-兄弟-

―王の血―

「いってきます!」
「ああ、気をつけてね」

今日は、店での材料を買うために街へ出た。
普段は、必要なものが業者から届けられる事になっているが、たまに、ある材料だけが足りなくなる時がある。

「ええと、ここを右に曲がって・・真っ直ぐ・・」
この街に来て数ヶ月が経つが、はじめて行く通りなどもあって、ビアンカに渡された地図は未だに手放せない。だが、店の周りの情報については、やたら詳しくなった。
店に来る客は皆よくしゃべる。

「この辺で一番不味い店」
「代が変わったせいで味が変わった店」
「酒の種類がやたら多い店」
などの情報はもちろん、近所のご家庭の事情までも手に取るようにわかった。

情報は大切だ。
ある意味”尋ね者”としての立場もあってか、客の話にはよく耳を傾けた。
もっとも・・普段はくだらない話がほとんどだった。

しかし時折、ドキリとする事もある。
話が王室関連に及ぶ時・・イルミーネ国の話題が出る時。

「イルミーネのトト陛下は可哀想だよな」
「あんな小さな子が、たった一人でさ」
「王室なんぞに生まれるもんじゃないよ!面倒な事が多いんだろう」
「でも、この国の王子様はさ、ほら、あれあれ・・」

この国の国王ジュバルトは行方不明だという。
子供も妻も置いたまま…。
ジュバルトはジュールの叔父にあたる。母ディアヌの腹違いの兄だ。

父マクシミリアンも叔父ジュバルトも。世の中にはずいぶんと無責任な父親が多いらしい。
国王という身分は何をしても許されるとでも思っているのだろうか。
ジュールは、握り締めた手のひらに熱い汗がつたうような感覚を覚えた。

そして、ふと悲しげな兄の顔が頭をよぎる。
…トトも国王だ。
しかし、もうなんの関係もない人だ。
ジュールは首を振った。

話を聞いていると、このように辛くなる時もあった。



街でも貴族の馬車が通る時には、なるべく顔を見せないように気をつけている。
イルミーネの貴族とも限らない。

もう二度と戻るつもりはない。
私の存在が混乱を呼ぶ。
ただ自由に生きていたいだけなのに。

通りを歩いていると、向こうから子供達の声が迫ってきた。
追いかけっこをしているらしい。

「ほら、こっちこっち!!!」

ジュールは、遠くから走ってくる子供達を、まるで別の生き物を見るような目で見ていた。
歳の頃はそう変わらないはずに、まるで別の世界の事を見ているようだ。
なぜか胸が痛み、あまり彼らに関わりたくなかった。

ところが、ジュールが正面を向きかえった途端、真正面から一陣の光が飛び込んできた。

「ごらぁ!!!いつまでも後ろから追いかけていると思ったら大間違いだ!ぎゃははははっっっ!!!」

「っ!」
間一髪かわしたが、あの光にまともにぶつかっていたら…
「ぎゃあ!!」
少し後ろを歩いていたおじさんが、物凄い勢いで吹き飛ばされた。
あのようになっていたのだ。

「あ、すまねぇ!」
急に立ち止まったせいで、一陣の光が少年であることがわかった。
黄金のたてがみのような髪を後ろに長く垂らし、褐色の肌をした異民族の子供だった。

「大丈夫ですか」
ジュールは、その人物に駆け寄った。
「あうう・・ん?」
2・3回頭を振っているが、どうやらおじさんは大丈夫そうだ。
通りを見ると、もう、あの子供はいない。
「なんて無作法な!」
「まぁ、あいつはいつもそうだよ!元気がよすぎてな・・はは・・」
おじさんは困ったように笑った。

どうやら、あの子供とは顔見知りらしい。
おじさんは、ジュールに礼を言って去っていった。



その後、買い物から帰ってきたジュールは少々憮然とした表情を見せていた。
「どうしたんだい?」
ジュールが初めて見せる不機嫌顔に、ビアンカはテーブルを拭く手を止めて尋ねる。
「なんでも・・ない」
実は、あの子供の事が頭から離れないのだ。

あのシャム猫みたいな独特な不調和音!
耳をつんざくような大音響!
あの声も、態度も、容姿も、存在も、どこか勘にさわるものだった。
あまり人の好き嫌いはないと思っていたが…。
どうして、こんな棘が刺さったみたいに思い出す度イラつくのだろう。
馬鹿らしいと思い、忘れようとしたが、忘れられない。
いっそ、違う事を考えて打ち消そうとしてみた。

トト。

兄の事が別に好きというわけではなかったが、あれと並べて考えてみると

トトは、毛糸の玉のように思われた。
あれは、有刺鉄線の塊だ。

できればもう二度と、あれには遭遇したくない。

しかし…ジュールの願いとは裏腹に、その機会はすぐにやってきてしまった。



「ねぇ、君があの有名なリュート弾き少年?」

視線を下げると、リンゴの赤い果実が見える。
再び、顔をあげると太陽の光で目が眩んだ。

そこには
背に太陽を背負った少年が一人。
輝く黄金色をして立っていた。




もう10分も歩いているだろうか…。

突然、現われた彼は「リュートを聴かせてくれ」と言い、
突然、「オレの家ならかまわないだろ?」と誘いをかけてきた。
あまりに突然の連続だったので、ジュールが返答に困っていると、ビアンカが店から出てきた。

「あら、お友達になったの?」
「うん!」
と答えたのは見知らぬ少年。
「いえ、その知らないっ…」
ジュールがあわててビアンカに訴えるも、彼女は笑って言った。
「いいよ、遊んできて!あんたも酔っ払いばかりじゃなくて、同じ年頃の子と遊ばなくちゃね!」
「彼にリュートを聴かせてもらいたいんだよ!」
と知らない少年。
「・・まぁいいじゃない。りんごはあたしがやっておくから行ってきな」
「だってさ!よかったな!」
眩し過ぎる不調和音は、いつの間にかビアンカと共同戦線をはり出した。

「はぁ…」
ビアンカに言われてはかなわない。
溜息をつきつつ、ジュールは部屋からリュートを持ってきた。

「いってらっしゃい~!」
「・・」
「いってきまーす!!」
返事をしたのは、どういうわけか馴れ馴れしくも肩に手を回している、黄金のシャム猫だった。



この少年に連れられて、ここまで来てみたが…
もうじき西の市場を出る。
少年の家はどこにあるのだろう?

「いいかげん離してくれないか」
「う、うん」

彼は、躊躇いがちにジュールの肩から手を外す。
この少年の身体からは、ジャスミンのような甘い香りがする。
この国に初めて入った時に感じた香りを、全てまとめたような南国の香りだった。
離した手を見ると、日の光に焼けた色をしていた。
髪が明るい金色をしているところを見ると、異民族とこの国特有の民族の混血なのかもしれない。
この特異的な容貌は、一見とても浮いてみえるが、多民族で構成されているこの国を象徴しているようにも見えた。

「なぁ、きみはどこから来た?」
少し前を歩く少年が振り向き、聞いた。
「イルミーネの・・北の方の村・・」
「へぇ!イルミーネからか!」
少年はニカッと白い歯を見せて笑う。
「オレも行ってみたいんだよね。まだ、行ったことないしさ。皆が、穏やかに平和に暮らしている国だと聞いた」
「…そう」
王宮内以外では、そうなのかもしれない。

「それにさ、オレ聞いただけなんだけど、イルミーネの王様は気が狂ってるんだろ?」
「えっ?」
一瞬、兄の顔がジュールの脳裏を掠めた。
「違う!あの人は狂ってなんかっ!!あの人は…」
「おまえ、王様にあった事あるのか?」
「いや」
庶民なら、国王の顔くらい知っているかもしれないが、狂っているかどうかまではわからないだろう。
発言に気をつけないといけない。
少なくとも、庶民の振りをしているなら。

ジュールは一息ついた。

「ともかく、イルミーネの王様は頭がおかしいと噂になってるぜ。オレ、会ってみたいんだよ。おかしくて面白そうじゃねぇか!」
「…」

少年は、猫のような大きな目を細めた。
サファイアのような濃いブルーの瞳。
ジュールは、その色に見覚えがあった。
なつかしい色ではあったが、誰のものなのかまでは思い出す事ができなかった。

「早く会いたいな。そいつに」

たかが、異民族の子がイルミーネの国王と直接会う事などないだろうに。
少年は、まるで、会うのを楽しみにしているかのような口調で話している。

世間知らずなのだろうかと、ジュールは思った。

「自国に住んでいた私でも、めったにお目にかかれない方。君が、貴族でもない限り、お会いする事はかなわないだろうね」

ジュールとしては…少年が当たり前のように、兄と会いたいと言っている事が不満だった。
自らも少し前までは、このような少年と対等に話をするなど、考えられない立場だったので、プライドにひっかからしい。

ところが、どこまでも不遜な態度の少年は、こう答えた。
「おまえこそ世間知らずもいいとこだぜ。イルミーネはどうだか知らないが、このバストールでは、王様も平民と同じように口をきく。だから、誰が王様なんだかわかりゃしないんだよ。前イルミーネ国王も、この国に来ては、この辺で遊んでいたらしいぜ。
…なら、オレもわからないだろ。今のイルミーネ国王とダチになれる可能性だってある」

父が・・この国に・・。
不思議な感じがした。
もしかしたら、会った事のない父が、この道を歩いていたかもしれないのだ。

「父・・上・・」
「あ、なんか言ったか?」
「べつに・・」

ジュールは自らの踏みしめている土を見た。
もしかしたら、見つかるはずのない大きな足跡を探そうとしているのかもしれなかった。


二人は郊外に出た。
林を一本の道が通っている。

「ここを真っ直ぐに行くと、白亜の城だ」
少年は言った。

「君の家はどこに?」
「だから、ここを通ったところだよ」
だんだんと頬に当たる風の香りが変わってきた。
林の向こうを見ると、木々の間から、白っぽい空とエメラルドグリーンの海が見えた。

まわりに家らしきものはない。
遠くに白い大きな建造物が確認できる。
「あそこは?」
「白亜の城だ。記念に見ておくといいぞ」
少年の声に、ジュールは背筋が凍る思いがした。
ここまで着いてきたものの、どうやら知らないうちに危険な場所に入り込んでいたらしい。

「こっち!」
突然、道を反れて少年は林の中へ入っていく。
しばらく進むと、小さな小屋があった。
「ここだよ」
粗末な小屋だ。
この少年は城の門番の子か、庭師の子だろうか?

「入ってくれ!」

中には生活の道具らしきものは何もない。
かわりに描きかけの絵画が一つ立てかけてあった。

「礼は菓子だけだけどさ」
「・・」

ジュールは、窓から外を見た。
ここを出る時、見知った顔に出会うかもしれない。
気をつけなければ…。

「リュート弾いてくれ、音楽は好きなんだ」

少年は絵画の後ろから、一振りのヴァイオリンを取り出すと、さりげなく弾いてみせた。
なかなかよい音色だ。
彼は顔に似合わず、繊細な音を出す。
ジュールも手にしたリュートを少し掻き鳴らした。
それぞれに好きな音を出してみるが、まったく噛み合わない。

「フフ・・」
「アハハハ・・」

あまりのアンバランス具合に笑いがこみ上げた。
初めて見た時から、気が合わなそうな相手だとは思っていたが、ここまで合わないと逆に笑えてくる。

「全然あわねぇよ!」
彼は、ヴァイオリンを弾く手を止めて、ジュールに言った。
「初めて見た時から合わなそうだとは思っていたが・・おまえ、性格悪いだろ?」
「君ほどじゃないさ、きっと」
「ちっ・・本当にヤな奴だな・・」
そして、もう一度弾き合わせてみる。

何度やっても同じだった。

「合わない~!!きぃ~~!!」
「そちらが合わせないからだ!」
「そっちこそ合わせろよ!」

どうしようもない。

「ぷっ・・」
「プフフフ・・」

こうなったら、果てしなく笑いあうしかない。

「ハハハ・・」
「クク・ハハハ・・」

二人で顔を見合わせながら笑っていると、コンコン・・と扉を叩く音が聞こえた。

「誰かいるのか?」

「やべ!叔父さんが帰ってきちゃったよ」
「叔父?」

少年が扉を開ける。

「おや、また君か」

入ってきた細身の男は、身なりは地味だが、上等な布で作られた服を着ていた。
高貴な身のこなし・・明らかに貴族だ。
白に近いプラチナブロンドの髪。
少年と同じ濃いブルーの瞳。
その手にはリュート。

「あなたは・・」
「おや、サン。友達かい?…え、君は」

「ん?」

少年は目を丸くしている。

「・・・アンジュー公。叔父上!」
「アンジュー公叔父上?」

少年とジュールは、ほぼ同時にその人物の名を呼んだ。
アンジュー公は、ジュールの母ディアヌの異母弟にあたり、ディアヌが正気を失ってしまった時から時折、ジュールの面倒を見に来ていた。
その時に、リュートを教わったのだ。
ジュールが今手にしているリュートは、その時にアンジュー公から贈られたものである。

「どうして君がここに?」
「・・」

「何だ!二人とも知り合いか?」
ジュールとアンジュー公の間に立つ少年は、二人を見比べた。

「ジュール。どうしてここに?イルミーネ国では君の行方を捜していると聞いたが・・」
アンジュー公は穏やかそうな蒼い瞳を不安げに細めた。
たぶん、アンジュー公は事の次第を知っている。
「私は・・」

「それでは、彼がアルキュード候・・」
ジュールが何か言う前に、少年が口をきいた。
「―――・・」
黙って頷くアンジュー公。
「わかった」
「サン。この事は…」
二人は、何かを示し合わせたように視線を交わした。

それにしても。

ジュールは二人を見て考えた。

アンジュー公を叔父と呼び、自分の事も知っていた、この少年は何者なのだろう?
少なくとも、門番や庭師の子ではなさそうだ。
だからといって、バストール国の貴族にも見えない。
国王の弟アンジュー公と対等に口をきくような不遜な態度の貴族などいないだろう。
先ほど、アンジュー公は彼を”サン”と呼んでいたが・・。

まさか…。

もう一度、ジュールが少年を見た時、彼は言った。

「ようこそ、我がバストール国へ!歓迎するよ、イルミーネの王子様」

至上の者しか持ち得ない傲岸な笑みを浮かべて・・。



第2章終了。
第3章に続く。



ここまで読んでくれた方、ありがとうございます~!!

皆様のおかげで第2章も無事終了いたしました。
第2章はジュール中心の話ということもあり、ちょっとドキドキしていたのですが、どうにか終わらせることができました。第1章の最後で、この話の誕生秘話的なものを書いたのですが、今回はジュール誕生秘話を書きます。

この話が出来たのは、10年前くらいの事ですが、ジュー×トトは変わっていません。
第1章の最後で書いた別の話が進化してこのような形になってから、受トトの雰囲気そのものはまったく変わっていない。でも、攻ジュールは少し変わりました。
ジュールは当初の妖しい大人の雰囲気・・は消えて、トトの影的存在になってしまいました。
その人そのものの個性が消えて・・というより、その当時個性を持たないキャラクターに憧れていたこともあり、私にさえ掴めない人物になっていったのです。あああ・・・。
そんなこんなで、私自身BLから遠ざかってしまったんですねぇ。
攻があまりに掴みどころがなさすぎて・・。

ところが、10年間も彼(ジュール)を構想していた時に、仕事で面白い事があり、彼を掴むきっかけになりました。まぁ、新しく入ってきた人が、突然上司に面と向かって意見を言う現場を目撃しただけの事ですが・・その後、彼は飛ばされました。あ・・日本のサラリーマンは辛いですね。

このときに、ふとジュールがサングに面と向かって逆らうシーンを思い出したわけです。(第3章にて・・^^)
(ジュールがどんな人物であるか以前に、この話の大体のシーンは出来上がっていた)
彼が、個性が乏しく本当に人形のような人物なら、こうしたシーンはありえないわけで・・。

ジュールが頭が悪い人でないとすると、この行為がどんなにリスキーなものなのかはわかっていたと思う。わかっててやったなら、表と裏が違うって言うか・・見かけと違ってむちゃくちゃ意思が強い人だという事になる。身分制度がある世界ならなおさらです。

ここから、この人は面白いかも・・vとなって今にいたる。
まず、話ありき・・・人物像は2の次。そこから模索・・そんな方法を私に教えてくれた人物です(^^)ジュール。反逆シーン(笑)は第3章にてのお楽しみ☆

いよいよ、物語は第3章突入。
この話のコンセプトの章。正式にサング様登場!・・もう登場してるけれど(汗)
私のBL感なるものをよく表現できたらいいなぁと思います。

では、また第3章にて。
ここまで読んでくれた方、さらにさらにありがとうございます。


モドル