はい!申し訳ございません。クルーレ候」

「それで、我らはどのように動けばよろしいのか?」
顔に大きな傷痕がある黒髪の男が尋ねた。
「ラル・・おまえは私のそばにいればいい」
「おおせのままに」

「他の者は、私の動きを見て考えろ。言葉は恐ろしいからな。自らの意思で動け。
判断は自ら下すものだ」
「はい!」
アランソンの周りに集まった若者達は、皆一様に彼に心酔している。
自分達とそう変わらぬ歳で力ある一族の長になり、実際にその力を使いこなせるだけの実力がある。
この男に従おうとする若者は後を絶たない。
力あるものへの従属が自らの価値を高めるものだと考える若者達の・・アランソンはまさしく憧れであり
理想でもあった。


しばらくして。
部屋からざわめいた声が去った時、そこにいたのはアランソンと、先ほどの黒髪の男だけだった。
「どいつもこいつも使えない奴ばかりだ。そうは思わないか、ラル・・」
「お言葉の通りでございます」
氷のような無表情。
しかし、額から斜めに走っている大きな傷痕が、この男が人ならぬ人生を歩んできた事を主張している。
「おまえ、私の奴隷になって何年になる?」
「もう10年以上になります」
「そうか、この10年間まともに使えるのはおまえだけだったな」
「もったいないお言葉・・」

「皮肉な事だ。貴族共は名に浸りきっている。よい血統を持っているならば、なぜそれをうまく使おうとしないのか。名があるからこそ失敗は許されない。負ける事もできない。違うか?」
アランソンの問いかけに、ラルは目を伏せた。
「私程度の身では全てをわかりかねますが・・候のご心中はお察しいたします」
「フン!生意気な口を聞くな。たかが奴隷ふぜいに何がわかる」
アランソンは口元に笑みを浮かべ部屋から去っていった。






戴冠式の後、バストール国では一ヶ月以上にも渡って祭典が続く。

「イルミーネ国王はどこだ?」
新しいバストール国王は、夜会で友の姿を探した。

「存じ上げません・・」
イルミーネ貴族達は姿格好を統一しているため、皆同じに見えて区別がつかない。
感情を押し殺し、相手を伺うような姿勢・・。

「変な奴らばっかだ」

こんな変な人間達の中でなら、気が狂うのも頷ける。
サングは友の顔を思い浮かべた。


それにしても、イルミーネの連中は他国の夜会において、自らの国王が姿を見せない事を何とも思わないのだろうか?皆、腫れ物に触れるように「存じません・・」と繰り返す。

変だ・・イルミーネは・・・。

こうなったら自力で探すより他ないだろうと、振り返るとそこに一人、イルミーネ貴族とは違う頭をしている
イルミーネ貴族を発見した。

「おい!おっさん!」
その人物を呼ぶ。
そのあたりにいた人々は皆、サングの声に振り返った。
「あ、おまえじゃないよ!そこの禿げた人!」
サングが指差す方向に皆の瞳が注目し、その後、遠慮がちに視線をそらした。

デティオール卿は苦虫を潰したような顔でサングを見ている。

「おっさん、トトを知らないかい?イルミーネ国王のトトを」
「まったく・・父上によく似ておいでだ・・」
セバスチャンは呟いた。
「え、おっさん!父上を知っているのか!」
「ええ、恐れ多い事ですが・・あなた様のお父上にはいつも・・」
続きは言わずに、セバスチャンは自らの頭を撫でた。

この子の父ジュバルトと主君マクシミリアンにどれだけ苦労させられた事か・・。

「・・・おかげですっかり禿げ上がってしまいました」
「ハハハ!父上が遊びまわっていたからだろ!トトの父上と。よくそんな話を聞いたよ。
でも・・・父上はいい人だったんだろう?」
「ええ、御心の広い方でしたよ」
「だから母上を・・ううん、何でもない。今度また父上の話を聞かせてくれよ。今はトトを探しているんだ」
「陛下でしたら・・おそらく・・」
そう言うと、セバスチャンは広間の窓際を指差した。

「いつもどおり、柱の裏側にいらっしゃるかと・・」
「わかった。ありがと!なんだっけあんたの名前?」
「セバスチャン・デティオールと申します」
「ありがと!セバスチャン!」
人の中を走っていく金髪を見て、セバスチャンは思った。

あの国王とトトが、かつてのジュバルトとマクシミリアンのように絶ち難い絆で結ばれるように・・と。


「やぁ、トト!」

サングが、がばっとカーテンを開けると・・・

「きゃあ!」

大人の男女が抱き合っていた。
「わっ!わっ!ごめん!!」
あわててカーテンを閉める。

「は!びっくりしたなぁ・・・」

何番目の柱の小部屋か聞いておくのだった。

次のカーテンの前まで来るとサングは動きを止めた。
さっきは抱き合っているだけだったが、今度はそれ以上の事をしていたら・・どうするんだよ!!
ひきつった顔で、遠慮がちにそっと声をかけてみる。

「もしもし・・ここにトト様はいらっしゃるでしょうか・・??」
「・・」
返事がない。

「トト・・さんですか??」
「うるさいなぁ・・なんだよ」

「なんだ、やっぱりトトじゃないか!返事くらいしろよ」
「めんどくさい」

カーテンの中に入ったサングは、窓を見て立っているトトに後ろから抱きついた。
「まったくなんて冷たい人だ。やんなっちゃうよ」
「勝手に入ってくるなよ。私は、ここにじっとしていたいのに・・」
「言っておくが、ここはオレん家だ・・勝手に入ってもいいと思うぞ」
後ろから抱きついたまま、サングはトトの前にある窓から外を見た。
「外には出ないのかい?」
「嫌いなんだ、夜会」
「ふ~ん。ああ、ここは景色いいな」
「うん、この場所好きになったよ・・」

「たぶん、この城で一番景色がいいところだよ。すごい所見つけたな!」
「そう・・?」
なんだか照れくさい・・トトは頭をかいて下を向いた。



「そうだ、ここになんか持ってくるよ。ちょっと待ってろ」
そう言って、カーテンの外に飛び出して行ったサングが、両手に抱えきれないほどの食物を持って帰ってきた。

「わぁ、すごい。二人じゃ多すぎるよ!」
「何言ってんだよ、足りないくらいじゃないか」
サングは、手に持ったパッションフルーツにかぶりついた。

「半端じゃないね・・」
トトは思わず絶句。

この男、食べるの早すぎ・・。
瞬く間に、山ほどの食べ物が消えていく。
ついでに、食べすぎ・・。
早い上に、大食い選手権並みによく食べる。

「きみはどこにそんな大きな胃袋を持っているんだい?」
と、思わず聞いてしまうほどだ。

サングはトトより明らかに5cm以上は小さい。
トトですら小柄なのに、それ以上に小さい人が、驚くべきスピードで大量の食物を平らげている姿は
圧巻そのものだった。

そして・・ついでに言ってみれば・・

食べ方が芸術的に美しいのも見ていて驚きだった。
今、あいつに食べられているマンゴーは幸せだ・・と思ってしまうほどだ。
とうとう残りの食べ物は、トトが先ほどから皮をむいているみかん一つだけになった。

「あーおいしかった」
「私・・まだこれしか食べてない」
「おせーんだよ」
う~んと唸って、トトはみかんを頬張る。
「それ食べ終わったら外行こうぜ。おなか減っちゃったよ」
「え、まだ食べるの?」

トト・・呆然。

「こんなのじゃ足りないだろ」
「はぁ・・」
もう溜息しか出てこない。

「でも、外は・・」
「オレと一緒なら大丈夫だよ。二人で踊ろう!」
サングはカーテンを勢いよく開けた。

シャンデリアの強い光に目が眩む。

光の中の友は言った。

「さぁ、行こう!」

手を掴まれて外に連れ出されたトトは、皆が自分を見ている事に気づいた。
視線が痛い。

突き刺されるような痛みを覚えて、トトはじっと目を瞑った。
そこにサングの声。

「トト!」
「は?」
「ほら、音楽が変わる!」

サングの声と同時に、静かだった音楽はリズミカルなものに変わった。

「うははは・・」
サングはトトの手を取り、振り回す。
「わぁーー!!」
そのまま、勢いをつけて二人の身体はくるくると回りだした。
「ちょ、ちょっと!!」
足がもつれそうになり、動きを止めようとするが止まらない。
「とまらないよ!」
「うははははは・・やべぇ、とまらなーい」

お互いの顔だけがやたらにはっきりと見え、周りの景色は絵の中の世界のように霞んで見える。

ひきつった顔のリーチェ公夫人。
口を開けたままのセバスチャン。

「皆、絵みたいだ!」
言いながら、トトは気づいた。
知った顔が一人足りない事に。

「ねぇ・・あのジュ・・」
「え?なに??」
「とまろうよ!」
「どうやって?」

勢いがついた足は止まらない。
無理やり止めようとしたトトは遠心力に引きづられ、思わずサングの手を離してしまった。

「くっ!いたっ!!」
「う・・・・・うわぁーーーーーー!!」

悲鳴をあげて、遥か遠くに消えるサング。
トトも後方に吹き飛ばされた。
「陛下!」
トトは待ち構えていたセバスチャンに抱きとめられ、サングは人混みの中に吸い込まれていった。
「ご無事ですか?」
「う・・うん??」
ぐるぐると世界が回る。
セバスチャンの顔をまともに確認する事ができない。

「空を飛んだ!」
遥か向こうから声がした。
ふらふらとした足取りで・・こちらに歩いてくるサングの姿。

「手・・・離すなよぉ・・」
「ごめん・・」

トトも目を回して半分倒れこんだまま、こくりと頭を下げた。

「まぁ・・いいけど。楽しいからさ!」
「そうだね!」

サングがふらつきながら、トトの肩に手をまわした。

「運動したら腹が減ったなぁ・・」
「またかよ~」



ふと、トトは気づいたように周りを見回した。

「ジュールは?」
昨日・・たしかその姿を見たのに・・。
すると、サングはひどく機嫌の悪い顔で答えた。
「知らねぇ!」
「そうなの・・彼は今どこにいるんだい?」

アイスブルーの冷たい瞳。
不思議な存在感。

「オレはあいつが嫌いだ!」
と、サングは言った。
「なぜ?彼が何かしたのなら、謝るよ。彼は、私の・・弟なのだから」
「弟?弟かもしれないが、他人だろう?なんでおまえが謝るんだよ」
イライラしたようにサングは言う。

「他人・・そう・・だね」
「家族だって所詮他人の集まりだろう」
サングの声が冷たく聞こえる。
「うん・・」
でも、たぶん彼の言う事は正しいのだ・・とトトは思った。

だって、あんなに平和だった家族にさえ影があったのだから・・。
血の絆とは、なんなのだろう?

「なーに、深刻な顔してんだよ」
「なんでもないよ」

今まで壊されてきたものを思えば、他人であるこの友の方が信じられそうだった。

「美味しいもの。もっと教えてよ!」
「ああ、バストールは食の宝庫だからな、覚悟しておけ!」

肩に回された腕の熱さを感じながら、トトは思った。


もし、彼が私と共にいてくれるなら
私は決して彼を裏切らない。

そう・・どんな事があっても・・。


モドル