-超番外編~江ノ島-

「やっとついたね!」
う~んと背伸びをするトト。
おちょこになった日傘を片手に、腕をぶんぶんと振り回している。

「トト、髪がほうきみたいになっているよ」
「えっ?!」
服についた砂を払いながらジュールが言った。
「ううん、直さないと」
そう言って髪に手を入れたトトだったが、
「うわっ、じゃりじゃりしてる!」
トトの頭からパラパラと砂が落ちてくる。
「いやだぁ!」
悲鳴を上げながら砂を払い続けるトトにジュールも加勢してくれた。
「うわっ、いっぱいでてくる!」
トトの小さい手より、ジュールの手のほうが砂払いには適しているようだ。
左右に動くたびに砂が面白いほどに落ちた。

「ジュージュも。髪が小麦畑みたいになっているよ」
人にかまう前に、ご当人も相当気にしたほうがよさそうなヘアスタイルになっていた。
「私が払ってあげる」
トトが手をジュールの髪の中に入れると、
ぼさぼさ髪の下からふふふ・・と笑い声が聞こえた。
「どうしたの?」
「だって、くすぐったい・・・」
ジュールは笑いを堪えている様だった。
「ちょっと我慢してくれ!」
そう言い放ち、トトは、少々乱暴にジュールの頭をかき混ぜた。
「ふふ・・!アハハ・・くすぐったいよ」
ジュールがこんな風に笑うなんて珍しい。
もっと笑わせたくて、わざと髪の中で指をこちょこちょと動かしてみた。
「もう、やめて兄上ぇ!ハハハ・・・」
よくみると、目に涙まで浮かべて笑っている。

ゲホゲホ・・・
笑いすぎて咽たらしい。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
涙目を拭いながらジュールは呟いた。

「ジュージュって、頭が性感帯なんだね!珍しい」
「新発見です!」
新たな発見が二人のLOVELIFEにどう影響を与えるのか、まだ未定だ。

ともかく、二人ともまともな格好に戻ったところで、改めて島に目をやった。

「なかなか面白そうだね」

目の前には、細い小路が続いており、土産物屋が立ち並んでいた。
数十年前から変わらない雰囲気の、どこか人情を感じさせる道である。

限定品はあるでしょうか?」
ジュールの目が爛々と光っている。
さすが限定品・名産品には目がない人だ。

「海の物を買っていきたいね」
トトはなるべく控えめに言った。
これ以上話すと、とめどなく彼の限定品戦歴を聞かされることになりそうだからだ。


「あれ?似合わない建物があるよ」
そう言ってジュールが指差した先には比較的新しそうな洋風の建物が建っていた。
「観光客用に作られたものなのかなぁ」
「はいってみようよ」

二人が、その建物に入ると、予想通り観光客向けの施設だということがわかった。
「あ、兄上!」
珍しくジュールが大きな声をあげた。
限定品だって!」
指差した先には、[しらすあげせん]の袋が。

「どうしよう~トト。あんなの買ったらかさばって荷物になってしまう~」
188cmの男が地団太を踏みながら両腕をモジモジしている姿はかなり異様だ。
「買えばいいじゃない」
「でも~こんなに暑くてクタクタの上に荷物は増やしたくない」
限定品に命を懸けていると言ったにしては弱気な発言である。
[しらすあげせん]は限定品としてのインパクトが薄いのだろうか。
「今は、諦めます」
ジュールはそう言いながらも、どこか未練がましい視線を投げかけている。
「帰りに買えばいいよ」
実のところ、トトは今、ちょっとそれが食べてみたかった。
しかし、予想外にもはっきり諦めると言われてしまったので、帰りに買って夜のおつまみにでもしようと考え直したのだ。


この施設の名前さえ見ないまま、二人はすぐに出発した。
目指すは、江ノ島神社。

赤い大きな鳥居を潜ると、急な階段が続く。
「ずいぶん、長い階段だね。大丈夫トト?」
「うん、全然平気!」
トトは無理な状況を前にすると、とたんに強気になる性格なのだ。
ジュールは、そんなトトが無理をしすぎないように後ろから付いていった。

石造りの階段を昇りきったところに、江ノ島神社辺津宮があった。
神社の前にはその由来やら、歴史が描かれた札が立っていた。
祭神は田寸津比売命と書いてある。
だが一般的に、江ノ島神社というと弁天様のイメージが強い。
「ここは弁財天を祀ってあるんですね」
「芸能の神様でしょう?」
「トトはよく知っているね」
「ふふん、超古代文明から数々の神話、昔話までこなすオカルティストトト様をなめるなよ!」

そうだった…。
ジュール絶句。

ジュールは自分の兄が、妙な知識だけには長けているのを忘れていたのだった。
そういえば、少し前にも古代の人が海底人として生きている説を熱心に説いていた。
トトによれば、彼らは現代の我々より優れた文明をもちながら平和を好む人々なので、地上侵略の心配はないと言う。
たまには進歩的考えをもった海底人もいたんじゃないか…なんてことを言ったらトトが傷つくので言わなかった。

「ジュール、お参りしよう」
「うん」
本宮をまわった後に、弁財天を祀ってある八角形の建物の中に入った。
堂の中には二体の弁財天の像があり、そのうち一体は妙音弁財天と言い、裸像で琵琶を持っている。白い肌も露な艶かしい像だ。

「リュート弾きの神様だね」
トトがジュールを見て言った。
この弟が、実はアマチュアリュート奏者であることを知っている者は少ない。

「芸能、芸術一般だと、トトの分野も含まれるんじゃないかな」
「そうだね、私もあやからないと」

もっと、絵がうまくなりますように…。
手を合わせて、ぶつぶつとトトが言った。

その堂を出ると、さらにその先にエスカーの文字が見えた。
「まだ先があるみたいだよ」
「へぇ~」
ジュールは驚いたような困ったような複雑な表情をした。
「ほら、あそこにエスカレーターって書いて…」
言かけたジュールはトトの顔を見て、
「歩いて行った方がいいよね、やっぱり」
と言い直した。
本物志向のトトがこんなところで、機械物に頼るわけがないのだ。
いくらヘトヘトに疲れていても。

「ん?」
トトはその言葉が聞こえていたのかいないのか、ジュールの方を見てから、真っ直ぐ石造りの階段のほうに向かっていった。

やっぱり…階段か…。

ジュールはまた、いやに張り切っているトトの背中を見ながら階段に足をかけた。



細く急な階段を昇ろうとした時、トトは足を止めた。
「見て!海だよ」
眼前には群青色の相模の海。
その向こうには、深緑の陸地が曲線を描いて広がっている。
「絵画のようだね」
「風が気持ちいいー」
この島に入るときの暴風のような風とは大違いだ。
潮の香りを含んだ爽やかな風が、胸いっぱいに入ってくる。

「もうひとがんばりだ。GO!」
「はーい」
額を汗が流れるが気にしない。
もう服の中もかなり濡れていた。
でも、この心地よさの前では全てが小さいことのように思える。

やっぱり、エスカレーターにしなくてよかった。

と、ジュールは思った。



その階段を昇りきった所に江ノ島神社中津宮がある。
赤い装飾が鮮やかな宮である。

ぜいぜい…
二人とも息があらい。

運動量よりも、9月にしてはすぎる暑さが体力を奪っているのだ。

「でも、やっとここまでついたね」
「本当に・・・」
「ここで半分みたい。もう少しで直に海がみれるよ」
看板を見たトトの意気揚々な発言。
「えっ!?まだ半分?」
ジュールは太腿に巨石が当たったくらいの衝撃を受けた。
江ノ島をなめていた。小さい島だと思って侮っていた。
すごいぜ、江ノ島!ハードプレイもいいとこだ。
「トト、こうなったら江ノ島完全攻略といきましょう!」
「おう!」
久々に、キリリと男前なジュールにトトも満足そうだ。

中津宮にお参りを済ませた後、二人は江ノ島植物園から奥津宮に向かう方に進んだ。
そこからは上がったり下がったりする階段と小路が続く。
階段の横に山二ツとの表示がある。上下二つの坂があるらしい。
ここの道がまた辛い。
もう、ないと思ったとたんに昇り階段が現れるのだ。

坂の横には、土産物屋や、食事処が立ち並んでいる。
土産物屋は昔から変わらぬ置物の類があるようだ。
乾燥フグが店先にぶら下がっており、近くの海岸で取れた貝殻も並んでいる。
子供達が何人か集まって店先でハト笛を吹いていた。

「サザエ丼だって…、駅前でお蕎麦食べちゃったから、もう食べられないよ~」
食事処の前で、トトは恨めしそうな顔で言う。
「また来たときのお楽しみにしたら?」
どこまでも食いしん坊なトトをジュールは慰め、密かにトトの指先をぎゅ、と握った。
「ジュー…」
トトがジュールを見上げると、ジュールはニヤリとした。
「・・・」
トトもジュールの指を一瞬きゅ、と握り返す。

そして二人は同時に手を離した。

これだけで気持ちが伝わる。
きっと、この一瞬は二人にとってよい思い出になるだろう。
そして、またここに来た時にこの時のことを思い出すのだろう。
二人だけの約束。



そのまま進むと、やがて突き当たりに奥津宮が見えてきた。
江ノ島神社の深奥部だ。

入り口の辺津宮は荘厳、中ほどの中津宮は華麗であったが、この奥津宮は小さいながらも最も崇高な雰囲気が漂っているような気がした。

このまわりは木陰が多く、やっと一息つける感じだ。
ここでまたお参り。

すると、トトが違う方を見つめているのにジュールは気づいた。

「ん?」
「あの黒髪の人、かっこいいなぁ~」
トトの視線の先には、黒い短髪の青年が拍子を打っていた。
たしかに見目のよい美青年だ。いや、美青年というには野性味が勝っている感じである。
閉じていてもわかるキツイ印象の瞳。日焼けしたブロンズの肌。
洗いざらしのような黒髪は、硬そうな感じなのに木陰からの風を受けて柔らかく靡いている。
たしかに魅力的な男だと、ジュールは思った。
しかし…私の愛する人が他人に目を奪われてるなんて危機一髪だ。
「トト…」
「なんか、ああいう人が一人神社でお参りしてる図って小説のネタになりそうだよね」
「はっ?小説?!」
「ああいうキャラほしかったんだ。きっと強気な受なんだよ~」
「強気な受?!」
少し首を傾げながらトトはうっとりしている。

ジュールは思った。
江ノ島も予想の範疇を超えていたが、トトもだいぶ超えているようだ。
「なにはともあれ、そういうことで安心しました」
ため息をつきつつジュールは言った。
「私の創作活動のことかい?」
何も知らない顔で答えるトトにジュールはう~んと困った表情を浮かべしつつ、もう一度青年のほうを振り返った。あの青年も、まさか自分の弟とLOVEってる兄「自称受」に「強気な受」呼ばわりされているとは、予想外だろう。
でも…もう一度しげしげと見てしまった。
たしかに美青年だ…。

「ジュージュ!」
向こうからトトが呼んでいる。
「は、はい」
自分もちょっと見とれてましたなんて…口が裂けても言えないだろうな。
急ぎ足で、ジュールは前を行くトトに追いついた。


ここまで登ってきたら、今度は下り道である。